相次ぐ決別。 いや、一つは決別ではない。 必ず戻ると約束した。 決して違えてはならない約束。 違えてしまえば悲しませてしまう。 だから絶対に私は約束を守る。 私は必ず貴方の下へ…… ルイズたちが教会で結婚式を挙げている頃、ミルアは城壁の上に立ち、岬の出入り口、その先に悠然と陣を構えているレコン・キスタの軍勢を眺めていた。 ワルドの話ではレコン・キスタの数は五万。対して王軍は三百。「大雑把に数えて一人百七十人?」 計算して出た答えを口にしたミルアは直ぐに、ないないと首を横に振った。 岬が大陸から突き出すようになっているため、敵の陸上の部隊が進行する際には狭まった道を行かなければならない。そこへ城から一斉掃射を浴びせればある程度の数は削れるが、多勢に無勢。強引に押し切られるのは時間の問題。 どうあがいても勝ち目が見えない。 もっとも王軍もさんざん策を考えたのだろうから、今更素人のミルアが考えたところで良い案などでるはずもない。 空は心地いいいほど澄み切っているというのに嫌な現実である。 時折吹く風に一束だけ長い後ろ髪がふわりと乗る。 ルイズの結婚式が終われば、後は避難船に乗り、トリステインへ帰り、姫様へ手紙を届ければ任務完了。「道中何もなければいいのですが……」 ミルアがそう呟いた時だった。 後方に気配を感じてミルアは振り返った。「また、貴方ですか。存外しつこいですね」 ミルアはそう言って、城壁の下、その先にいた仮面の男を見た。 そしてすぐに気が付く。今回はその仮面の男が四人もいる。 これはどういう事だろうと僅かに首を傾げるミルア。 すると仮面の男が丁寧にも、「一つ一つが意志と力を持った、風のユビキタス(偏在)……ハルケギニアの魔法に詳しくない君にわかりやすく言えば分身の様なものかな」 やや得意げに語られた説明にミルアが「ご丁寧に」といい城壁の上から下へと飛び降りた。 すると仮面の男たちは自らの仮面に手をかけ、「今日は戦いにではなく話し合いに来たのだよ。ミルア君」 そう言って仮面の男たちは仮面を取り外した。 仮面の下の素顔にミルアは内心で驚き、「ワルドさん……貴方でしたか……」「最初に謝罪しておこう。騙していてすまなかった。私には私の目的があって君やサイト君を排除しようとしていたのだけどね。気が変わった」 ワルドの言葉に、ミルアは非展開状態の双頭の片割れに手をかけつつ、「気が変わった? どういう事ですか?」「君たちを排除するのではなく。私と一緒に来てほしいと思ってね。勿論ルイズもさ」 ワルドの言葉にミルアは僅かに目を細める。 何処へ一緒に行くのか。すぐに検討が付いた。「レコン・キスタですか?」 ミルアの問いにワルドは頷き、「そうだ」「何故?」「それは私がレコン・キスタに属していることかい? それとも何故、ルイズや君たちを、ということかい?」「両方です」「私には聖地を目指すという目的がある。それは私の命をかけてもの事だ。その為に私はレコン・キスタに身を投じた。ルイズや君たちに関しては単純にその力を評価してだ。伝説の使い魔であるガンダールヴを使い魔としたルイズの将来性。私の偏在をことごとく倒した君の実力。サイト君に関してもルイズ同様将来性を見越してだ。経験の浅さは私のもとで補えばいい。ルイズの為に、と真っ直ぐで、ひた向きなところにも好感を覚えた。簡潔に説明すればこんなところかな? 納得してもらえたかい?」 ワルドの説明にミルアは頷いた。 そんなミルアにワルドは笑みを浮かべた。自分の考えに理解を示してもらえた、と。 しかしミルアは、「貴方の事情は理解しました。私たちを引き入れたい事も。ですが、私たちがそれに応じるということは姫様を裏切ることになります」「今のトリステインに忠義を示す価値があると思うかね?」 ワルドの問いにミルアは首を横に振り、「私はトリステインの人間ではありません。忠義もへったくれもありませんよ。