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No.34596の一覧
[0] オールド・オスマンの息子[lily](2012/08/14 19:58)
[1] 001[lily](2012/08/22 21:42)
[2] 002[lily](2012/08/22 01:31)
[3] 003[lily](2012/10/11 17:28)
[4] 004[lily](2012/08/15 19:37)
[5] 005[lily](2012/08/16 16:22)
[6] 006[lily](2012/08/22 23:37)
[7] 007[lily](2012/08/22 23:38)
[8] 008[lily](2012/08/22 23:40)
[9] 009[lily](2012/08/22 23:44)
[10] 010[lily](2012/09/07 02:25)
[11] 011[lily](2012/10/10 00:53)
[12] 012[lily](2012/11/01 22:54)
[13] 013[lily](2012/12/28 20:06)
[14] 014[lily](2013/01/28 20:20)
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[34596] 011
Name: lily◆ae117856 ID:245b0a6f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/10 00:53
ヴァレリーがカトレアに出逢ってから既に10年以上も経ち、またそれは想いを募らせた月日でもある。明確な言葉を告げてはいないがヴァレリーがカトレアをどれ程想っているかはヴァリエール家の者も知る所。同様に言葉にはしなくともカトレアもヴァレリーに対して単なる友人では到底及ばない想いを抱き、彼の言葉を待っている。勿論、出逢った当初からカトレアがヴァレリーと同じように恋に落ちたというわけではないが次第にその存在は大きくなっていった。

「ちぃ姉さまはヴァレリーの事を何時から想っていたの?」

カトレアに髪を梳かされ、ご満悦の表情のルイズはそろそろ訊いても良い頃合いだろうとその疑問を口にする。

当然ではあるがヴァリエール家へ帰郷しているルイズがヴァレリーの本当の生い立ちについて知るよしもなく、きっと二人は何の問題もなく、幸せに過ごすのだろうということを疑っていない。大好きな姉をとられる様で一寸、癪だという子供っぽい気持ちもあるが有らん限りの祝福を二人に贈ろうとルイズは思っている。それほどに二人は仲睦まじく、生まれる前から共に在ることが既に決まっていたのではないかと思うほどだ。ルイズは知っている。カトレアが特別な、とても素敵な笑顔をする時が有ることを。他でもないヴァレリーと一緒にいる時だ。あれが誰かを愛した女性の笑顔なのだと今だ恋らしい恋をした事がないルイズでもわかるのだから相当なものであろう。

ルイズの髪に櫛を通しながら答えるカトレアは同じように頃合いだろうと優しい声音で言う。

「そうね。何時からと言えば実は私にも分からないの」
「分からないの?ちぃ姉さま自身のことなのに?」
「えぇ、初めて会った時は頭が良さそうでしっかりした子だなぁって思ったわ。ふふ、それと凄くませていたわね。まさか六歳の彼からライラックの香水を貰うとは思ってなかったもの」

思い出したようにころころ笑うカトレア。

「私がその意味を理解したのは11の時だもの。どんだけませているのよって感じだわ。でもやっぱり何か切っ掛けみたいのがあったんじゃないの?昔と今とじゃ、ちぃ姉さまのヴァレリーを見る目が違うのは私でもわかるもの」

振り向いたルイズの言葉に僅かに頬を朱に染めたカトレアが語る。

「あらあら、そうだったかしら?切っ掛けね、挙げるとするなら私がラ・フォンティーヌの名を頂いた時からかしらね。私は嫁ぐことが出来ないからこそ名目上の領主として位置し、婿を貰う形で結婚が出来るようにお父様は計らってくれたわ。それでね、結婚の相手として顔が浮かんだのは彼に他ならなかったの。それだけじゃない、他の人から結婚の申し出をされて、実際に会ってみてもどうしても彼を基準に考えてしまうの。ヴァレリーならってね。あぁ、私にとってのヴァレリーの存在はこんなにも大きくなっていたのかってそこで気付いたのよ」

結婚という言葉で誤魔化してみたものの、実際、カトレアは何時からヴァレリーを特別な男性として意識していたかは自分でもわからない。最早、心の特等席を独占されているのにも関わらずだ。一点の曇りもない真摯な想いを寄せてくれることが嬉しく、温かい。だがそれが好きだからこそ、そう感じるのか。はたまたそれ故に好きになったのか。どちらも正しく思えるし、それだけではないようにも思える。きっと溢れるほどの愛で満たされていたからこそ気付かなかったのだろう。他人の心の機微は感じ取れるにも関わらず、自身の事となると儘ならないのを彼女は少し可笑しく思う。

ヴァレリーを語るカトレアは心底幸せそうでルイズとしてもついつい微笑んでしまう。

―――いつか私もちぃ姉さまのように誰かを想い、心からの笑みを浮かべることができるのかしら?

カトレアの部屋に咲く、幾つもの花々を見ながらルイズはそんなことを思った。



それから三日ほど経って、事前にあった文の通り、エレオノールとヴァレリーを乗せた馬車はヴァリエール家へと到着した。

ルイズと共にそれを出迎えたカトレアは先ず始めにヴァレリーが髪をリボンで結んでいないのに気付く。今まで自分に会いに来る時は必ずしていた黒のリボン。それは初めて出逢った時にあげたもの。ルイズからとある一件で切れてしまったと聞くし、髪を結んでいないからといって何か問題があるわけではないのだが妙にそれが印象的に彼女の心に残った。

出迎えもほどほどに客室を向かったヴァレリーはいつもと変わらないようにカトレアに微笑むがどうしてだろうか、その笑みに陰りが見えるようで彼女の不安を募らせる。今回の滞在も三日のようであり、それ以降は笑みに陰りが見えることは無く、その瞳には慈しみが見てとれる。
いつものように、いや、いつも以上に。


