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No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
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[33077] 第一章 12~15,番外4
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/09 01:30


1-12    ガリアでの日々



――― 夜も更けて ―――

 サロンにはド・モルガン夫妻とエルビラの兄レアンドロが残って酒を飲んでいた。

「ああ、全くかわらないなあ、エルビラもニコラスも」
「そんなことありませんわ、あなたの可愛い妹も結構年を取りましたのよ」
「そんなこと関係ないよ、相変わらずあの父上に真っ向から向かっていけるんだからね。僕には無理だ」
「義兄上も思い切って魔法をぶっ放してやればいいんですよ。義父上は肉体言語派ですからね俺は出会って五分でそう悟りました。遠慮は無用です」
「僕は子供の頃に父と妹がその言語で語り合っているのを見て僕には無理だと悟っちゃったんだよ」
「ははは・・・」

何かが間にあるかのような会話。他愛もないことを話しながら、心ここに在らずといった風情だったレアンドロだったが、やがて暫くの沈黙の後口を開いた。

「あの子達は、今、どうしているのかな?」
「どなたのことでしょう」

エルビラが冷たく返す。

「決まっているだろう!アンネと・・・・サラのことだよ」

暫しの沈黙が場を支配する。
やがてそれを破ったのはエルビラだった。

「二人とも元気にしています。サラは六歳になりました。ウォルフとよく似た髪色をしていて、一緒にいると姉弟に間違われます」
「・・・今、どこに?」
「・・・・ヤカのアンネの実家に帰省しています」

また沈黙が場を覆い、目を閉じたまま額の前で手を組んだレアンドロが告白する。

「あの頃の僕は追い詰められていたんだ。君たちのことがあってから父上も荒れていたし、アンネの優しさを都合のいいように勘違いしてしまったんだ」
「そんなことは関係ないでしょう、アンネはまだ十五才でした。そんな、子供に・・・」
「本当に・・・・・申し訳なかったと思うよ」
「はあ・・・・今更言ってもしょうがないことですね、もう終わったことです」

「・・・・・・二人に会わせてくれないか?」
「何のために?お兄様の自己満足のためになら、お断りします」
「あの時泣いていたアンネに、僕は何も言えなかった。今度こそ会って謝罪がしたいんだ」
「必要ありません。・・・彼女は彼女の人生を生きています。今更お兄様の形だけの謝罪に意味はありません」
「なっ・・・・僕は心から謝りたいんだ!」
「十五の娘を無理矢理犯して!妊娠したらばれないよう異国へ放り出して!アンネは私の所に着いたとき死にかけていたんですよ?謝りたい?それこそ意味がないですね」
「う・・・・あの頃はほんとに、中々子供が出来なくて妻ともぎくしゃくしていたし、それを父上に毎日チクチク言われてどうかしていたんだ」
「謝罪ってそんなことをアンネに言うつもりなんですか?今更?」
「・・・・・・」

暫くの間、頭を抱え黙り込んでしまったレアンドロを見下ろしていたが、軽くため息を吐くとニコラスを振り返り、促した。

「あなた、もう部屋に帰りましょう」
「あ、ああ、お休み、レアンドロ」
「・・・お兄様、私はラ・クルス家がサラの存在を認め、ラ・クルス伯爵家としてアンネに謝罪する、ということでない限り謝罪とやらを受けさせるつもりはありません。・・・・それでは、お休みなさいませ、お兄様」

そう言うとニコラスを伴い自分たちにあてがわれた部屋へと帰っていった。
後には頭を抱えたままのレアンドロが一人残されるだけだった。



 それから一週間ウォルフはヤカでの日々を楽しんでいた。

 午前中は従姉妹のティティアナと遊び、午後はヤカの街に出かけたりフアンに魔法を見てもらったりして過ごし、夜はラ・クルス家の蔵書を読んだ。
家族そろって川に泳ぎに行ったり、演劇を見に行ったりもしたし、近隣にいるエルビラの友人に会いに行ったりもした。

「ウォルフ兄様出かけるの?」
「ああ、ティティちょっと街まで行ってくるよ」
「ティティも行きたい!」
「ごめんティティ今日はちょっと人と会うんだ、また今度ね」

駄々を捏ねるティティを何とか宥め、出かける事が出来た。
今日の目的は『練金』で作った宝石を売ることである。
色々と作りたい物や、研究したいことはあるのだが、何せ先立つものがない。羊皮紙に事欠くこともあるという現状を改善するために手っ取り早く現金を得ようというわけだ。
サウスゴータではアシがつく恐れがあるのでやるつもりはなかったが、ここヤカなら多少騒がれても噂がサウスゴータまで届くことはないだろう。
男爵の息子が高価な宝石を売っているなどと噂されるのは好ましくない。
五歳児が店に行っても相手にされない可能性が高いので、アンネとその兄のホセに付き添いを頼んでいた。

「ウォルフ様いらっしゃいませ。すぐに出かけますか?休憩してから行かれますか?」

きゅう、と抱きついてきたサラをあやしながら答える。

「すぐに出かける。ホセ、今日はよろしく頼む、サラは今日は留守番だ」
「もう行っちゃうの?」
「うん、サラ帰ってきてからね」

アンネとホセを連れ、宝石を扱っている店に向かう。
ホセには『練金』で作った剣を持たせているので従者と護衛を連れた貴族の少年といった感じだ。
アンネは本物のメイドだし、ホセはあまり喋らないのでちょうどいい。

「いらっしゃいませ、小さな貴族様。本日はどのようなご用でしょうか」

宝石店に入るとカウンターの中から店員が声を掛けてきた。
店内はそこそこの広さでガラスのカウンターの中には宝石が飾ってある。大した物は並べられていないので、高価な物は後ろの部屋から出してくるのだろう。
奥のテーブル席では若いカップルが並べられた宝石を前に商談中だ。

「ちょっと現金が必要になってね、宝石を売りに来たんだ」
「買い取りをご希望ですね、こちらへどうぞ」

奥のテーブル席に案内されてなかなかつくりの良いソファーに座る。隣とは会話が聞こえないくらいの距離だ。
ウォルフは手袋をはめ、懐からダイヤモンドを取り出した。
取り出したのは三サント程もある大粒のダイヤで、遠目で見てもその大きさ、輝きから数万エキュークラスの逸品に見えた。

「こ、これは・・・少し詳しく鑑定させていただけますか?」
「ええ、もちろん。」

店員は、ライトの魔法具を付け、目にルーペをあてて、詳しく内部を観察する。
ひとしきり呻ると杖を取り出し、『ディテクトマジック』を掛ける。
更に呻るとウォルフ達を置いて、隣のテーブルに行ってしまった。
隣のカップルを接客していた店員を連れて戻ってくると、その店員も鑑定するという。
店長だというその店員は念入りにウォルフのダイヤを鑑定し、やがて元いた店員に頷くと自分はカップルの元に戻っていった。

「申し訳ありませんでした、お客様。わたくしの裁量出来る額を超える品ですので店長の許可を得ました」
「ふーん、で、評価はどんなもん?」
「・・・これほどの逸品はわたくし、初めて拝見させていただきました。色、透明度、重さ、研磨、全てが超一流です。特にこの様に美しい光を発するカットは初めてみました。失礼ですが、これはどちらで・・・?」

頬をやや上気させながら、ウォルフを窺うように熱っぽい視線を送ってくる。
これは本当のことは言わない方がいいと判断し、適当に答える事にした。

「うーん、僕もあまり詳しくは分からないんだけど、最近東方との交易に成功したらしくて、これはその時に入手した物らしいんだ」
「ううむ、そうですか、東方ですか・・・ううむ」

店員は悩んでいた。
十万エキューでも右から左へと売れそうな品物だが、もし今後もこのレベルの宝石が東方から入ってくるとなると相場も変わっていくだろうから、あまり高く買うのは危険とも言える。
しかし、今後も入ってくるのならそのルートは是非押さえておきたいので、あまり安く買いたたくのは上策ではないだろう。

「今すぐこの場で、と言うことならば当店では四万エキューをお出ししましょう。しかし今後もお取引を続けていただけるのならば、もう二万出す用意はあります」

四万エキュー。あまりの金額にウォルフ達三人はピキッと音を立てそうな程に固まってしまった。しかも身元を明らかにすればもっと出すという。
千エキューもあれば家が建つ世界である。
宝石店に入るのは今回が初めてであったし、相場も全く調べてなかったので何となく百エキュー位になるといいなー、などと軽く考えていたのだ。
『練金』で簡単にできてしまうダイヤモンドを高く売るためにウォルフは結構頑張った。
うろ覚えだったブリリアンカットを再現するため、ダイヤの屈折率と反射率を測定しそれを元に計算して図面に書き起こし、上部三十三面下部二十五面の形状と角度を決定した。
それを元に治具を作り、六方晶ダイヤモンドの微粉末を使って正確な角度で研磨出来る装置を作った。
材料となるダイヤモンドを全く不純物なく『練金』し、おおよその形にはなっているそれを丁寧に時間を掛けて正確な形に研磨した。
魔法でしか作り得ない品質と、魔法では作り得ない形状を持った一粒なのであるが、どうやら今回頑張りすぎたようだった。

