2012.12.17【予告編】「ロマリアの陰謀」初版を投稿
2013.1.4【チラ裏】に移転
2013.1.14「第八話 “始祖の宝剣デルフリンガー”の最期」(初稿)を投稿
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実験をひとおおり終え、参加していた面々はそれぞれ自室にひきとる。
各自はいまからレポートをまとめる作業に入ることであろう。
禅師は、ルイズに招かれ、女子寮塔一階のピロティに来た。
男女別になっている寮塔の一階には共用のテーブルや椅子などが設置されており、生徒同士が交流するおもな場所のひとつとなっている。
寮内に個室を持たない訪問者は、来客・教員・生徒を問わずここで応接するのが原則となっている(女生徒の個室の前を男子生徒がうろつくなど、まったく論外である。使い魔は、……例外なのだろう)。
「今日は、いろんなことがわかってきたね」
「ええ」
今日はルイズにとって実りの多い日であった。
全ての呪文が爆発してしまう理由や自分の系統が不明なのは相変わらずだが、物体を物質として把握する能力については、火・風・水の最優秀の生徒たちよりも上回っていることが確認できたからである。二日前とは天地が逆転するほどの驚きであり、喜びであった(禅師は、自分を地球から召喚するほどの大神通力の持ち主であるからには、当然の結果だと思っている)。
また、ルイズは、ツェルプストー家のキュルケが“ただ嫌なやつ”だけではなかったことも知った。
ルイズにとってまことに意外であったのだが、キュルケはきわめて実践的な実験の数々を提案し、火魔法の腕を惜しみなく披露した。この点については、ただありがたいばかりである。ただしそのあとすぐ、モンモランシーから潰瘍(おでき)の診察の所見についての講評を受けているあいだに、キュルケが禅師に言いよっていたのには腹がたったが。
その様子に気がついたルイズがカッとなって駆け出したが、二人のいる場所にたどり着くまえに、キュルケは禅師から何か言われ、ひどく煤(すす)けた表情で禅師から離れた。「どうしたの?」とたずねたら「なんでもないわ」と返事を返したのが、あの情けない顔は見物だった。
「禅師さま、さっきツェルプストーにはなんとおっしゃってたんですか?」
「いや、立派な胸だねってほめただけだよ」
この文章は日本語で書いているので読者にはわかりにくいかもしれないが、牧畜文化圏であるチベットやハルケギニア諸国では、人間の女性の胸部を褒め称えるときに使用する単語と、牛やヒツジ、ヤギなどミルクを製造する家畜の器官に用いられる単語とは、全くことなる別の語彙が使用されている。
いくらほめられるとはいえ、畜産農家が自慢の牝ウシや牝ヒツジの乳房をほめる時のように自分のバストをほめられても、乙女としてはちっとも嬉しくなかろう。
事情がわかって、ルイズはほくそ笑んだ。
だからキュルケはあんなにうなだれてたのか。少しは薬になったでしょう。いい気味だわw
脳内でキュルケをおもいっきり憐れんでやったのち、話題を転じて禅師に尋ねる。
「お手元の法具のことですけど……」
ルイズがいうのは、禅師が所有する密教の法具“ドルジェ”(五鈷杵 ごこしょ)のことである。
午後の実験で、タバサが放ったウィンディ・アイシクル(氷の矢)の数が多すぎてルイズに命中しそうになった時、駆け寄った禅師がそれらを叩き落としたのだが、その時禅師が手にしたドルジェからは70サント近い長さの5本の刃がのびた。ルイズは気がつかなかったのだが、昼休みにギーシュと対決したときにも、同じ刃がのびていたという。
「平民」の“使い魔”が握る、ただの真鍮(しんちゅう)制の金属器から、時として、魔法の刃が伸びるという、怪現象。
その謎を解明することなんて、ただの一生徒にすぎないルイズの力量ではとても及ぶものではないが、どんな現象が生じているのかを第三者の検証にも耐えるかたちで整理して記述しておくだけでも、十分に有意義なレポートのテーマとなる。
