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No.34596の一覧
[0] オールド・オスマンの息子[lily](2012/08/14 19:58)
[1] 001[lily](2012/08/22 21:42)
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[13] 013[lily](2012/12/28 20:06)
[14] 014[lily](2013/01/28 20:20)
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[34596] 014
Name: lily◆ae117856 ID:ccc88b49 前を表示する
Date: 2013/01/28 20:20
秋の風物詩と言えば我々は芒と夜月を思い浮かべるのではないだろうか?
質素でありながら優美な様は古の人でなくともそれを肴に酒を楽しみたくなる。
どちらかと言えば静かな季節の印象があるかもしれないが、秋という季節は春にも勝るとも劣らず賑わいを見せる時分である。
土を耕す民であれば実りある収穫を祝い、呑めや、歌えや、小気味のいい音楽と共に軽快な踊りの一つでもすれば、日頃の苦労もその日ばかりは忘れられよう。花が咲く意味を訪れた季節を祝う為だというと浪漫が過ぎるが、賑わう庭を見れば、そのような戯言もまた然りと思わせる。秋の花と言えば金や銀の木犀が印象を強く残す。それは見た目も然ることながら、やはりその香りが為だろう。

また、夏からこの時期に掛けて、毒として有名なトリカブトが紫の花を咲かせるし、朝顔も秋の空に映える。
余談ではあるが夏の花との印象が強い朝顔は元々秋の季語の一つであったりする。


さて、良く学ぶ人であるヴァレリーは、横になり休むということを忘れたかのように机に噛り付き、ここ一カ月、時には眠気を覚ますために苛烈な気付け薬を嗅ぎ、目に一杯の涙を溜めながら。時には睡魔に負け、本の角に額を強かに打ちつけながらも一先ず、書からの知識の吸収に区切りを付けた。

勿論、高々一カ月でそれを専門とする学者に並び立つような知識人には到底なれるものではないが、学び出したらキリがないのが学問故に完璧を追い求めていたらいつまで経っても机から離れられない。オスマンが言ったように学問に於いて終わりはなく、政治に於いて絶対的な正しさは無いものだ。既にオスマンからマザリーニ宰相への取り次ぎが為されてはいるが、、先方は国営の頂点であるが故に、なかなか面会の暇がなく、流石に直ぐにとはいかないようである。こればっかりはどうしようもなく、先方の暇を待つしかない。

一先ずはここでタバサ、もといシャルロットのことについて言及していきたい。
先の母の件より、彼女はヴァレリーに深い恩を感じているのだが何とかして受けた恩を返したいのだ。相当に高価だった薬代も肩代わりしてもらったままであり、正直、今のままでは頭が上がらない。彼がそこに付け込むようなことはないのだろうが、貸借主忘却の法則が如く、まるっきり金のことには触れてこない。此方から言い出してみれば、「可愛い子に男が貢ぐのはよくある話しじゃないか、貢いだものを返せというのは男の恥だし、返却されるのも情けない話ではないかい?」などと言うのである。

いやはや、そういった男女の機微の話しではなかったはずなのだが、困ったもので「可愛い」という言葉がシャルロットの内心では些か嬉しかったりもする。それが彼からの言葉だから故なのかはさておき、母が治る前はまったく心に響かなかったというのに人の心とは不思議なものである。ただ、だからといってそれでうやむやにされては立つ瀬がない。

因みに、オルレアン夫人の容態は目に見えて良くなっているが、全快するまではヴァレリーの預かるところとなっており、今後の親子の身の振り方は幾つかに分かれる。隠れて暮らさなくいけないのは前提であるが、一つはヴァレリーの支援のもとにこのままトリステインに留まること。一つはキュルケの支援をもとにゲルマニアへの移住。そしてもう一つにロマリア、詰まる所教会の庇護を求めること。ブリミル教を掲げる教会にとって、ブリミルの子孫足る王家の血筋は絶やしてはならぬもの、なればこそ、その血筋を内に確保することは最優先事項とまではいかないまでも重要度は高い。出来ることならば教会の庇護を得たうえでゲルマニアのように国力でガリアに屈しない外国へ渡るのがよいのかもしれないが、どこがどう繋がっているのか定かではなく、大きな拠り所がない親子にとっては先の予想が立てづらい。どのような道を行くにしても今はまだその時ではないだろうとはヴァレリーやキュルケ、オルレアン親子での共通見解である。

