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No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
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[33077] 3-23    暗雲
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:2e49d637 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/08/01 20:54
 開拓地の朝、ウォルフは家族用に新たに建てた屋敷から出勤する。領主公邸となるこの屋敷から同じ敷地内に建つ中央庁舎までは徒歩五分くらい。新たに植えた木立の中をサラと一緒にのんびりと歩いて通勤するのが日課になっている。

「ウォルフ様、今日の予定はどうなってます?」
「午前中は庁舎で内勤、午後に肉牛の肉質審査をするからマツザカ村に行く」
「帰りは遅くなりますか?」
「いや夕食には帰ってくるよ。一緒に食べよう」
「はい! 今日はわたしも忙しく無さそうなので何か一品料理を作りますよ」
「ん、楽しみにしている」

 中央庁舎の屋上にはサウスゴータから持ってきた方舟が置いてあり、とても分かりやすい建物となっている。サウスゴータでこの方舟を見ていた人々達には見慣れたものだが、初めて見る人には建物の上にフネが乗っているのは不思議に映るらしく、新規移住の人などは大抵驚いている。そんなランドマークとなっている庁舎の入り口でサラと別れ、とっとと自分の執務室へ向かう。午前中に書類仕事を済ませるつもりなので『遍在』も出して気合いは十分だ。移民の割り振りや怪しい人間のチェックなど、目を通すべき書類は多い上に面接やら面談やらも入ってくるので大変だ。

 季節は夏を過ぎ秋となった。最近の移民の特徴としてはサウスゴータから移住してくる人が随分と多くなった事が第一に上げられる。その数は開拓団の対応が滞る程で、マイツェンの宿泊所はいつも満員だし、ウォルフもここのところずっと忙しい。サウスゴータ出身者は都市住民なのでそのままイーストゴータと名付けられたこの開拓地の中心都市に住み着いていて、どんどん街の規模を拡大している。おかげで当初農村を中心に発展してきた開拓地のバランスが随分と良くなり、生活に必要な物資の多くを開拓地でまかなえる目処が立ってきた。

 サウスゴータから移住してくる人々は皆議会への反発を口にしていて、ガンダーラ商会が去った後のサウスゴータの現状を教えてくれる。やはり物価と失業率の上昇は酷いらしく、まるで別の街になってしまったというのが彼らに共通した感想だ。何でも市会議員の貴族達に融資していた国外資本の商人達が一斉に資金を引き揚げたため破産する貴族が続出しており、アルビオンでも最悪の景気となっているらしい。議員の人数は定員の半数程になり、もはや自治も難しくなっているので王の直轄地になる可能性もあるそうだ。貴族の行く末に興味はないが生まれ育った街の人々のため、ウォルフは移住斡旋の為の予算を増額した。

 アルビオン撤退という大事件があった割にはウォルフの開拓団もガンダーラ商会も順調で、その規模を拡大している。ベアリングやネジなどの機械部品やサラの化粧品等、根強い需要があるものは他の商会を経由してアルビオンに輸出を続けているし、商会としてはアルビオン撤退のダメージを最小にすることが出来た。ガンダーラ商会はアルビオンという大きな市場を失った訳だが、代わりにトリステインという新たな市場に参入してその損失をカバーしつつある。トリステイン西北部を中心にガンダーラ商会に反発する者は相変わらず多いが、これまでハルケギニアの発展から取り残されていた事に危機感を抱いていた者達も当然相当数いて、そういった貴族や商会を足がかりにして取引を増やしている。協力的な貴族にはsaraの化粧品を定価で販売するという方針をとっているので、これまでアルビオンやガリア経由で大枚を払っていたり、そのプレミア価格が高すぎて手を出せなかったりしていた貴族の女性達からは圧倒的な支持を得ていて、今後取引をする貴族はますます増えていくものと思える。

