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No.35339の一覧
[0] 【オリ主,ルイズ魔改造】あらゆる方向に顔をむけた使い魔【チベットの禅師国王を召還】[山田太郎](2013/12/19 16:34)
[1] プロローグ 「運命の子」(11/22 増補改題)[山田太郎](2013/12/19 16:33)
[2] 第一話 勧請と調伏の儀(サモン・サーヴァントとコンクラクト・サーヴァント)[山田太郎](2014/01/18 15:16)
[3] 第二話 異世界からの訪問者(改訂)[山田太郎](2012/10/26 17:22)
[4] 第三話 禅師国王猊下の使命[山田太郎](2012/10/28 13:32)
[5] 第四話 ガンダールヴ、覚醒 !?[山田太郎](2012/11/13 20:53)
[6] 第五話 伝説の目覚め[山田太郎](2012/11/14 00:12)
[7] 第六話 爆発魔法のひみつ[山田太郎](2012/12/28 14:36)
[8] 第七話 “魔法学院”の午後[山田太郎](2013/01/05 22:14)
[9] 第八話 “始祖の宝剣デルフリンガー”の最期[山田太郎](2013/01/20 14:22)
[10] 第九話 怪盗フーケ、参上![山田太郎](2013/01/18 19:10)
[11] 第十話 破壊の杖[山田太郎](2013/01/28 18:15)
[12] 第十一話 ヴァリエール公爵、娘の系統を知る[山田太郎](2013/02/22 11:31)
[13] 第十二話 ヴァリエールとツェルプストーの宿怨[山田太郎](2013/03/14 00:15)
[14] 第十三話 和寧公主の憂鬱[山田太郎](2013/03/02 22:09)
[15] 第十四話 アルビオンへの旅立ち[山田太郎](2013/05/13 18:38)
[16] 第十五話 ワルドとカンドーマたち[山田太郎](2013/05/13 03:09)
[17] 第十六話 ラ・ロシェールにて[山田太郎](2013/07/14 00:42)
[18] 第十七話 アルビオン王家の最後の晩餐[山田太郎](2013/07/14 00:07)
[19] 第十八話 (準備中)[山田太郎](2013/07/13 00:56)
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[35339] プロローグ 「運命の子」(11/22 増補改題)
Name: 山田太郎◆c8b14625 ID:55a6cbb5 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/12/19 16:33
2012.9.29 初版投稿
2012.10.27 用語集を付加
2012.11.22 改題して「運命の子」部分を増補
2012.11.24-30 「運命の子」の所属を「アル・ロバ・カリイエ」と明示。お嫁さんたちの右目と左目を入れ替えたり、その他ちょこちょこと修正。
2013.12.18 禅師国王のお名前を「ダールミカ・サッタールーハ・サムドゥラ」と変更
**************

「あなた、おかしな夢をみたのよ」
「どんな夢だい?」

 南方から北上してきた陸塊が大陸に衝突して隆起してできた大高原。大陸の西の端に住む人々からは漠然と“アル・ロバ・カリイエ”と呼ばれる地域の一部。
 その一角で、近年急速に勢力を拡大している、ある部族の族長と妃の会話である。

「わたし、顔がたくさん、手がウジャウジャはえている人の前で座っているの」
「化け物ではないか」
「ええ、どう見ても化け物。でもちっとも恐ろしくないのよ。不気味でも凶暴でもない。むしろ、なんだか神々(コウゴウ)しいお姿なの」
「で、その化け物はなんと?」
「“時は来た”と」
「なんの時だ?」
「わからないわ。そして、その“人”は、おでこと両目から光を放ったの」
「……」
「…額から放たれた光は、私の体の中に入った」

 なんだか奇妙な夢だが、ほどなくして妃が身ごもったことがわかった。
 夫は妃に言った。

「お前が見た夢って、何かの予言に違いないね。ちなみに両目から出た光というのは、どうなったんだい?」
「左目から出た光は、ギャナク国の王宮にとどいて、ギャナクの王妃さまの胎内に」

