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No.34596の一覧
[0] オールド・オスマンの息子[lily](2012/08/14 19:58)
[1] 001[lily](2012/08/22 21:42)
[2] 002[lily](2012/08/22 01:31)
[3] 003[lily](2012/10/11 17:28)
[4] 004[lily](2012/08/15 19:37)
[5] 005[lily](2012/08/16 16:22)
[6] 006[lily](2012/08/22 23:37)
[7] 007[lily](2012/08/22 23:38)
[8] 008[lily](2012/08/22 23:40)
[9] 009[lily](2012/08/22 23:44)
[10] 010[lily](2012/09/07 02:25)
[11] 011[lily](2012/10/10 00:53)
[12] 012[lily](2012/11/01 22:54)
[13] 013[lily](2012/12/28 20:06)
[14] 014[lily](2013/01/28 20:20)
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[34596] 006
Name: lily◆ae117856 ID:245b0a6f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/22 23:37
生徒達が作り出した増強剤に生成者の名前を書いたタグを取り付け、評価をするために一旦全てを回収する。同じ材料で作ったからと言っても下準備の丁寧さや生成過程には違いが出てくるモノであり、それはそのまま魔法薬の質の良し悪しに影響してくる。

午後の授業を受け終えたヴァレリーは一人、研究室で回収した薬の品評に勤しんでいた。幾つか小分けした薬に反応剤を入れて正常な反応が出るかを見た後に実際に少し飲んでは中和剤を飲むといったことを繰り返す。今年の新入生は総勢90人以上はいるのでこの作業をするだけでも一苦労であり、特に実際に試飲するのがヴァレリーを肉体的、主に胃を苦しめていた。アルコールを媒体としているので不思議な味の酒と言われれば飲めなくもないが、おそらく市販で酒として販売せれてもわざわざ飲みたがる人はいないだろう。美酒には程遠い味である。

余談になるが酒と薬の歴史は重なるところが多い。酒は百楽の長とよく言われるように人を開放的にさせる面は薬としての側面を表す。昔から酒は強壮剤や媚薬の認識を得ていたことに加え、薬の生成の過程で誕生したモノも多い。例えばリキュールなどがこれに当たり、リキュールは如何なる病も治す万能薬と謳われるエリキシル剤、(エリクサーと言った方が一般的だろうか)の生成にあたり誕生したものだ。

酒と薬、どちらにしても飲み過ぎていいモノではないことは確かでヴァレリーの胃が荒れることは相違ない。既に20人ほどの増強剤を試飲したヴァレリーであったが歩く毎に腹からはぽちゃぽちゃと水の音が聞こえてくる。それでも彼が意欲的に作業にあたるのは教えるからにはしっかりとした物を作れるようになってほしいと思う教師としての矜持からでもあり、父の期待に応えたいとする子供心からでもあった。

タバサが約束通りに実験室を訪ねに来たのは一クラス分の評価を終え、流石に限界を感じたヴァレリーが休憩しようとしたそんな時だった。

「やぁ……。よく来てくれたね。とりあえずそこに座って待っててくれ。今、研究成果をまとめたものを持ってくるから……」

普段、勉強用に使っている一画にタバサを促す。
明らかに元気のないヴァレリーをタバサがじっと見ているのに気づき、力のない笑みでヴァレリーは理由を説明しながら鍵の付いた箱を開け、中を漁る。

「今まで皆の増強剤の出来を確かめていたんだ……。うぷっ、数が数だけにね」

取り出したのは15サントほどの厚さがある紙の束。ひもで結ばれたそれにはびっしりと今までのヴァレリーが試行錯誤し、努力を重ねた記録が記されている。ずっしりと重いそれをタバサに渡し一応の注意をする。

「持ち帰らず、ここで読んでもらいたい。他人の目につくとまずい薬とかの研究文書も含まれているからね」

タバサは頷くと椅子に腰かけ、早速研究文書に目を落とす。

「すまないが少し仮眠をとるから夕食時に起こして欲しい……。あぁ……その辺にあるワインは飲んでかまわないよ。では、おやすみ」

文書を読み出したタバサの耳に届いたかはわからないがヴァレリーはそれだけ言ってベットへ横になった。普段の彼からしたら訪ねてきた女性を放っておいて寝るなどあり得ないが、増強剤の飲みすぎで動きたくないのに加え、前日の授業の準備のせいで眠かったことが言い訳といえる。また、読書中に話かけても迷惑だと思ったのも一つの理由だ。ヴァレリーはタバサが読書中に話かけられて反応を示したところを今まで一度として見たことが無かったし、自身の事に置き換えても読書中に話しかけられるのはやはり煩わしく感じることがある。ましてタバサが読んでいる研究文書は話しながら読むことができるほど優しい内容ではないと自負している。結果、ヴァレリーは仮眠を、タバサは書を解くのが双方にとっての最善の選択となったのだ。