 当初心配された工員達の転勤もかなりの数が応じてくれ、化粧品以外は以前の生産量を回復する事が出来ている。工員の移住に関してはトリステインに工場を造ったのが良い方向に働いた。ゲルマニアはちょっと、という工員でもトリステインなら受け入れやすい事がその原因にあるようだった。当初単身赴任という形でアルビオン以外の工場に勤務した者達が、次々に本格的な移住を決意してくれている。カルロがガンダーラ商会トリステイン代表となり、フリオはその下でフォンティーヌ領のブーリに新設された商館長として働いている事もあり、これまでとあまり変わらない環境であることも労使の信頼関係の維持に一定の役割を果たしているようだ。
 化粧品工場の水メイジは半減してしまったが、開拓団にも最近は余裕が出ているので水メイジをそちらに回し、更に製法を工夫したりして何とか以前の生産量を取り戻すべく努力中だ。一部アルビオンに残った水メイジ達が化粧品の原料製造会社を設立し、途中まで加工した原料を輸出しているのも生産量の回復には役立っている。

 サラは開拓地で化粧品工場勤務と孤児院経営に忙しく働き、エルビラは開拓団の団長代理として就職。エルビラの団長代理就任には一悶着有ったが、渋るエルビラを何とかウォルフが説得した。これまでその任に就いていたマルセルは、能力は優秀なのだが心が細く重責を担うには向かない。多少の事では動じないエルビラに責任だけ負って貰うという約束で引き受けて貰った。通常の業務はマルセルに任せ、日頃は警備の最前線で活躍している。
 クリフォードは祖父であるフアンの養子になってクリフォード・マイケル・ライエ・デ・ラ・クルスと名乗り、翌春からはリュティスの魔法学院に編入する事が決まった。丸々一年空くが、その間はウォルフの開拓地で竜騎士見習いとして過ごすそうだ。
 移民の中にはサウスゴータ竜騎士隊を辞職してきた騎士や見習い達も五人程いて、ニコラスと一緒に竜の調教に励んでいる。調教が終わればイーストゴータ竜騎士隊として開拓地の守りに就く予定だ。

 アンネはそのままメイド兼妾として勤めており、旧ド・モルガン家は以前の使用人のままイーストゴータで新生活を始めている。ちなみにエルビラがまた妊娠したのでアンネの子供と合わせ、更に家族が増える。また、アンネの兄であるホセの一家も移住してきて開拓地で暮らすようになった。ホセの子供達も一緒に移住してきたので久しぶりに家族と一緒に暮らす事になったリナは喜んでいる。そのラウラとリナの妹たちの内三人程はヤカのガンダーラ商会に勤めていたが、今回転勤届けを出してイーストゴータの商館に勤めるようになった。そのリナはそのままイーストゴータの機械工場を任されているが、長姉のラウラはゲルマニア貴族シリングス伯爵の後添えとして結婚した。四十過ぎのおっさん相手に十七才の花嫁だが、まあラウラとは性癖も合うみたいなのでウォルフは祝福しておいた。結婚後もボルクリンゲンからフォン・シリングスはそう遠くもないのでモーグラで通ってきて飛行訓練校の教官として働いてくれている。

 開拓地では農工商業がそれぞれ盛んになってきているわけだが、まず農業は力ずくで開墾した広大な農地で小麦や大麦、エン麦、ライ麦、トウモロコシ、ソバなどの穀物を中心に栽培している。農地の広さの割には農民の数が少なく労働力は不足気味なのだが、ガンダーラ商会と一体となって開発したトラクタやコンバインハーベスタ等の農業機械と二十四時間稼働する除虫・除草ガーゴイルや防鳥ガーゴイルなどの魔法道具を駆使して補っている。というかこれらの機械や魔法具がなければとても耕せないくらい農地は広い。もう十分な農地があるので森を切り開くスピードは随分と減速しているくらいで、現在は薬草や実をつける樹など森の有用な植物を開拓地に移植しながらの開拓となっている。

