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No.34596の一覧
[0] オールド・オスマンの息子[lily](2012/08/14 19:58)
[1] 001[lily](2012/08/22 21:42)
[2] 002[lily](2012/08/22 01:31)
[3] 003[lily](2012/10/11 17:28)
[4] 004[lily](2012/08/15 19:37)
[5] 005[lily](2012/08/16 16:22)
[6] 006[lily](2012/08/22 23:37)
[7] 007[lily](2012/08/22 23:38)
[8] 008[lily](2012/08/22 23:40)
[9] 009[lily](2012/08/22 23:44)
[10] 010[lily](2012/09/07 02:25)
[11] 011[lily](2012/10/10 00:53)
[12] 012[lily](2012/11/01 22:54)
[13] 013[lily](2012/12/28 20:06)
[14] 014[lily](2013/01/28 20:20)
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[34596] 005
Name: lily◆ae117856 ID:245b0a6f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/16 16:22
新たに学院にやって来た若人達が真新しい白いシャツに袖を通し、学院の生徒たる印のマントを羽織る。金の五芒星が象られたマントの留め金が春の麗らかな陽射しを受けてキラキラと光る様はまるで彼らの学院生活に寄せる期待を表すかのようであり、オスマンは学院長室からをそれを眺めると穏やかな顔を浮かべた。さながらそれは子を慈しむ親のそれであり、彼にとっては学院の生徒は皆大切な存在であることを窺わせる。

ふと眼を向けるのは水塔の向こう側、ヴァレリーが住まう研究室。

―――励めよ息子よ。そして良き友を見つけるのじゃ。それがお主にとっての宝となろうぞ。願わくば我が最愛の息子に幸多からんことを……。

全ての生徒の親である前に一人の父親として言葉を贈る。
僅かばかりのえこ贔屓も今この一時は許されよう。


さて、今日という日は入学式。ヴァレリーは早くに目が覚めてしまったので庭を見て回った後に身支度を整えた。磨いたブーツにアイロンをかけた黒のスラックス。おろしたてのシャツの上からマントを羽織る。女性すら羨む銀の髪に櫛を通し、カトレアから貰ったお気に入りの黒のリボンで結えば凛として頭の良さそうな新入生の出来上がりである。因みに髪を結っているリボンは黒だけでなく、カトレアから貰ったモノも何本かあるのだが、やはり一番のお気に入りは最初に貰った黒のリボンである。既に10年近く使っているにも関わらずカトレアへの想い同様、まったく色褪せる事がない。もちろん魔法で手入れをしているがそれ以上に大事に扱っているのである。

早々に仕度が済ましたところで、はたと気付く。入学式は午後からの予定である。これでは随分と時間を余すことだろうと。今までずっと学院で生活してきた故にそこまで感慨深いことではないとは思っていたが、やはり心のどこかで期待しているらしい自身の心をヴァレリーは少し可笑しく思った。今更、庭の手入れや実験でもして制服を汚すのもないだろうとテラスの椅子に腰かけ、読みかけの本に目を落とす。

本へ目を落として少しばかり経った頃、テラスへやって来たのはルイズとギ―シュの二人。彼らも早々に仕度を終えてすることが無くなったくちである。

「ねぇ、ヴァレリー!ギ―シュに言ってやってよ!私が言っても聞かないんだもの!」
「これのどこがいけないんだ?僕の華々しい学院生活の幕開けに相応しいと思うんだが……。君はどう思う?」

二人を見ればルイズはきっちり制服に身を包み新入生らしい格好をしている。
そしてギ―シュの方は……よく言えば個性的、悪く言えばどこぞの道化。つまりは気障全開な服装であった。彼らしいといえば彼らしいが襟が立ちフリル付きのシャツの胸元を開け放ち、極めつけに紫の細身なズボン。舞台に立つ役者ならば注目を集めるための工夫と言えなくもないが、人生という舞台においては装飾過剰感が否めない。ギ―シュはさもカッコイイだろうと言うような顔でマントを広げポーズを決める。勿論、口に薔薇を咥えるのも忘れない。

見せつけるようにくねくねするギ―シュを見てヴァレリーは一つ大きなため息。

「はぁ、ルイズが正しいと思うが」
「えぇ~!?なぜ!?最高にカッコイイじゃないか!?」

ルイズは「当然よ」といった面持ち、対するギ―シュは納得行かない様子だ。

「いや、まぁ似合ってないとは言わない。君らしい服装だしな。ただ、あまりにも君らしさが溢れ出ていて入学式、式典の場では相応しくないんじゃないかと思うんだ。あまり魅力を出し過ぎて周りの女の子が倒れてしまってはいけないだろ?」