余談ではあるが、学院において子女から大層な人気を誇り、町を歩けば若い娘が熱いため息を漏らすヴァレリーであるが、常日頃から歯の浮く言葉を連発しているわけではない。疑わしいかもしれないが、そうなのである。勿論、彼もまた男児であるし、美人と語らうのは吝かではないが、やはり念頭にはカトレアがおり、心の内の桃の花が満開故に、他の子女には節度ある接し方を保っている。それがまた、奥ゆかしいと人気を呼ぶのであるが、どうやら顔が良いと押しても引いてもモテるようである。実に羨ましい。

節度ある接し方などと言っておいて、現にシャルロットを口説いているではないか、との意見はもっともだが、それは彼女が他の子女よりもヴァレリーと仲が深いからである。先にルイズとの仲を噂されたこともあったがそれも上記に由来する。仲が良い故に素が出てしまうのだろう。このあたりがギ―シュと馬が合う理由の一つなのかもしれない。それをシャルロットも知っているので必要以上に意識はしないが、言葉以外の礼を受け取ろうとはしないヴァレリーに意趣返しとして言葉を一つ投げかける。

「わかった。じゃあ、お礼は体で払う」
「ぶっっ!?げほっ、ごほっ!」

これにはヴァレリーも味のしない紅茶を吹いた。
まさに不意打ち。キュルケなら冗談としてうまい返答も出来ようが、まさか、彼女からそのような言葉がでようとは思わなかったのだ。彼女も年頃の娘であるし、知らぬままに言っているということはなかろう。いや、しかし。いや、しかしである。

「いきなり、何を言い出すんだ、君は!?危く、カモミールが鼻から出るところだったぞ!キュルケの入れ知恵か!?そうだろう!?そうに違いない!!」
「違う。本当に私の気持ち」
「あぁ、いや、その気持ちは非常に嬉しいのだが……。いけないよ、礼などといって自身の身を軽々しく委ねては」
「別に貴方とはこれが初めてと言うわけじゃない」
「えっ!?」

―――いやいやいや、まさか、そんな。タバサに手を出した覚えがないのだが……。近頃は勉強と研究以外はしていないぞ、私。いや、しかし現にタバサは初めてではないと言っているし……。

言葉の主が普段、冗談を言わぬ彼女だけに、冷や汗を流し始めるヴァレリー。
それに満足したのかシャルロットが事を明かす。

「吸血鬼の力を使うのには血が必要、これからも私の血を使ってかまわない」

「「…………」」

一寸の沈黙の後に来る、なんとも言えない羞恥心。

―――だーっ!は、恥ずかしい!!何たる失態!!

「欲求不満?」

ヴァレリーの思考を読んでのタバサの一言。

「やかましいわ!でぇ~い!知らぬ間に男の純情を弄ぶ、いけない子に成長しおってからに!私は悲しいぞ!」
「純情(笑)」
「まだ、言うか!?このちびっこめ、本気で血を吸い取ってくれるわ!」

さて、一寸のじゃれ合いを楽しんだ後にシャルロットは本題を切り出した。
勿論、血の提供の件も嘘ではないが、それだけを言いたいのではない。
であるからしてシャルロットは言うのである。

「貴方の下で働かせて欲しい。私が貴方の為に出来ること……これくらいしか思い浮かばなかったから。これから先、貴方個人が自由に使える人間は必要なはず」

確かにヴァレリーはそういった人員を必要としている。
時間は限られたものだ。あれもこれも全てを一人でできるわけではない。
しかし、多くのことをこなしていかなくてはいけない。
大事であろうと小事であろうと先々の事を予測し、独自に先んじて行動する為の各方面の情報収集は当然必要だ。
集めた情報にしろ整理しないと使えない。行動をおこすなら事前工作はしておきたいものであるし、仕事に専念するために身の回りの世話も誰かに頼みたいほどだ。ヴァレリー自身には未だ権力はない。信頼できて尚且つ有能な人材は咽喉から手が出るほど欲しい。

「いや、しかしだな……。既にお礼の言葉も尽くしてもらったし、血の提供だって申し出てくれた。何も君がそこまでしなくとも……」

確かに人材は必要としているものの、彼女にそれをさせてしまってよいものかと、ヴァレリーは歯切れの悪い受け答え。
対してシャルロットは小さく首を振る。

「薬の代金だって還せてない。今住んでいる所も貴方が用意してくれた物。今の私は貴方の重荷にしかなっていない」
「重荷だなんて、そんなこと思う筈がないじゃないか。君が笑ってくれるならそれは私の喜びだ。友逹の悲しそうな顔など誰も見たくはないものだろう?」

真剣に答えるヴァレリーの言葉を嬉しく思いつつもシャルロットは悲しい気持ちになってしまう。

「貴方がそう言ってくれるのを素直に嬉しいと思う。けれど、だからといってただただ甘えて良いわけではない。私は礼儀知らずにはなりたくない。私を友達だと言ってくれるならわかって欲しい。私は貴方の愛人でもないし、まして矜持を棄てた物乞いでもない。このまま貴方の支援を受けるだけでは私は貴方の背中しか見ることが出来なくなってしまう」