「そ、そうですか。もしかしたら今後も入手出来るかも知れないけど、分からないので最初の値段で結構です」

なるべく動揺を出さないようにそう答えると店員は落胆した様子で承諾した。

「では、四万エキューでお引き取りさせていただきます。支払いはギルドの手形でよろしいでしょうか?現金でとなると少々用意に時間をいただきますが」
「ああ、構わないよ。出来たら手形は五枚くらいに分けてもらえる?一度に換金したら重そうだ」
「かしこまりました。では、手形を用意して参ります。少々お待ち下さい」

用意された手形はギルドに行けば何時でも換金して貰える小切手のような物で期限はなかった。この世界の商人ギルドは銀行の機能も持っているのだ。
偽造防止に魔法の掛けられた手形を確認し、ようやく取引は完了となった。

「では、ご確認いただけましたら失礼してこちらに『所有の印』を押させていただき、取引を完了させていただきます」
「『所有の印』?」
「はい、通常盗難防止のために宝石にかける魔法です。かけた本人以外が上書きをすると跡が残ってしまいますので盗品と判断出来ます」
「これにはまだ誰もかけていないから盗品じゃないって事か」
「はい、失礼ながら『所有の印』が押されていないので驚きました。これだけの品に『所有の印』を押していないで盗まれた場合、盗まれた方が悪いというのがこの業界の常識ですので・・」
「へー、知らなかったなあ。確認は終わったのでどうぞやってください」
「では、失礼して・・《所有の印》!・・・これで取引は完了です、ありがとうございました」

 それから暫く出されたお茶を飲みながらの世間話となった。やはり東方の貿易路が気になるようだ。

「うーん、まあまた手には入ったらここに売りに来るよ」
「ぜひ、そうお願いします。すぐに話が通るように店員には徹底しておきますので。よろしければお客様のお名前をお教え下さい」
「ガンダーラって呼んでくれ」

ウォルフは取りあえず偽名を名乗っておいたが、この業界では名を隠して取引することは普通にあることなので店員も気にした風はなかった。

「では、ミスタ・ガンダーラ、御用向きの際は是非また当店をご利用下さいますよう」
「うん、色々と勉強になったよ、ありがとう」

 早速ギルドへと行って手形を一枚換金し、アンネの実家へと戻った。
サラと色々話をし勉強を見てあげたが、いきなり大金を手に入れてしまったウォルフは少し上の空になっていて変な顔をされた。

「ウォルフ、どこ行ってたんだよ。お前がいないからティティの相手を一人でずっとやってたんだぞ」
「うーんと、金策。別にいいじゃん、ティティも兄さんに懐いてるんだし」
「オレはロリじゃねえ。あんなに小さい子の相手は気を使うんだよ!お前のが年が近いんだからお前が相手しろよ」
「そんな事言ってると将来子供が出来たときに苦労するよ?子供の世話をしなかった男性程奥さんに逃げられる率が高いって統計結果が出てた。マチ姉は世話好きだけど、子供の相手を全くしない旦那は嫌いだと思う」
「マ、マ、マチルダ様は関係ないだろう!いいよ、わかったよ!もう言わねーよ!」

「ウォルフ、何を読んでおるのだ?」
「あ、お爺様、"バルベルデの実用・風魔法"です」
「バルベルデというと、あれか、五十を過ぎてスクウェアになったと話題になった学者か」
「はい、遅咲きのメイジらしい実践的な研究がとても参考になります」
「ふむ、しかし彼はスクウェアとしては最低レベルであったと聞いている。それよりはワシはまだ読んでないが、先頃出版されたオルレアン公の著書のほうが勉強になるのではないか?」
「"風魔法総論"ですね?あれはエッセイというか、日記というか・・・彼が感覚で得た物を感覚で書いているので本人以外には全く参考にならない本だと思います」
「そ、そうか。常人には理解出来ない高度な内容の名著だと評判だったんだが・・・」
「オルレアン公は実務者であって研究者ではないのでしょう。オルレアン公をバルベルデ卿に研究させたらすばらしい論文が出来ると思います」
「バルベルデはとうに亡くなっておるよ。それほど気に入ったか」
「はい!特にここの所の、彼が『遍在』を成功させるに至った"分割思考"の研究のくだりなどは今すぐ試してみたいです」
「それ程気に入ったのなら持って帰るが良い。ここにあるよりも役に立つことだろう」
「ありがとうございます!」

「ウォルフ兄様ー、またおはなししてー」

ダイヤを売って大金を得たが、それ以外はいつもと変わらないヤカの一日だった。










1-13    ラグドリアン湖の休日



――― 翌日 ―――

 いよいよ明日ド・モルガン一家が出発するという朝、食卓は緊迫感に包まれていた。
クリフォード・ウォルフ・ティティアナの三人は席を外させられていてここにはいない。
レアンドロは小さくなって俯いていてその妻セシリータは声を殺して泣き続けている。重苦しい雰囲気が辺りを支配する中フアンが口を開く。

「エルビラ、レアンドロから聞いた。以前この城に勤めていたメイドをこやつが妊ませ捨てたと言うが、確かか?」
「お兄様がそう言うのならば、そうなのでしょう」
「お前はそれを知りながら当主であるワシに黙っていた。なぜだ?」
「私はもうラ・クルスの人間ではありませんので、そのような義務を負いません」
「お前はラ・クルスの嫡男に財産目当ての女が取り入ろうとしてもワシに知らせるつもりはないというのか!その娘が真実レアンドロの娘ならば妾腹とはいえ、法的に相続権が発生するんだぞ!」

アンネがメイジであることも良くなかった。悪意を持った貴族がアンネを養子にし、サラをラ・クルスの長女であるとして相続を主張する、と言うことも考えられないことではないのだ。
政争が盛んなガリアにおいて、そのような隙を作ることは厳に慎まねばならないことだった。

「アンネはそのような者ではありません。取り入ろうとしたのではなく、ただ強姦されたのです。身重の体で放り出され、過酷な長旅の末私の所にたどり着いたときには死にかけていました。私にはラ・クルスが殺そうとしたのではないかとさえ思えましたので、黙って匿うことにしました」
「・・・・その女をここへ連れてこい。ワシが直接会って見極めてやろう」
「お断りします」
「なぜだ!その為にヤカまで連れてきたのではないのか!」
「違います。一緒に来たのはアンネ達を家族に会わせるためと、ラグドリアン湖に一緒に遊びに行くためです。お兄様にアンネと会うための条件は話してあります、お父様もお聞きになりましたか?」
「聞いた。ワシに、平民のメイドに、謝りに行けとでも言うのか?」
「別にラ・クルスの当主ならば誰でも構いませんが」

エルビラの言葉を聞いた瞬間、フアンは立ち上がり俯いたままのレアンドロを指さして怒鳴った。

「こんな馬鹿に、今、当主の座を任せられるわけが無いだろう!!」
「でしたら放っておいて下さい。ラ・クルスの当主でもない馬鹿の謝罪だけを受けても意味はないのです」

なんかもうレアンドロは泣き出しちゃっているが、エルビラは構わず続ける。

「責任を果たさないというのならば黙っていて下さい。アンネもサラもド・モルガン家の者として幸せに暮らしています」

フアンはその言葉に暫くエルビラを睨んでいたが、やがて踵を返すと部屋を出て行ってしまった。
エルビラは軽くため息を吐くと泣いているレアンドロを眺めた。

思えば良く泣く兄だった。今まで様々な場面で泣いていた兄を思い出し、しかたなく慰める言葉をかけた。

「お兄様、もう気にしないで下さい。彼女達の為にお兄様が出来ることは何もないのです。」
「で、でも、僕は父親なのに・・・」
「・・・私はお父様が理由を付けてアンネ達親娘を幽閉してしまうことを恐れています。ですから、気軽に会わせるわけにはいかないのです」
「そ、そんな・・・・」

そんなことを微塵も考えなかったらしい兄に改めてため息を吐くと、何も言葉を発しない義姉セシリータにも慰めの言葉をかけ、ニコラスを促して席を立った。


 居室に戻る廊下で交わされた会話

「なあ、お義兄さんって、何歳だったっけ」
「三十九よ」
「・・・・・」 


 一方、席を外させられた子供達三人は街へと出かけてきていた。
ティティアナにねだられて仕方なく願い出てみたのだが、案外すんなりと許可が下りてしまい驚いたくらいであった。
バザールを巡ったり甘味処で休憩したりと、ヤカでの最後の一日を小さい従姉妹とともに楽しんだ。

 夜が明けて翌日、別れの場面は混沌としていた。
ニコラスがアンネ達を迎えに行くために、先に出発していたのが救いだったくらいだ。
フアンとエルビラは睨み合ったまま一言も言葉を交わさないし、レアンドロ夫妻はどんよりと暗い。
ティティアナは行くなと泣くし、唯一まともな祖母のマリアがウォルフ達に声をかけた。

「エルビラ、あなたはもうラ・クルスの人間ではないと言いましたが、あなたは死ぬまでこの私とフアンの娘です。それだけは忘れないで、時々帰ってきて下さい」
「はい、お母様。今回は騒がしくなってしまい申し訳ありませんでした」

