2011年11月30日初版
サブヒロイン、本格的に登場です。11月22日〜30日に「プロローグ」も大幅に増補して、主人公・ヒロイン・サブヒロインをそろい踏みさせる改訂を行いました。未見の方はそちらもご覧ください。
12月8日 「魔法学院の午後」の節を全面的に増補しました。主な変更点は、ルイズの属性調べをタバサにも手伝わせたこと。実験の種類を大幅に増やしたこと、禅師さまがガンダールヴの技能を皆に披露したこと、などです。
タイトル変更:「禅師国王猊下の学院生活」→「爆発魔法のひみつ」
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「修道士どのの手並み、見れなかったのう……」
「見れませんでしたね……」
『遠見の鏡』でルイズとギーシュの決闘の模様を覗いていたオスマンとコルベールは、ため息をつきながらつぶやいた。
二人がいる学院長室の卓上には、コルベールが図書館の書庫から発掘してきたばかりの古写本『始祖とその使い魔たち』が置かれている。
東方の修道士の左手のルーンは"ガンダールヴ”と刻まれていた。
ルーン文字とルーン語の知識があるものなら、このルーンが「魔法の杖」または「魔法の~」という形容詞を意味する“ガンド”と、「妖精」を意味する”アールヴ”という2語から成っていることは簡単に読み取れる。
しかし昨晩ルイズと禅師から”ガンダールヴ”というルーンを刻む使い魔がどんな使い魔なのかたずねられたとき、オスマンもコルベールも表面的な単語の意味しか答えることができなかった。魔法学院には、数千年にわたって学院が収集してきたルーンとそのルーンに対応する使い魔の大リストがあるが、”ガンダールヴ”というルーンに該当する使い魔のデータはこれには収録されていなかったためである。
コルベールが図書室から発掘してきた古写本『始祖の使い魔たち』によれば、ハルケギニアの始祖ブリミルが召喚した4種の使い魔のひとつに“ガンダールヴ”がある。呪文詠唱中の主人を守るために、武器の扱いに特化していたとされる使い魔。
かの東方の修道士が現代によみがえった“ガンダールヴ”とするなら、彼を召喚したマドモアーゼル・ド・ラ・ヴァリエール(=ヴァリエール家御令嬢)は、始祖の再来ということになる。系統魔法はむろん、コモン・マジックすら成功できない魔法実技が落ちこぼれの劣等生である彼女が……。
つい先日まで、このマドモアーゼル(=ご令嬢)の評価は、"座学は優秀であるが、メイジとしては無能"というものだった。しかし、彼女が召喚した人間の使い魔はアル・ロバ・カリイエから召喚された。しかもハルケギニアがあるこの世界のアル・ロバ・カリイエではなく、別の世界のアル・ロバ・カリイエから。このようなことは、とてつもなく強い魔力の持ち主でなければなしえない。そして彼女はギーシュ相手のデモンストレーションでは、鉄板で覆われた土壁に守られた粘土像を、土壁ごしに大爆発させるという荒技を、さっそくみせている……。
「オールド・オスマン、王国政府に報告して、指示をあおぐべきでしょうか?」
「いや、それにはおよばん。東方の修道士どのとミス・ヴァリエールの件にはまだ不明なことが多い。それに今の王国政府のボンクラどもに、“ガンダールヴ”とその主人を渡すわけにはいかん。いいようにオモチャにされてしまうのは目に見えておるし、やつら、へたをすれば、またぞろ戦でも引き起しかねん」
「ははあ、学院長の深謀には恐れ入ります」
「この件は私があずかる。他言は無用じゃ、ミスタ・コルベール」
「は、はい!かしこまりました」
※ ※
「やい、デル公!今日という今日は、もう勘弁ならねえ」
王都トリスタニアにある、とある武器屋の親父がどなった。
とある伯爵さまが自分の私兵15人の装備を整えようと、家臣を店に派遣してきたのだが、“デル公”が横から茶々を入れたせいで伯爵さまの使いは激怒、結局おいしそうな商談がパアになってしまったのである。
「お前を溶かして、鋼(ハガネ)にもどしてやる」
「へへん、おもしれえ。おれっちも50年以上もガラクタといっしょに同じ場所にころがされて、ガキのころから代わり映えしねえお前(めえ)の不景気なつらを眺めてるのもいい加減あきあきしてるんだ。いっそせいせいするね!」
「言ったな!よし、本当に溶かしてやる!」
「……なんだと。本気か?」
「ふふふふふふ。覚悟しろよ」
※ ※
魔法学院の午後。
通常は、サモン・サーヴァントで召喚した使い魔から生徒の属性は推し量れるものだが、人間を召喚してしまったルイズはそのようなわけにはいかない。
そこで、同じクラスにいるヴァリエール一門の生徒たちに「依頼」して、属性調べを手伝ってもらうことになった。
ルイズが最初に取り組んだのは、彼女の魔法の攻撃力の性質調べである。
昼休みの“決闘”では、彼女の魔法が土壁に妨げられることなく発動されている。他の属性による障壁ではどうなるだろうか?