訴えかけるようなシャルロットの言葉を聞いてヴァレリーは気が付いた。

勿論、友に手を差しのべる事が悪い事だとは言えない。
けれど、ただ与えるだけの優しさは時として相手を侮辱する。
良く言えば見返りを求めない慈愛なのだろう。
しかし、悪く言えば単なる施しに過ぎないからだ。
シャルロットは言った。「私は愛人でも、物乞いでもない」と。
人は矜持と尊厳を尊ぶ。まして貴族として生まれたならば尚更のこと。

ただ支援を受け続ける事は即ち、弱者で居続ける事だ。
それを提示するヴァレリーはシャルロットを友達だと言いながら弱者として、何の力も持たないか弱い少女として扱っている。それこそ、路地裏で踞る者にパンと水を恵んでやるのと大差はない。「貴方は弱い人だ」と言われて一体誰が喜ぶだろうか?「貴方はか弱いので何もしなくていい」と言われて鵜呑みにする輩は愚か者に他ならない。自立したいと思う者なら猶更だ。此処までくると最早侮辱しているのと変わらない。ヴァレリーにそのつもりなど無かったし、友を思いやる気持ちはもっと崇高な何かなのかも知れない。それは否定しない。しかし、現にシャルロットは今の関係を続けたいとは思わなかった。今の現状が対等な友達ではなくなってしまったように感じられたからだ。支えられるだけでは嫌なのだ。弱い女として生きるのは嫌なのだ。愛人でも物乞いでもなく、肩を並べる友なのだから。

ヴァレリーはシャルロットに深く頭を下げ詫びる。

「すまない。私は今まで君を侮辱していたようだ。どうか許して欲しい」
「うぅん、頭を上げて。私の方こそごめんなさい。ただわかって欲しかったから」

砕けた言い方ではあったものの、それはもう見事な謝罪をするヴァレリーにシャルロットは内心焦ってしまう。
もしかしたら彼には私の想うところの全てが伝わってしまったのかも知れないと。

「もう、怒ってないかい?」
「最初から怒ってない」
「本当に?」
「くどい」

まるで親に叱られた子供のような彼を見ているとシャルロットの頬が自然に緩む。
締める所はきっちり締める癖に茶目っ気のある素振りをすると可愛げがあるから困りものだ。
それを些か卑怯だと思ったのはシャルロットの胸の内。

「そうか。それは良かった。それで話の続きだが……そうだな、君さえよければお願いしようかな。だがその前に幾つかの条件を提示しようと思う。第一にこれは信頼関係に基づく協力であると共に純然かつ対等な双務契約だ。君が私の下で働く代わりに私は君に報酬を払う。現在の住まいは君の仕事振りへの期待に対する前払いだと思ってくれ。勿論、労働条件の相談はいつでも受け付けるよ。第二にオルレアン夫人にあまり心配をかけないこと。まぁ、私自身が父上に心配をかけっぱなしだから言える立場ではないけどもね。第三に薬代についてはもう言わないこと。前にも言ったがこればっかりは男児足る者譲れない。まぁ、こんなところだろうか?」

「わかった。それで構わない」

優しいけれど、少しだけ心が痛む。
斯くしてシャルロットは頷き、公には出来はしないがヴァレリーを支える事の運びとなった。

さて、ここでヴァレリーのいない時のキュルケとシャルロットの話を一寸ばかりしておきたい。
それはシャルロットがヴァレリーのもとで働くことに決まった少し後の一席。
学院の授業を終えたキュルケがシャルロットを訪ねた夕暮れの頃。

「これで良かったの?」

キュルケはそうシャルロットに問いを投げかけた。

「何が?」
「ヴァレリーのこと」
「対等に見てもらう為に私が出来る事はあれぐらいしかない」
「そっちじゃないわ」

静かに応えたシャルロットだがキュルケが「良かったのか?」と訊いたのはそういった意味ではない。
「じゃぁ、何の事?」とシャルロットが言うとキュルケがため息を吐いた。

「私の名前を言ってみなさいな」
「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー」
「その通り。ゲルマニアの恋多き女、微熱のキュルケとは私のことよ!」

