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No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
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[33077] 第二章 1~5
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/09 02:22



2-1    初飛行

「か、完成だ!・・・・」

 最後の部品を取り付け、各部のチェックを済ませるとスイッチを入れる。ウォルフ式旋盤一号機は静かな音を立てて回り始めた。
これの一代前の試作四号機でも加工品の必要な精度は出る様になっていたが、今回のものがようやく設計図通りに分解整備・アタッチメント交換が出来る様になり、汎用旋盤と呼ぶ事が出来る様になったので正式な一号機とすることにした。
同時に作っていたウォルフ式フライス盤一号機も既に部品は揃っているので直ぐに完成するだろう。
周りを見回すと薄暗い地下室の中に旋盤の試作機が二台、フライス盤の試作機が二台、バンドソーにグラインダー、ボール盤や形削り盤等、ハンドプレスから鋳造用の砂場まで揃っていてちょっとした工場の様になっている。
全てウォルフと機械工候補達がこの二年間協力して一つずつ作ってきた物だ。

「ふひぃ、ようやく完成しましたね、あたしの旋盤」
「・・・ちょっと待て、これはオレのだ。お前達はお前達でそれぞれ自分のを作れ」
「えー?でもこれってあたしが削り出した部品の方が多いと思いますよ?」

舐めたことを言ってきたのはサラの従姉妹でラウラの妹、リナである。綺麗にして黙っていれば十分に美少女なのだが、今その顔は油で汚れ短く切った髪はろくな手入れもしていないのかボサボサでとても女の子には見えない。
二年前は姉の言ったことを繰り替えすばかりだったのに、随分とふざけたことを言う様になった。

「オレが設計と製図で大変だったからだろうが。とにかくお前達機械工一期訓練生の卒業制作だ。作り方はもう分かったはずだから自分で自分の旋盤を作れ」
「ほーい」「「「はいっ!」」」

元気に返事をした機械工候補は全部で四名。リナにトム、ジム、サムでリナが十三歳でそれ以外は全員一つ上の十四歳、身分上はガンダーラ商会の職業訓練生となっており給金が支給されている。
最初はウォルフが雇用しようと思っていたのだが、渡した手形をタニアが全て使ってしまい懐が寂しくなったので商会に雇わせたのだ。
四人は元気に返事をすると資材倉庫に行って材料を揃えようとしたのだが、ウォルフが慌てて止めた。

「あ、ちょっと待って。今度引っ越しすることになったから、大きい部品を作るのは引っ越し先にして。これから重量物搬送用の馬車を作るから、その部品の製作を頼む」

そう言って設計図の束を渡す。皆早く自分の旋盤を作りたくて不満そうだったが、引っ越しをすれば自分用のブースを持てると聞いてやる気を出した。
これまではド・モルガン家の地下室でずっと作業を行ってきたのだが、さすがに手狭になってきたのと電源の確保が問題になってきたのだ。
工作機械の電源は二百四十ボルトの直流で巨大な電池室を作ってまかなっているが、その発電はほとんどウォルフの魔力に頼っていた。
ボルテージレギュレータも開発したので安定した電圧を得る事は出来るが、電圧が下がってきた時に発電機を『念力』で回しながら旋盤を使っていると手回し旋盤を使っている気になってくる。
当初行う予定だったエルビラの火力を利用した蒸気タービン発電は、住宅地で行うにしては発熱量と騒音が大きすぎる懸念があって製造を見送った。太陽光発電も検討して、太陽電池を試作してみたのだがほぼ全ての工程をウォルフの魔法で行うことになり、量産するのが大変そうなので見送った。
タニアとも相談してサウスゴータ近隣の鍛冶屋などが数軒集まっているチェスターという村の外れにガンダーラ商会の工房を建設し、その傍らに大型の風力発電機を設置することにした。既にサウスゴータの役所から風車設置の許可を得ていて、旋盤が完成次第建築に取りかかる手はずになっている。
そこで馬車の軸受けやグライダーの部品を生産しつつ機械工を段階的に増やしていき、やがて加工貿易の主力工場にするつもりである。

 これまでグライダーの制作を放置して工場の建設を目指してきたのは、オルレアン公との事があった後あまり目立つことはやめようと決めたからである。
ウォルフはこれまで他人から自分がどのように見えているかということに無頓着であった。しかし個人が大きな力を持っていた場合、オルレアン公のようにそれを利用しようとする人間は多いだろうと言うことに気付いたのだ。
ガンダーラ商会開発の商品としてグライダーを売り出し、ウォルフに注目を集めないためである。
グライダーは受注生産にするつもりだが、チェスターの工房では部品だけを生産し、グラスファイバーの本体や組み立てはゲルマニアのボルクリンゲンに工場を造りそこで生産するつもりである。これも新技術への注目を分散させるためだ。
ツェルプストー辺境伯の熱心な勧誘があったことももあり、もうボルクリンゲンでの用地の選定に入っている。辺境伯からは高速で飛行する新型のフネというのを早く見せろとせっつかれているほどだ。

「じゃあ、後はよろしく。オレはカール先生の所に行くから」
「ほい、お任せ下さい」

 今日はウォルフはカールのところで魔法の授業である。もう習うことはあまりないのだが、週に一度の訓練なので顔を出している。
最近ウォルフはずっと気配を察知する訓練を続けていて、その事でカールに助言を貰っている。
気配を察知するとは目を瞑り火のメイジとして周囲の温度を感じ、風のメイジとして空気の流れを感じ、土のメイジとして地面の震動を感じ、水のメイジとして生物に流れる液体を感じるというものだ。
いわば光の代わりに魔力でものを見るという事なのだが、これが中々面白い。
ウォルフは火のメイジなので温度を感じるのはもう大分出来る様になった。目を瞑って歩いても地面や壁、人間の温度差から周囲の状況がわかり問題なく歩ける程だ。
しかしそれ以外の系統はあまり出来ず、今のところ風と土が条件が良ければかろうじて、水は全然といった感じだった。
サラは目を瞑っていても人間が近づいてくればその体内の流れで分かると言っていたのでそれを感じたいと修行中である。
一人輪の外で目を瞑っているとマチルダがやたらと戦闘訓練をしようと誘うのだが、それを断ってひたすらマチルダ達の気配を追っている。

「マチ姉?」
「なんだいウォルフ、また目を瞑って歩いてきたのかい?」

カールの屋敷に入ろうかと言う所で前方から来たマチルダに気付き声を掛けた。
ずっと目は瞑っていたので温度だけでマチルダを見分けられたことになる。

「おお、そうかなと思ったら合ってたよ。結構分かる様になったな」
「ふうん、本当に人の温度で個人が分かるんだ」
「大体の体型とマチ姉はちょっと冷え性だから手と足の温度が少し低い。そう言う特徴に敏感になってくるんだよ」
「うーん、あたしも人が歩いてる振動を感じれば大体の体重が分かるからそんなもんかな?」
「そんなもんだね。オレも土の振動ってやつをもっと感じたいぜ。あ、そうだマチ姉!旋盤が完成したからチェスターの工場建築し始めて欲しいんだけど」
「ああ、やっと出来たのかい。長かったねえ・・・工場ならもう結構出来上がっているけど、完成を急ぐ様に指示を出しておくよ」
「よろしく頼みます。それとタニアは居る?ゲルマニアの工場について話したいことがあるんだけど」
「今週いっぱいはガリアで、来週はゲルマニアだって言っていたよ。アルビオンに来るとしてもその後だね」
「じゃあ、ゲルマニアに会いに行くか、まだ行ったことないし」

タニアはずっと忙しく飛び回っていてサウスゴータまでは中々帰ってこない。各地の拠点に相互通信可能な魔法具を配置し、自身も一台持って常に指示を与えながら各地を回っている。
彼女に会うためにはスケジュールを調べてこちらが合わせる必要があった。

「ああ、そうするといいよ。旋盤が出来たって事はグライダーもすぐに完成するのかい?」
「ああ、そうか、うん、今週中に作っちゃうか。週末試験飛行したいんだけど許可取れるかなあ」
「フネとして登録しちゃえばいいみたいだよ。フネの形に規制や大きさの制限はなかったから。ゲルマニアに行くならグライダーを持って行ってついでに売り込んで来なよ」
「うーん、いきなり飛んでいくと吃驚されそうだから・・・商会のフネに積んでいくか」
「じゃあ、積み荷を調整しておくよ。それまでにグライダーを完成させてロサイスまで持ってきておくれ」

 もう既にグライダーは全て設計が終わっている。リナ達に指示を出すだけで全ての部品が揃い、後は組み立てるだけで完成するだろう。
随分と長いことかかってしまった。これまでの事を思い出し感慨に耽るが、これはまだ世界周航への第一歩でしかないのだ。
マチルダと商会のことについて色々話しているとサラとクリフォードもやってきたので授業を受け、そのまま帰りにド・モルガン邸に移動し完成した旋盤をお披露目することになった。

「へぇー、本当に鉄を削っているねぇ。初めて見たよ」
「鉄ってあんなに簡単に削れる物なんだ」

マチルダ達を引き連れて帰ってきた地下室ではまだウォルフに作る様に言われた部品を製作中だった。
旋盤に取り付けた材料が回転し、リナが刃物台に付いた取っ手をくるくる回すと刃物が移動してシュルシュルと音を立てて削れていく。
大根の皮を剥くかの様に削れていくので鉄は固い物という固定観念を持って見ると衝撃的な光景だった。

「簡単に削れる様にするために今まで苦労してきた訳なんだけど・・・まあ、こんな感じで正確な寸法で削れるからこれからは色んな物が作れるよ」
「正確なって、どれくらいの精度で作れるんだい?」
「オレが削って百分の一ミリメイル位。リナだともう少しいくみたいだな」
「ウォルフさまー、この子調子良いですよー。千分の一ミリメイル位まで分かりそうですー」
「・・・だそうだ」
「・・・・・・」

千分の一ミリメイル。マチルダにとって聞いたことがない位の小ささだ。
そんな精度が本当に必要なのかは分からないが、ウォルフがハルケギニアには存在しない様な物を作れるらしいと言うことは分かった。

「それで一体何が出来るんだい?そんな精度が必要な物なんて思いつかないんだけど」
「取り敢えずはグライダーの部品と、馬無しの馬車を作ろうかなって思ってる」
「馬無しの馬車かい?ガリアじゃ土石で走るやつがあったけどねぇ」
「まだ動力を何にするかは決めてないけど、一番改善したいのは乗り心地だよ。それと燃料を何とか出来れば売れると思うし、乗り心地の悪い馬車に乗らなくて済んでオレが幸せになれる」
「ふうん、まあ試作機が出来たら売れるかどうか考えてみようかね。じゃあ取り敢えず今週中にはグライダーを完成させておくれ。それでウォルフがゲルマニアから帰ってきたらチェスターの工場に引っ越して何が作れるかのプレゼンを頼むよ」
「しばらくは旋盤を増やすんで色んな試作はその後になるな。グライダーは先に完成させるから、マチ姉の方でフネの登録を頼むよ。船名は"スピリットオブサウスゴータ"でよろしく」
「な、なんだい、あたしの名前を入れるなんて、照れるじゃないか」
「・・・ごめん、マチ姉の名前だって忘れてた。町の名前として入れただけなんだ」
「・・・ふん、そんな事だろうって思ってたよ。まあいいや、こっちはそれで登録しておくから」