ヴァリエール一門の男子ミスタ・ドートヴェイユとミスタ・ブルデューはギーシュといつもつるんでいる仲である。ギーシュもルイズの魔法の系統に興味があり、彼らとともにルイズに協力することになった。
ギーシュが参加するとなれば、実験には粘土人形ではなく、彼のゴーレム”ワルキューレ”が使える。
ギーシュがワルキューレを生成、20メイルほどの距離をとってルイズと向き合う。合図とともに、ルイズにむかって走らせる。ミスタ・ドートヴェイユやミスタ・ブルデューは風魔法や火魔法による障壁をワルキューレの前方に展開し、ワルキューレの前進にあわせて移動させる。
いずれの場合も、ルイズが短くルーンを唱えて杖を振り下ろすと、ワルキューレの両足首が爆発、ワルキューレは転倒して前進をやめた。
「ミス・ヴァリエールの魔法は、ウィンド・シールドやファイヤー・ウォールも透過するのか」
ドートヴェイユが感心していうと、ルイズが答えた。
「透過というより、障壁は障壁として、その向こうのゴーレムも感知できるのよ。だからゴーレムに直接魔法をかけてる」
ルイズとギーシュ、一門の生徒たちが議論していると、すこし距離をおいて、彼らを見物していたキュルケが声をかけてきた。
「面白そうなことやってるじゃない?」
隣には、彼女と仲のいい青髪の少女もいる。
「ミス・ツェルプストー、ぼくらの実験に協力してもらえないかね?」
「ええ、いいわよ」
男子たちは勝手にキュルケに依頼したあとで、はたと気がつく。彼女、自分たちヴァリエールの一門とは因縁があるツェルプストーだったな。
でも学年一番の火メイジに手伝ってもらえるなら、実験はより完璧に近づくしな。
ということで、一同ルイズを見る。最終的には、“お嬢さま”が決めることだ。
ルイズにとって、キュルケは“いやなやつ”である。一族同士の因縁だけでなく、個人的にも1年以上一方的にからかわれ続けてきて、かなり含むところがある。
しかし、じつはひそかにトライアングル?と噂される火メイジの協力という魅力は大きい。
「ええ、私からも、ぜひお願いするわ」
ルイズはしばらく迷ったのち、答えた。
ギーシュは、足先を再生成してワルキューレを立ち上がらせた。
キュルケが杖をふるい、ワルキューレの前方に、ドートヴェイユのものよりはるかに強力な火の壁が形成された。
「じゃあ、いくわよ?」
キュルケが声をかけ、ギーシュがうなずくと、ワルキューレとファイヤー・ウォールが同時に動きだした。
一瞬間をおいてルイズが杖をふると、ふたたびワルキューレの足首が破壊され、転倒して前進をやめた。
ファイヤー・ウォールのほうはそのままルイズのほうへ向かう。
キュルケがファイヤー・ウォールを解除しようと杖を構えなおしたとたん、バフンと音がして、ファイヤー・ウォールが消えた。
「あら?」
驚いて見回すと、ルイズがなんだか得意げに杖を構えていた。
「あたしのファイヤー・ウォール、あなたが消したの?」
ルイズがうなずく。
「へー、……」
キュルケが感心してうなずいていると、横にいた青髪の少女がすすみ出る。キュルケが紹介する。
「この子、わたしの親友。風と水の系統がとっても得意」
「タバサ」
少女も名乗り、ルイズたちに目礼した。
タバサのウィンド・ウォールは、空気の密度が周囲とクッキリとことなって見えるほど濃密で、ミスタ・ブルデューのものと比べてみるからに強力そうであったが、ルイズの爆発魔法は、これに妨げられることなくワルキューレの足首を粉砕した。
タバサは、つづけて氷の壁をつくった。厚さ20~30サント、高さ2メイル、幅3メイルの氷壁が一瞬でつくりだされ、一同は驚嘆の声をあげる。
「これ、うごかせるの?」
「それは無理」
そのため、ワルキューレは氷壁の後ろでじっと立つだけとなる。
ルイズは、こんども氷の壁のむこうのワルキューレの足首を破壊して、あっさりと転倒させた。