ですが私たちが裏切れば姫様が悲しむというのは正直嫌です」 ミルアの言葉にワルドは苦笑すると、「君はお人よしなのだな。あの世間知らずの姫の事まで気に掛けるとは」 ワルドがそう言うとミルアは肩をすくめて、「かもしれませんね。現に聖地を目指すという目的で私たちを裏切ろうとしている貴方に嫌悪感を抱きません。何と言えばいいのでしょうか? 貴方からは、必死になってあがいている、そんな感じがしました」 ミルアがそう言うとワルドは、ふぅとため息をつき、「残念だ。君のような子と共に聖地を目指せるのなら、これほど心強いことなどないと思ったのだが……」「私も残念です。目的さえ違えなければ貴方はとても頼りになると思っていました」 二人はそう言うとそれぞれの得物を、四人のワルドは杖を、ミルアは双頭の片割れを構えた。 ルイズさんや才人さんが心配です。あまり時間はかけれませんね。そう思ったミルアはワルドめがけて一直線に駆け出す。「直線的な」 ワルドはそう呟き、それぞれが散開した。それと同時にミルアの正面のワルドがエア・カッターを放った。 風の刃がミルアの右肩をえぐる。 本来ならそのまま斬りおとされても不思議ではないが、ワルドの放ったエア・カッターは肉だけを切り裂き、骨までは断ち切れなかった。 そして、肩をえぐられても、ミルアは一切減速することなくワルドの懐へともぐりこんだ。 懐へともぐりこまれたワルドは急いで距離を取ろうとするが、それよりも早く、ミルアが突き出した双頭の片割れの切っ先がワルドの胸へと直撃する。 切っ先と言っても双頭の片割れの先端は、剣のように鋭くはない。平型のトンファーの用に先端は平らになっている。 その為なのか双頭の片割れはワルドの胸を貫くことなく、胸にめり込んだ。 めりめりと鈍い音がして、その後にそのワルドが煙のように消える。 これも偏在……そう思い振り返るミルアにいくつものエア・カッターが襲い掛かってきた。 ミルアはそれを地に這うように伏せて回避する。そして飛び跳ねるように身を起こし、他の一人に向かってそのまま走り出す。 複数を同時に相手にするより、一人ずつ相手にして確実につぶした方が早いと判断してのことだ。 ワルドもそれを察してか、一か所に固まると、ミルアを近づけさせまいと、一斉にエア・ハンマーを放つ。「なにっ?」 ワルドは目の前で起きた光景に驚く。 ミルアは迫るエア・ハンマーを、地面との間にあった僅かな隙間めがけてスライディングの要領で回避したのだ。しかも、そのままの勢いでワルドの股下を通り抜ける。 舌打ちをしつつも、二人のワルドは左右に飛び、股下を抜けられたワルドはミルアを視界にとらえようと振り返った。 しかし振り返ったワルドが目にしたものは、すでに目の前の高さまで飛び上がり、双頭の片割れを振りかぶっているミルアだった。 次の瞬間、薙ぐように振られた双頭の片割れがワルドの顔面に直撃し、そのワルドはうめき声をあげながら消滅した。「また……」 ミルアがそうぼやいた時、消滅したワルドの陰から既に詠唱を終えたワルドが現れた。 回避行動をとるよりも早く、ミルアの体はエア・ハンマーによって叩き飛ばされ、そのまま城壁に背中を打ちつけられる。「か……はっ……」 肺が押しつぶされるような感覚に思わず息がつまる。 そんなミルアへワルドが追い打ちをかけようと、杖をレイピアのように構えて迫ってきた。その杖に刃のように風を纏わせて。 目の前まで迫ったワルドの杖を、ミルアは右手を突き出して、それを受けた。 ずぶり、という感触と共にワルドの杖がミルアの右手の平を貫く。 しかしミルアはそれを物ともせずに手の平を貫かれたまま、ワルドの杖を持ったままの右手の拳を掴んだ。 ワルドの顔が驚愕の色に染まった瞬間、彼の腰をミルアの蹴りが襲う。 つぶれたような声と共にワルドは十メイルほど飛ばされ、そのまま煙のように消えた。 ミルアは貫かれた自らの右手の平をちらりと見て、すぐに視線を残り一人のワルドへと移し、「貴方も偏在でしょうか?」