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No.34596の一覧
[0] オールド・オスマンの息子[lily](2012/08/14 19:58)
[1] 001[lily](2012/08/22 21:42)
[2] 002[lily](2012/08/22 01:31)
[3] 003[lily](2012/10/11 17:28)
[4] 004[lily](2012/08/15 19:37)
[5] 005[lily](2012/08/16 16:22)
[6] 006[lily](2012/08/22 23:37)
[7] 007[lily](2012/08/22 23:38)
[8] 008[lily](2012/08/22 23:40)
[9] 009[lily](2012/08/22 23:44)
[10] 010[lily](2012/09/07 02:25)
[11] 011[lily](2012/10/10 00:53)
[12] 012[lily](2012/11/01 22:54)
[13] 013[lily](2012/12/28 20:06)
[14] 014[lily](2013/01/28 20:20)
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[34596] 008
Name: lily◆ae117856 ID:245b0a6f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/22 23:40
ウルの月に入り、第二週目のヘイムダルの週。
週末には新入生歓迎の舞踏会が行われることになっている。

薔薇が咲き誇るこの月の魔法薬学の授業では夢見の薬と変身剤を授業で扱い、生徒達はその効果を身を持って味わい、魔法薬学の面白さに引きこまれて行く。前者の夢見の薬はウバタマを主原料としたモノで服用し眠りにつくと何とも不思議な夢が見れるという一品であり、副材料を変えることによって摩訶不思議な夢や、心温まる夢、魘されるような悪夢を見ることが出来る品である。後者の変身剤は材料に変身したい人物の体の一部を用いて、その人物の姿になれるというモノである。注釈としては著しく形が違うモノ、例えば猫や犬に姿を変えることはできないし、男女間の変身は特別な加工を経ていないとできない。変身剤の効果が発揮しないというわけではないが毛むくじゃらになるか男でもあり、女でもある体になるといった中途半端な結果になる。

魔法薬学界の研究文書の中にはわざと動物になる変身剤を作り、聴覚や嗅覚など、部分的に鋭くすることの研究がなされてもいるが悉く失敗に終わっている。ただ、この分野には一部の酔狂な研究者がいて今も猶、研究が続けられている。なんでも「獣耳や尻尾は男の浪漫だ!」と主張しているらしい。その熱意が果たして純粋な能力向上か性的趣向から来るものなのかは定かではないが以外に結構な数の支援者がいて研究資金には窮することがない分野であるのはこの業界のなんとも言えない面である。

話がどんどんと脇道に逸れていくが魔法薬学界では月に一度、ヘイムダルの週に発行される月刊情報誌がある。国によって変わってくる面もあるが、概ね研究成果の発表や新しい発見、第一人者のコラムや色々な分野の特集記事が載っていたりする。また、これが割と重要なのだが各研究者や研究施設のパトロンの募集も毎回掲載されている。今月号の募集欄の一番上には資金潤沢のくせにデカデカと件の浪漫を探求するもの達の援助募集がなされている。別に此処は毎度のことなので別段かまわないのだが問題は今月号の表紙にあった。
表紙には丈の短いメイド服を着て、縞々のショーツが可愛らしい少女の絵が刷られており、猫耳と尻尾、猫ハンドの手袋まで付けた完全装備でポーズを決めている。ロマリアから差押えられそうな宗教的に危ないその表紙に定期購読しているヴァレリーは目を疑った。今回は買うのを止めようかとも思ったが内容自体は普通であるので買うに至ったが、書店からの帰り道は人目が気になって仕方がなかった。
加えて、学院の自室に戻った際も助手として手伝いに来てくれたルイズ、タバサ、モンモランシーの3人や演奏を合わせに来たキュルケはその表紙を見てドン引きである。

この時ばかりは周りと馴染めていないタバサやキュルケも分け隔てなく冷たい目でヴァレリーを見た。幸い、モンモランシーが覚えがあったこととヴァレリーがすぐに弁明したことで人格を疑われずに済んだが、この本の編集者と傍から対岸の火事を決め込みニヤ付いていたギ―シュを軽く恨んだヴァレリーだった。
ちなみにモンモランシーの覚えというのは魔法薬学界にはそういった分野があることを知っているという意味であり、彼女が猫耳等をつけるのが好きという意味ではないことを彼女の名誉の為に補足しておく。

さて、普段は恋人の量産や無視を続けるキュルケとタバサであるが、ヴァレリーを通して研究室に集まるメンバーとは険悪な関係というわけではなく、ことタバサに関して言えば、最近では彼女がヴァレリーのことを好きなのではないかとの噂まで立っている。というのも普段はクラスの者とは話さないのにヴァレリーとは話しているのを見かける上に、魔法薬学の助手まで引き受けていて他の者との差が明確だからである。タバサにしたらヴァレリーが役に立つから話しているだけであるが、そんなことは当人しかわかる由もなく、噂というのが一種の娯楽でもあり、また十代の恋多き生徒達故、上記のような話になってしまったのだ。

そんなこととは知らないヴァレリーは、週の中頃、授業を終え、オスマンの執務の手伝いをこなし、すっかり暗くなった学院から実験室へと帰るところであった。地を照らすのは月明かりのみではあるがそれがヴァレリーにとっては心地がよく、辺りが暗くとも夜目が利く為足取りは軽い。どちらも吸血鬼の血の成せるモノであるが当の本人はそれが理由だとは露とも思うことは無い。

ヴァレリーが明かりが灯る学院の門のところまで来た時、一迅の風がふいた。

「……ッ!?」

その風はヴァレリーの銀色の髪に触れ、闇に消える。

明らかに不自然な風に後ろを振り返るもそこに人の姿は無く、そして気付く。
結んでいたリボンごと髪が一束切られていることに。
これにはヴァレリーは慌てた。
髪を切られたことにではなくリボンが切れてしまったことにである。
髪を結っていたリボンはカトレアから一番最初に貰った黒のモノであり、それはもう大事に扱ってきたのだが無残に真ん中辺りから寸断されてしまっている。しかも切れた片割れが何処を探しても見つからない。

翌朝の朝食になってルイズやギ―シュがヴァレリーの様を見て驚いた。
服やマントは汚れ、顔には疲れが色濃く表れていて普段の品の良さや優雅さというものがまるで感じられないのだ。

「ちょっとッ!?どうしたのよ、ヴァレリー!??」

ルイズの問いに切れたリボンを夜を徹して探していたと答えるヴァレリー。

「リボンって……それだけの為にかい?」

ギ―シュの疑問は当然と言える。
普通はリボン一つの為にここまでならないだろう。
しかしヴァレリーにとっては一大事である。

「あのリボンはカトレア様と初めてお会いした時に貰った私にとっての特別なモノなんだよ……」

泣きだしてしまうのではないかと思うくらい沈んだ声音で説明するヴァレリーにルイズとギ―シュの二人は言葉に窮する。結局その日は受ける授業にまったく身が入らず、座学はただ教室にいるだけ、魔法の授業はドット並みの効果しか出せないという落ち込みようであった。

放課後になり実験室に戻ったヴァレリーはふて腐れてベットに倒れ込み、枕に顔を埋める。どう考えても落ち込み過ぎだとは自分でも自覚してはいるものの儘ならない心境であり、そもそも昨晩の風は人為的なモノであった故、考え始めると誰にぶつけることもできない腹立たしさが湧いてくる。

―――はぁ、これではいけないな……。

むくりとベットから起き上がり、気持ちを入れ替える為に早々に湯に浸かる仕度をする。
思えばある程度、拭いたとはいえ、徹夜で学園中を捜索したせいで随分と汚れている。
身嗜みの乱れた者は心も荒ぶということを見事に体現している今の自身の姿はカトレアの伴侶になる男として相応しくないだろうと思い、冷静になり、余裕を持つように努める。