「すごいわねえ……。それにしても、あなたいったいどんな魔法をつかってるの?」
キュルケがたずねると、それまで得意げに胸を貼っていたルイズは、とたんに顔を赤らめてうつむいた。
「え?なになに?」
キュルケが問いつめると、小さくつぶやいた。
「……ト」
「ん?聞こえないわよ?」
ルイズは目をつぶったまま顔をあげ、叫ぶ。
「ライト!レビテーション!発火!練金!」
叫び終えたあと、ルイズはふたたびうつむく。
「……あらら、ぜんぶ失敗魔法だったのね…」
「いやいや、だとしても、強力な攻撃魔法であることには違いないよ」
「うんうん」
「じゃあさ……」
いいいながら、キュルケがメロンほどの大きさのフレイム・ボールを生成して、ルイズにたずねた
「これ、受けられるかしら?」
挑戦的な口調でいう。炎の色は高温のために青色である。
ルイズはしばらく青いフレイム・ボールを眺めていたが、答えた。
「受けて立つわ!」
キュルケが杖をふると、フレイム・ボールがルイズに向かって飛ぶ。
ルイズは、短い詠唱と杖の一振りでフレイム・ボールを消滅させた。
ヴァリエール一門の生徒たちは、“お嬢さま”の偉業に、歓声をあげて拍手する。
「あなた、どうやってとめたの?」
キュルケがたずねると、ルイズはまたうつむき、小声で答えた。
「……練金」
フレイム・ボールのコアの部分が水に変わるよう念じたという。
練金は、いつものごとく失敗し、爆発によってフレイム・ボールは吹き飛んだというわけである。
タバサにとって、こんなルイズの失敗魔法は大変興味深い。
質量攻撃(土系統)、火系統の攻撃は防げるようだが、水・風の系統はどうだろうか。
キュルケにかわってルイズに正対する場所に進み出て、問いかけるようにルイズを見る。
ルイズにも同じ疑問がある。
「お願いするわ」
タバサがウインド・カッター(風の刃)の呪文を詠唱して5枚を生成し、ルイズにむけて放った。ルイズは3〜4メイル以上自分に近づけることなく、近づいてきた順にこれをしとめた。
水系統の攻撃魔法としては、「水の鞭」や「ウォーター・ブレイド」などがあるが、タバサは風系統と複合させたウィンディ・アイシクル(氷の矢)やジャベリン(氷の槍)を得意とする。
タバサは、ウィンディ・アイシクルを5本生成すると、ルイズに向けて放った。
ルイズは、フレイム・ボールやウィンド・カッターの時と同様、自身から3〜4メイルの位置に来たときに杖をふった。
氷の矢は、ルイズが杖を振るのと同時に水滴と化し、放物線を描きながら地面に落ちた。
ルイズの爆発魔法は、風・水系統の攻撃にも対応できるようだ。
と、そこでキュルケがたずねる
「ルイズ、いっぺんにいくつぐらいまで対応できるの?」
「……わからないわ」
タバサが、ルイズのほうをうかがいつつ、ウィンディ・アイシクルを数本ずつ生成しながら自分の頭上に浮かべる。
ルイズは、(まだまだ、いけるわ!)とつぶやくながら、それを眺める。
キュルケが突っ込む。
「見栄はりすぎると危ないわよ?」
「大丈夫ったら大丈夫!」
「……タバサ、まずはそのくらいで」
キュルケがストップをかける。
20本あまりの氷の矢が、ルイズめがけて飛んだ。
ルイズが目を閉じ、小刻みに杖を振る。
氷の矢が次々と水滴と化し、地上に落ちる。
しかし全ては処理しきれない。
数本がルイズに迫った瞬間、禅師が飛び出してきて、5本刃の武器で残る氷の矢を振り払った。
こんどはタバサだけではなく、この場にいた全員が見ていた。
全ての矢をたたき落としたあと、禅師は硬直して、自分の手元を眺めている。
禅師の手から5本刃の武器は姿をけし、そのかわりに握りの両端に、それぞれ短い大小5つの出っ張りがついた金属器があった。
ルイズが一同の気持ちを代表して、たずねる。
「禅師さま、それってマジックアイテムですか?」
「いや、そんなはずは……」
タバサがいう。
「昼休みの時にも、長い刃が出ていた」
