<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

ゼロ魔SS投稿掲示板


[広告]


No.34596の一覧
[0] オールド・オスマンの息子[lily](2012/08/14 19:58)
[1] 001[lily](2012/08/22 21:42)
[2] 002[lily](2012/08/22 01:31)
[3] 003[lily](2012/10/11 17:28)
[4] 004[lily](2012/08/15 19:37)
[5] 005[lily](2012/08/16 16:22)
[6] 006[lily](2012/08/22 23:37)
[7] 007[lily](2012/08/22 23:38)
[8] 008[lily](2012/08/22 23:40)
[9] 009[lily](2012/08/22 23:44)
[10] 010[lily](2012/09/07 02:25)
[11] 011[lily](2012/10/10 00:53)
[12] 012[lily](2012/11/01 22:54)
[13] 013[lily](2012/12/28 20:06)
[14] 014[lily](2013/01/28 20:20)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[34596] 003
Name: lily◆ae117856 ID:245b0a6f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/11 17:28
春の訪れを告げるようにヴァレリーの庭には次々と可憐な花が咲く。
ハガルの月の終わりには天使が雪に魔法をかけて花に変えたとされる小さなスノードロップが、ティールの月にはスノーフレークと鈴蘭の花がその純白のスカートをそよ風に揺らす。どちらも白く小さな花であるが、スノーフレークの花は淑やかな佇まいをしており、スカートの裾の緑のアクセントが清楚で品のあるその姿をより際立出せる。一方、鈴蘭の花は膨らんだスカートの裾が反り返りまるでレースのフリルのようで愛らしく、その姿は無垢な少女を思わせる。並べると麗しい姉妹のようで見ているだけで心に安息をもたらしてくれる。

ヴァレリー個人としてはスノーフレークに目を奪われるが、それは彼の女性の好みが年上の淑女であったがためかもしれない。ちなみにこれは余談だがハガルの月に咲いたスノードロップの花言葉は「希望、慰め、逆境のなかの希望」であるが、人への贈り物にすると「あなたの死を望みます」という意味に変わるので注意が必要である。


さて、現在トリステイン魔法学院学院長オールド・オスマンの息子にしてヴァレリー・ヘルメスはエレオノールと共にラ・ヴァリエール公爵家へ向かう馬車に揺られていた。
というのもサルビアの花をプレゼントしたあの日以来、エレオノールはヴァレリーの庭に新しい花が咲く毎に彼のもとを訪れては友好を深めていて、今ではヴァレリーはエレオノールのお気に入りになっている。そんな折、フェオの月の入学式前の短い休みを使いエレオノールはラ・ヴァリエールへ里帰りすることとなり、せっかくだからということで遊びに来ないかと誘われたのである。

「実は私、学院からほとんど出たことがなくて恥ずかしながらここ数日、興奮のあまりよく寝られませんでした」
「ふふ、そうだったの。なら少し眠ってもかまいませんわよ。まだ到着まで少し時間がかかりますし。なんなら私の膝をお貸ししましょうか?」
「い、いえ、そのような失礼は!だだだ大丈夫です!」

最近はヴァレリーをからかうのに面白みを見出してるエレオノールは慌てて顔を赤くする彼を見て満足そうに微笑む。別段、彼女に甘えたとて罪になるような歳ではないが、ヴァレリー自身が気恥ずかして敵わず、素直に甘えるなど、おいそれと出来ない。

「では、眠くなったら言ってください。その時に膝を貸しますわ。そういえば誘っておいてなんですが御庭のほうは大丈夫なのかしら?私のせいであの美しい庭を枯らせてしまったら申し訳ないわ」
「はい、父上とメイドの者に庭の世話は頼んできました。父上には「美人と一緒とは羨ましい」と散々言われましたよ。私もエレオノール様のような方と御一緒できて嬉しい限りです」
「褒めても何も出ませんからね」
「褒めるも何も事実ですから」

