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No.34596の一覧
[0] オールド・オスマンの息子[lily](2012/08/14 19:58)
[1] 001[lily](2012/08/22 21:42)
[2] 002[lily](2012/08/22 01:31)
[3] 003[lily](2012/10/11 17:28)
[4] 004[lily](2012/08/15 19:37)
[5] 005[lily](2012/08/16 16:22)
[6] 006[lily](2012/08/22 23:37)
[7] 007[lily](2012/08/22 23:38)
[8] 008[lily](2012/08/22 23:40)
[9] 009[lily](2012/08/22 23:44)
[10] 010[lily](2012/09/07 02:25)
[11] 011[lily](2012/10/10 00:53)
[12] 012[lily](2012/11/01 22:54)
[13] 013[lily](2012/12/28 20:06)
[14] 014[lily](2013/01/28 20:20)
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[34596] 009
Name: lily◆ae117856 ID:245b0a6f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/22 23:44
時、流れ万緑の候。単に夏といっても初夏、仲夏、晩夏と分けられるが6番目の月であるニューイの月は暦の上では仲夏と言えど人の感覚からすれば初夏に当たるのだろう。初夏を飾る花において最も知られるのは百合であろうか。「威厳」「純潔」「無垢」を表す花である。トリステイン王家の紋章は百合を象ったものであるが、かの国の姫、アンリエッタ・ド・トリステインが微笑めば正しく「草深百合の花笑み」と言える。
また初夏というのは秋にまいて冬を越した「冬小麦」の収穫時期に当たる。世界三大穀物である小麦はハルケギニアにおいて最も消費量が多く、生活に欠くことができない物であるが故、国務を預かるマザリーニ枢機卿などは石高の心配をしていることだろう。

さて、件の正座以降、キュルケ、タバサ両名はクラスに馴染み始めている。
ことロレーヌに至っては在学中にタバサよりも上手な風の使い手になることを目標にしているらしく、ギトーを師事し、風の授業では進んでタバサと組み、少しでも格上の者から学ぶべく勤しんでいる。タバサは面倒だとこぼすがこれはいい傾向である。トネー・シャラント等にしてもキュルケと如何に自分を魅力的に見せるかで議論している光景が見受けられた。

そんな日常の中、いよいよトリステイン魔法学院の夏季の長期休暇に入る。
この夏がヴァレリーにとって決戦の夏であるのは以前に語ったが、それは休暇に入ってから直ぐということではない。しかし、確実にその日は近づいて来るわけでヴァレリーはカトレアにどのような言葉を持って告げるべきか考え始めていた。

こういった時に頼りになるのは年長者ではあるが、父オスマンには自身で考えろと言われてしまい参考は得られず、学院の教師の中では仲のいいコルベールに訊いてみても専門外だと良い回答は得られなかった。結局の所、オスマンに言われたように自身の気持ちを自身の言葉で告げるのが一番だというのは理解しているヴァレリーであるが、やはり一抹の不安があるのである。となるとヴァレリーと交流がある年長者はエレオノールが浮かぶが果たして彼女に訊いてみても善いものかは甚だ疑問である。

さて、エレオノールはアカデミーで研究に勤しんでいるが彼女にも夏季の休暇はある。流石に学院のような長い休みとはいかないが現在抱えている研究次第では一、二週間程の休みが取れるだろう。
ヴァレリーとエレオノールはこの時期に一度は必ず二人で出掛けるのが毎年の常である。と言うのも彼女の里帰りにヴァレリーも同行し、ヴァリエール家、もとい、カトレアのもとに足を運ぶのもまた常だからだ。要するに休暇の予定を合わせるのである。働いているエレオノールが勝手に一、二週間もアカデミーを空けることがかなわないのは当然であるが、ヴァレリーにしても市場に卸している魔法薬や個人から依頼された魔法薬生成の仕事を抱えているうえに庭の手入れもある。夏場の庭の手入れというのは結構な労力を要するものである。緑が増すのは何も意図的に育てている草花だけではなく、目的の草花の成長を害するような所謂雑草の類いもまた同様であるのだ。雑草でなくとも夏の暑さで植物が痛まぬように剪定を行い風通しを良くする必要もあるし、寄ってくる害虫の駆除も欠かせない。淑女が美しさを保つのに労力を割くのと同様に美しい庭を保つのも此れまた然りである。