大浴場は時間が早いこともあってまだ誰も湯に浸かっておらず、広い空間にヴァレリーが一人だけ。
なんとなく魔法で湯に流れを作り、流されるままぷかぷかと漂う。
このような時、肌身離さず持っていられる指輪が魔法の媒体だと便利である。

何も考えず、目を瞑り、ぷかぷか。

「おわぁっ!?なにしてるんだよ、ヴァレリー!?」

形の良い臀部を浮かせて漂っているヴァレリーの姿に驚いたのは大浴場に入ってきたギ―シュである。
ざばっと体を起こして応えるのはヴァレリー。

「ん?ギ―シュか……。いや、ちょっと無の境地に達しようかと。というか君、なんでこの時間に?」
「君が大浴場に向かうのを見かけたからさ。見るからに落ち込んでいる君を友としては放っておけないだろ?」
「むぅ……そうか。すまないな」

ギ―シュは髪を洗い始め、ヴァレリーは仰向けに湯を漂う。

「それで?無の境地とやらには達したのかい?」

ヴァレリーの方へは向かず、髪を洗いながらギ―シュが問う。

「いや、考え出すと気分は塞ぐし、イライラしてくる……。明らかに意図的に作り出した風だったし、私は誰かに恨まれているのだろうか?」
「うーん、それはわからないな。仮に恨まれていたとしても誰しも恨みの一つや二つはかうものだろう?まぁ、僕は皆から愛される存在だけどね。そう言えば一つ聞いていいかい?」

「答えられることなら」
「君はもしかして気分転換の都度、そうやって浮いているのかい?」
「別に毎回というわけじゃないが……研究に行き詰ったり、気持ちの整理が出来ない時は偶に」
「ふーん、こう言っちゃなんだけど……馬鹿みたいだよ?」

「自覚はしているよ。しかし、存外これが落ち着くんだ。いや、ほんと。はぁ、私にとっては特別だけど傍から見ればたかがリボンでどれだけ心を乱すんだって思うのは自分でも理解しているんだ。だからこそ今、こんなことをして平常心を保とうと努めているんだよ」

「なぁ、ヴァレリー。自身を省みることが出来るのは君の美徳だけど変に大人になり過ぎるのもどうかと思うんだ。君はルイズを慰めた時、思うようにすればいいっていうような旨を言っていたけど、それは君自身にも当てはまることだよ。ルイズもそうだけど少し真面目過ぎる気がするよ」

「真面目過ぎる……ね。楽に物事を考えることの大切さも頭では分かっているつもりなんだがなぁ」
「まぁ、人の性格なんて無理に変わるものでもないし、だからこそ個性なんてものが生まれるのだろうね。兎に角だ。楽しくいこうじゃないか」

「うむ、善処してみる。……ところでなんでルイズとのやり取りを君が?」
「あの場に僕もいたからさ。なんだかいい雰囲気だったから部屋に入れなかったけどね。てっきりキスの一つでもするのかとドキドキしてたんだが……」
「ルイズとはそんなんじゃないさ」
「あれだけ仲がいいのに不思議なモノだ。まぁ、僕としても君達二人がそういう仲になってしまうと3人でいる時に居場所に困るから助かるけど」

体や髪を洗い終えたギ―シュが湯に浸かる。
猶も浮いたままのヴァレリーを見て何を思ったかギ―シュは目を細め、眼前に指を2本横に立てる。

「ん?なにしているんだ?」
「いや、こうして胸とか股とか隠して遠目に見ると女の子が浮いているように見えるから……あだっ!?」

香り付けのために風呂に浮いていたオレンジをギ―シュ目がけて投げつけるヴァレリー。

「なんちゅう目で私を見てるんだ!?」
「ただの一般的見解というか事実というかって、待て!?魔法を使うのは卑怯じゃないかッ!?君もルイズの時は最後に茶化してただろ!??」
「そうだが、生理的に不快だ!そぉい!」

ヴァレリーが魔法で拳程の大きさのお湯の塊をギ―シュに飛ばす。

「なんのこれしき!」

ギ―シュは風呂桶で水弾を撃ち落としガード。
浮いているオレンジを投げて応戦。

「のわっ!?ならば数で勝負!」

今度は小さな水弾を無数に飛ばすヴァレリー。

「あまい!!」

ギ―シュは桶でお湯をすくい、盛大に前方にぶちまける。
いわば、簡易的な水の壁である。

「読んでいた!」

塞がれた水弾を囮にギ―シュが前方に意識を向けている中、ヴァレリーはお湯を冷水に変え、ギ―シュの背中にかける。

「ひやゃぁ~ッ!?」

堪らずギ―シュが温かいお湯の中へ逃げる。
指輪が魔法の媒体故、風呂場でも魔法が使えるヴァレリー。
加えて水を操るヴァレリーにとって風呂場は絶対的有利である。
しかしその慢心が油断をよんだ。

ギ―シュは湯に潜ると浴槽を蹴り、そのまま潜水でヴァレリーの足元をさらったのだ。

「ぬっ!?」

すっ転んだヴァレリーは湯に倒れる。
両者、ぶわっと湯から立ち上がり、お互いに視線を交わす。
最早、魔法を詠唱する距離でもない。
それはヴァレリーもギ―シュも知るところ。
それ故、手に握られている物を見てお互いの意図が同じだと気付き不敵に笑う二人。

「これが最後の一撃になるだろう」
「あぁ、そのようだ」


「「いざ!!」」


二人が握っていた物、それは湯に浮かんでいた瑞々しいオレンジである。
湯に浸けていたため随分と柔らかくなったそれを相手の眼前にて潰そうというつもりなのだ。

そんなことをすればどうなるか?
答えは至極明瞭。
飛び散った汁が目に染みるに決まっている。

「ひっさぁぁぁつっ!!」
「めつぶしぃぃぃっ!!」

両者は同時にオレンジを相手の眼前に掲げ、同時に爆ぜた。
当然の如く四散する柑橘系の爽やかな香りと汁。
そしてそれが目に染みるという自明の結果。

「「ぎゃーーーッ!!?目がぁああああぁ!!?」」


深緑が色を増し、風薫る夜。
ゴールデンペア第一回決戦:ギ―シュ対ヴァレリーの大浴場の攻防
勝敗:泣く泣く引き分け。
決定打:瑞々しいオレンジ


さて、大浴場でギ―シュと戯れたヴァレリーは思いのほか気分がすっきりしていた。
体を清めたというのもあるだろうが、なんの衒いもなく話せるギ―シュという友人の存在は大きい。スレイプ二ィルの舞踏会でもそうであったように堅苦しく物事を考えてしまいがちなヴァレリーにとって、ギ―シュの「楽」な姿勢は自身に足りない物の見方というのを教えてくれる。「今度、一杯奢ってやらねばな」などと考えながらギ―シュと別れ、実験室に戻ったヴァレリーはドアに挟まれた一通の手紙に気付いた。

部屋に明かりを灯し、髪を拭きながら手紙に目を通す。

「晩餐の後、アウストリの広場にて貴方をお待ちしております」

手紙にはただそれだけが書いてあった。
綺麗な字であったが少し丸みを帯びていて女生徒が書いた物を思わせる。似たような手紙をヴァレリーは入学してから早くも4、5通は貰っているのだが例の如く、指定の場所には恋する乙女がいるのだろうかと考える。正直な所、ヴァレリーも男としては嬉しいが既に心に決めた人がいる以上、どのような人に交際を申し込まれようと断る結果しかない。毎度毎度、他に好きな人がいるという説明をするが、その際の場の空気は些か居心地が悪い。なぜか好きな人がいると言うと相手の子はミス・ヴァリエール(ここではルイズのことである)か?と聞いてくるのだが周りにはそのように見えているのかもしれない。確かにルイズはヴァレリーにとって大切な存在だが、しかしてそれは馴染みの縁故である。