 山地ではリンゴやサクランボ、桃、葡萄、ナシなど果樹の栽培を始めていて、こちらは将来的に輸出をメインとする予定。移民の中に土メイジで研究熱心な農夫を見つけたので、農業技術研究所所長に任命して開拓地で栽培可能な植物を研究させている。この研究所にはウォルフも頻繁に足を運び、従来の魔法的な研究だけでなく科学的な研究で栽培方法の改善や品種改良などを行っている。
 特に今熱心に研究しているのは量産した板ガラスを利用した温室栽培だ。栽培時期をずらして農産品を出荷できれば高付加価値品となるので、ウォルフも積極的に技術支援を行って研究を続けている。

 広大な農地から生み出される莫大な穀物を餌にして、牛豚鶏の飼育も始めた。特に穀物肥育牛はハルケギニアでは他に無いので高付加価値商品になる可能性が高く、餌の加工方法や肥育方法の模索などを慎重に行っている。

 工業はガンダーラ商会の工場とチッペンダールの家具工場が中心になるが、開拓地は幻獣の皮が豊富に獲れ、木材資源も豊富だ。皮革加工業者や木地師など自主的にサウスゴータから移転してきた者も増えてきているので、今後は盛んになっていくものと思われる。 

 開拓地内の商業については当初ウォルフが行っていた食糧の配給を民営化する形で始まった。開拓地までの物資の輸送は殆どウォルフからの依頼を受けたガンダーラ商会が行っているが、そこから先の流通は民営化している。市場も整備されて開拓民達は自由に商品を買えるようになった。

 まだ開拓地は拡大中だが、春にはとりあえず開拓完了届けを出して授爵する予定だった。しかし思わぬ所から横やりが入り、完了届けは提出済みだが授爵に関しては保留中となっている。ツェルプストー辺境伯によれば伯爵になるだろうという見込みで何も問題がないはずだったのだが、ガリアからクレームが入ったのだ。 

 ガンダーラ商会はガリア国内に多数の資産を持ち、多くの産業と密接に関係している。その商会の筆頭株主であるウォルフがゲルマニアに臣従するのは受け入れがたいと言う。どうもシャルル王子が暗躍しているらしく強権を発動する事も辞さぬと言い、最近ガンダーラ商会が進出したばかりのトリステインや、全く関係ないだろうロマリアまで連携して圧力を掛けてきていて、ゲルマニアとしても無視する事は出来ないらしい。

 商会としても、さすがにガリアから撤退するという選択肢は無いので、現在ツェルプストー辺境伯やタニアが調整中だ。ガンダーラ商会は本社をボルクリンゲンに移し、それに併せてタニアがマイツェンとドルスキを持つミルデンブルク伯爵領に隣接するバウムガルト男爵領を購入してタニア・エインズワース・フォン・バウムガルト女男爵の誕生する計画もあったのだが、これにもガリアやトリステインからクレームが入り、ウォルフの叙爵と併せて保留状態になっている。

 一応、完了届けの提出をもってグレースやミレーヌなどの国から貸与されていた開拓団員達は自由の身となった。ウォルフがこれまで無償で提供していた衣食住費や交通費は有償化され、それに伴い引き続きこの地で働く者達には給与が支払われるようになった。これらの元開拓団員も普通の移民と同じように生活するようになっていて、イーストゴータにいる限りここが開拓地であるということを意識する事はほとんど無い。開拓地やミルデンブルク伯爵領、バウムガルト男爵領やその周辺地域などを一体となって開発する予定もあったのだが、これも先行きは見通せなくなっている。
 バウムガルト男爵領は今はただの寒村がいくつかあるだけだが、広さだけはかなりの物があり、事前調査で石炭と石灰岩の鉱脈がある事を確認している。おそらく風石の鉱脈もあると予測されるので鉱山の街として開発していければ、開拓地もより一層の発展が期待できたのだが。