「それ、ほんと?」
「いや、このドルジェ(五鈷杵)は、そんな特別なものじゃないよ。……いや、ではなかった、といった方が正確か。これは、私の奉ずる”サンギェ神”の教えの儀式に用いる法具で、実用の武器としてつくられたものではない。だから昼休みにこれから刃が出てきたときは、気のせいか、幻を見たのかと思ったんだが……。さっき、ミス・タバサの魔法の矢を現にたたき落としているんだから、これから実際に刃が伸びたのは間違いないんだろうが……」
禅師は、ルーンを眺めながら言った。
「故郷(くに)では、こんなことは起きたことがなかったよ。ミス・ヴァリエールが私にかけた魔法のしわざじゃないだろうか?」
しかし、ハルケギニア人たちにとって、サモン・サーヴァントとコンクラート・サーヴァントに、使い魔がもつ道具をマジック・アイテムに変える作用がでるなんて考えられない。ギーシュがいった。
「いや、それよりも、修道士どのに、もともと隠れた魔法の才能があったんだと思います」
「……そうなのかねぇ」
一同、しばらく首をひねるが、答えがでるはずもない。
やがて、キュルケが言った。
「修道士さまのアイテムも不思議だけど、ルイズの魔法にも、とっても気になることがあるのよ。ルイズがウィンディ・アイシクルを止めたとき、氷がぜんぶ水に変わってるの」
タバサのジャベリン(氷の槍)で、実験を再開することになった。
タバサがルイズにむけて放った極太の大型のジャベリンは、ルイズが杖を振ったとたん大きな水の塊となり、ついで、爆風で四散した。
「ルイズ、あなた何をやったの?」
「……練金」
「ジャベリン全体に?」
「ちがうわ。ごく先っぽだけ。爆風で勢いを止めようと思ったの」
「……でも槍全体が水に変わってる」
タバサが新たにつくったジャベリンを、ごろんと地面に横たえて、さらに実験する。
練金、レビテーションのいずれの呪文の場合でも、槍は氷から水にかわり、それから水滴を飛び散らせて爆発するのだった。特に奇怪なのは練金で、氷の槍の先端をねらっても、槍の全体が水になるのである。
「あなたの魔法って、ただ爆発してるだけじゃないわね。いったい何をやってるんでしょうね」
※ ※
さて、このころのギャナク国。
ハルケギニア諸国の6000年には及ばぬが、3000年以上つづく「チョウ(周)」なる王朝に支配されていた。王家の「姓」は”チー(姫)”氏という。周の君主は、自らを「天から命をうけた天子」と称して「皇帝」と号し、ギャナク国内の有力諸侯や近隣諸国の君主に対して「王」の称号をあたえ、彼らの上に君臨するという支配体制を築いていた。
「天子」と名乗っていたのは王朝草創のときからだが、以前は「天子」がただひとり「王」の称号をなのり、諸侯や近隣諸国の君主には各ランクの「爵位」を与えていた。一時、王朝が力を無くしてあるかないかぐらいまで衰弱した数世紀があり、そのとき諸侯たちのうち有力なものたちが勝手に「王」をなのって、「王」という称号の希少性・神秘性が失われたので、ギャナクの諸国を再び服属させた周の君主は、「天子」の新たな称号として「皇帝」という称号をあらたに創設したのである。
「皇帝」と「王」の称号の上下関係が、ハルケギニア諸国とは逆転している点に注意されたい。その上ほんとはハルケギニアでは「王」は公用語(ガリア語)で「ロイ」といい、アルビオン・ゲルマニア・ロマリア各国のジャルゴン・パトワ(第2話参照)でそれぞれ「キング」,「ケーニヒ」、「レ」というし、「皇帝」は公用語で「アンプレール」というのだが、各国の首脳たちは、始祖の血を引かないゲルマニアの君主を小馬鹿にして、「アンプレール」の称号を用いず、ゲルマニアのジャルゴン・パトワのまま「カイザー」と称している(原作では、各国の首脳がゲルマニア君主をあなどって使用する「カイザー」号に「皇帝閣下」の訳語をあてている)。