―――そういえば、ルイズはまだワルド様の事が好きなのだろうか?家柄云々は別としてどちらかと言えばワルド様にはエレオノール様が似合っている気がするんだがなぁ。というかエレオノール様の婚姻はいつになるんだろうか……。あんなに素敵な方なのになぁ……。

おそらくカトレアに見染めていなければ自分はエレオノールを好きになっていただろうという確信があるヴァレリーは切に彼女の幸せを願う一人である。そんなことを考えながら髪を乾かし、櫛を通す。

―――む、そういえば髪が少し切れてしまったんだった。

リボンにばかり気を向けていたため今まですっかり忘れていた事。

―――なぜ髪を切られたのだろうか?母譲りの自慢の髪といえど親しい者以外にそれを言った事は無いし、リボンについても同様だ。あの時私は完全に無警戒だったから魔法をはずして髪やリボンが切れたとは考えづらい……。私が大切にしているのが普段の行動に表れていたのか、行為者の気まぐれか?

思考を巡らすが結論は出ない。
ヴァレリーは考えるのを一旦止め、違和感がないように髪を切り揃え晩餐へと向かった。

晩餐はギ―シュやルイズと共に取り、ルイズもヴァレリーを心配してくれたようであった。それとは別にギ―シュはなぜか嬉しそうであり、ルイズはそわそわしていたのがヴァレリーの印象に残った。
二人がどうしてそのようであったかの理由は晩餐後の出来事にて語ろう。

約束通りにヴァレリーは晩餐後、アウストリの広場にて手紙の差出人を待っていた。昨晩と同じく月明かりが美しい夜である。

夜の広場で人を待つというのは他にすることもなく存外暇を持て余す。紫煙を嗜んでいたのなら時間も潰せるがヴァレリーは吸わないことにしている。それというのもカトレアの体に悪い影響を与えたくないからである。となれば俄然、暇な儘。故にヴァレリーは広場の本塔側に存在する高さ1メイル程の花壇のすぐ手前にある備え付けのテーブルに寄りかかり、苦手な火の魔法で小さな火の鳥を作り、飛ばすという遊びと修練を兼ねた行動に出る。造形のし易い土や得意な水とは違い今のヴァレリーの火の実力はドットの中位、火という本来形が無いモノを一定の形に留めるには常に魔力を使い、集中を要するので修練にはもってこいなのだ。

火の鳥を飛ばし始めてから結構な時間が過ぎてからやっと約束の場所に人が来た。

「あれ?なんでヴァレリーがここにいるの?」

近づいて来た子は聞き覚えのある声をしている。
火の鳥の明るさに照らされて見えた容姿は背が低く桃色がかったブロンドの女の子。
つまりルイズである。

「いや、それはこちらのセリフなんだが。君があの手紙の差出人かい?」

魔法を止め、ルイズに聞くヴァレリー。

「手紙?貴方が私に出したんじゃないの?」

ルイズが小さく首を傾げる。
きっとデフォルメした漫画なら二人の頭上に疑問符が浮かんでいることだろう。
どちらも相手が手紙の差出人だと思っていた。
つまり双方に手紙が届いているということであり、にもかかわらず自分は手紙を出していないのだから。

「悪戯だったということかしら?折角、身なりを整えたのに」

ルイズはヴァレリーが寄りかかるテーブルと対になっている椅子に腰を下ろし不満そうに足を組む。

「そうだな。告白されるのが重なったというのは考えづらいな。私はここで結構待っているし。って、あぁ、そうか。だから君は晩餐の時に妙にそわそわしていたのか。そして期待に胸を躍らせて此処までやってきたと」
「べ、別に全然期待なんてしてなかったわ!どんな男が私を好きになったのか知りたかっただけよ!そう!言わば知識欲よ!」
「ふふ、とか言いつつも身なりを整えるくらいには期待していたわけだね。香水まで付け直してるみたいだし」
「た、唯の身嗜みよ!淑女たるもの常に美しくよ!」
「ふ~ん、そうですか、そうですか」

意地悪そうな笑みを浮かべるヴァレリー

「何よ」
「いや、別に?ルイズも男に興味を持つ年になったんだなぁっと。なんだか感慨深いモノが。娘を持つ父親の気分だ」

目頭を押さえ涙を堪える演技をするヴァレリーにルイズが冷静に突っ込む。

「なんか嫌な言い方ね。貴方はいつから私の父親になったのかしら」
「ルイズはわしが育てた」
「まったくもって身に覚えがないわ。大体、私と貴方は一歳しか違わないでしょうが」
「おっと、そうだったか。しかし父親は冗談だが私は君の家族になるつもりだよ。義妹よ」

ルイズの頭にぽんっと手を載せるヴァレリー。
それを振り払い、言うはルイズ。

「私は絶対に貴方を義兄さんとは呼ばないからね」
「なんだ、ルイズはカトレア様との結婚を応援してくれないのかい?」
「別に反対してるわけじゃないわ。ちぃ姉さまも言葉にしなくても貴方の事を想っているのがわかるし。ただ、自分の姉が自分の友達と結婚ってのは複雑な心境なのよ。それに私達の間柄はそんなんじゃないでしょってこと」
「まぁ、確かにそうか」

二人は「義兄さん」、「義妹」と呼び合っている自分達を想像したのか笑みが綻ぶ。ルイズは椅子から立ち上がり、花壇の縁に乗るとその上で両手を広げバランスを取りながら端から端を行ったり来たり。要するに暇なのである。

「ふふ、でも貴方もきっと大変ね。お父様とお母様も貴方を悪くは思ってないけど結婚となれば勝手が違うわ。お母様は言わずもがな、お父様も大事な娘が取られるとなったらそれは恐ろしいことになるでしょうね」

ヴァレリーの後ろからルイズのどこか楽しそうな声が聞こえる。
ヴァレリーはテーブルに仰向けに寝転がると伸びをして夜空を見上げながら言葉を返す。

「覚悟はしてるさ。男として筋は通さなきゃいけないからね」
「そう。で?本音は?」
「正直不安はあるさ……」

結婚というのは家柄同士の結びつきを強くする一つの手段でもある。ましてヴァリエール家ともなれば関係を強めたいと思う家が大半であり、オスマンの義息といえど、ヴァレリーのヘルメスと名乗っているその身分は領地を持たない下級貴族に過ぎない。婚姻を申し出る男達の中では家柄的に言えば最下位である。長女であり、婿が次期ヴァリエール家の当主となるだろうエレオノールとの結婚よりかは幾分門は広いが、それでもお家の損得で考えるなるヴァレリーとの結婚はヴァリエール家にとってメリットは少ないと言える。ラ・フォンティーヌの領主はカトレアであり、婿選びは彼女にある程度の自由は与えられているが、あくまで名目上の領主であり、公爵家が関与しないことはあり得ないのだ。

「自分で言うのもアレだけどヴァリエール家は大貴族よ。頑張りなさいな。私も微力ながら応援するわ。嬉しいでしょ?」

寝転がるヴァレリーを覗き込むようにしてルイズが言う。

「あぁ、ありがとう。頑張るさ。ところで……この体制で君がその位置に立つと星と月に加えて白の布地が見えるのだが、それは私を鼓舞するためにやっているのかい?だとしたら効果はいまいち……」