豊満で女性の色気を放つ胸を張って今更名乗るキュルケに「だからなんだ」とはシャルロットは言わなかった。
おおよそ何が言いたいのか察しがついたからだ。

「それこそ私にはあれぐらいしか出来ない」

シャルロットは確かに言った。「私は愛人でも、物乞いでもない」と。
勿論、対等な友人でありたいとの思いがその言葉には込められていたが、それだけではなかった。
ヴァレリーがせめてものシャルロットの言葉の裏に気が付いたかどうかは分からない。
わざわざ「愛人でも」などと言葉を加えたのはヴァレリーと、そして自分自身に示す為だ。
シャルロットは今まさに感じている。恐らく自分は初めて恋という物をしていると。彼の事を異性として好きになり始めていると。
しかし、その相手たる彼に「私は貴方にとってどんな存在か?」と問えば「大切な友達だ」と答えるだろうことはわかっていた。
だから選んだのだ。友達であることを。好きだとは言わないことを。彼がそれを望んでいるのだから。

「そう、ならもう聞かないわ。でも一つだけ言っておくわ。貴方のその気持ちは大事にするべきよ。辛い想いも、切ない気持ちも全部ね。だって女はそうやって美しくなるものだと私は思うもの」

咲き誇る花があるならば、当然咲くことの出来なかった花もあることだろう。
ましてそれが恋の花であるならば猶の事。
キュルケの言葉にシャルロットは静かに頷いた。

「ところでここにヴァレリーの部屋からくすねてきた上物があるわけだけど、どうかしら?」

キュルケが取り出したのはヴァレリーの部屋にあった10年物の酒のボトル。
酒作りの最初期に良い出来だった数少ない逸品である。

「窃盗罪」
「堅いことは言わないの。女を泣かせておいてこれだけで済むんだからヴァレリーも文句はないでしょう」
「泣いてない」
「まぁ、そういう事にしておきましょうか」

グラスに映る潤んだ瞳は酔ったせいか。
付け合わせのチョコレートはシャルロットをして少し苦かった。





話は変わり、ケンの月の第一週、虚無の曜日のこと。
いよいよ、マザリーニ枢機卿との面会を許された。

先ずは卿の下で働ける運びにしないとヴァレリーの願いは遠のいてしまう。
休日とあって、賑わうトリスタニアを通り抜け、珍しく緊張した面持ちのヴァレリーは白き王宮の壮麗なる門を潜り、待合室へと通された。

家紋入りの一張羅でも羽織り、気張って行きたいところではあるが、生憎、当の昔に没落したヘルメス家の家紋などはヴァレリーは知らなかったし、もはやヘルメス家もヴァレリーを残すのみ。いずれ無くなる名前ではあるが、形式的にはヘルメス家の現当主であるヴァレリーには貴族として家の名を残す務めが無いわけでは無いし、将来的にラ・フォンティーヌの名を拝するまでにヘルメスという名が人の知る所となるような目覚ましい活躍を残さねばなるまいと改めて気を引き締める。


待合室に通されてから、二時間。
ようやくマザリーニ卿の執務室へ案内される。

最早、何度、頭の中で受け答えの練習をしたかわからない。
親の口添え付きとはいえ、一介の学生との面会に応じてくれるだけでもありがたいことではあるが、流石に待ちくたびれて気が緩む。

扉の前で一度、深呼吸して再度、気を引き締めるとヴァレリーは扉を叩いた。


マザリーニ枢機卿の執務室は部屋の大きさからすればかなり大きい方に部類されるが、それでも何処となく狭く感じるのは、溜まりに溜まった案件等の書類が山脈を成しているからであり、それらに対処するべく用意された参考文献が更に高い山脈を作っているからだろう。傍目に見ても、人一人がさばき切れる量の仕事ではないことは容易に窺え、それでも猶、仕事をしてきたマザリーニ卿は、なるほど、まさに鳥の骨と言われんばかりに痩せており、40代であるはずが下手をすれば父、オスマンより老けて見える。

部屋にはインクの匂いが染み付き、それはきっと彼が宰相としてこの部屋を使い続ける限り薄れることはないのだろう。

「お初にお目にかかります。トリステイン魔法学院長オスマンが息子、ヴァレリー・ヘルメスと申します。この度はお忙しい中、貴重な時間を割いて頂き、感謝致します」

恭しく頭を下げたヴァレリーの向い、机を挟んで座るマザリーニは書類に目を落としたまま、ヴァレリーの方を見ることなく、早速言葉を放つ。

「貴方から見て右の机の一番上に書状があるでしょう?それを読んで貴方なりの意見を」
「では失礼して」

書状を手に取り、文面に目を通す。
ゲルマニアから届いたその文書はトリステインに於けるゲルマニア産鉄鋼製品の輸入拡大及び関税率の引き下げの代わりにゲルマニアはトリステインの農作物にかけている税率を引き下げ、詰りは其々得意とする物品に生産を特化させ、相互の貿易拡大による二国経済全体間で見た時の経済規模の拡大を提案するもの。所謂、比較生産費説に基づく国際分業の提案であった。