そんなわけでヴァレリーは夏休みで閑散とした学院からアカデミーがある王都トリスタニアへとやって来た。守衛に挨拶を済ませ、アカデミーのエレオノールの研究室へと足を運ぶ。エレオノールの研究室は貴族らしく質の良い機材が並ぶがやや質素な感じがするもので、ヴァレリーの研究室より随分と片付けがなされているのは彼女の性格が表れているのだろう。

「相変わらずエレオノール様はお綺麗で。初夏に咲いたモノを幾つか持って参りました」

ヴァレリーは庭から見繕った花束を手に笑顔で挨拶する。
豪華絢爛というわけではないが、百合を主役に知性と品を感じさせるようなエレオノールに似合う組み合わせである。

「ふふ、ありがとう。貴方も相変わらずね。今年も綺麗に咲いたようでなによりですわ。そこに飾ってくれるかしら?」

言われた通りヴァレリーは窓辺の花瓶に花をいけ、それを見ながらエレオノールが言う。

「やっぱり、部屋に花があるだけで違うものね。質素な部屋だけに良く映えるわ」
「可憐な花なら既に私が部屋に来た時も咲いていたと思うのですが?」
「まったく、貴方は学院でもそんな事ばかり言っているのではないでしょうね?もしそうなら怒りますからね?」
「まさか。女性を誉めるのは男の役目ですがそうそうこのような台詞は言いませんよ」

エレオノールは呆れつつもついつい微笑んでしまう。
十歳も年下の馴染みの男子は毎度の事ながら気障な台詞が似合う成長をしたものだと。少し前までは自分の方が背が高く、下から見上げてくる妙に大人ぶった可愛い男の子だったが、いつの間にやら身長は抜かれてしまい、その行動の節々には知性と品が窺える。少年から青年へと成長した今でも昔と変わることなく敬愛の念を寄せてくれる澄んだ瞳は美しく、殿方に送る賛辞ではないが可憐な花というなら彼の方だろうとエレオノールは思う。

「今はどういった研究をなされているのですか?」

ヴァレリーは質問する。
アカデミーにおける研究には大きく分けて二つある。
魔法の運用により、国の運営及び経済の発展に寄与する研究と神の御心を探る為の神学的な研究だ。
こと伝統を重んじるトリステインにおいて後者の方がより崇高なものとの見方がなされていて前者を一つ位の下がる研究であるとの認識もあるが実質的に必要なのは前者であり、そこにはロマリア出のマザリーニ枢機卿も理解を示しており、前者の研究が下賤だとか異端だとされる気質は薄れ始めている。

エレオノールの担当するのは始祖像の研究ではあるが主席研究員である彼女がただそれだけを研究するようなことはない。彼女程の人物であるならば国から何らかの依頼を受けて研究に当たるのが普通である。

「今は農作物の生産力向上の為に地力を効率良く回復させる手段の考案ですわね。現在は痩せてしまった土地の回復を計る為に土地を休ませる三圃制が主流です。それ以前よりは生産性は上がりましが休耕地を無くすとはいかなくとも期間を短いものに出来れば生産の質と量を更に増やすことが可能になるでしょうから。後は掘削技術の発展の依頼も受けてますわ。正直今のトリステインの現状からすればこの手の依頼がくるのは当然ですが、遅過ぎたという気が否めませんわ」

トリステインの穀物生産事情は近隣各国の中でみれば良い方である。流石にガリアには負けるものの、北部に冷涼な地域を含むゲルマニアや大空に浮かぶアルビオンなどと比べれば高い生産率を持つ。人口の抑制による貴族社会の維持と平民層の管理という観点からすれば生産性を進んで上げるのはやや危険ではあるが、おそらく地力回復による生産性の上昇は対外向け、とりわけアルビオン向けの輸出を拡大させたいが為であろうとヴァレリーは思う。採掘技術についてはゲルマニアに技術も産出も完全に先を越されている鉄鋼業においての遅れを取り戻したいのではないかと憶測する。