引くことはあっても倒れることは先ず間違いなく無いと思うが、下手に意地を張られてこのまま入学式に出られては友人として困るので言葉をうまく使うヴァレリー。これに気を良くしたギ―シュは満面の笑みである。

「さすが!さすがは僕の友だけのことはある!!そうか、魅力が溢れ出てしまっていたか!それはいけないな、いくら美しい僕の姿に見惚れたとしても倒れてしまっては可愛そうだ。あぁ、僕はなんて罪な男なんだ!仕方ない、誠に、ま・こ・と・に遺憾だが着替え直そうではないか!」
「言ってなさいな、まったくもう」

呆れ顔のルイズ。彼女にしろヴァレリーにしろ、ギ―シュとは出逢って間もないが彼の人と成りは大凡掴めていた。それは二人が特段、人を知るのに長けていたからではなく、単純にギ―シュの性格が分り易かったからだ。人より目立ちたい、美しくありたいと思う心は人ならば持っていて然るべきことであるが彼は些かそれが他より強く、やや独特。それが彼の原動力であり、矜持でもあるのだ。それでも何処か憎めないのは、彼が素直に人を称賛し認めることが出来る人物であったからであろう。曰く「勿論、嫉妬をすることもあるさ。だけどね、嫉妬をしている自分はとても醜くて美しくないと思うんだ。僕はそんな自分は嫌だね」とのこと。そういった彼の気質にルイズやヴァレリーは好感を持った。

「そうか、ルイズ。君も僕の溢れる魅力に当てられて大変だったんだね!ごめんよ、それならそうと言ってくれればよかったんだ」

ぽんっと手を打ち、然も有りなんとギ―シュが言う。

「誰がよ!!」
「君が!僕に!!くびったけ!!」

一語言う毎にポーズを決めるギ―シュ。
そこで繰り出されたのはルイズの黄金の右手である。
身長の低さを活かし懐に入り込むと見事に鳩尾へストレートを放った。

「ぐはっ!?る、ルイズ……何もそこまで照れなくても……」
「何か言ったかしら?」
「うぐっ!?」

さらに一撃食らって苦しむギ―シュが不憫に思えたので助け舟を出すヴァレリー

「ルイズ。見事な一発だが鳩尾に拳をめり込ませるのは淑女としてどうなんだろうか?」
「ふん!まぁいいわ。淑女たる私に感謝しなさい、ギ―シュ」
「えぇ、わかりました。それはもう……素敵な淑女様で……」
「ところで君たちは何しに来たんだ?」

女生徒を中心に庭に訪れている人の注目の的になっているので話題を逸らすヴァレリーに二人が答える。

「暇だからお茶を飲みに」とはルイズの答え
「暇だから花を愛でに」とはギ―シュの答え。

ちなみにギ―シュの言う花は庭に咲く花のことではないのは自明である。


午後になり軽い昼食をすませるといよいよ入学式。
ギ―シュは先ほどの服装から着替え黒のズボンと襟が立っていないシャツへと着替え直している。
フリルは付いているがそこは譲れないようである。

入学式の会場はアルヴィーズの食堂で行われる。いつの間にやら食堂は飾り付けをされており、荘厳な空気を醸し出している。クラスごとに席に着くようで3人はそれぞれの席に着く。周りを見渡せばちょっとした緊張の色を浮かべた新入生達の顔が見て取れる。

ヴァレリーのクラスであるソーンは集まりが悪いらしく、そこまで早く来たわけではないのだが前の方へと座ることとなり、ルイズのクラスであるイルは割と集まりがよくルイズは後ろの方の席へとついた。ヴァレリーは知らないがルイズの席の隣にはキュルケが、キュルケの隣にはタバサが座っている。

今年の生徒全員の着席を確認するといよいよ式の始まり。中二階から姿を現したのはオスマンを先頭に教師一同。ヴァレリーも一応教師なのだが今回は生徒側である。生徒達を睥睨し、自慢の白髭を一撫でするとオスマンが力強く、よく通る声で言う。

「生徒諸君!先ずは君たちの入学を心より歓迎しよう!せいやっ!」

大仰な身振りで中二階から華麗に飛ぶオスマン。
一階のお立ち台の上に降り立とうと途中で杖を振り、レビテーションを唱える。

―――が


時の流れは無慈悲なもので老躯故にそこまで舌が速く回らなかった。
描く放物線は栄光の架け橋などではなく黄泉への一本道である。

ここでヴァレリーは思った。これはまずい!と。

主に父の名誉と生命が。彼としてもこんなしょうもないことで親を失いたくはない。
咄嗟にオスマン目がけて唱えたレビテーション。
前の方の席に座っていたことが功を奏した。
オスマンがお立ち台に激突する寸前、鼻をこするか否やといったところでヴァレリーの詠唱が間に合った。あわや大惨事となりかねない現場に思わず前列の生徒は目をつぶったが凄まじいアクロバット飛行、具体的には一度急上昇し四回転半とひねりを加えた錐揉みで10点満点の着地をした。