二人を乗せた馬車は春の木漏れ日の中をゆったり歩むのであった。



時間は少し進み、いつの間にか寝てしまったヴァレリーはラ・ヴァリエールの地にて目を覚ました。

エレオノールに優しく髪をなでられ起こされたが、自分が彼女の膝を枕にしているのに気付き、みるみる顔を赤らめ、鬼灯のように朱に染まった顔のまま口をぱくぱくさせる。

「あ……あの、その、あの……」

鼻をくすぐる甘い香りと予期せぬ状況にヴァレリーの頭の中は真っ白であり、見事な狼狽ぶりを披露する。

「さぁ、着きましたわ。可愛い寝顔も堪能させてもらいましたし、そろそろ行きましょうか」

未だ顔の熱が冷めやらぬヴァレリーが馬車を降りると、そこには高い城壁と尖塔を有す重厚で壮観なラ・ヴァリエールの城。学院も大概であったがそれ以上の存在感に思わず息をのむ。

城内で待っていたのは一体何人いるのかもわからない召使と3人の貴族。
ヴァレリーはその内の一人に目を奪われた。
桃色がかったブロンドに鳶色の瞳、整った顔立ちの彼女。
隣に似たような小さいのがいるがそちらではない。
エレオノールは凛とした美しい女性であったが、それとはまた別の落ち着き優しそうな雰囲気、それでいてどこか儚げな彼女。
ラ・ヴァリエール公爵家の次女カトレアであった。

「お帰りなさい、エレオノールお姉さま」
「ただいま、カトレア。体の方はどう?無理してない?」
「えぇ、ここ数日はだいぶ調子がいいの、今朝も三人でお庭を見て回ったのよ」
「そう、それは良かったわ。ワルド様もいらしてたのですね。うちのおちびがお世話をかけてしまって申し訳ありませんわ」

ワルドと呼ばれたその人は歳の頃はエレオノールと同じくらいの長髪で背の高い美男子。おちびと言われてむくれる小さいのの髪を撫でながら口を開く。

「いえ、ルイズはとてもいい子にしていますよ。して其方の彼は?」

ワルドはヴァレリーに目を向ける。

「魔法学院のオスマンの息子、ヴァレリー・へルメスと申します。本日はエレオノール様の御厚意でお招きしていただきました。若輩者ですがどうぞお見知りおきを」
「これはご丁寧に、その歳でしっかりしたものだ。僕の名はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ。よろしく頼むよ」
「まぁ、それではあなたが水花すいかのヴァレリーね?お姉さまから聞いているわ」
「はて?水花とは?」

おそらく自分の二つ名だとは推測がつくが、いつの間にそんな名がついたのだろうと思うヴァレリーにエレオノールが答える。

「あら、知らなかったの?学院では貴方のことをそう呼ぶ者もいましてよ。美しい花に囲まれ水を操る貴方らしい二つ名だと思うわ。他にも花月なんていうのもありますわね。こちらにも花の字が付いていますがそれはあのお庭を見れば当然でしょうね」
「そうだったのですか。まったく気づきませんでした。しかし水花はまぁ、いいとしてもさすがに花月は照れますね」

水花とは蓮の別名であり、また水しぶきを意味する言葉である。
蓮華の花言葉「雄弁」もエレオノールを諭した彼には当て嵌まろう。
字だけで見ても水は彼の系統を、花にはもちろん彼の自慢の庭の意も含まれているわけで、たった二文字でその人を表した割に言い得て妙な名であった。また花月という名も彼をなかなかに表していると言える。
花は言わずもがな、月に関しては母譲りの銀髪は月の光のようであり、またその容姿は中性的で美しい。花月といえば美しい物の代表である。加えて月は水鏡とも言うことから四系統で表すなら水に属するものであると言えなくもない。しかし花月とはずいぶんと褒め殺しの名であるが故ヴァレリーは照れたのである。