 マチルダはそう言い残すと帰って行った。彼女もなんだかんだで結構忙しい。
もともと抱えている仕事も多いし、この春からロンディニウムの魔法学院に入学することが決まっているのでその準備もあった。
ガンダーラ商会が発足してからアルビオンの景気は目に見えて良くなったが、その二つを結びつける人は多くは居ない。
サウスゴータ太守である彼女の父も商会が成功していることは認めながらもマチルダが商売をしていることにはあまりいい顔をしてしない。
マチルダはそんな父に商売が社会を良くすることが出来ると言うことを示したいと考え、これまで頑張ってきている。

マチルダに続きサラも家の手伝いのため母屋へ帰っていったが、クリフォードはマチルダ達が帰ったことに気付かないほどじっと旋盤が部品を削り出していく所を見ていた。
そう言えばクリフォードがここに入るのは随分と久しぶりかも知れない。

「兄さん、気に入ったの?」
「お、おお、ウォルフか。凄いな!これ!こんな凄いなんて思わなかったよ。良くこんなの考えつくな、お前」
「うーん、考えついたって言うか、中の人が教えてくれたから」
「なんだよ、また中の人かよ!便利だなお前の中の人って。俺の中の人はこんな事教えてくれねーよ」

ウォルフは昔から親しい人間には折に触れ前世などの発言をしてきたが信じて貰ったことはなかった。
軽く流される事が多かったが、最近ではただのネタになってしまっている。
どうも知り合いには転生を経験している人は居なそうで、ウォルフの研究テーマの中で輪廻転生は最も解明が難しそうなものだった。

 そうこうしている内にリナは全ての部品を削り終わった様で旋盤の後片付けを始めた。クリフォードはそれを見て残念そうにしていたが、自分も母屋に帰っていった。
ウォルフはリナが削った部品を置いてある机に近づき、その中のオイルダンパーの部品をチェックする。
ハルケギニアを旅行して一番の不満が馬車の乗り心地の悪さだった。全ての行程をフネで行ければいいのだが、そういうわけにもいかないので馬車の改良はかねてからやりたいことだった。
オイルダンパーとはサスペンションに取り付けて車体の揺動を抑える部品である。乗り心地改善の肝になるし、オイルが小さな穴を通る抵抗でサスペンションの動きを抑制するというそんなに複雑な構造でもないので是非開発したかった。
グライダーの舵にもダンパーは付けるつもりだが、そちらはエラストマーの摺動抵抗を利用した簡易な物にするつもりである。
リナが削った部品は心配しなくても全て図面通りに仕上がっている様で、チェックを終えると隣の部屋で脱脂してからアルミ合金の部品には陽極酸化処理を、鉄の物にはクロムメッキをかけた。
それぞれ槽にセットして元の部屋に戻るとリナ達は新しい材料とグライダーの部品の図面を引っ張り出してけがき始めていた。ハルケギニアの平民は本当によく働く。

「よく仕舞ってある場所が分かったな。明日中にそれ出来る?」
「分かります。明日の・・・午前中には出来そうですね」

リナが顔も上げずに返事をする。その間も手は正確に動いていた。
二年間も中断した割にはいざ作るとなると一日で出来てしまう。心強い仲間がいることは嬉しいが、ちょっと簡単に出来過ぎじゃないかとも思う。
しかし、ろくな道具もなく『練金』の魔法で形を整えた材料を万力で固定してヤスリでゴリゴリ削って微調整していた当時を思い出し仕方のないことかと苦笑する。

 翌日午後全ての部品が揃い、いよいよグライダーの最終組み立てに入る。
午前中にウォルフはワイヤなどの予め用意してあった資材から必要な部材を取り出し、長いこと布をかぶったままだったグライダー本体を磨き上げた。
舵の可動部分計十箇所には全てシールドベアリングを入れ、その他の可動部分にもしっかりブッシュを入れて滑らかな動きを確保。
日が傾く頃には全ての組み込みが終わり、操縦桿とペダルの動きに対応して舵がパタパタとスムースに動く様になった。
その頃にはマチルダからフネとしての登録が終わったと連絡があったので船名と登録番号を側面に記入し、両翼の下面にはガンダーラ商会のマークをでかでかと描いた。
一応軽く試験するため方舟の両扉を開放して扉に支柱を固定し、ここからワイヤでグライダーを繋いだ。魔法で風を送って挙動をチェックしようというのだ。
ウォルフが乗り込み、魔法で前方から風を送っていくと風速二十メイルもいかない内にふわりとグライダーが宙に浮いた。
前後や左右のバランスが問題ないことを確認し、直ぐに風を弱めて着地する。壁に隠れて見ていたリナ達から拍手が起こった。
ここまで終わってウォルフは満を持してサラを呼びにいった。
初めて一緒に空を飛ぶのはサラしかいないと確信していた。

「あれ?ウォルフ様、終わったの?」

アンネの手伝いをしていたサラが振り返って尋ねる。

「お誘いに参りました、ミス。私と空の散歩をご一緒しませんか?」
「あ、あう・・・・」

ふざけてちょっと芝居がかった誘い方をしたのだが、サラにはツボに入った様で真っ赤になって固まってしまった。

「え、えーと、グライダー完成したから試験飛行に行こうって誘いに来たんだけど・・」
「うん・・・」

微妙な雰囲気のまま二人で方舟に戻った。すでにグライダーは台車に乗ったまま大きく開いた格納庫の扉の上に出されていて何時でも飛び立てる様に準備が終わっていた。
少し離れた場所に着地し、感慨を持ってグライダーを眺め、ゆっくりと歩いて近づいていく。ウォルフの頭の中にはトップガンのテーマ曲が鳴り響いていた。

「あ、ウォルフ様準備終わりましたー。風石も積んであるので何時でも飛べると思いますです」
「ん、ありがとう。オレはこのままチェスターの工場にこいつを置いてくるから、ここの片付けもお願いするよ」
「はーい。今度あたし達も乗せて下さいねー」

今回関連法規を調べて判明したのだが、フネとして登録するとグライダーのような小さな機体でもサウスゴータの町中に着陸することが禁止されていることが判明した。
また詰めが甘いとサラになじられたが、今回離陸する分には何とかマチルダ経由で許可を得ることが出来た。今後も禁止されたままだとすると方舟の引っ越しも検討しなくてはならない。

 皆が見守る中、ふわりとレビテーションで浮き上がり後部座席に乗り込む。二年前にウォルフの体に合わせて作った座席は小さくなってしまっていたので今回新たに作り直した。
サラも続けて前部座席に乗り込み、シートベルトを締めた。
アクリル製の風防をしっかりと閉じ、深呼吸を一つする。いよいよ飛び立つ時が来たのだ。

 座席の後部に積んだ風石を励起させると機体は台車から離れ、ふわりと宙に浮かび上がった。
風石を励起させるには激しい振動を与えたり魔力を流したりと様々な方法があるが、今回は小型のバッテリーを積み込み電流を流すことでコントロールしていた。
そのまま最大ボリュームで風石から浮力を得て少々風に流されながらも上昇して行く。

「ふっふっふ、いよいよだ。長かったなあ・・・。テイク・オフ!」

目測で千メイル位上がったことを確認し、風石のスイッチを切った。
スイッチを切って暫くは風石が働いていたのでそのまま宙を漂っていたが、やがて機首を下にして落下を始めた。

「ひゃっほーー!!」
「ウウウウォルフ様!何か落っこっているんですけど!」
「そりゃそうだ!風石止めたんだもの」

サラが文句を言ってくる。風石で上昇していた時は余裕で外の景色を楽しんでいたって言うのに。そうこうしている間にも機体は速度を上げ、ほとんど真っ逆さまに感じる程の姿勢で地面に向かって加速を続けた。

「ウォルフ様の嘘吐きー!全然飛ばないじゃないですかー!あわわ、落ちる、地面が近づいてくる!」
「だから今は加速してるだけだって!わあー、ちょっと待て!」

ウォルフは急降下の無重力状態を楽しんでいたというのにサラは杖を取り出してシートベルトを外し、風防を開けようとしてくる。軽くパニックになっている様だ。

「ああ、もうっ」
「むぎゅっ」

ウォルフが操縦桿を手前に倒すと下方向に強力な加速度がかかり、立ち上がろうとしていたサラはひっくり返ってしまいそのまま座席に押しつけられた。丁度肩と首で座席に座っている様な体勢で、スカートだったのでカボチャパンツが丸見えだ。
そのまま水平飛行に移ったが、機内は気まずい空気に満ちていた。

「・・・・・・」
「・・・あー、サラ。今はほぼ水平に飛んでいるから外を見てみなよ。それからこれからはオレの許可無くシートベルトを外さない様に」

 沈黙を破ってウォルフが目の前のサラの尻に話し掛ける。サラは珍妙なオブジェの様になって固まってしまっていたが、もそもそと動き出し元の体勢に戻るとシートベルトを締め直した。耳まで真っ赤になっている。

「・・・本当ですね、風石は全く働いていないんですか?」
「うん、今は翼の揚力だけで飛んでいるよ」

サラはさっきの事を無かった事にしようとしているみたいなのでウォルフも合わせておいた。それくらいの優しさは持っている。

「速さがよく分からないのですが、どれくらいですか?」
「多分今時速九十リーグ位じゃないかな。馬車の六倍位か?」
「ふうん、凄いですね。最初のあれがなければもっと良いんですが」
「いや、あれだって大人しく座っていればどうって事・・・じゃ、じゃあそろそろ帰るか」
「・・・・・」

慌てて話題を変えて操縦桿を操作し、機体を傾ける。グライダーは大きく弧を描きサウスゴータへと進路を変えた。
長年の付き合いでサラの事は大体分かるが、今のこの物言わぬ後頭部はちょっと危険だ。

 そのまま真っ直ぐ進むとサウスゴータが近づいてくる。今は大分高度が下がって三百メイル位なのでサウスゴータの五芒星をかたどった大通りがよく分かる。
このままサウスゴータの北側を通ってチェスターの村に行こうとしたのだが、竜騎士が三騎サウスゴータから飛び立ってきた。
昨夜グライダー販促用のチラシを印刷して、今朝ニコラスに渡して職場で配ってくれる様に頼んでおいたのでグライダーについては知っているはずだ。ちゃんと正式に登録しているフネであるので問題はないはずだが、一応確認に飛んできたのだろう。
併走して飛びこちらを観察してくる竜騎士達に手を振ると向こうも手を振り替えして地上へと戻っていった。

 やがてチェスターの上空に到達し、主翼の上部にある空気ブレーキを立ててゆるゆると高度を下げると最後は『レビテーション』で機体を保持して工場に着陸し、無事にファーストフライトを終えた。

「ウォルフッ!凄いじゃないか!ちゃんと飛んでいたよ」

機体が静止するなり興奮した顔でマチルダが駆け寄ってきた。ウォルフはそれに自慢げな顔で応じる。

「おお!マチ姉こっちに来てたんだ。だから飛ぶってずっと言ってたじゃないか!」
「そりゃそうだけど、実際に見ないと中々分からないよ。ねえねえ、あたしも乗せておくれよ」
「うん、勿論。じゃあサラ、マチ姉と変わって?」
「はい、マチルダ様、気をつけて下さいね最初結構怖いですよ」