「そして諸君!諸君らは、トリステイン……いや!ハルケギニアの将来を担う有望な貴族たれ!!」

声を張り上げ、堂々たる様で言うオスマン。
パフォーマンスだと勘違いした生徒達は歓声と惜しみのない拍手を送る。
事実を知る教師やヴァレリー、お立ち台の上のオスマンが冷や汗を掻いたのは想像に難くない。

式が終わり暫しの休憩を挟んで今度は各授業の概要説明がある。
説明は講堂で行われるので新入生が移動を始める中、ヴァレリーは魔法薬学の授業説明があるので一旦研究室に戻り準備をしていた。学生の印たるマントを脱いで新たに羽織ったのは黒地のアカデミックローブ。それはオスマンから「月夜の女神」亭に連れて行かれたのとは別に教師として務めるヴァレリーへの祝いの品であり、袖や懐の内側にやたらとポケットが付いていて魔法薬などの小物が収納できるようになっている特注品である。

仕度を済ませ講堂に入れば入学式の時とは違い学生は自由に席に座り、色々な話をしていて大分騒々しい。少し周りを見回せばギ―シュとルイズが手を振っていたのでそちらに座るヴァレリー

「ん?なんで着替えたんだ、君?」

ヴァレリーの格好を見て疑問を口にしたのはギ―シュである。

「あぁ、そうか。二人には話してなかったか。私は今年の一年生の魔法薬学の講師なんだ。制服のまま授業をしてもかまわないんだが父上に見た目も重要だと言われてしまってね」
「へー、すごいじゃない。まさか貴方が講師とはね。でも貴方なら出来そうね。面白い授業を期待するわ」
「驚いたな。そうか、君が講師かー。ってことは試験の際にお友達特典が付いたりは……」
「しないからな」
「そうか……。あまり難しすぎる試験とかはやめてくれよ。君は見かけによらず容赦がないところがあるからな。しかし、まぁ、そうか。僕も期待しているよ」

それからは代わる代わるやってくる教師が授業説明するのを3人で聞いていた。
名前と担当教科、短い説明をするだけの者もいれば、延々と話し続ける者もいて新入生は少しだれ気味である。魔法薬学の授業説明は今回、一番最後に回されていたので一つ前の授業説明をしていた教師が講堂を出るとヴァレリーも一旦、友のエールを背に講堂を出た。

今一度身だしなみを確認し大きな深呼吸を一つ。
気持ちを落ち着けてから講堂の扉を開けた。

教師がいなくなり、騒がしくなり始めた教室が静まり、生徒の視線がヴァレリーに集まる。
中央の教卓まで進み、教室を見渡せば今までとは違った教室の風景。授業を受ける側とする側では見えるものが多少なりとも変わってくるのである。真面目にこちらを見ている者や爆睡している者、隠すこともなく本を読んでいる者(例えばタバサなど)や声を潜めてなにやらしゃべっている者、全ての顔が見える。

ヴァレリーは堂々とそして丁寧な口調で説明を始めた。

「先ずは自己紹介をしましょう。私はヴァレリー・ヘルメス、二つ名は「水花」。今年の新入生の魔法薬学を担当します。系統は水、既に御存じの方もいるかもしれませんが私も今年の新入生です。ですが、こと魔法薬学に関しては学院長の依頼のもと授業をするように仰せつかっていますので授業の質に関してはそれなりのモノを提供できると思います。教師としての権限を持つのは魔法薬学の授業のみですのでそれ以外の時では学友として接してもらえればありがたいですね。ちなみに私と仲を深めても試験の採点が甘くなったりはしないですからね」

最後だけは少し茶目っけのある言い方をして自己紹介を終える。
歓喜したのは女生徒である。見た目も麗しく、先ず間違いない美少年が教師なので、多感な年頃の彼女達にしたら舞い上がることに不思議はない。

「次に授業説明をします。まぁ授業の名前の通り、魔法薬の生成が主なモノになるのですが。魔法薬の生成には簡単に分けて3つ作り方があります。材料が既に魔法的効果があるものを単に調合するもの、魔力を込めながら作るもの、出来上がった薬に魔法をかけるものですね。一年時では主に前者2つのやり方で一般的なモノ、例えばヒーリングで使う秘薬などの調合を学習します。といってもそれだけではつまらないので変身剤や性格改変の薬などの少し難しいものもやる予定です。二年生になれば選択演習でより高度な魔法薬学を受けることができますので興味がある人は是非取ってみてください。それと講義の場所ですが主に水塔の薬学実験室か、ご覧になった方もいるかと思いますが水塔の傍にある庭園で行います。所注意としては庭のモノを勝手に摘むと摘んだ方の命を摘むので気を付けてくださいね」

