○月×日◇曜日
いいかげん日記を書く事が日課になってきている事を実感する。だって他国で戦火が届いていないとは言え内戦状態が続く他国にある村で呑気に日記なんて書いているんだ。本来ならすぐにでも逃げ出したいけどそうもいかない。アルビオンの地に潜む黒化した英霊(サーヴァント)を捕らえるまではこの国を出る訳にはいかない。そうしなければフーケが捕まるの覚悟で俺を殺しに学院へやってくる。
イリヤ達にフーケに捕まっていた事を正直に白状した後、どうやら飛行船が当分出ないと宣言された俺達は結局、ルビーが一番最初に言っていた自分で飛んでアルビオンまで行くという無謀行進となった。イリヤ達に杖を奪われて魔法が使えない事を白状するとルビーに深い溜息を吐かれて無力だなんだと言われて新しい杖を用意すればいいじゃないですかと気軽に言われた。確かに魔法が使えない俺は足手まといでしかないがルビーの提案だけは却下した。
貴族にとって杖とは命を預ける半身のようなもの。間に合わせで用意するようなものでは無い。その半身を奪われておいてどの口がそんな事を言うんだと自分自身に心の中で突っ込みながら宣言した。今回の旅が終わってからじっくり吟味して選ぶつもりだ。アルビオンへ向かう時の事は思い出したくない。絵的にも美しくない、男の意地がボロボロになったとだけ記しておく。
フーケに紹介されて訪れたウエストウッド村は一言で言ってしまえば田舎だった。森の中のそのまた奥、隠れ住むようにあった村には大人がいなかった。この村を訪れた俺達は子供達ばかりで泊まる施設が無い事に気付いて途方にくれていたが帽子を耳が隠れるくらい深く被ったティファニアと名乗るこの村で一番年上らしい少女が向こうから話しかけていた。そこでフーケから渡された手紙を渡すと納得した様子で村へ招いてくれた。色々あった事は確かなのだが大事な事を書き記しておこう。ティファニアさんは美人おっぱいだった。それはもう、トリステインの美貌と謳われたアンリエッタ姫と同等ぐらいに。
○月×日◇曜日
『貴族とは杖がなければただの人』、確かそんな言葉で始まる著書をまだ魔法が使いこなせない子供の頃に読んだ事がある。杖がなければ――――つまり魔法が使えない貴族はただの人、魔法とは貴族にのみ許された特権であり、誇るべき資質であり、弱者である民を守る剣となり、盾となる。貴族として忘れていけない根幹にあるべき誇り、民を守るからこその貴族であり、その為の力が魔法。民の為に戦い、民の為に傷付く。その姿こそ貴族の正しき姿で名誉ある姿。
いつのまにか、絶版となっていたその著書は実家のどこかに眠っているだろう。
そろそろ現実逃避をやめて本題へ移ろう。
『貴族とは杖がなければただの人』、この言葉通りフーケに杖を奪われた俺は無力な人間となり、アルビオンに潜む黒化した英霊(サーヴァント)の捜索は完全にイリヤ達へ丸投げした。ルビー達に足手まといとはっきり宣言されてしまった。イリヤ達といい、ルイズ達といい、最近はなんだか疎外感を感じてしまう。まあ、杖が無い状態で内戦状態の国を歩く度胸は一切ないので別にいいのだが。
もっと言ってしまえばウエストウッド村に来てからやる事が全くない。黒化した英霊(サーヴァント)の捜索は出来ず、ティファニアさんの好意で宿泊する事になった孤児院ではティファニアさんにお客さん扱いされて家事を手伝わせてもらえない。必然的に孤児院の子供の遊び相手を勤めていた。鬼ごっこやかくれんぼ、木の上にのぼったり、おままごとに付き合ったり、木の枝を杖に見立てて貴族ごっこしてみたり、この世界の童話を読み聞かせたりして今日一日を過ごした。ティファニアさんは恐縮しっぱなしだったがむしろこっちの方が癒された。前世の環境があれだったので子供の世話は慣れているし、好きなのだ。特にクソガキと呼ばれる種類の子供と暴れている時が一番好きだ。イリヤ達の方はあまり進展が無かったらしい。ルビーいわく、偶然にもこの辺りに眠っているらしい。正直、洒落になってない。それこそこの村の様に戦う力を持たない場所で覚醒してみろ。全滅の未来しか存在しない。
○月×日◇曜日