たずねられて、禅師はあらためてドルジェをとりだした。
全長は約20サント。8サントほどの握りの両側に、5サントほどの短い刃がまっすぐのび、それを取り囲むように、半円形に湾曲した刃が4本づつ生えている。すなわち刃の数は合計10本。
「あの長い刃は、自由に出したりひっこめたりできるんですか?」
禅師は、ドルジェをしばらくいじったのち答えた。
「いや、やっぱり、できないねえ」
禅師は、昼休みや午後の実習の際の状況を思い出しながら、説明をつづける。なにせ、ルーンが発動している時の心理状態をみずから描写できる使い魔なんて、めったにいるものではないから、これも、きわめて貴重なルイズの実習レポートのネタになる。
「ドルジェから5本の刃が伸びたときの自分の心情を振り返るとね、君が粘土像を次々と爆破したときや、あるいは火の玉や氷の矢や槍を防いでいたとき、だんだんと、こう、非常に攻撃な気持ちになっていったね」
「攻撃的?」
「そう。ミスタ・グラモンや、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ。彼らの立ち居振る舞いにどこか隙はないか。そんなことを探そう、探そうとしていた」
「そうだったんですか」
「うん。私はこれまで体術や剣技を学んだことなんかないんだ。それなのに、いつのまにか君の“対戦相手”の隙をうかがう心持ちになっていた。比丘としては、あるまじき心理状態だ。」
比丘が対人関係において遵守すべき決まりの一種に「沙門の4法」なるものがある。
ののしられても言い返さない、殴られても殴り返さない……。
「だから、そんな好戦的な気持ちを押さえよう、押さえようとしたんだけど、ミス・タバサのウィンディ・アイシクルが君に命中しそうになった時は、体が勝手に動いた」
ルイズはメモをとりながらうなずく。
「ドルジェを握った状態で、君が緊迫した状態で呪文を唱えるのを聞いたり攻撃を受けるのをみると、好戦的な感情がふつふつとわいてくる。ドルジェに刃が出てるのは、そんな精神状態のときのようだね」
禅師は、ルイズが自分の言葉をメモし終えるのを待って、続けた。
「ドルジェが普通の状態の時。握ると身が軽くなり、ぜんぜん疲れないで、早足であるいたり、走ったりできる。刃が伸びたとき。羽のように体が軽くなって、とてつもない素早さで動くことができる」
ルイズが書き終えると、禅師は左手の甲のルーンをルイズに示していった。
「ドルジェから不思議な刃が生える現象だが、ドルジェ自体に何か不思議な力が宿ったというのではないと思う。むしろ君がおかれた境遇が、このルーンに働きかけて引き起こしているのだと思う」
そして、次のように締めくくった。
「ガンド,アールヴ(杖の,魔法の。妖精)、ガンダールヴ。このルーンは、“使い魔”を、“主人を守る戦士”にしたてあげる作用があるのだと思う」
ルイズは嬉しくなって顔をぱぁっと輝かせたのだが、禅師がきわめて憂鬱そうなのをみて、笑みを消した。
禅師はその様子をみて説明する。
「比丘が理想とする心の状態は寂常の境地だ。私は幼いときから、心がそのような状態にあるようずっと訓練してきた。しかしこのルーンはそういう心の状態をむりやり覆すように働いてくるからねぇ」
「もうしわけありません……」
「いや、ルイズが気に病むことはないよ。君に“大神通力者”としての高い素質がいかにあるか、っていう証拠だ」
話が一区切りついて、ルイズがピロティ詰めのメイドに合図を送ると、しばらくして盆の上に銀製のポットとカップ、茶菓子などを乗せてやってきた。
「おお、お茶かね」
禅師は顔を輝かせたが、ポットから漂う香りを鼻にしたとたん、思わず顔をしかめた。
ルイズは気づかず、盆をうけとり、自分と禅師のカップに茶を注ぐと、嬉しそうに言った。
「どうぞ、召し上がれ」
禅師はカップには口をつけず、浮かぬ顔である。
ルイズは不思議に思い、問いかけるように禅師の顔をみると、禅師はルイズのカップに眼を落とし、それからルイズの顔を眺める。