「その歳で既に二つ名を持つとは頼もしいですな」

ワルドが関心したように言うと隣の小さいの、もといルイズが口をはさむ。

「ワルド様も閃光という二つ名をお持ちじゃないですか!とてもかっこいいワルド様らしい名だと私は思います!」
「あっはっは、ありがとう、優しいルイズ」

またもや髪を撫でられて悦に浸るルイズを「仕方がないわね」といった目で見る二人の姉であった。


ラ・ヴァリエールの地には三日ほどの滞在であった。
その間ヴァレリーは三姉妹とワルドを含めた5人と共に過ごし大いに親睦を深めた。
晩餐会ではラ・ヴァリエール公爵とカトレアに色々と聞かれたもので、なんでもエレオノールが幼いとはいえ男の子を家に招いたのは初めてだということや、彼女がカトレアに送った手紙にはヴァレリーを褒める文言が多いことなどを語った。公爵などは最初は大事な娘が連れてきた男とあって威圧感がたっぷりであったが、帰り際には「あと十ばかり歳が上であればエレオノールの婿にいいかもしれない」と冗談を言うくらいには彼を気に入ったようである。
またヴァレリーは随分とワルドと仲を深めた。
兄弟がいないヴァレリーにとって、凛々しく気立てのいい彼は兄のような存在であり、ワルド自身も彼を慕うヴァレリーを弟のように接した。
滞在初日には三姉妹が庭でお茶の席に着くなか、その横で魔法の修練を共にし、ワルドに教えを乞いながらヴァレリーは風を紡ぎ花を舞わせ、得意の水魔法で虹を作り出し姉妹を喜ばせた。
二人を見た姉妹はまるで本当の兄弟のようであったと評している。

ちなみにラ・ヴァリエールの三女ルイズには一番苦労したと後にヴァレリーは語っている。
二女のカトレアと仲良く話をしていれば「ちぃ姉さまー!」と割って入り、ワルドと談笑していれば「ワルド様ー!」と押しのけられる。
どうにも彼女はヴァレリーに対抗心を燃やしているらしく、姉や憧れの人を取られるのではっと思ったらしい。


ヴァレリーにとってラ・ヴァリエールの地での3日間は実に色濃いものだった。
最も彼の心に残るのは次女、カトレアの姿。
城に迎え入れられた時より彼女に目ばかりか心も奪われ、そばにいればついつい目で追ってしまう。朝の挨拶に交す一言がただただ嬉しく、時折視線が交合えば優しい笑みが脳裏に焼き付く。
彼女がもたらす胸の高鳴りはヴァレリーにとってロマリアの大聖堂の鐘の音にもひけをとらない。
彼女を知りたい、また自分を知ってほしいと思うこの気持ちはなんだろかと自問すれば自ずと答えが導かれよう。
そう、其れは所謂一目惚れであり、ヴァレリー坊やにとっての初恋であった。

そんなヴァレリーの心境に最も早く気づいたのがワルドだったのは男同士、なにか通ずるものがあったからだろうか。それとも恋に落ちる音でも聞き取ったか、風属性のメイジは音に敏感であるらしい。

それは二日目の晩餐を終え、少し体を動かそうということでワルドとヴァレリーの二人は城内にある修練場にと足を運んだ時のことである。

「君はどうやら恋をしているようだね」

軽く体を馴らしながら横目で呟くワルド。

「なっ!?なぜそのような!?」
「やはりか」

不意を突かれて慌てたヴァレリーが気づいた時にはもう遅く、とっさの反応が隠そうとした彼の想いを露呈させる。それはもう見事なまでの釣れようであった。

抗議の視線を送るヴァレリーにワルドは笑って答えた。

「なに、からかっている訳じゃないんだ。悪かったよ、そんな目で見るな」
「どう見てもからかっている様にしか見えませんが?」
「まぁ、まぁそう怒らないでくれ、お詫びに一つ魔法を教えよう。僕は風を得意とするから使わないが、水の系統の君なら使い勝手もいいだろう」

そう言ってワルドはレイピアの形状の杖を抜くとルーンを唱える。するとレイピアに水が集まり水鞭を成す。ワルドがその水鞭を振ると叩きつけた地面が軽くえぐれる。

「僕では単独の水魔法はこの程度だが君なら修練を積めば直ぐに使いこなせるだろう、男なら好きな女の子を守れるようにならなくてはな」

そのように言われてしまってはヴァレリーとしてもこの魔法を覚えてやろうと気概を覚える。実際、新しい魔法を使えるようになるのはメイジであるなら当然喜ばしいことである。