「クリフ、あなたがニコラスとエルビラの長男なのです。ちゃんと両親を助け、弟の面倒を見なくてはなりませんよ。また来て下さいね?」
「はい、お婆さまもお元気で」

「ウォルフ、フアンが色々言っていましたけれど、子供の頃は色々なことに興味を持って試してみるのも大事なことです。おそれず、試してみなさい。また会えるのを楽しみにしています」
「はい、お婆さま、また来ます」

子供達を馬車に乗せ、最後にエルビラが乗り込む瞬間、フアンが口を開いた。

「また、来年だな」

エルビラは目だけで応えると馬車を出発させた。

 途中ニコラスとアンネ親子と合流し、馬車は一路北東のオルレアン公領を目指す。
サラは合流してから終始ご機嫌で、ウォルフの世話をあれこれと焼きながら嬉しそうにしていた。
考えてみればウォルフが生まれて以来、同じ屋根の下で寝なかったことが今回初めてなのだ。
ウォルフが大量の金貨を積み込んだ上におみやげをいくつも買ったので馬車は大分重くなってしまい、ゆっくりとした速度でガリア国内を移動した。
せっかくだからと彼方此方観光しつつ、それでもヤカを出て三日目の昼過ぎにはオルレアン公領のラグドリアン湖畔に着いた。

 ここで三泊程遊んだ後サウスゴータへと帰る予定だが、ウォルフは今回こそ水の精霊を見つけようと張り切っていた。
前回はまだ全然魔法がうまく使えていなかったが、今ならかなり発見出来る可能性が高いのではないかと思っている。
ウォルフの推測では人間が炭素をベースにした生命体ならば、精霊は魔力素を元にした生命体であると言え、魔力素が自意識を持つ程大量に、濃密に集まっている存在が精霊なのだと推測していた。
どんな存在なのか、それを是非観察したいのだ。

「う゛あーっやっと着いたー」

宿に着くなりベッドに倒れ込みうつぶせになってひとしきり呻る。
横を見るとクリフォードも全く同じ行動を取っていた。

「馬車三日間はやっぱきっついなー」
「たしかに。なんか昼なのにもう寝ちゃいそうだよ・・」
「うんうん、このベッド寝心地いいな」

今回一行が泊まるのは貴族用のそこそこ良いホテルだった。泊まる日数が少ないし、たまには良いだろうということでニコラスが奮発したのだ。
全室ラグドリアン湖に面しており眺めが良く、自家用の桟橋まであるのだ。
そこに3ベッドルームのコネクティングルームを予約していた。

「あー、ウォルフ様もクリフォード様も支度してない!すぐに泳ぎに行くって言ったでしょう!」
「サラ、馬車みたいな狭い場所に長時間動かないでいた時は、じっくりと体をほぐしてから運動した方が良いんだよ」
「ウォルフ様しょっちゅうあちこち飛んで行ってたじゃない。十分ほぐれてるよ」
「今暫し!今暫しこのベッドの安らぎを・・・」
「いいからさっさと着替える!」
「わー、わかったわかった」

すでに水着に着替えた準備万全のサラに、パンツを半分ズリ降ろされ諦めて着替える。ちなみにクリフォードはサラが来た段階で着替え始めていた。
ホテルの前の浜辺に出て準備運動をしていると大人達も遅れてやってきた。
エルビラもアンネもスタイルは抜群なので、二人の水着美女に挟まれニコラスの目尻は下がりっぱなしである。
水着は腿の半ばまであるようなクラシックなスタイルであったがそれが彼女らの魅力を減じることはなかった。
湖水浴をしている他の客からもチラチラと視線が送られ、アンネはちょっと恥ずかしそうにしていた。

「ウォルフ様、なにしてんの?」

 ピコピコと何かを一所懸命踏んでいるウォルフにサラが尋ねる。

「ふっふっふ、ウォルフ様開発のレジャー用品第一弾!"水竜くん"だ!」

ビニールの接着は大変だったし、吸気口や足踏みポンプなどの開発にも案外時間が掛かった。
完成型は頭にあるのに、最適な素材を選定するだけでも結構多変なのだ。
しかし、苦労した甲斐があって完成した物は中々の出来で、子供が二人乗ってもびくともせずに水に浮き、更に紐を付けて引っ張ることも可能という代物だった。
やがて膨らんだそれを頭上に掲げて湖に突進する。
サラも最初は興味なさげにしていたが、やがて夢中になって上ったり落ちたりして遊んだ。

「じゃあサラ、しっかりヒレに掴まって。オレがフライで引っ張るから」
「うん!よし、いーよ」
「行くぜ!『フライ』!」
「きゃーっ!!!」

水面すれすれを結構なスピードで飛ぶ。"水竜くん"は『強化』してあるからかなり丈夫だ。
波で結構バウンドしていてその度に落ちそうになるが、サラは必死にしがみついていた。
サラが何か叫んでいるので止まってみたらなんか怒っていた。少し飛ばしすぎたようだ。
ゆっくり岸に戻って今度はウォルフも乗ってみたかったが、サラもクリフォードもそんなに早くは飛べないのでニコラスに頼むことにした。

「父さん、今度はオレと兄さんで乗るから父さん引っ張って!」
「おう!まかせとけ!かっ飛ばしてやるぜ」
「と、父さんそんなに頑張らなくても良いからね?」
「今のウォルフのスピード見てたら燃えてきた!風メイジの意地を見せちゃる!」

すでに大分まわりの子供達の視線が痛くなっているが、今は無視して"水竜くん"にクリフォードと二人で乗る。

「いくぜ!これが風のトライアングルの『フライ』だ!《フライ》!」
「「うおおおおおおおおおぉぉ」」

「うりゃあ!旋回!」
「「うおおおおおおおおおぉぉ」」

「これが!俺の!全力全開!」
「「うおおおおおおおおおぉぉ」」

多分時速で百リーグ位は出ていた。
旋回までは楽しかったが、後はもう必死にしがみついているだけになってしまった。
何とか耐えきって岸まで戻ってくると、ニコラスはこちらをずっと見ていた子供達に囲まれた。

「おじさん!ぼくものせて?」
「ぼくもぼくも!」
「あたしもー」
「うわー、何じゃあー」

子供達は我先にとニコラスにまとわりついてくる。

「あー分かった、分かったから順番に、な?」

ニコラスは二十人程いた子供を全員乗せるまで、ひたすら『フライ』を唱え続けることになった。

「あれ親からお金取ったら結構儲かりそうだなあ」
「あら、こんなところで商売ですか?ウォルフ」
「商売の種ってのはどんなとこに落ちているか分からないもんなんだよ、母さん」


 サラとクリフォードは良い感じにぐったりして休憩してるし、エルビラとアンネはおしゃべりに夢中だ。
ちょっと一人暇になってしまったので、ウォルフはラグドリアン湖の水を『ディテクトマジック』で精査してみることにした。
すると驚愕の事実が判明した。
ここの水の水分子内の電子の一部が、魔力子に置き換わっている。
こんなことが『ディテクトマジック』でぱっと分かったわけではないが、受ける違和感を検証していくとそういうことであろうと結論した。
こんな水を飲んでも大丈夫なのかと不安になるが、ここらの人は六千年も飲んでるわけだから問題ないのだろうと思うことにした。
これは通常の魔力素などの在り方とは全く異なる物で、通常はただ単にそこらに在るだけだし、何らかの意志を受けていてもせいぜい原子と原子の間や物質の外側にへばりついている位だ。
例外は魔法金属と呼ばれるオリハルコンやミスリルで、これらの金属は元は普通の白金や銀なのだが、これも原子の内部の電子軌道に魔力子が存在していることが分かっている。
これだけ膨大な水が魔法的にはミスリルなどと同等なのだ。そりゃ精霊も生まれそうである。
いきなり水の精霊の秘密に近づけてしまった感があるが、もっと調査が必要だろう。
それと、やはり水の精霊自身を調べてみたい。
ここの水のように通常の物質の一部が置き換わった物で構成されているのか、それともやはり魔力素だけで構成されているのか。
そんなことを考えながら手早く『練金』で小瓶を二十個ほど作る。コルクの蓋付きだ。

「サラ!サラ、手伝ってくれ!湖の水を採取に行くぞ!」
「ふえ?・・・・は、はい!」

小瓶を詰めた袋を担ぐと『フライ』で飛び立つ。
サラに手伝わせながら、人の居ない入り江、湖から河となって流れ出る地点、森が迫る岬、と水を採取していく。表層と深い場所の二ヶ所ずつだ。
一つ一つコルクに場所を記入しながら移動していき、そして最後に湖の最も深いと思われる場所に来た。
サラに二人とも『レビテーション』をかけて貰い、紐を付けて錘を巻いた瓶を沈め、やはり紐を付けたコルクの蓋を抜いて瓶を引き上げる。
引き上げるときの力で簡易的に蓋がされるように紐に取り付けてあるので、ほぼ表層の水と混ざることはない。
ここはかなり深いようで、深さ百メイル地点、二百メイル地点と採取していき、三百メイル地点に取りかかったときにそれは現れた。