(まずは飲んでごらん)と言っているのを読み取り、ルイズが自分のカップに口をつけてみる。
と て も 苦 く て 、 渋 か っ た 。
盆の上には、茶葉の木箱もおかれていたが、禅師にはなんだか見覚えがあった。
「ルイズ、このお茶は?」
「昨日のメイドが持っていたものです。彼女に頼んで譲ってもらいました」
「……取りあげちゃったのかね?」
「いえ、今度の虚無の曜日にはトリスタニアまで出かけますから、その時に同じ銘柄の新品を買って返すつもりです」
「そうか、それにしてもこれは……」
「昨日、禅師さまがご自分のお茶を削って鍋で煮ておられましたから、私も同じように淹(い)れるよう頼みました……」
ルイズの声がだんだん小さくなる。
「私が故郷(くに)から持ってきたものは茶の精が薄いから、ナベでしっかりと煮こむくらいでちょうどいいんだけどね、こちらはあれよりずっと高級品だから……」
苦さも渋さも、とても口に入らないものになってしまった。
「……もったいないことをしたね」
※ ※
ルイズはギーシュとの決闘に自ら臨んだので、“怪我を負った使い魔を三日三晩看病して授業を欠席する"というようなこともなく、シュヴルーズを爆発魔法で気絶させた翌日、風系統の教師ギトーによる風魔法の概論の授業を受ける。
教室のドアがガラッと開き、ミスタ・ギトーが現れた。生徒たちは一斉に席についた。長い黒髪に、漆黒のマントをまとった姿は、なんだか不気味である。まだ若いのに、その不気味さと冷たい雰囲気からか、生徒たちに人気がない。
「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギト-だ」
教室中が、しーんとした雰囲気につつまれた。その様子を満足げに見つめたが、背筋をのばして挑戦的な視線を送ってくる女生徒が眼に留まった。キトーはその生徒に質問した。
「最強の系統は知っているかね?ミス・ツェルプストー」
「『虚無』じゃないんですか?」
「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いているんだ」
いちいち引っかかるような言い方をするギトーに、キュルケはちょっとかちんときた。
「『火』に決まってますわ。ミスタ・ギトー」
キュルケは、不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「ほほう。どうしてそう思うね?」
「全てを燃やし尽くせるのは、炎と情熱。そうじゃございませんこと?」
「残念ながらそうではない」
ギトーは腰に差した杖を引き抜くと、言い放った。
「試しに、この私にきみの得意な『火』の魔法をぶつけてきたまえ」
キュルケはぎょっとした。いきなり、この先生は何を言うのだろうと思った。
「どうしたね? 君は確か、『火』系統が得意なのではなかったのかね?」
挑発するような、ギトーの言葉だった。
「火傷じゃすみませんわよ?」
「かまわん。本気できたまえ。その、有名なツェルプストー家の赤毛が飾りではないのならね」
キュルケの顔からいつもの小ばかにしたような笑みが消えた。
胸の谷間から杖を抜くと、炎のような赤毛が、ぶわっと熱したようにざわめき、逆立った。
杖を構えた。
しかし、キュルケは杖を振り下ろすことなく、ふっと力をぬき、にやりと笑みを浮かべ、言った。
「最強の系統が『火』だという確信は変わりませんが、この講義の受講生の中では最強の生徒が、私とは別におります」
「誰かね?それは」
「ミス・ヴァリエールです」
いきなり名指しされ、ルイズは仰天した。
※ ※
ルイズは杖を構え、ギトーと向き合う。
ルイズと入れ替わりに教壇からおりるキュルケから、「あなたの爆発で盛大に思い知らせてやってよ」なんて耳打ちされたが、粘土像やゴーレムならともかく、ギトーを直接攻撃するなんて思いもよらない。
どうしようか。
両目を半眼に閉じ、物質としてのギトーを感じようとつとめながら考える。