サラは軽く忠告して『フライ』で席から降りるとマチルダと交代した。

「ひとっ飛びしてくるからサラはここで待っててね。一緒に帰ろう」

 そう言い残して風防を閉めるとセカンドフライトに出発した。
上空で急降下して加速した時マチルダもサラと全く同じ反応をし、結果も一緒であった。マチルダはカボチャパンツでは無かった。
人間が逆さになって硬直してしまうこの現象を、ウォルフは密かに犬神家の呪いと呼んで恐れた。(嘘)





2-2    量産準備



「確かに、凄いとは思うけどさ、五千エキューもしたら売れないんじゃないのかい?そんなに原価がかかってないみたいだしもっと安くした方が良いと思うんだけど」
「いや、そんなにたくさん売れても困るし、まだ樹脂とアルミニウムはオレの魔法頼りだから暫くは少量生産でいきたい。あんまり安くして軍とかから大量発注とか来たらやだし」

 初飛行から帰ってきてマチルダもグライダーがどのような物かを理解したが、ウォルフが設定した価格では売れるはずがないと思った。
セグロッドは飛ぶように売れているが、あれよりも魔法が使われていないのが懸念材料なのだ。なにせ風石で浮き上がって落ちてくるだけなのだから。

「取り敢えずはこれで受注を取ってみて全く来なかったらその時考えるよ」
「うーん、最初に高くして後から凄く安くすると、最初の値段は何だったんだって話になっちゃうから好ましくないんだけどねえ」

 サウスゴータの商館に戻ってもグチグチと文句を言われたが、ウォルフに折れる気はなかった。
最後には渋々とマチルダも認めたが、本心ではもっと安くして大量に売りたいらしかった。

「まあ、もうチラシも配っちゃったって言うならしょうがないか・・・」
「そうそう、しょうがないよ。で、ゲルマニアに持って行くのはあれ以外に資材やら試作した機械やらで馬車四台分位になると思うからよろしく」
「はあ、分かったよ。あんたはいつも好きに生きてるねえ」
「えーと、お世話をかけます?」
「はあ・・・」


 家に帰るとニコラスが既に戻ってきていて、サウスゴータ竜騎士隊でウォルフのグライダーが結構話題になっていたと教えてくれた。
買ってくれそうな人はいるのか聞いてみたが、値段が高すぎるので竜騎士の給料じゃ無理だとの事だ。
ウォルフとしては領地持ちの貴族が興味を持ってくれるのを期待してグライダーでアルビオン中を飛び回ってやろうと思っている。

 翌週ウォルフはグライダーでロサイスまで移動し、フネにグライダーを積み込むとそのままゲルマニアのボルクリンゲンに向けて出港した。
サウスゴータからロサイスまでは馬車なら十時間以上もかかる道のりだが、グライダーは二時間程度で移動出来た。風竜には劣るが、使用した燃料が僅かな風石である事を思えば相当優れた移動方法である。
ゲルマニアに向かうフネの中では久々に何もする事がない時間なのでじっくりとサラ達や学校(最近こう呼び始めた)の教材を執筆する時間に充てた。
やがてフネはボルクリンゲンに到着し、ウォルフは生涯で初めてゲルマニアの地に降り立った。
ここ数年で大発展を遂げているというボルクリンゲンは、整然と整備された港周辺と雑然とした雰囲気の新市街という二つの顔を持つ活気溢れた街だった。
布をかぶせて甲板に積んでいたグライダーを下ろしていると早速商館からタニアがやってきた。

「はあい、ウォルフ久しぶりね。やっとグライダー完成したんだって?」
「ああ、タニア久しぶり。まあ旋盤が完成するまで放って置いたって感じなんだけどね」
「じゃあ、旋盤も完成してこれからはバリバリ稼げる、と」
「まだ一台だけだから。今リナ達が自分用の旋盤を作っているんで、何か生産するにしてもその後だな」
「ふうん中々大変なのね。で、これはすぐに飛べるの?」
「うん?翼をつければすぐに飛べるけど」
「じゃあ許可は貰ってあるから、早速私を乗せてフォン・ツェルプストーの居城に行って頂戴。結構せっつかれているのよ」
「いきなりかよ。チラシと・・・・ベアリングのサンプルも持ってくか。そのお城ってどれ位離れているの?」

二十リーグ位と聞いて風石で五百メイルも上昇すればいいだろうと当たりをつける。
さっさと組み立てて荷物を用意するとタニアと一緒に乗り込んだのだが、風石による上昇、そこからの急降下、パニックになるタニア、水平飛行に移る際にひっくり返るタニア、と最早テンプレとも言える展開で犬神家の呪いは健在だった。
城にはそれこそあっという間に着いたが、また微妙な空気になってしまいそのまま執務室に通される事になった。

「君が噂の天才少年か。ツェルプストー辺境伯だ、よろしく」
「ウォルフ・ライエ・ド・モルガンです。初めまして」
「君の作ったグライダーというのが飛んでくる所を見た。中々面白い物だな」
「ありがとうございます。重量が七百リーブル程しかないので、風石の使用量を少なく抑えて人間を高速に移動させる事が出来ます。コストを考えれば風竜の代替になるのではないかと考えています」
「ふむ、一度風石で上がってその後はゆっくりと落ちてくるだけの様に見えるが、どの位の距離を飛べるんだね?」
「風石で一リーグほど上昇すればその後四十リーグ以上は飛行出来ます。通常は飛んでいる間に上昇気流を見つけてそこでまた高度を稼ぎますので、どの程度飛べるかというのはパイロットの腕と天候次第ですね」
「結構飛べる物だな。上昇気流とは何だね?」
「鳥なども利用していますが、風が山に当たる所や大地が太陽に熱せられた所などでは上向きに風が吹いていますので、それを翼で受けて上昇するのです。うまく利用すれば風石を最初に使うだけで千リーグだろうと二千リーグだろうと飛ぶ事が出来ます」

ツェルプストー辺境伯の執務室に入るなりグライダーについての話が始まった。ウォルフは多少面食らったが、好きな話なので落ち着いて説明する事が出来た。

「ふうむ、そんなにも飛べるのか。そう言えば竜がそんな飛び方をする時があるな。風竜の代替と言っておるが速度はどれくらい出る物なんだ?」
「急降下をすれば時速二百リーグ以上も可能ですが、巡航速度としては時速九十から百リーグ程です。速度を上げる程飛行距離は短くなり、頻繁に上昇気流を掴まえる必要が出てきます。勿論風石を使って上昇しても良いのですが」
「機体は何で出来ているんだ?木とかではない様だが」
「琥珀の様な樹脂とガラスの繊維です。翼の内部には途中まで鋼管の桁が入っています」
「なっ!ガラスだと?そんなもので・・・」
「細くしてありますし、組成も普通のとは違いますから。それを樹脂の心材にする事で強度が出ています」
「ふーむ、ますます興味深いな。樹脂というと、アレか、ニスみたいな物か。こちらで購入した場合、色々と研究するが構わないのか?」
「ええ、どうぞ。問い合わせには応えられない事もあるかも知れませんが、販売した物は自由になさって構いません」

ツェルプストー辺境伯の興味は尽きることなく、実際に試乗してみようと言う事になりグライダーが置いてある中庭に移動した。
 中庭ではツェルプストーの家臣達がグライダーに群がってあちこちいじっていた。舵をぐいぐいと動かそうとしている人も居て、壊されていないかと心配になったが無事だった。
家臣達を追い払ってまずはツェルプストー辺境伯が乗り込み、ウォルフも後部座席に乗り込んだ。
そのまま風石で五百メイル程上昇し、滑空を始めた。事前に急降下する事を説明していたのでツェルプストー辺境伯は落ち着いていて、犬神家の呪いを回避することに成功した。

「随分と快適な物だな。竜のように羽ばたく音がしないし、本当に今は風石を使っていないのか?」
「はい、今は最初に上昇した分で飛んでいます」

ちょうど上昇気流に入ったのでウォルフは機体を旋回させて高度を上げていく。

「今、丁度上昇気流に乗っています。一気に高度を上げますよ」
「ほう、なるほど風石を使わず風の力だけで高度を上げようというのか。フネにも横向きの帆はついているが、それだけで上昇するというのは・・・」
「トライアングル以上の魔力があれば持ち上げられる程の重さですし、最初以外はほとんど使用しませんので、航行中ずっと使用しているフネとは比較にならない程少量しか風石を使いません」
「ふうーむ、面白い」

グライダーは風に乗り一気に二千メイル程まで高度を上げた。

「こうやって上昇気流に乗っては高度を上げ、その分で距離を稼ぐのです。どちらへ飛びますか?」
「おお、高い高い。このまま南西方面に飛んでくれ。ラ・ヴァリエールの奴らに見せつけてやろう」
「え・・・国境を越えたりしたらいやなんですけど」
「はっはっは、なんだ肝が小さいな。ほれ、あそこの川を越えなければ問題はない。おお、竜騎士が上がって来おった」

その言葉通り対岸のヴァリエール領から竜騎士が五騎程も飛び立って来ている。やがて国境の川に沿って飛ぶウォルフと平行して飛び、こちらを観察してきた。

「ふん、くそ真面目な奴らよの。もういい、城に帰ってくれ」

その言葉にウォルフはホッとして機体を旋回させ、帰途についた。
日頃竜籠でこんな上空を飛ぶ事はないらしく、ツェルプストー辺境伯は上機嫌で領内を指さしウォルフに色々と説明してくれた。

「このあたりはずっと芋畑だな。もう少し収益性の高い物を作らせたいんだが土が痩せていて中々うまくいかん」
「はあ」
「お、あの村はワシが初めて盗賊団を征伐した所だな。他から来にくい地形をしておるだろう、追い詰めて皆焼き払ってやったわ」
「はあ」

適当に返事をしてはいるがウォルフも十分に楽しんでいた。おっさんとの二人きりでのフライトではあったが、初めて来たゲルマニアであるし上空から見る景色はアルビオンとは違っていて興味を引いた。
基本的には森林が多く、所々で大規模な畑作地帯となっている。森林が多い分亜人や幻獣なども多いのかも知れないが、アルビオンに比べると豊かで暮らしやすそう、と言うのがウォルフから見たゲルマニアの第一印象だった。
城に帰っても辺境伯は上機嫌でグライダーを二機発注してくれた。



「やったじゃない、ウォルフ。いきなり二機も売れるなんて幸先が良いわ」
「まあ、縁故販売って感じで微妙だけどね。これでツェルプストー辺境伯が飛ばしているのを見た貴族から注文が来るといいなあ」

 ボルクリンゲンに戻る機内でタニアが興奮した様子で話し掛けてきた。マチルダからは高すぎて売れないだろうという話があったのだが、いきなり二機も売れて上機嫌だった。

「そういえばあたしの分も作ってくれるの?結構便利そうに思えるんだけど」
「ガリアとゲルマニアとアルビオンに一機ずつ、それにタニアとマチ姉の分を商会用として用意するつもり。宣伝も兼ねるわけだから精々あちこち飛んでくれよ」
「そ、そんなに?一機五千エキューもするんでしょ?ちょっと多すぎるんじゃないかしら」
「それは売値であって、製造コストはあまりかからないから大丈夫。安売りをする気がないからその価格になっているだけだよ」
「って事は儲けが大きいって事よね・・・ふふふ、お金の匂いがするわー」
「・・・それで、ボルクリンゲンでの工場予定地ってどこら辺になるの?上から分かる?」
「ええと・・・もう少し先ね。新市街の向こう側の鍛冶屋が集まってるそば。もう整地してあるから分かるんじゃない?」
「ああ、あそこか。十分な広さはありそうだね。後で行ってみるよ」