「ふむ、何か良い案は既に?」
「まだ全然ね。既存の方法を洗い直している段階ですわ」

エレオノールは机に積まれている王立図書館から借りてきたのだろう何冊もの文献に手を置く。

「農地については土石の効率利用の路線でいくか、はたまた他の手か……。採掘技術にいたってはまだ手も付けてすらいないのよね。先日、依頼を受けたばかりだから仕方がないといえばそうなのですけど、里帰りの前に少なくともどちらかの目途が立てばいいのですけど」
「土石は庭の土壌を回復、改善させるのに使われますが農耕地となると結構な量を必要とするでしょうね。生産性は上がりますが生産費用が嵩んでしまって費用対効果が悪いから悩みものというわけですね」

ヴァレリーの回答は正しくエレオノールが悩む点である。

「土石の力を増長させて取り出す魔法装置の作成が可能かどうかも模索中ですが此方も芳しくありませんわ。如何せん先住の力の結晶だけに加工する技術が載った文献も極僅かですから」

お手上げといった仕草をする彼女、ヴァレリーとしても力になれるものならなりたい所。
何か良い手はないかと思考に没頭する。

「もう、眉間に皺が寄っていてよ?別段急ぎの要件ではないしあくまでも可能ならといったものだから今日はもう出掛けましょう?時間を置けば新たな視点が見えるやも知れませんしね」
「むー、無念です」

エレオノールが身支度をし、ヴァレリーが書類の片付けを手伝う。
本の整理をしている最中、ふとアルビオンという単語が目に入りヴァレリーは動きを止めた。

「アルビオン……地力回復……えぇっと、あー、何だったか……」

何やら思考に耽るヴァレリー。

「どうかしたの?」

エレオノールが言葉をかけるが思考に没頭しているのかヴァレリーは眉間の皺を深めるばかり。
それを見て悪戯心が湧いたのはエレオノール。ヴァレリーの耳元に口を近づけ、ふっと一息。

「ぬひゃっ!?」

何事かと大きく跳ね上がったヴァレリーに素知らぬ顔でエレオノールは言う。

「ふふ、何やらおと呆けた声がでましたわね。そうやって考えすぎると皺が残ってしまいますわよ」

エレオノールの白く、きめ細やかな手がヴァレリーの眉間をぐりぐり押す。
その時、ヴァレリーに電流が走った。彼の眉間にボタンがあったり、妙な快感に目覚めた訳ではなく、頭の中で探っていた答えを見つけたのだ。

「そうだ!クローバーです!クローバーですよ、エレオノール様!やっと思い出しました。得られる効果が同じならわざわざ魔法を使わなくても良いのです」

眉間を押していたエレオノールの手を取り、曇りが無くなった顔でヴァレリーは言う。

「随分と説明を省きましたね。具体的に説明をしてくれるかしら?あの野に生えるクローバーの事で認識は合っていて?」

「はい。シロツメクサとも言いますね。あれには確か地力を回復させる効果があったと記憶しております。流石に土石程の効果が有るわけではありませんが費用対効果は土石の比じゃないでしょう。その上家畜の飼料にもなりますし、蜂蜜の生産も可能かと。蜂蜜は砂糖の代替品として利用出来ます。また、葉は茹でて食用にすることもできますし、花穂は強壮剤、痛風の体質改善薬などとして用いられると文献で読みました。これなら農業生産の増加と地力の回復を両立させて、副次的な物品の生産も見込めるものだと思います。実際に見て来たわけではありませんがアルビオンでは既に取り組んでいる場所もあったかと」

「なんとまぁ!図書館へと向かいますわよ、ヴァレリー!」
「はい、お供致します。エレオノール様!」

二人は早速、図書館に赴き、この案を肉付けするべく尽力する。
単に案を提示したところで満足していては研究としては頂けない。
それを裏付ける情報を集め、実例を提示したいところ。
また、効果がどの程度見込めるかの計算をする必要もある。