ヴァレリーの位置からルイズを見上げると薫風にスカートが揺れ、ショーツが見え隠れするのである。ちなみに薫風とは5月から初夏にかけての温和な風であって、決してルイズのショーツが芳しいという意味ではないのであしからず。薫風×ショーツで良からぬ妄想をしてはいけない。

「なっ、そんなわけないでしょ!?このむっつりが!!」

ルイズのトーキックがヴァレリーの旋毛に炸裂する。

「あだっ!?」
「見物料として2千エキュー取るわよ!」

どうやらルイズのショーツは一見あたりにシュヴァリエの年金の4倍に相当するらしい。立派な家が建つ金額である。


さて、誰かの悪戯によって呼び出された二人であったが手紙が届いたのは彼ら二人だけではなく、ギ―シュとモンモランシーにも届いていた。ギ―シュが晩餐の時に嬉しそうだったのはこのためであった。アウストリの広場とは反対側に位置するヴェストリの広場でワクワクしながら待つギ―シュのもとにやって来たのはモンモランシー。例の如く二人は手紙を出した覚えはないが状況を利用してギ―シュが口説き始めたのでこちらはやや桃色な状況である。すぐさま恋仲になるようなことはなかったがこの一件は二人が近づき始める切っ掛けとなった。
結局どちらの広場にいる男女も話しの内容は違えど小一時間ばかりは話し込んだようである。


時間を少し戻し、また違う場所のことを語る。
ヴァレリーがアウストリの広場で暇をもて余してる時と同時刻、タバサはヴァレリーの実験室を訪れていた。と言うのも晩餐を終え、部屋に戻ったら一通の手紙が床に落ちており、そこにはヴァレリー・ヘルメスの名と手伝って欲しいことがあるから晩餐後に研究室に来て欲しいという文面があったからだ。床に落ちていたのは恐らくドアの隙間から差し込んだ為であろうが、わざわざ手紙という形式をとったのはどうしてだろうかと一寸、疑問には思ったがヴァレリーが気障な人故に有り得そうであった為タバサは深くは考えなかった。

そんな経緯の中、タバサは花が咲き乱れる庭を杖にライトを唱え進み、実験室前まで来たはいいが部屋に灯りがついていない。タバサは知らないがこの時、ヴァレリーはアウストリの広場にいるはずである。呼んどいて留守かと思いきや後ろから声をかけられた。

「あぁ、来てくれたのか。ちょっとそこに座って待っててくれ」

庭先から現れたのは手紙の差出人たるヴァレリーである。
本来此処にいるはずのない彼がどうしてここにいるのか?それは後に明かすこととしよう。

テラスにある椅子にタバサを促した彼の手には幾つかの魔法薬の材料とおぼしきものが入った篭を引っ提げている。ヴァレリーは実験室のドアの前で杖を抜きアンロックの呪文を唱え、中へと入っていく。
部屋の灯りをつけてテラスに戻って来たヴァレリーの手にはワイングラスと小ぶりのボトル。

「今まで魔法薬の材料の剪定をしていたんだ。もう少しだけ掛かるからこれでも飲んで待ってて欲しい」

ヴァレリーはグラスにワインを注ぎながら言う。
タバサは小さく頷き、ヴァレリーはボトルを懐にしまい再度部屋の中へ。
別段喉が渇いていたわけではないがわざわざ自分の為に用意してくれたのだからとタバサはグラスを傾ける。飲んでみて気づいたが些か妙な味である。普通のワインではなく彼お手製の酒なのだろうか。だとしたら今回の酒は失敗作であると彼女は思う。

タバサがグラスの中身を飲んだのを確認したヴァレリーは向かいの椅子に座り、ニヤついた顔でタバサに聞いた。

「お味はいかがだったかな?」
「美味しくはない」

バッサリ切り捨てたタバサだが向かいに座るヴァレリーは笑顔で言う。

「だろうね」

何か嬉しいことでもあったのかと首を傾げるタバサ。
今日の彼はいつもと雰囲気が違う。

「それでね。手伝ってほしいことなんだけど……。君、私の作った薬を試す役になってくれないか?」

相変わらずニヤついた顔でそんなことを言うヴァレリー。
当然タバサがこの役を引き受けるわけはなく、無言で立ち去ろうとするが手を掴まれ、引き止められる。
テーブルが揺れ、グラスが床に落ち、割れる。

「待ってくれよ。折角君の為に作った薬なんだよ?」

嗜虐的な笑みが部屋からもれる灯りに照らされる。
掴まれた手を振り払おうとした時、急激な眠気がタバサを襲い、体から力が抜け、床に膝をつく。

「利いてきたようだね。お休み、ミス・タバサ。素敵な夢を見るがいいさ……」

眠りの呪文であるスリープ・クラウドならタバサも抵抗できたが内服とあってはそれもできない。ヴァレリーは薬の試飲役をタバサに頼んだが既にワインには睡眠薬が仕込まれていたのだ。加えて言うならワインにはもう一つ薬が仕込まれていた。今月の魔法薬学の授業で扱った夢見の薬である。しかしその薬の効果は授業で作ったものとは異なり、悪夢を見せるものであった。

意識が途切れ、床に伏すタバサの髪を一束切ったヴァレリーは逃げるようにその場を後にした。


それから暫くしての事である。
アウストリの広場に居た方のヴァレリーはルイズと話し込んだ後に実験室に戻ってきたが、そこで驚いた。なにせ、タバサがテラスに転がっているのである。

「ミス・タバサ!?どうしたんだ!?」

慌てて駆け寄るヴァレリー。
抱き起こしてみればタバサが眠っているだけだとわかったがその寝顔はとても暗く悲しげである。なぜ、彼女が此処で倒れていたかは見当がつかない此方のヴァレリーであったがひとまず部屋のベットに寝かせ、タバサの杖はベットの脇へ立てかける。

猶も悲しげな顔のタバサは時より寝言を呟く。

「お母様……だめ……それを飲んじゃいけない……だめ……」

魘されるタバサの頬を涙が一筋、伝う。

タバサが彼女の母についての悪夢を見ていることは明確であるが、薬のせいだとは知らないヴァレリーは心を落ち着かせる香を焚き、ベットの側に置いた。しかし、効果はいまいちであり、ヴァレリーはタバサの涙を拭うとタバサの目を覚まそうとした。少なくとも起きてしまえば夢では悲しむことはないだろうと思ったからである。

タバサに声をかけ、起こそうとするが一向に起きる気配はなく、それは声量を上げても、体を揺すってみても変わらない。ここまでして起きないのは妙である。そして彼女がテラスで倒れていたこと。床にあった割れたグラス。それらから薬により眠らされていることを推理するのは難しくない。

―――もしかしたら魘されているのも薬によるものか。自分で飲むなんてことはしないだろう。一体誰が?とにかく起こそう。気付け薬は確か作り置きがあったはずだ。


薬品が並ぶ棚から気付け薬を取り出し、布に液を染み込ませる。
強烈な刺激臭に涙が出るヴァレリー。
気付け薬として古くから使われているのはアンモニア水である。
タバサを抱き起こし、気付け薬が少量染みた布を鼻に近づけさせる。
顔を歪めたタバサが目に涙を浮かべて目を覚ます。