 “ギャナク”というのは、彼らが暮らす高原の東方に位置する、古い歴史と高度な文化を誇る大国である。

「右目から出た光は、ティーティンとかいう国の、どこかの貴婦人の胎内に……」

 ”ギャナク”は、彼らと近隣部族にとって計り知れない影響力をもつ、昔からなじみのある大国だが、“ティーティン”(ཏྲིས་དེིན་ tris dein)なんて名前は聞いたことがない。

「ティーティンって何だい?」
「わからないわ。とにかく、西の西のはるか西のはて、大地が尽き果てて海に面したところにある国みたい」
「う〜ん、……。おまえ、ティーティンとかいう国はもちろん、ギャナクの王宮だって知らないだろ?どうしてギャナクとかティーティンだってわかったんだい?」
「知らないわ。とにかくわかったんだもの。それで、私の子供は男の子で、ギャナクの王妃さまとティーティンの貴婦人からは女の子が生まれるのよ」
「……いったい、なんの予知夢なんだろうね」

 夫のもとには、6代前の祖先からつたわる宝物がある。天から不思議な声がとどろき、先祖の目の前にしずしずとおりてきたという。
 その宝物は長方形に切られた紙の束で、一枚一枚に、墨で細く描かれた記号がのたくっていた。ぶっちゃけていうと、これは書物なのだがまだ文字をもたない彼らにはこれがなんだかわからない。歴代の祖先たちは、これを錦にくるんで大切に保管し、香や供物をささげて恭しく祀ってきた。彼の部族は、ときおり手厳しい敗戦を喫して劣勢においこまれることもしばしばあったが、決して滅亡することなく必ず挽回した。そのため近隣の諸部族からは、“あの宝物の威力に違いない”と噂になっていた。

(この宝物には“7代後にこの内容が解き明かされるであろう”という予言もある。妻がみた夢と関係してくるのだろうか……)

 やがて妃は、月満ちて無事に、夢のとおり男の子を産んだ。頭や手がたくさんある神さまが男か女かはわからなかったが、その子は"女神の意図を成し遂げる者(ལྷ་མོ་དོན་གྲུབ་)"と名付けられた。 

 男児の成長と歩調を合わせるように、父の部族長は順調に勢力を拡大していった。高原の中枢地域で勢力をはっていた“ギャルテン・チュグニー”とよばれる小王たちをまとめて滅ぼし、その他の近隣の部族を滅ぼしたり服属させて高原の主要部分を掌握すると、“ツェンポ(強き者)”という意味の王号を名乗るようになった。
 ツェンポが服属させた諸部族の首長たちのうち、ギャナクとの国境に近い地方に割拠していた連中は、その勢力の大小に応じて、ギャナク国から「都督」(=州知事)や「知県」(=県知事)、「百戸」(=100人の部隊の指揮官)、「千戸」(=1000人の部隊の指揮官)、「都指揮司」(=5000人の部隊の指揮官)などの称号をもらって所領を安堵してもらっていた。
 そのようなわけで、ツェンポによる同族の征服・高原の統一は、ギャナク国からみれば、自分たちの勢力圏の侵害になった。そのため高原の統一がすすむにつれ、ギャナク国はツェンポを敵対勢力と認定し、厳しく対立することになった。
 
 高原の東北部には、ギャナク国との境界に接するかたちで1000年ほどの歴史をもつトヨゴン国(別名アシャ)という小国が勢力を築いていた。
 ツェンポは娘のひとりをトヨゴンのカガン(=王の意)の王子に嫁がせたが、ギャナク国も、これに対抗してカガンの別の王子に公主(=皇族の娘)を嫁がせ、トヨゴンを自国の勢力下にとどめようとした。

 トヨゴン国の王室と家臣たちはツェンポ派とギャナク派に分かれて内戦をはじめ、ツェンポとギャナク国は自派を応援するためそれぞれ軍を率いて軍事介入した。

 ギャナク軍は、ツェンポにとって、いままでの高原統一戦争で戦ってきた勢力とは異なり、兵力の規模、装備、戦術とも圧倒的に上回る強敵であった。にもかかわらず、ツェンポは真っ正直に、これに真っ向から決戦を挑み、そして大敗を喫した。父より部族長の地位を受け継いでより連戦連勝だった彼の生涯で、初めての大敗といってもよい。
 ツェンポは、軍勢を撤退させるため敗軍をまとめようと努力している最中、流れ矢を受けて戦死した。
 