先生の杖。これにしよう。
動物の牙かなにか、細くなめらかな材質。
砂粒ほどの小さなたくさんの宝石と金線・銀線で象嵌(ぞうがん)がほどこしてある。
宝石は、膠(ニカワ)を接着剤にしてくっつけてある。
先っぽのほうの、小さなルビー。
このルビーの裏側の膠にしよう。
「先生、杖を」
「杖がどうかしたかね?」
「お体に近すぎます。もう少し離して、構えてください」
「こうか?」
とたんに、ばふん!と音がして、ギトーの手から杖がはじけとんだ。
ギトー家で2千年以上、家宝として受け継がれてきた自慢の、貴重な杖である。
ギトーがあわてて拾い上げようとすると、宝石がばらばらとこぼれ落ち、金・銀の針金も杖からはずれて垂れ下がった。
ギトーは顔を真っ赤にして、ルイズに怒鳴った。
ルイズににじり寄り、早口で、ギトー家の家宝になんてことを!とか、この出来損ないの劣等生めが!とか、教師にあるまじき罵倒を連射する。ルイズは泪目になって後じさりする。
と、ギトーはとつぜん、口をつぐみ立ち止まった。顔は血の気が引き、今度は真っ白になっていく。
ギトーはしばらくそのままの姿勢で凝固していたが、やがて大きく息を吐き出し、手足に込めていた力を抜いたのち、口をひらいた。
「ミス、ヴァリエール。ただいまの暴言を謝罪したい」
傲慢なギトーが生徒に謝罪するなんて、今までにみたこともない椿事(ちんじ)である。生徒たちは仰天した。
「謝罪を受け入れてくれるか?」
「は、はい」
「君はさっき、なんの魔法を使ったのかね?」
ギトーの口調からは、いつもの傲慢さが消え、なにかルイズを畏怖するような響きがある。
「れ、練金です」
ギトーはしばらくルイズの顔をじっと見ていたが、やがて視線を外すと、床に落ちていた自分の杖を拾い上げた。そしてポケットからハンカチをとりだし、床にちらばった宝石の粒や金線・銀線を拾い集めて包むと、ふたたび口を開いた。
「君の失敗魔法は、私の杖の契約を解除してしまったよ。それだけじゃない。この杖はギトー家の家宝で、きわめて強固な“硬化”と“固定化”がかけられていた。バシュラール卿の名は知っているな?」
バシュラール卿は、2千年ほど前に現れた、きわめて著名なスクウェアの土メイジである。
「君は、バシュラール卿による“硬化”と“固定化”も解除したのだ」
ギトーのことばの意味が脳内にしみとおるにつれ、ルイズの膝はふるえだした。
スクウェアの土メイジによる“硬化”と“固定化”を解除したということは、ルイズにもスクウェア級の力量があるということではないか。
「君にはもう一つ謝罪せねばならないことがある。魔法学院は去年1年間、魔法の実技について君を無能な劣等生として扱ってきた。しかし本当は、君が無能なのではない、我々のほうに、君の資質を正しくみつもり、君を教え導く力量がないのだ」
言い終えると、ギトーは「すまないが、以後は自習とする」と言って、よろめきながら教室を出ていった。
※ ※
ギトーは学院長室におもむき、オスマンに自分の杖と、ハンカチに包んでいた宝石や金線・銀線を見せながら言った。
「ミス・ヴァリエールは、虚無の担い手である可能性があります」
※ ※
虚無の曜日。朝一番で、ルイズは禅師とともに王都トリスタニアに向かった。
ルイズは自分が用いる各種の日用品や嗜好品のほか、禅師のために僧衣を仕立てたいという。
禅師の衣服といえば、変装に用いていた祖末な下級兵士の制服と、いつも着用している僧衣1着しかないためである。
いっぽう禅師は、紙が欲しかった。
禅師は、ルイズに仏教の教えを授(さず)けるに先立ち、まずは自身が公用語を学ばねばならぬと考えたのだが、それがきわめて容易であった。
通常ならば、外国語を学ぼうとする場合、まずはたんなる音または文字という外形を把握し、しかるのちに、さまざまな用例と触れることを通じて意味を押さえていくという手順をとる。
