第十話 破壊の杖
2012.12.17【予告編(その4)「始祖の遺した邪術、『生命』」】初版を投稿
2013.1.4【チラ裏】の「イザベラ殿下、インド魔力を召喚!」に移転
2013.1.28「第十話 破壊の杖」(初稿)を投稿
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学院の馬車が用意され、四人は、ミス・ロングビルを案内役に、さっそく出発した。
馬車といっても、屋根ナシの荷車のような馬車であった。襲われたときに、すぐに飛び出せるほうがいいということで、このような馬車にしたのである。ミス・ロングビルが御者を買ってでた。荷台には4人のほか、キュルケの使い魔のサラマンダー(火蜥蜴)フレイムが乗り込み、上空にはタバサの使い魔のウィンドドラゴン(風竜)シルフィードが旋回し、馬車にあわせてゆっくりと進む。
道中、キュルケは、ロングビルの身の上を詮索したり、ルイズと口げんかをしたり、にぎやかに過ごしたが、極力、禅師とは目もあわさず、口もきこうとはしなかった。先日、自慢の胸を、ウシ・ヤギ・ヒツジ等の家畜のメスの乳房を指す単語で「褒(ほ)められた」ことが、よほどのトラウマになったようだ。
やがて馬車は深い森に入っていった。鬱蒼とした木々が、五人の恐怖をあおる。昼間というのに薄暗く、気味が悪い。
「ここから先は、徒歩で行きましょう」
ロングビルがそう言って、全員が馬車から降りた。
森を通る道から、踏み跡が続いている。
しばらく進むと、一行は開けた場所にでた。森の中の空き地といった風情である。およそ、魔法学院の中庭くらいの広さだ。真ん中に、確かに廃屋があった。元は木こり小屋だったのだろうか。朽ち果てた炭焼き用らしき窯と、壁板が外れた物置が隣に並んでいる。
五人は小屋の中から見えないように、森の茂みに身を隠したまま廃屋を見つめた。
「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」
ミス・ロングビルが廃屋を指差して行った。
人が住んでいる気配はまったくない。
フーケはあの中にいるのだろうか?
一同は、声をひそめて相談した。とにかく、あの中にいるのなら奇襲が一番である。寝ていてくれたらなおさらである。
タバサは、ちょこんと地面に正座すると、皆に自分の立てた作戦を説明するために枝を使って地面に絵を描き始めた。
まず、偵察兼囮役が小屋のそばに赴き、中の様子を確認する。
そして、中にフーケが居れば、これを挑発し、外に出す。
小屋の中に、ゴーレムを作り出すほどの土はない。外に出ないかぎり、得意の土ゴーレムは使えないのであった。
そして、フーケが外に出たところを、魔法で一斉に攻撃する。土ゴーレムを作り出す暇を与えずに、集中砲火でフーケを沈めるのだ。
まずは小屋の周辺の偵察。
まずはシルフィードが上空から様子をうかがい、地上からはフレイムが、小屋の周囲をめぐりながら次第に小屋に近づき、人の気配をさぐるが、怪しい人影はみあたらなかった。
次に小屋そのものに対する偵察。
ルイズがやおら前にすすみで、半眼で小屋を睨みつける。しばらくして、言った。
「中には誰もいないわ」
ミス・ロングビルは驚いているが、キュルケとタバサは先日確認済みの能力である。
ルイズがいないというからには、小屋の中にはだれもいないのだろう。
警戒姿勢をとき、5人は連れ立って小屋に向かった。
小屋の中は、一部屋しかなかった。部屋の真ん中に埃の積もったテーブルと、転がった丸椅子がある。テーブルの上には酒瓶も転がっていた。
そして、薪の隣にはチェストがあった。木で出来た、大きい箱である。
部屋の中にも、人の気配はなかったし、人が隠れるような場所もなかった。
チェストを探ったタバサが、そこに盗品を見いだした。
「破壊の杖」
タバサは無造作にそれを持ち上げると、皆にみせた。
