2012.12.19初版
2013.1.4【ゼロ魔】板より移転
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バーラト(=インド)の青年は、しばらくうろたえていたが、周囲を観察して、自分が目の前の連中によって元いた場所から見知らぬ場所に呼び出されたらしいとさとると、「面妖な。なんの邪術か!」とつぶやき、あることばを叫んだ。
イザベラのサモンサーヴァントには、ルイズや、アルビオンの女王ティファニア、宰相ヴェネッサ、サウスゴータ太守夫妻らが立ち会っていたが、かれらハルケギニア人たちには、その叫びは
「インド魔力!」
と聞こえた。
すると、青年の左右や背後を守るように、女神たちが出現した。この部屋のハルケギニア人たちは知らぬことだが、ドゥルガー、ヴィカラーラ、パールヴァティー、サティー、カーリー、ウマー、ガウリー、チャンディー、アンビカーなどと呼ばれる神々である。
強力な土と風のメイジであるサウスゴータ太守夫妻が、杖を構えながら、虚無の担い手たちを守るように前に進み出たが、ルイズは手をふって彼らを下がらせた。
神通力で召喚される、物理的肉体を持たぬ連中であり、系統魔法とはとても相性がわるい。虚無魔法ならあるていど拮抗できるが、ティファニアは性格的に荒事にむいておらず、イザベラはたった今虚無に目覚めたばかりで、とても戦える状態ではない。
そのため、ルイズはヴェネッサとともに入れ替わりに前にでた。ヴェネッサがルイズの偏在であることは身近な人々にはすでにバレバレであるが、公式には別人とされており、マジックアイテムによって髪色や顔を変え、イザベラの使い魔召喚の儀式にも、別人として参加していた。
ルイズとヴェネッサが法器をそっと振ると、8人一組のカンドーマが二組あらわれた。
神通力には神通力、女神には女神である。
カンドーマは梵名ダーキニー、空行母と漢訳され、もともとはインドの人食い魔女であったが、仏教に帰依し、護法尊となった女神である。日本にも京都市の伏見稲荷大社や愛知県豊川市の妙厳寺など、この女神をメインに祀る神社仏閣がある。
ヒンドゥーと仏教の女神たちの代理戦争が勃発した。
両陣営の戦力は、ほぼ互角し、ハルケギニアのメイジたちは手がだせない。
青年は、女神たちの戦いを眺めるうちに、相手のダーキニーたちが自分の女神たちの攻撃を食い止めるばかりで、青年本人にむけていっさい攻撃を放たないことに気がついた。その様子をみて、ルイズはヴァネッサにカンドーマの指揮を任せ、青年のまえに進みでてうやうやしく膝をつき、サンスクリット語で呼びかけた。
「どうぞ、お気をお鎮めください」
青年が腕をあげると、ヒンドゥーの女神たちは攻撃の手をとめた。ヴェネッサもカンドーマたちを下がらせる。
ルイズが尋ねる。
「ご装束から察するに、あなた様はカーニャクブジャの王族のお一人とお見受けします」
「そのとおり。そなたは?」
「ボータ王“ラモトンドゥプ(女神の意図を成就する者)”の妃、ヴァリエル・プランセーともうします」
トリステインなんていっても青年は知らないだろうが、ボータ(=チベット)はバーラトの隣国である。ルイズはそっちの情報で自己紹介した。
青年は一瞬考え込んだのち、言った。
「バハーリーワラー(山の民,チベット人をさす)の王が、西方からきわめて神通力の強い妃をめとったと聞いたが、そなたか?」
「はい。おそらくは私を指すかと」
「すると、ここはボータ国か?」
「いえ、大陸の、西の西の最果ての地、ハルケギニアでございます」
「……事情を聞かせてもらおうか」
いって青年は女神たちを"奉送”した。彼にあわせてルイズとヴェネッサもカンドーマたちの召喚をとく。
ルイズは途中から、サンスクリット語をガリア語に切り替えていたが、青年にはそのまま通じた。さすが、サモン・サーヴァントの召喚ゲートの威力である。
「これなるは、ハルケギニア随一の大国ガリア国の先の王の嫡子にして同国の摂政王太子・イザベラ殿下です」
イザベラが青年に目礼する。青年も名乗った.