研究室にはページを捲る音とヴァレリーの静かな寝息だけが音を成し、時間が流れていく。
黙々と読み続けるタバサが文書から目を離したのは庭の花が優しい月の光に照らされた頃、晩餐の時間だった。

「起きて」

どうやらヴァレリーの言葉をちゃんと聞いていたらしいタバサは静かに声をかける。
しかし、それでヴァレリーが起きることはなく、タバサは彼の肩を揺すり起こそうとした。

それはタバサの手が肩に触れた時だった。

「私が……必ず……貴女を幸せにしてみせます……」

ヴァレリーがいきなりプロポーズのセリフをはいた。
これには流石のタバサも些か驚いた。
出逢って間もないのにこの人は何を言ってしまっているのだろうか?気障な金髪の少年と一緒にいる所をよく見るし彼もまたその手の類なのか?それともまさか小さな女の子を見ると脈拍が上がる人種か?などと割と失礼な考えが頭をよぎる。研究文書を読む限りでは彼の知識は相当に高く、評価できると思ったがその人柄についてはまだ決めかねる。自身の年齢に比べて体の発育が遅いことは重々承知していて未だ12歳前後に見られることもある。母の助けになるのならその身を呈すことも甘んじて受け入れる覚悟があるが彼が後者の人間であるならばいよいよ身を汚すこととなる。

―――思えば彼は随分と自分を気にかけているようであったし、まさか……本当に……?

タバサの中のヴァレリーの評価が物凄い勢いで下がる中、ヴァレリーが口を開く。

「カトレアさまぁ……んぅ」

聞こえてきたのは一人の女性の名前。
その後に続くのは静かな寝息だけ。
此処に来てタバサは気付いた。
先ほどのは彼の寝言であり、その言葉は彼の夢に今いるであろう女性に送られたモノであることに。

「……」

思わず周囲を見回したタバサ。
別に自分の考えを声に出していたわけではないが人に見られたくはない心境である。
周囲に誰もいない事を確認し、尚もすやすや眠るヴァレリーに視線を向ける。
起こすように言われていたので起こしてやろうとは思うがなんとなく納得がいかない。
邪推した自分が悪いのであって彼に悪意がないのはわかるが紛らわしいこと甚だしい。
そんな思いの中、今度は杖の先をヴァレリーの頬にぐいぐい押しつける。
一応、言っておくがあくまでヴァレリーを起こすためにである。
決して行き場のない苛立たしさを八つ当たりしたかったためではないと思いたい。

「んぁー、痛いです。エレオノールさまぁ……きっと素敵な人が見つかりますからぁ……」

何やら魘されているが起きる気配のないヴァレリーを暫しぐりぐりしたタバサは諦めて食堂に向かった。学生で賑わう食堂でかなりの量を黙々と食べ、ミートパイを二切れ、林檎を一つ包むと誰と話すこともなく研究室へと戻った。ヴァレリーが目を覚ましたのはそれから随分経った頃であった。
夢の中でのカトレアはやはり美しく、優しい笑みを浮かべていて、それだけで心が満ちるのを感じる。意を決して思いの丈を告げ、いよいよ彼女がその答えを口にしようとした時、背後からエレオノールがやって来て「何処かに素敵な殿方はいないかしらね」と言いながら頬を捏ね繰り回される。それを見てコロコロ笑うカトレア。笑う姿もまた格別なのだが今はヴァレリーにとって一大事であって、なぜいきなりこのような事態になったのか悩む。

夢であるからというのが全ての理由なのだがそれを知る由もなく、まして頬を捏ねるエレオノールの手が実際はタバサの杖であったことは気づくことは無い。

むくりとベットから体を起こすと辺りを見回すヴァレリー。
タバサはヴァレリーが眠る前と変わらず、椅子に腰かけ研究文書を読んでいて、読み進めたページや外の暗さ、己の腹のすき具合から随分と寝てしまったのだと判断する。

