○月×日◇曜日
ティファニアに渡された手紙にも書いてあったけど習慣とは本当に恐ろしいものだ。こんな状態になっても日記なんて書いているんだから。身体は傭兵達によってボロボロになっていて、保健室に放り込まれた俺は水系統のメイジから治療を受けて大体の傷を治したのだが、大事をとって一晩だけ保健室で休む事になった。
神聖アルビオン共和国からトリステイン魔法学院へ向けられた刺客の傭兵達による襲撃の被害はこちらがアルビオンから避難してきた民間人を護衛する為に派遣された銃士隊の隊員が数名、学院へ襲撃してきた傭兵達は壊滅状態だった。結果だけ見れば充分に勝利していると言えるものだったがそんな事、俺にとってどうでもいい事だ。ようやく思い出せて好きだと伝える事が出来たティファニアがトリステインを裏切って神聖アルビオン共和国へ寝返ったワルド子爵に攫われた。自分が昔、子供だった頃に読んだ事のある本『イーヴァルディの勇者』の様に攫われたお姫様を颯爽と助けに行く。そんな事が出来たらどんなに良い事だろう。しかし、現実の俺は呑気に保健室で休んでいる。ボロボロの状態でアルビオンへ行った所で何も出来ない。休んで体調を整える事が重要な事は分かっている。それでも落ち着かなかった俺は何度も皆に隠れて外に出ようとしたがその度にキュルケやタバサ、それにコルベール先生、果てにはイリヤと美遊、色んな人が俺を心配してくれて抜け出そうとする俺に対して本気で怒ってくれた。その優しさが本当に嬉しかった。
なんとなく、書く事が恥ずかしいけど俺がどんな状況になっても日記を書き続けるのは習慣だけじゃないんだと理解した。それは些細な事だ。誰かと喧嘩した、誰かと仲直りした、誰かの優しさに触れた、自分の弱さを知った、自分の成長を感じた。日々、気付かない内に起きて身に付いていた俺の弱さや強さ、俺が色んな人に支えられて生きている。そんな当たり前の事を自分で自覚出来る。そんな大切な事を記録しておけるから。だから、俺は日記を書き続けているのかも知れない。
○月×日◇曜日
今更ながら魔法って凄い。あれだけボロボロだった身体の傷を一晩で癒し、万全の状態になってるんだから。一番最初、俺は一人でアルビオンへ行くつもりだった。無謀だって事は分かっている。ワルド子爵は俺に伝言だと言っていた。それはつまりワルド子爵の背後に居る人物はクラスカードの存在を知っている。最悪の場合、神聖アルビオン共和国のクロムウェルの様にクラスカードの『正しい使い方』を知っているかもしれない。『カードを持って来い』と言っている以上、罠が仕掛けてあるアルビオンにイリヤ達を連れて行く事は出来ない。そう考えて、イリヤ達には秘密で出て行こうと思っていたが学院の外へ出たらルビーとサファイアを輝かせていた二人が青筋を浮かべて立っていた。一悶着有った後、黒焦げの俺を正座させてお説教、色々怒られた後で自分達は使い魔だから頼って欲しいと言われた時は正直、ウルッとした。それと同時にルビーの貴方はメイドさんのスカートをミニスカにしてチラリズムを楽しむ変態なんですからシリアスなんか似合いませんよと言われた。うるさい、死ね、過去の失態を掘り起こすな。上げて落とすな、結構良い話で纏まりそうだったのに。
当たり前と言えばそれまでなのだが学院の外でガヤガヤ騒いでいた俺達は学院の皆に見つかった。そして丁度良いとばかりに襲撃者である傭兵達を護送するアニエスさんに捕まった。正確に言えば王宮へ連れて行かれて、アンリエッタ様と面会した。学院を襲撃者から守った功績を評価された事とトリステインにとって裏切り者であるワルド子爵と会話した証人として。行くのですかと尋ねてくるアンリエッタ様に俺はしっかりと頷いた。そんな俺にアンリエッタ様は満足した様子で頷くと規定が変わって受け取る事が出来なかったシュヴァリエの称号を俺に与えてくれた。目を白黒させる俺にアンリエッタ様は歳相応の子供っぽい笑みを浮かべて、たとえ勇者ではなくともお姫様を守るのは騎士の役目ですと言ってくれた。やっぱり俺はこの国に生まれて良かったと心から思う。
なにより、誰もティファニアが『エルフ』である事を触れずに絶対に取り戻してこいと激励してくれる事が嬉しかった。
○月×日◇曜日
『特殊任務』を遂行する魔法衛士隊の隊員としてアルビオンへ援軍に向かう軍艦にアンリエッタ様の好意で乗せてもらった俺は凄いあっさり自分の夢が叶ってしまった事に拍子抜けしてしまった。シュヴァリエの称号もこの為に頂いたようなものだ。勿論、正式に入隊した訳では無い。だから、夢が叶った訳では無いがこうなんと言うか、言い表せない感情がある。