一応新工場用地を確認して商館のある埠頭へと着陸する。
ここの工場でやるつもりなのはFRPの成形と機体の組み立て、試験飛行などである。その為に必要な人員として八人ぐらいをこの地の商館員に集めてもらう事にした。
ウォルフは工場が完成するまで滞在するつもりであっので早速工場予定地を視察に行き、設計図を描き始める。ゲルマニアの職人が建てるのでおおざっぱな物で良く、今まで書いていた物とは比べものにならない程楽だ。
翌日に工事に入ったかと思うと一週間程で工場は完成した。元の世界の建築と比べ工期の短さは勝負にならず、土メイジばんざいと言った感がある。
その間ウォルフは工事の監督をしたり、タニアや商館員にグライダーの操縦について教えたり、周辺の街へ出かけたりとのんびりとした日々を過ごしていた。
ボルクリンゲンの工員として雇用したのは結局予定通り八名、この街の発展に合わせて集まってきた新住人の妻や娘達で、全員が女性であった。
募集に応じたのがそもそも女性のほうが圧倒的に多かったのと、FRPを扱った後は風呂に入れてやりたいと思っていたので性別は統一した方が都合が良かった。

「みなさん、こんにちは。皆さんを指導するウォルフ・ライエ・ド・モルガンです。よろしくお願いします」

ずらりと揃った工員達の前でウォルフがペコリと挨拶をする。
今日から見習い工員として働き始める訳だが、いきなりの事態に彼女らは戸惑った。画期的な新型船を製造するための工場で、今日はその開発者様から直接工程を説明されると聞いていたので緊張して待っていたのだが、目の前に出てきているのはどう見ても子供だ。
こんな子供が指導するなど本気なのかとあたりを見回すが、ボルクリンゲンで名高い美人商会長や工員募集の面接の時にあった商館員達を見ても至って真面目な顔をして黙っている。
広場にはなにやらトンボのお化けの様な物が出ているが、あれがその新型船だとでも言うのだろうか。そう言えば最近変なのが空を飛んでいると噂にはなっていた。

「では皆さん、こちらに移動してきて下さい。これが皆さんがこれから作る商品で、グライダー、と言います」

トンボのお化けの前で説明を受ける。やはりこれが新型船らしい。

「非常に軽量に作られており、この大きさにもかかわらず七百リーブル程しかありません。その為特殊な作り方をするので、皆さんにはそのエキスパートになって欲しいと思っています」
「あの、これをあたし達が作るのですか?あたしたち、メイジではないのですが」

 不安そうな工員達を代表して一番若そうな娘が質問する。初めて見るグライダーは白く輝いていて、どんな素材で出来ているのか、どんな作り方をするのか全く分からない代物だった。
その不安を感じ取ったウォルフは一から順に工程を説明していった。作業自体はそれ程難しい物ではない事、魔法は必要ない事、ガラス繊維を扱う時にちょっと痒くなることがあることなどを説明し終わった頃には皆安心した様で熱心に話を来ていた。
彼女たちがFRPの作業になれるまではバケツでも作らせておこうと型を作ってきていたので早速工場内に移動して作って見せることにした。
離型材を塗った型に樹脂を塗り、その上からガラス繊維を積層して更に樹脂を浸透させ、ローラーで空気を抜き、硬化させる。昨日作っておいた硬化済みの物を型から外して形を整え、補修をし表面をならす。また昨日作っておいた物に風の魔法具を使ったスプレーガンで塗装までする。
注意点やこつなどを説明しながら作業を進め、最後に昨日の内に塗装まで済ませておいたやつを取り出し、上部両側に開いた穴に真鍮のはとめをし、真鍮製の取っ手をつけて完成である。

「はい、これで完成です。塗った物が乾くまでは時間がかかりますが、それ以外では今の様にあまり時間をかけずに作ることが出来ます。非常に軽量で強度もあるバケツになります。確認して下さい」

出来上がったバケツを熱心に見ていた工員達に渡すと皆一様にその軽さに驚き、押してみたりして十分な強度があることを確かめていた。
当初の不安そうな様子は消えていた。目にした工程が、慣れは必要そうだがそれ程難しそうな事もなかったので安心したのだろう。

「じゃあ、人数分の型とローラーを用意していますから、今日は繊維を積層する練習をしましょう」
「「「はい!」」」

ボルクリンゲンの工場は順調に操業を開始した。










2-3    量産準備2



 一週間程でバケツの製造は軌道に乗り、ウォルフが居なくても満足出来る品質の物が出来る様になった。三ヶ月程は作り続けられる位の材料を持ってきているので一度サウスゴータに帰っても大丈夫だろうと判断した。
 硬化材に使っている過酸化ベンゾイルは爆発することもあるので取り扱いにはくれぐれも注意する様に言い残して工場を後にする。丁度タニアがアルビオンに行くというので一緒にグライダーで帰ることになった。
 ゲルマニアでの飛行許可も滞りなくおり、初の長距離フライトを楽しむことになった。

「ちょっとウォルフ、風石そんなもんで大丈夫なの?今の時期だと千リーグ近くはあるのよ?」
「大丈夫だろ、こんだけあれば上昇気流を使わなくたって持ちそうだ」
「うーん、ホントでしょうね?海の上で風石が切れて墜落、なんていやよ?」
「海の上ならもう三千メイル以上に上がっているはずだからいつでも陸地まで飛んでこれるよ」

 あまりにも少ない風石の量を心配するタニアを説得してグライダーに乗り込み、二百メイル程風石で上昇して滑空を始める。タニアもすっかり慣れた物で「ヒャッホー!」とか言って楽しんでいた。
すぐに上昇気流を捉えて千五百メイル程まで上昇、その後も何度か上昇と滑空を繰り返し、海上に出る前に高度六千メイルまで上昇、そこから一路洋上に進路を取った。
高度が二千メイルを越えた所で風石を動力とした空気調整器を作動させている。簡単な風の魔法を応用した物だがこれが有れば気圧や気温がコントロールできるので高度一万メイルだって大丈夫な優れ物だ。

 タニアはずっと楽しそうに景色を見て色々とウォルフに話し掛けてきていた。

「ふう、良い眺めねえ。フネだと普通ここまで高度を上げないから楽しいわ」
「楽しいだけじゃないぜ、三時間も経たないのにもう海の上に出ている。船とは比べものにならない速さだろう。それにこの運動性を見てくれよ!オレは、自由自在だ!」

 その言葉通り、ウォルフの意志を受けグライダーは右に左にひらひらと宙を舞う。
操縦にも慣れてきてウォルフはグライダーを意のままに操ることを楽しめる様になってきていた。

「ちょ、ちょっと、あんまり揺らさないでよ。・・・確かに随分と速いわね。風竜には負けるかも知れないけど、竜籠よりは大分速そう。これは私も頑張るしか無いわね」
「ん?そういえばアルビオンに何の用なの?」
「・・・アルビオンの役所からグライダーの説明に来いって呼ばれてるのよ。ベルナルドに行かせようかと思っていたけど、彼はグライダーのことをほとんど知らないからね。私が行ったほうが良さそうだなって」
「説明って・・・見たまんまじゃん。何を聞いてくるつもりなんだろ」
「結構な速度で飛んでいる所を見られてるし、軍用に転用出来そうな物をガリアやゲルマニアと繋がりがあると言われているガンダーラ商会が発売したんだから色々と気になるみたいよ?」
「うーん、そう言う話になっちゃうのかー・・・オレも説明に行った方が良いの?」

飛行機を兵器として転用した場合とても優れていると言うことは知っていても、実際にそう言う話になると少し落ち込んでしまう。
大型の機体を作れば兵力を展開するのに速度の面で有利になるし、揚力を犠牲にして速度を上げた機体を作り爆弾を満載してガーゴイルに操作させればかなり嫌な感じの兵器になる。ウォルフならばその爆弾を核兵器にすることも可能だろうから、アルビオンにいながらにしてハルケギニアを火の海にすることも可能と言うことになる。
しかし、ウォルフはそんなグライダーを作りたくはなかった。

「いいえ。あなたのことは伏せておこうと思ってるわ。アルビオンは我々商会にとって唯一後ろ盾になってくれる大貴族がいないから、あまり本当のことは言わない方が良いと思うの」
「確かにマチ姉はこっちにいるけどサウスゴータが後ろ盾になっているって訳でもないし、そもそも太守って言っても金は持っていても権限は市議会のほうにあるって言うしなあ・・・」
「モード大公も旗を貸してくれているけどあんまり頼りにはならなそうだしねえ。今回はツェルプストー様の威光を借りてゲルマニアで開発したって押し通すつもり。実際製造はゲルマニアで行うんだしね」
「うーん、それじゃあ済みませんがよろしくお願いします」
「ええ、まかせておいて」

ゲルマニアに工場を造ったのもツェルプストー辺境伯からのラブコールというのもあったが、新技術の出所をぼかすという狙いがあって決めた事だ。なるべく目立たずに殆どの新技術がウォルフによって生み出されていることについてぼやかしていきたい。
こういう話になるともうウォルフにはどうする事も出来ないので後はタニアに任せるしかない。
ウォルフも出来る事なら自分で何とかしたかったが、未だ幼い我が身では如何ともする事が出来ず、歯がゆい思いをするだけだった。

 暫くそんな事をウォルフが考えて黙っているとタニアが全く別の話を振ってきた。

「あ、そうだ。あと、あなた忙しい所悪いんだけど"タレーズ"を追加で三十本くらい作って欲しいんだけど」
「いいけど・・・前に渡したのはもう全部売れたの?結構な値段で売るって言ってたけど」

 タレーズとはタニアが企画しウォルフが開発した魔法具で、オリハルコン製の細いネックレスに魔法を付与したものである。
その機能は、つけた人間の胸や尻、顔などの表面を重力から開放するというものだ。不自然に若くするのではなく、顔の弛みなどが目立たなくなり胸や尻が持ち上がってちょっと若く見えると言う。
若い人にもずっと着けたままでいれば体形が崩れるのを防げるし、何時までも若々しくいられるという触れ込みで売っているらしい。
付与している魔法がウォルフオリジナルの『グラビトン・コントロール』である為、今のところウォルフにしか作れないのが難点で、タニアは安売りをしない方針だ。

「全部で九本、あっという間に売れたわ、中々の人気よ。スクラーリ伯爵夫人なんて着けてたら伯爵がその気になっちゃって、もう四十過ぎてるってのに妊娠しちゃったそうよ。嬉しそうに話してくれたわ」
「あれ?渡したのって十本じゃなかったっけ・・・」

そう言いかけてタニアをよく見ると首筋にキラリと"タレーズ"が輝いていた。

「ああ、これ?これはその、見本よ、見本。長期的に着けていたらどうなるかっていうのを私が身をもって実験しているのよ」
「別にそんな事構わないけど、いくらで売ってるの?それ」
「一本五千エキューよ。もう少し高くしておけば良かったかしらと思っているわ。胸が軽くなって肩がこらないし凄く良いものよ、これ」
「・・・分かった、作っとく」