 本国では、13才に達していた王子がただち即位したが、動揺はおさまらず、国の行く末を不安におもった諸侯たちの離反や叛乱が相次いだ。
 ところが新ツェンポは、周囲の予想に反して、大変な出来物だった。賢臣ガルらの助けもあって、高原中枢の叛乱勢力をすばやく鎮圧し、”若年ではあるが侮りがたい”存在であることを示すと、周辺地域の離反した諸侯たちを硬軟とりまぜて“説得”し、父王の勢力圏をふたたび回復するだけにとどまらず、西方では、高原の西部を占めていたシャンシュン国を併合、ふたたびトヨゴン国をめぐりギャナク国と対峙する体勢に入った。

 ギャナク国は、当時北方の遊牧民の国家ドゥグとの対立が急迫しており、高原との2正面作戦は避けたいとの思惑から、
 (1)高原の新ツェンポ”女神の意思を成就する者”に公主を嫁がせる
 (2)公主の”化粧料”として”河西九曲の地”(=トヨゴン国の領土の4分の3)をつける
との条件で講和を求めてきた。
 新ツェンポはこの条件を受け入れ、ギャナク国との間にはとりあえず、一応の平和がよみがえった。
 ほどなくして、約束どおり、多数の学者や職人たちをひきつれ、”和寧公主”(ホーニン・コンジョ)という姫君がギャナク国を出立し、国境を越えて高原の国に入った。時に新ツェンポ、15才の夏であった。

 新ツェンポは、母が自分をみごもったときに見たという不思議な夢のことを聞かされていた。

(母の夢によれば、こんどギャナクからくるコンジョどのは、顔や手をたくさん持つ神さまが左目から放った光だという。私は額から放たれた光。
 右目から放たれた光にあたる人も、私のもとにやってくるのだろうか?どのような人だろう?母の夢で神さまが言った”時が来た”とはいったい何のことだろう……)

         ※               ※

 8年前から首都を制圧しているギャマル(=中国共産党)軍の司令官が、彼を観劇に招待してきた。
 ギャマル部隊のなかに楽団や劇団が組織されていて、その出し物を見に来いというのである。
 首都の市民たちは、その噂をききつけ、彼がこの招待をうけてギャマル軍の駐屯地におもむくと、そのまま彼がギャナク国へ連れ去られてしまうのではないかとおそれ、それを阻止するために宮殿を取り囲みはじめた。
 彼は、単にチベット国の国王であるだけでなく、チベットの「衆生(人間を主とするあらゆる生き物たち)」を救う慈悲の仏・チェンレーシー(観音菩薩)の化身でもある。市民たちは、彼がギャナク国に連れ去られ、監禁でもされようものなら、それはチベット国の滅亡に等しいと恐れたのである。
 
 チベット国とギャナク国は、昔から密接な関係を持ち、友好関係を築いてきたが、10年前にギャナク国の政権を握ったコンチャ・タン(=共産党)は、『チベット国とギャナク国が、古来から「セントラル・ランド」というひとつの国家を形成してきた』とか、『ギャ人とチベット人は「セントラル・フラワー民族」というひとつの国民を形成してきた』という、チベット人からするとビックリ仰天するような主張を行いはじめた。ちなみに、コンチャ・タンは自分たちの政権奪取を「解放戦争」とよび、『みんなが仲良くするセントラル・フラワー国』を「建国」した、と名付けている。
 上記のようなコンチャの「理論」に基づけば、ギャナク国によるチベット国の攻撃、占領、併合は、侵略ではなく、『チベットが「みんなが仲良くするセントラル・フラワー国」の大きな家庭に復帰する』と美化されるのである。
 コンチャ・タンは、赤い色を自らのシンボルカラーとしていたので、チベットではコンチャの軍勢を「赤いギャナク」を意味する「ギャマル」と呼ぶようになった。ただしギャマル自身は、チベット人に対して「ギャマル」ではなく「トゥンヤン」と呼べと主張している。