輝かんばかりの笑顔で恐ろしいことを言うヴァレリーに思わず全生徒が息をのむ。

「さて、皆さんもずっと話を聞いていて疲れたことでしょうが、ここで少し魔法薬の実演でもしてみようかと思います。暫しお付き合いください」

今しがたの恐ろしい発言をした時とは違って穏やかに言うヴァレリー。

「私自身は水のメイジであり、火の才能はドットの下位レベルしかないのですが―――」

おもむろにローブから取り出した瓶の蓋を開け、中の液体に直接火を付けるヴァレリー。
火の付いた液体を魔法で操るとそれはまるで炎を纏う大蛇のようにうねり、高熱を発する。

それを見て、驚くのは生徒達だ。
自身がドットやラインのメイジだけに己が使う魔法の威力は皆知っている。目の前で踊る炎蛇はどう見てもドット魔法以上の物であり、そのような物をレベルが低くても使えてしまうのだから驚かずにはいられない。次に実演してみせたのは変身剤である。ヴァレリーが薬の小瓶を呷るとその容姿が変わりオスマンのそれになった。魔法薬でなくとも似たような効果を持つフェイス・チェンジという呪文があるが、こちらは風と水の合成魔法でスクウェアスペル。今年の一年生ではヴァレリーも含め誰一人扱うことは出来ない。

「フェイス・チェンジと違って任意の姿にはなれず、特定の生成を必要としますが、スクウェアスペル相当の効果をスクウェアメイジでなくとも発現できるのは魔法薬の強みと言えるでしょう」

それからもヴァレリーは幾つか魔法薬を使ってみせた。幻覚を見せる物であったり、姿を消す物であったりと効果が分り易く、見た目の印象が強い物の選び、学生の好奇心を擽る。実演に当たり、用意した魔法薬は難易度が高く、それなりに値が張る物が多かったが学生に興味を持ってもらいたい、自分が好きな分野を広めたいとの気持ち。また、初めての講師としての意気込みからかなりの大盤振る舞いをした。その甲斐あって、生徒達の瞳に興味の色が見てとれて時には心中でほっと一息したヴァレリーであった。

「さて、他にも色々な魔法薬はありますが、それは今後の授業の楽しみということでとっておきましょう。最初の授業では増強剤を作りますので各自、簡単に調べておくようお願いします。それではこれにて授業説明を終えたいと思います。皆さんお疲れ様でした」


さて、それから後日のこと。魔法薬学の授業は毎日あるわけではなく週に一度しかない。というのも材料に限りがあるうえに、生成で使う基礎材料には下ごしらえに時間がかかるものもあり、それを生徒の人数分用意するとなるとけっこうな手間になってしまうからだ。初回の授業説明で増強剤を作ると生徒に伝えていたヴァレリーは授業を受け終え、放課後になると基礎材料の生成に勤しんでいた。増強剤というのは魔法薬の中では中難易度だが今まで魔法薬を作ったことがないような者が作るにはいささか難易度が高い。蒸留塔を稼働させ、材料となる薬草の選別。生成の準備を終えたのは夜が白む頃だった。

以前までの魔法薬の授業ではヴァレリーが補佐として付いていたため他の魔法薬学の教師、特に一年生を担当していた者は随分と助かっていたようだ。二年生以上では選択演習となる魔法薬学だがわざわざ難易度が上がった授業を取る生徒だけにこの授業をとるとなるとそれなりに知識を蓄え、教師の手伝いも出来るようになるのだが、一年生ではそうもいかない。ヴァレリー自身が教師となった今、補助をしてくれる者がいなくなってしまったので誰か助手となり得るいい人はいないか?などを考えながら午前の最後の授業を眠たい頭で受けるヴァレリー。

今は「風」の初回授業、受け持つのは「疾風」の二つ名を持つギトー。

「残念なことに今年はドットメイジばかりだな。仕方がないが基本からだ」

冷やかに告げるギトー。
授業内容は風の基本、「フライ」と「レビテーション」のようである。

「まさか、呪文を知らないなんて者はいないだろうな?先ずはフライからだ」

ギトーに従いクラスの生徒達が杖を抜き、詠唱を始める。正直ヴァレリーが幼少時に最初に覚えた呪文はレビテーションであったし、周りの生徒と比べると頭一つ抜きんでている魔法の実力がある者にとって今回の授業は面白みが少ない。

かなり力を抜いて飛んでみたがヴァレリーよりも先に飛ぶことが出来たのはガリアからの留学生であるタバサ一人だけ、高度も無表情にしているタバサが一番高く、次いで寝むそうにしているヴァレリー、3番手にめんどくさそうに飛ぶキュルケである。魔法のクラスが上がれば威力が上がる。フライに関して言えば高度と速さに影響してくるわけでトライアングルの3人とドットやラインの学生で違いが出てくるのは当然のことである。