漁る文献は魔法研究や国勢資料、植物学、市場の物価まで広げていく。
流石に国勢資料は一般には公開されてはいないが首席研究員かつ大貴族のエレオノールならある程度は融通が利くものであり、二人で分担をして文献を集めていく。

机に山積みになった文献から必要な箇所の抜粋、もちろんどの著者のどの本のどこの箇所かを書き記すのは忘れてはいけない。この時代に知的財産権が有るにしろ無いにしろこういった物にもやはりマナーはあるし、先人の知恵に敬意を賞するのは学者なら当然だ。見込める生産高の最小値と最大値、その平均の計算は間違いが無いようにそれぞれが同じ計算をする。情報は正確であるに越したことはない。

そんなこんなで草案が出来上がったのは翌日の朝方。二人は出掛ける事をすっかり忘れて図書館が閉館した後もエレオノールの研究室にてぶっ通しで書を解き、筆を滑らせてきたのだ。

「出来ましたね。エレオノール様……」
「えぇ、良いものが仕上がりました。ヴァレリー……」

二人の顔には疲れが見える。だがそれ以上に事をやり遂げた達成感が窺える。

「これで気兼ねなく休暇を取れそうですわ。それにしても、ふぁ、失礼。一段落したら急に疲れが押し寄せて来ましたわ」

小さな可愛らしい欠伸を一つすると眼鏡を外し目をこするエレオノール。
思えば昨日の午後から休みを入れずに没頭したもので二人とも一睡もしていない。

仮眠を取り、湯あみを済ませてトリスタニアへと出掛けたのは日が傾き始めた頃。
小さな劇場でやっていた軽歌劇を鑑賞した後、リストランテで食事を済ませ、研究の草案完成祝いに値の張る酒場でグラスを傾けながら談笑に耽る。薄っすら聞こえてくる音楽とステンドグラスの照明に淡く照らされているその店内は落ち着いた雰囲気であり、客のほとんどが身分の高い貴族なのだろう、給仕の振る舞いもなかなかなモノである。なんでもこの店はアイスワインと焼き菓子が大層淑女から人気だそうだ。タルト・タタンと呼ばれる林檎のタルトを口に運ぶエレオノールの顔が幸せそうで何よりである。

「今年はいつ頃、お帰りになられますか?」

元々エレオノールの里帰りにヴァレリーの予定を合わせるのが今回の訪問の目的である。

「そうですわね。貴方のおかげで依頼されていた研究も形になりましたし、翌月のアンスールの月の第二週ってところかしら?貴方もそれでいいかしら?」
「はい、私は問題ありませんよ」
「そう、では決まりですわね。そういえば学院生活はどう?魔法薬学の授業も請け負っているのでしょう?」

ヴァレリーは此処2カ月での学院での出来事を語る。
どういった人と友人になったかや、受け持っている魔法薬学の授業のことなどなど。

店を後にし、アカデミーに戻り、エレオノールの自室にてワインを空けながら他愛もない話をする。飲み始めてから時間が経った頃、空いたボトルも増え、大分酔いも回って来て、話は熱を帯びた結婚談義へと移った。というよりもエレオノールの愚痴をひたすらヴァレリーが聞く構図が出来上がった。始まりはヴァレリーの「この夏にカトレア様に想いを告げ、ゆくゆくは結婚を」という言葉であった。

「うぅ、私だって結婚がしたくないわけじゃないのです。花嫁衣装だって着たいですし、想いを馳せる殿方に熱く抱かれたいのです!ですが仕方がないじゃないですか!?それ相応の殿方がいないのですから!ねぇ、どうしてなのかしら!?ねぇ、聞いていて?ヴァレリー!?」

鬼気迫ると言うべきか、魂の叫びと言うべきか、エレオノールがヴァレリーにぐいぐい迫り詰問する。学院の同期だった子の多くは既に結婚を済ませているし、アカデミーの後輩にしても結婚を理由に仕事を辞めていった者も何人も見てきている。場合によっては子供を授かっていてもおかしくない年齢のエレオノールである。友人の結婚式に呼ばれるも然り、子を授かったとの報告の手紙然り、確実に取り残されていく現状に焦りを覚えるのも無理はないのだろう。

