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No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
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[33077] 幕間1~4
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/09 01:39
幕間1~4



幕間1   空賊戦(前)



「また襲われた?人的被害は!?」
「幸い、有りません。怪我人が数人です」

 タニアはホッとため息をつき、椅子にもたれた。
商会が発足して暫くは順調にいっていたのだが、ここに来て続けざまに商会のフネが空賊に襲われた。今回ので三隻目である。
人的被害が出ていないのが幸いだが、こうしょっちゅう襲われていたら商売にならない。既に噂になり始めているし、このままでは商会が立ちゆかなくなるだろう。
ロサイスの警備隊に取り締まりの強化を願い出ているのだが、どうにも動きが遅い。
やるしかない・・・タニアは決意を固めこちらを見ているベルナルドに頷いた。

 アルビオンの空賊はアルビオンの船を襲わない。
まことしやかに囁かれる噂ではあるが実はある程度真実でもある。散々トリステインから苦情が入ってはいるのだが、本当にアルビオンの空賊はトリステインの船を狙って襲っていた。
もちろん例外もあるが、今回のようにアルビオン船籍のフネが連続して襲われる事は初めてで、警備隊も対応に迷っているのだ。
かつて大々的な討伐など行ったことは殆ど無いし、いざする気になったとしても彼らは神出鬼没でアルビオンの欠片と呼ばれる雲の中の浮遊島を根城とし、滅多な事ではしっぽを掴ませない。

 このままでは更に被害が拡大する恐れがある。タニアはガンダーラ商会として"アルビオン航空法第二十四条例外二項のA"を申請する事を今決意したのである。
この法律は通常大砲による武装が許されていない商船に自衛の為の大砲を積む為の手続きを定めた条項である。
連続して二回以上商船が襲われた商会が対象で、ガンダーラ商会はその条件を満たしている。大砲と人員は警備隊から貸与されるのでその分経費が掛かるが、背に腹は代えられない。
既にロサイス警備隊本部とは打ち合わせが済んでいて申請すれば良いだけになっている。

 タニアは商会の建物を出ると、ある造船所へと向かった。
そこではガンダーラ商会が格安で購入した廃船寸前のフネを即席の護衛船に改造する作業が行われていた。

「どう?ウォルフ、作業は終わりそう?」
「おお、タニア、もうちょいで終わりそうだな。また襲われたんだって?」

タニアが声をかけると甲板からウォルフが顔を出して答えた。ウォルフはここ三日ほど全ての研究を止め、フネの改修に掛かりきりになっていた。

「ええ、どう考えてもウチを狙って襲っているみたい」
「じゃあいよいよこいつの出番だな」

タニアに向かって軽く頷くとフネを叩いた。アルビオンの空賊にガンダーラ商会を狙うという事がどういう事なのか教えなくてはならない。

「仕方がないわ。サウスゴータにはもう連絡を入れたので、エルビラ様が到着したら打ち合わせをしましょう」
「おお、それまでには仕上げとく」
「じゃあ、頼むわ。私はこのまま警備隊に申請に行ってくる」

そう言うとタニアはささっと出て行った。

 エルビラは日頃サウスゴータの城で女官兼警備員として勤めていて、衛兵の訓練も担当している。
能力を考えたらもったいないと言える仕事ではあったが、本人は子育てと両立できるこののんびりとした仕事を気に入っていた。
今回タニアはそのエルビラを戦力として借り出したのだ。当初エルビラは渋っていたものの、悪辣な空賊の実態を話したらその気になってくれた。
彼女のメイジとしての能力はハルケギニア最強と言って良い。参加して貰えるだけでほぼ負ける事は無くなるというチートな戦力を確保できたので空賊退治も幾分気が楽になった。

 三日後、ロサイスの商館にエルビラを始め今回の作戦に参加する面々が集まった。
タニアを筆頭にする商会の面々、商会の警備責任者、ロサイス警備隊、それにマチルダにエルビラ、ウォルフ、更にはマチルダの護衛のメイジ達と言った所だ。
警備隊の面々はウォルフが参加する事に難色を示したが、軽くファイヤーボールを出して港にあった岩を粉砕してみせると黙った。

 ずらりと揃った面々に今回の作戦を説明していく。その作戦はおとりの船団をガリアから寄越し、襲ってきた空賊を捕獲するという単純極まりないものだ。
空賊は大砲で武装しているので、どうやってそれを無効化するのかと言う所がこの作戦の肝と言えた。
その為に呼ばれたのがエルビラだ。実のところ襲ってくる空賊が一隻ならばウォルフが改修したフネで制圧できそうな目処は立っていたのだが、僚船がいた場合対処しきれない。それをエルビラに頼もうというのだ。
サウスゴータにも許可を得て暫く仕事を休んでのアルバイトである。

「と言うわけで、エルビラ様には敵旗艦以外を殲滅していただきます」
「相手は何隻くらいいるのかしら」
「空賊の規模からすると、多くても全部で三・四隻ほどだと考えられます」
「あら、そんなものですか。中々良いアルバイトですね」
「・・・何隻位までお一人で相手できます?」
「十隻位は問題ないと思うわ。私、火薬を積んだフネとは相性が良いのですよ」
「是非、味方は巻き込まないよう、お願いします・・・」

さらっと言うエルビラに揃った面々は息をのむが、本人は涼しい顔をしたものだった。
それならば最初からエルビラが殲滅すればいいのではと思いそうになるが、空賊を捕獲して本拠地を突き止る事が今回の目標だ。

「じゃあ、今日はこれで終わりにしましょう。明日お昼頃出発して、夕方着く予定の船団を公海上空で待ちつつ哨戒しようと思います」
「「はい!」」

 会議室の外ではクリフォードが待っていて、会議が終わり外に出てくる面々を見つめていた。
そして列の一番最後にエルビラが出てくるのを見つけると声を荒げて詰め寄った。

「母さん!やっぱり俺だけ行っちゃダメなんておかしいよ!俺もみんなと一緒に闘いたいんだ!」
「クリフ、サウスゴータに帰りなさいと言ったはずです。何故まだここにいるのですか?」
「俺も、一緒に、闘いたい・・・」

クリフォードはウォルフ達の手伝いする為にロサイスに来ていたのだが、作戦への参加はエルビラに許可されなかった。

「私がマチルダ様やウォルフの参加を認めたのは十分に戦闘能力があると認めたからです。マチルダ様は剣を覚えてから戦闘に幅が出来ましたし、ウォルフは飛行しながら砲撃できるという特技があります。その上で二人とも十分な防御を張る事が出来ます。しかし、あなたは私の『ファイヤーボール』さえ、受け止め切れなかったではないですか」
「母さんの『ファイヤーボール』なんて受け止められるメイジの方が少ないよ・・・」
「あの程度の攻撃は闘いの場では普通に襲ってくるものです。足手まといにもなりますし最低限の戦闘能力を持たない者を戦場へと連れて行くわけにはいきません」
「・・・もういいよ!」

目の端に涙を浮かべて悔しそうに叫び、クリフォードは走り去った。


「兄さん攻撃は結構強くなったけど、防御がまだ甘いからなあ・・・」
「でも、良くあたし達が参加するのは認めてくれたよね、エルビラ」

走り去っていくクリフォードを見送って、エルビラとは少し離れた所でウォルフとマチルダがこそこそと話す。

「実力さえあれば良いみたい。戦闘に関しては結構スパルタだからね。実戦でしか分からない事がある、ってのが口癖だし。それより、マチ姉は大丈夫なの?太守様」
「護衛が五人に増えちゃったよ。邪魔くさいったら無い」
「あんま無理しないでよ?マチ姉に今商会抜けられちゃったら困るんだから」
「大丈夫さ。商会やめさせるなら家を出るって言ってやったから」
「・・・それを無理って言うんだけど」






 所変わってこちらはラ・ロシェールの酒場、その薄暗い地下の一室で二人の男が古ぼけた小さなテーブルを挟んで向かい合っていた。

「良くやってくれた、こちらが今回の分の金だ」

フードをかぶった男がアタッシュケースをテーブルの上に置いた。髭面の男が開いて確認すると中には眩いばかりのエキュー金貨が詰まっていた。

「いいだろう、ごまかしてはいないようだな。これでもう一回あの商会のフネを襲えば俺達はまた元の関係に戻るって訳だ」
「・・・・・」
「しかし、天敵である俺達にこんな事を頼んでくるとはよっぽどあいつらの事気に入らないみたいだな。分かってるんだろう?これがばれたらあんたも縛り首だぜ」
「気に入る気に入らないの問題ではない。あんな商売を成功させるわけには行かん。あんなものはまだ芽が出ぬ内につぶすに限る」
「へっ、まあオレ達はあいつらが成功しても獲物が増えるだけだから全然構わないがな」
「・・・・・」
「ガハハハ、そうしけた面すんなって。心配しなくてももう一回はお前らの言う通りあいつらを襲ってやるぜ」

仏頂面をして黙り込むフードの男の背中を髭面が楽しそうにバンバンと叩く。

「・・・週末にもまた奴らの船が入港してくるらしい。空賊を警戒して船団を組んで来るという噂だ。向こうも何か手を打ってくるかも知れないから十分注意して当たってくれ」
「ハッ、誰にもの言ってんだ。素人が何隻集まろうと関係ないぜ。むしろ獲物が増えて嬉しいってもんだ」
「もう十分にガンダーラ商会が狙われている事を印象づけた。最後の襲撃は・・・」
「分かってるって。言われなくてもちゃんと皆殺しにしてやるぜ。たんまりと貰ったからな、これが終わったらオレ達はほとぼりが冷めるまで暫くはバカンスだ」

よかったじゃねか、あんたのとこの船も襲われないぞ、などと良いながらまたフードの男の背中を叩く。相当に上機嫌だ。

「ふん、これであいつらは再起不能になるはずだ。誰も船員が乗りたがらないフネなんて何隻あっても飾りでしかない。どこからあんなに大々的に始める金を集めたのか知らんが、全て無駄って訳だ」
「ひゅう、怖いねえ。俺らとしたら交易が盛んになった方が獲物が増えて良いんだがな。まあ、今回はあんたらの為に働いてやるぜ」

髭面はアタッシュケースを手に提げフードの男を一瞥すると部屋から出て行った。
その顔は最後まで上機嫌で、もうバカンス先の南の島に思いを馳せているのかも知れなかった。