大陸に於いてトリステインをはじめ、古い国々は認めたがらないが纏まりのない無い都市国家からようやく帝制への形に移ったゲルマニアの方が経済理論は他よりも進んでいる。何処の国でも金が物をいうのは変わらないがゲルマニアはその気質が強い為だ。比較生産費説もそうだが、かなり新しい理論である。つい最近まで戦争をしていた国同士なのだから当然かもしれないが、分業論は割と古くからあるものの今までは封鎖経済下での理論であって、開放経済下での理論が未成熟だったのだ。比較生産費説=国際分業論と理解できる者は王宮で働いている者でも勤勉に新しい知識を学ぼうとする一部の人間くらいなものなのが実情であり、これついてマザリーニが論じさせるは、ヴァレリーの学の程度を知りたいが為だろう。

本意かどうかはさておき、「今までの禍根を絶ち、国際友和の下、相互利益の為に手を取り合う時代となることを我々は願っております」と締めくくられた書状。なるほど、良く出来た書状だと感心するヴァレリーは論ずる。

「確かに比較生産費説は合理的であり、二国間の経済規模は増すことかと思われます。特にトリステインの経済規模では何かに特化した方が利益となりましょう。相互利益の為に手を取り合う時代、国際平和への前進としても称賛するべき理念かとも思います。トリステインは戦争をしている場合ではありませんし、お互いに利益があるのならば手も取りやすいことでしょう。ですが……私ならばこの提案、受けることは致しません」

称賛とは対称に提案を拒否するヴァレリーの言葉にマザリーニがその理由を促す。

「何故ならば比較生産費説は合理的な経済理論ではありますが、それ故に政治というものを軽視しているからです。トリステインとゲルマニアでの分業体制が始まれば立ち処にトリステイン国内の鉄鋼業は衰退します。鉄鋼業は軍事の要であり、軍事力は大陸に於ける発言力です。トリステインが大陸全土に影響を与えるほどに農作物の生産が多いならば話は少し変りますが、現在の国土では限界まで生産力を上げたところでそれは適わないでしょう、であるならば自ら剣を手放すのは自殺行為であります。力無き者の言葉など一体誰が耳を傾けてくれましょうか?まして借り物の力を手にしたところで我々は今後ゲルマニアの顔色を窺って生きていかなくてはならなくなりましょう。最早それは自立した一つの国ではなく属国と言っても過言ではありますまい。国の規模の違いから言いましても我々が農作物の生産に特化する為には国土の大半を必要とするのに対し、ゲルマニアは一部の地方での生産を回せば事足りるでしょう。我々とゲルマニアとではそもそも懸ける物に違いがあり過ぎます。私は分業の利を理解しているつもりではありますが、少なくとも今の時代、我等がトリステインに於いては農工商の比率を極端に変えるべきではなく、例えある程度の無駄が介在していたとしても、基幹産業を押し並べて成長させる政策が必要であると考えております。以上が私がこの提案を受けるべきではないとした理由であります」


淀む処のないヴァレリーの言論をして、マザリーニは表情を変えることはしないまでも心の内に於ける眼前の若者への興味を一つ深める。国営の頂点たるマザリーニ卿の直属となることはヴァレリーで無くても出世を考えるものならば手堅い手段として考える。だからこそ、そういった要望は後を絶たないが、そういった輩が彼の補佐となり得るか、そもそもまともな仕事が出来るかといえば難しく、稚拙な考えは意見を聞くに値せず、だからと言って手取り足取り教育している時間などはマザリーニにはない。後進の育成は国の将来にとっての課題であるとは理解しつつもすこぶる忙しい現状では始めから能力が高く、一人で学べるような人物でなければ傍に置くことは出来ないとマザリーニは考えている。

「なるほど。貴方の考えはわかりました。では貴方ならこの書状の返答、どのように言葉を選ぶでしょうか?」

人との会話、手紙のやり取り、全てに於いて我々は言葉を選ぶものであるが、重大な案件、兎角外交文書のようなものは殊更言葉選びが重要となる。「今までの禍根を絶ち、国際友和の下、相互利益の為に手を取り合う時代となることを我々は願っております」と締めくくられた書状を良く出来た書状だとヴァレリーが思ったのもこれ故だ。曲りなりにも平和を謳う文章であるそれを下手に扱うとトリステインにとってよろしくない。「友和の為に差し伸べた我々の手を無粋にも振り払ったのはトリステインである」などとゲルマニアから言われたのでは堪ったものでは無い。「平和の為に」とは暴力を肯定させるもっとも簡単な言葉選びの一つだ。何も杖を振り、剣を薙ぎ、鉄砲を撃つのだけが戦争ではない。政治家とは経済と言論に於ける絶えることのない戦争を担っているものだ。