「さてどうだろうね?」 ワルドはそう答えながらもミルアの動きを警戒していた。「君の実力を過小評価していたつもりはないがこの展開は正直驚きだ。まさかここまでやるとはね」 そう言いワルドは僅かに笑みを浮かべる。「貴方の方はどうなのです? どうにも全力を出している様には感じないのですが?」 ミルアの言葉にワルドは興味を覚えたようで、「ほう……何故そう思うのかね?」「少なくともルイズさんの傍に一人いるはずです。それに、説得に失敗したときの為に余力を残している、と考えれば私に対して全力は出してないと判断できます」 ミルアの答えにワルドは感心したように頷き、「正解だ。で、君はどうするのかね?」 ワルドの問いにミルアは僅かに腰を落として、「決まってます。早々に貴方を倒して、ルイズさんの下へ向かいます」 そう言うと同時にワルドの視界からミルアが忽然と消えた。 当然の出来事にワルドは驚く。「閃光」の二つ名を持ち、速さには誰よりも自信のある彼にもミルアの動きは一切見えなかった。 しかしワルドは僅かに風の流れを感じた。優秀な風のスクウェアメイジの彼だからこそ、その僅かな風の流れを感じることができたのだろう。 感じたままに後ろを振り返ったワルドの顎を、突き上げるようにして双頭の片割れの切っ先が強襲した。 時間はミルアとワルドの戦闘から僅かにさかのぼる。 ニューカッスル城の敷地内にある教会の中で、ルイズはハッキリとワルドとの結婚を拒絶した。 結婚できない、というルイズの言葉にその場にした才人は驚く。無論、新郎であるワルドや媒酌をつめるウェールズも同様だった。 ワルドは僅かにうろたえながら、「どうしたんだいルイズ? もし調子が悪いのなら、残念だけど後日に……」「違うのよワルド……」 ルイズはそう言い、首を横に振ってワルドの言葉を否定した。そして自らの想いを絞り出すようにして、「小さいころはね、きっと貴方に恋してたわ。でも今は……今は違うの。貴方の事が嫌いになったわけじゃないわ。やっぱり急すぎるのよ。それに私自身これから先、また貴方を好きになるかどうかわからないの。だから……ごめんなさい」 そう言うルイズの表情はとても悲しそうだった。それは傍から見ていた才人やウェールズにもわかった。「子爵、残念だが此度の結婚は……」 そう言ったウェールズをワルドが手で制した。 ワルドの行為にウェールズは、何を? と眉をひそめる。 するとワルドはルイズの目を真っ直ぐ見て、「ルイズ、君は昔と変わらず真っ直ぐで正直な女の子だね。なら僕も正直に話そう。何故僕が君を求めるかを」 その言葉にルイズは困惑した。 ワルドが自分を求める理由。それがいったいなんなのか想像もつかない。 そんなルイズにワルドはゆっくりと語り始める。「君は魔法が使えないことで自らを僻んでいるが、サイト君の左手に刻まれた使い魔のルーンは伝説の使い魔であるガンダールヴの物。例え今、魔法が使えなくとも伝説の使い魔を召喚できるだけの素質が君にはあるはずなんだ。君には申し訳ないが僕はルイズという女の子ではなく、君の力を必要としている」 その言葉にルイズは悲しそうな顔をした。自分ですら確証のない力を求められている。女の子としての自分ではなく。悲しくて、同時に悔しくもあった。 ルイズは絞り出すように、「ひどいわ……それに、貴方のそれは私に対する侮辱だわ」「そうだね。しかし君には謝らなければならないことがまだある」 ワルドの言葉にルイズは「え?」と小さく漏らす。「僕にはね今回の旅での目的があるんだよ。一つ目は君を始めとしてサイト君やミルア君を僕の下へ引き入れること。もう一つは君が懐に大事にしまってあるアンリエッタ姫の手紙を奪うこと……」 ワルドがそこまで言ってルイズは気が付いた。姫様の手紙を奪う理由。そしてそれを目的とするワルドの正体。 それに気が付いたのは才人やウェールズも同様だった。 