2012.12.17【予告編(その3)「イザベラ殿下、インド魔力を召喚!」】初版を投稿
2013.1.4【チラ裏】の「イザベラ殿下、インド魔力を召喚!」に移転
2013.1.18「第九話 怪盗フーケ、参上!」(初稿)を投稿
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デル公(おでれーた君)の新しい姿については【ごこしょ(五鈷杵)】でググっていただくと、見ることができます。
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いま、ルイズは学院長室で、キュルケといっしょにオスマンに頭をさげている。
付き添い兼目撃証人としてタバサと禅師が背後に控える。
きっかけは、キュルケによる“悪魔のささやき”だった。
「ルイズ、あなたがどれだけやれるか試してみない?」
ギトーの杖の"硬化"と"固定化"を解除していらい、級友たちがルイズを見る目は激変した。
もはや彼女を“ゼロ”と馬鹿にするものは誰もいない。
ルイズを公然と馬鹿にする急先鋒だったキュルケとモンモランシーが手の平を返し、取り巻き(モンモランシー一門の生徒たちとか、キュルケの崇拝者たちとか)がルイズの爆発を話題にするたび、“アレはなかなかのものよ”と言うように変わったことも大きい。
そのようなわけで舞い上がったルイズは、キュルケのそそのかしを受け入れ、学院の中でももっとも強固な“硬化”と“固定化”がかけられた宝物庫の外壁に、爆発魔法をぶつけてみたのである。
ルイズの呪文が炸裂したとたん、白亜に輝いていた石壁はどんより灰色にくすんでいき、あまつさえ上階の重量を支える要の石のいくつかは、ミシミシと音をたてて亀裂が入った。
ルイズの勝手なイメージでは、“ツェルプストーのキュルケ”は「壁を壊したのはあなたの魔法で、私は見てただけだからなんの責任もないわよ」とでもいって逃げるはずであったが、実際のキュルケは “すぐに、正直に学院に申告して謝罪する” ことを主張し、オスマンの前では自分こそがルイズをそそのかしたとしきりに強調、この破壊行為の責任は自分にもある!と力説した。
オスマンは意外そうな表情でキュルケをずっとながめているルイズの顔を好ましそうに眺めながら、キュルケによる事情説明を聞き、さらにルイズや禅師、タバサらからもことの経緯を聞き取ると、4人に告げた。
「魔法学院の宝物庫ともあろうものが、生徒のいたずらごときで破損したというのも情けない話じゃ。ゆえにミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー。お主らに対して処分や処罰は行わぬが……」
ルイズとキュルケはほっとする表情を見せたが、オスマンは続けた。
「お主らの責任で“現状恢復”(=もとどおりに修理)してもらいたい」
とたんに二人は情けなさそうな顔をする。
宝物庫の位置からして、どれほどの大工事が必要になるだろうか。彼女らがいくら富裕な大貴族の令嬢で、他の生徒たちと比べものにならぬほどの多額のお小遣いをもらっていようとも、所詮は“お小遣い”、その範囲で修繕することなどとても不可能である。また、小娘にすぎない二人には、元通りの“硬化”や“固定化”をかけることが可能な高位の土メイジへの伝手(つて)もない。
「ご実家にでも連絡して、速やかに取りかかるのじゃ」
キュルケの情けなさそうな表情はますます強まった。キュルケは縁談の勧めをふりきって、両親から逃げるようにトリステインに留学に来たため、実家に頼るのはまことに気が重いためである。
一方でルイズはうつむきながら、喜びの笑みをかみ殺していた。多額の修理費がかかることについてはともかく、ルイズに学院の堅固な宝物庫の壁を破壊するほどの魔法の力があったと知れば、実家の両親や姉たちは大喜びしてくれるに違いないからである。
オスマンによるキュルケ、ルイズ、タバサ、禅師への事情聴取を速記している学院秘書のミス・ロングビルの口の両端がこれ以上あがらないほどつり上がっていたが、この部屋に居た他の5人は誰もそれに気がつかなかった。
※ ※
その翌日の未明。
学院の人々は時ならぬ轟音に、何事かと建物の外に飛び出した。
全長40メイルになんなんとする巨大ゴーレムが宝物庫の外壁をなぐりつけている。
ゴーレムはほどなく外壁に大きな穴をあけた。
