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ゼロ魔SS投稿掲示板


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No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
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[33077] 番外9    カリーヌ・デジレの決断
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:2e49d637 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/03/07 23:40
 轟々と音を立てて屋敷が燃える。
 ウォルフが父ニコラスを見つけ出す少し前のとある日、サウスゴータとロサイスとを結ぶ街道の通る、裕福な貴族の領地にあるその屋敷は炎に包まれていた。室内の一角から始まったその火事は今や炎が屋根にまで回り、焼け落ちるのも時間の問題のように見える。この事態を引き起こした人物はそれがさも何でもないことのようにまるで慌てず、ゆったりとその屋敷の正面から外に出てきた。

 黒に近い赤髪、抜けるように白い肌。眼の回りを仮面で隠しているがエメラルドのような深緑の瞳、そして何よりその強力無類な魔法。最近サウスゴータ周辺の貴族から歩く天災、気まぐれな絶望などと呼ばれ恐れられている「業火」エルビラ・アルバレスその人に間違いなかった。

「ぞ、賊が出てきたぞ、野郎共囲むんだ!」
「無理無理無理ですって、代官様。女官様に手を出さなければ、お怒りに触れることもないのですから、そこからお退き下さい」
「そうですよう、何そんなところに突っ立っているんですか、女官様のお邪魔になるじゃないですか」
「て、てめえら、何女官様とか呼んでんだ! 今から屋敷を燃やすから出て行きなさいとか言われて素直に出て行きやがって! 俺は旦那様からこの屋敷を預かっている者として、屋敷を燃やした賊を黙って帰らせる訳にはいかねえんだ」
「そんなこと言ったって、先に手を出したのはウチの旦那様なんだから仕方ないじゃないですか。屋敷燃やすのに中にいたら危ないですし」
「大体旦那様はこっちに来るって聞いただけで真っ先に逃げ出しちゃったんだし、頑張ったけど、敵わなかったって報告だけすればいいですよ、どうせ結果は同じなんだし」
「くっ、てめえらがそんなんなら仕方ねえ! こうなったら俺一人で……ひいいいっ!」

 わーわーと言い合っている男達の横をエルビラは悠然と通り過ぎた。威勢の良いことを言っていた代官はエルビラと眼があっただけで腰を抜かしてへたり込んでしまったので、その行く手を遮る者は誰もいない。

「ふう……やっぱりここにも情報はなかったわね。貴族達も情報を掴んでいないのは間違いないのかしら。あらスー、外に出たいの?」 
「あーうー」

 男達から離れたエルビラは着用している趙子龍鎧の胸の部分を開き、中に収まっていた愛娘ペギー・スーを外に出す。鎧の中は快適なようなのだが、一歳を超えて動きたい盛りの娘は長時間だと外に出たがる。森へと歩きながら腕に抱えてあやした。物々しい鎧を着用している事や仮面を付けている事を除けば、その姿は普通の散歩中の親娘で、たった今貴族の屋敷を一つ壊滅してきたようには見えない。そんな二人に森の中から姿を現した少年が歩み寄る。ペギー・スーの兄、ウォルフ・ライエだ。

「母さん、また貴族の屋敷燃やしたんだ」
「あら、ウォルフ来ていたの。仕方ないでしょう、ニコラスの捜索に協力してくれたアシュリー達に鞭打ちとかしたのよ、あの子爵。屋敷にいなくて残念だわ」
「やれやれ。まあ、確かに自業自得だな。おいで、スー」
「だーいー」
「向こうに飛行機停めてあるから、一度帰ろう」
「そうね、この辺にはもう情報無さそうだし、そうしましょうか」

 三人の親子は連れ立って森の奥へと向かった。赤ん坊を抱き上げてあやす兄の姿とそれを幸せそうに見詰める母。まったくもって普通の親子としか見えない。そんな親子の姿を森の中からじっと見詰める一対の眼があった。

「あれが、エルビラ・アルバレス。ウォルフ・ライエの母……確かに、手強そうね。息子のような得体の知れ無さは無いけれど」

 木の陰から覗きながらポツリと呟くのはカリーヌ・デジレ。トリステイン貴族ラ・ヴァリエール公爵の妻にしてルイズ・フランソワーズの母、トリステインでかつて最強の名を恣にしたメイジ、「烈風」だ。当時の衣装である男装に身を包んだ彼女は油断無くその気配を消している。