 翌日、ガンダーラ商会の面々は整備が終わった護衛船に乗り込んだ。
今回ロサイス警備隊から貸し出された大砲は全部で四門。それを前部甲板に全て設置する。
はっきり言って空賊が本気でこちらを襲うつもりならば戦力にはなりそうもない数だ。
しかし、通常の空賊ならば損害を受ける事を恐れ、相手に大砲が積んである段階でその船団を襲う事は諦める事が多い。損害を受けた場合に補充をしにくいので他にも獲物が居る以上無理をする必要はないのだ。

「ううむ、本当にこんな火力で大丈夫なのでしょうか。作戦がうまくいかなかった場合、こんなボロじゃ逃げ切れませんよ」

不安を口にするのは警備隊の面々だ。命令により派遣されているが、本心では乗りたく無さそうだった。
彼らが心配している通りフネはボロだし、ウォルフが改修により帆を小さくしてしまったのでとても速度が出るとは思えない。彼らにはこのフネが空に浮かぶ棺桶のように感じられた。

「大丈夫です。貴方達には戦力としての期待をしていません。作戦通り空賊に対する牽制をお願いします」
「はあ、わかりました・・・」

彼らは不承不承乗り込んだが、甲板に上がると大砲の設置より先に脱出用ボートへと向かい、風石などを点検をしていた。
そんな不安な様子が伝染したのか、ガンダーラ商会直属の護衛部隊も一緒になって脱出用ボートの点検を手伝っている。


 そんな各人の思惑とは関係無しに準備は進む。やがて万端整うと警備隊に連絡を入れ、哨戒航行に出発した。
空賊が頻繁に出るのはアルビオンからそう遠くない公海上空である。その空域に先回りし、普通フネが飛ばないような高度でガリアからの船団が来るのを待つのだ。






「お頭、来ましたぜ。南南西海上ガンダーラ商会の旗印、二隻の船団でさー」
「なんでえ、しけてんな。四隻くらいになるって話じゃなかったのか」
「狙われてるって分かってますからね。他の商会に嫌がられたんでしょうよ」
「まだ距離があるな、近づくまではこのまま雲の中で行くぞ!気取られるなよ!」
「あいさー」

 ガリア・アルビオン近海上空二千メイルで海賊船団は時折眼下に広がる海を偵察しながら雲の中を航行していた。
ガリア方面から近づいてくるガンダーラ商会の輸送船団に狙いをさだめ、近づいてくるのを三隻の空賊船が今か今かと待っている。三隻とも小型で船足が速い型のフネに大砲を積み込んだ典型的なアルビオンの空賊船だ。
今輸送船は海上を航行している。海上で襲うと襲った後逃げる時に速度が出ないので千メイル以上に浮上した時に狙うつもりでいる。

 雲の中でじっと待っていると、やがて輸送船団は浮上して順調に上昇を続け空賊の潜む雲に近づいてきた。

「おい、そろそろ行くぞ!帆を開け!空賊旗を揚げろ!」
「「あいさー!」」

適当に掲げていた旗が降りるとするすると空賊旗が揚がっていく。帆を大きく広げた空賊船はゆっくりと獲物に向かって動き出した。
これまでじっと待っていた鬱憤を晴らすかのように忙しく船上を動き回る空賊達の中、髭面の船長が輸送船団とは反対側の上空にある雲を睨んだ。

「ヘッ、隠れてるつもりみてえだが、全部お見通しよ。おい、引きつけてあいつも一気につぶすぞ」
「「あいさー!!」」

上空で隠れているウォルフ達はとっくに見つけられてしまっていた。
空賊達は空戦で絶対優位と言われる高い位置を敵に取られていても全く慌てた様子はなかった。それもそのはず空賊達は今回得た金でとある公爵家から横流ししてもらい、最新式の大砲を入手していた。
圧倒的に長い射程距離と高い命中精度を誇るその大砲はロサイスの警備隊風情が商会に貸し出す旧型の大砲などとは比べるのも馬鹿らしいと思うほどに高性能だ。
商会の護衛船程度のフネなどは向こうの射程の外から十発も撃ち込んでやれば空の塵と消えるだろう。

「くっくっく、早く来いよ。大砲の差が戦力の絶対的な差だと言うことを教えてやるぜ」

髭の船長は楽しげに呟く。彼にとってこれから起こるのは戦闘ではなく、あくまで一方的な殺戮のつもりであった。




幕間1   空賊戦(後)



 アルビオンとガリアの間、もう少しでアルビオンに着くという公海上空でガンダーラ商会の輸送船団は順調に高度を上げていた。
このまま何事もなく航海は終わるのかとも思い始めた、もう少しで高度が千メイルを越えるかという頃正面上空の雲から突然空賊船団が現れた。堂々と空賊旗を揚げ、そうするのが当然と言わんばかりに停船命令を出してくる。
もちろん空賊に止まれと言われて素直に止まるつもりない。輸送船団を率いるスハイツは慌てず舵を切り、高度を一気に下げ速度を増しながら来た方向へと逃げ始めた。



 ウォルフ達はタニアやエルビラの使い魔を使い、割と早い時期に雲の中に潜む空賊船を発見して監視を続けていた。
その空賊がガンダーラ商会を狙って襲っている犯人だと確信するまでは攻撃しないつもりだったのだ。
様子を窺っていると果たしてその空賊はガンダーラ商会の輸送船に襲いかかった。 タニアは軽く咳払いをすると周りを見回し、作戦の発動を宣言した。

「では、予定通り攻撃を開始します。降下を続けながら射程に入ったらロサイス警備隊は砲撃を始めて下さい」


 古びた護衛船は勢いよく降下し、風を切り速度を上げる。
上部甲板では水夫達が忙しく走り回り、後部甲板では護衛部隊が鉄砲のチェックをしている。
そんな騒がしい船上でウォルフは甲板の隅に忘れ去られたように置いてある大樽をコンコンと小突いて話し掛けた。

「兄さんもそろそろ出てきたら?何時までもこんな中に入ってたら危ないよ」
「・・・おう」

大樽の蓋が開き、ピョコっとクリフォードが顔を出した。

「あっクリフ!来ちゃったんだ・・・」
「や、やあ、マチルダ様」

クリフォードが乗り込んでいた事に驚いたマチルダが声をかけるが、ただ事ならぬ気配を背後に感じてゆっくりと振り向いた。
そこには優しげな微笑みを浮かべたエルビラが立っていた。足元にはチリチリと炎を纏っている。
あまりの威圧感とその微笑みとのギャップに周囲にいた者は息をのみ、皆後ずさって道を空ける。

「クリフ。言いつけを破りましたね?」
「ひう・・・」

クリフォードの十一年あまりの人生でこれほど母が怒っていると感じた事はない。
ハルケギニア最強クラスのメイジの怒りは物理的な圧迫すら感じさせる程の激しさだった。
震え出す足を叱咤し、顔を上げて母を睨む。無言でこちらを見つめる母に向かって勇気を振り絞り口を開いた。

「・・・た、た、たとえ母さんの言いつけだろうとも、マチルダ様が闘いに出るってのに黙って見送るなんて俺には出来ないんだ」

言った。言ってやった。
クリフォードは全身に力を込めてエルビラを見返す。脳裏にはエルビラに燃やされる父の姿が浮かんでいた。

 そんなクリフォードを黙って見ていたエルビラは、ふう、と溜息を漏らすとウォルフに向き直り訊ねた。

「ウォルフ、あなたはいつからクリフに気付いていたのですか?」
「え?港でフネに乗った時から気付いていたよ。まあ、兄さんらしいなって」
「わかりました。クリフォードもウォルフも帰ったらおしおきですね」
「え、ちょっ、何でオレまで!」
「異議は認めません。故意に黙っていたのなら同罪でしょう」

絶句するウォルフを放っておいてクリフォードを見つめる。
まだまだ子供だと思っていた我が子ではあるが、マチルダを守る為に闘いたいというその目はいつの間にか男の目になっていた。
そしてエルビラの圧力に耐えられると言うことは闘う者として最低限の基準はクリアしていると言うことでもある。なにせ普通は大人でも泣き出したり漏らしてしまったりするほどの圧力なのだ。

「クリフ。あなたは今この船上にいるメイジの中で最も実力が低いです。ということはこれから闘いになった場合最も死ぬ可能性が高いと言うことです。それは理解していますか?」
「う、うん」
「ふう・・・帰ったらおしおきなのは変わりませんが、今回に限り参加を認めます。たとえ死んだとしても自分の責任です。絶対に足手まといにだけはならないようにして下さい」
「はい!」

クリフォードは嬉しそうに目を輝かせたがウォルフは隣で頭を抱えて呻っていた。





 空賊は輸送船団の予想通りの行動に慌てることなくそのまま追い立てていた。旗艦は高度を維持したまま、残りの二隻は高度を下げて速度を上げた。
後はもうこのまま追い詰め、接舷して乗り込めばいい。荷を満載した鈍重な輸送船が空賊船から逃れられるはずはないので、髭面の船長はもうどの辺で上空の護衛船を撃ち落とすかを考えていた。

「ん?お頭!輸送船団がぐいぐい高度を上げています!もう下の二隻より大分高い位置にいますし、直ぐに本艦より高い位置に行きそうです!」
「なんだと?・・・チッ!しまった!撃て撃て!撃ち落とせ!」

見ると確かに輸送船団は速度を保持しながらぐいぐいと高度を上げている。どう見ても荷を満載したフネの動きではない。

「罠だ!あいつら撃ち落とさんとボーナスが出ねーぞ!」
「射程外です!下の二隻からも届かない位置にいます!」
「風石をフルに炊け!絶対に逃がすな!それと後方警戒!何か切り札を持ってきてるかも知れん」
「あいさー!」

空船を出してくる事も一応予想はしていたので風石はふんだんに積んでいる。
収穫が少なくなる事は腹立たしいが、全部撃ち落としてしまえば契約通りトリステインの商人からは金が入る。
風石を最大出力で励起させ速度を上げようとしたところに上空から大砲の音が鳴り響いた。

「お頭!右舷後方を大砲の弾が通過。上空後方の護衛船からの砲撃!通常の大砲のようです」
「下の二隻にはそのまま輸送船を追って沈めさせろ!本艦は高度を上げて後ろの馬鹿を撃ち落とす」