順調にアルビオンへ向かっている俺は『特殊任務』がある隊員な訳で軍艦の中では手持ち無沙汰である。考える事と考える時間はたくさん余っていたので気付いた事が有る。
それはフーケの事だ。フーケは俺にウエストウッド村の人間に何かあったら殺すと言っていた。それほど大切にしていた子供達を、そしてティファニアを、学院に避難していた彼女達を何故自分のゴーレムで危険に晒したのか、もしかしたらフーケは学院にティファニア達が避難している事を知らなかったんじゃないかと思う。もし、この予想が正しければこれはチャンスと見ていいだろう。捕らえられたティファニアに協力してくれる人がいる。それにフーケの正体も意外な所から知る事が出来た。ティファニアに言い聞かせられて俺と初対面を装っていたウエストウッド村の子供達、フーケの事は隠して緑色の髪をした女性について尋ねたらマチルダ姉さんと教えてくれた。サウスゴータ地方に住むマチルダと言う名のメイジ、ウェールズ皇太子に心当たりが無いかと伝書鳩を送った返事は驚くべき内容だった。
――――マチルダ・オブ・サウスゴータ。テューダー王家の血縁者であるモード大公の直臣であり、サウスゴータ地方を治めていた貴族。しかし、モード大公の愛妾であるエルフの母子を庇った為に取り潰されてしまった貴族である。そのマチルダと一緒に過ごしていたハーフエルフがティファニア。
それがつまりどういう事なのか、俺にだって分かっている。身分違いの恋、確かにその通りだ。ただし、それは俺が思っていた立場と違う、ティファニアが上で俺が下。まあ、だからと言って俺がティファニアを諦める理由にはならないので別に関係ない。どちらかといえば両親を黙らせる良い条件だ。
○月×日◇曜日
アルビオンへ到着した俺達はまず最初にルイズ達を探す事にした。ワルドの『アルビオンへ来い』との伝言以外、何も聞いていないのだ。これだけの情報では動きようが無い。ティファニアの事は心配だが、弓兵(アーチャー)が倒したであろうセイバーのクラスカードを受け取る事の方が先決だ。ルイズ達の所在は補給部隊の人間に尋ねたら一発で分かった。ルイズ達が休憩しているらしいヴュセンタール号を尋ねたらすぐに再開出来た。その船にはギーシュも乗っていて、ギーシュが学院を離れてからの近況を話した後、ルイズ達に俺達がアルビオンへ来た理由を説明した。クラスカードを『正しく使う事が出来る何者か』、弓兵(アーチャー)は眉間に皺を寄せて溜息を吐いていたがそこまで気にする必要は無いだろうと言っていた。元々、黒化した英霊(サーヴァント)は巨大な力の塊である。本能の赴くままにチカラを解放するので危ないのだが、そこにわざわざ武器の心得を持たない人間がクラスカードを使うのは逆に圧倒的暴力に知性と言う手綱が加わる事を意味する。
――――『思考する敵』、確かに恐ろしい相手ではある。しかし、『得たチカラを使いこなせない敵』ほど楽な敵はいないだろう。弓兵自身、クロムウェルとの戦闘は楽だったと言っている。だが、懸念するべき所は確かにある。最後に残ったクラスカードの種類は『魔術師(キャスター)』だ。最弱の英霊(サーヴァント)として特に苦戦する事もなく、回収出来ると思っていたがその認識は改めた方がいいだろう。このハルケギニアの地において、魔術師(キャスター)のクラスカードほどメイジがチカラを十全に使いこなせる物は無い。メイジが『正しい使い方』をした時、他のクラスカードより魔術師(キャスター)のクラスカードの方がよっぽど恐ろしいカードなのだ。
○月×日◇曜日
動きがあった。ワルド子爵の偏在が敵陣の真っ只中に現れて、俺に手紙を渡すと姿を消した。それはつまり俺の行動がワルド達に筒抜けだった訳だ。一応、ワルド子爵の偏在が現れた事を近くのアルビオン軍人に伝えたら、ウェールズ皇太子が俺を訪ねて来た。ウェールズ皇太子の片腕を切り落とした男であるウェールズ皇太子にとってワルド子爵は因縁の相手なのだ。いくつか質問の受け答えをして、その場はお開きとなった。ただ、ウェールズ皇太子もフーケの正体を知る為に伝書鳩を出した関係上、俺が何をしようとしているのか知っている筈である。それでもティファニアの事を触れてこなかった事が嬉しかった。
手紙で来る様に指定された場所は神聖アルビオン共和国と連合軍がぶつかり合う最前線だった。