エレオノール自身は素敵な女性だと思っているヴァレリーからすれば引く手数多のような気がするのだが、どうやら彼女の言う「相応の殿方」の基準に問題があるようだ。

「は、はい。ちゃんと聞いておりますよ。ちなみにエレオノール様はどのような方なら結婚したいと思うのですか?」
「そうですわね、一つはそう、ヴァリエール家に婿入りする者が愚かであってはなりません!夫足る者、妻の私より学はあって欲しいものです!」

いきなり婿入りの門が狭まったものである。
何を持って学とするかは様々ではあるが、それでも学生時代は座学のトップに位置し、現在はアカデミーの主席研究員のエレオノールよりも上の学を持つものはそうそういないだろう。

「二つ目はやはり魔法の才。トライアングル以上は必須ですわ!系統は土か水がいいですわ。私との相性もいいですし戦闘向きではない故に総じて書を解く者が多いですからね。とりあえず、この二つは絶対条件ですわ。また、容姿と行動力も重要です。当主とはその家の柱であり、顔です。ヴァリエール家はトリステインを代表する貴族、とならば求められる資質もまた高くなければならないのです!家柄は私自身は礼節を弁えた方ならいいとは思いますが家同士の結び付きを考えるならば男爵より上かしらね」

「えらい門が狭いですね……。となればそのような方がいそうなのはやはり、ここ、アカデミーになるのでは?」
「いなかったからこの現状なのです……。私がここで何年働いていると思って?」
「そ、そうですよね。すみません」
「条件が厳しいというのは私も承知していますわ。ですが、当主としても個人的な理想にしてもやはり……。はぁ、もう見つけるのは無理なのかしらね?いっそのこと理想の殿方を私が仕立てるしか……」

矢継ぎ早に言葉を重ねるエレオノールはそう言うと落ち込んだ顔でヴァレリーをじっと見つめる。

「な、なんでしょうか、エレオノール様」
「もう貴方でいいんじゃないかしら?貴方は私の婿選びの条件の多くを満たしていますし。私とカトレア、一度で二度おいしいですわよ?」
「ちょ!?意味がわかりません!自棄にならないでください!大体婿入りの者がそんな真似したら味わう前に公爵夫妻に殺されてしまいます!加えて私はそこまで出来た人間でもないですし、爵位もありません!」

想像するとニヤけそうになるが、トリステインきっての大貴族、ヴァリエール家の娘を二人とも嫁に貰うなどということは恐れ多くてとてもじゃないが受けられない。

「軽い冗談ですわよ。それに貴方の才覚なら宮仕えでもすればすぐに功を立てられるでしょうに」
「一体どの辺が軽かったのでしょうか……。少し飲み過ぎではありませんか?」
「まだまだ、これからですわ。貴方はもっと飲むべきです」

ヴァレリーの空いたグラスにワインを注ぐエレオノール。
結局その晩は酔い潰れるまでヴァレリーはエレオノールの話に付き合ったのだった。



目が覚めたのは随分と日が高くなった頃。ただ、それでもまだ深酒のせいで起き上がりたくはなく、眠気も取れず夢か現かを彷徨う中でヴァレリーはベットの上でもぞもぞしていた。寝ているベットは何やら甘い薫りがするものでとても心が落ち着く。また誰かに抱かれているような温もりを感じる。薫りと温もりに誘われるまま何かに顔を埋める。些か量が足りないが柔らかい膨らみに迎えられ更にぐいぐいと顔を埋めると僅かに感じる官能的な匂い。手でその膨らみを揉んでみれば感触や良し、ついつい無意識の内にそれを捏ね繰り回す。

指先が張りのある突起物に触れる。
とりあえず摘まむ。

「ん……あぁ……」

何やらそれが鳴いた。
妙に艶っぽい鳴き声であり、どこか男の本能を擽るものがある。

―――そういえば私は昨日客室に戻っただろうか?飲み過ぎたせいで記憶が覚束無いが、仮眠をとった際のベットはこんなにいい薫りはしなかった気がするのだが……。

だんだんと意識が覚めるのと比例して自分が何かとんでもない事をしている気がするヴァレリー。
恐る恐る目を開けると自分がどういう状況で何に顔を埋め、揉んでいたか知った。

―――あわ、あわわわわ!?