それは本当に突然の事だった。日課である朝練を外でやっていた俺は水汲みをしていたらしいティファニアさんとばったり出くわしてしまった。別にそれ自体は問題じゃない、問題はティファニアさんが帽子を被っていなかった事、そして帽子に隠されていた特徴的な耳。
『エルフ』――――子供の頃から常に教えられてきた。大昔から人間と敵対してきた野蛮な種族。見つけたらとりあえず殺しておけと言い聞かされた吸血鬼と似たような存在。物心付く頃から教えられてきた事であるが前世の記憶がある俺はそれが不思議でしょうがなかった。だからと言ってエルフを良い種族だとは思っていない。よくもわるくもエルフによる事件が起きていない訳じゃない。そんなのは一人一人の問題である事は頭で理解しているがどうにもしっくりこない。子供達に心配かけまいと表面上は普通に接する事が出来たがお互いに距離を測り損ねていた。
○月×日◇曜日
目を覚ました時、ティファニアさんが杖を構えて目の前にいた。命の危機を感じた俺は思いっきりティファニアさんを突き飛ばして押し倒すと杖を奪って何をするつもりだったのか尋ねた。あまりに無抵抗だったので気になったのだ。ティファニアさんは正直に答えてくれた。記憶を消す魔法があるのだと、その魔法でティファニアさんがエルフだった事を忘れさせようとしたのだと。俺は溜息を吐いて拘束を解くと杖を返した。本当に悪い事をしたと謝るティファニアさんの表情が真剣そのもので怒る気力も無くなった。美人が涙目とか卑怯です。
アレが現れたのは本当に突然の事だった。昼食を済ませ、再び遊び始めた子供の一人がアレを見つけた。黒いもやを纏った男性、その手には一本の紅い槍。
ランサーの英霊(サーヴァント)。
俺は子供達に向けて全力で逃げろと叫んだ。俺の真剣な表情に子供達は慌ててランサーから逃げ出した。そして俺は失態を犯した。俺が慌てさせたせいで子供の一人が地面に転んだ。ランサーは最初の目標をその子供に絞っていた。恐怖で足が竦んでしまった。イリヤ達は捜索に出かけていてこの場にいない。気付いて戻ってきているだろうがあの男の子を守るには間に合わない。気が付いた時には俺の横を黒い影が横切っていた。ティファニアさんだった。男の子を守るよう胸に抱いてランサーに視線を向けるティファニアさんを見た時、俺の身体は動いていた。心が震えた。自分の未熟さに、自分の無様さに、ティファニアさんの強さに。
それからの事は全く覚えていない。目を覚ました俺は右肩を怪我して重傷状態で、イリヤ達がランサーのクラスカードを手に入れていた。
記憶を消す魔法の話を聞いて考えていた事がある。
これをもし俺が読み返しているならこの日記を手渡したティファニアさんを信じろ。
彼女はエルフとか関係なく、素晴らしい人物だ。本人である俺が保障する。
ティファニアの記憶
あの人と出会ったのはいつもの様に平和な時間が流れている時だった。皆に指示を出して家事をしている時に私を探している子供達がいて、話を聞いてみたらマントを纏った貴族がメイドの女の子を二人ほど連れて村の入り口で立ち往生しているという話だった。『貴族』という言葉に反応した私はマチルダ姉さんに教えられた通り、自宅に戻って耳が隠れるまで帽子を深く被るとこの村を訪れた貴族さん達に声をかけた。
あの人達はそんな私に助かった表情を浮かべると宿泊する宿が無いか、尋ねてきた。勿論、孤児院であるこの場所に宿は無い。宿泊する場所なら孤児院があるけど貴族の方が泊まるような場所では無い。その事をあの人達に伝えると困った表情を浮かべてマチルダ姉さんの文字で書かれた手紙を手渡してきた。
手紙の内容は危険な魔獣がアルビオンに存在してその退治の為にあの人達は姉さんの紹介でこの村に拠点を置きに来た。色々書いてあったけど簡単に纏めるとそんな内容の手紙だった。姉さんの紹介なら警戒する必要も無いと考えた私は自宅にあの人達を泊める事にした。
貴族であるあの人がこの村に馴染むのは早かった。イリヤさん達が危険な魔獣を捜索している間、あの人は子供達の相手を率先してくれた。貴族の方とは思えない無邪気さで子供達と鬼ごっこやかくれんぼをして森を走り回るあの人の表情が本当に楽しそうで私はあの人が貴族である事を忘れかけていた。