とある主人公の記憶
最前線へ移動した俺達を待っていたのは本当に草原のど真ん中で両手両足を縛られて身動きが取れなくなっているティファニアと同じ様に拘束されているフーケの姿だった。その横にはローブを被って顔が見えない人物とワルド子爵がいた。
「カードは?」
「……ここにある」
ローブを被った人物の声が女性の声だった事に驚きながら懐に入れておいたクラスカードを取り出す。いつでも飛んでこれる位置で待機しているイリヤ達から預かった大切な物だ。
「フーケと貴方は組んでいた筈では?」
「彼女がどうしてもハーフエルフの味方をすると言うのでね」
俺の問い掛けにワルド子爵は肩を竦めながら答えた。声が出せない様に猿轡を噛ませられているフーケはワルド子爵の事を睨んでいた。
「無駄話はいい。要件を済ませましょう」
その言葉に頷いて、持っていたクラスカードの一枚を自分の足下に置く。相手が交換方法を言い出す前にこちらから行動する。他のカードも同じ様に自分の近くにランダムに見える様にして放り投げる。
「俺がティファニアを助ける間にあんた達はクラスカードを拾う。それでいいだろ?」
「……まあ、いいわ」
少し不満そうな声音だったがローブの女性は承諾した。
「罠です。逃げてください!」
「大丈夫だよ」
こっちを見て叫ぶティファニアに安心する様に笑いかける。罠なんて事は充分承知している。だから、弓兵は既に遠くで弓を構えているし、イリヤ達も備えている。最悪、罠があったとしてもイリヤと美遊が好んで使うアーチャーとセイバーのクラスカードは相手から遠い位置に置いておいた。本気を出せばその二枚ぐらいはイリヤ達が確保出来る筈だ。
「ああ、そういえば一つ言っておくのを忘れたな。彼女は良い声で泣いてくれたよ」
ワルド子爵が愉しそうに笑う。俺の沸点が簡単に越える。
「てめぇ!」
皆が見守ってくれている。感情に身を任せてワルド子爵に向けて一歩踏み出す。
「え……」
その瞬間、地面が揺れた。視線を向けると俺を囲う様に『黒いもや』が地面から溢れていた。
「クスッ、地下に眠っていた途方も無い風石の魔力を吸い尽くし、限界寸前だったあのカードに最後の悪意を注ぎ込んだ気分はどうかしら?」
ローブの女性が愉しそうに笑っていた。いつだったか、ルビーが言っていた。『悪意が集まりやすい場所の方が見つけやすい』、俺のワルド子爵に対する悪意で黒化した英霊が出現する。つまり相手の狙いはクラスカードなんかでは無く、最初から俺を狙った罠。
――――しまった。そう思うよりも早く俺は『黒いもや』に包まれた。
『何か』が俺の中に入ってくる。ソレは暗くて黒い感情を持っていた。
――――敵意、悪意、殺意、悲しみ、憎しみ、怒り、色々な感情が入り混じった『何か』を俺は曖昧な思考の中で眺めている。
クラスカードが吸収した人を傷つける為の感情。けど、俺には『何か』の中身に小さな優しさが感じられた。
仲間や友達を傷つけられた怒り――――それは仲間や友達を想う優しさ。
なんだ、別に普通の事じゃないか。『黒いもや』の正体は悪意とか殺意とかそれっぽい事を言っていたけど結局、何てこと無い。人が生きていく中で心に抱えている感情じゃないか。
ただ、黒い感情が大きくなってしまっただけ。
『何か』は生まれたがっていた。セカイに生まれて、この感情を誰かにぶつけたがっている。
――――だから、俺は油断してしまった。『何か』の正体が人間が持つ当たり前の感情だったから。
『何か』は俺の知識から自分がなるべき形を見つけた。
「ッ!」
『何か』が俺の中から出ていき、セカイに生まれる。
――――魔術師(キャスター)の英霊(サーヴァント)。
ただ、それは誰もが予想していた裏切りの魔女と呼ばれたメディアでは無かった。
――――特徴的な獣耳に大きな尻尾、九尾の狐『玉藻の前』。
その出現をきっかけに睨み合いを続けていた筈の神聖アルビオン共和国軍の部隊が動いた。
けど、『彼女』の一撃ですべてが消えた。千を超える人がたった一撃で消え去った。
――――そうか。
理解が追いつかない状況の中でこれだけは理解する。
今の『彼女』は英霊(サーヴァント)として呼び出された『彼女』では無い。ただのチカラとして呼び出された『彼女』なのだ。
後書き
主人公が日記を書く理由と仕込んでおいた参戦フラグ回収。この為だけにキャスターのクラスカードを残しておきました。ハルケギニアでは他のカードよりキャスターのカードの方が重宝される筈……多分。