水差しから一杯、水を注ぎ、胃の調子を整える薬草を噛み締めて口に広がる苦みを水で流し込むとタバサに話かける。

「おはよう。随分と寝てしまったみたいだ」
「起きなかった」
「そうか。それで、私の研究成果は君の役に立ちそうかい?」

ヴァレリーの質問に小さく頷くタバサ。
次いで食堂から持ち帰ったパイと林檎の包みを渡す。

「おぉ、ありがとう。助かるよ。助手の件は引き受けてもらえそうかな?」

研究成果を見て助手になるか否かを決めるとタバサは言っていた。
彼女がどういった情報を欲しているかはわからないが治療における魔法薬学の研究ならヴァレリーは自信があり、きっと引き受けてくれると思っている。そんなヴァレリーを余所にタバサは彼が予想だにしなかった質問をしてきた。

「一つ聞きたい」
「ん?私に応えられることなら」

タバサが持って来てくれた林檎を頬張りながらヴァレリーは応える。

「カトレアって誰?」
「えっ?」

てっきり研究文書の内容についてわからないところがあったのかと思っていただけにヴァレリーは驚いた。ラ・ヴァリエール家は国外においてもある程度、名前は知れているが病弱で領地から出たことのないカトレアの名前が国外に広まるということは考えづらい。誰だ?と聞く辺りタバサも名前ほどしか知らないのだろうが彼女は一体どこでカトレアの名を知ったのだろうか疑問に思う。

「なぜ、その名を?ガリアから来た君があの方の名を知っているのが不思議なんだが」
「寝言で言ってた」
「うぐっ……!?もしかして名前以外にも何か言っていたりした?」

ヴァレリーが焦る。
夢で自分が何を言ったか覚えていたからだ。

「必ず幸せにしてみせる」

タバサが淡々と告げる。
ヴァレリーは手で顔を覆うが隠れていない耳が赤くなっている。

「聞かなかったことにしてくれ……」

タバサが頷くがカトレアが誰かについては重ねて質問してきた。
ヴァレリーからしたらタバサがなぜカトレアについて聞きたがるのか不明であったがタバサからしたら重要な問題だった。もしカトレアという女性が少女、もしくは幼子であったなら自分の身が危ないからだ。可能性は薄いが念の為である。タバサの中にあるヴァレリーという人物は未だ危ない趣向があるかもしれないという評価を持っている。そんな事とは露とも知らないヴァレリーはカトレアがどういった人物なのかを説明する。ヴァリエール公爵家の二女であること、その妹がルイズであること、彼女の境遇と自分との関係などを表面的にである。

「そう」

タバサはひとまず自身の考えを改め、ヴァレリーの知らぬところで彼の評価が危険人物から常人に戻ったのだった。

「助手、やってもいい」

どうやらヴァレリーの研究文書はタバサのお気に召したようで、ようやく申し出を引き受けた。
研究文書をまた読みに来ると告げ、タバサは寮へと帰っていく。ヴァレリーはタバサの小さな背中が夜の闇に溶けるまで見送った。


変な時間に眠ってしまって、これから皆が寝静まる頃だというのに目が冴えてしまったがヴァレリーであったが、良く眠ったおかげで気分は悪くなかった。酒に酔いでもすれば眠れるだろうかと思い、部屋にある酒を選び、テラスにてタバサが持って来てくれたパイと月に照らされ、春のそよ風に揺られる花々を肴にグラスを傾ける。ミートパイに合わせるなら無難に赤か、それともこれからまた気持ちよく眠るために甘めのブランデーにしようか些か悩んだが結局二つとも持って来た。一つのグラスで飲み分けるようなことはせず、しっかりとグラスは二つ。混じって本来の味を損ねるのはよろしくない。

テーブルにグラスが二つあったためであろうか、ヴァレリーのもとにお客が一人やって来た。

「最近、話す機会がないので息子が寂しがって枕を濡らしているのではないかと来てみれば……。月見酒とはまた小洒落た真似をしおってからに」
「父上。ていうか今更、親恋しさに泣きはしないですよ。どちらにします?」
「今宵はブランデーがいいかのぉ」

ヴァレリーがもう一つのグラスに琥珀色を飾るとオスマンは向かいの椅子に腰を下ろし、パイプに火をつける。吐き出された紫煙が薄っすら月光を陰らせ、そして風に流れていく。とても静か、されど何処か温かい時間を過ごす。学生生活や友人、教師役について話した後、話題は二人の留学生についてになる。