ウェールズは杖を抜き、「子爵っ! 貴様、レコン・キスタのっ!」 そう言い呪文を唱えようとするウェールズ。 しかし彼が呪文を唱え終えるよりも早くワルドの杖がウェールズの胸へと直撃した。「殿下っ!」 ウェールズの身を案じるルイズと才人の声が重なる。 ワルドの一撃をもらったウェールズは派手に吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられた。 ルイズは信じられないものでも見るようにワルドを見て後ずさる。 才人も困惑の色を浮かべながらもデルフを構えた。 吹っ飛ばされたウェールズは軽く呻きながらも、壁にもたれ掛るようにして立ち上がる。ワルドの一撃を受けた胸には僅かに血が滲み、ぶつけたのであろうか美しい金髪が血に染まりつつあった。「ふむ、加減したつもりはなかったのだけどね。どうやら殿下は運がいいようだ」 ワルドが不思議そうにそう言う。 ウェールズはそんなワルドを睨みつけながら、「私の命も、貴様の目的の一つに含まれていたのだな?」「その通りです殿下」 ワルドがそう言って頷く。 するとワルドとルイズの間にわって入るように移動した才人が、「子爵さん……どうして」 才人の問いにワルドは僅かに笑みを浮かべると、「君にも譲れない何かというものがあるのではないのかね? 私はその譲れないもの為に祖国を裏切り、君たちを騙した。ただそれだけだよ。詳しく話せば長くなるからやめておこう。理解してもらおうとも思わないしね」 ワルドはそう言って杖を構えた。 才人は奥歯を噛みしめ「くそっ」と吐き捨てるとワルドに斬りかかった。 がちんっ、と音がしてワルドが自らの杖で、振り下ろされたデルフを受け止める。「サイト君、君は確かに速いが、動きがわかりやすすぎる。実戦経験豊富ならドットやラインメイジでも君に勝ててしまうぞ」 ワルドはそう言いながら、幾度となく振るわれる剣を右へ左へとかわし、時に杖で受け流した。 そんな状況の中デルフはかちゃかちゃと柄を鳴らしながら、「相棒っ、まずいぞっ! あいつ魔法を使わなくてもつええぞっ!」「んなことわかってるよっ! デルフお前喋る以外に何かできないのかよっ!」「なんかあったかもしれねぇけど忘れたっ! すまんっ!」 そう言うデルフに才人は「使えねぇ」と嘆きながらも必死にワルドに食らいついていた。それが可能なのはワルドが魔法を使わず多少なりとも手加減しているためだった。 ワルドは才人の攻撃をさばきながら、「サイト君。ルイズを連れて僕の所へ来るんだ。そうすれば君たちの安全は保障されるし、僕が君を鍛えてあげることもできる。君のやる気と経験さえあれば今以上に強くなれる。ルイズと同様に君にも素質がると見込んでいるのだよ」 ワルドの言葉に才人は動揺する。 同性の、それも年上の人間にハッキリと認めてもらえるような事を言われたことがなかった才人にとってワルドの言葉は胸を打つものがあった。 しかし、それでも、と才人は首を横に振り、「子爵さんにそう言ってもらえるのは正直嬉しいです。けれどできません。俺はルイズの使い魔なんです。別に忠義を尽くすとか、ましてや、ほ、惚れてるとかじゃないけど、それでも……」「あくまでルイズが歩む道を共に行くというのかね?」 ワルドの問いに才人は無言でうなずく。 真剣な瞳の才人をワルドは見つめ、「君のように見込みのある少年を引き入れることができないのは本当に惜しい。しかし障害になりえる芽は早期に摘む方がいいだろう。悪く思わないでくれルイズ、サイト君」 そう言ったワルドの雰囲気が僅かに変わり、それを感じた才人は構え直した。「まずは優先すべきことから果たそう」 ワルドはそう言い、杖を突き出すようにして壁に寄り掛かったままのウェールズへ迫った。 才人は慌ててウェールズの下へ行こうとするが、ワルドとの戦闘の中で才人はワルドを挟んでウェールズとは反対側にいたため間に合うはずもない。 