「オールド・オスマンのは当然か、しかしそこの二人も「ドット」にしてはなかなかやるでないか」

二人とはもちろんタバサとキュルケである。
ギトーは留学生の入学書類までは目を通していなかった故の発言であった。

「あ、いえ、ミスタ・ギトー。二人もトライアングルですよ」
「ん?そうだったか。ということは留学生か。ふん、嘆かわしいな……トリステイン魔法学院において本国のメイジが遅れをとるとは。悔しいとは思わないのかね、君達。まぁいい、そのまま外壁沿いをフライを維持して5周だ。一度たりとも地に足をつけるな、全力でやれ」

国内の学生に挑発にも等しい檄を飛ばすギトーに生徒達は対抗心を燃やす。

「そこの3人は他の者に1周差をつけろ、トライアングルなんだ、それくらい出来て当然のはずだ。後の者は絶対に3人に差をつけられるな。トリステインのメイジとしての矜持を見せろ」

指示に従い外壁沿いをフライで飛ぶ生徒達。
ヴァレリー達3人は1周差をつける必要があるのでどんどんと後続を引き離す。

「はぁ、めんどくさいわね」

飛びながら愚痴をこぼしたのはキュルケである。

「すまない、二人とも。余計な事を言ってしまったようだ」
「悪いと思うなら今度の休日に町を案内してくれないかしら?ミスタ・ヘルメス?退屈なのよ。それに貴方がクラスで一番綺麗な顔をしているわ」
「うーん、かまわないが二人きりは遠慮したいな。ミス・ツェルプスト―は男子から人気だろ?この間もクラスのやつらが君をめぐって決闘してたじゃないか。巻き込まれたくないのが本音だな」

難色を示すヴァレリーにキュルケが言葉を重ねる。

「周りの人なんか気にしなくていいわ。私が自分から声をかけたのは此処に来て貴方が初めてなのよ。何も知らない留学生を助けると思って、ね?」
「少しは周りを気にした方がいいと思うが。君を見るクラスの女子の目は正直良くない。このままじゃ恋人は量産できても友達ができないぞ」

ヴァレリーの言う通りキュルケは男子からは大そうな人気だが女子からの印象、殊更キュルケに交際を申し込んだ男子を慕う者からはすこぶる悪い。暇を理由に全ての交際の申し出を受けたせいで一部の男子は決闘騒ぎをおこすうえに決着がついたと思ったらまた交際相手が増えているし、見かねて抗議を入れた女生徒は鼻で笑い追い返す始末。

「少なくともクラスに友達になりたい子なんていないもの。別に気にしないわ」

割と歯に衣着せぬ注言をしたヴァレリーだったがまったく意に介さないキュルケに溜息をもらす。

「いや、それは寂し過ぎると思うが……」
「とにかく、休日は案内よろしくね!」

キュルケがフライのスピードを上げる。
後ろを見れば一人の男子生徒が二人に追いつこうと頑張っている。
数少ない風のラインメイジでもあるド・ロレーヌだ。
ちなみにタバサは二人が話しているうちに黙々と進んで行ってしまっていた。
ヴァレリーも速度を上げ、前を行くキュルケに並ぶ。

「あの子、ただの本の虫かと思ったら随分速いわね」

先を行くタバサを見ながらキュルケが評価する

「入学書類で見たが彼女は風の系統だしな。そうだ、休日の町案内は彼女も誘ってみよう。彼女は君と同じ留学生だからな。異議は認めないぞ」

オスマンから気にかけるように言われている二人は案の定、対人関係に難があったがこの際、二人が友達になってしまえば良いと思ったヴァレリーはさらに速度を上げ、タバサに追いつこうとする。

一周分を費やしやっとのことで追いついたヴァレリーがタバサの横へ並ぶ。

「ふぅ、やっと追い付いた。流石は風の系統だね」

タバサは一度ヴァレリーの方を振り向くとすぐに興味がなさそうに視線を前に向けた。

「ミス・タバサ、今度の休日にミス・ツェルプスト―と町に行くんだが君も一緒に来ないかい?馴染みの書籍商とか紹介するよ。君は本が好きなようだし私としても話が合いそうな君がいてくれる方が嬉しいんだが」

書籍商という単語に僅かに反応したように見えたがタバサがさらにフライの速度を上げた。こうなると同じトライアングルとはいえ風を系統とするタバサにヴァレリーは追いつけない。