「あっけないわね」
キュルケが叫んだ。
禅師は、その『破壊の杖』を見たとたん、目を丸くした。
「それが、『破壊の杖』なのかね?」
「そうよ。あたし、見たことあるもん。宝物庫を見学したとき」
禅師は、近寄って『破壊の杖』をまじまじとみつめた。
間違いない。地球製の、歩兵用対戦車砲だ。チベット軍は装備していなかったけれども、対独戦争を描いたイギリスのニュース映画や「抗美援朝戦争」(=朝鮮戦争)を描いた中国の宣伝映画などで見たことがある。なぜこのようなものがここにあるのか……。
禅師がそっと手を触れたとたん、左手のルーンが輝き、組み立て方法や、発射方法などの情報が、怒濤のように頭のなかに流れ込んでくる。禅師は身動きができなくなった。
禅師の異様な様子に気がついたルイズが、声をかけようとした。
突然、タバサとキュルケがビクっと背筋をのばす。
小屋の外を見張らせていたシルフィードとフレイムから、それぞれ警告が来たのである。
ばこぉーんといい音を立てて、小屋の屋根が吹っ飛んだ。
屋根が無くなったおかげで、空がよく見えた。そして青空をバックに、巨大なフーケのゴーレムの姿があった。
「ゴーレム!」
キュルケが叫んだ。
タバサが真っ先に反応する。
自分の身長より大きな杖を振り、呪文を唱えた。巨大な竜巻が舞い上がり、ゴーレムにぶつかっていく。
しかしゴーレムはびくともしない。
キュルケが胸に刺した杖を引き抜き、呪文を唱えた。
杖から炎が伸び、ゴーレムを火炎に包んだ。しかし、炎につつまれようが、ゴーレムはまったく意に介さない。
「無理よこんなの!」
キュルケが叫んだ。
二人がゴーレムに魔法を放っている間、ルイズは目を半眼に閉じ、“物質としてのゴーレム”を感じようとしていた。
シュヴルーズの小石にダルレの粘土像、ギーシュのワルキューレ。タバサのウィンディ・アイシクルやジャベリン。ミスタ・ギトーの杖。これらに魔法を使ったときは、ターゲットをできるだけ絞る方向で努力した。
魔法学院の壁。ターゲットを絞ろうとも広げようともしなかったけど、半径1メイルほどの円形に、“硬化”や“固定化”が解けた。
このゴーレムをやっつけるのに、自分は、いっぺんにどれだけの質量に魔法をかけられるだろうか。
ルイズは、ゴーレムの胴の中央部付近を念じながらルーンを紡いだ。
ばふん!と音がして、ゴーレムの胸部からかすかに土ぼこりがあがり、ゴーレムが一瞬動きをとめた。
しかしルイズは感じていた。
、、、、、、、、、、
ことばが滑っている!
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物質として把握したゴーレムが、爆発四散する様子をイメージしながら、唱えたのは「練金」の呪文。
粘土像やワルキューレ等の小物を“爆破”したときには感じなかった、“呪文の上滑り”を感じる。
(いまの自分には、こいつをやっつける力がない……)
ゴーレムが、ふたたび腕を振り回しながらゆっくりとこちらに歩きだした。
この世界では、ルイズはすでに「ゼロ」呼ばわりされることはなく、自分の魔法の可能性に、夢と希望を感じている。自分を認めさせたいがために、自分の力量を度外して無理をするような切羽詰まった状況ではない。
「退却」
タバサがつぶやくと、一同はいっせいに、ゴーレムの反対側のドアから小屋を飛び出した。
※ ※
フーケはおどろいた。
ルイズが杖を振ったとたん、ゴーレムの胴の中央部が、半径3メイルの球状に、ただの土と化したのである。
胴の中央に球形の大穴が空き、その中にただの土が詰まっている状態になってしまった。
フーケはあわてて魔法をかけ直し、ゴーレムを修復する。
※ ※
『破壊の杖』は取り返した。このままタバサのシルフィードに乗って逃げたって、十分に褒められる功績といえる。
そう考えたところで、誰からともなく気がついた。
ミス・ロングビルがいない!