自分は客室に戻ってなどいなかった。となると今寝ているベットはエレオノールの物。そして横で抱き枕よろしく自分を抱いて寝ているのはエレオノールその人。今し方、顔で、手で弄んだせいでブラウスの胸元は大きく肌蹴ている。

―――まずい!非常にまずい!!まず過ぎる!!!

慌てて離れるが当然ベットの上がそういつまでも続くことはなく受け身も取れずヴァレリーは転げ落ちた。

「ぬわぁ!?」

その物音に目を覚ましたらエレオノールはむくりと起き上がるとぼんやりした目でヴァレリーを見つめる。

「お、お、おはようございます。エレオノール様!き、今日は天気がいいですよ!?」

言われてエレオノールは窓にうつる空を見る。
紛う事無き曇り空だった。

「曇りですが?」
「あ、あれー?先程までは晴れていたのですが!?」

狼狽もいいとこである。
別に女性に耐性がないのではない。
相手がまずいのである。

―――よりにもよって結婚しようとしている人の姉と同衾してしまうなんて!?いや、それだけならエレオノール様なら許してくれるかもしれない!しかし、揉んじゃったし嗅いじゃったし摘まんでしまった!

明らかに挙動不審なヴァレリーを見て訝しむエレオノール。エレオノールも昨晩の酒のせいで記憶が定かではないが先ほどまで何かを抱いて寝ていた気がしていた。ふと、自分の胸元を見るとそのまま寝てしまって着替えていない昨日のブラウスのボタンが外れ、肌蹴た胸元。

「~~~ッ!?」

咄嗟に胸元を隠すとエレオノールはヴァレリーを睨むその顔は鬼灯のように紅い。エレオノールの無言の圧力に耐えるだけの胆力はヴァレリーは持ち合わせてはおらず、冷や汗が頬を伝い、床に落ちる。

「説明してくれるかしら?大丈夫、怒らないですから」

沈黙を破ったのはエレオノール。
しかし、ヴァレリーは真実を告げるべきか迷う。
古今東西、怒らないと言って本当に怒らなかった人はいないからだ。

「あら?言えないの?まぁ、いいですわ。そこのお水を取ってくれる?咽が渇いてしまったわ」

ヴァレリーは言われた通りテーブルに置いてあった水差しを取る。
随分とぬるくなってしまったそれを魔法で冷やし、エレオノールに渡そうとした時だった。

「捕まえましたわ!」

まんまと近寄って来たヴァレリーはエレオノールに捕縛された。
無理に逃げようとすると水が溢れるので逃げることが出来ず、頬をされるがままに捏ね繰り回される。

「さぁ、観念なさい!」
「ひたひ、ひたひ、わかりました!わかりましたから!」

解放されたヴァレリーは頬を撫でながら説明する。

「その、昨晩の記憶が途中から無いのですが、目が覚めたらエレオノール様のベットで寝ておりました。すみません」
「それだけではないでしょう?」
「む、胸に顔を埋めました。ちょっと、いや、かなり揉みました。あまつさえ先端を摘まみました。で、ですが、決してやましい気持ちがあった訳では!無意識だったのです!」
「なっ!?無意識で摘まむんじゃありません!あぁ……ヴァレリー。昔は無垢で可愛い少年だったのに破廉恥に成長してしまうなんて……。学院長の影響かしら」
「すみません。ごめんなさい。申し訳ありません」

本当にやましい気持ちがあった訳ではないし、自分ではそこまで破廉恥に成長した覚えはないのだが、こうなってしまった以上、謝る以外に他はない。

「まぁ、反省しているようですし、許してあげてもいいのですが……。一つ私の言う事を聞いて貰いましょうか」
「はい、お任せください!なんでも仰ってください!」
「あら、そんな安請け合いをしてもいいのかしら?責任をとって私と結婚してって言ったらどうするのかしら?」
「あっ、えっと。それはですね……」
「冗談ですわ。久しぶりに貴方のお庭を見に行きましょう。それなら構わないでしょう?」