一瞬、黒い人影が穴から中に入り込み、ふたたび姿を表すと、ゴーレムの肩の上にのる。
ゴーレムは校舎から離れてずしずしと歩み、校舎群を取り巻く牆壁(しょうへき)をまたぎ越え、隣接する草原の真ん中まで進むと、そこでそこで崩れた。
宝物庫の中の壁には、『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』という書き置きが残されていた。
※ ※
トリステイン魔法学院では蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
なにせ、秘宝の『破壊の杖』が盗まれたのである。
それも、巨大なゴーレムが、壁を破壊するといった大胆な方法で。
宝物庫の前には学院中の教師があつまり、壁にあいた大穴をみながら口々に騒いでいる。
「衛兵は何をしていたんだね?」
「衛兵などあてにならん!所詮は平民ではないか!それより、当直の貴族は誰だったのだね!」
当直でありながら、自室でぐうぐう寝ていたミセス・シュブルーズがやり玉にあげられ、教師たちから糾弾されだした。
ルイズとキュルケは、青ざめながらその様子をみている。その傍らには表情を消したタバサがたたずむ。
ルイズとキュルケは轟音がとどろくのを聞いていちはやくタバサの風竜に便乗して飛び出し、フーケが逃走して姿をくらます模様をもっとも近くで最後まで見ていたため、目撃者としてこの場に残されていたのである。
「宝物庫の外壁の“硬化”と“固定化”が生徒のいたずらで解除された」という事件はまだ教師のごく一部にしか知られていないようだ。さもなくば、逆上した教師たちの糾弾の矛先は、二人にも向けられていたはずだ。
禅師も、轟音とともに部屋を飛び出し、ゴーレムが暴れ、去る模様を遠望していた。
多数の目撃者のなかでも、生徒たちのほとんどや使用人らは自室にもどるよう促されたが、禅師としてはルイズが寒空の下で立たされている以上、彼女を放置して自室に戻るつもりはない。
オスマンは、シュヴルーズを責める教師たちをたしなめて言った。。
「この中で、まともに当直をしたことのある教師は何人おられるのかな?」
オスマンは、あたりを見回した。教師たちはお互い、顔を見合わせると、恥ずかしそうに顔を伏せた。名乗りでる者はいなかった。
「さて、これが現実じゃ。責任があるとするなら、我々全員じゃ。この中の誰もが……、もちろんわしも含めてじゃが……、まさかこの魔法学院が賊に襲われるなど、夢にも思っておらなんだ。なにせ、ここにいるのはほとんどがメイジじゃからな。誰が好き好んで、虎穴に入るのかっちゅうわけじゃ。しかしそれは間違いじゃった」
オスマンは、壁にぽっかりあいたた穴をみつめた。
「この通り、賊は大胆にも忍び込み、『破壊の杖』を奪っていきおった。つまり我々は油断していたのじゃ。責任があるとするなら、我ら全員にあるといわねばなるまい」
ミセス・シュヴルーズが膝をついて、オスマンにすがりつく。オスマンは彼女をなだめると、何人かの教師を指名して、目撃証言のとりまとめにとりかからせた。
空が白んできた。
オスマンはこの場にいるべき人物の姿が見えないことに気づいた。
傍らのコルベールにたずねる。
「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」
「いえ、未明以来、ずっと姿が見えませんで」
本来ならば、目撃証言の聞き取りととりまとめなどの作業の中核を担うべき人物である。
「この非常時に、どこにいったんじゃ?」
「どこなんでしょう」
そんな風に噂をしていると、かすかに蹄(ひづめ)の音がした。学舎を取り巻く牆壁の向こうに広がる草原のかなたに騎乗の人影がみえる。
ミス・ロングビルであった。
馬を厩舎にもどし、一同に合流したロングビルに、コルベールがまくしたてる。
「どこへ行っていたんですか!大変ですぞ!事件ですぞ!」
「申し訳ありません、賊を追っておりましたの。途中で撒かれましたが……」
まだキャンパスの敷地内の森の中で、撒かれてしまった。しかしトリステインの各地から魔法学院に至る道筋は限られている。可能性があるルートを全てあたってみたら、近在のとある農家の者が、未明にうろつく怪しい人影を見とがめていたという。
「黒づくめのローブの男が近くの森の廃屋に入っていくのを見たそうです。おそらく、彼がフーケで、廃屋は彼の隠れ家なのではないかと」