滞在初日、公爵夫妻に挨拶を済ませたヴァレリーはヴァリエール姉妹と4人で庭の散策をしていたがそこに突然一つの大きな影が舞いおりて来た。
身がまえたヴァレリーだったがカトレアとルイズはその存在を知っているらしくなんの警戒もしていない。

「大丈夫よ、ヴァレリー。あの子は危険な子じゃないから」

カトレアがそう言うと舞い降りた影がカトレアにすり寄る。
それは一頭のヒポグリフ、鷲の頭部と翼、馬の胴体を持つ幻獣である。

「ヒポグリフ!?」

驚くヴァレリーにルイズとエレオノールがそれぞれ感想を口にする。

「まぁ、驚くわよね。私も学院から帰って来て驚いたもの」
「また、拾って来たの?貴女はなぜか動物に好かれるけどまさか幻獣までとはね」

例の如く翼を傷めたこのヒポグリフはカトレアに手当をされ今に至るという。
傷は完治しているようだが居心地がよいのかカトレアのもとを離れることはなく、ヴァリエール領を自由に飛びまわっているそうだ。

「それにしても随分と立派なものです。翼も大きいし、毛並みも良い。魔法衛士隊でも此処まで上等なヒポグリフは有していないのではないのでしょうか」

ヴァレリーの賛辞を理解したのか今度はヴァレリーに歩み寄るヒポグリフはその頭をたれ、小さく鳴き声をもらす。

「この子も女の子だし殿方に褒められて嬉しいみたいね」

それを見たカトレアはにこやかに言う。

「そうか。どうりで美しいわけだ。はじめまして別嬪さん」

傅くヒポグリフを撫でると膝を折り姿勢を低くする。

「おや、乗せてくれるのかい?」

やはり言葉をしっかりと理解しているのだろう、頷くように首を振る。
ヒポグリフに跨がると姿勢を起こし、ヴァレリーの視点が高いものとなる。

「なかなか様になっていてよ、ヴァレリー。研究職以外にも魔法衛士隊でも活躍出来そうじゃない?」
「ふむ、いざ行かん!我こそはトリステインの白銀の槍!我が前に立ちはだかるはその命、花と散るであろう!」

エレオノールの世辞にのってみせたヴァレリーは古風な台詞を吐き、それに合わせてヒポグリフは前脚を振り上げる様にして立ち上がり、大翼を広げ、嘶く。

「こんな感じでしょうか?」
「ふふ、まるで物語にいる騎士のようね」

カトレアが楽しそうに笑う。

「何分、本当の魔法衛自隊の名乗りを見たことがないので。まぁ、しかし、幼き頃は憧れた事も有りましたが私は杖よりも筆の方が性に合っています。それよりも騎士物語には美しい姫が付き物です。カトレア様、よろしければ暫しの空の旅でも」

ヴァレリーはカトレアに手を差し出す。
カトレアが手を重ねるとヴァレリーがレビテーションの呪文を唱え、その体がふわりと浮き上がりヴァレリーの腕の中へと収まる。ヴァレリーからは見えないがルイズやエレオノールからはカトレアの頬に朱が色付くのが見てとれた。

「それでは暫しカトレア様を独り占めさせて頂きます」

カトレアを気遣うようにゆっくりと飛び立ったヒポグリフを見送り、残された二人。

「ヴァレリーったらいつになく大胆ね。まぁ、ちぃ姉さまが嬉しそうだったからいいんだけど」
「騎士と姫。二人が紡ぐ物語では正しくそうなのでしょうね。ところでルイズ、学院での生活はどう?魔法は使えるようになったのかしら?」
「あ~、えぇっと、そうだ!喉が渇きましたよね、エレオノール姉様!?きっとちぃ姉さま達も帰って来たら飲み物を欲しがるに違いないわ!ちょっとメイドに言って来ますね!?」
「あ、こら!待ちなさい!ルイズ!」

逃げるルイズに追うエレオノール。
勿論どちらが勝つかは自明の理。
逃げたばかりに頬をつねられるのは誰であったか。


その一方でヴァリエール家の領内をゆっくりと飛ぶのは二人。
流石に空を行くだけあってゆっくりと言っても馬車でのそれとは比べ物にならない時間で移動する。
眼下に見下ろすはヴァリエール領の民と村々。
先程までいたお屋敷は片手に収まるほどに小さく、良く澄んだ空の下、彼方にトリスタニアの王宮の影が見える。

「このような景色、初めて見たわ。とても素敵ね。領内から出た事がないから分からないけれどきっと世界には他にも私が知らない素敵なものが数多くあるのでしょうね。貴方は私に感動を、驚きを、知らない事を、本当のにたくさんのことを教えてくれる。貴方という人に出逢え事を感謝しなくちゃね。ありがとう、ヴァレリー」

腕の中で感嘆に浸るカトレア。
ヴァレリーは彼女を包む腕に少し力を込めて言う。

「貴女のその言葉だけで私は心が満ちるのを感じます。それだけで、ただそれだけで私は……。カトレア様、貴女に話したい事があります。この滞在中には必ず言います。ですから、今この時はこうして貴女を誰よりも近くで感じる事をお許し下さい」

カトレアは自身を包むヴァレリーの腕に身を委ね目を瞑る。
聞こえるのは風の音、感じるは想い人の温もり。
ただ、それでも彼女の心は穏やかとは程遠く、その内には晴れない霧が覆っていた。
聡いカトレアだからこそ、そして最もその存在が大きくなったヴァレリーのことだからこそわかるものがある。

―――あぁ、あの時見た陰りは気のせいなんかじゃなかった。
きっと彼は私が待つ言葉を言ってはくれない。
これ程までに想い合っているというのに。
ねぇ、ヴァレリー。
何が貴方の気持ちを押し殺しているというの?
どうしたら貴方は本当の笑みを見せてくれるの?

