「突然だけど、貴方に異世界に行って貰います」
「へ? 貴方、誰?」
「うるさいな。ほら、この穴に入りな。ゼロのルイズ」
「ちょ! ちょっと何すんのよ! 離せー! 離しなさいよー!」
「ふぅはははは! 聞く耳持たんなぁっ!! そぉおいっ!!」
「きゃぁあああああああ!? 助けてお父様、お母様、お姉様、ちい姉様ぁあああ!!」
「泣け、喚け、叫べ! そして絶望しろぉ!!」
ぽい、と。
適当に作った『空間の穴』にまだ10歳ぐらいだろうルイズを落とした。
そして僕は彼女に理不尽を押しつけた。
これから始まるのはとてもとても理不尽な物語。
「はじまり、はじまり、ってね」
さて、般若のように怒り狂った表情で向かってくる公爵と夫人とのデスレースの始まりだ。
神様だから、死なないけどね。残念、無念、ってね?
※
「……おい、起きろよ、ルイズ」
耳に届く声でまどろみに落ちていた意識は覚醒へと促される。腕を枕にして眠っていた体を起こし、体を起こす。まだ眠気によって半開きの瞳を擦って自分に声をかけてきた人へと目を向ける。
もう見慣れた顔がそこにあった。私はその顔を見つめてにへら、と笑みを浮かべた。
「…おはよ、才人」
名を呼んだのは自分と同じ学校の制服に身に纏った黒髪の少年だった。彼の名は平賀才人。…私の彼氏さんだ。性格はお調子者でちょっとスケベ。でも曲がったことが嫌いで、とっても優しい私の自慢の彼氏。
「もう授業終わったぜ。弁当食べに行こうぜ」
「…うん」
伸ばされた手を取る。触れた手の温もりに自然と笑みが浮かぶ。手を掴んでくれた才人もまた笑みを浮かべてくれて、なんだか楽しくて互いに笑い合った。
「ひゅーひゅーっ! 相変わらずお熱いねぇ! ご両人!」
「くそ…平賀才人め…! 我が女神のお手を取るだなんてなんてけしからん羨ましい…!!」
「憎しみで…人が…殺せたら…!!」
「リア充は消毒だぁ…!!」
相変わらずの男子の反応に才人が苦笑しながら、見せつけるように繋いだ手を惹いて肩を抱く。近づいた距離に思わず心臓が大きく跳ねたが、才人は皆に見せつけるように私を抱いて言う。
「はは、残念だったな。俺たち、運命の赤い糸で結ばれてるから」
「……もう、すぐそう言う事言うんだから。この馬鹿犬!」
「あいてっ! へへ…ほら、煩くなる前に行こうぜ、ルイズ」
照れ隠しの手刀を叩き込んでも、才人はへらへらと笑いながら私の手を引いて歩き出す。…抵抗する気はないから為すがまま。二人で弁当を手にとって教室を抜け出す。
すると、教室で爆発したように男子の怨嗟の声と女子の黄色い声が響いたが、いつもの事と割り切って自分の手を引いて歩く才人へと視線を向けた。
もうこの人と出会って何年経っただろう、と私は手を繋ぐ恋人の背を見ながら過去へと思いを馳せる。
「どうした? ルイズ?」
「…ん。何でも無いわよ。才人。ほら、行きましょ」
「…仰せのままに。お嬢様?」
「宜しい」
芝居がかったように一礼をする才人。それに私も興が乗ったから付き合ってやる。互いに顔を見合わせて、やっぱり互いに笑みを零して笑い合った。
※
私、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールはハルケギニアで公爵家の三女だった。だった、というのはもう過去の話。私は突如、正体不明の何者かに拉致されてハルケギニアとは異なる世界、地球へと放り出されたのだ。
常識も何も異なるこの世界で生きていくのには至難だった。身についた常識を一度捨て、新たにこの世界の常識を身につけてこの世界に慣れるまでが酷く大変だった。両親からも引き離され、もう元の世界に戻る事は出来ないという事実に涙をした事もあった。
だが、それでも私がいるのには色々な要因がある…。
「ただいまー」
「お邪魔します」
才人と一緒に私は家へと戻る。この家は私がハルケギニアから地球に放り出された際に私の為に用意されていたという家。最初にハルケギニアから地球に放り出された時にまずこの家へと放り出されたのだ。
特に変哲もない一般住宅。玄関で靴を脱いでいると居間へと続く扉が開いてそこから出迎えをする為に現れる人がいる。その風貌は簡単に言ってしまうとメイドである
「おかえりなさいませ。ルイズ、才人」
この家にはメイドがいる。驚く事にメイドがいるのだ。普通は日本に居る筈のないメイドなのだがメイドが居る。この時点で変なのだが、私にとっては当たり前である。