「件の二人はうまくいっているかの?」
「今の所、あまりうまくはいっていませんね。ミス・タバサは人と話そうとしませんし、ミス・ツェルプストーは恋人は多いですが友達は作れていません。もっともアレを恋人と言っていいかは甚だ疑問ですが……」
「恋人?決闘騒ぎを起こした子達かの?あれはお主の言う通り、恋人とは言わんじゃろ。良くは知らぬが、わしには彼女がただの暇つぶしの相手程度の認識しか持ってないと感じるのぉ。遊ばれているのを楽しむのならそれでもいいんじゃが、いかんせん初心な者が多いからのぉ。お主はどうなのじゃ?誘われておらんのかえ?」
「今度の休日に町を案内する約束をさせられましたね。ですが、今後彼女と友人にはなれども、恋仲にはなりえません。彼女は魅力的ではありますが私にとっての一番はカトレア様であって、それは揺らぐことのない事象ですから」
「お主は大概、二女の虜じゃな。どれ、一つ詩でも詠んでみよ」

オスマンは呆れた顔で紫煙をくゆらす。

「唐突ですね……う~ん、整いました」
「していかに?」
「野に咲く花は散るが定め、されど我が内に咲きたるは桃の花。散らず、褪せず、咲き誇らん。猶、風に散るなれば、共に在らんと思いし蘭の君への逸りし心ぞ」
「かーっ、激甘じゃのぉ。蜂蜜水を飲んでおるようじゃ。お主、自分で言って恥ずかしくはならんのか?」
「歌えと言ったのは父上じゃないですか。酒に酔っているのです。大目に見てください」

ちなみに桃の花は春の季語であり、花言葉は「貴方の虜」、ここではヴァレリーの心情を表しているのだろう。蘭の君とはもちろんカトレアのことであり、カトレアの花は蘭の女王と呼ばれる故の言い回しである。要するに野に咲く花と違って、私の胸の内に咲いた恋の花は決して色褪せたり、散ったりすることなく咲き誇るだろう。それでも散ってしまうと言うのならばそれは想いが薄れたからではなく、カトレアの側にいたいという想いが溢れ、せめて恋の花の一片でも届いて欲しいという想いのせいであるのだ。といった意味である。成程、激甘である。ギ―シュも驚く、恥ずかしい台詞であろう。

「まぁ、良いがのぉ。して、件の二人に関しては引き続き、気にかけておくように。と言っても、人は出逢うべくして人と出会うものじゃ。案外勝手にうまくいくかも知れんがの」
「仮にそうだとしたら私が気にかける意味はあるのでしょうか?」
「誰かの後押しが必要な時もあろうて。それにあの手の者は一度、友と認めた者は裏切らぬ。お主にはそんな友を持って欲しいと思うのじゃ」
「そうなのですか?私にはまだ、そこまで人を見る目はありません。人に言われたから友達になるのもおかしいですし、先ずは自身で感じる必要がありますね。父上の言葉を借りますが、彼女達が私の出逢うべき人ならきっとこの先、仲が深まる事もあるのでしょう」

それからまた何度か詩の詠み合いをして解散となった。
果たしてヴァレリーの恋の花は実をつけるのかはもう少し後で語るとしよう。



時間を流し、虚無の曜日に移る。
休暇である今日は授業もなく、学生は自室で読書に耽ったり、町に出かけたりと自由な時間を過ごす。ヴァレリーはキュルケから町の案内をするように約束させられているので甲斐甲斐しく馬車の手配を済ませ、正門でキュルケを待ちながら本を読んでいるところである。タバサを助手にすることは出来たが町への誘いは頷いてもらえなかったためキュルケと二人きりということになる。

待ち合わせ時間を少し遅れた頃にキュルケはやって来た。

「さぁ、早く行きましょう。追いつかれてしまうわ」

誰に追いつかれるのだろうとヴァレリーは疑問に思ったがすぐに答えはわかった。
キュルケを追うように4、5人の男子生徒が向かって来ている。
大方、休日を共に過ごす約束をしていた者達なのだろう。
キュルケに一言、言いたいところをひとまず抑え、馬車を走らせる。
彼らに捕まるのも面倒だと思ったからだ。
彼らを振り切った後、ヴァレリーは改めて抗議を入れる

「他に約束があったんじゃないのかい?面倒に巻き込まれるのは嫌だぞ、私は」
「さぁ?他の人達の約束なんて忘れてしまったわ。少なくとも私から言い出したんじゃないもの。私が休日を共に過ごしたいと思ったのは貴方なのよ。それ以外の約束は覚える必要があるかしら?」