 ウォルフは予定通り午前中の仕事を片付け、庁舎に『遍在』を残して本体はマツザカ村へと移動した。四十リーグほど離れた土地だが、飛行機ならば十分もかからない。
 ここで今日は主力品種として育成する牛の種類を決めるべく、専門家と検討しながら粛々と牛の肉質を審査する予定だったのだが、想定外の事態がウォルフを待っていた。 

「お肉おいしー!」
「テファ姉ちゃん、そっちのお肉も取ってえ」
「あーっ! お肉落ちたあっ」
「ばっか、早く拾え。三秒以内なら大丈夫なんだぞ」
「マイクがあたしのお肉取ったー!」
「むむ、これはまったりとしてそれでいてしつこくなく、芳醇な肉の旨味が口の中一杯に広がって、あたかもお祭りの夜のように色彩豊かな味わいを楽しませてくれる……絶っ品!」

 肉質審査の会場は混沌の坩堝と化していた。
 予定通り審査を始めようとしたのだが、肉を焼く匂いに連れられてドアの外に鈴生りになっていた子供達を招き入れてしまったのが全ての原因だ。
 最初五人くらいだったのでまあいいかと思ったのだが、すぐに二十人程にまで増え室内は阿鼻叫喚に包まれる事になった。今調理場は審査そっちのけで子供達の食欲を満たすために次々に肉を焼いている。

「す、すみませんウォルフさん。いつもちゃんと食べさせているのですが」
「あー、まあ、入れちゃったのはオレだから仕方ないよ。しかし凄いな、いつもはお肉出してないの?」
「そう言えば…全然出していないかも知れないです。私の部族ではお肉と言えば羊で、それもお祭りとか何かあった時の特別な料理でしたから…」
「お肉と砂糖は子供の必須栄養素だな。食べさせた方が良いみたいだ」
「済みません。お肉の入った料理を勉強します」

 ウォルフを前にして恐縮しているのはエルフのシャジャル。
 シャジャルとティファニアの親娘はほとぼりが冷めるまで東の地で暫く二人きりで暮らした後、ウォルフが公営の肉牛牧場を開設したこのマツザカ村に定住し、牧場の隣に併設した孤児院の世話をして暮らしている。シャジャルが料理を担当しているようだが、エルフ流だと少し問題が有るみたいだ。
 この村は開拓地で二十六番目に造った村で、開拓地の外れにあり、メインの街道からは外れているので外の人間はまず来ない。村人はウォルフに対して強い信頼を持つラ・クルス出身者で固め、ティファニア達の事は他言無用と頼んである。魔法具でその長い耳を隠しているが、最早ばらしても平気なのではないかと思えるくらい農民達や孤児院の子供達に馴染んでいた。一度、密偵に怪しまれた事があったのだが、その時はティファニアが虚無の呪文『忘却』を掛けて追い返したので大事には至らなかった。ティファニアがオルゴールから聞こえてきた魔法、とだけ認識していたこの呪文の存在を知ってウォルフも彼女たちの定住を決めたのだが、すっかり子供達と馴染んでいる彼女たちの姿を見てエルフだと思うハルケギニア人はいないだろう。

「おーい、お前達。ただで肉食べさせている訳じゃないんだからな。ちゃんと美味しい肉を探すんだぞ」
「はーい!」
「ウォルフ様ー、全部美味しかったらどうするんですかー?」
「全種類食べてみて、もう一度食べたい順に順位を付けろ。多分一番正確な付け方だ」
「もう一回食べたい奴ですね、わかりましたー!」

 この審査会には肥育農家や肉屋、調理師などが多数参加しているが、試食は子供達がまだまだテーブルを占拠しているので皆別のテーブルに陳列してある生肉を先に審査している。ウォルフもシャジャルと別れてそちらに合流した。

 専門家達が熱心に見ている肉の塊の前にはそれぞれ産地と月齢・与えた餌など詳しい肥育資料が掲示してあり、データを参照しながら肉質を見比べる事が出来るようになっている。