「んう、女の子もやっぱり可愛いわね。ああ、ロランに会いたいわ」

 暫く会っていない息子を思い出し、少し淋しそうに呟いた。そのまま親子の様子を観察していたが、ウォルフがチラリとこちらに目を向けた気がして慌てて木陰に隠れた。

「まさか気付いてはいないわよね。この距離だし」

 超一流の風メイジであるカリーヌが気配を消すとまず気付かれるはずはないのだが、相手は得体の知れないメイジであるウォルフなので油断はならない。こちらに向けた視線は妹をあやしている時とはまるで別人のような鋭いものだった。暫く隠れていると、彼らは行ってしまったようで、ホッと息を吐いた彼女は木の陰から出てきて勢いよく潜んでいた斜面を駆け下りた。木陰に繋いだ馬はそのままにしておいて、燃えている屋敷へと向かう。そこでは先ほどの代官と見られる男が部下達を駆り立ててバケツリレーで火を消そうとしているが、もうそんなのでどうにか出来る段階の火事ではなくなっているので部下達の動きは鈍い。

「やめておけ。あの炎だと、近付くだけで火傷を負うぞ」
「何だてめえは! ……何か、御用でしょうか」

 代官は背後からかけられた声に苛立たしげに振り返ったが、そこにいた細身の男から先ほどまでいた化け物と同等の威圧感を覚え、丁寧に言い直した。

「周りの者達をもう少し下げろ。そうすれば火を消してやる」
「へ、へえ。おい、聞いていたか、下がれ下がれ!」
「ああ、その位で良いだろう、『エア・ハンマー』」

 人々が下がったのを確認したカリーヌがスペルを唱えて杖を振ると、ズドン、という地響きと共に屋敷は叩き潰され、あれだけ荒れ狂っていた炎も同時に鎮火された。上空から振り下ろされた巨大な『風の槌』が、燃えさかる炎ごと屋敷の構造全てを押しつぶしたのだ。まだ多少燻ってはいるが、高さが無くなったのでもうそれ程大きく燃える事はないだろう。他の建物への延焼の危険性はなくなった。

「す、すげえ。こんな風魔法、見たこと無いぞ」
「いや、俺は、見たことある……」

 感謝と畏怖の混じった気持ちで人々がカリーヌを見詰める中、一人代官だけは驚愕の表情を浮かべていた。彼は若い頃領地の商人と共に良くトリステインへ買い付けに行っていた。もう二十年以上前のことだが、その時に数度見たことのあるトリステイン魔法衛士隊マンティコア隊隊長の魔法は、忘れようとしても忘れられるようなものではない。呆然として顔を確かめれば、その顔にも見覚えがある。トリステイン最強と言われた「烈風」カリンその人に間違いなさそうだった。

「ト、トリステインの、カリン様でございますね、アルビオンにいらしてたとは存じませんでした。ありがとうございます、おかげさまで延焼を防ぐことが出来ました」
「ああ、私を知っているのか。どこかで会ったことがあったかな」
「会っただなんてとんでもない、遠くからお見掛けしたことがあっただけです。ラ・ロシェールの岩山で二十人もの盗賊共が木の葉のように吹き飛ぶ光景は、強烈に私めの胸に焼き付いております」
「そんなこともあったか。まあ、昔のことだ」

 遠く異国にまで来ていきなり昔の自分を知っている人物と会ってしまい、カリーヌは驚いたがそんな気配は見せず鷹揚に頷く。

「カリン様には是非、お礼をいたしたいので、ぜひあちらの別宅へお立ち寄りください」
「ああ、いや旅の途中故遠慮しておく。シティ・オブ・サウスゴータへ行く途中、たまたま火事に立ち会ったから消しただけだ。そんなにかしこまる必要はない」
「そんなことを仰せられても、何もせずに帰したとあっては私めが主人に叱られてしまいます。カリン様はサウスゴータは初めてでございましょうか?」
「ああ、そうなるな。一度来たいとは思っていたのだが中々機会が無く」
「では、せめて街まで案内いたしましょう。現在この地方は多少ごたついておりまして、お一人では街に入る時に少々時間が掛かるかも知れません」
「ふむ。そういうことなら、遠慮無く案内を受けるとしよう」

 カリーヌが森に繋いである馬を取りに戻る間、代官も急いで馬を用意し、屋敷から持ち出した筆記具で手紙をしたためた。

「おい、急いでこの手紙を街の屋敷にいる旦那様に届けろ。伝書でな」
「は、はい。この場の後始末はいかがなさいましょうか」
「そんなのはお前に任せる。また火が付くかも知れないから、水をかけて完全に鎮火させろ」
「はい。あの、代官様が行かなくても、誰かに案内させればよいのでは……」
「馬鹿もん。『烈風』と言えば『業火』に対抗できるメイジだぞ。逃す訳にはいかん、何としても味方に引き込まなくては」

 サウスゴータを長らく治めてきていた太守に代わり、新たな支配者となろうとしている市議会議員達は、現在エルビラに暴れ回られているおかげで民衆の支持が落ちる一方だ。毎日のようにどこそこの貴族の屋敷が燃やされたと面白おかしく新聞に書き立てられては、とてもではないが民衆の敬意を集めることなど出来ない。