怒気のこもる目で後方を睨む。いつの間にかガンダーラ商会の護衛船が後方上空に姿を現していた。
しかし懸念した新型大砲は積んでいないらしかったので気は楽になった。予定通り大した戦闘にはならなそうだ。
風石で増した速度を更に一度高度を落とすことで増やし、
護衛船との距離を取って護衛船の射程から逃れる。そこから大きく旋回しながら大量に積んである風石にものを言わせて高度を上げた。護衛船の後ろに大きく回り込むように飛んでいるので、このままいけば途中で一度すれ違い、砲撃戦になるだろう。
護衛船は一応こちらに近づいてくるように舵を切っているが高度差を維持しようともせずに突進してくるだけで、どうやら機動力もこちらが圧倒的に優っているらしい。これならばある程度近づいた時に少し距離を外して向こうの射程外から砲撃すれば一方的な戦闘にする事が出来るだろう。
やがて勢いよく降下してくる護衛船との距離が詰まった。もう高度差は殆ど無く、このままなら直ぐに攻撃出来るようになりそうだ。

「よし、右舷大砲すれ違いざまにぶっ放してやれ。あんなしょぼい大砲に負けるんじゃねーぞ!」
「あいさー!・・・ん?お頭!敵艦更に舵を切りました!まだこっちに・・・進行方向に入ってきます」
「はあ?もっと近づかなきゃ当てられねえってのか?」
「敵船首下部に衝角!ぶつけるつもりです!」
「なっ!」

衝角による体当たり戦。
それは大砲が発明されるまでは当たり前に行われていた戦術だが、最近ではそんな戦い方をする者はいない。
大砲による砲撃戦に慣れきった空賊達はそんな戦い方がある事を今の今まで忘れていた。
一瞬近づいてくる護衛船を砲撃すれば良いのでは無いかという考えが頭に浮かんだが、こんな作戦を採ってくる以上装甲を強化している可能性があり、それを考えるとリスクが大きかった。

「取り舵一杯、絶対に躱せ!距離を取ってあらためて砲撃する」
「あ、あいさー!」


 船首部分左右に二門ずつ斜め前方に向けて配備された前部大砲の砲手達は、もう大分前から今か今かと目標が射程に入るのを待っていた。
そろそろ敵艦が射角にはいるかと確認しようとした時急にフネが旋回した。
その後も何度もフネは急旋回を繰り返し、その急激な動きに砲手達は発射準備どころではなくなってしまった。一体何事かと壁に掴まりガンポートから外を窺った彼が最後に見たものは、目の前一杯に広がる衝角を備えた船首だった。

 






「うふふふふ、必死に逃げようとしちゃって、可愛いわね。この"ホーク・アイ"のタニアから逃げられるわけはないのに」

 後部甲板の舵輪の前でタニアはこちらの突撃を躱そうと旋回する空賊船を見つめていた。
その動きは全てタニアの予想の範囲内にあり、急速に近づく空賊船は既に捕まえたも同然と思えた。
ホーク・アイとは使い魔の鷹を上空に放ち、そこから俯瞰した視点を利用して戦場全てをコントロールするかに見えるタニアの戦い方に対してつけられた二つ名だ。

 自ら舵を握ると乗員に打ち合わせ通り船室に入るように指示を出した。
このままの速度で体当たりするつもりであり、風の魔法を発現してフネをコントロールすると同時に空賊船に吹く風も読み切り舳先を空賊船に向けた。

 ウォルフ達が集まった船室は後部デッキの下部にあり、ここはウォルフが念入りに装甲を張っているのでたとえ大砲の直撃を受けても大丈夫なように出来ていた。
タニア以外の全員が船室にはいると用意してある手すりに掴まった。そこにいる全員にウォルフがフルパワーで『グラビトンコントロール』をかけ、慣性をゼロにして衝突の衝撃を影響しないようにした。
全員が手すりに掴まり浮き上がりながら不安そうに衝突の瞬間を待っていると、凄まじい音がして空賊船にぶつかった事を知った。

「よし、成功。攻撃隊、外へ」
「「おおう!」」

室内前方に陣取っていた攻撃部隊が外に出てみると、護衛船は空賊船の前部甲板に三十度くらいの角度で突き刺さっていた。
空賊船の船首はめちゃくちゃに壊れ、ウォルフが急ごしらえで作ったチタン合金製の衝角は十分に仕事をしたようであった。

「ゴーレム隊、突撃!」

 タニアの号令と共に前部甲板に設けられた扉から次々に鉄や青銅のゴーレムが飛び出し、隊列を組んで空賊船へ乗り込んだ。
散発的な鉄砲での反撃や、斬りかかってくる者もいたがゴーレムの突撃と後方からの魔法攻撃で瞬く間に掃討し、上部甲板を制圧した。
衝突の衝撃でフネから振り落とされてしまった者や気絶してしまっている者が多かったらしく反撃らしい反撃はなかった。ガンダーラ商会の護衛部隊が気絶したり倒れ込んでうめいている空賊達を次々に縛り上げる中タニアは次の指示を出した。

「打ち合わせ通り部隊を二つに分けましょう。私はこのまま後部船室の制圧に向かいますから、マチルダ様は下部船室をお願いします」
「「了解」」





「ちっくしょう!なんて事しやがるんだ!おい、早く立て直せ!」
「うわああ、弾は、弾はどこだ」
「オレの杖を探してくれえ!」

ガンダーラ商会側が前部甲板から中央部まで制圧する頃、後部甲板上の船長達はまだまだ混乱の中にいた。
衝突の衝撃で全ての物資が散乱しており、おまけに皆パニックになっているので迎撃する準備を整えるのには時間が掛かった。

「早く鉄砲を揃えろ!こっちの方が上にいるんだ、狙い撃ちにしてやれ!」
「ヘイ、ただいま!」

何とか三人ほどが鉄砲を揃えて前方のタニア達に銃口を向けた。
しかし、構えようとしたその瞬間横方向から強力な『エア・ハンマー』がその三人に襲いかかり、三人はその周りにいた四・五人と共に船上から吹き飛ばされて遙か海上へと落ちていった。『フライ』を使用して高速で飛行しているウォルフからの攻撃である。
そのままウォルフは上空を旋回しながら後部甲板の空賊達に向けて『エア・ハンマー』を連発した。上空から放ったので受けた空賊は甲板に叩き付けられ失神する。ウォルフとしてはこちらに鉄砲や杖を向けようとしてくるのを順に叩いているのでモグラ叩きをしている気分だ。
やられる方は無防備な上空から好き放題に叩かれるのでたまった物ではないが。

「くそったれ!何だあのガキは!貸せッオレが撃ち落としてやる」
「あ、お頭・・・」
「《エア・ハンマー》!」
「ぐむっ」

素早く鉄砲を構えた髭の船長だったが、ウォルフの『エア・ハンマー』は彼も甲板に叩き付け気絶させた。
船長を失い、更にタニア率いる部隊が後部甲板まで上がってきたのを見た空賊達は艦最後尾の船長室に逃げ込むとバリケードを作って籠城した。

「ありがとう、ウォルフ。こっちはもう良いからマチルダ様の加勢をお願い」
「了解」

タニアについてきた土メイジは一人だけだったので多少手こずるだろうが、バリケードをゴーレムが破るのは時間の問題だと言えた。





 一方のマチルダ隊は下部船室を制圧中である。
メイジが連れた使い魔を用いて偵察をし、ゴーレムを使って慎重に一つずつブロックを制圧していく。散発的な反撃を制し、やがてフネの最下部まで到達した。

「ここはもう誰もいないみたいだね。一応、ぐるっと見ておくか」
「あ、マチルダ様、ご一緒します」

最下層は倉庫になっていたので人の気配はない。それでもマチルダは掴まえた空賊達を縛り上げている他の隊員達を置いて、確認のため中に入った。クリフォードも後に続く。
『ライト』の魔法具で物陰を照らしながら樽などが散乱している倉庫をぐるりと回る。
最奥まで行って何事もない事を確認し、帰ろうと踵を返した瞬間、物陰から空賊がマチルダに斬りかかった。

「あぶない!!」

虚を突かれはしたがマチルダはその気配に反応し、落ち着いてブレイドを出した・・・しかしマチルダが迎撃するより一瞬早くクリフォードの『風』が空賊を吹き飛ばした。

「あ、ありがと」
「うん、油断は禁物ですね。でも、オレが居る限りマチルダ様は安全ですから」

マチルダを守れたのが嬉しく、クリフォードは上気した顔で告げる。
そんなクリフォードに向かってマチルダも嬉しそうに笑顔を返した。

「はい、そこー。まだ戦闘中なんだから見つめ合ってないで。そこに倒れている空賊を縛り上げてからにしましょう」
「な!見つめ合ってなんかねーよ!」「・・・・・」

様子を見に来たウォルフに突っ込まれ、慌てて顔を逸らす二人であった。





 エルビラは直接戦闘には参加せずに護衛艦の船尾楼の上に立ち戦闘の様子を見ていた。火力がありすぎるので下手に参加するとフネが燃えてしまうのだ。
後部船室もほぼ制圧が終わりそうなのを確認し、ゆっくりと振り返る。さっきまで輸送船を追っていた空賊船が二隻、旗艦を助ける為にこちらへと向かってきているのが見えた。仕事をする時間のようだ。

「《ファイヤー・トルネード》」

『フライ』でマストのてっぺんに移動し、迫り来る空賊船に向かってルーンを唱える。火×火×火×風のスクウェアスペルは杖の先から巨大な炎の竜巻を発生させた。
吹き出した炎の螺旋はまわりの空気を巻き込みながら激しく燃えさかり、巨大に成長していった。
二百メイルを越える程にまで大きくなるとゆっくりと鎌首を持ち上げるように立ち上がり、更に巨大になりながら杖を離れてこちらへ向かってくる空賊船へと近づいていった。

 迫り来る巨大な炎を眺めながら空賊船の船長は夢を見ているのだと思いたかった。
船乗りとして長いこと生きてきて嵐や竜巻は最も嫌いなものだ。そしてフネでの火災も大事になる事が多いのでいつも注意している。
世の船乗りの悪夢が全て詰まったような存在が自分たちを巻き込み燃やし尽くそうとしている。
脳がそんな現実を受け入れるには数瞬の間を要した

「船長・・・」
「と・取り舵!い、いや面舵!何でも良い!早く逃げろ!!」
「か、舵効きません!引き寄せられてます!うわあー!」

一隻、また一隻と炎の竜巻は必死に逃げようとする空賊船を巻き込んだ。二隻の空賊船は最初帆を燃やしながら炎の外周部でぐるぐると旋回していたが、直ぐに積んでいる火薬が誘爆し、四散した。
上空遙か彼方に巻き上げられ、炎を纏いながら落下していくかつてフネだったものの残骸を敵、味方とも呆然と見送った。