このメイドは私がこの家に放り投げられた際に、私に日本という国の常識や日本語を教え込んでくれたメイドである。ちなみにありとあらゆる武術に精通し、スクウェアクラスの魔法を扱え、更にどこからともなく重火器を出すビックリメイドである。
よく逃げだそうとした私を捕獲し、私に一般常識が身につくまでみっちりと勉強をさせた、私にとっては一生頭の上がらない存在である。ちなみに彼女はメイド服を着ているが、私や才人には敬語を使わないし、滅多には出ないけども外へと出る時は普通の格好をする。常識は弁えているそうだ。なんでメイドなのかというと、そういうキャラ設定だからだそうである。意味がわからない。
私を教育する為にここにいるらしく、それ以外は聞いても仕様です、と言って何も答えてはくれない。まるで人形のようで感情を顕わにしたこともない。だが、それでも辛い時に傍にいて抱きしめてくれたり、慰めてくれたりするので、多分、悪い人ではないと思う。
「なんだい、帰ってきたのかい?」
ふと、居間から頭を掻き、煙草を咥えながら歩いてくる人がいた。青い髪を後ろで無造作に縛り、シャツにジーンズとラフな格好の少女だ。
「…ちょっとイザベラ。アンタまたそうやって未成年なのに煙草を…!」
私は彼女の姿を確認し、口に咥えている煙草を取り上げる。まだ火をつけていなかったのが幸い。まったくこのニコチン中毒は。
一方で取り上げられたイザベラは面倒くさい、という表情で頭を掻いてた。首をこきこきと鳴らしながらどうでも良さげに溜息を吐いた。
「あんたも煩いねぇ、いいじゃん。煙草ぐらい」
「体に悪いって言ってんの」
「それじゃ、アンタもお酒を止める事だね」
「…ワインは習慣だったもの。良いじゃない」
「こっちじゃ犯罪さ。お相子って奴だね」
んべ、と舌を出しながらイザベラはポケットから新たに煙草を取り出して口に咥える。今度はすぐに火をつけてしまったので取り上げる事は出来ない。…煙草の臭い、嫌いなんだけどな。言っても聞かないこの同居人には本当に腹が立つ。
ちなみにこいつはイザベラ・ド・ガリア。私と同じく突如ハルケギニアから拉致されてきた一人。つまりは私と境遇を同じくする人。最初は互いに同じ状況で慰め合ったりなどもあったが、本質的にこのグーダラとは反りが合わないので顔を合わせれば喧嘩ばっかりだ。
ちなみに大学生の筈なのだが、基本的に家にいる姿を見るのだが単位などは大丈夫なのだろうか、と若干心配になる。
「相変わらず仲良いな、二人とも」
「げ。冗談止めてよ、才人」
「そうさね。いちいち口うるさくて敵わないよ」
才人が呆れたように言うが、冗談止めてよね、本当。
ちなみに才人との出会いは劇的だった。一度、イザベラと共謀して二人で脱走計画をした際、サモン・サーヴァントで召喚してしまったのが才人だったのだ。突然、鏡から現れた少年に私は面食らったものだ。
ちなみにそこで脱走計画がばれて計画は敢えなく失敗。才人にはメイドから何らかの事情説明があったのか、ルイズとイザベラは大変だな、と慰めてくれた。それが嬉しくて不意に泣いちゃったのは良い思い出だ。
それから才人は家に足を運んでくれるようになったのがこの付き合いの切欠。彼の左手には私との契約のルーンが刻まれている。普段はファッションの手袋や包帯で隠しているけど、本人曰く「俺の中の封印された力が疼く…!」とか楽しそうだった。最近、その話をすると悶えて床をのたうち回るけど。
才人が来てくれるようになってから私もイザベラもようやく出来た友人に心を動かされて、地球で暮らしていく事を胸に決めた。地球での常識を学び終え、私達は普通に学校などに通う事となる。
その後は紆余曲折あって、私と才人が付き合ったり等、色々な事があった。本当に色んな事があったなぁ。
「ルイズ。才人はどうすんだい? メシ食っていくかい?」
「ん…どうしよう」
「食べて行きなさいよ。イザベラ、メニューは?」
「今日はハンバーグだよ」
「マジで!? やった! じゃあ俺電話するわ!」
ハンバーグ、という単語に反応して携帯電話を取り出している才人にイザベラは微笑ましそうに視線を向けている。…むぅ、なんか嫌な感じがするな。
私がむくれているとイザベラは何かに気付いたように私に視線を向け、悪戯っぽい笑みを浮かべて私の頭に手を伸ばしてきた。
「心配しなくても、あんた等の間には入らないよ。ルイズ」
「……うるっさい。そもそも入ってもあげないっつーの」