「おおー、これだけあると壮観だな」
「十種類牡牝十九頭のサーロインとフィレを並べました。必要とあらばすぐに他の部位も用意できます」

 これらの肉は一月程前に屠殺して今日のために冷蔵庫で熟成していたものだ。ハルケギニアの牛は農耕用と酪農用が主で、肉牛専門の種はあまりない。農耕用の牛や乳牛の牝が年老いたもの、乳牛の牡、闘牛で死んだ牛などが市場には出回っているのだがウォルフからするとあまり美味くない。
 無いならば作ってしまえということで今回の試みになったのだが、結構多様な種が集まった。アルビオン北部で乳牛として飼われていた牛、トリステイン北部の湿地が多い地域で農耕用に飼われていた牛、ガリア南西部で闘牛用だった牛、辺境の森で獲れる幻獣種の牛など様々だが肉にしても結構違いがあって面白い。
 ウォルフも専門家に混じってそれぞれの肉質をチェックする。プロは肉の色艶やしまりときめ、脂の色や交雑具合などを見るらしいのだが、ウォルフは繊維の細かさや脂の質と量、アミノ酸の種類や量などを魔法を使って確認する。
 何種類か良さげな肉をチェックして、肉屋に話を聞くが大体皆評価は似たようなものだった。

「目玉はやっぱりこの蜜牛か。群れを確保できたのはラッキーだったな」
「はい。とりあえず一頭だけ割ってみましたが煮ても焼いても美味いです。別格ですね、高値が付くのも納得の肉質です」

 ウォルフの興味を引いたのは十九番の番号が振られた肉だ。この肉はガリアやゲルマニアの深い森で稀に捕獲される野生の牛のもので、花の蜜や果実、蜂蜜など甘い物だけを好んで食べる幻獣だ。
 羽根牛とも呼ばれ、牛としては小型の体躯を持ち、通常は頭に生えている角の部分が翼になっていて結構な速度で空を飛び回り木から木へ移動する。蜂を寄せ付けない強靱な皮膚を持ち、肉質は非常に柔らかく見た事無い程細かく入ったサシが特徴で、焼くと蜜のようにとろける美味さと評判の高級肉だ。調理師達のテンションの高さを見ればどれほどの肉かというのが分かろうというものだ。
 エルラドを照射すると三半規管が狂うらしく、暫く飛べなくなってしまうという弱点を持っていたので今回開拓地の森で結構な数が捕獲できた。ここで飼育方法を模索している。

「ウォルフ様ごちそうさまー! 十九番がおいしかったー」
「オレも十九番また食べたい! 十七番は硬くて噛み切れなかったから呑んじゃった。じゃあね、ばいばーい」
「おお、ちゃんと採点表は提出して行けよ。またな」

 子供達の評判もやはり蜜牛が一番のようだ。同じ幻獣種でも三本角竜牛などは煮込み料理ならともかく焼き肉では硬すぎるようで評判が悪い。子供達が食べ終わり孤児院へ戻ったのでウォルフや他の参加達も試食してみるが、やはり品質的には蜜牛が頭抜けている。
 トリステイン産の牛もここで穀物肥育を行ったおかげか結構美味しかったが、やはり食べ比べると差がある。
 蜜牛を繁殖させて増やしたいのは山々だが、この牛は飼育が難しい。この村では今、普通の牛と掛け合わせて育てやすい品種を開発できないかと研究中だ。

「まず、飛んで逃げるという問題は翼を開けないように縛る事で解決しましたが、そのままだと餌のコストが掛かりすぎますね。現在糖蜜と果物、蜂蜜などを与えていますが、より値段が高いガリアでの枝肉価格をベースに計算しても普通に赤字になりそうです」
「麦芽は食べてくれないんだっけ?」
「はい。しかし、掛け合わせた品種が麦芽を好んで食べる事が確認されています。肉質はまだ分かりませんが、こちらの方が肥育するには有望ですね。飛ぶ能力も無いみたいですし」
「肉質次第だな。しかし、蜜牛でなくても普通の穀物肥育牛も普通に美味い。ハーフ蜜牛の肥育コストがどのくらいで納まるか、と併せて判断しよう」
「確かに。このトリステイン原産の七番なんかはかなりいけますな。普通の牛でこんな美味い肉は食べた事有りませんでしたよ」