「気が変わったらいつでも言ってくれ」

タバサの後ろ姿にそう告げ、ヴァレリーはフライの速度を緩めた。

結局この外壁沿い5周はトライアングル3人が他の者に1周差をつけて終える形となった。
そもそも5周する間に地に足をつけなかった者の方が少なく、大差をつけられたとはいえ完走したド・ロレーヌは称賛に価するのだが彼は自身がクラスの中で一番の風の使い手だと豪語していただけに面白くないようだった。

「結局このざまか……。呆れてモノもいえない。3人は帰ってよろしい。他の者は授業の終わりまでレビテーションを維持しろ」

初回からスパルタ気味のギトーの授業を抜け出した3人はそれぞれ別行動を取った。


少し早目の昼食を取るとヴァレリーは図書館に借りていた本を返しに向かった。
図書館の中はまだ授業中ということもあり人は居らず、静かにゆったりと時間が流れているように感じ、窓から射す午後の陽射しが眠気を誘う。司書に挨拶し本の返却を済ませると司書から少し席を外すからと留守番を頼まれた。司書の代わりにカウンターの席に腰かけ、貸出の手続きをするべく生徒が来るのを待つ。といっても元々図書館には人がいなかったのでヴァレリーは暇を持て余していた。することがないので返却された本を適当に漁る。

―――小説、小説、伝記、お?魔法薬学の入門書発見。ちゃんと下調べした真面目な生徒は誰だろうか?

返却された本に挟んであるカードから誰が借りたかを調べる。

―――ふむ、ルイズか。あとはミス・タバサも借りてるのか。勉強熱心でなにより。

次にヴァレリーの目に留った本は一冊の魔法の研究書。
タイトルは「風の力が気象に与える影響とその効果」とある。

―――ほほぉー、これまた随分と勉強熱心な者がいるな。さてさて誰が借りたのか?お、これもミス・タバサか。

ヴァレリーもこの本を読んだことがあるが部類としては面白いがなかなか難解な研究書だったと記憶している。このような本を読むタバサにヴァレリーは一人、感心していた。

「風の力が気象に与える影響とその効果」をカウンターで読み返していると一人の生徒が貸出許可を求めにやって来た。青い髪の小柄な少女、クラスメイトでもあるタバサである。

「留守番中なんだ。手続きは私も出来るから大丈夫だよ」

読んでいた本を脇に置き、タバサと向き合うヴァレリー。
タバサは数冊、本をカウンターに置くと「貸出許可を」と短く言って待っている。

「それじゃぁ、このカードにサインをよろしく」

カードにサインを書かせるとヴァレリーは書類に必要事項を書いて行く。
タバサの目線が脇に置いた研究書に向いていたのでヴァレリーは書類を書きながら雑談を試みた。

「その本は実に興味深い。個人的には雷の発生に関する考察が良かったと思う。氷晶と霰のぶつかり合いが二つの雷の力を溜め、その差が雷を放出するってやつ。特に二つの力の正体が興味をそそると思わないかい?」

ヴァレリーがタバサについて知っていることと言えば入学書類にあったガリア王家であり、名前を偽る何らかの理由があることと、魔法が優秀なことぐらいだ。個人的な事は本をよく読むことと普段はまったくと言っていいほど喋らないことだけ。これでは情報が少なすぎてどう接していいかわからない。人を知るには直接会って話をするのが一番早いが誰しもいきなり「貴方はどんな人か?」などと聞かれても答え難いだろうと思う。相手の警戒を解くには何気ない雑談が効果的だ。

タバサは返事こそないものの同意する部分があったのか軽く頷く。

「君もそう思うか。やはり君とは話が合うようだ。今度よかったら実験室に遊びに来てくれ、図書館には無いような面白い内容の本も数多く取り揃えてあるんだ。最新の魔法薬学の本や、フェニアのライブラリーから写した禁書すれすれのモノとかね。あぁ、確かその研究書の著者の追加の本もあった気がするな。っとお待たせ」

手続きを終えて本をタバサに渡すヴァレリー。
短い礼と共にカウンターを後にするタバサにヴァレリーはもう一言、言葉を発する。

「ミス・タバサ。君がなぜ名前を偽っているのかもどうしてこの学院に通っているのかもわざわざ聞こうとは思わない。しかし、何かあったら君の力になりたいと私は思う。せっかく話が合う人を見つけたんだ。この出逢いというものを大事にしたい。私は君が良き友人となってくれれば嬉しいのだが、ダメだろうか?」

入学式から一週間も経ってはいなかったがヴァレリーはタバサにカトレアとはまた異なる儚さのようなものを感じていた。一見すると他人への無関心にも見えるが何かに囚われ、彼女自身が自分を追い込み、奮い立たせているようにも見受けられる。きっかけはオスマンに頼まれたからだがヴァレリーはそんなタバサの様子を見ているうちにどうしてか放っておけないと思い始めていた。