「はいはい」
けらけら、と笑うようにイザベラは私も頭をぽふぽふ、と叩いてキッチンへと消えていった。昔はメイドが作ってくれていたが、今は基本的に家事は自分たちで役割分担をして行っている。
…しかし、からかい合いとなるとアイツは昔からめっぽう強くて嫌いだ。私は重たい溜息を吐き出した。
※
今ではこうして地球での生活を謳歌している私とイザベラだけど、ハルケギニアの事を一切合切忘れた訳じゃない。…ただ、自分たちがどう足掻いても戻れない、という事だけがわかっている。
イザベラはそこまでハルケギニアに戻れない事を気にしている訳ではなさそうだ。むしろなってしまったのならこっちで過ごした方が良い、と私に言ったのはそもそもイザベラだ。
…それもそうかもしれない。ハルケギニアで貴族社会に生まれた私は貴族ならば誰でも扱える『魔法』が使えなかった。それはイザベラもまた同じ。だから戻るよりも地球で暮らした方が幸せになれる、と。
それは地球の文明に触れて思った。魔法が無くても魔法のような結果を生み出す事の出来る科学。それは私にとって衝撃であり、そしてもう手放す事の出来ないものとなってる。
今更、ハルケギニアに戻れるか? と言われれば否だ。…だけど私には家族が居た。私がいなくなった後、家族がどうなったか。気になって眠れない日々もあった。恋しくて涙を流す日だってある。
今日はたまたま、そんな日だっただけ。
「…泣いてるのか? ルイズ」
「…才人」
「…また思い出したのか?」
おいで、と言うように才人が手を伸ばす。…二人で入るには少し小さいベッドの上。私は才人の腕の中に潜り込むように才人に身を寄せた。
才人にホームシックから泣いてしまう事がバレてからは、そして特に付き合うようになってからはこうして才人に抱きしめて慰めて貰うのが習慣となってしまっている。
…帰りたい、という気持ちが消えないように、帰りたくないという気持ちもまた強い。私には才人が必要。才人がいなければ生きていけない。地球で才人と出会い、才人と暮らし、才人と一緒に過ごして来た時間はもう掛け替えのないものとなっている。
だから、もう手放せない。だから、だからこの痛みも甘えの理由に使ってしまおう。才人に甘える理由に。この痛みも一緒に抱えてくれると行ってくれた私の優しい、そして愛おしい人に。
※
「では、二人はよろしくやっていると?」
『えぇ。貴方の思惑の通りに』
「そうか。イザベラは?」
『現代での生活をエンジョイしてますよ』
「…そうか」
『そちらはどうですか?』
「ルイズがハルケギニアにいなければ4の秘宝も担い手も揃わない。更にはガリアも今では賢王シャルルと賢王を支える腹心、ジョゼフ宰相閣下殿によって発展を遂げている。トリステインが呑まれるのも時間の問題だろう。同時にアルビオン、もな。そしてエルフと手を組み、密かに国交をも取り組み始めた事に気付いたロマリアがガリアと戦争を始めるのも時間の問題だろう。その時、ブリミル教の行く末が決まるだろう、とかそんな感じのストーリーになるんじゃないかな?」
『そうですか』
「あぁ。ルイズもイザベラも、もう僕らの手は要らないだろう」
『要らない? 必要ともしないのに押しつけたのにも関わらずですか?』
「おぉっと、そうだったね。僕らが押しつけたのは理不尽だ。彼女等をハルケギニアから追い出し、理不尽を押しつけた。ただ、それだけの事」
『その通りですとも。だから、要らないも何もないのですよ。私達がしたくなくなったら、それで終わりです』
「……それもそうだね」
『話は終わりですか? では切りますよ』
「あぁ、1つ、良いかい?」
『はい。何でしょう?』
「僕は、少しでもルイズを幸せに出来たでしょうか」
『答えましょう。――知ったこっちゃありません』
「はは、君ならそう言うと思った」
『貴方が迷わないように存在します。貴方がそういう風に作りました。彼女達は心配しないでください。少なくとも、あの二人の花嫁姿を見たいぐらいには、私もあの子達の事を思ってます』
「……そうかい、ありがとう」
『礼など要りませんよ。……では、本当に切りますからね』
つー、つー、と音が鳴る。
はは、と零れた笑い。耳に当てていた携帯電話を放り投げる。
「……幸せだと、思ってくれれば良いな」
それが、ほんの些細な願い。
僕が好きになった君に捧げる思い。どうか――幸せに。
ゼロのルイズを理不尽に滅茶苦茶にしてやった
完