ウェールズも壁に打ち付けられ杖をあげれない状況で、これまでかと覚悟を決めた。「駄目えぇぇぇええっ!」 そう叫び声をあげた主がウェールズの危機を救う。「なにっ?」 ワルドが驚きの声をあげ、才人やウェールズは息をのんだ。 ウェールズの前に飛び出したルイズの右肩をワルドの杖が貫いていた。「ルイズっ!」 才人は叫び、ワルドに斬りかかる。その速度は今まで以上で咄嗟に回避行動をとったワルドはぎりぎりの所で直撃を免れた。しかし僅かに剣先が脇をかすめ、血がにじむ。「ぬ、それがガンダールヴの力か……」 ワルドがそう言うとデルフが声をあげる。「そうだっ! そうだよっ! ガンダールヴだっ! 相棒はガンダールヴだっ!」 そんなデルフに才人が「うるせぇ」といさめると、「いや、相棒、思い出したぜ。相棒はガンダールヴなんだ」「だからなんなんだよっ!」 才人が怒鳴るとデルフは嬉しそうに、「いいか相棒、ガンダールブの強さは心の震えで決まる。今の相棒みたいに怒りだったり喜びだったり、とにかく感情を激しく揺り動かせっ! それがガンダールヴだっ!」 デルフの言葉に応えるかのように才人は雄叫びをあげてワルドに斬りかかった。 横薙ぎに振るわれるデルフをワルドは杖で受け止める。しかし、その一撃は重く、ワルドは踏ん張りきれずに後ろへと吹っ飛ばされた。 そんなワルドへ才人は追撃をかけようと迫る。 しかしワルドは杖をふり風の魔法「ウインド・ブレイク」で才人を吹き飛ばす。 吹き飛ばされながらもなんとか着地した才人へワルドの放ったライトニング・クラウドが直撃した。その電撃は才人の左腕を肩まで酷く焼く。「ぐああぁぁっ!」「サイトっ!」 才人は叫び声をあげて膝をつき、それを見たルイズが才人の名を叫んだ。 ワルドは腕の痛みに必死に耐えようとしている才人を見て、「今の一撃は腕だけで済むようなものじゃない。いったいどういう事だ? もしや、その錆びた剣か?」 そう言ってワルドは怪訝な表情をする。 才人は焼けた左腕ををだらりとさげながらも、ふらふらと立ち上がり右手だけでデルフを構える。その瞳にあきらめの色は一切なく、戦意は微塵も欠けていなかった。 しかしワルドも杖を才人に向け、「残念だが、サイト君。ここまでだ」 その時、教会の扉が激しい音と共に吹っ飛ばされ、そのまま宙で砕けた。 扉が元あった方を見ればそこには左足を突き出したミルアがいた。扉はミルアに蹴破られたのだ。「ミルア君、君か……」 ワルドがそう呟く。 そんなワルドをミルアはちらりと見るが直ぐに才人やルイズたちに視線を移し、そのまま才人へと駆け寄り、「才人さん大丈夫ですか?」 その問いに才人はワルドに視線を合わせたまま、「大丈夫だ。俺はまだ戦える」 その言葉にミルアは才人の焼けた左腕をみる。そして今度はルイズやウェールズに視線を移す。 肩から血を流すルイズに、胸や頭から血を滲ませているウェールズ。 それを見たミルアの、双頭の片割れを握る左手の拳から、ぎしり、と音が鳴る。 そしてミルアは視線をワルドに移し、双頭の片割れの切っ先を向けると、「二対一です。まだやりますか?」 そう言うミルアに対してワルドは軽くため息をつくと、「いや、これ以上は私も危ないのでね。残念だがここは引き下がるとしよう」「逃がすとでも?」 ミルアはそう言い首を僅かに傾げる。 するとワルドは視線を教会の外へと向け、「もうすぐレコン・キスタが正午を待たずして総攻撃をかける。私に構わず逃げた方がいいと思うがね?」 その言葉に才人は舌打ちをする。 ミルアは双頭の片割れを、小さな非展開状態に戻すとそれを腰に下げた。 そして未だに臨戦状態の才人の裾をくいくいと引き、「才人さん今は逃げる事を最優先しましょう。悔しいでしょうが、互いの行く道がぶつかるようであれば決着をつける機会はまた来ます」 ミルアの言葉に才人はしぶしぶデルフを鞘に納めた。 それを確認したワルドは教会の外へと駆けていく。 