 この後試食した結果を集計し、基本的にはトリステイン原産牛を増やし、それに加えて蜜牛とトリステイン原産牛、肉は硬いが味が良いと評判だったガリア産の闘牛の三種に絞って掛け合わせを試していく事を決定した。



 審査が終わったのであとは帰るだけなのだが、すこし時間があったので久しぶりにティファニアと話して過ごす。

「はあー、ウォルフさん今日はすみませんでした、躾が行き届かなくて…」
「おお、飢えた獣のようだったな。皿ごと食べちゃうかと思ったよ」
「そんな、いくらお肉が久しぶりだからってお皿を食べたりしませんよ」
「……そうだね。お皿は食べられないね」

 ボケに真面目に返事されると辛い、と言う事をティファニアと話すとよく思い知らされる。

「まあいいや。テファも肉食べた?」
「はい、食べました。なんか、どれもこれも臭みが無くてこくがあるお肉でしたね。とても美味しかったです」

 本当に美味しかったらしく、蕩けそうな顔で答えた。シャジャルあたりには肉に臭みがないと逆に物足りないみたいだったが、普通にハルケギニアで育った人達には概ね穀物肥育牛の肉は好評だった。
 開拓地は現在も農地がどんどんと広がっていて、機械化による大規模農業が本格的に稼働し始めており、今後ますます大量に穀物が生産されるようになる予定だ。その総量はハルケギニアの穀物市場にそのまま流すと相場が大暴落してしまう可能性が高い程だ。
 それではまた叩かれてしまいそうなので、全て輸出するのではなく高付加価値の牛肉に姿を変えて輸出しようというウォルフの戦略だったのだが、間違っていないようだ。

「ん、それはよかった。どう? 最近魔法の方は練習してる?」
「は、はい、練習していますが『グラビトン・コントロール』はまだ出来ません」
「うーん、あれ以上は詳しく説明できないしなあ……」

 ティファニアは東の地で避難生活を送っていた時に水路を造りながらシャジャルの教えを受けて精霊魔法に目覚めた。更にウォルフから教わってルイズ同様に虚無のメイジとして系統魔法のコモンマジックをいくつか出来るようになっているが、まだ成功しているものは少ない。ルイズの方が覚えが良かった程で、その差が理解力の差なのか精霊魔法のせいなのか、ウォルフにも分からなかった。『忘却』の呪文は王家が所有していたオルゴールを手にして覚えたそうだが、中々そんな虚無の呪文を覚えさせてくれるマジックアイテムなどはそこらに転がっているものではない。どのようなものか伝手を頼って調べてはいるが、彼女にも自力で魔法を覚えられるようになってもらいたい。

「母に大いなる意志の話とかを聞いていますから、どうしても固定観念が強いのかも知れないです。一度ルイズさんという方にお会いしてお話を伺ってみたいです」
「ちょっと……ルイズに会うのは今はまだ難しいかな。会うならテファが出て行く形になると思うけど、まだアルビオンがごたごたしているし…」
「あ、マチルダ姉さんに聞きました。なんでもまた貴族同士の争いがあったとか」

 マチルダはアルビオン撤退後、二つの事業を運営し、女性実業家として活躍している。一つはアルビオンのサウスゴータとノビックとの間で定期バスを運行するバス会社だ。この事業は赤字ながらサウスゴータ市民が移住する時の足として利用され、荷物も運んでいるのでノビックからの輸入品をサウスゴータに届ける役割もはたしている。
 もう一つの事業はイーストゴータを拠点に開拓地での小売りをメインにした商会を経営している。この商会では開拓地各地を回る移動販売車を使用した事業も展開していて、この移動販売車に便乗して時折ティファニア達に会いに来ているのだが、アルビオンの情勢などもその時に教えてくれる。貴族派が随分とその勢力を大きくしているらしいということはその時に聞いた話だ。