「何をしている。単なるものよ」

気がつくと二人の前方の湖面にうねうねとうごめく水球が出現していた。
思わず呆然と見つめてしまう。まさに未知との遭遇である。

「お前達が先程から私の一部を汲んでいたのは知っている。もう一度聞く。何をしている。単なるものよ」
「み、水を汲んでおります、・・・精霊・・様」

何とか返答する。水球は喋るときだけ人間の頭のように変化した。
ウォルフは精霊が発する濃密な魔力の気配に圧倒されていたし、サラはただひたすら硬直していた。

「何のために我のいる場所へ近づく。我はそのようなことを許した覚えはない」
「えーっと、すみません調べるためです。先程魔法を使いまして、この湖の水が普通の水とは違うことに気付きました。それでどのように違うのかをあちこちの水を採取して調べようと思ったのです」
「ここは我の住まう地、他と違うは当然。調べてどうするるのだ、単なるものよ」
「知ることが出来ます。私はこの世界がどのように生まれ、存在しているのかを知りたいと考えてきました」
「お前達は生まれては死に、ほんの短い時しかこの世界にいることはない。知れることなど僅かであろう」
「私が知ったことは私の子供に伝えることが出来ます。あなたが長い時を一人で生きているというのなら、我々は大勢で生きていると言えます。水の一滴一滴が僅かでも多くが集まればこのラグドリアン湖のようになるように、例え僅かでも知りたいと思うのです。精霊様、お願いがあります」
「なんだ、申してみよ」
「精霊様を魔法で"見る"事を許して欲しいのです。精霊様がどのように"在る"存在なのかを知りたいのです」
「愚かな・・・単なるものの分際で我を量ろうというのか。よい、できるものならばやってみるが良い」

精霊が不穏なことを言いサラが掴む腕に力が加わるが気にせず魔法をかけた。

「ありがとうございます!では早速・・・《ディテクトマジック》!」

 それは膨大な魔力の固まりで、その存在の初めから永久にも近い時をこのラグドリアン湖で過ごしてきたものだった。もしウォルフが"精霊とはどんな存在なのか"などということを直接魔法で知ろうとしていたら、その情報量に正気を保てず気が触れていたかも知れない。
しかし、今は原子の構造を知ろうと極狭い範囲に極めて精細な魔法をかけたので、無事に調べることが出来た。
その結果解ったことは水の精霊は魔力素だけで出来て、さらにそれが通常の物質の様な形態を取っている、ということだった。
陽子も中性子も電子も全て通常物質と同じようにあり、それら全てが魔力素が変化したもので水分子を形成していた。
なぜそれが自意識を持つ様になっているのかは分からなかったが、それを考える入り口には立てた様な気がした。

「うおー!すっごいですね!精霊様、ありがとうございます」
「?・・・何ともないのか?」
「はい!おかげさまで多くのことを"知る"事が出来ました」
「・・・・・・」
「水の精霊様は純粋な魔力で構成されています。我々のように通常の元素を体にしている生命体とは根本的に違うと言えますね。形態としてはただ液体と言うことではなく水(H2O)の形になっています。土や風、火の精霊は一体どのようになっているのでしょうか、知りたいです」
「・・・お前のような単なるものもいるのか」

これまでに水の精霊に魔法をかけてきた人間は攻撃してくる者か、その力を手に入れようと近づいてくる者しかいなかった。
ウォルフのようにただ知識を得ようと近づいてくる人間は、精霊の長い時間の中でも初めてだった。

「本当にありがとうございました。そろそろ親が心配していると思うんで帰ります。よろしいですか?」
「・・・ちょっと待て、これを・・」

水精霊から水が飛び、まだ空だった二つの瓶を満たした。

「ここの底の水と我の一部だ、持って帰るが良い」
「えっ水精霊の一部って水の秘薬のことじゃないですか!いいんですか?」
「代わりにお前の体を流れる水を水面に落とすがいい。我はお前を覚えるとしよう」
「うわー本当ですか、はい、ただいま」

急いで瓶の蓋を閉めると『練金』でナイフの先を作り指の腹を切った。
血は玉を作りやがて湖面に滴った。

「これで我はお前を覚えた。単なるものよ、我はお前の呼びかけに応えることにしよう」
「ありがとうございます。それと私の名前はウォルフです。一緒に覚えてくれたら嬉しいです」
「我にはそのような概念はない・・・・"ウォルフ"よ・・・・これでいいのか」
「はい!また会いに来ます。今日はこれで失礼します」
「我ももう戻るとしよう・・・・・"ウォルフ"よ」

そういうと水の精霊は湖面に消えて行き、後には静かな湖水が残るだけだった。

「いやー水の精霊に会えるなんてラッキーだったね、サラ。ってうわあっ《レビテーション》!」

 ずっと『レビテーション』をかけたままだったサラが急に緊張が解けたため一緒に魔法が解けてしまったのだ。
慌ててサラを抱き止め顔をのぞき込むと泣きそうな顔をしている。

「ふえー怖かったあああ」
「別に知性がある相手なんだし、ずっと人間と共存してきた存在なんだからいきなり子供相手に攻撃してこないと思うんだけど」
「そういうことを言っているんじゃありません!なんでウォルフ様は水の精霊なんかと普通にしゃべれるんですか?」
「知性のある相手に敬意を払うのは当然のことだよ。相手のことをよく知らないからと言って恐れたり逆に攻撃したりするのは野蛮なことだ」

湖の上を『フライ』で移動しているとサラは文句を言ってくるが、ここはまだラグドリアン湖の上なんだからあんまり失礼になることを口走らないように、と注意するとまた怖くなったのか黙った。
元いた湖岸まで戻ると、案の定エルビラとアンネが怒っていた。
ニコラスはその横に疲労困憊で死んだように倒れ込んでいる。
ちなみにこの日以降ニコラスがどうしてもいやがったため"水竜くん"が湖に出ることはなかった。

「ウォールフッ!勝手にいなくなるんじゃない!」
「すみません、お母様。湖の水を色々採取していたら水の精霊に出会ってしまい、すぐには帰って来られなかったのです」
「み、水の精霊ですって?」

エルビラ達の顔色が変わる。水の精霊はその強大な力でここハルケギニアでは敬われてもいるが同時に恐れられてもいるのだ。
しかしウォルフにとっては『ディテクトマジック』をかけさせてくれた上に水の秘薬をくれた、気前の良い精霊だった。

「はい、ずいぶんと気の良い精霊でした」
「気の良いって・・・無事だったんですね?」
「全然大丈夫ですって、ほら、帰り際に水の秘薬までくれました。気前が良いでしょ」

ウォルフは近所のおじさんにお菓子でも貰ったかの様に言う。
水の精霊が気が良いなどと中々信じがたいエルビラであったが、確かにそこには小瓶いっぱいに水の秘薬が入っていた。

「はあ、無事だったのならもう良いです。宿に戻りましょう」




1-14    帰還



 ラグドリアン湖での楽しい休暇も終わり、アルビオンへ立つ日になった。

 ウォルフが二十近くある湖の水が入った瓶を全部持って帰ると言ったためニコラスと喧嘩になったが、より小さい瓶に移し替えることでお互い妥協した。
全ての荷物を纏め、桟橋から船に乗る。ここから対岸のトリステインまでは優雅な船旅だ。
対岸に着いて馬車を仕立て直し、ラグドリアン湖に別れを告げる。
ウォルフが「バイバイ、またね精霊様」と告げると湖面が震えて応えたような気がした。
ここからは昨年と同じ旅程で、ラ・ロシェールからロサイス、そしてサウスゴータへの道だ。
ラ・ロシェールまででの途中で一泊、さらに船中で一泊そしていよいよサウスゴータのド・モルガン邸に到着した。
出発から実に二十日あまりが経っていた。


「いやー、やっぱり我が家が一番落ち着くなあ」
「あらあなた、そんなことを言うんでしたら、もう出かけるのはやめにしますか?」
「いやいや、出かけたからこそ、そう思うんだって」

出迎えた使用人達に荷物を降ろさせながらみんな上機嫌だった。
ウォルフは自分で荷物を方舟に運び込むために仕分けをして降ろしていた。
出かける時は一番少ない荷物だったのに、ヤカで購入した魔法道具、フアンに譲ってもらったりヤカの書店で購入した書籍類、八千エキューの金貨、ラグドリアン湖の水、途中で拾った石、道々で購入した珍しいおみやげ、といつの間にか一番の大荷物になってしまっていたのだ。
それらをサラと手分けして『レビテーション』で浮かせ、方舟へと向かった。

「暑っ!」

 方舟に入った第一声がこれだった。旅行前に作っておいた換気システムは快調に作動しなかったみたいである。
温度計を見ると三十度を超えていて、早急な改良が必要だった。
バッテリーをチェックしてみたが放電しきっているみたいでもうダメになっていた。
過充電になって電解液を電気分解してたらいやだと思ってバッテリーだけは屋上に専用の部屋を作って隔離していたが、そんな心配は必要ないほどだ。
これではダイオードと抵抗だけの簡単な充電器がうまくいったのかも分からない。

「ウォルフ様、冷房、ダメだったの?」
「発電機がうまく動かなかったみたいだな、明日直すよ」
「今日はもう疲れたからね。お風呂入りに行こう!」
「おう!母さんもう沸かしているかなぁ」