ミルアと才人はルイズたちの下へ駆け寄り、「ルイズ、大丈夫か?」「あんたこそ腕が酷いじゃない」 ルイズの言葉に才人は笑みを浮かべて、「大丈夫さこの程度」 そう言って左手を動かそうとして、駆け抜けた痛みに顔をしかめる。 それを見たルイズは慌てたように、「全然大丈夫じゃないじゃないっ! 何やってんのよ、この馬鹿っ!」 そんな二人のやり取りを見ていたウェールズは苦笑しながら、「二人とも怪我はともかく、元気ではあるようだな」 その言葉にミルアは頷き、「みたいですね。ところで殿下は?」「壁に打ち付けられて全身が痛むし、血を流しすぎたようだ。死ぬほどではないと思うがどうにも体に力が入らないよ」 そう言って懐から一枚の紙切れを取り出した。それは昨晩、ミルアが渡した羊皮紙で出来たお守りだった。お守りの中心に穴が開き、ウェールズの血がしみ込んでいる。 ウェールズはそれをまじまじと見て、「どうやらこれがお守りというのは本当のようだね。これがなければ僕は一撃で胸を貫かれていただろう。もっともこの状態では戦場に立つことすらままならないが……まぁ暗殺されることに比べれば幾分かはましかな」 そう言って笑みを浮かべるウェールズにミルアは、「ワルドさんの言葉が事実ならすぐにでも避難しないとまずいです。避難船の状況は?」「朝一から非戦闘員の乗り込みや荷物の積み込みを行っているが、正午を待たずに総攻撃が始まるとなると少々まずい。いくら秘密の港を使うといっても敵が城内に攻め込めばいずれ発覚する。へたをすれば追手が付く可能性もある」 ウェールズの言葉にミルアは僅かに考え込む。 そして、才人やルイズをちらりと見てから、「とにかく今は城内に避難しましょう。皆さんの傷の手当ても必要です。場合によっては傷の手当よりも先に、避難船に乗り込んだ方がいいかもしれませんが」 四人はミルアを先頭に、ルイズと才人が自らの傷を庇いながらウェールズを支える形で城内へと移動を開始した。 城内で戦いの準備をしていた貴族たちは、それぞれに負傷したミルアたちを見て大いに慌てた。負傷者の中にウェールズが混じっているのだから無理はない。 そんな貴族たちにウェールズが事情を説明していると、外から大砲の音が響き、城内を揺れと轟音が襲った。 ウェールズは苦々しく、「もう、総攻撃が始まったか。避難船の状況はどうなっているっ!」 ウェールズがそう叫ぶと、貴族の一人が、「人員、物資共に七割ほどの積み込みが終了しています」 その言葉にウェールズはうなり、「まずいな、時間が足りないかもしれない。いや足りないと考えるべきか。この状況下で楽観視はできない」 ウェールズはそう言うとルイズや才人を見て、「君たちは急いで避難船に乗り込みなさい。すまないが治療は避難船の中で頼む。秘薬などは、たんと積んであるから心配はいらないよ」「殿下はっ?」 ルイズが泣きそうな声でそう言うと、ウェールズはやさしく微笑んで首を横に振り、「私は当初の予定通りここに残り戦うよ。君たちが確実に避難できるように時間を稼がねばならないしね。それに聞けば君はアンリエッタ姫の友人だそうじゃないか? なら尚更私は君を無事に彼女の下へ送り出さなければなるまい」 その言葉にルイズは「そんな」と漏らして唇を噛みしめた。 そんなルイズに笑みを向けていたウェールズは才人やミルアへと顔を向けると、「ヴァリエール嬢を頼むよ。それとアンリエッタ姫に伝えてくれ、私は勇敢に戦い、勇敢に死んでいった、と。それとこれも頼む」 ウェールズはそう言うと自らの指にはめていた風のルビーを才人に手渡す。 才人はルイズ同様唇を噛みしめて強く頷き「必ず」とだけ答えた。 そんな才人の隣でミルアは何かを考え込んでいた。そして不意に才人を見上げると、「才人さんはルイズさんと行ってください」 その言葉に真っ先に反応したのはルイズだった。「ちょっと、ミルアっ! どういうことっ?」 