振り向きはしなかったが一寸足を止めたタバサ。

彼女がヴァレリーの言葉から何を感じたかはわからないが学院に来てから話しかけてきた他の生徒達と様子が違うということは理解できた。また、タバサが名前を偽るようになってから友人になりたいと正面切って言ってくる者は今までいなかった。自身が拒んでいる節もあったし、わざわざ愛想のない彼女に何度も声をかける者なんていなかったからだ。

「考えとく」

タバサはそれだけ告げると歩を進めた。
それは短く、素っ気ない一言だったし深く考えての返答ではなかった。
しかし、拒むような返答をしなかった事、それ自体が彼女が無意識のうちに他人へと歩み寄ろうとした明確な左証であるといえるだろう。


図書館の留守番を終え、午後の3クラス合同の魔法薬学の授業になると一年生が続々と水塔の薬学実験室に集まって来た。オスマンから貰った黒のローブに着替え、ヴァレリーは教壇に立つ。

「さて、今回は予告通りに増強剤を作ります。初回にしては難しい部類だと思うのですが下調べは大丈夫でしょうか?」

ヴァレリーの問いに自信を持って頷く者と目線をそらす者。
後者がやや多いのがすこしばかり不安である。

「まぁ、生成に失敗しても死ぬような事故にはならないのですが一応、誰かに聞いてみましょうか。増強剤がどういったものかわかる人は?」

おそらく下調べをしっかりしたであろう生徒が手を上げる中、いち早く手を上げた金の見事な巻き髪の少女に答えを促す。

「では、そこの巻き髪が素敵な君、お名前は?」
「ド・モンモランシ家、モンモランシ―です」
「貴方がいち早く手を上げてくれました。ミス・モンモランシ。回答をお願いします」

了承し、立ち上がるとモンモランシ―がゆっくりと丁寧な説明を始める

「増強剤、今回、作るのは身体的な能力を上げるモノではなく魔力を上げるモノです。効果は薬の質によって変わってきますが概ね増幅の幅は1.2倍から2倍ほどで効果時間は長いモノで1時間。魔力が一時的に上がる代わりに興奮状態になりそれは効果が高ければ高いほど興奮状態も強くなります。一般的には1.5倍程度の効果を持つ増強剤を使うのが負荷が少なく、良しとされています。増強剤の作成に教会から許しが出たのは近年になってからです。構想自体は古くからありましたし、非合法で研究もされてきましたが私達にとって関わり深い分野ですので解禁に伴い、これからより深く研究される対象だと思います」
「おぉ、よく調べてありますね。その分だと材料と生成法もわかっているようですね。続けて説明してもらっても?」
「はい。材料はアナキクルス・ピレスルムの根、マンドレイク、クスノキの精油が一般的でしょうか。アナキクルス・ピレスルムの根とマンドレイクを刻み、アルコールで煎じたモノにクスノキの精油を加えつつ魔力を込めれば出来上がりです。確か、ミスタ・ヘルメスがお書きになった本にはもう一工夫されてた記憶があります」

モンモランシ―の完璧な説明にヴァレリー共々、教室の生徒が感嘆の声をあげる。

「ありがとう、座っていいですよ。ミス・モンモランシは非常に優秀ですね。いやはや私の書いた本も読んでいましたか。なんだか恥ずかしいですね。そういえばミスは「香水」の二つ名を持っていましたね。今後の授業でもよろしくお願いします」

モンモランシーがヴァレリーに微笑みかけて席に座る。
彼女の二つ名はヴァレリーが言ったように「香水」、得意教科は魔法薬学である。

ちなみに話にも出たがヴァレリーは何冊か魔法薬学関連の本を出していたりする。配合比率やら材料の違いで薬の効果がどう変わってくるのかまとめたモノや薬草の種類、効果を分類したモノと趣味全開の内容であり、魔法薬学に携わっていないと難しすぎて眩暈がしそうな代物であったが、こと細かに書かれ、幾つもの実験結果が記されているそれは同業者からはかなりの好評を得ている。魔法薬学は金のかかる分野であり、常に進歩する分野であるが、その発展には膨大な数の実験と臨床を繰り返す必要がある。個人がそれをやるにはヴァレリーのような環境を有するのがいいがそんなことが出来るような者は極少数であり、そうでない者が魔法薬の研究一筋で生活した場合は極貧生活は必須である。書籍による研究の公表はその分野の発展の手助けとなる。そのような本を読んでいるくらいなのだからモンモランシ―の魔法薬学の実力と意欲は高いものだと窺える。ヴァレリーが「彼女なら助手としていいかもしれない」と秘かに思ったのも当然のことかもしれない。