しかるに禅師の場合、サモン・サーヴァントの偉力で、対話相手が把握している“意味”が、そのまま理解できる。何か公用語の書物をルイズから解説を受けながら読むと、ルイズの理解のレベルでその書籍の内容がわかるのである。
ルイズにチベット語を教える場合にも同じ作用が逆に働き、ルイズはあっという間にチベット語の会話と文字・文法を習得した。
禅師はチベット人僧侶の常として膨大な量の仏典を暗記しており、ルイズに一句筆写させては解説を加える、という形で仏教哲学の教授に着手していた。
ハルケギニアの公用語の書物は、ルイズの私物や図書館の蔵書など、用意に入手できるが、チベット語の書物については、まずは禅師の脳内の書物を紙の上に筆写する必要がある。
そのようなわけで、メモ用紙として、またはチベット語のテキストを清書するために、紙を入手したいのであった。
※ ※
禅師はルイズとともに仕立て屋、紙司などをまわって必要なものを購入したのち、茶葉を商う店を探した。
メイドのシエスタが彼らに教えた店は、禅師とルイズが想像してたような店ではなかった。
ふたりが街の人々に店の名前を告げて示されたのは、薬草店が軒を連ねる一角であった。
茶葉は、その中の一軒で、"アル・ロバ・カリイエから伝来した薬草の一種”として売られていたのである。
ルイズがシエスタから手に入れた茶の小箱の包装はどう見ても嗜好品としての仕様である。同じ小箱は店頭にはみあたらず、茶葉は他の薬草と同様に計り売りされているだけだった。、
禅師は店主にその箱を示し、「こちらの店で購入したものだと聞いたのだが」とたずねると、店主は奥からおなじ包装の在庫をいくつか取り出して示しながら言った。
「これは、リュティスのほうで包装しなおされたものですがね、トリステインじゃまだ誰も茶なんか飲みませんから、売れもしません。値段もそれなりですしね」
一箱の値段は5エキュー。学院のメイドの半月分の給与にも匹敵する。これでは日々の暮らしの中で愛飲するようなわけにはいかない。
シエスタがよく茶というものを知っていて、購入しようと思ったものだ。不思議なほどである。
ルイズも固まっている。
恥じらいで、顔が真っ赤になっている。
ルイズにとって5エキューははした金だが、シエスタのような奉公人にとっての重みを想像することができる感性は持っている。
気軽に譲らせてしまったが、シエスタは、ルイズが想像していたよりもずっと重大な決意で購入したものであったことはまちがいない。
これよりほんの数ヶ月の後、とある喫茶店がオープンし、酒場“魅惑の妖精亭”と客を奪い合いながら、トリステイン人に飲茶の習慣を急速に普及していくことになるのだが、この時点のトリステインにおける茶の位置づけというのは、このようなものであった。
※ ※
その日の昼。
武器家の親父が、いつも世話になっている土メイジを、とあるレストランに招いていた。
食事の後に用件にとりかかり、いくつかの依頼ののち、やがて一振りの剣を土メイジに見せる。
「ふむ、固定化の解除を頼みたいと手紙にあったのはこれか」
「はい。錆びてボロボロの状態でかけられているものですから、手入れもできず、どうしようもありません」
しかるに剣を一瞥した土メイジは、不思議そうな表情で親父の顔をみた。
「え?どうなさいましたかね?」
土メイジが持参の小刀で赤錆をつつくと、錆の赤い粉がぼろぼろとこぼれる。
「固定化などかかっておらぬではないか?」
「え?そうなんですか?」
店にもどった武器屋の親父は、るつぼに火を入れ、剣を鞘からぬき、声をかけた。
「やい、デル公。ついにお前との腐れ縁に終わりの時がきたぞ」
しかしデルフリンガーは返事もしない。
親父が剣をるつぼにつっこむと、剣はあっけなく溶けた。
“始祖の宝剣デルフリンガー”が人知れずその姿を消した瞬間である。
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「よう、相棒!」
トリスタニアを訪問してからひと月あまり後。
ドルジェが突然しゃべりだして、禅師は仰天する。