 エルビラだけでも大変なのだが、更にもう一組の「怪盗」も紙面を賑わしており、議会の支持を落とす事に貢献している。男女二人組の怪盗なのだが、男の方はあまり印象に残る事がないので話題にはならない。しかし、女の方の印象が強くて街の人々の話題をさらっている。貴族の屋敷ばかりを狙う怪盗「土塊のフーケと風塵のベルイル」はお宝などには目も向けない。彼女らが盗み出すのはエキュー金貨と貴族の不正を示す証拠書類だ。金を盗み出し、その金を生活が苦しい平民の家に投げ込む。手紙や書類を盗み出し、不正の証拠を見つけてはそれを街の広場に張り出す。貴族達からしたらたまったものではないが、彼らは時に逃げながら金をばらまく事もあり、義賊として平民達から圧倒的な支持を得ている。戦闘の腕は確かで、四十メイルものゴーレムと全てのものを断ち切る剣技で圧倒する。その正体は誰がどう見ても元太守の娘マチルダではあるのだが、仮面をしているその少女怪盗のことをマチルダだと証言する市民はいない。

 現在サウスゴータ周辺貴族達は、彼らが所属する「貴族派」の内部でもその地位と影響力を著しく下げている。ガンダーラ商会の技術と生産力を一つも手に入れることなくみすみす国外へ逃がし、資金や物資の援助を受けて行われた襲撃でも何も得る物がなかったためだ。他の地域の貴族達からはっきり能無しと言われた者もいるほどで、この評価を覆すのは大変な事だ。いくら威厳を持って高圧的に振る舞おうとも、民衆達にはそんな貴族達の焦りの気持ちが透けて見えている。統治を安定させるため、まずエルビラ・アルバレスとマチルダの暴虐を止め、平民に自分達の力を示さなくてはならない。

 カリンの力を利用してエルビラ達を追っ払うことが出来れば、そしてその時に上手く立ち回ることが出来れば、個人的に準男爵くらいの爵位を得ることは可能ではなかろうかとスタンリー子爵家代官フレデリックは目論んでいた。



 フレデリックに案内されてカリーヌは街道を馬で数リーグ進み、サウスゴータへと到着した。城門では検問が行われていて長い行列となっていたが、フレデリックが軽く門番に挨拶するだけで二人はスムースに城内へと入れた。

「確かに城門での手間を大分省くことが出来たようだ、礼を言う」
「とんでもない事にございます、この程度は当然のこと。カリン様、お泊まりはどちらへ?」
「ああ、ホテル・デ・ヴェーレの予約を取ってある。確か、中央広場に面しているのであったな」
「……はい、こちらになります、ご案内いたしましょう」

 ホテル・デ・ヴェーレはサウスゴータ一の格式を持つ、上級貴族御用達の高級ホテルだ。来る途中に話したところでは色々思うところあって騎士隊を辞め、現在は流浪の身だと話していたが、そんな身の上で泊まるようなホテルではない。カリンの素性に色々思いを馳せながら、フレデリックはホテルまで案内した。

「それでは私めはこれで失礼させていただきます。スタンリー子爵家の屋敷は市内にもありますので、何かお困りのことがあれば声を掛けて下さい」
「ああ、ありがとう。助かったよ、君も気をつけて帰ってくれ」
「はい、それではこれで。カリン様、良い旅を」

 ホテルのロビーでフレデリックとは別れ、カリーヌはチェックインして部屋へと入った。豪奢な室内で男装を解き、シャワーで旅の埃を落とす。長距離の旅に疲れた体に熱いシャワーが気持ちよかった。

 カリーヌがこんな所まではるばる来ている目的は情報収集だ。特にガンダーラ商会とその筆頭株主であるウォルフ・ライエの情報を求めていた。ラ・ヴァリエール公爵の部下による情報収集も勿論行っているが、入手できている情報はごくありふれたものだけだ。ラ・ヴァリエールはウォルフに公にしたくないことを既にバッチリと知られてしまっている。トリステインではガンダーラ商会の悪評を聞くこともあり、不安が募ったカリーヌは止める夫を置いて単身ここまで来てしまったのだ。

 ウォルフ・ライエとは何者か。信頼に足る人物なのか、油断ならぬのか。何故あの歳であんな立場に至っているのか、何か秘密はあるのか。たとえ恩人であろうとそれだけで全ての判断を停止して信頼してしまえる程、貴族の世界は甘いものではない。カリーヌはウォルフの全てを知りたかった。