 オリハルコン製ではあるが、オリハルコンの地金は『練金』と魔力子操作でウォルフなら割と簡単に作れる。
地金をチェーンに加工する工程は外注に出しているので手間が掛からず、魔法付与に掛かる時間はほんの僅かだ。
片手間で作れてしまうタレーズと、人生の半分近くを費やし情熱と手間を注ぎ込んでやっと作ったグライダーとが同じ値段。
男女の価値観の違いと言ってしまえばそれまでなのかも知れないが、理不尽を感じざるを得ないウォルフであった。

 その他にも道中色々と打ち合わせをしながら飛行し、結局十時間かからずにサウスゴータに着いてチェスターの工場へ着陸した。途中タニアがトイレを希望し、どこかの島まで降りなくてはならないかと思ったが雲の中で駐機して事なきを得た。魔法で飛べると言うことは便利である。
タニアはロンディニウムに行くために急ぎセグロッドでシティオブサウスゴータへと向かい、ウォルフは工場の完成具合をチェックして従業員宿舎などがきちんと作ってあるか確認してからサウスゴータへ帰った。

「あ、やっと帰ってきた。ウォルフ様、引っ越しは何時になるんですか?旋盤を組み立てたいんですが」
「えーと、ちょっと待って、明日・・・は無理だな、明後日にしよう」

 帰って来るなりリナに文句を言われる。確かにちょっと放って置きすぎたかも知れない。
長距離フライトで疲れてはいたが、引っ越しに使う馬車を今夜と明日で組み立てることにして、さっさと引っ越すことに決めた。

 翌日、ウォルフは朝早くから地下の工房で馬車の制作に励んでいた。久しぶりにサラが手伝ってくれている。
 旋盤などは鉄の塊の為、重量がかさむ。通常の木製の馬車ではとてもその重量に耐えられないので鉄製の馬車を二台ほど作り、更に風石を利用して運ぶつもりである。
まずはフレームの治具用に作られた部品を組み、そこにラダー状にフレームの材料をセットして溶接していく。もちろん魔法を使ってである。
出来上がったフレームにサスペンションの部品をアーム、コイルスプリング&ダンパーと順に組み付けていく。取り付けにはゴムを使ったブッシュを入れたし、これで乗り心地は改善されるはずである。
最初はトラックらしく板バネのリジッドアクスルにしようと考えていたのだが、この後に作る乗用車の試作も兼ねて四輪独立懸架のダブルウィッシュボーン式サスペンションとした。
車輪はステンレス製のリムにゴムを巻き七十二本のスポークを組んだ物で、旋盤を作る時に試作したワイヤ式のディスクブレーキを四輪に装備した。上り坂では風石を励起させて登坂し、下り坂ではこのブレーキを使用して安全に走行する予定である。
最後に荷台と御者台を装備しやっと完成したが、試運転も終えたのはもう夜中になってしまい、翌日の作業に備え急いで眠りについた。

 あけて翌日、朝早くから引っ越し作業となった。
 マチルダとクリフォードにも手伝って貰い、ウォルフの作った重量物運搬用馬車、ガンダーラ商会所有の荷馬車を使って次々に地下から荷物を運び出す。
その量は良くこんなに溜め込んでいた物だと言う程で、馬車は何度も往復することになった。
それでも夕方には全て運び終わり、工作機械も全て所定の場所に設置する事が出来た。大量の電池も新しい電池室に収まり、発電機との接続を待っている。
風力発電機はこれから作るので、暫くは手回し発電のみになってしまうが仕方がない。
新しく作った馬車は快調に働いた様で、風石の助けを受け、馬二頭のみとは思えない程の速度で重量物を運んでいた。
トムジムサムの三人は今日からここに住むことにしていて、リナはサウスゴータから通うつもりでいる。

 さらに翌日、ウォルフがサウスゴータの商館で必要な資材の手配をし、新しい工員候補の面接を終えた頃タニアがロンディニウムから帰ってきた。
アルビオンの役所がグライダーを新型の小型船と認定したという。これまでフネとして登録された艦船は港湾設備のない都市には着陸する事が禁止されていたが、竜籠と同等の離発着所を登録すればサウスゴータのような町中に離発着しても良いという許可が出たとの事だ。当然王城や軍事施設の近辺に近づくことは禁止されているがこれで相当便利になる。

「おお!じゃあ今後は方舟から直接出かけられるな。なかなか政府も話が分かるじゃねーか」
「ふう、そのかわり研究用として政府に一機無償で提供するようにとの事よ。最初は問答無用で今あるやつを取り上げようとしてきたけど、何とか交渉して新しく作ったやつで良いと言うことになったわ」
「うわ・・・うんまあ、一機位なら構わないか。ちゃんと文書にして貰ったの?」
「勿論よ。タニア様に抜かりはないわ。ちゃんと各地に通達を出してくれるそうよ」

 ただで一機とられるのは腹が立つが、グライダーの普及には利便性の向上が不可欠だ。そのおかげで各都市間で直接移動できるようになるなら文句はない。
二ヶ月以内に政府にグライダーを提出する様に言われて来たのでウォルフも色々と急がなくてはならない。
風力発電機を完成させて、グライダーの部品を必要数作り、ボルクリンゲンに移動して工員に教えながら組み立てる。結構ぎりぎりだ。

「うーん、今年の夏はガリアに行ってる場合じゃないかなあ」
「そうねえ、でもあなたがグライダーなんて作るからこんな事になったのよ?」
「へえ、分かってます。タニアは頑張ってくれたんだと思ってるよ?」
「役人の相手って、本当にめんどくさいわ。なんで政府に勤めているってだけであんなに傲慢になれるのか不思議だわ」
「お疲れ様です・・・」

 その後ポツポツとグライダーの注文が入ったが、全部商人からの注文であった。本当に使うつもりか真似したのを売り出すつもりなのかは分からないが、ウォルフとしては真似出来る物なら真似してみろと言う気分なのであまり気にしていない。都市から離発着出来る高速交通は魅力的な商品に違いないはずだという信念があるので普及が進めばいずれ真似する所は出てくるだろうとも思っている。

 本気で急いだウォルフは二週間で風力発電機を建てた。三十メイルの高さを持つ塔に長さ十五メイルの羽が三枚、その羽の傾きは可変出来、強風の時は風の向きに平行となって回転を止める。
その制御を行うのはウォルフが作ったガーゴイルで、土石を動力として二十四時間発電の管理を担う。
発電量は三百kWで、当面足りなくなることは無さそうである。
次に取りかかったのは鋼管を圧延する機械である。前回は一機分持てばいいような作りだったが今度はちゃんと作った。メタル軸受けで精度もあり、今はゴーレムの手動だが将来は油圧制御に対応できるようにしてある。
これを使って桁用の鋼管を加工していく。三段階に翼の先に行くにつれ肉厚が薄くなる様に加工し、一号機よりも軽く作れた。

 ウォルフが出かけていて居ない間の宿題として簡単な織機を設計したので、作っておく様にリナ達に言い渡した。それから学校で教えている子供達から十六人を工員候補として採用したのでその教育も任せた。
織機はガラス繊維を織るための物で、今は五サント位に切った繊維を均一に馴らした所にポリエステル樹脂を少量吹きかけ、マット状にしてそれを積層しているのだが、将来的には織った物を使いたいと思っているのでその布石だ。
舵などに使用する細かい部品とアクリル樹脂製の風防も二十機分作り、商会のフネで追加の樹脂・ガラス繊維ともにボルクリンゲンに送った。
外注から戻ってきたオリハルコンのチェーンに魔法を付与し、タレーズを完成させてマチルダに挨拶をする為にサウスゴータの商館に向かった。
マチルダはロンディニウムの魔法学院に入学するため寮に入る。ウォルフが戻ってくる頃にはここには居ない。

「マチ姉、おつかれ」
「ああウォルフ、荷物は送ったのかい?」

 商館に入り、ウォルフが声をかけると書類を見ていたマチルダが顔を上げて応じた。引っ越しの準備があるだろうに未だ仕事をしている。

「うん、全部終わった。じゃあ、オレはゲルマニアに行くね?マチ姉のことは見送れないけど、元気でね?」
「何だい、まだ気にしていたのかい。あたしがさっさとゲルマニアに行けって言ったんだろう、早いとこあたしの分のグライダーも作ってくれってね」
「頑張るよ。・・・でもサウスゴータにマチ姉が居ないのは寂しいなあ」
「ロンディニウムなんて百リーグ位しか離れていないんだよ、目と鼻の先さ。しょっちゅう帰ってくるし魔法具を持って行くから話は何時でも出来るし、今までとそんなに変わらないさ」
「うん、あんまり無理はしないで、商館はカルロが回してくれると思うから」
「ふん、それも寂しいもんだけどね」

 これから三年間マチルダは魔法学院で寮生活である。商会での身分は名誉サウスゴータ商館長となり、新たにカルロが館長を務めることになっていた。
ウォルフはちょっとしんみりした気分でマチルダに暫しの別れを告げた。
ここで入学祝いにとタニアに頼まれたのとは別に自分でチェーンの加工までしたタレーズをプレゼントしたのだが、マチルダは老化防止グッズと思っていたらしく「まだそんな歳じゃない」と怒り出してしまった。しんみりしたムードは台無しである。
結局、歳に関係なく肩が楽になる良いものだということで納得してくれたが、「女心が分かってない」と最後の最後にダメを出されてしまった。

 今回ボルクリンゲンに行くに当たって、ラウラを連れて行くことにしていた。メイジではないし、リナの様に旋盤を扱う才能はなかったし、計算なども出来ないわけではないのだが手が遅い。もったもったと計算しているのを見るととてもそんな仕事に就かせようとは思えない。
基本的に人が良いので商売ごとの交渉などに向いているとも思えないので、親から引きとって連れてきてから二年も経つが、どんな仕事をさせようか未だ決まらず少々持て余していたのだ。
ユーモアがあって、話がうまいので人に教える仕事が向いているのではないかと考え、グライダーの操縦を指導する教官候補として空いた時間に操縦を教えてみようと思ったのだ。
とりあえず数ヶ月ゲルマニアで訓練と教官育成をさせて、教官の数が増えたらアルビオンに戻す心算だ。

「ふわあ・・・本当にあたしがこれ乗ってもいいんですかぁ?」
「おう、この間言っただろう、こいつの操縦を顧客に教える係になってもらうって」
「あたしにそんなの出来る様になるんでしょうか・・・うにょ!」

ウォルフが『レビテーション』を唱えラウラを前席に座らせた。ラウラは前もって言われていたのでズボンをはいている。
続けてウォルフも乗り込むと風防を閉め、上昇を始めた。

「じゃあラウラ、これから飛行するわけだけど、ちゃんと勉強してきただろう?手順を説明して」
「は、はひ。えーと、必要な高度に到達したら風石を止めて、浮力を無くします。そしたら降下を始めるので十分にスピードが出た所で操縦桿を手前に倒し水平飛行に移ります」
「うん、よく勉強してるな。じゃあ今からその通りにやるから感覚を覚えろよ?それから、そっちの席の操縦桿も使える様になっているからやたらと動かさないように」
「はい・・・ひょわー!!落ちるぅーーー」

ウォルフは道中ずっとラウラに上昇気流の見つけ方、何故上昇気流が起きるかなどを教え、途中からラウラにも操縦をさせた。

「ウォルフ様、ウォルフ様、これチョー楽しいです!あたし、魔法使えないのに空飛んでますよ!空!」
「ふふん、凄いだろう。ほら左舷前方にサーマル(上昇気流)。つかまえな」
「はい!今までずっと変人だと思っていて済みませんでした!ラウラ、行きまーす!」
「・・・・・」