 コンチャ・タンは、それまでギャナクを支配していたコ・ミン・タン(=国民党、国民政府を指す)を打倒してギャナク国を完全に支配し、『みんなが仲良くするセントラル・フラワー国』を建国したその年から、チベットにむかって、「セントラル・ランド」や「セントラル・フラワー民族」という独特の歴史観を宣伝しはじめた。そしてその翌年、ギャマル軍はチベット政府の勢力圏であるカム地方の西部に侵攻を開始(チベットの国土のうち、ギャナク国に隣接した東北部のアムド地方やカム地方の東半分は、コ・ミン・タンの時代からギャナク人の支配下にあった)、さらに翌年には首都をふくむチベット全土がギャマル軍によって制圧されたのである。

 チベットの摂政政府は、カム地方西部の要衝チャムドが陥落すると、15才の彼に親政を要請してきた。
 摂政政府を構成する貴族たちは、先代国王が崩御すると、彼が着手しようとしてきた近代化政策をすべて中止・放棄させ、その後は18年の間、権力闘争にあけくれてきた。コ・ミン・タンであれ、コンチャ・タンであれ、ギャナク国がチベットに手を出してこないのは、東方の敵国と必死に戦争していたためであって、やがてこの敵国との戦いが決着した場合、ギャナク国がチベット国に対していずれ牙をむいてくることは火をみるよりもあきらかであったにもかかわらず、先代国王がギャナク国に備えるためほんのちょっぴり着手した近代化政策は、先代国王の死とともにまったく打ち捨てられてしまった。
 チャムドの陥落によって、摂政政府の大臣たちは、とつぜんチベット国家が滅亡の淵に置かれていることに気が付き、あわてて彼に国王としての責任を負うよう求めたわけだが、このような状況で、わずか15才の少年がとつぜん政治や軍事の全権をいきなり委ねられたところで、いかんともしようがないではないか。
 彼は、チャムドを占領したギャマル軍の撤退を交渉させるため、ギャナク国の首都ピーチン(=北京)に使節団を派遣したが、彼らは勝手に「チベット国をセントラル・フラワー国の大家庭に復帰させる十七か条のとりきめ」を結んで戻ってきた。使節団は、自分たちに委ねられた権限の範囲にはないことがらを、本国との連絡をとることもゆるされずに「締結」させられたのである。このとりきめの第十七条には「このとりきめは、全権代表の署名・調印と同日に発効する」とも記載されているが、通常の国際的とりきめの手順としては、最初からさいごまで、まったく無茶苦茶である。

 一般的には、このような手順と方法でおしつけられたものは、国際法上のとりきめとしては、成立していないとみなされる。

 しかしこのチベットの苦境に対し、当時の国際社会は身を挺して擁護することはしなかった。チベットの国土のすみずみまでギャマル軍に制圧される中、彼はギャマルの国主マオ・トゥシにあてて、こんなふうに締結された「十七か条の取り決め」を、受け入れる旨をつげる電報を打つことを余儀なくされた。

 その後の8年間は、彼にとってもチベット国にとっても屈辱の歳月であった。
 
 そしていま、首都の市民が彼の身を案じ、身を挺して彼を守るため、宮殿の周りに集まりつつあった。
 ギャマル軍の司令官は、彼に対し、招待を受諾するよう強硬に主張してきた。
 彼がこれを拒否すると、ギャマル軍の司令官は、首都の市街地をうめつくす群衆をさして「セントラル・フラワー国の分裂をもくろむ暴徒」とよび、チベット政府が彼らを解散させないなら、彼のいる宮殿ごと「暴徒」に砲撃を加えると告げた。

 彼は、祖国をはなれて亡命することを決断した。
 
 チベット国の正規軍は無線機も持っておらず、ひとたびギャマル軍が行動を起こすと、一瞬で制圧された。
 彼は下級兵士に身をやつし、わずかな護衛と義勇兵にまもられながら逃避行をつづけ、ヒマラヤ山脈を越えた。
 インド兵がまもる国境の警備ポストが見えてきた。
 護衛や侍従たちが、先にすすんでインド兵と交渉を始めている。
 義勇兵はその場で立ち止まって動かない。彼が無事国境を越えたら、ギャマル軍と戦うために引き返すつもりなのである。
 彼は万感の思いをこめて、変装のために担いでいた銃を義勇兵に渡し、警備ポストにむかった。