「カーニャクブジャのハルシャと申す」
「太子さまです」
ルイズがハルケギニア人たちに補足説明すると、ハルシャがルイズに向かっていった。
「余を知っておるのか」
「お名前ばかりは。ボータに入るに先立ち、師とともに、カーニャクブジャにしばらく滞在したことがございます」
「ほう」
「ご当地の、ジニャーナバジュラ上人より法を授けていただきました」
「仏教の輩(ともがら)であるな」
「はい。そのおりには、ご尊顔を遠望したこともあるやもしれません」
当時のバーラトでは小国が乱立して潰し合っており、ルイズは指揮官を背に乗せた戦象を先頭に出征する軍勢をバーラトの各地で見ていた。この数年の間に国々の淘汰がすすみ、カーニャクブジャは周辺を併合して勝ち残っている強国のひとつである。
ハルシャはうなずいたのち口をつぐみ、ルイズをじっとみる。ルイズは事情説明を再開した。
「イザベラ殿下が、生涯の伴侶(パートナー)を召喚するための"勧請の儀”を行ったところ、あなた様が召喚ゲートからおいでになったのです」
“サモン・サーヴァント”のことだが、この説明だって、虚偽ではないだろう。
「ハルシャどのには、まだお妃はおられないと聞いておりますが?」
「うむ」
ハルシャはうなずき、しばらく値踏みするようにイザベラの顔を眺めたのち、たずねた。
「……このハルケギニアなる地は、わがバーラトとはいかほど離れておるのだろうか?」
「バーラト国の西にエーラーン・シャフルが、さらにその西にエルフの国なるサハラのネフテスがあり、わがハルケギニアはさらにその西方に位置しております」
「……とてつもない遠方ではないか!」
青年は感嘆すると、イザベラをみつめながらいった。
「それほどの遠方から私を呼びつけるなど、この姫も相当な神通力の持ち主とみえる」
「それで、ハルシャさま、イザベラ殿下の“伴侶の君”となっていただけるでしょうか?」
「いまカーニャクブジャは近隣諸国と存亡をかけた戦いの真っ最中じゃ。強力な大神通力者が味方についてくれるなら、大変にありがたい」
いわれてイザベラはためらう。
十年来のわだかまりがとけて、シャルロットやオルレアン大公夫人とようやく和解をはたすことができた。
万人に愛されるシャルロットを神輿としていただき、自分は雑務や汚れ仕事を担当して、いっしょにすばらしいガリアを作ろう……。
そう心を定めたとたん、ロマリアの陰謀によってイザベラの摂政王太子政権はくつがえされ、自分は身ひとつで命からがらアルビオンに逃げ込むはめにおちいった。
ただし潜在的な味方はたくさんいる。
彼らを効果的に組織し、シャルロットを救出してロマリアの野望を打ち砕くための戦いに、いますぐにでも取りかかりたいのに……。
ルイズが、水のルビーと始祖の祈禱書を差し出してきた。指輪をはめてイザベラがページをめくると、ブリミルの言葉がみえる。
ルイズがイザベラをはげます。
「だいじょうぶ。わたしも手伝うから。ちゃっちゃとバーラトを片付けて、太子殿下にはハルケギニアの始末を手伝ってもらいましょう」
ハルシャが“なんの話だ?”という表情で聞いているので、ルイズはハルケギニアの情勢、とくにガリアの現状とイザベラの境遇について説明した。
「……そういうわけで、バーラト国の決着がついたら、われわれにお力添えをいただけるでしょうか?」
「……いや、約束はできぬ」
思わず、ルイズとイザベラの顔色が変わる。と、ハルシャが続けていった。
「ただし、もし余が勝ち抜いて生き残ることができたなら、その時は能(あた)う限りの助力をハルケギニアに贈る」
※ ※
コンクラート・サーヴァントの口づけをかわすと、ハルシャの額にはミョズニトニルンのルーンが刻まれた。
ルイズが“世界扉”を開き、ハルシャ、イザベラ、ルイズの三人はアル・ロバ・カリイエに旅だっていった。
直接にバーラトに行くのではなく、いったんボータ(チベット)に寄る。
いやしくも王族たるイザベラを、身ひとつでバーラトなんかにやれない。ハルケギニア全体の沽券にかかわる。
