とある主人公の記憶
ただ他者を傷つけて殺す圧倒的な力の前にローブの女性は魅了された様子で笑っていた。魔術師(キャスター)の一撃で強い風が吹き、ローブで隠したその顔が露になる。目が覚めるくらいの黒髪美人、けど驚くべき所はそこでは無く、その額に刻まれたルーンだった。
確かあのルーンは見た事がある。それも最近では無くてもっと昔、弓兵(アーチャー)が伝説の使い魔『ガンダールヴ』だと教えてもらった頃、コルベール先生に興味本位で教えてもらった『ガンダールヴ』以外の伝説の使い魔に刻まれるルーン。あらゆる魔道具(マジック・アイテム)を操り、使いこなすと言われた神の頭脳『ミョズニトニルン』。そのルーンをローブの女性は持っていた。だからこそ、彼女は魔道具(マジック・アイテム)の一種であるクラスカードの『正しい使い方』を知っていたのだ。
「凄い……、凄いじゃないか! 私はこのチカラを待っていた! 無造作に振るわれる圧倒的な暴力! あぁ、見ていますか、ご主人様。私はとうとう世界を壊すモノを作り上げた!」
そう言って笑う彼女の瞳には目の前にある圧倒的なチカラ以外、何も見えていなかった。だからこそ、隙だらけだった彼女の胸に弓兵(アーチャー)の放った矢が直撃した。
「えっ…………」
「ぐっ!」
彼女が驚いた様子で自分の胸を寸分違わず射ち抜いた矢を見下ろす。それとほぼ同時にとても冷徹な表情を貼り付けた弓兵(アーチャー)がクラスカードを拾おうとしていたワルドの前に現れて寸前の所で反応したワルドと剣を交える。その間にイリヤ達も現れて巻かれたクラスカードを回収している。
「何を呆けている! 早く彼女達を保護して安全な所まで非難させろ!」
魔術師(キャスター)の相手で忙しいこの時に他の相手などしていられない。すぐさま他の敵を排除した弓兵(アーチャー)の冷徹で冷静な判断にハッとなり、慌ててティファニア達に駆け寄るとその拘束を解く。
「二人ともっ!」
俺の叫びにイリヤと美遊の二人は頷いて、俺達三人を抱えて魔術師(キャスター)がいる場所から物凄い速度で遠ざかっていく。
『私達が戦った魔術師(キャスター)の英霊(サーヴァント)はあんな姿ではなかったですし、あの魔術師(キャスター)に心当たりは?』
移動中、いつもと違い余裕の無いルビーの言葉に頷いて答える。
「『玉藻の前』、あれは彼女が黒化した英霊(サーヴァント)だ!」
『はー、確か本来なら神霊クラスだったのを英霊(サーヴァント)になる為に限りなく弱体化させて英霊(サーヴァント)となったパートナーでしたよね。あれほどのチカラを持っているとなると今の彼女は『英霊(サーヴァント)では無い力の塊』って事でいいんですかね?』
事情を知らない二人が首を傾げてこちらを見ているが一々説明している状況では無い。
「たぶんそうだ。いくらなんでもあんなチカラは持ってなかった!」
『いやー、参りましたね~。『玉藻の前』と言えばアマテラスの一部じゃないですか、最後の敵が神様とか何処のRPGですか~。まあ一応、相手の正体が分かっているのでしたら少しはやりようがありますけど、元々の地力が違いすぎますからどうしたものか』
彼女の真名を聞いたルビーの声音に少しだけ余裕が戻っていた。何かしらの秘策がルビーにはあるのだろう。
『秘策も何も彼女の真名が判明しているならひたすらそれを攻めるだけじゃないですか』
ルビーの言う彼女の弱点、そんなもの考えるまでもない。『破魔の矢』、彼女がどんな姿になろうが彼女にとって弓兵(アーチャー)の英霊(サーヴァント)が天敵である事には変わりない。そしてこの場に弓兵(アーチャー)のチカラを持つ人間は二人いて、魔法が主体の戦争といえど戦場なのだから弓矢の量が足らないなんて事は無いだろう。最悪、伝説にあった通り三日三晩、矢を放ち続ければ弓兵(アーチャー)達のチカラを借りずとも倒す事が出来る。『破魔の矢』を受けた時の彼女は英霊(サーヴァント)ではなく、本来のチカラを持っていた彼女なのだから。