 虚無こそメイジ達の王、などと公言して彼は平然とルイズを政争の渦中へと投げ込んだ。まだ十一歳でしかない娘をだ。彼が秘匿することを拒んだおかげで夫はろくな根回しも出来ない内に王家に報告せざるを得ず、その結果王家やアカデミーがルイズをトリスタニアへ寄越すように要求してきている。もちろんそんな要求は拒んでいるが、アカデミーによる研究には協力する約束をさせられた。カリーヌには彼の立場でももっと他にやりようはあったのではないかという思いが強い。
 カトレアのことについて彼とはまだ何も話してはいないが、もし彼がルイズの時と同じような対応を取ったらと思うと、カリーヌは全身が粟立つのを止めることが出来ない。娘を守るという本能に駆り立てられた母親は、久方ぶりに昔の衣装を引っ張り出し、城を飛び出した。



 シャワーから出ると荷物を広げ、資料を取り出して確認する。

「スタンリー子爵……あった。サウスゴータ市会議員で貴族派と呼ばれる王制廃止派の一員。今回ガンダーラ商会とは決定的に対立した一派ね」

 今回の事件でウォルフ・ライエの父親であるド・モルガン男爵が爵位を失って平民になっているが、その彼は現在行方不明だという。ロサイスではガンダーラ商会と王立空軍との間で激しい戦闘があったと噂されており、実際に大量の艦船が大破して修理中だった。色々調べては見たがどちらの情報も真偽は確認できなかったので、今回貴族派と伝手が出来たのは調査の進展のためにはプラスとなりそうだ。

 色々と資料を確認していると部屋にある『伝声』の魔法具がベルを鳴らした。このホテル自慢の設備で、軍の船舶などには普通に装備されているがホテルにあるのは珍しい。

「はい」
「カリン様、サウスゴータ市会議員スタンリー子爵様が面会を求めてフロントまでいらしています。いかがなさいましょうか」
「ああ、ロビーで会うから待っててもらってくれ」
「かしこまりました」

 早速フレデリックの主人が面会に来たようだ。遠からず接触してくるのではないかと思っていたが案外早い。部屋に通そうかとも考えたが、僅かな間に散乱した荷物を見て外で会うことにする。手早くまた男装に身を包み、身支度を調えると階下のロビーへと向かった。



 ロビーにはフレデリックとスタンリー子爵が待っていて、消火活動のお礼に夕食をご馳走したいとのことだった。断る程のものでもないし、こちらの目的のためにはありがたいので承諾すると二人は喜んで帰って行った。ハルケギニアでも名だたるメイジと食事を共に出来るのは名誉なので、仲間の貴族にも声を掛けるとのことだ。

 多くの貴族から話を聞けば、ガンダーラ商会の本質も見えてくるかも知れない。カリンの名声が思わぬ形で調査の役に立ちそうで、幸先の良さに調査に対する意欲もいや増した。まだ夕食には時間があるのでその間カリーヌは街で情報収集にあたった。マーケットや広場などでさりげなく市民達に今回の事件やガンダーラ商会の事について探りを入れたが、そこここで話題になっているので自然に聞き込みが出来た。

「太守様が王様に謀反だなんて、そんなことある訳ないだろう。この髭を賭けても良いよ」
「議会の連中のでっち上げだろうね。以前から太守様を煙たがっていたみたいだし、酷い話さ」
「姪っ子がガンダーラ商会に勤めているけど、良くしてもらっていたよ。工場移転に付いていってゲルマニアに行っちゃったのだけど、道中で襲撃を受けたらしい。商会の護衛部隊が追っ払ったそうだけど、襲撃してきた奴らの中に市議会の連中の子飼いを見かけたって手紙に書いてきたよ」
「やっぱり市議会の連中の仕業だったんだね、あの襲撃。全く非道い話さ。あたしの甥夫婦もそのノビック移住組だったんだけど、結局みんなで相談してアルビオンを出ることにしたそうだよ。向こうの暮らしはとても良いみたいで、あたしにもゲルマニアに来ないかって誘ってくれてるよ。サウスゴータには愛着があるけど、こんな非道い話ばかりだと、考えちゃうねえ」
「ほんと、どうなっちゃうのかねえ……小麦の値段が五割も上がったよ。ガンダーラ商会追い出して良い事なんて一つもない無いだろうってこの街の者はみんな思っているよ」
「まったく。マチルダ様、おっといけない、フーケ様のおかげで何とか暮らしてはいるけど、フーケ様だって何時までもああいう事を続ける事は出来ないだろう。そろそろ、決断すべきなのかねえ」

 ちょっと話を振るだけで、大量の反応が返ってくる。皆議会や王国政府の対応には大いに不満を感じているらしく、反対に商会の評判はすこぶる良い。トリステインでの評判とはまるで違う事に多少驚きながら、カリーヌは調査を続けた。