取りあえず荷物を棚に入れて雨水タンクだけはチェックし、空になっていることを確認すると二人で母屋に向かい、中庭の風呂の前まで来るとちょうどエルビラが魔法で風呂を焚いているところだった。

「母さん、もうお風呂入れる?」
「ええ、もう沸くわ。入る?」
「うん、サラ行こ」

 この風呂もウォルフが今年になってから作ったもので家族の評判がすこぶる良いものだった。
直径二メイル程の大きめの五右衛門風呂で、チタン製なので肌当たりが柔らかく、熱伝導率の悪さから底を熱しても縁までは熱くならないため寄りかかって入れるのだ。
いつもは昼間の内にアンネとサラが水を張っておき、外から帰ってきたエルビラが家に入る前に魔法で沸かすのだが、これがエルビラの良いストレス解消になっているようだった。
城で何かあったときは高笑いしながら釜に炎を打ち込んでるエルビラが見られ、そのようなときは風呂の湯を冷ますのに苦労する。
逆に風呂が用意してなくて風呂釜の扉が閉まっていたりすると不機嫌になるくらいである。

「お客さん、かゆい所はございませんかー?」
「ふわぁ・・・きもちいいでーす」

ウォルフはサラの髪の毛を洗ってあげていた。サラはどうも洗うのが下手なので最近では二人で入るときはウォルフが洗うことにしている。
ここで使っているシャンプーもウォルフ製で、オリーブオイルから作り重曹を加えている。これにクエン酸のリンスで仕上げる事によってツヤツヤでさらさらとした髪になり、最近ド・モルガンの女達の髪が評判になってきていた。

「あらサラ、洗ってもらっているの?いいわね」
「えへへ・・」

さてシャンプーを流そう、という時エルビラが入ってきた。
二人の横を通るとしゃがみこみザバーっとかけ湯をしている。ウォルフのおかげでド・モルガン家では完全に日本式の入浴スタイルになっていた。

「母さんも洗ってあげようかー?オレ結構うまいんだよ」
「あら、いいの?嬉しいわー」

洗面器にリンスを張りサラの頭を突っ込んで仕上げながら声をかける。
エルビラは自分の体を洗っていたが、ウォルフが流し終わったタイミングで手を伸ばして抱きしめた。

「ウォルフはホントに良い子ねぇ可愛いわー」
「わー母さん、待ってすべるこける!」
「体はもう洗い終わったの?」
「まだだけど」
「じゃあ一緒に洗ってあげるわ。サラもこっち来なさい」

 その後三人で洗ったり洗われたりした後仲良く浴槽につかった。
胸から上を湯の上に出して頬を上気させているエルビラを眺め前世だったら生唾もんだよなと思う。
サラはともかくエルビラはウエストはキュッと細いのに胸と腰はバーンとしてて手足はスラリと長く小顔の絶世の美女で、そんなのと全裸混浴しているのである。
それなのにウォルフは心から寛いでいる。
ウォルフはこの事を幼児の被保護者としての本能が、保護者とのより親密な関係に安心しているのではないかと考察していた。
確かにエルビラともアンネともいつも一緒に風呂に入っているのでその裸は見慣れていて自分の裸と大差ないくらいだし、まだ性欲など欠片もない年齢であるのは確かだ。
しかしそんなことは関係ないくらい一緒にいると安心するのだ。
ウォルフの人格を形成しているものが前世の人格だけではなく、現世での肉体の影響を強く受けている証拠といえる。
まあ、エルビラもアンネも全く恥ずかしがらないので萌えない、という事も言えるが。

「商人になりたいって言うのは本気なの?ニコラが嘆いていたわ」
「・・・貴族をやめるかは別だけど、商売はするよ。サラを代表にして商会を作るつもり」
「ふえっ?わたし?」
「そう、やめたいってわけじゃないのね?」
「うん、だけど・・・」
「何かあるの?」

珍しくウォルフが言い淀む。しばし躊躇した後続けた。

「オレは、貴族として王家に忠誠を誓うことが出来ないような気がするんだよね」
「・・・忠誠を誓えない?」
「うん、忠誠も誓わず貴族でいるわけにはいかないだろ?」
「・・・ガリアなら良いのですか?」
「同じだよ。せめてゲルマニアのように利害関係で結ばれた主従関係なら良いんだけど」

エルビラにはその違いがよく分からなかったが、ウォルフにとっては全く違う国家体制だった。
アルビオンではブリミルの血筋の事もあり文字通りの主従関係と言えたが、ゲルマニアの皇帝は所詮諸侯の代表に過ぎないと言え、上司ではあっても己の全てをかけて忠誠を誓うような主君ではないように思える。
ブリミルの魔法は確かに凄いけど、己の全てを懸けて忠誠を誓えるかというと、ウォルフはそれは無理としか答えられないと思った。メンタリティーは依然として前世のものを引きずっているのだ。

「そんなに違うものでしょうか。ゲルマニアでいいのならアルビオンやガリアでも良いのでは?」
「違うね。ゲルマニアでは利さえ与えればオレのような者が臣下になっても問題ないだろうけど、アルビオンやガリアではそうはいかないよ」
「あなたのどこに問題があるというのです!あなたは私達の自慢の息子なのですよ?」
「ごめんね、母さん。だけど、オレは王家のために命をかける気にはなれない。貴族の責務を果たさない者は貴族でいるべきではないと思うんだ」
「それで、商人ですか・・・」
「特別、商人をやりたいというわけではないんだけど、やりたいことをやるための生活の基盤というか・・・」
「やりたいこと?」
「・・・冒険に行きたい。ハルケギニアはもとより、サハラから聖地、果てはロバ・アル・カリイエさらにその先まで。行ったことのない世界、誰も見たことのない世界を見たい、知りたいんだ」
「・・・それがあなたのやりたい事、ですか」
「うん。今はその為の力を蓄えている、と考えている。そして貴族であることは・・・」
「その為には必要なことではない、ですか」

ふーと大きく息を吐いて湯から上がり、湯船に腰掛ける。色白の体は全身がピンクに染まっていた。
ウォルフも続いて立ち上がり、腰掛けようとしてエルビラに抱き上げられた。

「あなたにやりたいことがあるのなら、それでいいのです」
「・・・・・」

ウォルフはエルビラの胸に埋もれて窒息しかけていた。


 その夜寝室で本を読んでいたウォルフをニコラスが訪ねていた。

「じゃあ、本当に俺が男爵だってのは関係ないんだな?」
「だから関係ないっていってんじゃないか。どっちかって言うと良かったくらいだよ、公爵家の長男とかだったらマジごめんなさいって感じだろ?」
「公爵家の長男だったとしても貴族やめるかも知れないってのか・・・」
「あんまり意味はないんだよ、オレにとって」
「意味ないって・・・」

事もなげに言うウォルフに絶句する。
自分の息子が普通とは違うと思ってはいたものの、ここまで感性が隔絶しているとは想像も出来なかった。

「でもほら、俺が公爵様とかだったらお前のやりたいこととやらも楽に出来るじゃないか」
「それだけの地位には見合った責任があるだろ?オレはそんなのには縛られたくないし、そもそも不労所得なんてこの世で最も価値のない収入だ」
「不労所得?相続財産のことか?」
「そう、何も労せずに、対価を払わずに得た収入のことだ。そんなものの量を自慢する人は多いけどそんなのにどう対応したらいいのかさえも分からないね。お父さんから先祖代々の領土をたくさん貰いましたって言われても、ふーん、良かったね、としか言えないよ。」
「でも領土はそれを手に入れてから経営することによって責任を果たしていくものじゃないか」
「それは新しく入手した人もおなじだよ。持っているものに対する責任であって収入の対価ではない。相続によって固定化された社会には活力が無くなるんだよ。オレはそんなのに価値はないって言っているんだ」
「爵位に意味など無いというのか・・・」
「父さんが母さんのために努力して爵位を得たことは知っているし、尊敬もしている。母さんも誇りに思っているのに自分で卑下しないで欲しい。オレが意味ないと言っているのは相続した財産の大小だよ」
「・・・・・」
「オレはオレの人生を生きるつもりだよ。大変かも知れないけどそれに必要な全ては父さんと母さんから貰えたと思っている。だから父さんも父さんの人生を生きればいいと思う。"俺は君を守るために生まれて来たんだ"だっけ?母さんの口説き文句」
「わー!何言うんだ、お前!・・・」

どこのライオンハートだよ、と続けようとするウォルフを遮り、あらためてウォルフを眺める。
本当に訳の分からない子供だと思う。
生まれたときは普通の赤ん坊のようだったと記憶している。それが手の掛からない賢い赤ん坊になり、やがて喋り始めると手に負えなくなった。
まあ、賢い、賢すぎる。無理矢理文字を教えさせると家中の本を読み漁り、家人を捕まえては質問攻めにする。
一歳の頃から年上のサラを妹扱いして面倒をよく見るようになり、読み書きや計算などサラの教育は全てウォルフが行っている。
魔法を覚えれば天才級でいきなりラインメイジになり、トライアングルになるのも間もないと思われる。教師であるカールも理解出来ない魔法理論で魔法を行使しているという。
それでいて天狗になるようなこともなく本人は淡々としたもので、ウォルフのことを避けていた兄ともいつの間にか仲良くなっていた。
この子がどのような大人になるのか、ニコラスは想像が出来なかった。