「そうですね……。自国の鉄鋼産業及び産業従事者の保護の為に我々はその合理的な申し出を受け入れることが出来ないと、この点に於いては素直に言っても差し障りがないかと思います。提案国際友和に於いては同調するべきですが……技術、文化に於いての交流会でも提案しては如何でしょうか?「国際友和の為には先ずお互いを知るべきではないか」と提案することはもっともらしい言い分であると思います。残念ながらゲルマニアに後れを取っている鉄鋼業の実態を国民に認識させる事は、今後のトリステインにとっても悪くはないことかと」

否定はしないが、賛成もしない。
言ってしまえば貿易の順を増して、国内正貨の潤沢を図ろうとするゲルマニアはその為に「平和」を持ち出してくる。
平和と利益、建前が前者で本音が後者なのは見え透いたものであるが、建前を全面に押し出しての肩すかしがヴァレリーの答えである。

それが最善かはさておき、悪くは無いかとマザリーニ。
しかし、評価材料としてはまだまだ不十分、故に彼は問いを重ねる。

「私の下で働きたいとのことですが、貴方を迎え入れるは私にとって、そしてトリステインにとって利となるや否や。どうなのでしょうかね?」
「当然、利となりましょう。そればかりか私は今後のトリステインが富める国になる為の主柱となり得ることでしょう。今のこの部屋の現状を拝見しましても、卿は優秀な部下をお持ちでないように見受けられます。であれば既に国にとって重大な損失が生じていることを卿もお分かりになっているはずです。政策が二転三転するような国が繁栄することなど有り得ず、方向性を決めた上で短期的、長期的な政策を行っていくのが国の運営であるかと存じます」


ヴァレリーの言う重大な損失とはなんであるか?彼曰く国営は短期的、長期的な政策によって為される。
兎角、素晴らしい事を言ったわけではない。このような事を国営の頂点たるマザリーニに言うことは滑稽な様になりかねない。
しかし、マザリーニは耳が痛かった。何故なら彼は長期的な政策を用いることが出来ないからだ。それ即ち重大な損失に他ならない。
何故用いられないのか?彼の政策を引き継ぐ者がいないからだ。

マザリーニは元々、ロマリア出身の枢機卿である。外国からやってきた者に実権を握られていることを国内の諸侯は表だって口に出さないが良く思っていない。街道の修繕、治水などの公共事業の提供と産業保護及び育成、奢侈品税の引き上げ、1エキューの3/4の価値を持つ所謂新金貨の発行による貨幣供給、各国との貿易交渉、突発的な国内の問題処理など国を富ます為に多くの事を執り行ってきたが評価は厳しい。先に挙げた外国出身であることに加えて公共事業の提供の際には諸侯へ支払の一部を負担させたこともあり、奢侈品税の引き上げにしても納税義務がない特権階級足る貴族を対象としたものであったからだろう。財政状況が芳しくない王家への負担を軽減する為にマザリーニは諸侯への負担を強いたのだ。長期的な政策に於いてもその性格が表れることだろう。しかし、マザリーニが宰相の座を退いた後に諸侯の中から輩出された後任が、果して自己の利益を阻害するような政策を続けるであろうか?長期的な政策が途中で頓挫すれば政治的な混乱を招くだけではなく、初期費用だけが嵩み、却って王家の財政難に拍車をかけることになり兼ねない。

ヴァレリーは暗に言っているのだ。
自分がいれば長期的な政策が可能になると。
マザリーニが始めた政策を自分が完了させると。

それが出来る人物足るかはなんの確証もなく、自賛の言は尊大で自己に陶酔する者と捉えられてもおかしくはない。
けれど、ここで謙虚になったところで仕様もない。
己を信じ、邁進することこそがカトレアとの約束を果たす為の道であるとヴァレリーは信じて止まない。