悪びれずそんなことを言うキュルケにヴァレリーは思わず溜息がでる。最近、溜息をつく回数が多くなってきている気がするヴァレリーである。

「それじゃぁ、困るんだよ。誘いに乗らないにしてもしっかりと断りを入れるのが筋ってものだろう。君が君らしく振る舞うのは悪いことじゃない。けれど守るべき線は守らなくちゃいけないよ。君は魅力的な女性だがその点を知ればより、美しくあるだろうと思うのに」
「もう、折角のデートなんだからお説教は聞きたくないわ」
「説教される内が花なんだよ。それに私はこういう人間なんだ。君から誘ったんだからその辺はわかってもらいたいね。それで?今日は何処を案内すればいいんだい?」
「そうね、先ずは王都かしらね。来週末の舞踏会用にドレスを新調したいのよね」
「来週末?あぁ、スレイプニィルの舞踏会か。でもあれにドレスは必要ないぞ」

ヴァレリーの発言にキュルケは疑問を浮かべる。

「舞踏会なのにドレスを着ないの?」
「スレイプニィルは仮装舞踏会さ。真実の鏡というマジックアイテムで己の理想の姿に化けるんだ。新入生歓迎の催しモノだが、これには家柄、地位、国籍、爵位に囚われず、学院では皆が平等に関わり合い学ぶためという意味もある」
「ふ~ん、そうだったのね。聞き流していたから知らなかったわ。じゃぁ、翌月の舞踏会用にするわ。私に似合うドレスを選んでくれるかしら?」
「まぁ、それくらいならかまわないよ」

馬車に揺られること数時間、二人は王都トリスタニアへと降り立った。
休日ということもあって通りを行き交う人は多く、広場では露天や大道芸に人が集まっている。
学院の生徒と思しきモノもちらほら見て取れる中、二人は老舗の仕立てやでドレスを一着、拵こしらえさせる。続いて向かったのは流行りのランジェリーショップ。

ドレスの仕立てに付き合うならまだしも流石に此処は居場所が悪く、外で待っているとキュルケに告げるも、半ば強引に連れられてしまったヴァレリーは店に来ている人からの注目の的であった。キュルケが試着で仕切りの奥へと消えると残されるはヴァレリー一人。好奇の視線に晒されながらただ待つことしかできず、この現状を知りあいに見られたくないな、などと思いながら時間が早く過ぎるのを願うばかり。嫌でも目に入るのは女性物の下着であり、向こうが透けて見えるようなネグリジェや極めて布面積が小さいショーツがどちらを向いても並んでいる。

ようやく仕切りが開き、やっと店から出れると思いきやそこには際どい黒の下着姿のキュルケが立っている。

「どうかしら?」

どうやらヴァレリーに感想を求めているキュルケは挑戦的な笑みを浮かべる。
黒は女を魅力的に見せる色であるが、キュルケの褐色の肌と女性的な体つき、情熱的な赤い髪が合わさるとその魅力は乗冪の如く増す。しかし、ここで慌ててはヴァレリーの負けである。言うならばこれは男女の間の駆け引きである。

「良く似合っているよ。黒が君の美しさを際立出せている。しかし、男の前でそう易々と肌を見せるものではないと思うぞ」

あくまで冷静に諌めるヴァレリーに対し、キュルケも堂々としたものである。

「だって、脱がす側の意見も聞いた方がいいでしょう?それに女は見られて美しくなるものなのよ」
「一理ある。けれども君の肌はそんな安いものじゃないだろう?その対価を払える男はそうはいないさ。言わずもがな私もまたその一人さ」
「あら、随分と評価してくれるじゃない。これは買いね」

ヴァレリーの言い回しに気を良くしたキュルケは満足気に再び仕切りをかける。
褒めておきながら、やんわり否定し、空気を悪くすることもなく諭した辺り、この勝負はヴァレリーに軍配が上がったと見ていいだろう。

それから二人はキュルケの提案により楽器屋へと足を運んだ。ここで彼女が買ったのはハープの弦。なんでもハープの演奏には自信があるらしく、初老の店主と楽しそうに音楽の話をしていた。

二人が各所を回り、トリスタニアから帰って来たのは夕暮れの頃。
馬車から先に降りたヴァレリーは紳士としてのマナーに則り、キュルケに手を差し伸べる。手を引かれ、馬車から降りたキュルケはそのままヴァレリーに枝垂れかかり甘く、囁く。