ワルドに従い、ルーンを唱えるとヴァレリーの指輪に水が集まる。
媒体が指輪であるため、水を掴むという不思議な感覚ではあるが、一応の形にはすることが出来た。ただ、形状や長さ、本数といった調節がなかなかに難しく、意図した動きにさせるにはこれから先の鍛錬が必要そうだった。

ちなみにこのウォーター・ウィップの魔法のイメージに役立つということで通常の鞭を振るってみたりもしたのだが、今まで一度も使った事がないくせに勢いよく振ってしまったので自分に当たって泣きそうになったのは此処だけの秘密である。


滞在を終え、学院に戻ったヴァレリーは滞っていた庭の手入れをしようと肩まで伸びた母譲りの銀の髪を邪魔にならぬようにと黒のリボンで後ろに結い、鏡でその姿を確認していた。
ついつい顔がニヤけるヴァレリーであったが決して自分の容姿に熱をあげているわけではなく、女装趣味に走ったわけでもない。彼にとって結った黒のリボンそのものが重要だった。
なぜならそれは想い人たるカトレアから貰った物だったからだ。
黒色でシックな細いそれは長髪の男性も多いハルケギニアではヴァレリーが髪をまとめるのに使っても別段おかしくはないだろう。現に父であるオスマンや仲を深めたワルドも長髪であったし時折髪をまとめている姿も見ることがあった。ただ、ヴァレリーの場合は結った髪のままドレスでも着ようものなら十中八九、女児と間違われることになろうが。

このリボンをカトレアからを貰ったのはラ・ヴァリエール家滞在三日目の夜である。
彼女と二人だけで過ごした僅かばかりの時間を振り返ろう。


二日目と同じようにワルドと修練を積み、与えられた部屋にてまどろんでいたヴァレリーはノックの音で目を覚ました。扉を開けた先に立っていたのは麗しのカトレアであり、一瞬で眠気はどこかへすっ飛んでしまった。

「カトレア様、何か御用でしょうか?」

冷静を装ってはみたものの、内心は高鳴る胸の音が聞こえてしまうのではないかと心配してしまうほどにヴァレリーは舞い上がっていた。

「ふふ、ちょっと頼みたい事があるの。いいかしら?」

微笑むカトレアを見て自分の心境を知られているのではないかと思ってしまう。
聡い彼女の事だからそれも十分あり得るだろう。

「私で出来る事なら喜んで」

頼みを快諾して連れてこられたのはカトレアの自室。
それはさながら植物園と動物園が入り混じったような趣であり、ヴァレリーは些か驚いた。

「怪我をしている動物を見るとほっとけなくてね。気が付いたらこんなにたくさんの子達に懐かれれてしまったわ。私は体が弱くてあまり外に出られないから大切な話相手ね」

ヴァレリーの表情を読んでそんな説明をするカトレアを失礼とも思うが不憫に思わずにはいられない。

「あらら、そんな顔しないで。この生活も結構楽しいのよ?それでね、貴方に頼みたいのはここにある花のことなの」

顔に出てしまったらしい自分の考えを反省し、カトレアが示した鉢植えを見る。
それは花こそ咲いているが弱々しく俯いている。

「日の光にはちゃんと当てていますし、水も十分に与えているのですが……お部屋ではやっぱりダメなのかしら?」
「ふむ、ゼラニウムにゴデチア、へーべですか。そうですね……先ずはゼラニウムですが、この花は湿気を嫌います。なので日当たりがよく、風通しの良い場所が最適ですね。やや乾燥気味に育てるのがコツですよ。この時期なら水やりの回数を控えめで大丈夫です。次にゴデチア、これも過湿を嫌うので水やりは控えめに。あとこの花に関してはやせている土のほうが良く育ちますよ。最後にへーべですが、これは剪定と一度寒さに当てる必要がありますね」

すらすらと答えるヴァレリーにカトレアは感嘆の声をあげる。

「まぁ、やっぱり貴方に頼んで正解だったわね。知らないことばかりで勉強になるわ。きっと貴方のお庭はさぞかし素敵でしょうに……見に行くことができないのが残念ね」
「私がカトレア様の病気を治せればいいのですが……」