眼前の若者は堂々たる佇まい。
強い意志が宿る眼差しを逸らすことなく見返してくる。

―――至って、真剣。はたさて、その自信は世間を知らぬ痴れ者故か、それだけの何かを持つ故か。

「随分と貴方は自分を高く評価していますね。さぞや有益な国策を聞かせてくれるのでしょう。一つ語ってみせなさい」

皮肉混じりのマザリーニの言葉を受け、ヴァレリーは語る。

「国家に必要な物は良い軍と良い制度であります。良い軍とは即ち傭兵などではなく、自国の民により編成された規律と忠誠心を兼ね備えた自国軍のこと。そもそも国が滅んでしまっては意味がなく、また、王権を振るう世では諸侯を従わせるだけの直接的な力が良い制度を敷くうえでも必要です。良い制度とは私が考えますに、王家を御旗とする国民意識の形成を基盤とするものであるべきです。
法について言えば先ずは爵位規定の見直しを。産業について、農工商の比率を一定に保ったうえでの育成を。
現状を鑑みるますに鉄鋼産業の拡充は急務。手厚い援助のもと国際競争力のある物を作り出せなくてはなりません。しかし、トリステインの国土では生産量でゲルマニアに勝ることはできないでしょう。ですから加工の質を向上させ、付加価値の増大に努めるべきだと考えます。ゲルマニアの品を輸入し、手を加えて再輸出できればそれもまた良いかと。また、その為にゲルマニアの技術者の誘致や、トリステインの技術者を留学させる制度を設けるべきだと進言致します。これは鉄鋼産業だけに留まらず、全ての産業に言えること。小国であるトリステインは絶対的な産出量ではなく、技術の質からくる財の質で隣国を凌ぐ国であらねばなりません。革新的な技術の向上や新しい産業の創設は富をもたらすことでしょう。その為の保護・育成・研究費等の財政支出を惜しんではなりません。
新しい産業について例を挙げるならば、魔法薬学に携わる私が考えるますに医療の質を高め、それを売りにするのも一つの手ではないかと思います。トリステインの薬学の質は水の国とあって高いものです。少なくともアルビオンやゲルマニアには勝っていると言えるでしょう。薬は当然商品となりますが、なにも形ある物だけが財ではありません。医療を始めとした知的な物も富の源泉となり得ましょう。諸外国との関係に於いては我々が関係を深めるべきはアルビオンと考えます。彼国の気候は寒冷であり、農業に適しません。故に農作物の輸入は必要となります。ガリアとアルビオン市場を巡っての交渉となりましょうが、立地柄、対アルビオンの農作物輸出ではガリアとの価格競争に負けることはないでしょう。輸入品に関しては中継ぎ品として毛織物を、自国用に航空艦や竜が欲しいところであります」


発展は変化であり、その発展が王家にとって安定的なものにするためには王家を中心としたナショナリズムの形成が必須であるとヴァレリーは考える。そしてそれが後々自分の為になるとも。また、そのうえで高みを目指すならば知識や技術を貪欲に学ぶべきだとするのは、魔法薬学に携わり、研究熱心なヴァレリーらしくもある。だが、ヴァレリーの発言にはトリステインにとって大事なことが欠けている。当然、マザリーニはそこを突いて来る。

「確かに、貴方の言う事は一般的な取り組むべき課題としては見据えていると言えなくもありませんし、私が考える政策との一致も多い。が、しかし、そこまでの積極的な財政支出をどう賄おうというのです?現在の近衛でも相当な圧迫であるのに、新しく軍の編成、維持など莫大な費用がかかります。そもそも彼らは基本的に非生産階級。国の生産力は低下するでしょう。また、幼稚産業の育成、とりわけ鉄鋼産業の育成にしても現状、ゲルマニアからの鉄に高い関税をかけ、保護し、その関税を育成に回しているのです。それでもこの様なわけで、王宮にこれ以上の支出の余地はないのですが?」

ヴァレリーの述べた事は当然、長年政務を務めてきたマザリーニも問題意識を持っていることは用意に予想出来た。
前述に敢えて財務について語らなかったのは後述に興味を持たせる為の布石である。

「以前、私はヴァリエール御息女と共同で農地の生産性向上の為の文書を提出したことがあります。故に生産性の伸びしろはまだ存在すると考えております。また、国庫に金は無くともトリステイン全体で見れば資金ぶりの余地は有るかと思います」
「増税をしろと?」

「いえ、そうではありません。増税は時には必要なれど、民衆の支持を貶めてしまいます。支配層は貴族ですが、大多数は民で構成されている国家が大衆を敵に回すのはよい状況ではないかと。増税せずとも商会や貴族のもつ資金を活用できるのではないでしょうか?」

「増税が支持を貶めると言う貴方ならば当然、分かると思いますが、貴族を含め多くのものは既存の利益を害されることに大きく抵抗するのが普通です。奢侈品税の引き上げですらかなり強引に運びましたからね。力がある分だけ、貴族の資金を当てにするのは増税よりも危険なことだと思いますが?」