でもティファニアに命じられて今イザベラに付いているアルビオンの侍女たちに、はるばるアル・ロバ・カリイエまで行ってくれるよう一から説得するのはかなりやっかいだ。しかしボータの宮廷にはヴァリエール家からつれてきたルイズの侍女たちがいる。彼女たちはすでにアル・ロバ・カリイエで暮らしているし、ボータからみれば、バーラトはもうただの隣国にすぎない。ルイズも一緒に行くといえば、バーラトでイザベラの世話をするよう説得するのはそう難しくないだろう。ルイズが夫のチベット王にたのめば、チベット人の侍女や護衛兵、ハルシャへの援軍だって出してもらえるだろう。
そのような判断である。
※ ※
3人を見送ったのち、“サウスゴータ太守夫君”のジャン・ジャックがヴェネッサに尋ねた。
「虚無の担い手をふたりもよそへやってしまって、こちらは大丈夫なのか?」
「もちろんよ。ただやっつけるだけなら、私ひとりでも大丈夫なくらいなんだから」
ロマリア,ガリア、トリステイン・ゲルマニア。ハルケギニアの列強がアルビオンに攻め寄せる準備を着々と整えている情勢で、知らないものが聞いたらとてつもない大ボラだと判断するであろうが、ヴェネッサにさんざん翻弄された体験のあるジャン・ジャックとマチルダは、納得して、それ以上はなにも言わなかった。
※ ※
ラ・ロレーシュに、トリステイン・ゲルマニア、ロマリア、ガリアの大艦隊が集結していたが、飛び立つことはできなかった。
夜になると、カンドーマたちがあらわれ、各国の艦隊司令官・館長・士官たちの首筋にプルバを突き刺していくのである。
カンドーマに刺さされた者たちは、別に命はうばわれなかった。手でさわったり、目でみても異常はない。しかし、ぼんのくぼからのどぼとけにかけて、太い棒が首に突き刺さっているという異物感がある。しかも魔法をさんざんつかって精神力を使い果たしたような状態がつづき、時間をかけて休んでも、ちっとも精神力は回復しないのだった。魔法というよりは、呪いの範疇に属する技術である。
カンドーマたちは、自分が刺した将校たちにささやく。ヴァリエール領の出身者には「一日」、トリステイン人には「三日」、ゲルマニア人には「一週間」、ガリア人には「一ヶ月」と。
それだけの日数がたつと、カンドーマの呪いは自然に解けた。
ただしロマリア人たちはいつまでも呪いが解けなかった。
カンドーマは、ロマリア人にはこうささやいた。
「教皇聖下に、”解呪(ディスペル)”をかけてもらえ」
ある勇ましいものが、
「魔法を使えなくてもフネは動かせる。出撃すべきだ!」
と軍議の席で主張すると、彼は次の日昏睡状態で発見された。彼のそばには、「教皇聖下に”解呪(ディスペル)”をかけていただくと目を覚まします」というメモが残されていた。
カンドーマたちの襲撃を何度かうけると、交代要員は枯渇し、大艦隊はほんとうに行動不能となった。
艦隊が動けなくなると、今度はラ・ロレーシュに集結していた地上部隊の駐屯地への攻撃が始まった。
ロマリアの諸侯軍や聖堂騎士団は特に念入りに攻撃された。ロマリア人の部隊では、准尉以上の士官がすべて刺され、将軍はひとりのこらず昏倒状態におかれたのである。
すべて、教皇ヴィットーリオの精神力を消耗させるための嫌がらせである。
カンドーマや、アルビオンが送り込んだ間諜たちは、「我らは始祖の再来であるロタールの裔たる虚無の担い手、ルイの裔たる虚無の担い手、シャルルの裔たる虚無の担い手のお三方に従うものである。我らが4カ国連合軍を根こそぎ滅ぼすのはきわめてたやすいが、無知ゆえに道をあやまっているだけの者たちを哀れみ、温情によって、命をうばわないでおいてやるのである。フォルサテの裔たる教皇聖下がはやく信仰の寸心をあらためて誤りを撤回なさり、四つの王権がふたたび団結できる日の一日も早からんことを」という主旨の宣伝を文書で、あるいは口頭で行いまくった。
ゲルマニアの帝都ヴィンボドナの宮廷には、”世界扉”をつかってヴェネッサが直接出現し、アンリエッタとアルブレヒトに向かってこのような主旨の宣伝を行うことをなんどもやった。
ヴィンドボナには、リュテスから聖堂騎士団がずっと張り付いてアンリエッタとアルブレヒトの監視についているのであるが、ヴェネッサは彼らをまずカンドーマで無力化したのち、彼らの目の前で、アンリエッタとアルブレヒトに「教皇聖下がみずから誤りを撤回なさるのをお待ちしている」と伝えるのであった。教皇に対するメッセージであると同時に、アンリエッタやアルブレヒトが「密かにアルビオンと連絡している」という疑念をうけないようにする配慮であった。