心底つらそうな表情を浮かべるヴァレリー。
意中の人の事とあって自分のことのように、いや、自分のこと以上に胸が痛む。

「もう、褒めてるんだからそんな泣きそうな顔じゃなくて笑顔をみせてほしいわ。そうだわ、ちょっと此処に座ってもらえる?」

カトレアが促され化粧台の椅子に座るヴァレリーの後ろに立ち、彼の髪を梳かす。

「あ、あの……?」
「いいから座ってて、ね?」

戸惑うヴァレリーであったがカトレアが微笑むものだから従うしかない。
恋に勝ち負けがあるかは知らないが惚れた時点で負けかなっと思うヴァレリーであった。

「綺麗な髪ね」
「母から譲り受けたものだと聞いております。ですがカトレア様の髪もとても美しいです。その髪も相俟って、初めて貴女にお会いした時は女神ではないかと思ったほどですから」
「大げさね。でもありがとう、嬉しいわ」

櫛を置きカトレアが手に取ったのは黒色のシックなリボン。
ヴァレリーの髪を後ろで纏め、それで結ぶ。

「うん、よく似合っているわ。せっかくの綺麗な髪なんだから大事にしないとね。今日のお礼にはならないかもしれないけれど、これは貴方にあげるわ」
「よろしいのですか?」
「よろしいの。素直に貰っておくのも大事な礼儀よ」

諭すように優しく言ってコロコロ笑うカトレアを見ていると心が温まるヴァレリー。

「では、ありがたく頂いておきますね」

その言葉に満足したように微笑むカトレアはやはりヴァレリーにとっては女神のようであった。


思い返せば頬が緩む。あの後も色々話をしたもので、ヴァレリーはますます彼女に惹かれる一方であり、学院に帰ってからもその熱は冷めることがない。自分の年齢からいって、正直に気持ちを伝えてもどうにもならないことはわかりきっている。だがしかし、やはり彼女に想いを伝えたい。
悩んだ末にヴァレリーは一つの贈り物をするに至った。


それはヴァレリーが学院に帰ってから十日ばかり経った日のこと。
ラ・ヴァリエールの地で過ごすカトレアのもとに小さな箱とカードが届いた。

「まぁ、何かしら?」

添えられたカードには一言。


”我が庭に咲いた花を貴女へ”


そして箱にはライラックの香水とそれを飾るクロッカスの花。

「あらあら、ふふ、どうしましょう」

困ったような、それでいて嬉しそうに微笑むカトレア。
なぜならこの贈り物には初恋と青春の喜びが込められていたのだから。


それから幾分の月日を経る。ティールの月ともなれば陽射しも温かく成り始め、風が花の薫りと共に優しく頬を撫でる。日の光に当たるのはあまり好きではないヴァレリーであっても、この時期の陽射しは好ましく、庭先でハーブティーでもゆっくり楽しみたくなるほどである。

小さな実験室と一つの花壇から始まったヴァレリーの箱庭も二年半という月日の流れに沿い、さらなる拡充がなされた結果、広さで言えば縦横30メイル四方はあり、小さいながらも水を引き、ため池を新たに新設し、水辺の草木の栽培にも着手を始めている。

また実験室の方も同様に増築し水車小屋に蒸留塔、備蓄倉庫と順調に規模が大きくなっていく。まずそんなことはしないが、これらの全てを売り払えば小さな屋敷くらいなら余裕で買えるほどには資産価値があるという。魔法薬に携わる者なら垂涎の環境を整えていると言っていいだろう。栽培した秘薬や魔法薬の材料は自身が実験で使う以外は多くを学院に格安で卸し、一定の備蓄をしたうえで貴族や商人に少量を売っている。さらに作った魔法薬は質の良さから高値で取引され、月の収入はシュヴァリエの年金をはるかに勝り、今年で9歳になろうかという子供が持つ財産にしては馬鹿げている額を保有しているヴァレリーであった。