「王様がガツンと貴族派を一掃するか、いっそ貴族派が王制を廃止しちゃうまでは大人しくしておくのがよさそう。君達親子は政治の駒にされやすいと思うから」
「はい……もう、あんな思いはしたくありません」
「テファがアルビオンの女王になっちゃうってのも、解決策としてはいいんだけど。まあ、そのためにも虚無の魔法はもっと凄いのに目覚めて欲しいんだ」
「は、はあ……」

 ティファニアが虚無の系統のメイジだと証明できれば、彼女がハルケギニアで大手を振って生きていけるようになる可能性はぐんと広がる。現在は魔法具で耳を短く見せかけ、輝くような金髪もダークブラウンに染めて本当の姿を隠している。基本的に村の外の人間と会うことはないし、いつでも逃げ出せるように準備もしている。そういったストレスのある生活とはおさらばできるのだ。
 現在虚無の魔法についてはルイズの方が進んでいるが、それでもまだまだだ。ルイズより遅れているティファニアにはもっと努力が必要だ。『忘却』の呪文だけだと、水の系統でも似たような事は出来るので虚無の証明としては弱いのだ。

「とにかく、『ディテクトマジック』、頑張って。ルイズの話だと虚無のスペルが歌のように聞こえるらしいから」
「それって、もう自力でスペルを見つけるみたいな物じゃ無いですか……はあ」
「がんばれがんばれやればできる」

 少々投げやり気味に励まして、ウォルフはイーストゴータへと帰っっていった。

 

 
 順調なウォルフとガンダーラ商会だが、最近のハルケギニアの政治状況は不安定なようで、各地から色々と不安になるような事が報告されてきている。

 アルビオンは引き続き王党派と貴族派の対立が激化し、トリステインはガンダーラ商会の進出によりそれを歓迎する貴族と拒絶する貴族との間に軋轢が生じている。ゲルマニアではそれまで高まっていた西=トリステインとの間の緊張状態は、ゲルマニア政府がトリステインとの融和政策を発表した事により緩和したが、ウォルフの成功を見た人々の目は東の辺境の森へと向いて新たに進出する者が増え、すでに定着している者の権益と衝突を始めている。
 平穏に見えるロマリアでも教皇が老齢な事もあり、後継者争いが表面化し始めるなど、ほぼハルケギニア全域にわたって何かしらの動きがある。ウォルフの扱いについてゲルマニア政府が慎重なのもこうした不安定な政治情勢が影響していると言える。
 そして、全体的に不安定なハルケギニアだが、その中でももっとも不安定なのは王が病で倒れたという大国ガリアの情勢だった。

「うーん、またシャルル派とジョゼフ派とで衝突かあ……」
「子爵同士ですが、結構大きな戦いになったそうです。双方傭兵を雇って百人規模になったとの事で」
「ちょっと、小競り合いって言うには大きいわねえ…」

 オルレアン公爵シャルルの改革はガリア社会に確実に変革をもたらしているが、それを良いものと考える貴族ばかりではない。旧い考えに凝り固まった者にとって改革とは伝統を破壊するものでしかないのだ。
 シャルルを支持する者達がオルレアニストを名乗り結束を固める一方で、守旧派は長男であるジョゼフを支持して結束し正統派を名乗った。オルレアニストがシャルルの功績を誇れば正統派はガリアの伝統を叫び、対立は激化していった。
 当のシャルルとジョゼフの仲は良好で、今も一緒に酒を飲んだりチェスをしたりしているが、それぞれを支持する派閥の対立はそんな事には一切お構いなしだ。
 今回王が病で臥せると、大した病でもないのにもかかわらずまたぞろ方々で小競り合いが始まるようになった。