 二人を乗せたグライダーは前回より大分速く、距離が近くなっていたこともあって六時間でボルクリンゲンに着いた。
ラウラは初めてのフライトに興奮しっぱなしで次に何時操縦出来るのかを聞いてきた。
基本的にまたツェルプストー伯の許可が得られればこの領内では自由に飛べるので、ラウラには練習のためにどんどん飛ばせるつもりで居た。

「暫くはオレの時間が空いた時に一緒に飛んで、オレがもう大丈夫だと判断したら一人で、もしくは誰かと一緒にどんどん飛ぶことになるね」
「ぬあー!楽しみになってきました!あたし絶対になりますよ、鬼教官に!頑張りますからウォルフ様ももっと色々と教えて下さい!」
「いや、別に鬼じゃなくていいから」

上がりっぱなしのテンションにウォルフはちょっとついて行けなかった。




2-4    フロイライン・キュルケ



 ウォルフが工場の中に入ってみるとバケツがうず高く積み上がっていた。工場の管理は商館に任せてあるのだが、一回も出荷しなかったのだろうか。
不思議に思って作業をしている工員達の所に行ってみる。

「あ、ウォルフ様、いらっしゃいませ」
「ああ、久しぶり。どう?問題はない?」
「はい。みんな作業に慣れたので最初の頃より大分速く出来る様になりました」
「ああ、積んであるのを見たよ。一回も出荷してないの?」
「はい。商館の方がこんな高級なバケツなんて売れないって言ってました」
「高級で売れないって何だよ・・・」

 確かに改めてバケツを見てみると、滑らかで白く輝く本体に真鍮製の金具と取っ手が着いていてなかなか上品な趣である。
しかし、FRP作業の練習用に作らせているだけなのでいくらで売るかなんて考えていなかった。
取り敢えずバケツの方は商館の方で聞いてみることにして、ラウラを皆に紹介し、グライダーに乗る時間以外はここで働かせることを説明する。

「じゃあ、ラウラをよろしく。ラウラ、グライダーの製造方法を顧客に説明することもあるんだからちゃんと教えてもらえよ」
「ふあい。鬼教官への第一歩ですね」

 ラウラを残し、倉庫にグライダーをしまってセグロッドで港にある商館まで急ぐ。
ここの商館長はフークバルトという男で、優秀なのだが融通が利かない。ウォルフのことも子供扱いしてくるので対応に困ることが多い。
前回はタニアが居たので彼女に言えば良かったが今回はそう言うわけにも行かないみたいだ。

「えーと、バケツがある程度溜まったら売って欲しいって頼んだと思うんだけど何で売ってもらえないのか聞きに来たんだけど」
「ボクどこの子?お父さんにそんなこと言って来いって言われたの?それとも親方かしら。ここは商社だから、売れないものは買わないのよ」

直接商館長の部屋に向かおうとしたところ、入り口で新人のお姉さんに捕まってしまった。話が通じないので助けてもらおうと知ってる顔を探して周りを見るが、皆忙しそうにしていて誰もこちらを見ていない。

「ウォルフ・ライエ・ド・モルガンだ。フークバルトに会いたいからここを通してくれ」
「あ、あら、貴族様なの?じゃあ、仕方ないわね、お会い出来るか聞いてみるからここで待っててね」
「いや、一緒に行くよ。その方が早い」
「しょうがないですね。会えないって言われても私に怒ったりしないで下さいよ?」

ブツブツと文句を言うお姉さんについて行った商館長室で待っていたのは輝く金髪にやたらといいがたいを持つ男、フークバルトである。
お姉さんはウォルフが株主だと知って蒼くなっていたが、気にしない様に言って下がらせた。

「さて、何の用ですかな?ウォルフ様。納品するグライダーはもう出来ましたか?」
「いや、今日着いたんでまだだよ。部品もまだ届いてないし。工場にバケツが溜まって困っちゃうから売って欲しいんだけど」
「ああ、その件でしたら確かに私が止めています。良いですか?ウォルフ様、商売というのは適当に作って売れる値段で売ってと言うのでは決して成功しません。私としては一体いくらで売れば採算が取れるのか説明していただかないと売ることは出来ません」
「原材料は全部オレがそこら辺の木屑とか土から『練金』したやつだからただ。平民八人で一日百個以上作ってるみたいだから結構安く出来るんじゃない?」
「え?・・・そんな、じゃあ安く売っても採算は取れるって事ですか?」
「うん。オレが『練金』し続けるわけには行かないし、彼女らもグライダー制作の練習に作っているだけだからこの先ずっとは作らないけど、今ある分位は売れる値段で売っちゃって良いよ。せっかく作ったのに練金し直しちゃうのはもったいないし」
「・・・分かりました。早速明日荷馬車を向かわせます。ゲルマニアよりもガリアで好まれそうなデザインですのであちらにも輸出する様に手配しましょう」
「ありがとう。よろしく頼むよ」

 フークバルトに納得して貰い、工場に戻ってみるとラウラは皆に交ざってバケツを作っていた。全員に活性炭入りの防塵マスクをさせているのですぐにどこにいるのかは分からなかったが、楽しそうにおしゃべりしながら作業をしているのを見て安心し、ウォルフは倉庫から石膏型と木型を取り出してきた。
木型を使って、雌型をもう二台分作るつもりである。一号機がとても快調に飛んでいるので改造はしない。

 翌日全員を集め、今日からグライダー作りに入ることを告げる。ラウラと同じ位の年頃の娘から四十位の女性までずらりと揃っているが、皆気合いの入ったいい顔をしていた。
バケツの型や作りかけの物などを全て片付けさせ、いよいよ作業に入る。
まずは一つの雌型で、大型の物を作る時の注意を教えながら離型処理を丹念にして、ガラス繊維を積層していく。
それが終わったら三人で一つの班を作り、工員だけでやらせる。ウォルフは順次監督して、アドバイスを与えたり手伝ったりした。
簡単な構造のグライダーとはいえ、一機分の雌型は全部で三十個以上もあるので一日仕事となった。

「ふぃー、結構大変でしたねー。ウォルフ様本当に一人で作ったんですか?」
「おお、FRPはサラが手伝ってくれなかったからなあ・・・ずっと一人だったよ」
「・・・やっぱりウォルフ様は変人ですね。みんなでやってるから楽しいけど、あんな作業を一人で全部やったなんて信じられません」
「変人ジャナイヨ?普通ダヨ?」

 ラウラから哀れむような目で見られてしまってウォルフは軽くへこんだ。
 その後一日の仕事を終え、二人で食事をしながら色々と話をする。
子供二人なので外に食べに行く気にもならず、適当に食材を買ってきて調理した物を食べているのだが、話題は自然とグライダーについてになった。

「あれって、いくらで売り出したんですか?」
「聞いてない?五千エキューだよ」
「ごせん・・・う、売れるんですかあ?」

平民であるラウラには想像すら出来ない様な額である。そんなのを自分が飛ばして良いのかとさえ思ってしまう。

「今のところ六機注文が入っているな。それにアルビオン政府に取られる分を一機、ガンダーラ商会用に五機、計十二機作るまではここに滞在しようと思っているから、ラウラもそれまでに操縦を覚えてくれ」
「はひ、頑張ります。でも、ぜ、全部でろくまんエキューですか、ウォルフ様大もうけですね」
「商会に入ってくる金は三万エキュー、これは商会の収入だからオレに配当で入ってくるとしても極僅かになるよ。何か俺にはラ・クルスに二十万エキューの借金があるらしいから頑張って稼がないと」

二十万エキュー。もう訳が分からない額である。ちなみにラウラは今まで学校に通いながら商会の手伝いをして月に十エキューも貰っていたが、それを全額返済に回したとしても千六百年以上かかる額だ。
ラウラは試しに計算してみて愕然とする。確か商会を立ち上げた時はフネを借りて貿易をすると言っていたはずだ。急に商会が大きくなったなとは思っていたが、ウォルフがそんなに無理をしていたとは知らなかった。

「ウォルフ様、頑張りましょう!ウォルフ様は変人だけど凄い人なんだから、きっと借金だって返せますよ!あたしも鬼教官になって手伝いますから!」
「お、おう・・てか、鬼教官ってのは決定なの?普通の教官で良いんだけど」

 翌日ウォルフは朝から前日に着いていたアルビオンからの荷物を商館に取りに行ったのだが、帰ってきて顔を合わせた工員達の目が何故か優しかった。

「いいかい、借金なんかに負けちゃいけないよ」
「あたし達も応援するから、頑張って生きるんだよ!」
「えーと、うん、頑張ります」

 おばちゃん達にやたらと励まされてしまい、戸惑いながらちらりとラウラの方を見ると目を潤ませてうんうんと頷いている。犯人はこいつだ。
後で言い聞かせなくちゃと決意しつつ今日の作業を始める。

 型からFRPを外し、形を整えたらアセトンを使って表面を脱脂し、表面を補修していく。手先が器用そうだった四人を相手に、ガラス粉末と樹脂のパテで補修するコツを教える。この辺はバケツで経験を積んでいるのでよく分かる様だった。
他の四人とラウラはFRPを外した型とウォルフが新しく作った型にワックスを掛けて離型処理をしている。
補修が終わったら硬化するまで放置して、また次の機体の作成に入る。
そして翌日表面をならし、組み立てて各部品を接着し、また翌日接着部の補修をし、翌日表面を研磨してサ-フェーサーをかけ、そのまた翌日塗装をして、翌日いよいよアルビオンから届いた部品を組み込み、各部の動作とバランスを確認して完成である。
部品の組み込みには手先器用組四人とラウラが手伝って構造と組み込みのこつを学んだのだがなかなか難しい様でウォルフ抜きで出来る様になるには時間がかかりそうだった。
作業開始から七日間で一機作ることが出来た。次の機体は明後日に完成しそうで、空いた時間を使ってその次の機体や更にその次のも作り始めているので今後は二~四日に一機位のペースで生産出来そうである。
一機目にかかった時間を考えればあっという間と言って良かった。

「ふおお、今あたし、あたしが作ったグライダーで空飛んでますー・・・」
「ちょっと黙ってて」

 昼食後にウォルフはラウラを乗せて二号機で試験飛行をしていた。フネの登録前でもツェルプストー領の一定地域ならば試験飛行をしても良いという許可を得ている。その分税という形で金を納めはしたが。基本的な性能をチェックした後、今はラウラに好きに操縦させてウォルフは神経を集中させ、機体の軋みや変な振動が無いか感じとろうとしていた。その他に風を切る音にも注意を向け、飛びながら不具合がないかをチェックしているのだ。
全て問題ないことを確認し、ラウラに着陸を指示する。今日は魔法を使わない平民用の着陸操作をするつもりだった。
空気ブレーキを立てて十分に高度を下げ、そこから少し上昇して失速気味になるまで速度を下げ、風石を使用し徐々に降下する。風石を励起させるのには今回から手回し発電機を使っているので発電用のハンドルを回転する速さで揚力を調節しつつ、降下地点まで来たらロープに結んだ碇を投下して停止し、そのままゆっくりと着陸する。電気で風石を励起させるのは魔法で行うよりも微妙なコントロールを可能としているのでグライダーに向いていた。