「なんであんなメイジがサウスゴータなんかでパートやってるのよ・・・」

タニアの率直な感想であった。





 その後立てこもっていた空賊達も直ぐに拘束し、戦闘は終結した。逮捕した空賊は頭を含め全部で三十名ほど。こちらの被害はゼロで作戦は大成功だった。
タニアは上機嫌で戦闘に参加した皆に労いの言葉をかけ、空賊達が船倉に押し込まれる様を見守った。
最初ウォルフが作戦会議で「ガード固めて突っ込めば良いンじゃね?」と提案した時は何を適当な、と思ったものだが採用して良かった。
結局一発も当たりはしなかったが、大砲の直撃に耐えられる程強度を高めても重量がそれ程嵩まないチタニウム合金があればこその作戦ではあった。

 鹵獲した空賊船はマストが折れたり、前部が大破したりしてはいるが修理すればまだ使えそうなのでロサイスまで持ち帰り、軍に引き渡す事にした。
護衛艦も損傷を受けてはいたがウォルフの補強が的確だったのか、予想よりは痛んでいなかった。
しかし、どちらも艤装が壊れたりしていて自力航行は難しかったので、輸送艦二隻で曳航して帰った。

 ロサイスに帰ると盛大に出迎えられ、多くの人々が見守る前で空賊船と空賊達を警備隊に引き渡した。
空賊は捕まると縛り首と決まっている為、通常は徹底的に抵抗するものなので、これほど大量に捕まる事は珍しいそうだ。
ロサイス警備隊による徹底的な取り調べが行われ、空賊の本拠地が判明した。
直ぐに軍が急襲し、本拠に残っていた空賊とフネを叩きつぶし空賊の財産を接収した。空賊行為や奴隷取引、風石の違法採掘など彼らが長年の不法行為によって蓄えてきた財産は莫大で、公爵領が買えそうな程だったという。

 この事件以降王家主導による空賊討伐が積極的に行われるようになった。討伐に否定的な貴族達の主張を吹き飛ばすほど接収した財産は多大だったのだ。
接収した財産からすれば極一部ではあるが、国からガンダーラ商会にも取り分が支払われこれまでの損害を補填する事が出来た。
 
 ガンダーラ商会の名は空賊を退治した商会としてアルビオン中に響き渡った。
直接的な妨害工作を受けなくなった事も大きいが、取引を開始する時に話をしやすくなったのが何よりありがたかった。




  
 事件から数週間後ラ・ロシェールの酒場、その薄暗い地下の一室で二人の男が向き合っていた。
一人は空賊らしき体格のいい男。一人は頭からすっぽりとフードを被って正体を隠そうとしているが、数週間前に髭の空賊にガンダーラ商会を襲うように依頼した男だ。

「何の話かと思ったらそんな事か。髭のところが壊滅したばっかりだろう。あんな所に手を出すのはゴメンだぜ」
「勇猛と言われるアルビオンの空賊が随分と臆病になったものだな」
「計算高いと言って欲しいね。それにあんたらのせいで最近軍がやたらと張り切っちまってね、今アルビオンで大っぴらに動こうって言う空賊は居ないだろう。俺らも暫くロマリアにでも出稼ぎに行こうと思っているくらいだ」

フードの男が悔しげに呻る。ガンダーラ商会襲撃の依頼はすげなく断られた。
必死に思考を巡らすが、目の前の男を動かす方法は思いつかない。

「実はな、そんなあんたに手紙を預かってきているんだ」
「手紙?」

目の前の男がそう言い、懐から手紙を取り出した。
思わず聞き返し、呆然と手紙を受け取った。初めて会うこの男が何故自分宛の手紙を持っているのか。
訝しみながらもその手紙の封を切る。でてきた紙に目を通し、凍り付いた。

" これは警告です。
 今後再び当商会に対して不法行為を行った場合、全力で報復します事をご承知下さい。
                  ガンダーラ商会商会長 タニア・エインズワース "

ガタガタと膝が震え出す。相手は勇猛と言われるアルビオンの空賊を独力で三隻も壊滅したのだ。

「ラ・ロシェールの酒場の地下で人と会うことになったら渡してくれって頼まれたが、あのお姉ちゃんの読み通りだったみたいだな」
「おおお、お前、ここに来るまでつけられてはいないだろうな!」
「さあ?人間にはつけられてはいないと思うが、ずっと空に鷹がいるのは気になったな。ちなみにあのお姉ちゃんの使い魔は鷹らしいが」

真っ青になって思わず辺りを窺う。ばれたらあんたも縛り首だぜ、という髭の空賊の言葉が思い出された。

「まあ、あのお姉ちゃんも大した物だがな・・・あんた知らないようだから教えてやる。世の中には絶対に敵に回しちゃいけない人間ってのがいるんだ。オレはそんな人間を二人知っている」
「くっ・・・向こうにそんな人間がついてるって言うのか!」
「"業火"・・・罪を犯した者を全て焼き尽くし、食らい尽くす。そんな炎にわざわざ向かっていく事は無い。知らんぷりをしてれば関わらずに生きていけるんだ、あんたも余計な事はもう考えない方が良いぜ」

空賊らしきその男は踵を返し、それ以上何も言わずに出て行く。
後にはフードの男が一人、残されるだけだった。






幕間2   とあるメイドの一日



 わたしの一日は夜明けと共に始まります。
メイドをしている母親と一緒に起きて支度を調え、朝食の準備のために水を汲みます。水汲みは子供の仕事です。わたしは水メイジですのでこんなのはちょちょいと魔法でやっちゃいます。
それから食堂の配膳など朝食の準備を手伝い、頃合いを見て二階にあるウォルフ様の部屋へ行って起床を促します。
寝ているウォルフ様を起こすのはとても楽しいのですが、ここの所ウォルフ様は先に起きていて、ブツブツと呟きながらメモに走り書きをしている事が多いです。今日も何かブツブツ言っていますが、ヘキサメチレンジイソシアネートって何なんでしょうか。また何か知らない物質名が増えているみたいです。何でこんな頭の悪い名前をつけるのか分かりません。おかげでいくら覚えても覚えきれ無いです。

「お早うございます、ウォルフ様」
「お早う、サラ。今日も午後に実験しようと思うからこれとこれとこれを用意しといてくれ」
「かしこまりました。朝食の準備が出来ています。支度がお済みでしたら食堂へお越し下さい」
「ん?どうしたの、何かメイドみたいじゃん」
「わたしは元々メイドです。今まではちょっと馴れ合いすぎました。今後はビシビシ行きますからよろしくお願いします」
「お、おう、じゃあこれ洗濯物・・・」

 ウォルフ様から洗濯物を受け取り、使用済みのシーツ等と一緒に洗濯室へと持ち帰ります。階段は気をつけないと転ぶので荷物を持っている時は『レビテーション』を使っちゃいます。
洗濯はお母さん達本職のメイドがしますが、少し前にウォルフ様が洗濯機というのを開発してから凄く楽になったそうです。
洗濯機は穴の開いた大きな鍋を横に倒したような構造をしていてそこに洗濯物と水と洗剤を入れると「せんたくん」がぐるぐると回転させて洗ってくれるという物です。脱水をしている時は凄い速さで洗濯槽が回転していますが、変速機というものの試作品を流用したそうです。

 せんたくんはウォルフ様が作ったガーゴイルで土の魔力を動力としています。
丸い顔に微妙な笑顔、何故か物干し竿を模した角を生やしていてあまりセンスの良いデザインではありません。ウォルフ様曰く、キモ可愛いと言うのだそうですがキモいだけのような気がします。
すすぎや脱水、更には洗濯物干しまで全部せんたくんがやってくれ、とても楽になったのでせんたくんはメイドさん達に人気です。何せ洗濯物を入れて蓋をしてせんたくんに頼めば洗濯が終わっちゃうのですから。何と最近ではあのデザインがいいと言う人まで出てきました。
これだけ人気なのですから、デザインをもう少し可愛くして売り出したらどうですかとウォルフ様に進言したこともあるのですが、売り出す気はないそうです。コスト的にメイドを雇った方が安くなるし、メイドの仕事を直接的に奪うような物は良くないとのことです。あくまで試作品として作ったとのことです。
せんたくんが出来て以来メイドの仕事に余裕が出来たのでお掃除にかける時間が多くなり、お屋敷はいつも隅々までぴかぴかです。

 御一家の朝食中、メイドは給仕していますのでわたしはお母さんが帰ってくるのをキッチンで待ちます。他の使用人達は先に食事を摂りますからその配膳の手伝いや給仕などをしてすごします。
朝食はメイドだけで食べることになりますので御一家や御近所などの噂話に花が咲きます。わたしが思うにニコラス様やクリフォード様はもう少し行動に注意を払った方が良いと思います。メイドは見ていないようでも見ている物です。特にクリフォード様!メイドのスカートの中を覗こうとしているなんて言われてますよ!
朝食を食べ終わるとウォルフ様に言われた実験器具などを準備して、商館に出勤します。以前はお皿洗いの手伝いをしていましたが、寺子屋が出来てからは時間を取れなくなりました。わたしは子供ですが、水メイジですので結構皆さんに頼りにされていたのですが。



「では次の問題。三角形ABCにおいて、a=√7、b=2、c=1のとき、∠Aの大きさを求めよ。これは簡単ですね、余弦定理を用いればすぐに答えが出ます。では、トムさん」
「はい!a^2 = b^2 + c^2-2bccosAより、cosA=-1/2。よって∠A=120°です!」
「はいよく出来ました。皆さんも分からない人は居ませんね?では次の問題です」

 午前中は寺子屋で数学などを教えます。わたしが教えるのは高学年と中学年でクラス分けは年齢だけではなく理解度も勘案して決めています。
高学年は十一歳から十三歳までが在籍していて、リナとラウラもこのクラスです。中学年は九歳から十一歳、低学年はそれ以下となっています。
低学年はカルロさん達が時間の空いた時に教えてくれていますし、読み書きについては専任の教師を雇っています。
授業は全て無償で行っていますので多くの子供達が集まるようになりました。最も中学年以上にはテストがあるので誰でも入れるわけではありませんが。
わたしの授業は最初の頃はぎくしゃくしていたのですが、最近は人に教えることにも慣れてきたのでバンバン進めます。
宿題が多いと文句を言われることが多いですが、ウォルフ様がわたしに出すのはもっと多かったので聞く耳は持ちません。