「次の王はシャルル様で決まりって聞いていたんだけど、何でこんなに揉めているの?」

 ちょっと情勢が分からないのでタニアはガリア代表のスハイツと遠話の魔法具を通し、現状のレクチャーを受ける。一般に流布されている噂ではジョゼフは魔法的に無能なので魔法大国ガリアの王は務まらないだろうという事だったのだが。

「どうも、シャルル様は強引な手法を色々取っているみたいで、貴族達の反発が大きくなってしまったようです。本日お話がございまして、我々の領主であるフアン様はジョゼフ様を支持するとのことです。そのつもりで行動するようにと申しつけられました」
「えっ! ラ・クルスってシャルル派の重鎮じゃない、何で裏切るような事になっているのよ!」
「分かりません。お話は短かったですので。これは推測なのですが、どうもシャルル様には良からぬ噂があります。もしかしたらフアン様に賄賂を送ろうとしたのかも知れません……」
「……あのじーさんにそんなの渡したら逆効果に決まっているじゃない」
「人間というものは一度賄賂を送り始めると、今度は送らない事が不安でたまらなくなってしまうものだそうです。もしかしたら、シャルル様もそう言った状態に陥っているのかも知れません」
「レアンドロさんはどっちに付くの? ラ・クルスが割れるのかしら」
「シャルル様の副官と言った立場に居られますから、ジョゼフ様に付く訳にはいかないでしょう。ラ・クルスは割れるものと思われます」
「……とにかく情報収集は綿密に、いざ戦争になっても慌てないように十分な準備をしておいて頂戴」
「畏まりました。今総力を挙げてレアンドロ様に連絡を取ろうと試みている所です。ラ・クルスの親子で戦うなんて事にならないと良いのですが……」

 ガンダーラ商会はアルビオンで酷い目にあったばかりなので各地の貴族の情勢には神経を尖らせていたが、タニアが想像していたよりも事態は深刻なものになっていた。実のところはフアンにシャルルが賄賂を送ろうとしたという事実は無いのだが、そんな事が噂になる事自体が問題だ。

 スハイツからもたらされた情報は戦争が近いと言っても良い程で、今後の見通しは全く立てられない。ラ・クルスは両用艦隊の基地がある軍港サン・マロンからも近く、街道も多く通りもし戦争になった場合地勢的に重要な位置にある。平和な時は便利なのだがもし戦争になったらヤカやプローナなど商会の施設が巻き込まれるのは必至だ。プローナの工場などは大きくしたばかりだというのに。
 ラ・クルスに限らなくてもガリアでしか生産していない香辛料や、最近ガンダーラ商会でも投資して大規模化を進めている天然ゴムの農園など、代替が利かないものも多い。内戦などは絶対に止めて欲しいが事態はもう一商会がどうこうできるレベルを超えている。とりあえず情報収集だけを指示してタニアは通話を打ち切った。

「はー、また大変な事になってきたわよ…」

 タニアは一人呟くと、今度はウォルフに連絡を入れるためにまた遠話の魔法具を手に取った。



 ラ・クルス伯爵家当主フアンがジョゼフに付いたという情報は、当初どの程度のものかそれを伝えられたスハイツですら真意を測りかねるものだったが、フアンが本気だという事がその後明らかになった。

 レアンドロには連絡を取ったが、彼は今オルレアン公爵領の森で人工林の視察に行っており、忙しいらしくあまり相手にはしてくれなかった。シャルルの家庭教師まで務め、その後も良好な関係を長年続けているフアンがジョゼフを支持するなど有り得ないと思ったらしい。
 なぜジョゼフ支持を表明するようになったのか不明なままだったが、当のフアンはラ・クルス領の周辺貴族と頻繁に会合を開くようになった。夫人も参加を拒まれたその会合では、時折激しい議論が交わされていたようだが、そうこうしている間にリュティスからまた驚くべきニュースが入ってきた。

 シャルル・ド・オルレアン討伐。

 全ガリア貴族が驚愕を持って受け取った勅命がガリア全土に発布された。


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