周と高原の国は講和を結び、その証として高原の国の新ツェンポ(=王)のもとに「天子」の娘(=公主,コンジョ)が嫁いでくることになった。新ツェンポの嫁としては、和寧公主(わねいこうしゅ, ホーニン・コンジョ)という姫君が送り出された。天子の妃がこの姫君を身ごもったとき、「十一面千手千眼観世音菩薩」が三方に光をはなち、左目から放たれた光がギャナク国全体を照らした後、収束して自らの胎内に入る」という夢を見た。周帝室お抱えの道士は、高原の国の新ツェンポこそ、観世音が額から放った光であると夢解きを行った。周の天子がトヨゴン国の支配権をかけて高原の国と争うのを中止し、高原の国にかなり譲歩した形で講和を結ぶ決断をしたのには、自身の妃がみたこの夢の影響も大きかった。
周の「天子」はこの縁組みのついでに、新ツェンポに「吐蕃王」(とばんおう)の称号を贈ろうとした。
いっぽう高原の国の側では、コンジョ(公主)を嫁にはほしいが、べつに称号のほうは要らなかった。ギャナクの君主を「天子」としてあおぎ、かれから「王」の称号を授かるなんて関係を持とうものなら、高原の国がギャナク国の格下になるという位置づけを自ら受け入れることになるからである。
公主の一行には、多くのギャナクの学者や技術者が大量に同行してくるとも聞かされている。すぐれた文化や高い技術はほしいが、その種のものを受け入れすぎると、高原の国がギャナクに飲み込まれることになりかねない。現に2000年ほど前までディチュ河の下流域(ギャナク人は「長江」という)にツー(楚)という大国があった。ギャナクにもおとらぬ独自の文化をほこり、ギャナク全土を一時的に制圧することもなんどかあったほどであったが、今では6つの「王国」に分割され、かつての面影は跡形もない。
それゆえ、高原の国の“ギャナク国との縁組み反対派”は、この期にいたっても、まだ暗躍を続けていた。
学者・職人・従者ら1000人を引き連れた和寧公主の一行は、国境を越えて高原の国に入ってから数ヶ月たっても、まだ首都ラサに到着できなかった。交通網が未整備で延々と難路がつづいているというだけでなく、ギャナクとの国境方面から首都にいたる各地に分布する諸侯たちに“ギャナク国との縁組み反対派”が手をまわし、公主一行の歩みを陰に陽に妨害しているためである。
高原の国の宰相ガルは、少年期にギャナクは周(チョウ)の国都「洛邑」にある官吏養成学校「国学」に留学していた知ギャナク派で、このたび和寧公主を迎接する高原側の責任者として公主一行に同行していた。公主は、ガルを相手にしきりに愚痴った。
「ねぇガル、私はあなたの要請でチベットに来たのよ。お忘れにならないでいただける?(もっとまともに扱ってほしいわ)」
「あなたのおっしゃることに従って輿入れして来たんじゃないの、犬を呼びつけて叩かないでよ」
ガルは、公主に対しては、ひたすら謝るしかない。
※ ※
武器屋の親父は、真っ赤に熱したるつぼにデルフリンガーを突っ込んだ。
「ぎゃー!熱い熱い熱い!溶ける溶ける溶ける!」
デルフは叫ぶが、ちっとも溶けない。きわめて強固な“固定化”がかかっているらしい。
それにしても、錆びてボロボロの状態でかかっている”固定化”だから、非常にやっかいだ。
普通のボロ剣なら、砥石にかけて油をひけばそれなりに見栄えがよくなるものだが、デルフリンガーはいくら砥石にかけても錆が落ちないからだ。
「これは、貴族さまにお願いして固定化を解除してもらうしかないな……」
「……なんだとてめ、呪うぞ。……祟るぞ!」
デルフリンガーは威嚇するが、武器屋の親父ももう後には退けない。デルフに鞘をかぶせて黙らせた。
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※和寧公主のモデル「文成公主」の肖像をご覧になりたい方は、「犬を呼びつけて叩かないでよ」でググってみてください♪