「もっと、貴方と一緒にいたいわ。ねぇ、これから私の部屋に来ない?今日のお礼もしたいわ」

茜色に照らされ、さらに艶やかさを増した彼女が耳元でそんなことを言おうものなら初心な学生達なら十中八九、誘いを断れはしない。しかし、そこはヴァレリーである。

「そのお誘いは非常に魅力的だね。お礼というなら是非、君のハープの演奏を聞いてみたい」
「やっぱり、そうきたわね。でもまぁ、いいわ。弾いてあげる」

キュルケとしてはハープの音を聞かせるために誘ったのではなかったがヴァレリーがこのように返答してくることは予想できていた。なかなか自分に傾かないがそれ故、面白い。追われるだけが恋じゃない。また、色恋沙汰を抜きにしてもヴァレリーという人物は些かジジくさく、説教じみている所はあるが、人として魅力的である。などという考えに至り、演奏してみせることとしたのだった。

キュルケの部屋に行くのは他の学生の目があるので避け、演奏は研究室のテラスで聞かせてもらうことにしたヴァレリー。キュルケが持って来たのはラップハープと呼ばれる、膝の上で演奏する形のハープである。弦の数は26と、この型にしては多い方であろう。
音叉を膝で打ち、耳元にあてるとキュルケは一本一本、音程を合わせて行く。

「さて、それじゃぁ一曲」

キュルケが目を閉じ、ゆっくり弦に手を置き、そして弾はじく。
紡ぎだされる音はとても澄んでいて、それを奏でるキュルケも普段とは違いとても落ち着いた佇まいで、お淑やかに見える。ヴァレリーはキュルケの演奏に音の綺麗さだけではなく、優しさのようなものを感じていた。きっとそれもまた彼女の本質なのだろうと思う。

「どうだったかしら?」

一曲弾き終えたキュルケがゆっくり目を開き、ヴァレリーに問う。
演奏の余韻が残っているせいか、その瞬間のキュルケは今日一番の魅力を放っていて、ヴァレリーも自然と今日一番の笑みを浮かべる。

「美しかった。その音も、君自身も」

それは意図せず口にした言葉。
それ故、素直に相手に伝わる。

「ふふ、少しは私の魅力が伝わったようね」

キュルケも笑みを浮かべる。
ただそれはいつもの男を誘う笑みではなく、もっと澄んだそれである。

「貴方もなにか弾けないの?折角だから合わせましょう」
「一応、ピアノとチェロは習ったが君ほど上手には弾けないぞ?」
「かまわないわ。大事なのはそこじゃないもの」
「そうか、わかった。ちょっと待っててくれ」

ヴァレリーは部屋の奥から一つのチェロを持ってくる。
貴族にとって、楽器を嗜むのは一つの教養でもあるので何かしらの楽器に覚えがある者も多い。特に女性においては腕の良し悪しはあるが大抵の者は楽器の経験はある。余談だがヴァリエール家の娘もそれに余らず楽器が弾ける。エレオノールはヴァイオリンが上手であったし、カトレアはピアノを弾けた。ルイズはフルートの練習をしていたものだ。

些か埃を被っているケースからチェロを取り出し、丁寧に拭き、弦を張ると調子を確かめる。若干の歪みはあるものの聞けない音ではない。弓に松脂を塗り、4つの弦をそれぞれ撫でれば、芯があり、よく通った音が庭に響く。

「よし、準備完了だ。曲は何にしようか?」
「デュオだから……そうね。「シャーロットの姫君」辺りかしら?弾ける?」
「うむ、なんとか」

ちなみに「シャーロットの姫君」とは外界を見てはならない呪いにかかり、塔に閉じ込められていてるシャーロットの姫と騎士ランスロット卿を歌ったモノに曲をつけたものである。

目で合図を送り、キュルケが前奏をし、ヴァレリーがそれに合わせる。チェロの音がリードをとるとキュルケがハープを弾きながら歌い出す。それは思いつきで合わせたとは思えない調和のとれた演奏であり、風に揺れる花々はそれを称賛するようである。

ゆったりとした曲調の中、しっかりとした強弱と余韻を残し、キュルケの歌を映えるようにヴァレリーが奏で、間奏ではチェロが引き立つようにキュルケがハープの調べを紡ぐ。チェロの低音で曲を終えた二人は向き合う。されどそこに言葉はなく、穏やかな笑みのみを交わす。後にキュルケはしばしばヴァレリーと音を奏でるようになるが今日がその初め。そして彼女が学院でなんの衒いもなく過ごした初めての時。

言葉で伝えねばわからないこともある。
しかし時として人は奏でる音でその人の性質を知ることもできる。
今の二人がそうであるように。








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