特別な人間は特別な扱いをされます。
どんなに平等主義者であっても。
どんなに贔屓をしない人間でも。
特別な存在に対しては他と違う扱いや反応をするのです。
それはたとえファンタジーの世界であっても、変わらないことでした。
◆
朝早く。
生徒たちは食堂で朝食を食べる時間です。
朝の食堂は騒がしく活気にあふれていました。
品行方正な貴族の子供とはいえ、まだまだ騒ぎたいざかりの年頃です。
誰かと会話したり、授業の対策をねったり、昨日行った予習を反芻したり。
魔法学園の生徒たちは騒がしく食事をしていました。
そんな喧騒溢れる食堂から少し離れた宿舎。
もう、生徒たちはみんな食堂に行ってしまって、まるでモルグのように静まり返ったその宿舎錬の一番端。
その部屋の中。
エンチラーダと喋りながら朝食を食べる男性。
彼こそがエンチラーダの主人でした。
彼は本名をテオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイムと言いました。
とはいえその舌を噛みそうになる名前を一々呼んでいてはキリがありませんので彼は自らを『テオ』と名乗り、周りも彼のことをテオと呼んでいました。
エンチラーダの運んできた食事を口にするその食べ方は堂々として優雅ではありましたが、所々マナーに反したものでした。
とはいえ、その食事風景を見るものはエンチラーダ以外には居ませんでしたので、その食べ方を咎められることはありません。
「今日の魚は鱒か」
「ええ、昨日の晩に届いたと聞き及んでおります」
「ふむ…美味い」
鱒を口に入れながら静かにテオはそう言いました。
「サラダには良い人参が入っているようですが」
「うむ…美味い。美味いが…よく解らん。正直、吾は美食家と言うわけでもないのでなあ、人参は人参だろう」
「ええ、全くもってその通りでございます、人参はどうあがいても人参です…ワインは飲まれますか?」
「いや、水でイイ」
「今日はガリアから取り寄せたラグドリアンの水にございます」
「ほう…たしかに美味い…が、別に此処の井戸の水で良くないか?」
「おっしゃるとおりでございます。ええ、一々水にこだわる人間の気がしれません」
エンチラーダは料理をサーブしながらテオと会話をします。
彼は一人だけ、食堂に行くこと無く自室までエンチラーダに料理を運ばせて食べていました。
どんな偉い貴族の子供であっても、魔法学園の生徒は食堂での食事が義務付けられています。よっぽどのことがない限り部屋に食事が運ばれるなんてことはありません。
さらに言うのであれば、メイドがつきっきりで食事の世話をするなんてことも有りません。
学園のメイド達は生徒の世話をすることが仕事でありますが、誰か一人だけを特別に世話するということはありません。
しかし、エンチラーダだけは別でした。
彼女はテオに付きっきりで、彼の世話だけをしていました。
なぜならエンチラーダはテオの専属のメイドだからです。
学園にいる他のメイドたちとは違い、エンチラーダは学園ではなくテオに個人的に雇われているメイドなのです。
それは本来であれば許されないことでした。
魔法学園では、生徒に自立をさせるために、専属のメイドをつけることを禁止しています。
それは如何に位の高い貴族の子息であっても同様です。
事実。この学園でテオ以外に専属のメイドを雇っているものはおりませんでした。
しかし学園において唯一テオにだけ、それが許されていたのです。
なぜならば彼は『特別』だったのです。
特別な存在は特別な扱いをされます。
それはどんなに平等を良しとする場所であってもです。
テオは土のメイジを多く排出してきたホーエンハイムの一族の出身でした。
テオの土の魔法の腕たるや、同学年はおろか、学園のどの生徒よりも得意であったのです。
特にゴーレムの類を作らせたら右にでるものは無く、
それこそ学園の教師ですら彼ほどに巧みにゴーレムを作り出すことは出来ないほどでした。
だから一部の人は彼のことを「人形使」の二つ名で呼んでいました。
しかし、彼が特別扱いされる理由は彼が「人形使」だからではありません。
テオは、学生でありながらすでに土のスクエアなのです。
一般的にメイジの強さは、いくつの系統を同時に扱えるかで決まります。
1つの魔法だけを使えるものが「ドット」
2つの系統を足せる者は「ライン」
3つの系統を足せる者は「トライアングル」
4つの系統を足せる者は「スクウェア」
魔法学院の生徒は殆どがドットで、ラインメイジにもなればで学院の優等生です。トライアングルは殆ど学生ではいません。
そしてスクウェアともなれば超一流の使い手です、魔法学院の教師ですらそれほどの使い手は多くありません。
ですから学生でありながらスクウェアであるテオは、学院始まって以来の天才として認識されていました。
だから一部の人は彼のことを「天才」の二つ名で呼んでいました。
しかし、彼が特別扱いされる理由は彼が「天才」だからでもありません。
彼は土のメイジでありながらそれ以外の魔法さえも実に上手く操るのです。
メイジには全て系統と言うものがあります。
簡単にいえば得意な魔法が存在します。
テオの家は代々土のメイジの家系ですから、テオも土の系統のメイジだと誰もが思いました。
事実として彼は土の系統の魔法がとても上手でした。
しかし、彼はそれ以外の系統魔法も上手だったのです。
彼はすべての魔法を、まるでその系統の魔法使いとして生まれたかのように、実に上手に使いこなすのです。
すべての系統を満遍なく使えるテオは他には無い才能を持つ人間として認識されていました。
だから一部の人は彼のことを『万能』の二つ名で呼びます。
しかし、彼が特別扱いされる理由は彼が「万能」だからでもありません。
彼は座学も一流でした。
魔法を上手く使うだけではありません。
彼は学園の座学の成績は一番だったのです。
その知識たるや、アカデミーの研究員もかくやというほどの聡明ぶりなのです。
だから一部の人は彼のことを『秀才』の二つ名で呼びます。
しかし、彼が特別扱いされる理由は彼が「秀才」だからでもありません。
たとえ芸術的なゴーレムを作れる「人形使」でも、
たとえ早くもその才能を開花させた「天才」でも、
たとえ全ての魔法を平等に使える「万能」でも、
たとえ知識を有する「秀才」であっても、
学園は彼を特別扱いはしなかったでしょう。
彼が特別な扱いをされる理由は別にあります。
彼が自室まで朝食を運ばせるのも。
専属のメイドをつけるのも。
その特権が許される特別な理由。
それは彼の足にありました。
「エンチラーダ、朝の授業は?」
口元をナプキンで拭きながらテオは聞きました。
「土の授業になります」
「では、そろそろ行くとするか」
「では移動いたしましょう」
そう言ってエンチラーダは彼の座っていた椅子を動かします。
そしてそのまま扉まで移動をします。
コロコロと音を立てて動くその『車』椅子に座るテオの下半身には。
膝より下が存在しておりませんでした。
「人形使」「天才」「万能」「秀才」の他に、テオにはもう1つだけ二つ名がありました。
彼に直接言われることのない、
それで居ながらどの二つ名よりも呼ばれることが多い二つ名。
他人と違う違う『特別』な彼に対して、殆どの人間は侮蔑と嘲りを込めてこうよびます
「足無」のテオと。
◆
特別な存在は特別な扱いを受けます。
ただしその特別扱いは、
必ずしも好意的なものとは限りません。