いつものヴァレリーをからかう冗談。それが二人の間柄であるし常のこと。ただ、困り顔のヴァレリーを見て笑うエレオノールの表情は何処かいつもと違うように見えたのがヴァレリーの心に残った。

場所を移し、トリステイン魔法学院。夏の花が彩るヴァレリーの庭。
久しぶりの学院にはしゃぐエレオノールと付かず離れず後ろを歩くヴァレリー。
馴れ親しんだ場所だけに思い出は尽きることはなく、二人して暫しの昔話に花を咲かせる。
庭を回り辿りついたのはサルビアの花が咲く一画。未だ蕾も混ざるこの赤い花にも思い出が宿る。そう、それはヴァレリーがエレオノールと出逢い、仲を深めた切っ掛けのものだ。蕾の具合を確かめるヴァレリーの後ろからそれを見て、懐かしむエレオノールが言う。

「覚えていて?初めて貴方とお話した時のこと」
「えぇ、覚えていますよ。エレオノール様はサルビアの花の前でご家族の事を想っていらっしゃいましたね」
「そうですわね。あれから10年……本当に大きくなりましたね」
「手塩にかけて世話をして来た庭ですからね。もう少し広くしたいのですが―――」
「貴方の事を言っているのよ、ヴァレリー」
「そうですか?まぁ、背丈ばかり伸びてひょろひょろですけどね」

確認を終えたヴァレリーの背に不意にエレオノールがことんと頭を置く。

「ん?どうかなされたのですか、エレオノール様?」
「ねぇ、ヴァレリー。少しの間だけこのままで私の話しを聞いてくれるかしら?」

彼女に何があったかはわかないけれども、きっと今から話してくれるのだろうと背中にエレオノールの温もりを感じるままヴァレリーは「はい」と応える。

「実は先日、お父様から便りが届きました。内容はいつもどうり結婚の話……。もう、何度目かしらね。今度のお相手はバーガンディ伯爵だそうよ。今までは私の我が儘で断ってきましたが……今度のは正式にお受けしようと思っていますわ。私も公爵家の長女として、いつまでも好きなことだけしている訳にはいかないもの。家が決めた相手と結婚すること、それは貴族社会にとって普通のことですわ。そこから始まる幸せもある。けれども私は……」

エレオノールの声が段々と弱くなる。
ヴァレリーはエレオノールという女性を実の姉のように慕っている。そしてエレオノールもまたヴァレリーを実の弟のように大切にしている。けれどもお互いに心の何処かに大きくはなくともそうではないもの、一人の女性として、男性として慕う気持ちがあるのを知っていた。勿論、ヴァレリーが一番に心を寄せるのはカトレアだ。それは変わらない。しかし、だからといって他の誰にも心を寄せないかといえばそうではないだろう。ただ、それを明確な言葉にしていいかは別だ。だからこそヴァレリーもエレオノールも弁えている。ヴァレリーはカトレアの手を取るし、エレオノールは彼ではない誰かと結婚すると決めてある。それは間違いではないし、後悔などは二人もしないだろう。ただ、少し、ほんのすこしだけエレオノールは背中を押してほしいのだ。他でもないヴァレリーに。

「結婚するなとは言えません。ですが、伴侶となる人が貴女を悲しませるようなことがあれば、私はその人に一服盛ってお灸を据えてやろうと思います。貴女を慕う弟分として。もっとも、その前に公爵夫妻が殴り込みをかけてしまいそうですが」

エレオノールはそれを聞いて少し笑った。
どのような言葉が正しかったのかはヴァレリーにはわからない。
人の心は複雑だ。存外、今は正しいものなどないのかもしれない。
きっと、将来、振り返ってみて、初めてその是非がわかるのだろう。

「ふふ、本当に大きくなったものです。貴方はカトレアを必ず幸せにしなさい。これは貴方の姉としてのお願いですわ」

エレオノールがヴァレリーの背から離れ、言う。

「ありがとう。そして、さようなら。私の小さな王子様」

それはとても小さな声。
届かぬまま夏の風に混じり彼方へと消えていった。


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