 昼食はド・モルガン邸に帰ってウォルフ様と一緒に食べます。そうしないとあの人作業に熱中していて食べることを忘れてしまうことがあるので要注意です。

「ほら、ウォルフ様食べるときくらいその紙置いて下さい。お行儀が悪いです」
「もうちょっと、もうちょっとだけだから」

この人本当に貴族なのだろうかと思うことがよくあります。わたししかいない時はブリミル様にお祈りもしないし、今みたいに何かしながら食べるという行儀の悪いことも平気でします。
将来魔法学院に入学した時に苦労したりしないかと心配です。


 午後からは朝に言っていた実験をします。朝の内に用意しておいた実験器具等を使って行いますが、今日はわたしも手伝いをします。
今日の実験の目的はアクロレインとそのアクロレインからアクリル酸を生成する上での効率の良い触媒を開発する事だそうです。
ウォルフ様が反応させながら『練金』で触媒の成分や比率を次々に変えていき、生成物の成分を『ディテクトマジック』で調べながら最も効率の良い触媒を探します。
触媒に試してみる物質も多数ありますし、反応させる温度も変えながら実験を行いますのでもの凄く時間がかかります。ウォルフ様は魔法を使わないでやるよりはもの凄く早いと言っていますが、魔法も使えずにこんな馬鹿なことをする人は居ないと思います。
実験の結果プロピレンからアクロレインを生成するのにはモリブデン、コバルト、ビスマスなどの複合酸化物触媒、アクロレインからアクリル酸を生成するのにはバナジウム、モリブデンなどからなる多成分系触媒が採用されました。口で言うのは簡単ですがなんのこっちゃっていうかんじです。

「ふう、じゃあ今日はここまでだな。サラ、お疲れさん」
「はい、お疲れ様でした。今日の実験は何になるんですか?」
「んー、今は塗料目的でやっているけど、将来的には繊維とか接着剤とか高性能なオムツとか作るのにもつながるかな」
「オムツですか」
「おう、高分子で吸水しておしっこが全然漏れないやつが作れるようになるかも」

随分とまた変な物を作ろうとしますね。・・・ハッ!将来・オムツ→!!

「ウォルフ様・・・」
「んー?」
「あ、赤ちゃんは何人欲しいですか?」
「え゛・・・」

結局答えてはくれませんでしたが、将来生まれてくる赤ちゃんのために今からあんなに頑張って実験するなんてウォルフ様は結構優しいです。
何か違う違うと言っていますが、照れているんですね、分かります。


 夕食が終わるとわたしとウォルフ様との二人の時間になります。大事なことですから、もう一度言います。二人の時間です。
わたしの勉強を見てくれたり、寺子屋の授業の進め方についてアドバイスをくれたり、二人で静かに本を読んだりと過ごし方は色々です。
今日も勉強を見て貰った後はソファーで二人並んで本を読んでいます。ウォルフ様は分厚い魔法道具の専門書を『レビテーション』で浮かせて読んでいます。こんな時くらい杖を手放せばいいのに。
わたしが今読んでいるのは"共産党宣言"です。もう読むのはこれで三度目になります。
この本はウォルフ様が書いた物で、ブルジョア的所有を廃止し、人間が人間らしく生きる社会を創るための道筋を示した本です。
「プロレタリアはこの革命において鉄鎖のほかに失う何ものをも持たない。彼らが獲得するものは世界である。万国の労働者、団結せよ」という最後の言葉には心が激しく震えました。
うっとりと本を眺めていても世界は変わりませんからウォルフ様に相談してみました。

「えっ?共産主義革命するの?今から?」
「そうですよ、今こそ我々プロレタリアは立ち上がらなくてはいけないんです!」
「いや、立ち上がらなくて良いから。座って座って」
「何言ってるんですか、ウォルフ様が書いた本じゃないですか。万国のプロレタリアよ、立ち上がれって」
「いやそれ全然適当に書いたやつだし内容だっていい加減なんだから。ああもう、何でそんなの読んでるんだよ」
「ウォルフ様・・・資本家に懐柔されたんじゃ・・・」
「だからなんでそうなる」
「犬!ウォルフ様は資本家の犬よ!」
「えーと・・・」
「たとえウォルフ様が妨害しようとも、我々は最終的な勝利を掴むまで決して立ち止まりはしない!プロレタリア独裁!!」
「落ち着け!!」

はっ・・・わたしは一体何を口走っていたんでしょう。ウォルフ様に無理矢理椅子に座らされて我に返りました。それにしてもウォルフ様に犬って言うなんて・・・。

 久しぶりにウォルフ様に説教されました。
ウォルフ様によると"共産党宣言"はノリでアジっぽく書いてみた物なのだそうで、本気にしたらダメらしいです。アジって何でしょう。
確かに高い理想を掲げているので魅力的に見えるかも知れないけど、実現するのは無理とのことです。平民全員が指導者になれるくらいの見識を持てるようになれば可能かもと言われましたが、さすがにそれは難しそうだと分かります。ショックです。
いつも全てを疑って正しい答を導けと言っているのに、こんな穴だらけの理論に簡単に扇動されるとは何事だと怒られてしまいました。そうは言ってもわたしはウォルフ様のメイドなんだからウォルフ様のことを疑うのは難しいです。そんな適当な本をそこらに置いておかないで欲しいです。
さっきのわたしの態度は思春期にありがちなアカカブレという症状だそうで、すぐに直る流行病みたいなものだから気にしなくて良いと言って下さいました。

 "共産党宣言"は危険なのでもう読むのをやめにして、ラウラから借りている恋愛小説の続きを読む事にしました。
この本は落ちぶれた伯爵家の元令嬢とその元使用人の息子との恋の話で、ちょっと読んでいるとどきどきするのです。元婚約者とか幼なじみだとか色々出てきて大変なことになっていますが、本当にこの二人は幸せになれるのでしょうか。

「はふぅ・・・ウォルフ様、恋って何なんでしょうね・・・」
「好きと認識した相手に対した時に脳内物質が過剰に分泌されてラリっている状態だな。相手の事を考えただけでも分泌されるみたいだ」

良い所まで読んで本を閉じてうっとりしていると、ムードも何も無い返事が来ます。
ウォルフ様にロマンチックな返事を期待したわけではありませんが、もう少し考えて返事をして欲しいです。

「ラリってるって・・・う、確かにラリってる?」
「好きな相手を思うと胸はどきどき、目は潤んで頬は赤くなる。現象としてはうちの親父が酒飲んでうぃっくってなってる時と一緒だ。あれも酒によって脳内物質が過剰に分泌している状態なわけだから」
「あんなのと一緒にしないで下さい!じゃあ、じゃあ愛はどうなんですか?愛もラリってるだけなんですか?」
「愛ってのは憎しみと一緒で共感する気持ちの事だな。好きな相手が笑っているだけで自分も幸せな気持ちを共有できるっていう事だ。憎しみは逆に嫌いな相手が笑っているだけでむかついてくる」
「それだけで愛してるって言うんですか?そんな単純な話なんですか?小説の中じゃあ、愛と憎しみで大変な事になっているのに」
「実際には愛に恋に独占欲とか性欲とか打算とかの諸々の欲が絡んでくるから大変なんだろう。まあ、恋も愛もそれだけってのは困るけど、大事な事だと思うよ」

何だか夢が、ロマンがありません。正しいのかも知れませんが、ウォルフ様はまだ七歳でこんなに枯れていて将来は大丈夫なのでしょうか。

「ウォルフ様」
「ん?」
「わたしが笑っていたら嬉しいですか?」
「当たり前だろ」
「じゃあ、恋はラリってるってことでも良いです」
「ん、もう少し大人になったら、サラも恋をするようになるよ。その時は盛大にラリれ」
「分かりました。目一杯ラリラリします。ウォルフ様もちゃんとラリって下さいね?」
「おう、まかせとけ」

ウォルフ様は笑って私の頭を撫でてくれました。
子供扱いされているようで少し恥ずかしいですが、撫でられるのは好きです。

 本を読んでいる内に就寝時間になりますので、ウォルフ様に挨拶をして自室に下がります。これでわたしの一日は終わりです。
明日は商会の監査をする日ですから忙しくなります。
八歳にしては結構ハードな日々なんじゃないかと思いますが、普通の八歳の子がどういう生活をしているのかは知らないし、毎日充実しているので気になりません。少なくともウォルフ様よりはゆとりのある生活を送っていますし。

 願わくばこの穏やかな日々がこれからも続きますことを・・・おやすみなさい。






幕間3   ガリア



 人口千五百万人を誇るハルケギニア一の大国・ガリア。そのほぼ中心に位置する首都リュティス。その政府官庁が集中する一角にある産業省の前にレアンドロ・フェルナンデス・デ・ラ・クルスは立っていた。

「遂に、ここに、来た。リュティスよ、わたしは帰ってきた」

レアンドロは二十数年前にもここに立っていた。
その年そこそこ優秀な成績で魔法学院を卒業し、大貴族の嫡男として将来政府中枢で活躍することを期待され、また自身も十分にその期待に応えるつもりで産業省の入省試験を受けるつもりだったのだ。
学院での成績、ガリアでも勢力と長い歴史を誇るラ・クルスの嫡男という地位、父フアン・フランシスコ・デ・ラ・クルスのメイジとしての名声などから名前さえ書けば受かる、と言われたその試験をレアンドロは落ちた。
緊張で前夜から激しい下痢と腹痛を起こし、試験会場へ向かう途中気絶して倒れた。
名前を書けば受かる試験で名前を書けなかったのだ。
当時ガリア王国軍両用艦隊総司令としてリュティスの司令部に勤めていたフアンはそんな息子を盛大な溜息で出迎えた。領地の経営を勉強しろとラ・クルス領に戻され、それ以来レアンドロはリュティス来る事は滅多になく、特にこの産業省の前に来たことは一度も無かった。