カトレアは気付いてしまった。
今日、自分へ向けてくれた笑顔の裏にヴァレリーが悲しみを隠しているということに。
そしてそれは少なからず自分が関わっているということを。


それからというもの二人の心とは裏腹に至って穏やかな時間が過ぎる。
花を愛で、音楽を奏で、談笑にふける。

どちらも表にその心情を出してはいない為に周りの者が気付くことはないが当の本人達は心が張り裂けんばかりの想いであったのは言うまでもない。かくして、その時が来たのは滞在三日間の夜。明日には学院に帰るとならばいよいよヴァレリーはカトレアに話さなくてはいけない。カトレアを待ち、庭先で一人佇むのはヴァレリーである。

―――私はうまく笑顔を作れていただろうか?

ヴァレリーはカトレアに恋をしていた。いや、最早それは愛と言ってもなんら遜色は無いものであり、彼にとっての彼女がどれほどまでに大切な存在であったかは計り知れない。だからこそヴァレリーはカトレアと共に生きることを自ら諦めた。

本来なら今日と言う日は愛を歌い、共に在ることを誓うはずであった。それがどうして別れとなるかはやはりヴァレリーに流れる血にその根源がある。貴族の血、平民の血、エルフの血、そして吸血鬼の血、ハルケギニアにおいてその血統は揺るぎない差別の基準である。その上で、本来、吸血鬼というものは人類種の敵とされ、見つかれば殺し、殺されるのが常であり、人の味方などと言う見解は無いに等しい。

そのような血を持つヴァレリーは一般に受け入れられるとは到底考えられない存在である。キュルケ、タバサのように事実を知って猶、認めてくれる者は今までの彼の生き方を知っていることもあるし、悪く言えば他人であり、あくまで例外に過ぎない。おそらくはカトレアもヴァレリーの存在を認めるであろう。しかし、その先が問題である。ことが明るみに出ればヴァレリーだけでなく、その父親であるオスマンにまで糾弾の声は届くだろう。それはオスマンが身内であるからであり、彼と深く関わっているからだ。オスマンにはその覚悟があるがヴァレリーとしてはそんなことには絶対になってほしくは無い。そして、結婚を経てカトレアが身内となればやはり彼女も糾弾される対象となり得る。

大家ヴァリエールと言えど社会の枠組みの中に存在することに違いはない。大家故に憎く思う輩も少なからずいるものだ。そんな中、ヴァレリーという存在は確実にヴァリエール家にとって傷となる。それこそ死に至らしめる傷だ。事実を知る者達が口を閉ざせばヴァレリーの素生は知れ渡ることは無いかもしれない。また、ヴァレリー自身がカトレアに、公爵家に自分の生まれを伝えなければという考えもある。だが、何よりも大切なカトレアにヴァレリーは嘘を付き続けて共に生きるつもりは毛頭ないし、仮に共に生きたとしてそこに本当の幸せがあるといえるだろうか。

ヴァレリーの素生が知れた時の事は前述したが、その危険を自身の身勝手な思いのまま彼女に負わせるわけにはいかないとヴァレリーは考えている。愛する人だからこそ、深く関わってはいけない。他人でなくてはいけないと。

ヴァレリーがこの事を決めたのは事実を知った夜、一人、夏咲きのカトレアの花を見ている時であった。そして今回の滞在を最後に想いを経ち切らんと心に誓ったのである。だからこそヴァレリーは精一杯の笑顔を作った。カトレアが自分に、自分だけに向けてくれる笑顔を最後にどうしても見たかったのだ。



佇むヴァレリーの元にヒポグリフが舞い降りる。
随分と懐かれたもので、すり寄ると甘噛みまでしてくれる。
元来、動物は人の感情に敏感なものであるし、このヒポグリフはヴァレリーを心配してやって来たのかもしれない。

「お前の元々の生まれは私のそれとよく似ているね。ただ、お前が羨ましいよ。その存在は固有のものとして認められ、確かなものなのだから」

固有の種として存在するヒポグリフだが元々はグリフォンと雌馬の間に生まれたとされている。しかし、人に飼われている今でこそ、その範疇にないが、グリフォンは本来、馬を好んで食べる。天敵と被食者のハーフというヒポグリフは吸血鬼と人の間に生まれたヴァレリーとその意味で同じと言えるだろう。ただ違うのは前者は固有のものとして認められているが後者はそうではないということ。

流石にヴァレリーが何をその言葉に含ませているかまでは理解できないようで首を傾げるような仕草をするヒポグリフ。背後から人がやってくる足音が聞こえるとヴァレリーはヒポグリフを撫で、言う。

「さぁ、もうお行き。今は二人きりにしておくれ」

従うヒポグリフはその大翼を広げ、夜の空へと消えていく。

「ヴァレリー……」

それを見送ったヴァレリーの背に声をかけるのはカトレアである。
ヴァレリーは振り返らず、否、振り返る事が出来ず、カトレアに背を向けたまま話し始める。

「幼き頃より私は貴女に惹かれていました。この十年、その想いは変わる事はなく、今も持ち続けております。小僧の身でありながら生涯を貴女と共に歩めたならばどれほど素敵な事かと夢に見てきました。しかし、それも今日までです」

「ヴァレリー、どうして!?」

「私には貴女と歩むことは出来ない。出来ないのです!」

ヴァレリーが語るのは自分の生まれについて。自分の持つ血は禍を招くことしかせず、それが知れ渡れば近しい者ほど悪い影響を受けること。最悪の場合は異端と評され死罪も有り得る。自分は公爵家に、カトレアに相応しくないのだと。

カトレアはそれを黙し聞いていた。
ことの故を告げたヴァレリーは決意を持ってカトレアと向き合い、言葉を重ねる。

「私は怖いのです。大切な人を自分のせいで失いたくはない。貴女は幸せになるべき人だ。しかし、私では貴女を幸せにすることは叶いません。貴女が私を少しでも想ってくれているのなら、どうか良き人を見つけ幸せになって頂きたい。それが最善であり、私にとっての救いでもあります。願わくばそれを一人の友として祝福させて頂ければ幸いです」