『その為の協力はそちらで取り付けてください。私達は弓兵さんの援軍へ行ってきますので』
ルイズやウェールズ皇太子達がいる後方まで避難して、お荷物であった俺達を置いたイリヤと美遊が休む暇も無く、弓兵(アーチャー)を助ける為に戦場のど真ん中へ向かう。弓兵(アーチャー)はワルドの相手をしながら他へ被害が行かない様に魔術師(キャスター)の注意を引いている。その表情に余裕は無い。
「ちょっとあんた達、大丈夫なの!」
「状況を説明してくれるとありがたいんだけどね」
幸いと言うべきか、こちらの様子を見ていたらしいルイズ達が慌ててこちらに駆け寄ってくる。その中には会いたいと思っていたウェールズ皇太子の姿もあった。
「ウェールズ様、あれは『黒い悪魔』の一人です。イリヤ達も応戦していますがこちらも矢で支援をお願いします」
「わかった。しかし、あれだけのチカラを持った『黒い悪魔』に矢程度が通用するのかい?」
確かにこの世界では矢より魔法の方がよっぽど強い。しかし、そんなものを放ったところで彼女に届く事は無いだろう。弱点である矢だからこそ届くのだ。しっかりと頷く俺の姿にウェールズ皇太子は隣にいた軍人へ指示を出す。
「全軍に通達、弓矢で弓兵(アーチャー)君達の援護を」
「わかりました。ですが……」
「彼等か……」
全軍へ指示を飛ばす軍人さんの視線はまだ連合軍と戦おうとしている神聖アルビオン共和国の軍隊がいた。もし彼等が協力してくれればとても心強い。この状況でも敵対してくるなら邪魔な存在である。
「よければ停戦の使者を送りますが……」
「いや、僕が直に行く」
「で、ですがそれでは!」
ウェールズ皇太子の言葉に軍人さんが戸惑う。それもそうだろう。この非常時に大将が敵陣のど真ん中へ行く。どう考えても無謀である。
「違う! 君も見ただろう、アレのチカラを。もしこれ以上アレがこの国で暴れてみろ、民への被害は広がるばかりだ。この非常事態に国が分裂している暇は無いんだ。僕が自ら乗り込んで彼等を指揮する!」
そう宣言したウェールズ皇太子の瞳はただ真っ直ぐにアルビオンの未来を思い、守りたいと思う気持ちに溢れていた。神々しさすら感じるそのカリスマに周囲の人間全員が息を呑んだ。
アルビオンを統べる王、誰もがその存在に心を奪われていた。
「僕が貴方達に言える事は無い。謝罪した所で無駄だと分かっている。けど、これだけは言わせて欲しい。この戦争が終わったら会いに来てくれないかな? その時は全力で君達を歓迎する」
ティファニア達の方を見て、そう告げたウェールズ皇太子は少しの護衛だけ付けて、神聖アルビオン共和国の軍へ向かっていった。それから数刻後、魔術師(キャスター)への攻撃に神聖アルビオン共和国の攻撃も加わっていた。
それでも彼女が倒れる事は無かった。ワルドを下し、弓兵(アーチャー)達と三対一の状況でも五分五分か、それ以上の戦いを見せていた。
だからこそ、俺はその違和感に気が付いた。
『何故、一国を簡単に滅ぼす程のチカラを持った彼女と戦力が拮抗しているのか?』
考え出したら止まらない。思考の海へ溺れていく。
弓矢の援護が効いている? 確かに少しは効いている筈だ。しかし、戦力が拮抗するまで絶大な効果を発揮するものなのか。
天敵である弓兵(アーチャー)クラスが二人もいる。確かにそれもあるかも知れない。しかし、天敵の弓兵(アーチャー)クラスとは言え、簡単に英霊(サーヴァント)の一人や二人、片付けられる彼女なのだ。それだけでは説明がつかない。
そして最後に一つ、彼女が一番最初に放った一撃。大勢の人間を消滅させた『大規模』な攻撃があれから一度も起きていない。攻撃と言えば弓兵(アーチャー)達の攻撃をあしらう為に使用されるのが殆どである。