 傷心を抱いて故郷に帰ったのであるが、レアンドロを廃嫡して五歳も年下の妹であるエルビラを時期領主に据えるのでは、との噂が立ち始めたのはこの頃からだ。
それからの日々は辛いことが多かった。領地の経営で実績を上げようと頑張っても部下からは軽んじられ、領民には舐められ中々思うような成果を得ることは出来なかった。
そんな日々は妻セシリータと結婚してからも変わらず、彼女に中々子供が出来なかったこともあってますます酷くなったようだった。
変わったのは長女のティティアナが生まれてからだ。
フアンの態度が少し柔らかくなり、ウォルフ達が毎年ヤカに来るようになってからは重要な仕事をまかせられることも多くなった。
家臣達もレアンドロのことを軽んじる様なことは無くなり、次期当主として尊重してくれるようになった。
更にフアンから領内の経営をまかされるとウォルフ達と組んで産業を振興し、僅か一年で経済発展させることに成功した。
その成果を評価されて遂に因縁の産業省の副大臣に抜擢されたのだ。
レアンドロにとってまさに今が人生の春と言って良かった。

「お早うございます。ラ・クルス様。本日よりあなた様の秘書となりました、ポーラ・ガルシア・マルティネスです。よろしくお願いします」

 庁舎に入るなり待っていた人物に話し掛けられた。レアンドロの秘書だというその人は、ダークブラウンの髪をびしっと纏め瓜実型の形の良い顔に少しつり上がった目、いかにも才女という風にスーツを着こなして書類の束を小脇に抱えていた。

「ああ、よろしく。レアンドロ・フェルナンデス・デ・ラ・クルスだ。早速庁舎内を案内して貰えるかい?」
「かしこまりました。では、こちらへ」

その切れ長の目と同じようにつり上がった眼鏡をクイっと指で押し上げて答えると、踵を返しそのままレアンドロの前を歩いていく。
簡単に庁舎内を案内し、やがて立派な装飾の施された扉の前に立った。

「こちらがラ・クルス様の執務室になります。お入り下さい」

恭しく扉を開くとレアンドロが入るのを待つ。
そんな秘書の様子に満足して頷くと自身にあてがわれた執務室に入る。そこは十分な広さと格調高い内装を持ち、ガリアの副大臣という地位をレアンドロに実感させた。

「本日のご予定をお伝えします。午前中はこのまま私から業務の内容についてレクチャーを受けていただきます。午後にはシャルル様が登庁なさいまして会議が開かれますのでご参加いただきます。その後は関係業界の重鎮達から面会の希望が多数入ってございますので本日のお帰りは少し遅くなるものと思われます」
「おお、初日から忙しいね。少しってどの位かな、夕食までには帰れるくらい?」
「本日中には、予定を消化できそうですが・・・夕食はこちらで摂っていただく事になると思います」
「・・・成る程、中々ここの仕事はハードそうだね」

各省庁の副大臣は最も激務が要求されると言われているが、どうやらその噂に間違いはないようである。
しかしこれまで不遇を託っていたレアンドロにとって多忙は望む所である。やりたい事があるのに出来る事が無くひたすら本を読んでいた日々とはもうサヨナラだ。
ここならば自分の能力を思うまま発揮できる・・・レアンドロは胸が高鳴るのを自覚した。





 レアンドロがリュティスで働き出して暫く経った頃、同じリュティスのオルレアン公邸の門前で仁王立ちする女が居た。

「遂にここまで来たわ。わたしのサクセス・ストーリーはここから始まるのよ!」

高らかに宣言していたせいで衛兵には不審者を見る目をされてしまったが、直ぐに身分を明かして誤解を解いた。本日からここで住み込みの家庭教師として働くパトリシア・セレスティーナ・ソルデビジャ・ド・バラダである。
王族の子弟の家庭教師などは通常宮廷内の力関係などで決定されるのだが、シャルルが実力主義を言明した為に半分家を飛び出しているようなパトリシアもその試験を受ける事が出来た。
書類審査を難なくパスし、実技審査も主席で通過。一週間に及ぶ実習試験でも担当した教え子の魔法を最も上達させ、文句なしに水系統担当の家庭教師として採用されたのだ。
ウォルフと出会ってから一年。短期の家庭教師を続け、多くの子供に魔法を教えてきたパトリシアの努力が結実したのである。

 王族の家庭教師になると言う事はメイジとしてのキャリアを大きく積み増すと言うことである。実際採用が決まってから久しぶりに帰った実家では全く扱いが変わっていた。
実力はあるくせに気まぐれで勤めが長続きしないパトリシアをさっさと嫁に出そうとしていた父親は「我が家の誉れだ!」などと褒めそやすし、弟妹達も王族にパイプが出来た事を喜んでやたらと愛想が良い。
母親はこれから山のように縁談が持ち込まれるだろうと今リュティスにいる有力貴族の子弟の名を指折り数え、捕らぬ狸の皮算用をしている。
通常パトリシアのような年若いメイジが王族の家庭教師などに選ばれることは無いので、家族が舞い上がってしまうのも無理はないが、本人としては冷静に事態を受け止めている。
まずはきちんとシャルロットに魔法を教え、キャリアを積みゆくゆくは魔法学院の教師に・・・
ここ一年の教師生活で魔法を教える事に喜びを見い出していたパトリシアは、自身の将来の為に今回の応募に応じたのだ。

 シャルロットの教育は四人でチームを組んで行うことになっている。
シャルロットの系統である風のメイジが教師団長を務め、火・土・水のメイジがそれぞれ一人ずつ在籍している。全員がスクウェアメイジだ。
パトリシア以外は皆年配の貴族でリュティスにある自分の屋敷から通って来ており、爵位を持っていないのもパトリシア一人だけだ。
シャルロット本人は一年ほど前から魔法を習い始めていて、最近系統魔法も成功するようになったのでそれぞれの系統の専門家を集め、学ばせるつもりだ。
自分の系統以外は中々出来はしないだろうが、早い内から知っておくことが大事というスタンスである。

 パトリシアがオルレアン公邸に入居して一週間、いよいよシャルロットの初授業の日がやってきた。  
 
「お久しぶりにございます、シャルロット様。本日より水系統魔法を教えさせていただくパトリシア・セレスティーナ・ソルデビジャ・ド・バラダでございます」
「?・・・どこかで会った?」

何となく見覚えのある顔にシャルロットは記憶を探る。

「はい、一年ほど前、ラ・クルス領でウォルフ達に魔法を教えておりました」
「・・・!!父様の愛人候補」
「ぐっ・・・その事はウォルフの冗談でしたのでお忘れ下さいますよう」

ポンと手を叩いて余計な事まで思い出したシャルロットにお願いする。他の人に聞かれたらあらぬ誤解を受けてしまいそうだ。

「冗談よ。そう、ウォルフにも教えていたの」
「はい、まあ、彼には教えていたと言うより魔法を見せていただけですが」
「・・・どう違うの?」
「彼は見ただけで魔法を理解しますので、特に私があれこれと教える必要はありませんでした。教えると言うよりは観察されるというか・・・彼が出来ない魔法は単に必要な精神力が足りないだけでどうしようもないという感じでしたので」
「・・・・・・」

パトリシアの言葉を受けてシャルロットが考え込む。
その様子をパトリシアは注意深く観察していた。事前の情報通り思慮深い性格のようだ。

「どうして、ウォルフはそんな事が出来るの?」
「それは分かりません。ウォルフだから、としか言いようのないことでしょう。ただ、これだけは言えますが、彼は魔法を論理的に理解しようとしていました」

またシャルロットは考え込んだ。パトリシアはちょっとまだシャルロットには難しい話かなと思ったので話を切り上げ、授業を開始することにした。

「さあ、それでは授業を開始しましょう。本日は水魔法の基礎の基礎の基礎、『コンデンセイション』を学びましょう」

 パトリシアは魔法を教えるに先立って物質の三相から教え始めた。
物質には固体・液体・気体の三相があり、水も同様に氷・水・水蒸気の三相をとる。
目に見えている液体の水だけが存在する水の全てではなく、空気の中にもそして土や岩石の中にも水は含まれているのだ。
コンロでお湯を沸かす時に沸騰する事を例にとり、『コンデンセイション』はその逆に空気中の水蒸気から液体の水を取り出す魔法であることを説明する。
上達すれば土の中の水分や岩石の中の結晶水からも水を得ることが出来るようになるのだが、まずは空気中から取り出せるように教える。

「《凝縮》!」

 十分にイメージを作ったシャルロットがルーンを唱えると十サント程の水球が宙に出現した。
まだ六歳に過ぎない風メイジとすれば上出来な結果である。しかし、本人はどうやら不満そうだ。

「良くできましたね、初めてにしては上出来です」
「ウォルフはどうだったの?」
「彼は私と会う前から水魔法を使えていましたし、シャルロット様は初めてですので比べることではないです」

シャルロットの魔法はそのイメージから魔力の流れまで全く問題がないもので、今後イメージが固まるに連れて威力は増すものと思われた。

「パトリシア先生、私はウォルフよりも魔法がうまくなりたい。できる?」
「ウ、ウォルフよりですか?」

唐突に言われて返事に詰まる。シャルロットが才能に恵まれているというのは疑い無いとは思うが、あのウォルフに勝てるようになるかというと全く判断が出来ない。
目の前のポヤッとした少女が、現時点でさえ非常識な魔法を行使するウォルフに追いつくにはどれほど努力すればいいのだろう。

「それは・・・シャルロット様の努力次第でしょう。ただ、これだけは言っておきますが、現時点での差は大きいです。焦らず少しずつ近づくことが大事でしょう」
「うん、がんばる」

むん、とシャルロットが気合いを入れる。一体何がこの少女をその気にさせているのだろうと不思議に思う。

「では、私もお手伝いします。シャルロット様は風の次に水魔法に適正がありますから、まずはこれで彼を上回るよう努力しましょう」
「うん。ウォルフは水魔法にがてなの?」
「そうですね。彼は火メイジですのでやはり水は苦手のようでした。まあ、水もそこらのドットメイジよりは強力な魔法を使っていましたが、少ない水の魔力を効率よく運用して何とかしている感じでしたね」
「効率よく運用・・・」
「はい。全く同じ精神力が込められた魔法でも威力まで同じというわけではありません。如何に少ない魔力で最大の効果を得るか。彼はその事を常に気にかけているようでした」
「先生、私にもそのやり方を教えて?」
「もちろん。ポイントは如何に正しくイメージを創れるか、ということです」

ウォルフのことに拘るのは気になるが、シャルロットはこれまでパトリシアが教えてきた生徒の中で最もやる気がある生徒であることは疑いない事のようだった。
シャルロットにとっても魔法を論理的に解説してくれるパトリシアはとても相性が良く、四人いる教師の中で最もその授業を楽しみにするようになった。