オスマンは、かしこまって聞いていたルイズ、キュルケ、タバサらを見る。
ルイズが叫んだ。
「黒ずくめのローブ?それはフーケです!間違いありません!」
オスマンは目を鋭くし、ロングビルに尋ねた。
「そこは、近いのかね?」
「はい、徒歩で半日。馬で4時間といったところでしょうか」
コルベールが叫んだ。
「すぐに王室に報告しましょう!王室衛士隊に頼んで、兵隊を差しむけてもらわねば!」
オスマンは首を振ると、目をむいて怒鳴った。年寄りとは思えない迫力だった。
「馬鹿もの!王室なんぞに知らせている間に、フーケは逃げてしまうわ!その上……、身にかかる火の粉をおのれで払えぬようで、なにが貴族じゃ!魔法学院の宝が盗まれた!これは魔法学院の問題じゃ!当然われらで解決する!」
ロングビルは微笑んだ。まるで、この答えを待っていたかのようであった。
オスマンは咳払いをすると、有志を募った。
「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」
誰も杖を掲げない。困ったように顔を見合わすだけだ。
「おらんのか?おや?どうした!フーケを捕らえて、名を挙げようと思う者はおらんのか!」
ルイズは俯いていたが、それからすっと杖を顔の前に掲げた。
「ミス・ヴァリエール!」
ミセス・シュヴルーズが驚いた声をあげた。
「何をしているのです!あなたは生徒ではありませんか!ここは教師に任せて……」
「誰も掲げないじゃないですか」
ルイズはきっと口を強く結んで言い放った。
自分がちょっかいをかけたりしなければ、フーケのゴーレムは宝物庫の壁を破ることはできなかったに違いない。
『破壊の杖』が盗まれてしまったのは、自分のせいだ……。
そんなルイズをみて、キュルケも杖を掲げた。
「ヴァリエールが行くなら、私も一蓮托生よ」
キュルケが杖を掲げるのを見て、タバサも掲げた。
「タバサ、あんたはいいのよ。関係ないんだから」
キュルケがそう言ったら、タバサは短く答えた。
「心配」
キュルケは感動した面持ちで、タバサを見つめた。ルイズも唇を噛みしめて、お礼を行った。
「ありがとう……。キュルケ、タバサ……」
そんな三人の様子をみて、オスマンは笑った。
「そうか、では、頼むとしようか」
「オールド・オスマン!わたしは反対です!生徒たちをそんな危険にさらすわけには!」
「では、君が行くかね?ミセス・シュヴルーズ?」
「いえ、わたしは体調がすぐれませんので……」
オスマン氏がタバサに視線を向けていう。
「ミス・タバサは若くして『シュヴァリエ』の称号を持つ騎士だと聞いておるが?」
タバサは、返事もせずにぼけっと突っ立っている。
「ほんとうなの?タバサ」
キュルケも、初めて聞いて、驚いた。
宝物にいる人々もざわめく。
『シュヴァリエ』は爵位としては最下級であるが、純粋に業績に対して授与されるもので、実力の称号なのだ。
次にオスマンはキュルケを見つめた。
「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を多く輩出した家の出で、彼女自身の炎の魔法もかなり強力と聞いておる」
そしてルイズを見ながら言った。
「そして、ミス・ヴァリエールだが……」
オスマンはしばらく口をつぐみ、ルイズの情報をどの程度まで公開すべきか考え、述べた。
「近頃は“爆発”を強力な攻撃魔法として洗練させようと努力しておる。その力は、かのバラシュール卿の“固定化”をも無効化するほどじゃ」
ギトーの杖を“解呪”した事件は、すでに教師の一部の間で評判となりつつあった。
バラシュール卿は2000年ほど前のきわめて著名な土メイジである。
教師たちはどよめいた。
「この三人に勝てる者がいるというのなら、前に一歩出たまえ」
誰もいなかった。オスマンは、禅師を含む四人に向き直った。
「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
ルイズとタバサとキュルケの3人は、真顔になって直立すると、「杖にかけて!」と同時に唱和した。それからスカートの裾をつまみ、恭しく礼をする。
禅師は数珠を手にかけ、かれらの礼に会わせて合掌し、ほんの少し身をかがめた。
学院の馬車が用意され、ロングビルを案内役として、一同はさっそく出発した。