4人は一斉に足を止めた。
シルフィードが上空からきゅいきゅいと鳴き、その視界を共有したタバサがいった。
「まだ小屋の中」
ルイズとタバサ、キュルケは顔を見合わせながら、無言のうちに意見が一致した。
ミス・ロングビルを見捨てて、自分たちだけにげるわけにはいかない。
三人娘が体の向きをかえ、ゴーレムに向き直ったとたん、禅師が声をかけた。
「前をあけて。これをつかってみる」
三人が振り返ると、禅師が『破壊の杖』を右肩にのせ、両膝を前後にずらせて地面につけ、身構えている。
三人はあわてて、禅師とゴーレムを結ぶ斜線上から離れる。
ゴーレムが、ずしんずしんと地響きを立て、禅師たちにせまる。
安全装置を解き、トリガーを押した。
しゅぽっと栓抜きのような音がして、白煙を引きながら羽をつけたロケット状のものがゴーレムに吸い込まれる。
そして、狙いたがわずゴーレムに命中した。
耳をつんざくような爆音が響き、ゴーレムの上半身がばらばらに飛び散った。土の塊が雨のように周囲にふりそそぐ。
下半身だけになったゴーレムは、滝のように崩れ落ち、ただの土の山と化した。
※ ※
屋根を失った小屋の中では、ロングビルが、瓦礫(がれき)の上に座り込んでいた。ゴーレムが屋根を吹き飛ばしたとき、小屋の中へ落ちこんだ残骸の下敷きになり、自力ではい出したようだ。
「大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか」
ロングビルの衣服には引き裂いたような破れ目がいくつもあり、その下からは血のにじんだ肌がみえたりするが、すべてかすり傷のようだ。
禅師は、ルイズとキュルケ、タバサらが、フーケが埋まっているかもしれないと、盛りあがった土の小山を掘るのをぼんやりとながめながら、自分が手にしている武器のことを思った。
U.S.ARMYと刻印されているこれは、自分がいた世界からやってきたものであることはまちがいない。
なんで、こんなものがここにあるのか。
ルイズ以前にも、自分のいた地球とハルケギニアをつないだ大神通力者が、この世界に現れていたのだろうか。
禅師がぼんやりともの思いにふけっていると、ロングビルがにっこり笑って身をかがめ、禅師が手にする武器のほうへ手を差し出す。
禅師はつい、手渡してしまった。
ロングビルはすっと遠のくと、四人に『破壊の杖』を突きつけた。
「ご苦労様」
いいながら眼鏡を外した。やさしそうだった目がつりあがり、猛禽類のような目つきにかわる。
「ミス・ロングビル!どういうことですか!」
「さっきのゴーレムを操っていたのは、わたし」
「え、じゃあ……、あなたが……」
「そう。『土くれのフーケ』。さすがは『破壊の杖』ね。私のゴーレムがばらばらじゃないの!」
フーケは先ほどの禅師のように、『破壊の杖』を肩にかけ、四人に狙いをつけた。
タバサが杖を振ろうとした。
「おっと、動かないで?破壊の杖は、ぴったりあなたたちを狙っているわ。全員、杖を遠くに投げなさい」
しかたなく、ルイズたちは杖を放り投げた。これでもう、メイジは魔法を唱えることができないのだ。
しかるに禅師はたもとに手をいれたまま、ずんずんとフーケに歩み寄る。
フーケは叫んだ。
「使い魔どのも、止まりな!」
禅師はかまわず歩み、たもとからドルジェ(金剛杵,こんごうしょ)を握った手を出す。
ドルジェからは、5本の刃が伸びる。
「それは魔法の杖なんかじゃない。単発の使い捨ての武器だよ。もう撃てない」
フーケはなんどかスイッチを押したのち、あわてて『破壊の杖』を放り投げ、自分の杖を取り出そうとした。
禅師は電光石火の素早さで駆け寄り、フーケの腹に、刃の伸びていない側のドルジェの端をめり込ませた。
フーケは地面に崩れ落ちた。
※ ※
フーケを拘束して学院にもどった一行のうち、三人の女生徒はそれぞれ学院長に「お褒めのことば」を授かったのち、「フリッグの舞踏会」の身支度のため、退出した。
残った禅師は、オスマンにたずねた。
「あの『破壊の杖』は、私が元いた世界の武器です。つまり、ミス・ヴァリエール以前にも、私の世界とこのハルケギニアを結んだ“大神通力者”が存在したことになる。あれは、どのようないきさつで学院にもたらされたのですか?」
オスマンは、ため息をついた。
「あれを私にくれたのは、私の命の恩人じゃ」
「その人は、どうしたのですか?その人は、私と同じ世界の人間です。間違いない」
「死んでしまった。今から三十年前も昔の話じゃ」
「なんですと?」
時期が合わない。
禅師は、武器に詳しいわけではないが、5年ほどまえ、ギャマルの首都ピーチン(北京)におもむいたとき、米国軍の歩兵用対戦車砲の実物をみたことがある。
「抗美援朝戦争勝利記念展覧会」の会場で、ギャマルの「人民義勇軍」が朝鮮半島で鹵獲した米国製の戦車などとならべて展示されていた。
いま学院長室の卓上におかれているそれは、ピーチンでみたものよりも、さらに洗練され、強力そうにみえる。