ヴァレリーは精一杯の笑顔を作って言った。
出来ることなら自分がカトレアを幸せにしてあげたかった。
他の男になど渡したくはなかった。
それが胸の内の事実だ。
しかし、彼女が幸せになることがヴァレリーの願いであることもまた事実。
心で悔しく、泣いていようとも、カトレアの将来を祝福する言葉を口にしたヴァレリーは笑顔でそれを言わなくてはいけなかった。


それを見たカトレアは何も言うことが出来ず、ただただ立ち尽くしていた。
勿論、吸血鬼の血を持つことには驚けど、ヴァレリーを途端に嫌悪するようなことは決してない。カトレアは本質を見抜ける人であったし、事実を知ってもヴァレリーに対する想いは変わる事はなかった。しかし、だからこそ彼がどれほどの思いで別れを口にしたかがわかってしまう。

既に何度も考え、決めたことなのだろうヴァレリーの言葉はとても重く、今のカトレアには何処を探しても返す言葉が見つからなかった。目の前で自分の幸せを願い、微笑む彼が悲しんでいないわけがない。そうでなければどうしてあのような笑顔ができようか。お互いがどれほど想い合っていたか今更、考える必要もない。しかし、何も言えない。何も言えないのだ。カトレアは自身の無力さに悲しみ、そして怒りを覚えた。知らずに涙がこみ上げてくる。泣くことは卑怯だとわかっている。なんの解決にもならず、自分を心から想ってくれている彼に唯の一言も言葉をかける事が出来ない自分に泣く資格はないと。しかし、どうしても涙は止まらず、頬を伝うばかり。

「カトレア様は私の大切な人です。それはこれからも変わりません。どうか次に会う時は友として微笑んでください。私も一人の友人として貴女に微笑みましょう」

ヴァレリーは最後にそう言うとカトレアを一人残し、去っていった。
夜を照らす月が雲に隠れ、その光を失う。深い闇の中、カトレアは俯き、大地を濡らし続けた。


翌日の出立。カトレアは見送りには来なかった。
ヴァリエールの屋敷を出たヴァレリーは馬車の中で一度だけ振り返った。


―――これでよかったのだ。これで……ッ!さようなら……愛しき人よ。どうか貴女が幸せでありますように。




どのような事が起きようとも、その人が望めど望まねど時間というものは常に流れ留まる所を知らない。また、その流れを遡ることは叶わず、色鮮やかな思い出はあくまで思い出であり、いくら望んだとてその頃へと帰ることは出来る筈もない。それでもなお望むのであらば人は夢の中へと足を踏み入れるのだろう。

カトレアに恋人としての別れを告げ、学院へと戻ったヴァレリーは明るい内は魔法の鍛練や研究に時間を費やし、夜になると度数の高い酒を幾つも空け、泥のように眠る生活をしていた。心にできてしまった虚無を時間が埋めてくれることを願い、少しでも早く時が経つようにと。

ヴァレリーはキュルケやタバサの前では以前と変わらず笑う。
しかし、無理をしているのがわかる二人はそれを見ているのがつらかった。
心配されるのは嬉しくもあったが自身がより一層惨めに見えてしまい、決意したくせにただ立ち止まるばかりの情けない自分が浮き彫りになるようでヴァレリーはその日の夜になると逃げるように学院の研究室を抜け、街の酒場で酒を煽った。

幾つものボトルを空け、店の営業時間の終わりまで飲み続けたヴァレリーは体を引きずるように帰路に付こうとするが、立ち上がり少し歩いたせいで酔いが回り、視界が霞み、まともに歩くことすら出来ず、路地裏にうずくまった。

頭痛がひどく、体も重い中、このまま寝てしまおうと働かない頭で思う。
馬に乗ろうとも今の状態では落馬するのは目に見えているし、夏ならば路上で寝たとて冬のように凍え死ぬこともないだろうと。そうしてヴァレリーの意識は何もない闇へと沈んでいくのだった。


目が覚めたのは日が高く昇った頃。
路上で寝てしまった筈が何故かベットで横になっている事に気付く。
体を起こし周りを見やる。
知らない部屋。

部屋の大部分を二つのベットが占め、化粧台が二つ、小さなテーブルに小さな本棚、大きめのクローゼットがあり、些か狭い部屋。部屋の造りや家具を見たところ平民の暮らす部屋なのだろう、ベットと化粧台が二つあることから少なくとも女性が二人暮らしているのが窺える。

壁には自分のマントがかけてあり、御丁寧にアイロンまでかけてくれたのか皺がない。
テーブルの上に水差しが有るのだが此れは飲んで良い物なのか迷うヴァレリー。
酒焼けでひどく喉が渇いているが一先ず家主が帰って来るまでは我慢をするべきかと考えていると自分の寝ていたベットが不自然に膨らんでいることに改めて気付く。
不覚にも直ぐに気付かなかったのだが小柄な人が丸まっているとちょうどこのような膨らみが出来るのではないだろうか。

薄い毛布を捲るとそこには猫のように丸まって眠る一人の女性がいた。大き目のブラウスを身にまとい、めくれたそれからローレグのショーツが見える。半分出ている形の良い臀部とそこから伸びる肉付きの良い太もも。

状況にたじろぐヴァレリーだがその女性に一寸見覚えがあるように思える。
丸まっているせいでよくはわからないが切り揃えた肩までの明るい髪で小柄な女性は学院の入学祝いに父オスマンに連れて行かれた娼館、『月夜の女神』亭のメルことメルチェではなかろうか。