「うぅ……」

タバサが目覚めたのを確認し、ヴァレリーはベットから降りると魔法で布を燃やし、窓を開け放った。いつまでも刺激臭を嗅ぎたくはないからである。

「何があったんだい?テラスで倒れているし、魘されているしで驚いたよ。何処か体の異常は?」

ヴァレリーは心から心配していたがタバサは怒りを覚えた。
ここにいるヴァレリーとは別のヴァレリーがやったことだがタバサからしたら彼が張本人なのだから無理もない。それなのに「何があった?」と聞いてくるのである。馬鹿にするのにも程がある。加えて薬を盛るというタバサからしたら一番憎むべきやり方も怒りを増長させた。

タバサは杖を取り、詠唱と共に横薙ぎに振るう。

高密度の風がヴァレリーをふっ飛ばし、部屋の本棚にしこたま体をぶつける。
幸い本棚が壁と隣接してた為、倒れてくることは無かったが雪崩のように本が崩れ落ち、となりの棚に並ぶ薬品の幾つかは床に落ち、無残な状況を晒している。

「ぐっ、ミス……いきなり何をする!?」

痛みに顔を歪めるヴァレリーが聴くもタバサは答えない。
タバサは冷たい目でヴァレリーを見下し、実験室を去って行った。
残されたヴァレリーは本に埋もれながら思う。

―――ミス・タバサはどうしったっていうのだろうか?一体何がって、あー……よりによって気付け薬が落ちてる。暫く臭いが抜けないぞ、これ……


再度場所を移し、時間をタバサが薬で眠り、少し経った頃に戻す。
現在アウストリの広場のヴァレリーはルイズと話している最中であり、ギ―シュとモンモランシーも然り。また実験室に来た方のヴァレリーは行方知れずなのが今の状況である。

そんな中、キュルケは自室で人を待っていた。
彼女も手紙を貰った一人であり手紙には「話がしたい。自室で待っていて欲しい」との文面。
恋文とは異なる雰囲気の手紙であったがキュルケは好奇心から部屋で待っていることにしたのだ。
キュルケが自室で爪を磨きながらついでに手紙の差出人を待っていたところにようやく人が訪れた。
ノックの音に入室を認めると一人の少女が入ってくる。

「あら、随分と珍しいお客さんだこと。どういった御用件かしら?」

キュルケが言う珍しい客とは背が小さな青い髪の少女、タバサである。
トレードマークとも言える大きな杖は持っていない。
もっとも話をしに来たのなら杖は必要ないかもしれないが。

「話したいことがある」

そういいながらタバサがキュルケに渡したのは焼き菓子である。二種類あるのか見た目が違う。具体的にはチョコクッキーとプレーンである。

「あら、御親切にどうも」
「礼儀」
「そう、ワインでも開けるわ」

最近のキュルケの部屋への来客と言えば彼女に魅了された男子生徒か談判に来た恋人を取られた女生徒達ぐらいである。内容はまだ聞いてないが普通の来客はこれが初めてである。もっとも今回の来客が一番あくどいものになるとはこの時キュルケは思わなかったが。

グラスを二つだし、ワインを注ぎ、貰ったクッキーを早速広げたキュルケはタバサに座るように促す。何も言わずに従ったタバサが座るとキュルケは足を組み、ワインを一口。

「貴方から貰ったものだし自由に食べていいわよ」

チョコクッキーを一つ口に放り、キュルケは言う。

貰ったのが他の女からだったら警戒していたがヴァレリーと普段関わっている女子は存外キュルケも認めている。類は友を呼ぶとも言うが彼の周囲に集まるのはお人好しが多い上に少なくとも馬鹿じゃない。ちなみにここで言う馬鹿じゃないとは違う意味であるが実験室に集まる面々はなかなかの顔ぶれである。1年生の座学担当の教師の評価から順位を付けると座学の一位はヴァレリー、二位はルイズ、次いで3番はタバサ、モンモランシーも上位、殊更魔法薬学の授業は一位であり、ギ―シュもなんだかんだで優秀と来ている。キュルケは普通だそうだが。毒を盛るような狡い真似はしないだろう。これがキュルケの下した評価であり、因縁があるヴァリエール家のルイズにしてもその評価は変わらない。

タバサもクッキーをつまむ。こちらはプレーンの方。
無言の部屋でクッキーを咀嚼する音だけがする。

「で、話って?」

話を振ったのはキュルケである。
彼女の評価ではタバサは意味もなく訪ねに来る子ではないとされている。

「彼に関わらないで欲しい」

タバサはそう言った。

「彼……?へー、驚いたわ。だんまりな貴女もいっちょまえに人を好きになるのね。でも彼じゃわからないわ」
「ヴァレリー・ヘルメス」
「あら、噂は本当だったのね」

噂というのはタバサがヴァレリーの事を好きなのではないかという下世話なものである。
キュルケもそれを耳にしたことがあるようだ。
些か驚いたキュルケであるが挑戦的にタバサに言う。

「誰が誰を好きになるかは当人の自由でしょ?」

その言葉に冷たく答えるタバサ。内に怒りがこもっているのが感じられる。

「貴女に彼は似合わないわ。汚い手を彼に伸ばさないで」

売り言葉に買い言葉、キュルケが言い返す。

「あら、既に恋人気どり?じゃぁ、貴女には似合うっていうの?笑わせないで。貴女は留学生だって話だけど所詮、ここの嫉妬ばかりしかしない女達と一緒のようね。私に言う前に彼に直接言いに行けばいいじゃない。貴方が好きです、私だけを見て欲しいって」
「貴女は下品だわ。とにかく彼に近づくないで」

タバサが立ち上がり、それだけ言って速足にキュルケの部屋を後にした。

腹の虫が悪いキュルケはクッキーを頬張りながら思う。

―――私の思い違いだったわね。って、クッキー食べちゃったけどまずかったかしら……。


キュルケの部屋から出て来たタバサが向かったのは寮のとある一室。
そこには数人の女生徒とヴァレリーが待っていた。

結論から言えばこの部屋にいるヴァレリーとタバサは偽物である。
化けたのは復讐心を燃やす、ある男子生徒と女生徒。

偽物のヴァレリーとタバサがいる部屋はキュルケに恋人を奪われた女の子の一人、トネー・シャラントの部屋であった。部屋にいる女の子達は同様のことでキュルケに復讐を目論む同士であり、ヴァレリーに化けたのは決闘でタバサに泣かされた、ド・ロレーヌである。彼らは結託し、タバサとキュルケをやり込めようと画策したのだ。ヴァレリーに思いっきり実害が出ているが、言わば二人を落とし入れるために彼は巻き込まれた今回一番の損な役回りである。

彼らの計画の内容はこうだ。

先ずはロレーヌが変身剤の材料にするため、ヴァレリーの髪を入手。この時一緒に切れたのが思い出のリボンである。次にヴァレリーに化けたロレーヌがタバサに夢見の薬を飲ませてタバサに悪夢を見せるという腹いせをする。これには唯一関わりを持つヴァレリーと不仲にしてタバサの孤立化させたり、不眠症による一時的な魔力の減退も狙われている。この状態で再度ロレーヌがタバサに決闘を挑めば勝率は格段に上がるだろう。この時、呼び出しに使ったのが例の手紙であり、タバサ以外の者に手紙が送られたのは実験室に来そうな人物を足止めするためだ。そして、次。ロレーヌが手に入れたタバサの髪を材料にトネー・シャラントがタバサに化け、毒入りクッキーを食べさせる。実はキュルケが食べたクッキーには顔を河豚よろしく張らす薬が仕込まれていた。容姿に自信のあるキュルケを害したいとのことだ。トネーも食べていたが彼女が食べたのは二種類あるうちのプレーンの方。プレーンの方には薬が入っていないのだ。最終的に二人が潰し合ってくれれば面白い見世物になるだろうとの画策だ。