――――そう、魔術師(キャスター)自ら行った攻撃が最初の攻撃以外、全くと言っていいほど無いのだ。
一方的な人間の攻撃…………それはまるで伝説の再現、彼女はただ俺達人間の攻撃をじっと『耐えていた』のだ。
「っ!」
気が付いた瞬間、雷が落ちたような衝撃が俺の中を奔る。どうやら俺は最後の最後まで大馬鹿野郎だった。俺は自分がぶん殴りたくなるほどの勘違いをしていた。
――――魔術師(キャスター)の英霊(サーヴァント)、『玉藻の前』。
その生涯は神霊として、悪霊としてカテゴライズされるモノだった。悪霊として扱われた『玉藻の前』はそれでも人間の事が好きだったのだ。化け物として扱われた。それでも人間が好きだった。
そんな彼女の生き様をたかが『悪意を切欠にした程度』で変える事が出来るだろうか。
なにより彼女を生み出した俺が敵だと認識していた相手にしか彼女は攻撃していない。今現在、俺が敵だと思っていたのは『彼女自身』。だから彼女は俺達の攻撃を甘んじて受けていた。
「いかなきゃ……」
身体が自然と動いていた。
「ちょっとあんた! 何処に行くのよ」
ルイズの心配する声が聞こえた。
「何考えている! 戻ってこい!」
色んな人が俺を呼び戻そうと叫んでいる。だけど、その中で俺の心に響いたのはティファニアの言葉だった。ただ一言。
「いってらっしゃい」
――――行ってきます。心の中で呟きながらただ叫ぶ。
「イリヤ! 俺を彼女の所まで連れて行け!」
その叫びが聞こえたのか、イリヤが驚いた様子でこちらを見た後、すごい速度で俺の下へ来る。
『もしかして解決方法でも見つかりましたか?』
ルビーの言葉に頷く。
「分かったんだ。彼女は俺が生み出した。だから、俺が受け止めてやらなきゃ駄目だったんだ」
化け物だから彼女は殺された。そして今、化け物だから殺されようとしている。けど、本当にそれでいいのか? 良い筈が無い。『玉藻の前』を人間では無い化け物として見捨てるなら俺はティファニアに顔向けが出来ない。
『人間じゃない化け物程度』の事で俺は自分が生み出した『玉藻の前』を見捨てる事は出来ない。
「ごめん、本当にごめん。俺が勝手に呼び出したのに。俺が勝手に君を傷つけた……」
イリヤに連れて行かれた戦場のど真ん中でじっと俺を見ていた『玉藻の前』を抱きしめる。
矢が降り注ぐその場所はいつのまにか剣の突き刺さる荒野へ変化していた。『玉藻の前』を説得するのに攻撃など必要無い。弓兵(アーチャー)は無粋なものを排除したとばかりに肩を竦めた。
「……え?」
気が付いたら、大人しく抱きしめられていた『玉藻の前』に押し倒されていた。そして口付けが交わされていた。
唖然とする俺を余所に表情の見えない『玉藻の前』はそれでも確かに笑っていた。その右手には使い魔の証であるルーンが刻まれていた。そして『玉藻の前』は満足そうに頷くとカードとなって消えた。
「え? どういう……」
『アハ~、貴方一体、人外からどれだけモテるんですか~』
思考が追いついていない俺はルビーのからかいに反応出来なかった。
『――――さてと、クラスカードも回収した事ですし、私達も元の世界へ帰りますか』
「え?」
「ルビー! それってどういう事!」
ルビーの何気無い台詞にイリヤが叫んだ。
『いやいや、そんな驚かなくてもいいじゃないですか。私達がこっちの世界に来てからどれだけ時間が経ってると思ってるんですか。帰る方法ぐらい、きちんと見つけてますよ。膨大な量の魔力を必要としますが元の世界へ転移する事は可能です。魔力は丁度、このクラスカードへ残ってますしね。私としてはクラスカードに集まった魔力が四散する前に向こうへ帰りたいのですが……』
「それにしたって急過ぎるよ!」
「そう思う」