「にうー、もう終わりですかぁ?もうちょっと飛びましょうよー」
「もう試験飛行は終わったからな。こいつは売り物だから」

 試験飛行を終えた機体を台車に乗せて倉庫にしまいながらもラウラはまだ飛びたそうである。
そこにちょうど商館長のフークバルトが客を連れて現れた。客は赤い髪をした少女とその護衛らしい二十代位の体格の良い男だ。

「ウォルフ様、こちらツェルプストー辺境伯のお嬢様で、工場の見学を希望しています。案内をお願いしたいのですが」
「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。あなた、なんか面白そうな物を飛ばしているわね?見に来たわ」
「ようこそお越し下さいました、ミス・ツェルプストー。一応この工場で責任者をしているウォルフ・ライエ・ド・モルガンでございます。興味を持っていただき嬉しく思います。早速私が案内いたしましょう」

 大貴族の令嬢らしく優雅に自己紹介をするキュルケ。次の誕生日で十一歳になる浅黒い肌と燃え立つ様な赤い髪を持った少女は悪戯っぽそうな目を輝かせて微笑んだ。
辺境伯令嬢の登場に緊張するラウラを工場へ戻し、ウォルフはキュルケ達の先に立って工場内を案内する。ちょうど工員がばらけて各段階の作業をしているので説明がしやすかった。

「ふうん、何か地味な作業ねえ。変な臭いもするし・・・メイジを雇うお金がないの?」
「ええと、まあメイジじゃなくても出来る作業ですし、臭いは特殊な秘薬を使っているからそのせいです」

キュルケは自分から案内をしろと言ってきたにしてはあまり興味が無さそうで、退屈そうにしていた。その反対に護衛だという男性は土メイジらしく、熱心に色々と質問をしてくる。

「ふむ、それでこの秘薬はアルビオンで作っているというわけですな?」
「はい。製法については・・・未だ研究中ですが、今は木屑から『練金』して作っています。魔法を使わない製法が確立出来ればもっと価格を下げられるのですが」
「なるほど、優秀なメイジは高給取りですからな。それで、こちらのガラス繊維というのは普通のガラスとはちょっと違う様に思うのですが、これも秘薬を使っているので?」
「いや、これは秘薬ではなく成分が違うだけです。こちらの鉱石の成分を溶かして得られる成分を多く加えています」

 そう言って秘薬屋で購入してきたボーキサイトを見せる。秘薬屋には様々な鉱石も販売しているのでアルビオンやガリアで新しい物を見つけると購入することにしていたが、ボーキサイトはアルミの説明にちょうど良いと思ってゲルマニアまで持ってきていた。
キュルケの護衛・デトレフが『ディテクトマジック』で確認しているが、優れた土メイジなら両方にあるアルミナに気づけるだろう。
ガラス繊維の実際の成分としてはシリカにアルミナ、それに酸化マグネシウムとなっていて、それにシランカップリング剤という樹脂との相性を良くする薬剤を塗っているのだが、ハルケギニアのメイジがどこまで分かるのかと言うことには興味がある。薬剤以外は普通に秘薬屋に有る鉱石に含まれる物質だ。

「ふうむ、確かに仰る通りのようです。色々と研究していますなあ」
「まあ、優秀なスタッフが揃っていますから。よろしかったらこちらをお持ち帰り下さい。薬剤は人体に害がありますので取り扱いには注意して下さい」

 多少はったりをかましつつラウラに用意させたガラス繊維と樹脂の主材と硬化剤、離型剤とローラーが揃ったFRP入門セットを手渡す。これは有力貴族が見学に来た時用に考えていた工場見学用のおみやげで、成形方法や薬剤の取り扱いについて説明している冊子が入っているのですぐに使えるものだ。
実は主人から制作方法を偵察して来る様に言われていたデトレフは、どう言って秘薬を分けて貰おうかと悩んでいたがいきなり全部貰えてしまって大いに喜んだ。
 更に色々と聞いてくるデトレフに一々丁寧に答えているウォルフだったが、キュルケは醒めた目でその様子を観察していた。
父が彼のことを天才の子供と評していたことを思い出す。天才かも知れないが自分の好きなおもちゃをいじることに夢中になってるだけの子供に過ぎないから、精々手元に置いて利益を吸い上げるべきだと側近に話していた。
貴重な発明品である秘薬をただで配るなんて全くばかげていて、父の言う通りなんだろうと思う。天才と呼ばれる子供が居ると言うことにも興味を持って来てみたが、今はもうその事にはなんの興味もなくグライダーに乗ってみたいという気持ちが有るだけだった。

「ねえ、まだ次の所には行かないの?」

 木材に比べて強度が・・・とか、鉄だといくら薄くしても重量が・・・などと楽しそうに話し込んでいる二人に声をかける。
ずっと放って置かれたのでちょっと声が不機嫌になってしまったのは仕方がないと思う。

「や、これはお嬢様、申し訳ありません。ささ、ウォルフ殿次に移りましょう」
「ああ、じゃあ次は塗装ブースに行きましょう。その名の通り、色を塗る工程ですね」

デトレフは恐縮していたが、ウォルフは何でもない様にそのまま隣の部屋へ移っていった。それが子供扱いされて軽んじられている様で、キュルケには気に入らない。もっと自分のことをちやほやするべきなのだ。
フンと鼻を鳴らして不機嫌そうについていったキュルケだったが、そんな気持ちは塗装ブースに置いてある機体を見た瞬間に吹き飛んだ。
ツヤツヤと美しい光沢を放つその機体は全体を鮮やかな赤色で塗装されていて、キュルケにはその見たこともないような美しい赤色を纏ったグライダーが自分のために用意された物の様に思えた。

「わたし、これが欲しいわ」
「ええと、これはフォン・ツェルプストーのご注文の品ですので、お父様にご相談下さい」

 赤いグライダーを見つめていたキュルケがこちらを振り向くとニイっと笑った。父親にねだって絶対に自分の物にしようと決めつつウォルフに聞いた。

「これは、今すぐ飛べるの?」
「いえ、まだ組み立てが終わっていないから無理です」
「わたし、今これで飛びたいわ。組み立ててよ」
「組み立ては明日行う予定です。ご覧になりたいのでしたらまた明日お越し下さい」
「組み立てなんて見たくないわよ。わたしは今これで飛びたいの。わたしがこんなに頼んでいるのよ?やってくれても良いでしょう」
「まだ塗装面が落ち着いていないのです。今触ると塗装がダメになってしまうから、明日と申し上げてます」
「塗装がダメに・・・むう・・・じゃあ、他ので良いから飛んでみたいわ。乗せてくれるんでしょう?」
「はい、それでしたら。じゃあ、倉庫にありますので、移動しましょう」

倉庫から一号機を出して組み立てている間、キュルケは少し奥に置いてあった風防を見つけて勝手に持ち出して来た。

「じゃあ、準備が出来たから・・・あの、それは製品に使用する部品ですから、触らないでいただきたいです」
「こんな透明なガラス、見たこと無いわ。全然色がついて無いじゃない。軽いし、綺麗に曲がっているし。ねえ、これ頂戴?」
「いえ、それは数があまりないので・・・」
「わたしの部屋の東の窓にこれをはめ込んで景色を眺められる様にしたら、とてもすてきだと思うの。ねえ、いいでしょう?」
「ええと・・・」

 頭の上に風防をかぶる様にして持ち、にこにこと笑いながらも全く折れる気配もなくねだってくる。
これが我が儘なお嬢様というやつか!と驚きながらもウォルフはだんだん断るのが面倒くさくなってきた。なにせ相手は全く交渉という物をする気配がない。

「わたしのことをキュルケって呼んで良いわ。わたしもあなたのことをウォルフって呼ぶから。友達になりましょうよ。友達だったらこれくらいくれてもいいでしょう」
「はあ・・・分かりました。一つだけなら構いませんので、お持ち下さい」
「ありがとう、ウォルフ。あなたの気持ちはありがたく頂くわ。友情ってホント素敵ね。でもねウォルフ、窓って左右に二つある物なのよ」
「・・・・・」

 結局ウォルフは風防を二つキュルケに提供することになった。ジャイアンに出会ったのび太の気分を味わいつつ、たかりから始まる友情なんて有るのだろうかとぼんやり考えた。








2-5    フライング・キュルケ



「じゃあ、前の席に乗り込んで下さい。『レビテーション』は使えますか?」
「勿論よ、わたしもう系統魔法も使えるのよ?」

 不満そうにウォルフを一睨みしてキュルケがグライダーに乗り込もうとするが、デトレフが待ったをかけた。

「ちょっと待って下さい。これは二人乗りじゃないですか。私はお嬢様のそばを離れるわけには行きません。ウォルフ殿、私が操縦しますからちょっと教えて下さい」
「え・・・・」

 あくまで護衛としての責任感から言っている様だが、ウォルフには見える。最初の急降下に驚いて、グライダーを捨てて外に飛び出す二人の姿が。
操縦する者を失った、愛するグライダーが地面に激突して粉々になる様まで思い浮かべてしまい、あわてて反対する。

「いや、そんなちょっと教えただけで操縦なんて出来ませんし、させられません。どうしてもと言うのなら今日はお嬢様は諦めて下さい」
「キュルケって呼びなさいって言ったでしょう。何でわたしが諦めるのよ?友達と二人でちょっと出かける位良いじゃない。どうしてもって言うなら、あなた『フライ』で付いてきなさいよ」
「いえ、お嬢様私は土メイジして、『フライ』はちょっと・・・」
「何よ、情けないわねえ・・・じゃあグライダーの上に跨って乗るとか」
「それはこっちがご遠慮いただきたいです」

 暫く揉めたが結局デトレフが折れ、ウォルフとキュルケの二人でのフライトとなった。

「ふうん、これで操縦するのね。竜を操るのとは大分勝手が違いそうね」

 滑空するのを待ちきれないのか、キュルケは風石を使って上昇する機内でガチャガチャと操縦桿をいじっている。前席のはワイヤを外しているのでいじっても問題はない。
急降下することは伝えてあるので驚いたりはしないだろう。辺境伯のお嬢さんに犬神家の呪いを起こすわけにはいかない。

「あら、随分高い所まで来たわねえ。竜籠ではこんな高さまでは来ないわ。あ、ウチのお城が見える!」
「じゃあ、そろそろ滑空を開始します。最初は速度を上げるために落っこちますけど驚かないで下さい」
「はいはい、さっき言っていたやつねーーーーきゃあああーー」

 分かっていても驚いたみたいだが、水平飛行に移ったらケラケラと笑っていた。

「あはははは今の凄く楽しいわね、ね、ね、もう一回やってよ、もう一回」
「分かりました。ちょっと上昇しますから待って下さい」

上昇気流を捉え、くるくると旋回しながら高度を上げていく。その間もキュルケはずっと楽しそうだった。

「すごいじゃない、どんどん高く上がっていくわ!本当に風石を使ってないの?」
「ここは上向きに風が吹いている場所だから、その風に乗っているだけなんです。じゃあ、そろそろ降下しまーす」

 そう告げると上昇気流から外れ、操縦桿を倒して一気に機体を下に向ける。その感覚はまさにジェットコースターの落っこちる瞬間と同じものでキュルケはまたけたたましい悲鳴を上げた。

「きゃーーーあ、落ちるぅーーあはははははh」

 キュルケがあまりにも楽しそうなので、ホストであるウォルフとしても嬉しくなりその後も頼まれるまま急降下を繰り返した。
十回程も急降下と上昇を繰り返したのだが、だんだんと日が傾いて上昇気流が弱くなってきた。ふと気付くと結構な時間が経っていたのでもう帰ることをキュルケに告げる。