ロレーヌ達の計画が成功したその翌日の朝、キュルケはベットから起き上がりいつものように髪をとかそうと化粧台に座って鏡を見た時、驚愕した。何にかと言えば自分の顔にである。なにせ、顔がはち切れんばかりに膨れ、見るに堪えないものへと変貌を遂げていたのだから。

このような姿になった理由で直ぐに思い当たるのは昨晩のクッキーである。キュルケの推察通りなわけではあるが彼女だけでは手のほどこしようがない。別段魔法薬学の知識があるわけでもないキュルケは自分で解毒薬を作れない。そもそも作れても材料がない。かといって助けを呼ぼうにもこのような顔を人に見せるくらいなら死んだ方がましだと彼女は思った。結局、授業は休み、部屋に籠るしかなかった。

一方、ヴァレリーは昨日の晩に散らかってしまった実験室をかたずけたはいいがアンモニア水の強烈な臭いが部屋からとれず、服やらベットなどの臭いが付くとまずいものを庭にすべて出した。実験室でしこたま消臭薬を散布した後、まるで火事でもおきたのではないかと思わせる程に薫り付けの香を焚いた。今日の授業の後にもう一度同じ事を繰り返す予定である。

ヴァレリーは朝食の際にタバサを見つけ、昨晩のことについて聴こうとしたが悉く無視されてしまった。ただ、ヴァレリーは怒りの念よりもタバサが心配だった。自身にタバサを怒らせるような事をした覚えはないし、テラスで倒れていたところから推測するに自分以外の誰かの仕業であるのは間違いない。自分に彼女の怒りが向けられる理由はわからないがきっと理由があるに違いないと。少しやつれたように見えるタバサを見ながらヴァレリーはそんな事を思った。

結局その日1日はタバサと話すことは出来ず実験室に帰って来たヴァレリーは予定通りに部屋の消臭を開始し、待ち時間にあることをした。あることとは庭を見てまわること。普段と変わらない行動のようであるが目的が違った。タバサ程の者が学院の生徒のスリープ・クラウドに抵抗出来ない筈がない。となれば薬を使った事になるが材料がこの庭にあるのにわざわざ買ったりはしないだろうとヴァレリーは思ったのだ。

―――やはりか。

庭の管理は勿論ヴァレリーがしているわけで、この庭では動物性以外の魔法薬の材料なら大抵は揃えることができる。大切に育てている草花だけにどのような材料をどれだけ採ったかはヴァレリーは覚えているし効率やバランスを考えて採取している。つまり何も知らない者が無計画に採ればヴァレリーには誰かが勝手に採取したことがわかるのだ。

案の定、幾つかの魔法薬の材料が無断で採られている。勝手に採られてしまった材料から作成できる薬を考えれば、睡眠薬、変身剤、悪夢を見せる効果を持つ夢見の薬が該当した。髪を切られた理由、タバサが魘されていた理由、そして彼女がヴァレリーに怒りを向ける理由に説明が付く。しかし誰かがやったとはわかってもその誰かがわからない。

その次の日。今日もキュルケは授業を休み、タバサはヴァレリーの事を無視し続けている。おそらく二日とも悪夢のせいでほとんど眠れてないのだろうタバサは決して表には出していないが魔法の威力が著しく低下していた。

その日の放課後のことである。

ロレーヌはタバサに再度決闘を申し込み、以前とは違いギャラリーがいる中での戦いとなった。以前の決闘では特にギャラリーはいなかったようだがそれでも噂というのは何処からともなく広まるものであり、ロレーヌがタバサに完膚なきまでに敗北したのは周知の事実となっていた。今回の決闘にてロレーヌはその汚名を払拭しようと言うわけだ。

実力だけ見ればライン対トライアングルであり、決闘を観戦する生徒達はタバサが勝つだろうと囁いている。しかし、現在のタバサの状況を知るものにとってはそうではない。いかにトライアングルの実力があろうと十分な魔力があってこそ、その力は発揮される。今のタバサは十分な魔力を有しているとは程遠く、トライアングルスペルはおろかラインスペルさえそう何度も放てはしないだろう。とは言え、タバサも現状を理解出来ない程、馬鹿じゃない。自信のことについて侮辱されようがそれなら我慢できた。しかし、事が母の及ぶと黙っていることなど出来なかった。

決闘は終始ロレーヌの優勢であった。タバサの状況を知るロレーヌは一撃で決めるような魔法を使うことはせず、タバサの魔力を削る戦いに徹していた。遂に魔力が切れたタバサはロレーヌの風により、吹き飛ばされ、壁に激突し、意識を失った。

歓声の中、ロレーヌは満足そうに笑みを見せ去っていった。

地に伏すタバサにいち早く駆け寄ったのはヴァレリーであった。
タバサを実験室に連れ帰ったヴァレリーはベットに彼女を寝かせ、黙々と魔法薬の作成を始めた。今回の決闘はとても公正な戦いとは言えないが、タバサと話す機会が得るという一面を考えれば必要なことであった。以前のように気付け薬で起こしても構わないが、あれはあれでかなりきつい。薬を飲まされているわけでもなしにすぐ起きるだろうと思い、少し強めの安眠の香だけを焚いて寝かせたまま放置である。

幾分時間が過ぎた頃、例の如くタバサは悪夢に苛まれ、目を覚ました。

「お?丁度いい時におきたね」

前回と同じ展開にタバサは杖を探すも流石にすぐ傍にあることはなく、ベットの上でヴァレリーに冷たい視線を向ける。

「警戒するのは分かるが私は君と話がしたいんだ。私に魔法を放つのはかまわないがもう少し待ってくれないかい?」

ヴァレリーはタバサに杖を返しながら言うとベットの向かいの椅子に腰掛け、指輪を外した。
タバサは何も言わないが話を聞くぐらいならと目で言っている気がしたヴァレリーは口を開く。

「結論から言うと君は誤解している。君に薬を飲ませたのは私じゃないよ」

タバサが抗議の目を向けるがヴァレリーは続ける。

「何故なら恐らく君が薬を飲まされた時間には私はアウストリの広場に居たからね」
「嘘。貴方はここに私を呼んで薬を飲ませた」

タバサが冷ややかに告げる。

「嘘ではないさ。途中からはルイズも一緒だった。しかし、だからといって君の言葉が嘘だと言うつもりなわけじゃない。確かに君に薬を飲ませたのはヴァレリー・ヘルメスだったのだろう。だがあの時、此処にいたのは今君とこうして話しをしている私じゃない」

「言葉遊びに興味はない」

「しかしそれが事実だ。あの時ヴァレリー・ヘルメスという人物、いや、正確に言うならヴァレリー・ヘルメスの姿をした者が二人いたんだ」

その言葉を聞いてタバサは反応を示した。

「もう大体私が何を言いたいか分かったんじゃないかい?」

ヴァレリーはタバサに微笑み、タバサは答える。

「変身剤」
「御名答。今月の授業でやったばかりのやつだね。君は知らないかも知れないが私はあの日の前日の夜、髪を切られているんだ」

「知ってる。落ち込んでた」

「一応言っておくがあれは演技じゃないからね。正直髪なんて別に切られたって大して落ち込みはしないが、リボンがね。リボンがだよ!」

「話を進めて」

「う、うむ。えぇと、そう。髪を切られたわけだけど、後日庭を調べたら案の定、幾つかの魔法薬の材料が勝手に採られていてね。材料から言ってそれらで作成可能なのが変身剤、夢見の薬、催眠薬だった。断言は出来ないが今回の一件の手段はやはり変身剤だろうと思う」