禅師は知らぬことだが、禅師がフーケのゴーレムに使用した対戦車砲の型式は「M72ロケットランチャー」。最初期タイプの運用が開始されるのが1963年からで、禅師がハルケギニアに召喚された1959年3月よりも、4年も後のことである。
禅師のひそかな困惑を知らぬまま、オスマンは続けた。
「三十年前、森を散策していた私は、ワイバーンに襲われました。そこを救ってくれたのが、あの『破壊の杖』の持ち主ですじゃ。彼は、もう一本の『破壊の杖』で、ワイバーンを吹き飛ばすと、ばったりと倒れました。怪我をしていたのですじゃ。私は彼を学院に運びこみ、手厚く看護した。しかし看護の甲斐なく……」
「死んでしまったのですか?」
オスマンはうなずいた。
「私は、彼が使った一本を彼の墓に埋め、もう一本を『破壊の杖』と名付け、宝物庫にしまいこみました。恩人の形見としての……。
オスマンは遠い目になった。
「彼はベッドの上で、死ぬまでうわごとのように繰り返しておっりました。『ここはどこだ。元の世界に帰りたい』と。きっと、彼は貴殿と同じ世界から来たんじゃろうと思います」
「いったい、誰がその人をこちらに呼んだのですか?」
「それはわかりませぬ。どんな方法で彼がこちらの世界へやってきたのか、最後までわからずじまいでした」
「その人の遺品などはありませんか?」
オスマンがとりだしてきたのは認識表と、ぼろぼろになった手帳であった。
認識表は、兵士の指名・血液型・所属部隊などを記した金属製の小片であるが、禅師が心を奪われたのは手帳の内容である。
所有者は「ベトナム共和国陸軍中尉グエン・ティ・ビン」。手帳の最新の日付が、「1975年3月」。
禅師は1959年3月のチベットから召喚された。それよりも16年もあとの日付である。それがハルケギニアの時間で30年前にこちらの世界にやってきているとは……。
禅師はさっそく時間軸の混乱についてオスマンに指摘したが、オスマンも首をひねるばかりである。
オスマンは、次に禅師の左手をつかんだ。
「禅師どののこのルーン……」
「ええ。これについてもうかがいたかった。この文字が光ると、なぜかドルジェに魔法の刃が生えたり、武器を自在に扱えるようになるのです」
オスマンは、しばしためらったのち、口を開いた。
「……これなら知っておりまするよ。伝説の使い魔ガンダールヴの印じゃ」
「伝説の使い魔?」
「そうですじゃ。その伝説の使い魔はありとあらゆる『武器』を使いこなしたそうですじゃ。『破壊の杖』を使えたのも、そのおかげでしょうの」
「なぜ、私がその伝説の使い魔などに?」
たずねてみるが、なんとなく予想はついた。
「わかりませぬ。わかりませぬが、ミス・ヴァリエールが“伝説の担い手”である可能性があります」
「“伝説の担い手”?」
「彼女は、失われた“虚無”の系統である可能性があるのです」
オスマンとしては、ためらいにためらいを重ねた上での結論であったが、禅師にとっては、虚無の担い手の出現がどれほど稀なことなのかよく知らなかったし、自分を異世界の地球から呼び出した召喚者なら、きわめて高い能力を持つ大神通力者に決まっているということで、ちっとも驚きなどない。
「禅師どのがどのようにしてこちらの世界にやってきたのか、異世界をまたいで行き来する方法があるのかどうか、引き続き私なりに調べるつもりでおります」
※ ※
アルヴィーズの食堂の上の階が大きなホールになっている。舞踏会はそこで行われていた。
比丘に課せられた戒律により、禅師は正午以降、食事をとることはできないし、歌舞音曲についても、自ら行うことはむろん、目でみたり、耳で聞いて楽しむことも禁止されている。禁止されているのは“楽しむこと”であって、「つまらなそうな顔をして見物する」こと自体は、なんの問題もない。
禅師はバルコニーに出て、シエスタが淹れてくれたお茶を飲みながら、ぼんやりと歓談する生徒・教師たちや、豪華な食事が盛られたテーブルに張り付いて、猛烈な勢いで料理をたいらげていくタバサを眺めていた。
門に控えた呼び出しの衛士が、ルイズの到着を告げた。
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールさまのおな〜〜〜〜り〜〜〜〜!」
ホワイトのパーティードレスに身を包み、桃色の髪をバレッタにまとめたルイズが現れた。禅師を目にとめると、小さく手を振る。
ルイズの周りには、男子生徒たちが群がり、盛んにダンスを申し込み出した。
『破壊の杖』の奪還、盗賊フーケの捕縛に大活躍した主役が全員そろったことを確認した楽士たちが、小さく、流れるように音楽を奏ではじめた。
生徒や教師ら貴族たちが、優雅にダンスを踊り始めた。
ルイズは、いままで“ゼロのルイズ”と自分を呼んでからかって来たくせに、手のひらをかえして群がってきた連中を、表面上はにこやかに、ダンスの相手をつとめてやりながら思った。
(もっと力をつけたい。私に合った、“正しい道”があるはず)