イリヤと美遊の言う通りだった。いくらなんでもこれでお別れは寂しすぎる。イリヤ達にお別れを言いたい人だって沢山いる筈だ。
「いや、イリヤ達はこのまま帰った方が良い」
そんな中、弓兵(アーチャー)だけがルビーの味方をした。
「言い方が悪いが我々のような戦力が自由に動けたのはクラスカードという我々しか対応出来ないものがあったからこそだ。そのクラスカードが全て集められた今、我々と言う戦力は圧倒的なチカラだ。あまり言いたくないがルイズと違い、君の家柄はあまりよくないだろう?」
それはそうだ。公爵家と比べればかなり見劣りする。何代も前の当主が王家の血縁者だったらしいが今では月とすっぽんだ。
それで弓兵(アーチャー)の言いたい事が分かった。ルイズくらいの家柄なら弓兵(アーチャー)を軍事的な戦力として利用したいと言って来ても跳ね除ける事が出来る。だが、俺の家柄ではそれは難しい筈だ。今でさえ、プロパガンダとして使っていいと許可しているくらいだ。トリステインの軍事力から察するにイリヤ達のチカラは喉から手が出るほど欲しいだろう。そうなると断りきれない。
イリヤ達が戦場へ向かうぐらいなら今ここで帰った方がマシだ。
「ねえ、ルビー。今すぐじゃなきゃ駄目なの?」
『はい、今現在でもクラスカードに集まっていた魔力がどんどん四散していますから』
ルビーの台詞は珍しく真面目な雰囲気だった。
「イリヤ……」
「…………うん、わかった」
不満そうなイリヤにどこかで割り切っていたのか冷静な美遊が声をかけるとイリヤが頷いた。
「御疲れ様、君達と出会ってから俺の人生は変わったよ。いままでありがとう」
彼女達をこの世界へ呼び寄せた事。事故だとしても謝るのは違う気がする。だからこそ、ありがとうが相応しい。
「私、この世界の事を一生忘れません!」
『まあ、世界を超えた訳ですからそうそう忘れるものでもないと思いますけどね』
「……ありがとうございました」
『こちらでの出来事は記憶しておきます』
みんながみんな、心の中で寂しさを感じていた。それでも浮かべた表情は笑顔だった。
ルビーを中心に魔法陣が浮かび上がる。
「イリヤ、さようなら…………。幸せそうに生きてる姿が見れて『俺』は嬉しかったよ」
弓兵(アーチャー)の言葉が呟きが聞こえたのか、イリヤは満面の笑みを浮かべてこちらに手を振りながら姿を消した。
「………………さて、君はどこまで知っていたのかな?」
イリヤ達を見送った後、不思議な沈黙が漂う空間で弓兵(アーチャー)が呟いた。
「…………とりあえず、イリヤの『弟』だった事くらいかな」
「……そうか、君にも礼を言っておこう。君がイリヤを呼んでくれたおかげで『俺』は救われた気がしたよ」
「そりゃどうも、俺達もそろそろ帰ろうか」
「あぁ、外は矢の雨あられだ。気をつけるんだぞ」
「――了解」
荒野が草原に変わっていくのと同時に矢の雨を掻い潜りながら全力で二人して避難する。
「ちょっと、二人とも大丈夫! イリヤ達はどうしたのよ!」
クタクタの俺達にルイズ達が駆け寄ってきた。
「二人はクラスカードを回収して『自分達の世界』へ帰ったよ……」
「アンタはそれでいいわけ?」
ルイズの言葉に肩を竦める。いいも何も俺は元々フクロウの使い魔が欲しかった。
「とりあえず、また使い魔召喚の儀式をしないとな」
そう言いながら俺は笑う。
イリヤ達の来訪とクラスカードを巡る戦いは終わったのだから。
後書き
はい、特に言う事はありません。キャス狐さんなら黒化した状態でも人間大好きだと信じています。あまり言いたくないですがあえて言います。前書きにもありますが『この小説はノリと展開を優先します』。だしておいてなんですが黒化キャス狐さんとガチバトルしても勝てる展開が思いつかなかったのでこのような展開となりました。主人公の役得があったけどこれぐらいなら大丈夫だよね?