「そう、貴方じゃない可能性があるのはわかった」

タバサの声は相も変わらず素っ気ないが警戒の色が薄れてきている。

「君もなかなか疑り深いな。まぁ、当然ではあるか……。ルイズと一緒だったというのも口裏を合わせていたらという可能性もある。変身剤にしたって庭の草花が勝手に採られていたと私が嘘をいっても私以外はわからないからね。だから結局こう言うしかないんだ。「私を信じて欲しい」ってね。ただ、それでも猶言葉を足すなら……」

ヴァレリーはしっかりとタバサの目を見て言う。
自分の嘘偽りのない気持ちがちゃんと伝わるようにと。

「風の初回授業の後、私が君に何を言ったか覚えているかい?君とはよき友でありたいといったはずだ。それは今でも変わることがない私の気持ちだよ」

タバサもヴァレリーの目をしっかりと捉え、黙すること幾ばくか、小さく息を吐くと言った。

「私の勘違い。貴方はやってない」

この言葉と態度が嘘ならばそれは完全に役者が上手だったということだけ。
タバサはそう思い、ヴァレリーを信用するに至った。

やっと誤解が解けたようでヴァレリーは安堵の息を漏らと指輪をはめ直した。

「誤解が解けて何より。しかし、ミス・タバサ。私は君に吹っ飛ばされたり、無視されたりで散々だったよ。気付け薬で部屋は刺激臭が酷かったし。一言欲しいところなんだけど?」

如何にも怒っていますアピールをするヴァレリーだがその目は優しく迫力の欠片もない。

「ごめんなさい」

タバサはそう言い、ヴァレリーは満足そうに微笑んだ。

「素直でよろしい。さて、そういえば良き友になりたいといったけど君の答えを聞いていなかったね。ミス・タバサ、聞かせてくれるかい?」

ヴァレリーは棚から上物のワインを一つ取るとグラスに注ぎ、タバサに差し出しながら言う。
沈黙の後、タバサはグラスを受け取るといつものように淡々とした口調で言った。
「タバサでいい」と。

それを聞いたヴァレリーは優しい笑みを浮かべ、もう一つのグラスにワインを注ぎ、片手に掲げる。
「私も呼び捨てでかまわないよ。さて、それじゃ、記念に乾杯でもしよう!」

「良き友との出会いに」そう音頭を取るとヴァレリーはグラスを傾け、それを追いタバサもワインを飲みほした。


それから少し経っての頃、ヴァレリーはどうしてもタバサの気になる所があった。実の所、無視されてる時からずっと気になっていたが大したことではないので言わなかったのだが、今なら訊けるだろう。

「タバサ、髪が一部不揃いなんだけど切るのに失敗した?」

そんな記憶はないタバサは首を傾げるがヴァレリーから渡された手鏡で見てみれば、なるほど、不自然に切れている。あまり容姿に拘る柄じゃないタバサはさほど気にせず、もしや自分の偽物も現れるのではないかと考えを巡らす。

「この流れで髪が切れているのはちょっと疑わしいね。もしかしたら君の偽物も出るかもしれないな。っとそれは一先ず置いといて、タバサ、こっちに座ってくれ。髪を整えよう」
「別に気にしてない」
「私が気になるんだ。直ぐにすむから、ほら、座った座った」

タバサを座らせたヴァレリーは眼鏡を外させ、彼女の髪に櫛を通す。
タバサはされるがままである。こうしていると仲の良い兄妹のように見える。
魔法で風のベールを作り、切った髪が服に落ちないようにすると丁寧に鋏を入れ、整えていく。

「よし、こんなものかな。いかがでしょう?」

鏡をタバサに向け聞く。

「変わってない」
「整えただけだからね。でも不自然にはなっていないだろ?」

眼鏡をかけ直したタバサは小さく頷く。

「さてと、君の髪が切れていたのはおそらく薬を飲まされた時だろうけど、私の髪を切った輩も同じ者か関係者なのだろうね。ちょいとその辺の事実関係を明らかにしよう。また何かされても困るしね」
「どうやって?」
「本人に訊いてみよう。疑うのは良くないが一人、それっぽいのがいるし」

頷くタバサにヴァレリーは言葉を加える。

「彼と以前にも決闘したんだったね。なんでも泣かせたとか」
「手加減はした」

「でも圧勝したんだろ?それなのに僅か一ヶ月で再戦なんてするかな?魔法のレベルはそんな直ぐに上がるものじゃない。だとすると彼は君の魔力が下がっているのを知っていたんじゃないかと思える。ラインとトライアングルでは魔力の保有量は後者が格段に上だ。それなのに彼が持久戦に持ち込んで戦っていたということはこれを裏付けられる」

「訊き出し方は?」
「もし彼じゃなかったら悪いことをしたことになるが、特別な自白剤を使う。勿論訊き出すのは今回の件についてだけだ。人の関係ない秘密を詮索するような趣味は持ち合わせていないからね」

「わかった」
「といっても君はここで留守番だけどね」

私も連れて行けとばかりに視線を向けるタバサに事情を説明する。

「今回使う自白剤は特別性なんだけど、薬品を嗅がせることによって効果を発揮するんだ。嗅いだ者は前後一時間くらいは記憶が飛ぶから自分が何を訊かれて何を答えたかは愚か、誰かが訪ねて来たことすら気付かない、そういう代物さ。ただ一度蓋を開けると直ぐに気化するから使った本人にも薬の効果が及ぶ。その為に利用者は予め抵抗剤を飲むんだけどそれの作成が結構大変で一人分しか用意できなかったんだ。あぁ、それと夢見の薬の解除薬も作っておいたから今日は安心して眠れると思うよ」

ヴァレリーはタバサに解除薬が入った小瓶を渡し、さっそくロレーヌに話を訊きに行くことにした。
この後、男子寮の一室でロレーヌ自身による計画の暴露があったわけだが読者の方には事の真相を既に説明してしまっているので割愛させて頂く。

というわけで難なく話を訊き出したヴァレリーは研究室に戻り、魔法薬を作りながらタバサに事の次第を説明した。ちなみに今彼が作っているのはキュルケが飲んだ薬の解除薬である。その後、出来立ての解除薬と水、厨房で頼んで貰ったがっつり目な夜食を籠に入れ、女子寮にあるキュルケの部屋の窓までフライで飛んだ。


カーテンを閉め切った窓をノックしヴァレリーはキュルケに呼びかける。

「夜這いに来ました」
「今、それどころじゃないの……悪いけど帰ってくれるかしら」

冗談を言ってみたがカーテンの向こうからキュルケの弱々しい声が聞こえてくる。
どうやら相当まいっているようである。

「君の顔を治す薬を持って来た。それに食事も……っぐぁ!?」

それを言うや否や凄まじい勢いで窓が開き、浮いていたヴァレリーの顔面に直撃した。

「早く!頂戴!!お願い、早く!!!」

顔をスカーフやらマスクで覆い、髪を前に持ってきているという町にいたら十人に十人が通報するだろう奇怪な姿をしたキュルケが懇願する。危うくそのまま地面に落ちそうになったヴァレリーはよろよろと再浮上すると解除薬が入った籠を差し出す。鼻に窓が直撃したので目には涙が溜まっている。

差し出された籠にキュルケが手を伸ばした時、ひょいっとその手から籠が逃げた。
ヴァレリーのちょっとした反抗である。
同じことを3回繰り返すとキュルケからどす黒いオーラが出始めた。
姿も相まって最早完全に妖怪の類である。