「搾取という形体ではそうでしょう。しかし、ゲルマニアの弁ではありませんが、相互の利益とならば話はべつかと。私はトリステインの財政難の要因のひとつは貨幣の流動性が損なわれているせいだと考えます。卿が発行された新金貨は国内市場を刺激するものでありましたが、その影響が思うところのものでないのもその為かと。貯めるだけ貯めて、使いもしない資金が円滑な経済活動を阻害しているのです。貯蓄を悪だと言うつもりはありませんが貯蓄が投資へと変わらぬのでは意味がありません。
私は今こそ長期債券の発行と資金の預け入れ体制を整え、その資金を持って政策に充てることを献策致します。
諸侯にとっては自身の財産が形を変えただけですので保有する財産価値は変わりません。それどころか、利子による不労所得で富の増大が計れましょう。商会の資産は諸侯と比べて流動的でありますが、その内には不動資金がございます。為替をはじめとする支払保証を以て商会の資金を取り入れることが可能ではないかと愚考致します。
国家の側にしても将来的な負担の増大とは言えど、今、必要な金を用意出来る利点があります。取り組むべき課題は分かっていてもそれをするだけの資金がないというジレンマを解消する手だと思います。また、短期債権と長期債権に分ければ、債券の買い付け、売り付けにより、市場への貨幣供給量をある程度操作でき、経済への介入の手立てとなりましょう。
安定的な赤字財政の進行には障害や危険があることは承知しております。しかし今、手を打たなくてはトリステインが再起を図ることも出来なくなってしまいます。ゲルマニアの台頭により今や大陸の均衡は薄氷の上の産物となり果てました。今が変化の時であると心得ます」

言い終えたヴァレリーはマザリーニの返答をひたすらに待つ。
目新しい手法を提示したわけではない。
債券や株式の発想は以前からあるものだし、為替等の支払保証は教会の収入源として使われている。
ただ、国債は自己資本ではなく、あくまで負債であり、泥沼に陥りかねないし、為替等々は教会の利権領域という色が強い。

ヴァレリーは元々経済論者ではなく、薬師である。
また、新たな答えを閃くような天才ではなく、地道に答えを導く秀才の部類。
ヴァレリー自身は現状で考えうる最上な選択をしたつもりだが、果してマザリーニからどのような評を受けるか胸の内は慌しい。

強い視線を受けて、思考を巡らすマザリーニ。

―――妥当な案ではある。最早、王家は限界が近い。一刻も早く手を打たねばならないのは確か。政策を引き継ぐ人物を必要としているのも確か。だがどうだ?この者がなり得るか?なかなかどうして、決断を迫られる。

「貴方がただの阿呆では無いことは認めましょう。それで、貴方を私の下で働かせるか否かですが……。そうですね、床に頭を擦り付けて乞うのであれば認めましょうか。指示に従わぬ手足など必要ありませんからね」

礼節を求めるは当然なれどその言葉は最早侮辱。
マザリーニは宰相だが、王家ではない。
屈服するか否や、ヴァレリーは行動する。

「何卒、私を卿の下で働かせて頂きます様、心から御願い申し上げます」

一寸の迷いもなく、床に座して頭を垂れたのだ。

此にはマザリーニ卿も些か驚いた。何故ならば先の物言いから己の才と能力に自信を持ち、自尊心の高い人物だろうとヴァレリーのことを思っていたからだ。それがどうだろうか、躊躇うこともなく、それどころか、声音に不服の色すら窺えないのだ。

「随分と易々頭を下げるものですね。下級貴族とはいえ貴族でしょうに。その様な無様な格好を晒して、貴方には矜持というものがないのですか?」

挑発的なマザリーニの問いにヴァレリーは頭を上げずに答える。

「私にも人並みに自尊心や矜持はございます。しかし、私は卿の下で働くことが私にとって今、一番に必要であることを疑っておりません。己の些細な矜持は貴方の下で働き、学びたいとする私の意志には到底及ばぬものです。さすれば、例え、靴を舐めろと言われようが私はそれに従いましょう。まして私は卿のお言葉が私をお試しになっているのだと確信しております。王宮での仕事が華々しいだけとは思いません。過剰な自尊心は弊害にしかならず、甘んじて誹謗中傷を受け止め、堪えるだけの精神を持つかもまた、実務の能力と共に必要とされると存じております」


―――驚いた。伊達にこの年で王宮の門を叩きに来た訳ではないということか……。

低頭するヴァレリーを見据え、マザリーニが口を開く。

「御立ちなさい、ヴァレリー・ヘルメス。私は真に不粋なことをしてしまったようだ。私は貴方を評価します。故に今、この時より、私の下で働き、祖国トリステインの為に尽力なさい」

その言葉を聞いて、ヴァレリーは思わず手を強く握り締めた。
先ずは一歩、前へと進んだ。それが嬉しかったのだ。
応ずる言葉を発する若者のその声は、何処までも真っ直ぐで力強く王宮に響いた。


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