 夕刻、約束した時刻に迎えに来たフレデリックの用意した馬車に乗り、向かった先はサウスゴータでも名のあるレストラン・ローズ・アンド・ワンド。通された部屋からは窓越しに美しくライトアップされた庭が見え、季節にはまだ早いというのに花壇の薔薇は満開となって客の目を楽しませている。室内には既に数名の男達がカリーヌを待っていた。全員がサウスゴータ市議会議員だという。

「いやいや、かの高名なメイジ、カリン様と食事を共に出来るなんて光栄です。アルビオンへはどのようなご用件で?」
「ただの観光だよ。ただ、これは内聞にしていて欲しいのだが、最近ガンダーラ商会がトリステインにも進出してきていてね、恩のある貴族の方にどんな商会なのか観光のついでに様子を見てきて欲しいと頼まれているんだ。まあもっとも、もうこの地方からは撤退してしまったようだが」
「ああ、それは……注意した方が良いですぞ。ガンダーラ商会を一人見たら十人は入り込んでいると考えて良いでしょう。いつの間にやら入り込み、シロアリのように全てを食い尽くしていく奴らです。この地方では何とか駆除に成功しましたが、この数年の間に産業はかなり食い荒らされてしまいました。これから復興への道を進まなくてはならないのですが、大変ですよ」

 なるべくさりげなく、商会の話を振ってみたのだが、早速食いついてくる。彼らが語るガンダーラ商会は、市井の者達が語るものとはまるで別の商会のようであった。

「そうなのか。街で市民達に聞いてみたところでは評判が良かったので、意外に思っていたのだが」
「それがやつらの手なのです。不当廉売で競争相手を破産に追い込み、市場の独占を目論んでいるのです。廉売している間は平民の人気はありますが、市場を独占した後に彼らがどんな態度に出るかなんて火を見るより明らかです。全く、平民というのは救いがたい。秩序を破壊し伝統を蔑ろにする事がどんなに罪深いのか、まるで理解しようとはしないのですから」
「はあ……」
「全く度し難いですな。自分たちの社会を内側から食い尽くそうとしている者に喝采を送り、害虫を駆除した恩人に不満を述べるのですから。平民に理性を求めるのなんて無理だと分かっていても、腹は立ちます」
「ガンダーラ商会の調査をカリン様に依頼したそのトリステイン貴族の判断は正しいですぞ。害虫は食いつかれる前に潰すのが一番です」
「まあまあ。ワインの用意が出来ました、今日の出会いを始祖に感謝して乾杯いたしましょう」
「おっと、つい興奮して声が高くなりましたな。それでは、あらためまして、乾杯!」
「「乾杯」」

 ガンダーラ商会がここにいる貴族達に嫌われているというレベルではなく、憎まれていると言うことはよく分かった。そのまま食事へと移ったのだが、料理自体はアルビオン料理が世間で言われている程悪くはないと思った。野菜料理はともかくローストビーフやステーキは中々のものだ。しかし、食事中ずっと口汚い罵詈雑言を聞かされていては美味いと感じるはずもない。彼らの情報がどの程度真実を含んでいるのかも分からず、カリーヌは適当に相槌を打ちながら話を聞いていた。

「今日はカリン様も見たでしょう、私の屋敷が燃やされるのを。仮面で顔を隠してはいますが、あれはガンダーラ商会のオーナー、ウォルフ・ライエの母エルビラ・アルバレスに間違いありません」
「あの炎、相当な使い手ではあるな」
「あれの夫が爵位を失ったのは自業自得だというのに、逆恨みして攻撃を仕掛けてきているのです。残念ながら我々にあのレベルのメイジを逮捕する手だてはありません。王国政府に対応を要請しているのですが、腰が重く話にならんのです」
「犯罪者だというのなら、法に照らして厳粛に処分するべきだろう」
「あの連中は犯罪者の集まりです。サウスゴータ元太守の娘マチルダも最近では大っぴらに盗みを働くようになりました。何とか捕縛したいのですが、こちらも腕が立ちまして中々難しい現状です」
「まったく。法治国家たるアルビオンでこうも法律が無視されるとは。嘆かわしい事です」
「カリン様ならあの程度のメイジ……おっと失礼、余計なことを」

 チラチラとカリンの方を窺ってくる。彼らにしてみればカリーヌから助力の申し出をして欲しいのだろうが、生憎こちらは彼らと敵対するつもりはない。今回は調査のためだけに来ている。
 何度かそれらしく水を向けられたが、カリーヌは曖昧に受け流し当たり障りのない返事をするに留まった。カリーヌの反応が薄いことに焦ったのか議員達の言葉は徐々に激しさを増し、口を極めてウォルフを罵り、エルビラを誹り、マチルダを貶めた。ついにはブリミル教徒ならば聞き逃せない事まで口にするようになった。個室だというのに周囲を窺うようなそぶりを見せ、声を顰めて語りかける。