会ったのはその晩の一度きりであったが如何せん初めて夜を共にした女性の一人だけにしかと顔は覚えている。ヴァレリーの考えが正解であったかを証明するように部屋にもう一人、女性が入ってくる。それは同じく『月夜の女神』亭の娼婦であり、初めての相手であるリリアであった。仕事ではないからだろうが今はドレスではなく、街娘が着るような地味な服装であり、髪も纏めず、流している。

「おや、お目覚めかい?ミスタ。ちょうど良かったよ。今、昼食を買って来たところだったんだ。あぁ、それよりも水だね。そこの飲んでいいからさ」

両手に皿を持ったリリアが目配せをする。

「すみません。ありがとうございます」

ヴァレリーは寝ているメルチェを起こさないようにベットから出ると咽を潤した。

「悪いね、ミスタ。メルは仕事明けで今し方寝ついたばかりなんだ。そっちのベットはメルのなんだけどそのままもぐり込んでしまったみたいだね。出来れば寝かせといてあげてほしい。それより、驚いたよ。路上に貴族様が転がっているんだもの。随分と深酒をしたみたいだね」
「それは悪い事をしました。リリアが私を運んでくれたのでしょう?二人には重ね重ね世話をかけさせました」
「なに、大したことじゃないさ」

昨晩のリリアは夜更けには仕事を終え、帰宅したがそこで蹲っているヴァレリーを見つけたのだそうだ。
ヴァレリーの体格は細身であったが女性が一人で運ぶには大変だったことだろう。

「詮索はしないけど、ミスタのような人でも酒に溺れることがあるんだね」
「私はそれほど良い者ではありませんよ……。最近は酒に逃げるばかりです」

憂いを帯びた笑みは儚く、存在が希薄で消えてしまうのではないかと思わせる。

「もしかして毎回、あんなになるまで飲んでいるのかい?だとしたら体を壊してしまうよ。ミスタ、今晩はお店においでよ。今のミスタはとても寂しそうな目をしていて女として放っておけないよ」

ヴァレリーがリリアと会ったのはこれで二回目。入学前に会ってからそれっきりであり、お互いをよく知るなどということは無かった。それでもわかるのだから学院にいるオスマンやタバサ、キュルケにはさぞかし鮮明に自分の沈み具合がわかることだろうとヴァレリーは思った。

カトレアへの愛は抱いてはいけない、忘れなくてはいけない。
想い人以外の女を抱くことで無理やりにでも忘れようとしたのかもしれない。
ヴァレリーの心中は計り得ないがヴァレリーはリリアに言われるままに『月夜の女神』亭へと足を運んだ。

その日も、次の日も、またその次の日もヴァレリー学院に帰ることなく『月夜の女神』亭に入り浸り、リリアやメルチェを求め、堕落した生活を送った。不義を重ねることで心に広がっていく虚しさはカトレアと自分を遠ざけてくれるようで反ってありがたかった。


『月夜の女神』亭で寝泊まりするようになって4日目。
今日も今日とて『月夜の女神』亭で過ごすヴァレリーの元にやって来たのはオスマンであった。
随分急いで来たのか額には汗が滲んでいる。

「此処におったか、この放蕩息子が。分かりやすい拗ね方をしおってからに。今すぐ学院に帰るのじゃ。ヴァリエールの次女が学院に来ておる。ただ……容態がすこぶる悪い」
「なっ……!?どうしてカトレア様が!?」
「お主に会いに来たに決まっておろうが馬鹿者が。街の入り口にグリフォンを連れて来ておる。早く戻れ、このたわけが!次女は水棟の医務室じゃ」

オスマンが言うや否やヴァレリーは店を飛び出し、限界まで速度を上げたフライで街の入り口へと向かい、そこからはグリフォンで学院へと戻った。老体のグリフォンが泡をふくほどに飛ばしたヴァレリーは労いの言葉もそこそこに水棟の医務室の扉を勢いよく開け放ち、ベットで臥せるカトレアに駆け寄った。

「カトレア様!!」

ヴァレリーが呼び掛けるとカトレアは臥せたままヴァレリーへと顔を向けて目を開き、微笑んでみせた。ただ、その顔は死人のように青白く、弱々しいものであった。

「ヴァレリー……私は」

カトレアがヴァレリーに何かを告げようとするが激しく咳き込みそれすらも儘ならない。

「無理を為さらないで下さい!今は安静にしていなくては!」
「でも……貴方に……聞いてほしい事が……」
「聞きます、後で幾らでも聞きますから!ですから今は休んで下さい!後生ですから!!」

猶も言葉を告げようとするカトレアに懇願するヴァレリーは今にも泣き出しそうな程である。
それでも引き下がらないカトレアにヴァレリーは仕方なく、眠りの呪文をかけ、寝かし付けた。
眠りに落ちたカトレアの顔はとても苦しそうであり、ヴァレリーは一寸カトレアの髪を撫でると小さくカトレアの名を呼び、その場を離れ、常駐していた医務員にどのような処置を施したかを訊いた。医務員曰く生命力を強める魔法薬の処方をしたものの効果があまり見られなかったという。続けて薬の材料を訊いたヴァレリーはすぐさま実験室へと駆けた。カトレアの側を離れたくはなかったが自分に出来る事をしようと思ったのだ。

医務員の処方した生命力を強める魔法薬はそれ自体は今のカトレアにとって出来る限りで最も効果的なものであり、逆に言えばそれ以外は手のほどこしようがないとも言える。ヴァレリーが自分に出来る事もやはり同じ効果の薬の生成ではあったがより効果が高い材料でそれを作る事が可能だった。

ヴァレリーの実験室には既にタバサとキュルケがおり、事情は把握しているのかヴァレリーが外泊していた理由は訊かず薬の生成を手伝ってくれた。4日も空けていたので部屋に活けてあった花が萎れてしまっていたがこの時ヴァレリーは気にも留めなかった。