 シャルロットとパトリシアが気の合う師弟としてほぼ毎日魔法の練習に明け暮れるようになった頃、一方の産業省では仕事に慣れたレアンドロが精力的に動き回っていた。
この日はオルレアン公や産業省の幹部の前でガリアにおける産業の振興について今後の方針をプレゼンしていた。

「なるほど、魔法以外からのアプローチも大事だと君は言うんだな」
「はい、我がガリアでは魔法の研究が盛んですが、それ以外の技術と組み合わせることによりその効果をより高めることが出来ます」
「ふうむ、魔法技術をより高める為の非魔法技術の研究か。それならば頭の固い貴族連中にも通せそうではあるな」
「ゲルマニアがあそこまで急激に発展した原因が非魔法技術であることは明らかです。連中は魔法まで技術の一つと考えているようですが、我々が採るべき道はそこまで技術に偏ることなく魔法の効果を最大限に発揮させる為の技術を開発するべきです」
「その非魔法技術を高めた成果がラ・クルスの紙か。確かにあれは随分と品質が向上したみたいだな。今後羊皮紙が不要になるのではないかとまで言う者がおったぞ」
「はい、あれは魔法を使わずに製造していたものに『固定化』の魔法をかけて品質を保持していましたが、製造工程を改善し、最初に魔法を少し使用することにより『固定化』が必要ないほどの品質を得るようになりました」
「確かに、非魔法技術だけで製造しようとしているゲルマニアより遙かに優れた品質を得ているのが痛快だな。いいだろう、非魔法技術研究チームを発足させよう。必要な人員は君が手配してくれ、当然君がリーダーだ」
「ありがとうございます。ご期待に添えるよう、頑張ります」

 プレゼンの反応は上々で、オルレアン公からは予想していたよりも多くの予算が掲示され、幹部達もそれに異議を唱える事は無かった。

 レアンドロが見た所、ガリアの魔法研究はハルケギニアで最も進んでいるが、ここ最近の研究は実用から遠く離れているように見えた。
より優雅な所作をするガーゴイルだとか自動で毎日美しい鎧の装飾が変更されるゴーレムなど、貴族の好みだけを満足させる研究が大手を振っていて実際に役に立つような研究が疎かになっているように感じられるのだ。
国の中枢から外れ、故郷で冷や飯を食っていたおかげでレアンドロは今のガリアの問題点を客観的に分析することが出来た。
貴族の庭でガーゴイルがどんなに優雅にお茶を入れようともガリアの国力が上がることはない。このままではいずれゲルマニアに圧倒されてしまうのではないかという懸念をラ・クルスにいる頃から常に持っていた。
オルレアン公はまだそれ程の懸念を持ってはいないようではあるが貴族の在り方などに対しては深く憂慮していて、ガリアには改革が必要だという見解をレアンドロと共有しているのだ。

 その改革の第一歩として魔法に傾倒しすぎている技術開発を是正するという事をレアンドロは選んだのであった。


「えーと、予算がこれだけ付いたから結構大きい組織を立ち上げても大丈夫そうだな・・・」
「はい、百人くらいでスタート出来るのではないでしょうか」
「うちの省からは十人ほど参加させられるかな。後は他の所から引っ張ってこなければならないんだけど」
「半分ほどは嘱託という形で民間からも募集をしましょう。良い人材が発掘できるかも知れないですし、全部省庁からの出向だと予算を圧迫します」
「うん、各職人ギルドにも声をかけてみてくれ。私も良い人材がいないか、知り合いの貴族に声をかけてみよう」

 その後自分のセクションに戻ってきて部下達と新たに立ち上げる組織について話し合う。
大まかな方針は決まったが非魔法技術を研究すると言っても対象が広すぎるので絞るのが大変だ。布や紙、船や馬車の生産など産業省が従来担当してきたものだけではなく農業や林業など技術が応用できそうなものは全て研究の対象なのだ。
そんな広い対象の詳しいことがトップダウンで決められるわけもないので、各分野について詳しい人材に検討させるという方針で話を進める。

「あとガリアで一番非魔法技術の研究が進んでいると言えば軍ですね。こちらはオルレアン公ルートで協力を要請した方が良いです」
「どんな人材が良いか詳しく纏めて依頼しよう。鉱山省や林野庁、農業庁、水産庁などからも人を出して貰うとして、人選が大変そうだな。明日からも忙しくなるぞー!」

そう、大変そうに言うレアンドロの顔はとても楽しそうなものだった。



 スタッフと一丸になって立ち上げたこれらの研究は最初こそあまり大きな成果を上げることはなかったが、その後ガリアの産業に大きな変化を与えることになる。
彼が導入した手法は、魔法の効率的な導入・メイジが嫌がるような分野での魔法研究・商品の規格化や大量生産などであるが、折しも貿易が盛んになって来たこととも重なって徐々に成果を上げ、空前の好景気をガリアにもたらした。
その変化はそれを推進したオルレアン公の功績とされ、彼の王子としての名声をいよいよ揺るぎない物にしていった。王領に先駆けて最新技術を試験投入しているオルレアン公爵領は発展し、多くの商人や職人が集まり第二の首都とまで言われる程になっている。

 レアンドロも成果を上げる度に人々から賞賛と尊敬を受けることにはもう慣れた。
自身を信頼して権限を与えてくれる上司に信頼に必ず応えてくれる優秀な部下。やりがいのある仕事とそれを実現させるに十分な設備と予算。誰もが羨むような環境でレアンドロはひたすら仕事に打ち込んだ。
非常に忙しく、あまり妻子との時間を取れないことは悩みではあったが、それに優る満足がそこにはあった。
オルレアン公の懐刀と目され、事あるごとに取り入ろうとする手合いとの付き合いは大変だが優越感を感じてもいる。

 彼は自身の未来について、些かも陰りを感じる事は無かった。







幕間4   ライバル



「勝負だ!クリフォード・マイケル・ライエ・ド・モルガン!今日こそこのギルバート・キース・ハーディ・オブ・コクウォルズがお前を倒す!」
「また?なんか毎回同じ事してる感じだし、もうこんな事やめない?」
「なめるな!今までの僕とは違うんだ!」

 カール邸の中庭で自習時間になったとたん同級のギルバートから決闘を申し込まれた。実に今月だけでも三回目である。ギルバートは抜けるように白い肌と紅い唇が印象的な美少年で、クリフォードよりも色の薄い金髪を肩まで伸ばしている。
二月程前から何だかんだと言っては挑んでくるが、毎回全力も出さずに返り討ちにしている。最初の頃は楽しかったが今となっては特に得る物もないし、はっきり言って面倒くさい相手だった。

「いくぞ!構えろ!《エア・ハンマー》!」

中々の威力の魔法が飛んでくるが、あまり大きくはないので軽くステップして躱す。クリフォードの前髪がふわりと揺れた。

(それじゃあんまり意味は無いんだよなあ。もっと意識して高圧の空気を作らなきゃ)

『エア・ハンマー』は"風で大きなハンマーを作って相手を吹き飛ばす魔法"だと一般では教えているが、ウォルフの教えは"高圧の空気を作ってその塊を相手にぶつけろ"と言う物だった。
最初の頃は気圧という物が何を意味するのか分からなかったが、繰り返し教えて貰って今はもう理解している。何もない所に風があるのではなく、空気という物が存在し、その圧力の差こそが風なのだと言うことを。
それを理解してからクリフォードは風の魔法を使うのが飛躍的にうまくなり、同級の"風"のクラスでは誰も敵う者がいなくなってしまった。
しかしギルバート認められないようで、チクチクと絡んでくるようになり、先日からはついに決闘を申し込まれる程になってしまったのだ。

「ふう、しょうがねーな、《エア・ハンマー》」
「うわあ!」

 軽く空気の塊を当てて圧力を開放する。それだけでギルバートは吹き飛ばされ、ごろごろと転がっていった。後は『レビテーション』で落ちていた杖を拾って勝負有りである。正直どこが今までと違うんだと説教したくなる。
ギルバートは何度も地面を叩いて悔しがっているが、クリフォードとしては現状では全く勝負にならないというのが感想である。

「ホラ、杖だよ。そんなに痛くはなかっただろ?」
「僕は、僕はいつか必ずお前を倒す・・・」
「よし、じゃあ、こういうのはどう?一年間お互いに修行をして、一年後の今日再び対決するんだ!そこで雌雄を決しよう」
「・・・その申し出、しかと受けた。僕は絶対に負けない!」

 杖を返しながら何とか都合の良い方へ誘導するのに成功した。毎日のように来られても迷惑なのだ。
彼の家も男爵家ではあるがシティオブサウスゴータのすぐそばに領地があり市会議員も務めているので、領地を持たず一介の竜騎士にすぎないド・モルガン家のことは格下と思っていたらしく、クリフォードに魔法で負けていることが我慢ならないらしい。
ギルバートの母は既に亡く、父は出世のことにしか興味がないのでギルバートには早くスクウェアになれとしか言わず(自身はラインメイジのくせに)、そんな殺伐とした雰囲気の家庭で必死に魔法を練習して育った自分が、甘やかされて育っているやつには絶対に負けるはずはないという理屈らしい。
その事をくどくどと聞かされた時に面倒くさくてつい「あー、確かに俺は両親に愛されて育っているよ」と答えてしまったのが良くなかったのかも知れないが、とにかくうざかったのが片付いて良かった。

 その日の帰り道、ちょっと上機嫌でセグロッドを走らせているとちょうどガンダーラ商会の商館から帰ろうとしているマチルダとばったり出会った。こちらもセグロッドに乗っている。

「おや、クリフ何か良いことあったのかい?楽しそうじゃないか」
「マチルダ様、今お帰りですか。城まで送っていきましょう」
「別にそんなの良いのに・・・まあいいか。それで何があったの?」

二人で肩を並べて走り出す。心なしかマチルダの頬が赤くなっているように見えた。

「大したことじゃないですよ、ほら、この間言っていたやたらと決闘ふっかけてくるやつに今後は一年に一度って事で納得して貰ったんです」
「ああ、強くないくせに絶対に負けないとか言ってくるってやつか」
「はい、今日も『エア・ハンマー』で軽く吹き飛ばしました。たまになら相手しても良いんですけど、こっちの都合を全くお構いなしに決闘を押しつけてくるからうざいんですよ」
「ふうん・・・クリフも強くなったんだねえ」