「ここだけの話ですが、ガンダーラ商会はエルフと取引をしてその力を利用しているとの情報があるのです。はっきり申し上げてハルケギニア社会の敵ですよ、あの連中は」
「エルフ、ですと?」
「ええ。そもそもおかしいとは思いませんか? アルビオンの一地方都市の男爵の倅が突然あんな巨大な商会を興すなんて」

 ごくり、とカリーヌは思わず喉を鳴らした。エルフと交流があったからこそ、カトレアに精霊魔法の適性があることも分かったのかも知れない。アルクィーク族などと言うハルケギニア外部の民と交流があるのなら、当然エルフとも交流があるのではないか。ずっと謎だったことの、答えの一端が見えた気がした。

「しかし、エルフだなんて、そんな事あるはずが」
「今回の事件でモード大公は全ての所領を没収され、大公位も王位継承権も剥奪されました。これが、普通の事態の訳はありません」
「それは、トリステインでも話題になっていた。一体何故、と」
「大公は秘薬で心を狂わされ、ガンダーラ商会の操り人形となっていたそうです。相手を意のままに操る事が出来る、メイジには絶対に見破られる事のない薬。その薬の出所がエルフだと。エルビラ・アルバレスも同様にこの薬を使われているという話です。我々にとってずっと謎だったんですよ、商売になど何の関心もなかった大公が急に一商会の肩入れをして、その勢力を伸ばすのに協力しだしたのですから。しかも、大公自身はそれほどの見返りを受けていないときたら」
「……」

 そんなことがあるはずはないと、カリーヌとしては思いたいが、今回の事件の不可思議さがその可能性を否定しきれないものにしている。モード大公にはカリーヌ自身何度も会ったことがある。野心や欲というものをどこかに置き忘れてきてしまったのではないだろうかと思うような、毒にも薬にもなりそうにない人物だ。その彼が謀反だなどと、何の冗談かと思ったくらいだ。だが、事実として大公は逮捕されている。あの謹厳実直を絵に描いたような王が、間違いでそんなことをするはずはない。

「今回、王家はギリギリで大公を取り戻しましたが、悪魔の関与に関して、決定的な証拠を得ることは出来ませんでした。しかし、我々は確信しております。近い将来、ウォルフ・ライエとその一味がハルケギニアの敵として異端認定されることを」
「それは、何とも途方もない話ですな。何故、私にそんな話を?」

 愛する娘カトレアが磔にされ槍で刺し殺される場面を想像してしまい、また一つ喉を鳴らしたが、努めて冷静に答えた。そんな地獄のような光景が、彼女が精霊魔法を使えるようになっていることが外に漏れれば有り得ない未来ではないのだ。顔色は蒼白となってしまっているだろう。
 
「トリステイン最強の騎士『烈風』カリン殿は義に篤く悪を憎む方だと聞いております。その力、ハルケギニアのため正義のため我々にお貸しいただけないでしょうか?」
「お願いいたします。ウォルフ・ライエを誅し、エルフとの連絡役を担っているとも言われているマチルダを捕縛することにご協力いただきたい」
「エルフを倒すのは我らメイジの悲願。私達は王弟を愚弄したあやつらを逃がしたくないのです。彼の者がいなくなればエルビラ・アルバレスもおそらく正気に戻るでしょう。お願いします、何とぞ、そのお力を」

 ずらりと揃った貴族連中が、頭を下げる。
 とっさにカリーヌは返事をすることが出来なかった。ウォルフは恩人だ。心から感謝している、それは間違いない。ルイズには魔法を使えるようにしてくれ、カトレアに至っては命を救ってくれた。廊下を走るカトレアなど、これまで想像すらしたこと無かったというのに最近では当たり前の光景になっている。カトレアの、廊下を走るなと注意した時のはにかんだ笑顔。朝食のスープをお代わりしようか悩んでいる姿。何気ない瞬間だが、カリーヌはそれらの場面に会う度に心からの幸せを感じている。治してくれたのはアルクィーク族だが、彼が気付かなかったらカトレアは今もベッドの上だったことは間違いない。彼への感謝を忘れる程カリーヌは恩知らずではない。

 だが娘を守る母として、ウォルフがいなくなったら、と想像してしまうことも止めることが出来ない。カトレアには厳重に注意して絶対に精霊魔法を使わないように言い聞かせている。もし、ウォルフが何かの事故でいなくなったら、カトレアの秘密がばれる可能性は無くなるのではないか。カトレアの危険は、無くなるのではないか。そんな想像は悪魔の囁きのようにカリーヌの心の隙間に入り込んでくる。
 恩人ではあるが、カリーヌにはウォルフ・ライエを心から信じることは出来ない。彼女にとってウォルフはどこまで行っても得体の知れないメイジなのだ。