「はあ、分かったよ。お前はお前の生き方しかできないというんだな」
「うん、無理。・・・本当はね、子供のうちは普通の子供の振りをしようかなって思ったこともあったんだよ」

ウォルフが少し悲しそうな顔で言う。ニコラスは我が子のそんな表情を初めて見た気がした。

「最初はみんなオレみたいに生まれてくるのかと思ったんだけど、サラとか兄さんとか見てたら違うらしいって分かってきて」
「あ、ああ、確かにお前はほんのちょっと普通の赤ん坊とは違っていたな」
「演技すべきかなって考えたんだ。父さんや母さんに嫌われないように、十二歳位までは普通っぽくね、ちょっと変わった子供って言われる位には隠せるかなって考えたんだけど、無理だった」
「演技ってお前・・・」
「そんな演技をしながら十年以上も過ごすことを考えたら気持ち悪くて吐きそうになっちゃったよ」

ニコラスは絶句した。ブリミル様に愛され、唯我独尊そのものといった感じであるウォルフの、想像もしなかった孤独。
確かに、こんな子供を許容出来る親ばかりではないかも知れないと思い当たり戦慄する。この子はもっと幼い頃からその事実と向き合っていたのだ。

「そんなことは考えなくて良い。俺達家族がいる、お前は一人じゃないんだ」
「うん・・・ありがとう。・・・オレはオレがこんな風に生まれたことには意味があるって信じている。だからオレの心に従って生きようって決めたんだ。出世に血道を上げるのも、大貴族に婿入りするのも他人の評価を気にしながら生きることだろうから、オレにはそんな生き方は出来ないんだ」
「ふー・・・確かにそんなウォルフは想像も出来ないかな。・・・でも、これは覚えておいて欲しいんだが、お前の考え方はハルケギニアでは危険すぎると思う。よそでは公言しないで欲しい」
「ブリミル様の作ったこの世界が、そのままに続くことがブリミル教の正義だからね。他ではこんな事言えないよ」
「うん、分かっているなら良いんだ・・・」

まだ五歳でしかない息子に、もうしてあげられる事が殆ど無くなってしまったことに気付いて少し寂しかった。
自分の力不足かと嘆いてみたが、そうではなかった。ウォルフはもう精神的には大人なのだろう。
ならば自分の出来ることは離れて見守り、時にアドバイスを送ることぐらいだ。

「少し寂しいけどな、俺も子離れするよ。お前もお前のすることには自分で責任を取るつもりで、あー、でも未成年の内は結局こっちにツケが回ってくるんだから、大人しめにな」
「ははっ・・・まあ、迷惑が掛からないようにすることを第一に考えるよ」

よろしく頼むよ、と伝えるとニコラスは部屋を出て行った。





1-15    一年



 翌日、とりあえずバッテリーの電解液と電極を『練金』でリフレッシュして換気扇を回す。
雨水発電はどうも発電量が全然足りなそうなので他の方法を探す事にした。
いくつも考えた中で一番ウォルフ自身が楽そうなのはエルビラの火力を使った蒸気タービン発電だった。まあすぐには出来ないだろうが風呂場の隣にスペースを確保し、こつこつと作っていくことにする。ニコラスには新型の給湯装置だと説明し許可を得た。実際に貯湯槽も作るつもりではある。
あんな天然でハイカロリーな熱源が身近にいるのである。使わない手はない。
蒸気タービンが出来るのはずっと先だろうから当面の対策として四階の雨水タンクを拡大し、地下にも雨水タンクを作った。毎晩魔法で下から上へと水を移動させようという発想だ。
降水量の少なさを補って発電機がうまく作動するのかを知りたかったし、水の魔法はまだ不得意なので扱いに慣れたかった。
充電の管理についてはボルテージレギュレータを開発する事にしてリレーで行う方式やトランジスタの研究にも手をつけた。

 空調システムの改良にはガリアで買ってきた品が役に立った。
魔法温度計―ガリアでは一般的な温度計で、土石を動力に組み込んだ魔法人形が温度を指し示すというものである。
買ってきたこれを二体使用し、外気温と内気温に応じて地下からと外気からとに吸気口を切り替えるシステムを作った。
回転式のシャッターを魔法人形に操作させ、外気温が十五度以下ならば地下経由の空気それ以上は外気、という第一のシャッターを設置する。それに加えて内気温が二十五度以上ならば地下空気、それ以下ならば第一シャッター経由の空気という第二のシャッターを設置し、冬暖かく夏は涼しい地下の空気を利用することによって常に室内が快適な温度になるようにした。
排気を第一シャッター経由の吸気と熱交換をさせているので、これに冬期は暖房を組み合わせれば完璧である。
運転を開始してみると今の時期だと昼間は地下空気を頻繁に使用して冷却し、夜になると外気との換気で常に新鮮な空気が室内を緩やかに流れ方舟内は実に快適な空間になった。
将来的には電子制御にしたいが、今はこれで満足である。




「いやあ、ここは涼しいねぇ。うちにも作ろうかな」

最近ウォルフの方舟が涼しいのでよく来るようになったマチルダが少し離れた机で作業をしているウォルフに話し掛けた。自分はソファーでお菓子を食べながらである。
発電システムは快調に動作する様になり、何度か過充電や過放電でバッテリーをだめにしたが今では大分コツを掴んでいた。

「作ってみると良いんじゃない?地下の冷たい空気を利用するだけだし、ポイントは送風と温度管理だね」
「温度管理はウォルフみたいに魔法温度計を買ってくるとして、送風はどうしたもんかね」
「城にある水車から直接動力を取り出して送風機を回したら?結構うまくいくと思うよ」
「うーん、あんまり大掛かりなのはお父様が許してくれないだろう」

マチルダもウォルフにモーターの原理を説明されて作ってみたけれどもかろうじて回る、という程度の物しか作れなかった。
そうすると風石を直接励起させて風を送るというくらいしか考えつかないが、ちょうど良いくらいの風を送る魔法道具を作る自信はなかった。

「うーん、中々難しいね、あたしもガリア旅行に連れていってもらって魔法道具探してこようかな」
「うん、あそこは魔法道具は発展していてこっちにはない物がたくさん有るから楽しかったよ。リュティスとかに行ったらもっと凄いんだろうなぁ」
「今度あたしも頼んでみるよ。お父様は太守だから街を離れられないんだろうなぁ・・」

マチルダとそんな会話を交わしながらもウォルフはずっとグライダーの設計をしていた。
ここのところずっとそんな感じで分割思考の練習にちょうど良いと考え、なるべく二つのことを同時に処理しようとしていた。
マチルダも別段気にすることもなく相手をし、いつも暫く涼むと帰って行った。

 今ウォルフが設計しているのは主翼で先端の後部に舵を持つため、それを操作する仕組みが構造を複雑にしていた。飛行機としては最も簡単な構造のグライダーとはいえクリアすべき課題は多い。
リンクを作り、ワイヤかロッドを通して操作する予定である。
図面上でそれらの部品を主翼内に配置し、きちんと機能するか確認し、いよいよ試作にはいる。
まずは翼の骨となる桁を作る。本当はカーボンで作りたかったが、まだエポキシ樹脂がどうにも作れないのでクロムモリブデン鋼の極薄肉厚角パイプで作った。超超ジュラルミンやチタンも検討したが販売することを考え手に入りやすい材料をベースにすることにした。
まず大体の形に『練金』して強度を検査し、十分な強度がある事を確認すると圧延するために作った装置に通し、設計図通りの口径に成形する。ちなみに装置はゴーレムによる手動である。
ここまでですでに数日が経過しているがウォルフにとっては順調なうちで、次のフォルーサ材を接着して大まかな翼の形を作り、図面を元に削りだしていく作業に入る。
まず翼の根本から先端に向けての形を大きな定規を当てながら確定、そこに基準線を描く。
翼断面の形を上下から写した定規を基準線に当てながら慎重に削る。定規は根本から先端までその位置に合わせた形状に合わせて百枚程も作ってあり、精密に形状を再現出来るようにしていた。
形が完成したら舵の部分を切り抜いて表面に樹脂を塗り正式な型とする。
これを元に石膏で雌型を作り、いよいよFRPの工程にはいる。
上下それぞれの雌型に離型剤を塗り、その上からガラス繊維を積層して樹脂を浸透させていく。繊維に残る空気はローラーを使って押し出し、型に密着させた。
樹脂が固まったら型から外してバリを取り、表面を綺麗にならす。ここの工程はガラス繊維がチクチク刺さるのでサラは逃げ出して手伝ってくれなくなった。
忘れずに舵の部分の部品や翼の根本や舵の部分を補強するリブも作っておく。
桁にリブを固定し、上下の外皮と舵を付ける部分の部品を接着して外面を塗装し漸く一枚の翼が完成した。実に三ヶ月も経っていた。