「じゃあこれで最後にします。デトレフさんも待っているし、工場に帰りましょう」
「えー、まだいいじゃなーい。デトレムなんて待たせとけばいいわよ」
「上昇気流、上向きの風が弱くなったから、もう降りるしかないんです。グライダーは自然の力を利用しているから、いつでもどこでも好きな様に飛べる訳じゃないんです」

風石の力を使えば何時でも飛べるわけだが、それにはコストがかかるしもう十分に遊んだだろう。

「んー、じゃあ、お城まで飛んで連れて行ってよ。お母様に飛んでいる所を見せたいわ」
「うーん、いきなり城に行っても大丈夫かな。これ、一応アルビオンの船籍なんだけど」
「今日はわたしがウォルフの所に行っているって知ってるから大丈夫よ。グライダーで帰ってくるかもって言っておいたし」
「はあ、分かったよ。君には勝てそうにないや」
「そうそう、大分口調がこなれてきたわね。あなたの歳で敬語なんて、似合ってないわよ?」
「・・・・・」
「あら?もしかして気にしてた?でも、きゃあああー」

 悪戯っぽい笑顔で後ろを振り返るキュルケに対し、ウォルフは無言で急降下をさせて黙らせた。深めの降下角度を維持したまま城へと向かう。上空から一気に降りたので城までは十分とかからなかった。
キュルケはずっと席から乗り出して外を見ていて、見慣れた景色が高速で通り過ぎるのを楽しんでいた。

「もうお城だわ、速いわねえ・・・このままぐるっとお城の周りを回って頂戴」
「はいはい、仰せのままに」

城からは竜騎士が二騎飛び立ってきたが、キュルケの姿を認めると横に並んで一緒に城の周りを旋回した。

「お母様見てくれたかしら。じゃあもういいわ、中庭に着陸して。わたし帰るわ」
「えーと、デトレフさん待ってると思うんだけど、あっちに帰らなくても良いの?」
「何でわざわざあんな所まで戻らなくちゃいけないの?わたしの家はここなのよ。デトレムには忘れないであのガラスを二枚持って帰ってくる様に言っておいてね?」
「・・・伝えておきます。それと、あの人の名前はデトレフです」
「あら、間違えちゃった?とにかくちゃんと伝えてね」

 指示通りに中庭に着陸し、キュルケを下ろす。キュルケの母だという女性にお茶に誘われたが、用があるからと断って帰った。デトレフが気の毒すぎる。
帰りの機中でぐったりと疲れを感じながらキュルケのことを思い返す。肌や髪の色以外は父親にはあまり似ず超美人である母親によく似た容姿で将来は相当な美人になるのであろうが、燃えさかる炎の様に自由奔放な少女だった。
ウォルフも生まれてからこっち随分と両親には我が儘を通してきたと思っていたが、初めて会った他人にあそこまで通せる彼女には大分負ける。
オレもまだまだだな、などと呟きながらデトレフの待つ工場へと降下していった。

「ウ、ウォルフ殿、お嬢様はどうなされた?」
「えーと、お城で降りました。風防のアクリルガラスを忘れずに持って帰ってこいとのことです」

 着陸するなり走り寄ってきたデトレフはウォルフの言葉を聞くとがっくりと膝をついた。
暫くすると立ち上がり、黙って膝を払い荷物を取ってラウラに包んで貰った風防を頭の上に持ち、「お嬢様ーーっ!」と叫びながら挨拶もせずに走り去った。

「ウォルフ様、お帰りなさい。大変でしたねぇ」
「ああ、ラウラただいま。大貴族ってのは凄いな」
「全然帰ってこないからあのデトレフって人ずーっとぐるぐる中庭で歩き回りながら文句言ってました」
「まあ色々気苦労も多いんだろう、同情するよ」

 ラウラと一緒にグライダーを倉庫にしまう。結局午後一杯遊んでしまった。

「でも良いんですか?あんなに秘薬とか全部あげちゃって。ウォルフ様グライダー作るのにあんまりお金はかかって無いって言ってたんだから、真似されて安いのを売り出されちゃうんじゃないですか?」
「真似出来るならすればいいんだよ。ハルケギニアのメイジがFRP作れるって言うならそれはそれでオレの勝利だな」
「何でですか!普通そういうのは秘伝、とか門外不出とか言って隠すものですよ?」
「技術ってのは普遍性を持ってこそ意味のある物なんだよ。オレだけにしか使えない技術なんてオレが死んだらそこまでだろう?オレにはハルケギニアのメイジにどうやって教えたらいいのか分からないから、自分で分かる様になるって言うなら頑張ってくれって感じだよ」
「・・・絶対に真似なんて出来ないだろうって事ですか?」
「いや、そう言う事じゃないから。オレはたまたまこれの作り方を思いついたけど、他のメイジがこれを作れる様になる方法を今のところ考えつかない。だったら他の人にも考えて貰ってなんか良い方法が見つけてくれたらいいなって事だよ」
「ええー?ウォルフ様が思いつかないようなこと考えつく人が居るって言うんですか?」
「当たり前だろ、お前、オレのこと何だって思ってるんだ」
「えっと・・・凄い、変人?」
「・・・お前がオレのことをどう思っているのかはよく分かった。まあ、グライダー界のナンバーワンの座を譲るつもりはないけど、オンリーワンじゃなくても良いだろうって事だよ」

 今飛んできた空を見上げ、ウォルフはハルケギニアの空を様々な色・形をしたグライダーが飛び交っている様を想像する。高級機から廉価機まで多様なメーカー製のグライダーが飛んでいて、それはウォルフのグライダーのみが飛んでいる空よりもずっと楽しそうだった。



 その夜、ツェルプストー辺境伯は難しい顔をしながらデトレフの報告を受けていた。
最初はグライダーを作っている秘薬を手に入れたと聞いて喜んでいたが、ウォルフがそれを全く隠そうとする気配を見せず提供したと聞いて驚いた。
デトレフによればウォルフは聞いたことには何でも親切に答えてくれ、おみやげもこちら側が言い出す前に用意していたし、当初くれる予定はなかったらしい風防もキュルケがしつこくねだったらくれたらしい。
グライダーに乗った時にその透明度と曲面に加工されていることは知っていたが、持ってみてその軽さに驚いた。土メイジであるデトレフによればガラスではなく、樹脂だそうだ。
"君にも出来る!FRP入門"という冊子を読みながら思わず舌打ちをする。せっかくの新技術だというのにあの子供は嬉々として他領のスパイにも教えてしまいそうだ。

「で、どうだ。お前はこれを作れそうか?」

今、城にいる中では一番優秀な土メイジであるデトレフに尋ねる。後でボルクリンゲンの製鉄所にいるスクウェアの土メイジにも聞いてみるつもりだ。

「ガラスの心材の方はウォルフ殿に詳しく教えていただいたので秘薬屋か鉱山で鉱石を手に入れられれば出来るかも知れません。樹脂の方は全く見たこともない物質ですので、今すぐには無理です。ただこちらもウォルフ殿に教えていただいたので詳しく研究すれば、あるいは」
「出来るというのか?一体何を教わったと言うんだ」

いらいらしながら尋ねる。情報を手に入れた嬉しさよりもウォルフの無警戒ぶりに腹が立つ。

「コークスを作る時に出るガスがとても近い物質だというのです。今は燃やして捨ててしまっていますが、それが利用出来るのなら僥倖ですな」
「ううむ、そんなものから・・・これはエインズワースにあの子供をちゃんと管理する様に言うべきだな」
「はい。わたしがツェルプストーの者だったからかと思ったんですが、そうでもなく誰にでも隠す気は全くない様でしたからちょっと注意した方が良いかもしれませんね」
「とりあえずあの工場に向かう道を監視する様に警備隊に連絡しろ。関係者以外が行かない様に隠れて封鎖するんだ。確か一本道だったからやりやすいだろう」
「かしこまりました」

 デトレフが下がった執務室でツェルプストー辺境伯は一人考え込んでいた。グライダーの基幹技術と思えるFRPの材料および成型方法についてこんなに簡単に教えてしまうという事はウォルフがこの技術を大したことではないと判断しているのかも知れない。
もしかしたら他に何か重要な技術を隠しているのかも知れない。そんな疑心暗鬼にとらわれかけ、チッと舌を鳴らしてその考えを打ち切った。
ガンダーラ商会からの連絡によれば今週中に発注した二機とも納品される予定なので、どんな技術で作られているのかなどそれを研究すればいいことなのだ。ゲルマニアの技術力を持ってすればあんな子供が開発した物などあっという間に分析出来るだろう。
ウォルフは手元にいるし、ガンダーラ商会も充分にツェルプストーとの関係は深い。たとえウォルフが何を考えていようと心配する様なことはなく、技術が流出しないようにだけ気をつけていればいいのだ。
ツェルプストー辺境伯は持っていた書類を隅に押しやると、一瞬よぎった不安に似た感情を打ち消すかの様に次の案件に取りかかった。



 ウォルフはその週、予定通りフォン・ツェルプストーにグライダーを二機納品し、アルビオン政府に納める分もフネに乗せて出荷した。キュルケがねだった成果か、ツェルプストーからは更に一機追加の注文が入った。今度も同じように真っ赤な機体とのことだ。
ラウラの訓練をしつつ、デトレフともう一人ツェルプストーからのパイロット候補に操縦を教えたりしながらすごした。
工場では順調にグライダーの生産を続け、週に三、四機のペースで完成させていき一月後には最初の受注分を全て納品することが出来た。その後もポツポツと注文が入ってきているのでこのまま生産を続けるつもりだ。
工員も大分作業に慣れ、その中から自然とリーダーになる人間も現れたのでその一番年かさの女性を工場長代理に任命し、ウォルフは一度アルビオンに戻ることにした。大分資材が心許なくなって来たのだ。

「じゃあ、みんなあとはよろしく。グライダーの部品が無くなったらまたバケツでも作っていてくれ。ラウラも頑張って教官をやれよ!」
「「「はい!お任せ下さい!」」」

 一ヶ月程の訓練期間だが毎日、最後の方はそれこそ朝から晩まで飛んでいたため、ラウラは普通にグライダーを飛ばせる様になっていた。
初めて一人で飛んだ時は緊張していた様だが、元々風石があるために本来一番危険な着陸が安全に出来るのし、グライダーの操縦はそんなに難しくはない。
操作は結局慣れるしかない物だし、上昇気流の見つけ方などは自分で学ぶしかないが、ラウラはもうそのコツを掴んだ様なので今回ウォルフが帰国中、顧客の操縦訓練を任せることになった。
以前に操縦を教えた商館員達二人も暇を見ては訓練をし、大分うまくなったのでこの二人とラウラで今後顧客と教官候補の操縦訓練を行っていくのだ。
貴族相手に平民だけで教えていくことになるので不安と言えば不安だが、あくまで顧客サービスの一環であり、五月蠅いことを言う客には教本だけ渡して追い返して良いと言ってあるので何とかなるだろう。

「えーと、本日の訓練予定は・・・おっと、フォン・ツェルプストーのお嬢様ですね。気合いを入れていきましょう!」
「「はい!」」

 ガリア生まれの平民の少女・ラウラは生まれ故郷のヤカから遠く離れたゲルマニアの地で生き生きと働き始めた。


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