「どうでしょうか。現在ウォルフ・ライエは父親の捜索のため近辺の森をうろちょろしております。油断もしているようですし、我々も五十名からなるメイジと鉄砲部隊との混成部隊でサポートできます。エルフの関与をあきらかにできれば、王家や教会からも感謝されるでしょう。お望みならアルビオンで叙爵も出来ましょうし、勿論謝礼も十分に用意させていただきます。逆に御名前を出したくないというのであれば、お心に沿うように差配させていただきます」

 ウォルフ・ライエを信じることは出来ない。だが――。




「お断りします。ウォルフ・ライエが人々に害を為すのを私は確認できておりません。そのような曖昧な状況で振るう杖を、私は持っておりません」

 エルビラ・アルバレスがウォルフとその妹に向けた笑顔。母として、あの笑顔ならカリーヌは信じることが出来る。自分の都合で、人の言葉だけであの笑顔を奪おうなどと考えることは出来ない。

「ウォルフ・ライエはハルケギニアの、ブリミル教の敵ですぞ。あの小僧が一日長く生きるだけでその分始祖の威光が汚される。彼の者を討つ機会がありながら、あえて逃がしただなどと知られれば『烈風』の名にも傷がつこうというもの」
「では、あなた方でその敵を討てば良かろう。『烈風』など、とうに埃をかぶった名ですよ。それでは、失礼します」

 それに何より、この市会議員だとか言う連中のゲスな言動と顔つきがこれ以上カリーヌには我慢ならなかった。さっさと席を立つと案内も待たずに店から出て行った。

「くっ、なにが『烈風』だ。エルフの名前にビビリやがったな」
「っていうか、本当に『烈風』なのか? おいスタンリー、確認は取ったんだろうな」
「あ、いやフレデリックが間違いないって……」
「くそっ! しっかり確認せんか! 無駄金を使ってしまったではないか」
「大声を上げるな! 奴らを何とかしたいのはみんな一緒だ」
「そうだぞ、ワシのところなんて女房と娘が実家に帰りおった。何とかせんといかんのだ」
「ああ、あの化粧品がらみですね。私のところも女房が口を利いてくれません。不満があるなら何か名案を出して下さいよ」
「そんなものあるなら苦労はせん。こういうのは若いのが何とかするもんだ」
「あんた達、何ガンダーラ商会に金払って化粧品なんて買ってるんだ。あいつらは敵だぞ、儲けさせてどうする!」
「ワシが買った訳じゃない、女房達が勝手にやった事だ」

 後には憮然とした表情の男達だけが残された。自分たちでウォルフを何とかし、エルビラ達の暴虐を止める案など彼らに思いつくはずもない。結局彼らはお互いを非難しあい、責任を押しつけ合うことしか出来なかった。



 カリーヌはその後数日をサウスゴータでの調査に費やし、その後ロンディニウムにまで足を伸ばした。大公の事件の真相を調べるためと、大公そのものに面会するつもりだった。

「そこにいるのは、誰かな?」

 カリーヌが少ない情報を追ってたどり着いたのは、ロンディニウム郊外のとある古城。古びた城壁に囲まれて閑かな森の中にぽつんと佇むその城は、王家の所有物ではあったが施設が老朽化し、街道からも外れているため最近では管理する者が住んでいるだけ、という王家からも世間からも忘れ去られているような存在になっていた。
 モード王弟は大公位を剥奪され、王の命令に従ってこの城でひっそりと暮らしていた。世話をする者が数人、監視する者が十数人という静かな暮らしだが、最近ではそれにも慣れ、日々本などを読んで過ごしていた。

 この日も中庭の景色の良い大きな栗の木の木陰にロッキングチェアを出し、ページを繰っていた。
 ふと、風を感じて顔を上げると、頭上の木に何者かの気配を感じ、声を掛けた。

「……お久しゅうございます、殿下。トリステインのカリーヌ・デジレにございます」
「カリーヌ……」
「そのままでお願いいたします。監視の者の眼がございますので」
「あ、ああ。……随分と久しぶりだね、元気だったかい?」

 モード元大公は現トリステイン国王の弟となるので、王妃マリアンヌと親友の間柄となるカリーヌとは面識があった。若い頃はお互い二人のデートに付き合わされたりした程で、パーティーなどで顔を合わせれば親しく話す間柄だった。
 王の刺客でも来たのかと思ったら思わぬ旧友の来訪だったので、元大公は嬉しそうにカリーヌに語りかけた。