だからこそ、あの人に自分がエルフの血を引いている事がばれてしまった時にどう対応していいのかわからなかった。あの時の騎士の方と違ってあの人は動揺して困った表情を浮かべえるだけだった。表面上は普通に接してくれていたけど、あの人との間に深い溝みたいなものが出来ていた。私はその事がなぜだか悲しくて、あの人に魔法を使おうとした。その結果は散々で突き飛ばされて押し倒されて杖を奪われた私は息の荒いあの人の質問に正直に答えた。私がエルフの血を引いている事を忘れれば前と同じように接してくれると思った事。あの人は溜息を吐いて私の拘束を解くと謝罪してきた。私のせいとはいえ乱暴した事、エルフというだけで動揺してしまった事、まだ割り切れていない事。それでも私はあの人の本音が聞けて嬉しかった。
「全員逃げろ!?」
あの人の切羽詰った声が村に響いたのは昼食を済ませて少ししてからだった。視線の先には黒いもやを纏った男性、その手には紅い槍が握られていた。その時に理屈ではなく、本能で理解した。アレがあの人達が捜索していた魔獣なんだと。そしてアレの前で転んだ子がいる事に気付いた私は逃げろと命令する本能を押しのけてアレから子供を守るように抱きしめた。視線の先にあるアレは既に手に持った槍を振り上げていた。
「っ!」
――――来る筈の痛みは無かった。だた、苦悶する声と右肩を突かれた温かいあの人の血が少しだけかかった。
「――――っ!」
「逃がすか、馬鹿。イリヤ!」
あの人は自分の右肩を貫いている槍を両手で握るとイリヤさんの名前を叫んだ。
『アハー、お互いに忌み嫌う異種族の異性を身体を張って助けるとかどこの主人公ですか~。あ、イリヤさん、物理全力ですよ』
「わかってるよ! 美遊!」
突然現れたイリヤさんはメイド服姿ではなく、見た事の無い姿であの人が槍を握っているせいで動けない黒いもやを纏った男性を持っていた杖で思いっきり空中へ吹っ飛ばす。
『騎英の――っ!』
「勘違いするなよ、俺はエルフを守った訳じゃない。アンタとアンタが守ろうとした子供を守っただけだ」
私が見えたのは空に光が奔った事と血を流したあの人が倒れてきた事だけだった。
目を覚ましたあの人から告げられた言葉に私はショックを受けた。私の魔法でこの村での出来事を忘れさせてほしい。イリヤさんがなぜそんな事をするのか尋ねて、あの人は答えた。あの人がまだ未熟である事、エルフである私の存在を隠し通す自信が無い事、弱いあの人は何かの取引で私を売ってしまう可能性がある事、この村に貴族や争い事が必要無い事。
色々な理由を並べたあの人の言葉に共通しているのは自分が弱い人間である事とこの村を思っての事だった。あの人の瞳を見るとその決意が本物だった。
あの人は持っていた荷物の中から見た事無い文字が書かれた本を取り出すとその内の何枚かを破いて私に渡してきた。
「今度、ティファニアさんと会えた時、その紙を俺に見せてくれないかな? 俺がもっともっと強くなって種族なんて関係ないって言えるようになったら会いにくるから」
「ティファニアでいいですよ。そっちの方が私も嬉しいです」
「それじゃ、今度からはそう呼ぶよ。ティファニア」
慌てて用意した長い杖のような木に身体を預けて優しい笑みを浮かべるあの人に向けて胸が締め付けられる思いで杖を振る。
『記憶の方は私達が適当に補強しておきますから、安心してください。でも、よかったんですか? 本当は少しぐらい好きだったんじゃないですか?』
「ちょっとルビー!」
喋る杖のルビーさんと慌てるイリヤさんに苦笑しながら頷く。
「今度はティファニアって呼んでくれるそうですから」
『せっかく立ったフラグを自分でへし折るとは男は馬鹿ですね~』
あの人を抱えながら去っていくイリヤさん達を見届けながらあの人に渡された紙束をぎゅっと握り締めた。
後書き
主人公は全部忘れています。日記もティファニアに渡しました。イリヤ達は覚えてますが。主人公はエルフの所在という価値の有る知識に責任を負う自信が無くて忘れました。特に原作にもあったようにティファニアは美人ですし。情報売ったらかなりの価値じゃね的なノリです。