「こんだけ懸かって漸く翼一枚ですか」
「そう言うなよ、サラ。泣きたくなるじゃないか」

サラにこの凄さが分かって貰えないのが悲しい。
ガラス繊維の製造方法だって研究を重ねたし、樹脂にしたって天然樹脂である琥珀からコーパル、ダンマルにミルラにオリバナム、ザンギデドラコ、更には亜麻仁油などの不飽和脂肪酸を含む油など手に入る物は全て手に入れて研究を重ねた成果だ。
結局採用したのは恐らくはポリエステルであろう物である。エステル結合と不飽和結合を持っているし、過酸化ベンゾイルを加えたら重合したので多分間違いない。
ちなみに風防はアクリル樹脂で作るつもりである。『練金』でメタクリル酸メチルのモノマーを作り、重合させたものでポリエステルに比べれば作るのは楽だった。
ウォルフが丹誠を込めて作った翼は既存のハルケギニア産材料で作るのに比べ圧倒的に軽量で高剛性に仕上がっているし、そのシェイプの美しさは芸術品級だと思っている。
魔法が無かったら何も出来なかっただろうとは思うが、これだけ頑張ったのだから褒めて貰いたいと思うのは人情ではないだろうか。
もちろん、『硬化』という魔法があるのでこんなに頑張って強度を保ったまま軽量化しなくても良かったのではないか、ということに最近気がついた事はサラには内緒だ。

「だって、こんなの『練金』でささっと作っちゃうんじゃだめなんですか?」
「コレは『練金』じゃ出来ないよ。似たようなのは出来るかもしれないけど、それだと将来的にコストを下げられないし。今は試行錯誤しながら、材料も治具も作りながらだから時間が掛かっているけど、その内早くできるようになるんだ。あと、こんなのって言わないで」
「あ、ごめんなさい。そんなに何台も作るつもりなの?」
「商売するって言ってたろ?こいつはきっと売れるぜ。貴族用の高級趣味用品だな」

 全体の形がおよそ完成したのはさらに四ヶ月後、もう季節は春という頃でウォルフは六歳になっていた。
姿を現したのは全長八メイルと少しで取り外せる翼を持ち、全幅十七メイル重量七百リーブルの堂々とした機体である。
全体を滑らかに白で塗装し、滑らかな曲面で作られたアクリル製の風防も装備し何時でも飛び立てるかのように見えたが、問題を抱えていた。

「ぐわー!もうだめだー!オレはだめなんだー!」
「あっウォルフ様!」

機体が組み上がってからここ一ヶ月程本体には手を付けず、工房で部品を加工していたウォルフだったが、突然叫ぶと飛び出して『フライ』で遙か上空に飛んで行ってしまった。
サラは最近ウォルフが行き詰まっていたのを知っていたので放っておくことにして、お茶の用意をしに下へ降りていった。もともと最近トライアングルになったウォルフが全力で飛んだらサラには追いつけない。
三十分くらいしてウォルフがすっきりとした表情で戻ってきた。

「やあ、サラ。お茶を頼めるかい?」
「はい、ただ今。どうしたの?妙にさっぱりしてるよ?」
「いや、久々に火の魔法を全力でぶっぱなしてきた。風呂を沸かす母さんの気持ちが分かったよ」
「あぁ、時々忘れそうになるけどウォルフ様も火のメイジだったんだよね」
「うん、それで決めたんだ。サラ、オレはいったんグライダーを離れる!」
「え?せっかくここまで作ったのにやめちゃうの?」

 ウォルフをここの所ずっと悩ませていたのは操舵の機構であった。
現物合わせで一つずつ部品を加工していったのだがやはり精度が今ひとつで、何種類か作ったが最初はうまく動いても暫くテストしていると動きが渋くなったりがたが出たりした。
そのままでも飛べないことはないと思ったが、ウォルフが求めているのは販売することが出来るクオリティーである。
試作機が出来たら直ぐに注文を取って販売すれば、ウォルフのグライダーも目立たなくて良いかなと思っているのだ。すぐに壊れるなどと悪評が立つことは許されない。
何とかしようと粘っていたのだが、このままではどうにもならないと判断し抜本的な解決を図ることにしたのだ。

「やめはしない。今は戦略的撤退だな、オレは旋盤を作る!」
「旋盤?」
「そうマザーマシーン、鉄を削って機械を生み出すための機械だよ」
「そんなのがあるなら最初から作ればいいのに」

今やっている方法で出来ないなら、きちんと手順を踏んで一から作ればいいのだ。
旋盤を作るとなると、必要な物が多くて大変だが、いずれは作らなくちゃならないと思っていた事だ。
何かサラは違う物を想像しているみたいだが。

「まあ、作るのは多分グライダーより大分大変だからな。でも作ってみせるさ」
「え?それも何ヶ月もかかるの?」
「・・・下手したら年だな」
「・・ウォルフ様さ、結構大変なの好きだよね、何か嬉しそう。M?」
「断固言わせてもらうが、楽なのが好きだし、Mでは無い。誰も作っていてくれないから仕方なくオレが作るんだ。ここ片付けるから手伝ってくれ」
「はーい」

 とりあえず今までやっていたグライダー関係の物は全て中止して、旋盤の制作に全力をかけることにした。旋盤さえあれば蒸気タービンだってさくっと出来るはずである。
まずは旋盤の多くのギアを制作するために必須なロータリーテーブルと材料を固定するチャックを作る。
ロータリーテーブルとは目盛りの付いているつまみを回すとウォームギアによりその分テーブルが少し回るという物で、円周を精密に分割する為には必須の物だ。
今回作る物のウォームギアのギア比は90:1、つまみを一回転させたらテーブルが四度回転する仕様だ。ウォームギアは苦労したが、ジグを使って刃物を作り何とか正確な物を作ることが出来た。
手作業でタップとダイスを一種類作り、それで作ったネジを利用してロータリーテーブルに材料を固定、割出盤とチャックも製作。
精密に製図をし、丁寧にけがいて慎重に削り出す。根気のいる仕事だった。
格納庫の扉のローラーベアリングやモーターを作るときに使った手回しの簡易旋盤に新しく開発したモータを搭載して部品製作に使用する。
電力を確保するためバッテリーを大量に製作し地下に設置した。さらに水を介さないで直接発電する念力発電機も設置して毎晩寝る前に魔力切れ寸前まで発電した。
新しく開発したモータは磁石の代わりに電磁石を使用した物で、トルクを稼げる上に将来交流にしてインバータ制御した場合でもそのまま使える。
さらに往復台と横送り台を製作し、簡易旋盤に取り付ける。ここまですると旋盤の形に見えてくる。
これにロータリーテーブルを設置し、ギアを量産する体制になったのでいよいよ旋盤本体の設計に入った。


「ウォルフ、そろそろ支度しなさい。お爺様が待っているわよ」
「うーん、今いいとこなんだけど、やっぱり行かなきゃだめ?」
「当たり前でしょう、去年あんだけ大見得切っておいて何を言っているんですか。もうクリフは支度終わったみたいですよ」

トライアングルになって暫くは色々と新しい魔法を覚えるのに夢中になったが、最近ではそれも一段落してしまい今は旋盤を作りたい。
目標だった魔力量にはもう到達したのでそれからは魔力の超回復も大分さぼり気味で、今では発電のためだけにやっている様なものだ。その分の意欲を旋盤制作につぎ込んでいた。
それなのにあっという間にまた夏になり、もうガリアへと行く日となってしまいちょっとテンションは低めだ。
しかもラ・クルス領から竜騎士を迎えに寄越してくれるという話だったのが、アルビオンの飛行許可が下りなかったらしく馬車で来てくれと言うのだからさらにテンションは下がる。
しかし仕方がないのでメイドに手伝ってもらって支度を始める。結局あれから換金していない手形の残りも忘れずに荷物にいれた。
今回一緒に行くのはヨセフという三十くらいの使用人でニコラスがここに住み始めた頃から働いている。最近ウォルフが使用人全員に杖の契約をさせてみたら唯一成功してメイジとなったので選ばれた。
ヨセフは初めて行くガリアに少しわくわくしているようだ。

「ヨセフ、本当に子供は大丈夫なの?」
「はい、妻も母もいますから心配は要らないです」
「何歳なんだっけ?」
「十二歳の息子と、七歳になる娘です。下の子はサラと同い年です」

 ウォルフは考える。近いうちに旋盤が完成するとして、今までのように何でも全部ウォルフがやる、というのはよろしくない。っていうかやってられない。
サラも一所懸命にやってはくれるのだがまだ小さいし機械の操作は危うい感じだ。
十二歳なら今から教え込めばすぐに物になるのではなかろうか。

「上の子はもう働いているの?読み書きは出来る?手先は器用なほう?」
「え・・・えっと、読み書きはおかげさまで習わせてやることが出来ています。手先は器用な方だと思います。働くのはまだ家の手伝いをするくらいです」
「うん、いいね。ガリアから帰ったらなんだけどさ、オレの所に手伝いに来る気はないか聞いてみてくれない?取りあえず見習い期間中で月に十エキュー出すよ」
「ええっ・・そんな、まだ子供ですよ?」
「オレの作る機械の操作をさせたいんだ。十二だったら十分だよ、十五じゃ遅いかもって感じだから」
「は、はあ・・しかしエルビラ様やニコラス様に尋ねなくてもよろしいんですか?」
「これはオレがオレの責任で、オレの金で雇用するんだ。一々聞かなくても大丈夫だよ」
「分かりました、それじゃあ帰ったら聞いてみます」
「うん、よろしく頼むよ。下の子も連れてきたらサラに計算とか教えさせるから来させると良いよ」