丁寧に、そして可能な限り早く薬を調合し出来上がったのは一時間程経った頃。ヴァレリーにより水の精霊の涙を初めとする材料から作られた薬は市場で取り引きされたとしたらそれ1つで財産になるであろうものでこれ以上はないほどに効果が高いものであった。

出来上がった薬を持ってカトレアの元へ戻り、苦しみから彼女が目を覚ますとその薬を飲ませ、また休ませた。今度の薬はしっかりと効果が表れたのか次第に荒く、辛そうであった呼吸は静かな物になっていった。一先ず容態は回復したと安堵するヴァレリーは眠るカトレアのもとから片時も離れることはなかった。

遅れて学院に戻って来たオスマン曰く、カトレアはヒポグリフに乗ってやって来たのだそうでおそらくその無理が体に表れたのだろうとヴァレリーは考えた。

以前の相乗りはヴァレリーがヒポグリフを御していたためカトレアに負担がかからないような飛行であったし、密かに魔法で向かって来る風の流れを逸らしていた。だがカトレアが1人で乗ったというのならばそうはいかない。魔法を使用すれば体が悲鳴を上げる上に、カトレアには幻獣に乗ることは愚か、乗馬の心得もあるわけがないからだ。巨体を持つ飛竜はその範疇にはないが馬にしろ幻獣にしろ本来乗れば難なく移動出来るものではない。玄人が楽に御しているのは玄人だからであり、経験を積んだからこそ自身に負担がかからない乗り方が出来る。それでも気を緩めれば振り落とされることだってあるのだから経験がない素人のカトレアは常に気をはる必要があったし、必要以上に体力を奪われるのが道理である。

ヴァレリーの推測は正しものであったが実のところカトレアがここまで弱ってしまったのはそれだけが原因ではなかった。結論から言えば彼女は既に弱っている体で学院までやって来たのだ。


それはヴァレリーがカトレアに別れを告げて学院に帰ってからの事である。
なにも心に悲しみに心を潰していたのはヴァレリーだけではなく、カトレアもまた同様であり、そのせいであろうか、彼女の体調は悪くなってしまった。心が弱れば体も弱る。心身一体の理は世の常である。

臥せるカトレアはただただヴァレリーのことを考えていた。
そのうえで自分は何を望むのか、望むならば何をするべきか。

幸い、ヴァリエール家には常駐医である高位の水メイジもおり、カトレアの体調が悪化した時の為に薬の備蓄は充分あった故に大事には至らなかったが安静を言い渡されていた。しかし、カトレアはこれからどうするかを決めており、家の者には黙って学院を目指した。


―――ヴァレリーの決意を覆すだけの言葉をあの夜、私は持ち得なかった。
私が望むのは彼と共にある事に他ならないというのに。今更、何を言っても重みなんてない。
だから私は私の決意を行動をもって示さなければいけないはずだわ。
愚かな行いなのかもしれない。家族のことも省みず、ひどく我儘で自分勝手な考え。
それでも私は伝えたい。伝えなければいけない。
この想いは決して褪せることはなく、私の中にあり続けるものだから。
どれほど愚かでも、どれほど浅ましくとも私は決して最善の道なんて選ばない。選ぶものですか。
だって私は彼と生きる道を、幸福な道を選ぶのですから!


ヴァリエール家から学院までの道のりはカトレアにとって果てしなく遠く感じられた。
熱病にかかったように体が暑く、それでいてひどく寒い。
体に当たる風が冷たいのか暖かいのかも分からず、遠くで風が荒ぶ音が聴こえる。
6つの塔が見えてくる。近づいているはずが遠く離れていくように感じられる。

だんだんと視界が暗くなりカトレアの意識はそこで途絶えた。




それからは既に記した事の運びであったが夜更けになると状況が変わった。
カトレアの具合が再び悪くなったのだ。

一時は回復の兆しをみせたカトレアであったが夜更けになると再び顔色が目に見えて悪くなり、苦しみだした。ヴァレリーはカトレアの体調が悪くなるとどうなるかは知ってはいたがこの事態は全くの想定外であった。公爵家でカトレアの体調が悪くなった場合は同じように魔法薬を処方していたもので後は安静にしていれば回復していくのが常であった。消耗の度合いこそ違えど対処に変わりなく、だからこそヴァレリーは通常のものより数倍は効果が高いものをカトレアに飲ませた。ヴァレリーの薬の調合の腕前は過信するわけではないが国内でもかなり高く、カトレアの為に研究してきただけあって生命力を強める薬においては第一人者と言ってもよい。

薬の生成は部類にもよるが一定以上の腕前になると材料の質が効果の強弱を分ける。その部類とはただ単に材料を組み合わせる物、魔力を込めながら作る物であり、後者の魔力を込めながら作るものは魔法のレベルで違いが出そうではあるが実のところ、込められる魔力の量には限度があるし、スクウェアとトライアングルの魔法のレベルはそこまで影響しない。魔法のレベルで違いが出るのは出来上がった薬に魔法をかけるものであり、これは魔法の威力で効果が上がる。ヴァレリーが作る生命力を強める薬は一番目のやり方であり、研究の結果、水ぼ精霊の涙を使った組み合わせが最も効果が高かった。水の精霊の涙はそれ自体が何かに効くというよりも薬の効果を強める為に使うのが一般的であり、先住の力故に系統魔法との相性がいまいち良くない。だからこそ一番目の手法であり、材料もこれ以上はないほどのものを使った。正直なところこれで駄目ならもう他に対処の方法はなく、ただカトレアの衰弱を待つのみである。

―――何故回復しない!?これでも足らないというのか!?