最近は実験の合間に新設した蒸留塔で酒を作るのがヴァレリーのちょっとした楽しみの一つと成っていて、ワインを蒸留して香草で風味をつけたアクアビットやラム酒、フルーツを原材料としたブランデーなどを作成している。しかし、未だ酒の良し悪しがわかる歳ではないので、もっぱらオスマンやエレオノールの感想を頼りに試行錯誤中である。
オスマン曰く「お主同様、さっぱりとしてはいるが未だ深みが足りない」とのこと。
酒においても人生においても深みを持ち始める歳月を経ていないのだから当然の答えではある。とは言うものの試飲する際は喜んで足を運びに来るので、オスマンの期待は高いのかも知れない。
その期待は酒の味についてか、ヴァレリーの成長についてか。きっと両方なのだろう。


さて、来月になればまた学院には新入生がやってくるが、その前には当然、学院を巣立つもの達もいるわけで、今日という日はまさしくそんな門出を祝う式典が学院内で催されている。

きっと今頃はオスマンが生徒諸君に向けて祝いの言葉でも送っていることだろう。
今回の卒業生にはエレオノールも含まれているので晴れてよかったと心より思うヴァレリーである。

ただ、それと同時にやはりさびしいものを感じずにはいられない。ここ2年において、父であるオスマンを除けば一番多くの時間を共にしたのは彼女だった。
長期休暇があればラ・ヴァリエール家に招いてもらい、虚無の曜日には二人で町に出ることもあった。演劇を鑑賞したり、町にやって来た楽団の演奏を楽しんだり、書籍商を冷やかしたりと。
学院でも実験を手伝ってもらっていたし、議論に花を咲かせた事も何度もある。
不覚にも何度か膝枕をしてもらったこともあるし、本に夢中になり過ぎて怒られたこともある。
軽く頬をつねられることも、優しく髪を撫でられることも、それら全てが大切な物であり、卒業という一時の別れとわかっていてもついつい目頭が熱くなってしまうヴァレリーであった。


学院内の敷地に留められている学生を迎えにきた大小様々な馬車がその仕度を整えた頃になると式典も終わり、学生達が出てきてそれぞれ親交を深めた者たちと暫しの別れの挨拶を交わす。
そんな中、エレオノールも同様学友との挨拶をすませると迎えの馬車を待たせ、ヴァレリーの庭へと向かった。

相も変わらず美しいその庭に足を踏み入れるとエレオノールの前に60サントほどの小さなゴーレムが現れ、可愛らしくお辞儀をするとこれまた小さな鍵穴のついた箱を差し出してくる。
エレオノールがそれを受け取るとゴーレムがトコトコと歩きだし振り返る。
少し歩いては振り返り、また歩いては振り返る。
どうやら彼は道案内をしているようで、エレオノールはそれに従うと庭の一画についた。

そこにはなんだか黒茶色になり萎んだ葉と枯れてくすんだ黄色になってしまった花を持つ一つの木があり、お世辞にも綺麗とはいえない。
よりにもよってなぜこのような場所に導かれたのかはわからず、不思議に思っているとゴーレムが木の前に立ち、再びお辞儀をした。
するとゴーレムは崩れ始め風と共に消えていき、後には一つの鍵が残った。

「これは、この鍵で箱をあけろってことかしら?ふふ、あの子は一体何を見せてくれるのかしら」

エレオノールが鍵を手に取り鍵穴に通すとカチっと小さな音と共に箱が開く。
中から現れたのはじょうろを持った小さな少女、驚いたことにじょうろも少女自身も水で出来ている。少女はエレオノールにお辞儀すると枯れた木に向けてじょうろを振る。
するとじょうろから水が流れ、枯れ木に降り注ぐ。

「まぁ!」

エレオノールが驚きの声をあげる。
それもそのはずで先ほどまで完全に枯れたように見えていた木が降り注ぐ水を浴び、見る見る元気になっていくのだから。葉は青く茂り、花は虹色に輝き、芳しい香りを放っている。

「その木はミロタムヌスと言うのです。ご覧になった通り水を暫く断つと一見枯れてしまったように見えるのですが、水を再び与えるとたちまち依然の瑞々しい姿に戻るので復活の木とも呼ばれています」