はあ、と曖昧にヨセフは答える。七歳の子に七歳の子を教えさせると言ってもピンと来ないのである。
しかしサラはただの七歳ではなく、ウォルフが三年程も手塩にかけて教え込んできた早期教育の成果である。
今や因数分解や連立方程式を解いているので算数を一から教えるなど簡単なはずであった。
そういえばサラがいないのだが、朝に寂しそうな顔をして会いに来たので自分がいない間一人で寂しかろうと大量のドリルを渡してやったら何故か怒ってその後顔を見ていない。


 荷造りを終え、中庭に出るともう馬車が用意されていた。ロサイスまではエルビラが送ってくれるらしい。
いざ乗り込もうとするとマチルダが見送りに来た。

「ウォルフ!クリフ!もう行くのかい?」
「あ、マチ姉見送りに来てくれたんだ。」
「マチルダ様、わざわざありがとうございます」
「これ作ってきたからお昼に食べて」

そういって弁当を差し出す。ウォルフは普通に受け取っていたがクリフォードはかなり緊張して受け取った。
マチルダは今十三歳。ここ一年でずいぶんと綺麗になり、クリフォードは会う度に緊張してしまうのだ。

「あたしもリュティスに行く途中でヤカによるから、その時また会おう」
「うん、お爺様に言ってあるから暫く滞在しても良いと思うよ」
「まあ、そんなにのんびりとはしていられないけどよろしく頼むよ。・・・じゃあ、気をつけていっておいで」
「マチ姉も気をつけてね」
「マチルダ様、行って参ります」
「サラもな!良い子にしてるんだぞ!」

 最後に方舟の柱の陰で見送っているサラに大声で声をかけて手を振ると馬車に乗り込む。サラはすぐに中庭まで出てきた。
馬車が動き出し門をくぐる。中庭で手を振るマチルダとサラに手を振り返すと馬車は街道へ向けて走り始めた。
昨年と同じ行程でヤカへと向かう。途中ロサイスではエルビラが二人を中々離してくれなかったりしたが後は問題なくヤカまで着いた。
ヨセフは城で一泊して乗ってきた馬車でアルビオンへ向け帰る事になっていたのでそのまま馬車で城に入った。
一年ぶりの城である。懐かしい気持ちとこれから起こる事への期待感が否が応でもわき起こってくるのだった。




番外4   火の魔法



――― ちょっと時間を遡って、ラグドリアン湖から帰ってきてから暫く経ったある日の事 ―――





 ずっと工房に籠もりっきりでグライダーの制作をしていたので、ウォルフは気分転換に魔法の実験をしようと思い立った。
丁度エルビラも非番で家にいるし、頼めば多分手伝ってくれるだろう。

「母さん母さん、今暇?暇ならちょっと実験に協力して欲しいんだけど」
「何ですか、いきなり・・・実験?」

編み物をしていたエルビラは首をかしげていきなり部屋に入ってきた息子を見つめる。
ウォルフはそんな様子に構わず座っているエルビラの足元まで来てスカートを掴み、期待を込めた目で見上げる。こうするとエルビラはなかなか断れない。

「まあ、良いですけど、何の実験ですか?」
「ありがとう。火の魔法の実験なんだ。火の魔法がどういう魔法か仮説を立てたから検証したいんだ」
「火の魔法とは炎を司る魔法です。それ以外にはないでしょう」
「まあ、いいじゃんもう少し詳しく知りたいんだよ」

そのままエルビラを中庭に引っ張っていった。

 中庭に来るとウォルフは地下から出した大理石を『練金』し直し、一辺が一メイルほどの鉄の立方体を作った。重さは一万七千リーブル位はあるだろうか。
それをエルビラに炎で炙ってもらった。炎が当たっているところが溶け出すまで炙り、溶け出したら移動して四方から満遍なく熱を加える。
やがて全体が赤熱し、側にいるだけでジリジリと焦がされる感じがしてきた。
全体がオレンジ色に輝きだしたその鉄の塊に向かってウォルフはルーンを唱えた。

「《クリエイト・ファイヤーゴーレム》!」

それは『クリエイト・ゴーレム』とほぼ同じルーンだったが、働きかける魔力が土ではなく火というものだった。
勿論そんな魔法を使った者はいないし、ウォルフが自分でルーンを組み合わせて詠んだだけのもので、とうてい作用するとは思えない物だった。
しかし、そんなルーンに応え鉄の塊は変形を始め、人形を取る。
そのゴーレムが火の魔法で動いている事に気付いたのだろうか、エルビラは呆然としている。その目の前でゴーレムはウォルフの意志通りに様々なポーズを取った。

「ウウウウォルフ、あのゴーレムは火の魔法で動いているように思えるのですが」
「うん、オレの理論は正しそうだよ」
「理論って何ですか理論って!理論で魔法は働きませんよ!」
「母さんはそうなのかも知れないけど、動いてるじゃん、アレ」

 エルビラは暫くファイヤーゴーレムを見ていたが、何故か『ファイヤー・ボール』で攻撃し始めた。
普通、鋼鉄のゴーレムならばエルビラの『ファイヤー・ボール』に堪えられるのはせいぜい二発位だが、ウォルフのファイヤーゴーレムは何発食らおうがその輝きを増すだけだった。

「そんな、私の炎が効かないなんて・・・」
「やっぱり液体になってもオレの制御下から外れる気配はないな」

普通ゴーレムが溶けるほどに熱されると魔法の制御を離れてしまうものだが、ファイヤーゴーレムは温度が上がるほどにその動きに鋭さを増すようだった。
試しにバック転をさせてみると簡単にできた。重さ一万七千リーブルで温度が数千度、その上身軽に動くゴーレムの誕生である。
五メイル離れていてもジリジリと熱気が来る位である。人間などは触れただけで燃え上がってしまうだろうし、その戦闘能力はゴーレムとして世界最強と言っていいだろう。



 ウォルフが魔法を習い始めてからずっと考えていた事がある。火の魔法とはいったい何だ、と言う事である。

土の魔法は固体に作用する魔法。
水の魔法は液体に作用する魔法。
風の魔法は気体に作用する魔法。

では、火は?


 ヒントは水の精霊にもらった。
太古の昔から存在するという精霊がいつから存在しているのかを考えていた時に、その考えはウォルフの脳裏に浮かんだ。

"最初の精霊は何だったのか?"



 ウォルフは前世の記憶から惑星の生成過程を知っていたので、この星もかつて表面温度数千度の火の星だった事を確信していた。
そんな全ての生命が活動する事を許されないような環境でも存在出来る精霊が一つだけある。火の精霊だ。
水の精霊の一部である水の秘薬は温度を上げていくと蒸発し、元に戻る事はなかった。高温に弱いのだ。水の精霊以外の精霊に会ったことは無いが魔力素で言うなら火以外は高温になるとその効果が消える。
ウォルフの理論では最も小さな存在として魔力子があり、それらが集まって火・土・水・風の魔力素になり、それらが更に自我を持つ程に集まったものが精霊と言われる存在である。本質的に精霊と魔力素は同じ物である。
原始の惑星で、灼熱の星で、魔力素が、精霊が存在出来たとしたらそれは"火"以外には有り得ない。おそらくこの星はかつて火の魔力に溢れていたのだ。
土、水、風の魔力素や精霊が何時どのように現れたのかは分からない。
しかし、火の魔力素がこの星が冷えるのに従って土、水、風の魔力素に変化したと仮定すると、火は根源的にはそれらの特性を持っているのではないか、と考えこの実験を思いついたのだ。

 実験は成功した。
火の魔法でも固体の鉄をゴーレムにする事が出来たし、それが液体になっても制御を続ける事が出来た。元々熱した気体は操作出来るので、物質の三相全てを操る事が出来る事が分かったのだ。ただし高温下限定だが。
これで火の魔法とは高温下において全ての物質に作用する魔法であると言う事が出来る。常温下では高温の気体を発生させ操る事が出来るだけになってしまっているが、温度さえ上がれば火の魔法は万能の魔法といえるものだったのである。
ウォルフは嬉々としてエルビラに説明するが、彼女の反応はあまりパッとしなかった。

「でも、まずは温度を上げなくちゃならないのですよね?」
「そうだね、いきなりあのゴーレムは出せないな」
「だとすると一体どういう利点があるのでしょうか」
「うーん、ほら、火山で溶岩流が迫ってきてピンチ!って時にゴーレム作って止められるよ!」
「それは一生の内、何回位ある場面なのでしょうか・・・」
「・・・・・」
「確かに相手の土の壁を溶かしてそれをゴーレムにするとかは出来そうですが、そこまでしたら直接攻撃したほうが早そうです」
「・・・・何に使えるかなんて、そんなに重要な事じゃないのさ!知識を得て、それを積み重ねる事が大事なんだ!」

エルビラには不評だったがウォルフは嬉しかった。ずっと謎だった事が解けたのである。
自分の系統がどのような系統なのかを知る事が出来て、魔法をもっとうまく扱える様になる気がした。


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