カトレアの病がどのようなものかは以前に述べてあるが再度語ろう。
それは原因不明の病であり、高位の水メイジが何人かかっても治せなかったものである。しかし、結果から考えるに先天的な病がカトレアの生命力を奪い、弱った体に他の病を併発させるとの見解で有識者は一致している。例えるなら生命力という水を溜める甕があり、底に病という穴が空いている状態に近い。穴を塞ぐことが出来ないならば外部から水を足し続けるしか甕が渇れるのを防ぐ手段が無いわけでその為の魔法薬であった。しかし、カトレアがここまで消耗したことがなかった故に今まで知られていなかったが実際には穴が空いているというよりも、熱せられた甕と例えるに近く、水で満たされている状態では蒸気として徐々に水を失い、一度渇れる寸前までいくと多少の水を足したところで焼け石に水を注ぐ如く霧散する。それ故にヴァレリーの魔法薬は一時の効果しか得られなかった。限界まで効果を上げたのにも関わらずである。

―――くっ、何か他に手はないのか!?このままでは……。くそ!考えろ!死なせてなるものか!!

苦しむカトレアをなんとか治そうと自室に戻り、自身の研究書を読み漁る。
以前、タバサにも見せたことがあるその研究書はカトレアを治す為にヴァレリーが研鑽してきた薬の知識の塊である。その内容の殆どを覚えてはいたが見落としていた手法があるかも知れないと読み進める。しかし、ヴァレリーの願いは虚しくその行為は意味をなさなかった。

仕方なくもう一度同じ薬を調合しカトレアに飲ませた。
恐らくまた時間が経てばカトレアは苦しみだすだろう。
これはただの時間稼ぎでしかないのだから。

薬の量の問題ではなく、質が問題であった。
同じ効果の薬を多く飲んだところで効き目は変わらない。
寧ろ良薬であっても飲み過ぎれば体に異常をきたす。
材料も良質な物はそこまで多くない。
市販の材料は今あるものより力不足で役に立たない。

効果が高いものは作れてあと二回程。
薬の効果が効いたのはおおよそ半日。
それはつまりカトレアの命があと1日だということを表す。

すっかり夜が明けてしまって、あと数時間もすれば薬の効果が切れてカトレアはまた苦しみ出すことだろう。

「ダメだダメだダメだ!くそ!こんな物何の役にも立たないではないか!!どうしたらいい!?どうやったら救える!?最早祈るしかないというのか!?」

投げ捨てた研究書が部屋に四散する。
自身が吸血鬼だと知った時よりも遥かに大きい絶望感と散々優秀だと言われて来たにも関わらずいざという時になにも出来ない自分に怒りを覚えるヴァレリー。ヴァレリー同様、夜を徹して手伝っていたキュルケとタバサは悲痛な表情を浮かべるヴァレリーにどう言葉をかけていいのか立ち尽くすばかりである。
そこに入って来たのはオスマンであった。

「これはお主が十年も研究してきた努力の結晶であろう?役に立たないなど言うでない。現にお主の研究があったからこそ次女は今も生きておるのじゃぞ」

散らばった研究書を一枚一枚拾いオスマンが言う。

「ですが結局、カトレア様の容態は回復していません!これではただ苦しみを引き延ばしているだけではありませんか!!」
「冷静になれ、馬鹿者が!!お主以外に次女を救える可能性がある者はおらんのじゃぞ!それともお主は次女の死を良しとするのか?」
「そんなことあるわけがないでしょう!!」
「ならば諦めるな!冷静な頭で考えよ。次女を救うのであろう?」

オスマンに叱責されて初めてヴァレリーは気づく、自身がカトレアを救うことを諦めかけていたことに。深呼吸を1つしたヴァレリーは流したままだった髪をリボンでまとめ皆に言う。

「カトレア様を救う手立てをもう一度考え直します。どうか協力してください」

この場に断る者などいるはずがなく、皆一様に頷いたのだった。



さて、現状を打破するきっかけを作ったのは意外にも一番魔法薬の知識が乏しいキュルケであった。

「薬自体に魔力を込めるなり、魔法をかけて効果を今以上にあげられないの?」
「いや、そういった手法もあるんだがそれをするよりも水の精霊の涙を使った方がこの薬の場合、効果が高いものを作れるんだ」
「いや、その精霊の涙を使った物に魔法を込めるんじゃダメなのって意味よ。効果が高いものをさらに魔法で強化すればいいんじゃないの?」

キュルケの提案にタバサが答える。

「先住の力である精霊の涙と系統魔法は在り方が違うから相性が悪い。足を引っ張り合うことはあっても効果を高め合うことはない」

キュルケ以外は皆、知っていることなので提案するまでもないと判断していたがここでヴァレリーはある事に気付く。それは吸血鬼であることを卑下する彼だからこそ逆に思い付くこと。他の人と何ら変わりはないとする皆には発想し難いこと。

―――同じ先住の魔法なら効果をあげられるのではないか?

「父上、先住の魔法の詠唱は口語ですよね?他に何か必要なのでしょうか?」

ヴァレリーがオスマンに訊く。
勿論、先住魔法の使用についてである。

今までは人として出来ることを研究し、人が作れる中で最も効果的ものを作り出した。しかし、今のヴァレリーは人ではない立場から薬の生成が出来る可能性を孕んでいる。なぜなら彼は吸血鬼と人間のあいだに生まれた存在であり、その血の半分は吸血鬼のものであるからだ。血を吸おうとすれば牙を出せるところからもその点は事実性が高い。吸血鬼はエルフ程、強力な物は使えないが先住魔法を使う。ヴァレリーも吸血鬼として先住の魔法が使えないだろうかと思うのは的外れな事ではないだろう。

ヴァレリーの発言の意図に気付いたのはオスマンとタバサである。

「何でも精霊の力を借りることで魔法を行使しているらしいのぉ。より強力な魔法の行使にはその地の精霊と契約するそうじゃ。精霊とは実態ではなく自然の力そのものであるとか。それ以上はわからんわぃ」