チラッとクリフォードを見る。まだまだ少年っぽいが、そういえば少し逞しくなってきた気もする。

「そんなのとの試合じゃクリフも物足りないだろう、どうだい?まだ時間は良いだろう、あたしと一試合やって行きなよ」
「え゛・・・ママママチルダ様とですか?いや、それは・・・」
「クリフもラインになって結構経つし、そろそろあたしとも良い勝負が出来るんじゃないかい?」
「オレがラインって言うならマチルダ様はもうトライアングルじゃないですか!それに剣の方も凄いし・・・」
「・・・なんだい、あんたも付き合ってくれないのかい。最近なんかみんなに避けられている気がするよ」

いやそれは気のせいじゃなくて皆避けてますから!とクリフォードは心の中で叫ぶ。
マチルダが新しい『ブレイド』を覚えて以来、とっても危険な存在になってしまったので皆手合わせするのを敬遠するようになった。その為マチルダはここの所手合わせしてくれる相手に餓えていた。
クリフォードも例に漏れず尻込みをしていたのだが、口を尖らせて下を向くマチルダの姿を見て一瞬で心変わりをした。

「・・・このクリフォード、身命を賭してお相手を務めさせていただきます」
「大仰だね、軽くで良いんだよ軽くで」

 サウスゴータの城の裏庭でマチルダとクリフォードは距離を取って相対した。
覚悟を決めて相手することにしたが、剣鬼モードのマチルダは本気で怖い。マチルダは寸止めすると言っているが、剣鬼モードに入ってしまったらそんなの全然信用出来ない。
クリフォードは先手必勝とばかりに合図の石が落ちると同時に攻撃を仕掛けた。

「《エア・ハンマー》」
 
ギルバートの時とは違いフルパワーで放たれたそれはマチルダに命中し、吹き飛ばすかに見えた。しかしその空気の塊はマチルダに当たる直前で二つに切り裂かれ、緑の髪を揺らして通り過ぎた。

「クックックッ、いいわ、クリフ。あんた、とっても素敵よ」

マチルダが妖しい笑みを浮かべ一歩ずつ近づいてくる。その杖はいつの間にか茶色の『ブレイド』を纏っていた。





「マチルダ様っ!今の下手したら腕ちょん切れてますよ!どこが寸止めなんですか!!」
「クリフだったらあの程度は避けるだろう?ホラホラ、ぼやぼやしてると今度こそちょん切っちゃうかもよ?ひぃーはー!」

 マチルダは瞬間的に間合いを詰めて斬りかかってくると、そのまま全く休ませてくれる隙も見せずに次々に斬撃を打ち込んでくる。その切先は鋭く、クリフォードは受けるだけで精一杯で徐々に押し込まれてしまう。
魔力にはそれ程の差はないと思う。少なくともウォルフやフアンなどを相手にする時のような圧迫感は感じない。
それなのにここまで圧倒されるのはひとえにマチルダの剣士としての才能であろう。とにかく速く、何とか風を読んで躱してはいるがそれでもぎりぎりであちこちにかすり傷をつけられてしまう。
クリフォードはこんなに速く動く土メイジを他に知らない。

「《フライ》!ったく、遠慮無く削ってくれちゃってぇ!怖ええよおおお!」

何度か目の斬撃を何とか躱し、体が入れ替わった隙に『フライ』で一気に距離を取る。

「《エア・カッター》!」
「ひょおおおー!」

クリフォードが着地しながら放った魔法を次々にはたき落としながらマチルダが間合いを詰める。

「うわあ!《フライ》!」
「ちょろちょろと逃げてるんじゃないよ!《クリエイト・ゴーレム》!」

また『フライ』で距離を取ろうとしたのだが、マチルダの作り出したゴーレムに行く手を阻まれた。
そのままジリジリと間合いを詰められ、前門の剣鬼・後門のゴーレムと言った状態でまさに絶体絶命である。
クリフォードだって戦闘術などをフアンやニコラスに教えて貰っているし、風を読めるので普通の子供等とは比べものにならない程素早く動ける。このところ体力も付いてきて体裁きにはちょっと自信があったのだ。
それなのにマチルダは常にその先手先手を取り、躱しきれないような斬撃を放ってくる。
特に誰かに師事していると言うわけでないマチルダが何故これほど剣を使えるのか不思議に思い、一度尋ねたことがあったが、その答えは「どう剣を振ればいいかなんて・・・剣が全て教えてくれる」だった。
そんな何の役にも立たないことをつい思い出しているとマチルダと目があった。

「終わりに・・・しようか!ひぃやーっ!」
「ぬわわわわわ」

マチルダの怒濤の攻撃が始まった。頸動脈・頭・心臓等人体の急所めがけて次々にマチルダの『ブレイド』が襲いかかる。
クリフォードも『ブレイド』を出して攻撃を受け止め、削られながらも必死で耐える。ボクシングで言えばコーナーに追い詰められてKOも時間の問題という感じだが、クリフォードはまだ勝つことを諦めては居なかった。

「ああ、固い、固いよクリフ!こんな立派な男になったなんてあたしは嬉しいよ!」
「うおおおお」

マチルダがこの新しい『ブレイド』を覚えて以来ウォルフ達を除いてほぼ全ての物を斬り倒してきた。いつの間にかクリフォードが同じ『ブレイド』を覚え、マチルダの攻撃に耐えられるようになったことはマチルダにとって嬉しいことだった。
その歓喜を全てクリフォードにぶつけるように攻撃を続けていたのだが、さすがに疲労したのかほんの一瞬攻撃が途切れ、マチルダが息を吐いた。クリフォードはその隙をずっと待っていた。

「《発火》!!」
「きゃあっ!」

至近距離だった間合いでいきなりマチルダの顔のすぐ前に炎を発生させた。マチルダが顔を逸らせ、思わずつきだした右手首を掴む。マチルダがハッと気付いて抵抗するが、構わずグイッと腕を脇に抱え込み杖を持つ手で手刀を打ち込むとマチルダの杖をたたき落とした。

「あ・・・」
「俺の勝ちって事で良いですか?」

マチルダの額に杖を突きつけて宣言する。
これはウォルフに教えて貰った「眼瞼反射」というものの弱点を利用した戦法だ。
人間の体は自身を守る為、火などが急に顔付近に近づいた時思わず目を瞑る。これは大脳を経由せずに中脳で反射的に行われる行動なので人間が制御する事は難しい。このことを聞いて以来、やたらと間合いを詰めてくるマチルダには有効なのではないかと狙っていたのだが、バッチリと嵌った。
空になった手を見つめ呆然としていたマチルダだったが、ふとクリフォードが上半身血まみれになっていることに気付いた。

「ク、クリフ、血、血だらけじゃないか!あああどうしてこんな・・・つつ、杖」

どうしてもこうしてもない物だが、マチルダは慌てて杖を拾うと『ヒーリング』の魔法を唱え始めた。





 出血の割には傷は浅い物ばかりだったが、マチルダやサウスゴータ家の家臣達に傷を治して貰ったり血まみれになってしまった服の着替えを用意して貰ったりしていたら結構遅い時間になってしまった。クリフォードは帰ろうとしたのだがマチルダに引き留められサウスゴータ家の夕食に招待された。
顔を合わせたことはあったがマチルダの両親に友人として正式に食事に招待されたのは初めてだったので最初は随分と緊張したが、マチルダが間に入って色々と気を使ってくれたおかげでリラックスして食事と会話を楽しむ事が出来た。
毎日こんなのを食べているマチルダが何故太らないのか不思議になってしまう豪華な食事を済ませ、マチルダの両親に挨拶をして二人でティールームに移動し紅茶を飲む。少し食休みしたら帰るつもりだ。

「ねえ、クリフ。クリフは将来やりたいこととかあるの?」
「え、いや、さあどうだろう」

お茶を飲みながら何だかマチルダがちょっと可愛い聞き方で聞いてきて、クリフォードの心臓は高鳴ってしまう。

「将来かあ・・・あんまり考えたことがなかったなあ。ちょっと前はウォルフに追いつこうと魔法の練習ばっかしてたし、最近は最近でマチルダ様に追いつこうと魔法の練習ばっかやってるからなあ」
「ふふっ・・・魔法の練習ばっかじゃないか」
「毎日目の前のことをやるので精一杯だよ。マチルダ様は何か考えているの?」
「あたしはね、このサウスゴータの街をもっと良い街にしたいって思っているのさ。もっと豊かで暮らしやすく、みんなが笑顔で過ごせるような、ね」
「うん、マチルダ様らしいや・・・あれ?でもそれだと商会は?」
「その為に商会をやっているのさ。ガリアやゲルマニアで買ってきた物を安く物を売って、反対にこっちから輸出するために仕事を作って、どんどん良い感じになっているよ。ウォルフに乗せられて何となく始めた商売だけど今は凄く楽しいよ」
「いつもマチルダ様は自分より周りに気遣っているからなあ・・・よし!それじゃあ俺は父さんみたいに竜騎士になってマチルダ様とこの街をずっと守るよ!」
「ば、馬鹿あんた何言ってんだい・・・」

クリフォードは何か大切な物を見つけた時のような嬉しそうな笑顔でマチルダに宣言した。
突然ナイトのようなことを言われ、マチルダは赤面して下を向く。マチルダ十四歳、まだまだ結構純情である。





「あーああー。でもまさかクリフに負ける日が来るとはなあ・・・」

見送りに前庭まで一緒に歩きながらマチルダが残念そうにこぼした。並んで歩くとこの年代での二歳の差は結構大きくクリフォードは五サント位背が低い。
やはり自分より年下の子に負けるのは悔しい。もっと『ブレイド』だけに頼らないような戦い方も身につけなくちゃと思う。

「ひでえなあ・・・俺だって成長してるんですよ?」
「うん。手を掴まれた時、意外に力が強くて吃驚したよ」
「マチルダ様。今日俺は初めて勝ちましたけど、これからはどんどん強くなっていつか勝率を五分にして見せますよ!」
「あたしより二歳も年下のくせに生意気なんだよ。ふん、今日はたまたま負けたけどそうそうやられるつもりはないよ」

マチルダは口を尖らせ、軽く睨め付けるように向き直ると手の甲でトンとクリフォードの胸を叩いて強がった。
何気ない仕草ではあるが、クリフォードはやっとマチルダに認められたような気がして嬉しくなる。

「こっちだってもう負けるつもりはないからよろしく!」

マチルダがしたように、トンとマチルダの胸を叩こうとして・・・思いっきり殴られた。

「どこ触るつもりだい!」
「ゲハッ」


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