 すでに事情を知ったインド兵が、恐縮した表情でたずねてくる。
 「敬意をこめてお尋ねします。あなたはどなたですか?」

 彼は背後を振り返った。再び祖国の山河を踏みしめる時は、はたしてくるだろうか。彼は背後の景色を脳裏に焼き付けると、振り返ってインド領に歩み入りながら、質問に答えようとした。
 
 足下の感触が急にかわった。体がバランスを崩してつんのめりそうになる。
 体勢を立て直して顔をあげると、目の前には直径2メートルほどの円形の鏡のようなものが立ちはだかっていた。
 突然のこととて、避けることもできない。
 彼はそのまま鏡のなかに歩み行った。

 風景が一変した。
 万年雪をいただくヒマラヤの急峻な斜面は消え、ゆるやかな岡のふもとに、インチー(=ヨーロッパ)風のおおきな建物がいくつかならんでいる。
 国境警備のインド兵の姿が消え、そのかわりに、彼の弟妹たちと同年代の、マントをはおり、学校の制服のような衣装をきた大勢の子供たちがあらわれた。
 
 彼の目の前で、桃色の髪をした小柄な少女がいった。

 「あんた誰?」

 彼はインド兵に向かって答えようとおもった言葉をそのままのべた。

 「私はダールミカ・サッタールーハ・サムドゥラ。一介の比丘(びく)です」


***********************
○用語解説(2012年10月27日投稿/11月22日増補)
 すべてチベット語で実際につかわれている単語です。
 (11月22日増補)アル・ロバ・カリイエに関するオリ設定については、かならずしも↑のとおりではありません。

【ギャマル(རྒྱ་དམར)】:中国の共産党政権に対する呼称。「赤い中国」の意。
【ギャナク(རྒྱ་ནག་)】:中国。チベットの東方に位置する隣国のひとつ。(11月22日増補)ハルケギニアがある惑星にも、地球のギャナクとよく似た場所に、ギャナクという国がある事にします。アル・ロバ・カリイエの一国(オリ設定)。
【コンチャ・タン】:中国語の「共産党」のチベット訛
【「セントラル・ランド」(ཀྲུང་གོ་)】:中国で現在主張されている国家の枠組み。中国とその周辺のモンゴル、チベット、東トルキスタンなどの諸国・地域が「古来から不可分の多民族国家を形成していた」と主張されている。
【「セントラル・フラワー民族」(ཀྲུང་ཧྭ་མི་རིགས)】:中国で現在主張されている「国民」の枠組み。中国・モンゴル・チベット・東トルキスタンの諸国・諸地域の住民たちが「古来からひとつの【大家庭】を形成してきた」と主張されている。
【「みんなが仲良くする国」(སྤྱི་མཐུན་རྒྱལ་ཁབ་)】:1951年以降、チベットのラサに進駐してきた中国当局が作成して普及させたチベット語の新造語彙。国家元首が選挙によって選出される政治体制。中国語の「共・和・国」を漢字一文字づつ翻訳して造語された。
【コ・ミン・タン】:中国語の「国民党」のチベット訛。チベット語では、中国国民党そのものだけでなく、南京国民政府を指す場合もある。
【トゥンヤン】:中国語の「中央」の音写。「十七箇条協定」では、中国政府は、自身を「トゥンヤン人民政府」と名乗る一方、チベット政府を「西藏地方政府」と規定した。
【マオ・トゥシ】:中国語の「毛主席」の音写。
【インチー】:中国語でイギリスを指す「英吉利」に由来する名称で、元来はイギリスを指したが、のちヨーロッパ全体も指すようになる。
【ジャルパン】:日本のこと。英語の「Japan」より。中国語経由の「リビン」という名称は、この物語より後に、「ジャルパン」と同程度に普及していく。明治の末から大正の初期にかけてチベット入りした日本人が「ཉི་ཧོན་(ニホン,ニオン)」という呼称を広めようとしたが、「ジャルパン」や「リビン」に圧倒されて定着しなかった。


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