「はい、おかげさまで。娘達も健康で、昨年生まれた息子もすくすくと育っております」
「それは何よりだ。いやあ、残念だなあ。一度息子にデレるピエールを見に行きたいって思っていたんだよ。なかなか難しくなっちゃったなあ……」
「……その事でございます、殿下。一体何があって、このような仕儀に至ったのでしょうか?」
「ああ、大したことじゃあ無いよ。まあ、僕が考え無しだったって事だな。僕がしたことに後悔はないが、もっと慎重に行動するべきだった」

 監視に気付かれぬよう、木の上下に分かれたまま話す。久しぶりに会った元大公は、やはりどこかぼんやりとした人物だった。

「その、サウスゴータなどでは殿下が薬を使われて傀儡となっていたとの噂を流す者もいました。そのようなことは無かったのですか?」
「薬? 僕が薬を使われていたって言うのかい? ……どうなのかな、君から見て僕は薬を使われているように見えるかい?」

 元大公は背もたれに頭を預け、真っ直ぐにカリーヌを見詰めてくる。その瞳は揺れ動くこともなく、瞳孔も開いておらず、カリーヌには全く正常のように見える。

「いいえ、見えません。マリアンヌ様と陛下より、今回の逮捕が不当なものであり殿下が亡命を希望するのならば、トリステインとしては受け入れる準備があるとのお言葉を預かっております。ご希望とあらばトリステインまで案内できますが、殿下は亡命を希望いたしますでしょうか?」
「いや、亡命なんてするつもりはないよ。兄上の判断は正しく、僕の逮捕、そしてその後の処分は全て正当なものだ」
「本当に、一体何があったのでしょうか? ガンダーラ商会の陰謀とも言われておりましたが、そうとも思えませんし」
「詳しくは話せないんだけどね。僕が甘い判断でテューダー王家を存亡の危機にさらし、サウスゴータ伯爵は僕を庇って自ら泥をかぶった。ガンダーラ商会についてはまるで逆さ。ほとんど関係なんてなかったというのに、僕たちを救い、テューダー王家を救ってくれた。サウスゴータ伯爵が追放され、ガンダーラ商会もサウスゴータから撤退させられたと聞いて僕は自分のしたことの意味を知った。僕は陛下が蟄居の命を解くまでここから動くつもりはないよ」

 またカリーヌの眼を見詰めながら静かに宣言する。その瞳に浮かぶのは確固たる決意と微かな悔恨。自分の起こしたことの結果を認め、その責任を取ろうとする者の姿がそこにはあった。

「……わかりました、マリアンヌ様と陛下にはそのようにお伝えいたします。それでは、これで失礼します。お元気で」
「うん、君も元気で。皆によろしく伝えてくれ」

 また風が吹いたかと思うと、もう樹上にカリーヌの姿はなかった。暫く周囲を見回していたモード元大公は、何もなかったようにまた本へ目を落とした。



 結局ロンディニウムでの調査でも事件の真相は明らかにはならなかったが、どこかさっぱりとした気持ちでカリーヌは帰途につくことが出来た。帰りもサウスゴータ経由でロサイスから空路ラ・ロシェールへと抜けるつもりだ。

 この日もサウスゴータのホテル・デ・ヴェーレの予約を取っていたカリーヌは城門をくぐって中央広場へと至る大通りを歩いていた。もう少しでホテルだというその時、知り合いなどいないはずのこの街でカリーヌは声を掛けられた。

「カリーヌさん、こんばんは」
「……」

 もちろんカリーヌは『烈風』カリンの姿のまま、つまり男装したままだ。そろーりと振り向くと、やはりそこには見知った顔の少年がにこやかな笑顔を見せていた。

「あの、今日ウチの親父見つかったんで、今後は多少時間が取れそうなんですよ。だからルイズに今度会いに行くって伝えておいて下さい」
「あ……はい。……その、お父上のことは私達も心配しておりました。見つかって何よりです、ご無事でしたか?」
「はい、元気にしておりますよ。元気すぎてまた弟か妹を増やしてくれたみたいです。一体何やってたんだって怒鳴りつけてやりました」
「それは……おめでたいですね」
「ははは、確かに目出度いです」

 とぼける間も与えず用件を伝えた少年は、じゃ、などと言って手を振るとさっさと身を翻そうとしたが、ふと立ち止まって質問してきた。

「あ、そうだ。そう言えばカリーヌさん先日の昼間、森にいましたよね? スタンリー子爵邸が燃えた時、そのそばの大きなクルミの木の陰あたり」
「……いましたね」
「やっぱり。気配が微細ですごく分かりづらかったです。今度そちらにお邪魔した時、ぜひあの気配の殺し方を教えて下さい」
「……はい、よろこんで」
「よかった、楽しみにしてます。では、皆さんによろしく」

 今度こそ手を振って去っていく。カリーヌにとって、ウォルフ・ライエはやはり得体の知れないメイジだった。


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