してやったりっといった顔でどこからともなく現れたヴァレリーが声をかける。

「見送りに来てくれないから来てみれば……まったく貴方には驚かされてばかりですわ」
「よかった、頑張って小細工したかいがありました」

折角の門出なのだからとヴァレリーが前々から準備していた彼らしいささやかな贈り物であった。
件の小さな箱には水石を利用した魔法がかけられていて、箱を開けると中の少女が水をまいてくれるという一風変わった魔法のじょうろである。


庭を散策しながら思い出話に花を咲かせ、小休止にと庭先でハーブティーを楽しむ二人。談笑の話題はこれからの事についてである。

「卒業後の予定は決まっているのですか?」

「そうね、私も今年で18になるし、結婚ということもありえますわね。ヴァリエール家は後継ぎとなる子息に恵まれなかったから私が婿を迎える必要がありますし……けれど本音を言えば婚姻はまだしたくないわね。研究職にでも就こうかと考えてますわ、幸い学院長からアカデミーへの推薦状を頂いていますし、実家で一度のんびりしたら訪ねてみようと思ってますわ」

「そうですか、エレオノール様は優秀ですからね。父上が推薦状を出すのも当然です。以前、お書きになった錬金についての論文はとても面白かったです。特に、ある物質を錬金を用いて違う物質に作り変えた時、出来上がった物質は限りなく本物に近いが、実は全く異なる未知の物質ではないかという仮説!そして、その未知の物質とは本来万物の性質を持ち合わせている物であり、錬金とは万物の性質を持つ物の生成とそこからの性質の喪失が本質ではないかとの結論!!考え出すと興奮してきます!!」

万物の根源は何ぞやと古代の哲学者達は思考し、その答えを探求してきた。エレオノールの考えにはそれに通ずる物があり、ヴァレリー自身は真理を追い求める哲学者ではないが知的好奇心を大いに擽られ、鼻息が荒くなる。また、完璧な物質と名高い賢者の石が実際に有ると仮定し、エレオノールの考え方をもとにすれば既に錬金により万物の性質を持つ物質を作り出している以上、その性質を失わせないための、又は全ての性質の保有を許す「何か」が必要であり、それこそが賢者の石、生成の鍵ということになる。その様な浪漫溢れるエレオノールの見解にはどう足掻いてもヴァレリーの鼻息は荒くなってしまう。

「そう言ってもらえるとやる気がでますわ。荒唐無稽過ぎてあまり興味を示してくれる人がいなくて。でも一番の驚きは貴方がこの研究文書で私が言いたいことを理解していることですわ。私より9つも年下というのが未だに信じられませんもの。貴方なら私の良き伴侶と成り得るのに……。あと10年早く生まれて来ることは出来なかったの?」

「無茶言わないでくださいよ。きっとエレオノール様のもとには私なんかより素敵な男性が現れますよ」
「そんななおざりな態度をとって……私なんかじゃ眼中にないってことね。悲しいですわ」

よよよと泣き崩れるエレオノール。もちろんヴァレリーをからかう冗談である。

「べ、別にそのようなことは!」

冗談とわかっていても女性の泣く素振りは男にとっては焦るものであり、やはりその点ではエレオノールが一枚上手なのは仕方がない事かもしれない。

「いいのよ……貴方はカトレアに夢中ですものね。あぁ、悲しいですわ」
「ぐっ……それは……」

実際カトレアに惚れているヴァレリーとしてはどう答えたものか言葉に窮する。

「今年もあの子にライラックの香水を送ったのでしょう?それもスターチスの花まで添えて。スターチスの花言葉は変わらぬ心。それに私、知っていましてよ、貴方の手帳にあの子の絵が描いてあるでしょう?」
「ちょ!??なぜそれを!!?」

完全にヴァレリーの反応を楽しむエレオノールと隠していた事実を突き付けられ焦りに焦るヴァレリー。彼の秘薬や魔法薬、その他様々な事が書かれた手帳には実際問題、カトレアを想って描いた絵があった。