「消し炭にするわよ……!」

あまりにもキュルケが怖かったので今度は素直に籠を渡すとこれまた凄まじい勢いでひったくられた。

「そこで待ってて!絶対に部屋を覗かないこと!いいわね!!」

カーテンの奥からキュルケが言う。
もとより女性の部屋を覗きこむような趣味もないのでヴァレリーは窓辺に腰を下ろすと部屋を背に月見を決め込む。後ろからは解除薬を飲んでいるのだろう咽を鳴らす音がする。

「治らないわよ!!?」

ヒステリー気味のキュルケが抗議する。

「そんな直ぐには治らないよ。一晩寝れば明日の朝には治っているから」
「そう……ならいいわ。えぇっと……その、さっきはごめんなさいね。痛かったでしょう?」

キュルケはようやく落ち着きを取り戻したようでそれが声音に表れている。

「あぁ、痛かった。涙が出るほど痛かった」
「ほんとに悪かったわ。それにありがとう……。でも、どうして?」
「説明すると長いから食べながら聞いてくれ。ここ二日ろくに食べていないんじゃないかい?」

「助かるわ……。何せ、こんな顔だもの。外に出られないから食べるものがなくって。魔法で作り出した水以外何も口にしてなかったの……。肌も荒れるし最悪だったわ。あのチビメガネには倍返しだわ」

「そのことについても説明するよ」

夜の風に当たりながらヴァレリーは事の次第を説明した。
偽物のタバサがトネー・シャラントであること、彼女達の画策のからくり、ロレーヌとのこと、計画されている舞踏会での辱めのことなどなど。加えてタバサにも話した一つの計画をキュルケにも伝える。

「わかったわ。明日の晩ね。ところでそれが終わったら私の部屋においでなさいな。今日は夜這いに来たのでしょう?お礼もしたいし素敵な夜を貴方と過ごしたいと思うのだけれど?」
「おっと、そんな事を言ったかな?窓にぶつかったせいで思い出せないや。素敵な夜か、ハープの演奏を聞かせてくれるんだね?」
「はぁ、貴方ってそういう人よね。この私がここまで言っているというのに……」
「君は魅力的だよ。しかし私には一番と決めたお人がいるからね。そろそろいくよ。おやすみ、ミス・ツェルプスト―」
「キュルケでいいわよ。貴方のこともヴァレリーって呼ぶわ。私の誘いを断ったんだものそれくらいはいいでしょ?」
「うむ、じゃぁ改めておやすみ、キュルケ」
「はい、おやすみなさいな、ヴァレリー」

闇夜に消えるヴァレリーの姿を見送り、お腹も満たされたキュルケは欠伸を一つするとベットへと潜り込んだ。


翌日の朝はタバサ、キュルケの両名にとって実に爽快な朝だった。
悪夢に魘されることもなければ、残念な顔でもないからだ。
授業に復帰したキュルケにトネー・シャラント達は驚いていたようである。
ただ、驚きはしたもののその後の展開は彼女らの期待に概ね沿ったものになった。

その日の授業の合間にキュルケが険悪な空気を漂わせタバサのもとへ行き、今晩に決闘をすると告げたのだ。それをしっかりと聞いていた彼女達は内心、ほくそ笑んだ。そしてその日の夜に話は移る。予定通り、キュルケとタバサは学院の一画で睨み合い今にも戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。それを茂みから隠れて見ているのはロレーヌとトネー・シャラントを始めとする女の子達。今か今かと戦いが始まるのを待つ彼らの期待通り、タバサとキュルケは杖を構え、魔法を打ち合い始めた。

初手はキュルケのファイア・ボール。
タバサはそれを風で軌道を変えて防いだ。
防がれた火球が何処へ行ったかというと見事にロレーヌらが潜む茂みに向かった。

「危なかった……」

なんとか回避したが服やら髪が若干焦げた。
立ち位置が変わり次手はタバサの氷の矢。
キュルケはそれをフライで回避した。
避けられた氷の矢が何処へ行ったかというとこれまた見事に茂みに向かった。

「ひぃぃ!?」

こちらもなんとか回避したが無数の氷の矢が体を掠め、服を裂いた。
それからも攻守が入れ替わる毎に流れ玉が襲いかかってくる。
トライアングル同士の戦いとあって苛烈を極めている。
流れ玉はどんどん多くなる。そんな中、突然二人が決闘を止めた。

「そろそろこれも飽きて来たわね。貴女もそう思わない?」

キュルケがタバサに話かけ、タバサが頷く。

一方、流れ玉のせいで割とボロボロなロレーヌ達は突然の戦いの中止に困惑した。

「なんだ?どうしたんだ?」

ロレーヌが小声でとなりのトネー・シャラントに話かけた時、隠れていた茂みが突如、炎へと変わった。
慌てて飛び出した彼らだがそこには杖をこちらに向けるタバサとキュルケ。
急いで反転して逃げようとしたがなぜか足元が泥沼化していて豪快にすっ転んだ。
泥だらけの顔を起こし、前を向くとそこにはヴァレリー。
彼らは今し方の決闘が演技であること、そして計画が失敗したことにようやく気付いたのだった。


捕縛されて地面に座っている泥だらけの彼らの前でヴァレリー等3人はこの後どうするかを話し合っていた。

「さてさて、随分粋な事をしてくれたじゃない?どうしてあげましょうか。私なら燃やすわね」

その言葉に顔を青くするトネー・シャラント達。

「貴女だったらどうする?」

キュルケがタバサに話かける。タバサはぽつりと一言。

「氷付け」

思わず震えるロレーヌ達。

「貴方は?」

今度はタバサがヴァレリーに訊く。
ここは大げさな事を言って怖がらせる流れである。
空気を読んで暫し考えてからヴァレリーは言った。

「酸で溶かすとかだろうか?」

言った本人以外、全員背筋に寒気がした。

「え、エグイわね」
「鬼畜」

キュルケもタバサも仲良くドン引きである。

「いや、冗談だからね」
「割と本気そうだったわよね?」

キュルケがタバサに同意を求める。まったくだと言わんばかりに大きく頷くタバサ。

「君達はいつの間にそんなに息が合うようになったんだよ……」
「さぁね。で?結局どうするの?」
「そうだな。時に諸君。なんでもロバ・アル・カリイエでは正座というのは精神修行の一環だそうだよ」

いきなり何を言い出すのかと皆がヴァレリーを見た。

「全員正座です」

ヴァレリーはそう言うと魔法でキュルケとタバサの杖を取り上げる。
ロレーヌ達の杖は既に取り上げているのでヴァレリー以外全員丸腰である。
続けて魔法で強制的に全員正座をさせる。隙を突かれたキュルケとタバサも漏れなく正座である。

「ちょっと、なんで私達まで!?」

キュルケが抗議するがヴァレリーは気にした様子もなく話す。

「どちらか一方が絶対的に悪いとでも?双方に原因があるでしょうに。どちらも自身の行いを省みることができれば私のリボンが切れることはなかったのです。あれは私にとって物凄く大事なものだったのですよ?加えて庭の物の無断採集にも私は腹を立てています。よって今から全員、楽しいお説教の時間です」

丁寧な口調だった。
そして満面の笑みだった。
しかし後に彼女達は語る「逆らったら死ぬ気がした」と。

お説教は4本仕立てで計3時間に及んだ。
その間、ずっと正座というのは軽く、いや普通に拷問である。
どうやらヴァレリーのリボンの恨みは相当、深かったらしい。


苦行に耐え抜いた者達は最早、皆等しく仲間だった。
そこには一体感があり、助け合いがあった。
その夜、生まれたての小鹿のように足をプルプルさせながらお互いを許し合う者たちの姿が確かにあった。








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