オスマンの言葉を聞き、一先ず精霊の力の行使を試みるヴァレリー。

「この地に存在する精霊の力よ。我が声が聞こえたならばその力をどうか我に与えん」

しかし、今まで生きてきた中で精霊の力など感じたことはないし何の変化ももたらさない。

「なにも変化を感じられないな……。力の行使に必要な要素がわからない」
「えぇっと、事の運びが分からないんだけど、今何をしてるの?」

独り置いてけぼりを食らってるキュルケに再びタバサが説明する。

「吸血鬼は先住の魔法が使える。吸血鬼との混血である彼は先住の魔法が使える可能性がある」
「あぁ、なるほどね。でもその様子からすると使えなかったのよね?」
「うむ、私が吸血鬼の血を持つことは事実なんだ。出そうと思えば牙も出せる。ただ、今まで精霊の力なんて感じたことは一度だってないんだ。系統魔法が使える私は先住の魔法はやはり使えないのだろうか……」
「う~ん、言葉遊びに過ぎないけど血を吸わない吸血鬼は吸血鬼ではないと思うのよね。その点で言えば貴方は吸血鬼には分類されない気がするわ」
「吸血鬼の定義か。今は試せる物はすべて試すべき時ではあるが……」

キュルケの意見は感覚的なものであったが、血を吸うことは吸血鬼を吸血鬼足らしめんとする事象であることは事実である。血を吸うことで吸血鬼としての力を得れるかは定かではないが、手詰まりの現状を鑑みるに試すべきことではある。ただ、血を吸うには相手が必要であり、血を吸わせてくれと言うのは必要なことであったとしても明確な嫌悪感があった。

「では、わしの「ん」」

オスマンが名乗りをあげようとすると一足先にタバサが魔法で自身の指先を切り、手を差し出してくる。鮮やかな赤い血がタバサの指を伝う。頼むならオスマンにと考えていただけにタバサの迅速な行動に些か驚いたヴァレリーである。

「いいのかい?」
「学院長と貴方だと絵図が悪い。主に学院長のせいで。それに枯れそう。学院長が。早く、垂れる」

せっかくのタバサの好意を無駄にする必要は何処にもなく、ヴァレリーは若干傷心しているオスマンを余所にタバサの指に口を付けた。血を吸うことに抵抗がない訳じゃない。いよいよ自分が本当に人ではなくなる気がしてならない。けれどもカトレアを救えるのならそんなことはヴァレリーにとって些事でしかなく、甘んじて受け入れる覚悟があった。

タバサの手を取り血を啜るヴァレリー。
その姿は背徳的なようでもあり、どこか神聖なものでもあった。

ヴァレリーはタバサの指から口から離し、気付く。
今までに感じた事のない力を感じるのだ。
それはとても大きくて力強く、確かにそこに存在していた。

彼は部屋の外を見やる。
日の光りがひどく眩しくてうんざりする。
何時もより体が重く感じるし、体が熱い。

周りを見る。
父であるオスマンがいる。きっとあまり美味しくはないだろう。
キュルケがいる。深みのあるワインのような味がしそうだ。
タバサがいる。実に美味しかった。
今まで飲み食いしてきたどんなものよりも美味であった。
例えるなら甘いアイスワインに近いだろうか。
もう一度血が飲みたい。まだ満たされない。


ヴァレリーはそこで我に帰り戦慄した。
自分に対する嫌悪感が押し寄せる。

―――私はこれで本当に人ではなくなってしまったのだな……。

ヴァレリーの心情を察したのかオスマンが言う。

「よいか、ヴァレリー。改めて言うがわしらはお主が人であろうと吸血鬼であろうとお主という個を認めておる。あえて言うが、いちいち落ち込むな。お主がお主自身を受け入れる強さを持たねばならんと心得よ」

―――あぁ、最近の私は泣いたり、怒られたり、諭されたりとまるで子供だな。自身を受け入れる強さか……持てるだろうか?いや、持たなくてはいけないのだ。

「父上、煩わせました。ありがとうございます。これより先住の力を使って薬の生成を始めます」

失敗した精霊の行使をもう一度試す。
今度は失敗する気がしなかった。
今は確かに存在する力を感じているのだから。
先程と同じ文言を唱えれば力の流れが変わるのがヴァレリーにはわかった。
ただそこにあっただけの力が流れを持ち、常に自分と共にあるのが感じ取れる。

「共に在りし生の力よ。集え、満たせ、救え」

ヴァレリーの声に従い集まる力。

「花が……!?」

驚きの声を上げたのはキュルケである。
実験室に活けたあった花は萎れてしまったものであったが、それが次第に葉は青々と、花弁は鮮やかな色を取り戻し始めたのである。

どれだけ力を集めれば良いのかの匙加減はわからなかったがヴァレリーは力を集めることを続けた。
少しして力がこれ以上は集まらなくなったのを感じる。
おそらくはそれが今の自分の、吸血鬼としての限界なのだということを悟る。
吸血鬼の先住の魔法の力はエルフのそれよりかは弱い。
集めた分で足りるかはヴァレリー自身も正直なところわからなかった。

それからは材料に力を込めた後に生成、最後に出来上がった物にもう一度力を込めた。出来る事は全てやり尽くした。後はこれを飲ませカトレアの回復を祈るしかない。前の薬の効果が切れ、三度カトレアが苦しみ始めた。

―――お願いだ!もう、カトレア様が苦しむのは見たくない。どうか、どうか効いてくれ!!

ヴァレリーは祈る思いでカトレアに先住の力が宿った薬を飲ませた。
少しするとカトレアの呼吸が落ち着き、顔色が良くなり始めた。
ここまでは前回までの薬でも同じ効果、問題は此処からであり、ヴァレリーはカトレアの手を自身の手で包み、目を覚まして彼女が再び微笑んでくれることを祈り続けた。



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