それはある種の落書きのようなものであったが消すに消せずそのままにしておいたものである。
経験がある方もいるかもしれないが意図せず自分の落書きを見られるのは相当に恥ずかしいものである。ましてや想いを寄せる異性の姿を描いたものとあっては冗談抜きで顔から火が出るというもの。
おそらく今のヴァレリーが観光地で名高いラグドリアン湖に飛び込めば水温が一、二度上がるかも知れない。


「あんまりからかって泣かせてしまっては可愛そうですから今日のところはこの辺にしておいてあげますわ。もう時間ですしそろそろ発ちますわ」

散々ヴァレリーを弄り倒して笑顔で言うエレオノールはとても楽しそうである。

「エレオノール様は時折、意地悪です。そんなことでは将来の婿殿に逃げられても知りませんからね」

頬を膨らませて軽口を言うヴァレリー。せめてもの反抗である。

「あら、そんな失礼な事を言うのはどの口かしら」
「ひたひ、ほおを引っ張らないでくださひ」

結局、頬を捏ね繰り回され、アカデミーでの生活が落ち着いたら遊びに来ることとエレオノールの絵を描くことを約束させられて、エレオノールの馬車を見送ったヴァレリーであった。馬車が見えなくなるまでエレオノールを見送った後、庭に戻ったヴァレリーを待っていたのは父、オスマンである。

「父上、式典の方はお疲れさまでした。どうかなされたのですか?」
「今日はお主に耳寄りな情報を伝えに来たのじゃ」
「耳寄りな情報?」
「そうじゃ、しかと聞くがよい……」


やたらと思わせぶりな顔を作るオスマンに思わず息をのむヴァレリー。
あまりの真剣なオスマンの面持ちに何事かと緊張が走る。

「ミス・ヴァリエールの……」
「エレオノール様の……?」




「下着は黒じゃったわい!」
「「…………」」

一瞬の沈黙。思わず想像してしまったヴァレリーがハッと我に帰る。

「学院長ともあろうお方が一体何をしてるのですか!?は、破廉恥極まりない!!」
「お主、今想像しておったじゃろ?」
「べべべ別に想像などしていません!!」
「鼻血が出ておるが?」

思わず確かめてしまうがオスマンがにやりと笑う。当然鼻血などは出ていない。

「だぁー!なんなのですか!?何がしたいのですか!?おちょくりに来たのなら帰ってください!」

顔を真っ赤にするヴァレリーにオスマンが飄々と言う。

「かっかっか、怒るな若者よ。軽い冗談じゃ」

訝しげな目を向けるヴァレリー。オスマンは冗談だと言うが本当かどうかは怪しいものである。
使い魔のネズミのモートソグニルを使えば下着の色など簡単にわかるだろう。
一服盛ってお灸をすえてやろうか真剣に考えるヴァレリーであった。

「さて、本題じゃが今期から魔法薬の授業でお主の庭を使わせて欲しいのじゃ。文献をただ読むよりは実際に目で見て、感じた方が学習の効率は高いからの。その際、時折お主には教師陣の補佐をしてほしいのじゃ。授業の効率もそうじゃがお主の今後の為にもきっと役に立つはずじゃ。なに、ただでとは言わん。引き受けてくれればフェニアのライブラリーへの立ち入り許可をだすぞい」

フェニアのライブラリーとは学院の図書館の中でも教師や許可された者のみが閲覧を出来る貴重な文献を保存する書庫である。知を探求するヴァレリーにとっては魅力的な提案である。
些か授業の補佐は面倒であるが断るほどの理由にはなり得ない。
故にヴァレリーはからかわれたことなどすっかり忘れて申し出を快諾するに至った。

実のところ、この申し出には吸血鬼の血をひく息子に社会的な信用を与えんとする父としての画策があるのだが、それをまだ見ぬ貴重な文献の数々に目を輝かせるヴァレリーが知るすべは未だなかった。


この年から始まったヴァレリーの庭を使っての授業は概ね好評であった。
また、ヴァレリーは庭の手入れに実験、授業の補佐、空いた時間にはフェニアのライブラリーに入り浸り知識を吸収し、忙しい幼少期を過ごすのであった。




前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.025707006454468