こじんまりして落ち着いた雰囲気を醸し出している部屋の中には沢山の本棚と同じく沢山の書物が並べられていた。
「…………また、ソレを読んでいたんですか?」
備え付けの小さな机と椅子に腰掛けて『とある書物』を読み耽っていた男性に美しい金色の髪を持った美女が声をかける。その声音は呆れを含んでいた。
「あぁ、ティファか……」
何度も何度も読み返したのであろう、男性の持っていた『とある書物』は手垢が付き、薄汚れていて用紙自体もボロボロの状態だった。
愛しい愛妻の声に『とある書物』に意識を向けていた男性はパタンと閉じると美女へ視線を向ける。その顔は何かを懐かしむ表情だった。
「そう言うな。未熟だった頃の自分を見つめ直し、昔の自分より今の自分がしっかりしなければと戒めているんだよ」
「もう、それだけじゃあないんでしょ?」
愛妻の浮かべる呆れた表情。でも、懐かしそうに笑っているのは愛妻も同じだった。
「あぁ、学生の頃は本当に色々と有ったが今までの人生で一番楽しくて一番大変だったからな。今じゃあ皆、簡単に会える立場じゃなくなったからな。一国の王に虚無の魔法使い、軍の総司令に魔法衛士隊の総長、今思えばとんでもない学院生活だな」
そう言って笑う男性は『とある書物』――――男性が書き綴った日記を丁寧に本棚へしまうと部屋の外で待っている愛妻の下へ向かう。
「今日は家族でピクニックの約束ですよ」
部屋から見える窓の外には愛妻の血を受け継いだ特長的な耳を持つ娘と自分の血を受け継いだ息子がこちらに向けて手を振っていた。その横には青いノースリーブの和服に狐耳、大きな尻尾が特徴である自分の使い魔が立っていた。
「だ、駄目です。子供達が見ています」
愛しい愛妻を抱き寄せると愛妻は幼い少女の様に顔を赤らめる。外を見ると自慢の使い魔が子供達に手を添えて目隠ししていた。
「大好きだよ、ティファニア」
「んっ……」
俺は――――手に入れた幸せに口付けした。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの記憶
あのハルケギニアと言う世界での出来事は私達だけの秘密である。本当は秘密にする必要も無いのだけれど世界を移動したなんて事が『あの二人』にバレたら私と美遊がどんな目に遭うか、考えただけでも恐ろしい。
私達の世界に帰ってきた後、ルビーが教えてくれた。私達があの世界へ呼ばれてしまった理由。あの世界は元々、何処か別の地球と繋がっているんだとか。世界を繋げる、それはとても珍しい魔法であの世界でも私達を呼び寄せたあの人以外に使いこなせる人は殆どいないような魔法らしい。私達を呼び寄せたあの人自身、自分が世界を繋げる魔法が使える事を知らず、使い魔召喚の儀式で『無自覚』で世界を繋げる魔法を発動させて、『無自覚』だったからこそ未完成だった世界を繋げる魔法は本来繋がる筈の地球ではなく、その場にいた弓兵さんと同じチカラのクラスカードを持つ私達の世界へ繋がり、私達を呼び寄せたらしい。勿論、これはルビーの考察であり、事実かどうか確かめる術はもう無い。あの世界と私達の世界が繋がる事はもう無いから。
あの世界で過ごした数ヶ月間は多分、これからもずっと忘れる事は無いだろう。私達をハルケギニアへ呼び寄せたあの人を筆頭にルイズさんやキュルケさん、タバサさんやシエスタさん、あと一応ギーシュさん。他にも色んな人にお世話になって色んな人に助けてもらった。
なにより一番助けてもらったのは弓兵さんだ。召喚された当初、混乱状態だった私達の代わりに衣食住を確保してくれて、世界にばら撒かれたクラスカードを回収するのにも協力してくれた。
…………何か私達に隠し事していたようだけどソレも私達の世界に帰ってきてから気が付いた。
「イリヤ、そろそろご飯だぞ!」
「わかった!」
お兄ちゃんの声が聞こえてきて、私は返事をすると自分の部屋を出てリビングへ向かい、美味しそうな料理が並ぶテーブルを見る。
「今日は俺が全部作ったんだ。料理の感想を聞かせてくれよ」
「シロウ、私達の仕事を取らないでください」
「料理が好きなんだ。俺の趣味を奪わないでくれよ、セラ」
セラのジト目にお兄ちゃんは困ったような曖昧な笑みを浮かべる。
「いただきます!」
皆で手を合わせて一礼。
「どう、かな?」
美味しそうな料理を一口、お兄ちゃんが首を傾げて尋ねてきた。
「う~ん、美味しいけどお兄ちゃんならもっと美味しく出来ると思うな」
「そ、そうか?」
私の言葉にお兄ちゃんは面食らった表情を浮かべる。珍しい私の辛口評価に驚いた様子だった。けど、私は知っている。もっと美味しいお兄ちゃんの料理を。
――――あの世界で何度も食べさせてもらった料理。
だってこの味は弓兵さんの味だから。
後書き
最後はやはりイリヤによる身元バレです。
ありがたい事に後日談などの続きを望む声がある様ですが、これでゼロ魔日記は完結とさせていただきます。元々、一発ネタとして掲載した作品でしたので世界観のすり合わせが大雑把になっていたので両作品のファンの方には面白くない場面などもあったと思いますが最後まで応援ありがとうございました。
自分なりに思うところがあって感想返しをしませんでしたが皆さんの感想を糧に完結まで持ち込む事が出来ました。本当に応援ありがとうございます。また、いつか、チラシの裏か何処かにひょっこり出てくる事があると思いますので見かけた時はまた応援していただけると嬉しいです。