「ミス・モンモランシが説明してくれた材料と作り方をすれば増強剤は完成ですが、折角なので少し手を加えましょう。先ほどの材料に女子は錨草、男子はアシュワガンダから抽出した液を少量加えます。効果はどちらも同じで興奮状態の分散と沈静にあります。これにより魔力を高める効果を下げずに比較的冷静状態でいられます。ただし注意しなくてはいけないのはこの抽出した液を入れ過ぎると通常の興奮とは違い性的興奮が増すので気を付けてください。教室内で発情は流石に困りますからね」

最後の一言はギ―シュを見ながら言っておいたヴァレリー。念の為である。

「あぁ、それと男子と女子で加えるものが違うのは男女で薬の効き具合が少し違うからです。また、アシュワガンダの成分に堕胎薬に使われるモノが含まれているので妊娠している生徒はいないとは思いますが念の為です。それと煎じたモノと精油を混ぜる際に魔力を込める者の血を少し加えると魔力を込めやすいですし効果も少し上がります。今回は入れませんが覚えておいてください」

あらかたの説明を終え、クラス毎に男子と女子でそれぞれ3、4人組みを作らせる。結果、ソーンのクラスで二人ほど女生徒が班を作れず余った。キュルケとタバサである。キュルケもタバサも我が道を行き過ぎているため正直言ってまったくクラスに馴染めていなかったからだ。

「あー、じゃぁそこはミス・タバサとミス・ツェルプストーの二人で組んでください」

各班に材料が行き届いたのを確認すると生成を始めさせる。

「先ずは材料を細かく刻んで煎じてください。雑にやると効果が薄くなるのでしっかりと丁寧にやっていきましょう」

随時、説明を加えながら作業に取り掛かった学生達を見て回るヴァレリー。
中でも手際がいいのがやはりモンモランシーの班である。
次に優秀な班はルイズの班、魔法は失敗ばかりだが真面目で学力は高いルイズのことだから予習は完璧なのだ。次に良かった班は以外にもタバサ、キュルケの二人組である。
二人というより主にタバサが黙々と作業している。

一通り見て回ったあとヴァレリーは各クラスから助手を一人づつ選ぼうと決めた。
シゲルからはモンモランシーを、イルからはルイズ、ソーンからはタバサに任せようと考え、作業に勤しむ各々に話をしに行く。前者二人からは快諾を貰い、残すはタバサの了承を得るのみだが彼女が引き受けてくれるかは大いに不安である。

「ミス・タバサはなかなかの手際ですね。そのまま弱火で10分ほど煎じたら錨草の液を加え、次に精油を少しづつ混ぜながら魔力を込めていけばいいです。魔力を込める際は一気にやらずゆっくりと、その方が馴染が早いですから」

ヴァレリーに言われた通り火の加減を弱めにするタバサ。
彼女はしゃべることこそ滅多にないが基本的に授業はしっかりと受けている。

「ミスに頼みたいことがあるんですが聞いてくれますか?」

タバサは首を横に振る。のっけから拒否全開である。

「いや、せめて話ぐらいは聞いて欲しいのですが……」

尚も首を横に振るタバサ

「いいです。勝手に話しますから……。実は各クラスから私の手伝いをしてくれる方を探しています。そこでうちのクラスからは是非、君にお願いしたい。うちのクラスで一番手際が良かったのは君だからね。引き受けてくれはしないか?」

「やだ」

即答だった。

「どうしても?」
「どうしても」

「なぜに?」
「面倒」

「引き受けてくれたら私の実験室が使えるのと極秘の研究資料も見せちゃう豪華特典付きでも?」
「……」

「今、ちょっとやってもいいかなっと思いましたよね?」
「思ってない」

「ミスは商売上手ですね。仕方ない、私の研究成果も一部開示しますよ」
「……研究はどんなことを?」

此処にきて初めて興味を示したタバサにヴァレリーは満面の笑みを浮かべる。

「魔法薬学の中でも治療に重点を置いています。必ず治したい人がいるんでね」
「……研究成果を見てから決める」
「よし来た!放課後、実験室で待っているよ!」

タバサが学院に来てからというもの、会話らしい会話はこれが初めてだろう。それほどに彼女は学院に馴染めていなかった。それは彼女が歩んできた人生が辛く険しいものであったからであり、今もそれが続いているからだ。ガリア王家から放逐された彼女には覇権争いの際に毒を盛られ伏している母親が国内に取り残されている。人質として囚われ、毒のせいで心を病んでしまった彼女を救おうとしているタバサには周りを気にかけている余裕がなかったのだ。今回、ヴァレリーの話を聞いたのも母の治療の為。それ以上でも以下でもなかった。タバサはその時、思いもしなかった。後に無邪気に喜ぶ彼が彼女の心に積もった冷たい雪を溶かしてくれる存在になることに。




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