必死な形相のルイズにミルアは、「私もここに残って時間を稼ぎます」 しれっと、そう言うミルアにその場にいた全員が驚く。「でも、あんたも怪我してるでしょうっ?」 ルイズはそう言うがミルアは右手の平を見せる。そこは確かに血で汚れてはいるが傷らしきものは既になかった。 傷がないことにルイズはほっとするが直ぐに首を横に振り、「怪我がなかったら、いいってものじゃないわっ! それに時間を稼ぐってあんた一人残って何か変わるものでもないでしょうっ? しかも今、ここに残ったら、あんた……し、死んじゃうじゃないのよっ!」 ルイズはその言葉の最後の方で完全に泣いていた。 才人もルイズの意見と同じようで頷きながら、「ルイズの言うとおりだ。俺たちと一緒に逃げよう」 そんな才人の言葉にミルアは首を横に振ると、「時間を稼ぐ方法があるから残ると言ってるんです。それに、私一人で逃げるだけなら容易ですから大丈夫ですよ」 ミルアはそう言うがルイズはぐずぐずと「でも、でも……」と繰り返していた。 そんなルイズの手を、ミルアは握ると、「少し前に言いましたよね? どんなに絶望的な状況でも必ずルイズさんの下へと戻ると。まだ私はルイズさんたちと、さよならするつもりは毛頭ありません。ですから先に魔法学院で待っていてもらえませんか?」 ミルアの言葉にルイズは涙をぬぐうと、真っ直ぐにミルアを見た。「絶対に違えてはならない約束よ。絶対に死なないこと。私たちも無事にトリステインに帰るから」 ルイズの真剣な表情にミルアは「必ず」といって答える。 するとミルアは、満足そうにうなずくルイズの顔に自らの顔を近づけた。 そして――― ルイズとミルアの唇が重なった。 突然の出来事に時間が止まるルイズと目撃者である才人。 一気に顔を真っ赤にしたルイズが、ずざざざと後ずさり自らの唇を抑えながら、わけのわからないことを喚いているとミルアは、しれっと、「親愛の印と、幸運のおまじないだそうです。以前知り合いに教わりました」 ミルアのその言葉にルイズは未だ顔を真っ赤に染めたまま首をぶんぶんと横に振る。恐らくミルアの言葉を否定しているのだろう。 才人は才人で、こんな危機的状況ながらも内心で、そのミルアの知り合いとやらに称賛を送っていた。そしてあろうことか、身をかがめてミルアの目線の高さに自らを近づけると、「なぁ、ミルア? 俺は?」 そう冗談半分で言う才人にミルアは「いいですよ」と答えて才人に顔を近づけた。 しかし、ミルアの唇が才人の唇と合わさるよりも早く、ルイズが才人を蹴り飛ばした。そして「馬鹿やってんじゃないわよ」と言いながら無事な左手で才人をぽかぽかと殴りつける。 ルイズの攻撃を右手で受けていた才人にミルアは歩み寄ると、双頭の片割れを差し出し、「これを預かっていてください」 その言葉に才人は「え?」と声をあげ、自らの腰を指差す。そこには以前から預かったままのもう一つの双頭の片割れが下がっている。 ミルアはそのもう一方を手に取ると、二つとも展開状態にする。そして柄の部分を突き合わせるようにしてつなげると、二つの双頭の片割れは、持ち手を中心に、上下の区別がない「双頭」となった。それはミルアの背丈ほどの長さもある。 それを才人に突き出すと双頭はそのまま非展開状態へとなり、才人はそれを受け取る。「それはまぁ、担保とでも言いましょうか。必ず戻るという事の証みたいなものです」 その言葉に才人は思いついたように、「ならミルアはこっちを持って行け」 そう言ってデルフを突き出す。 ミルアが「ですがそれは」というと才人は首を横に振り、「必ず戻ってくるんだろ? だったら問題ないさ。少しでもミルアの助けになるかもしれないしな」 そう言い才人は、にかっと笑みを浮かべる。 そんな才人からミルアはデルフを受け取ると、「では必ず魔法学院で」 ミルアのその言葉に才人は頷きルイズも名残惜しそうに頷いた。 そして才人とルイズの二人は連れたって、避難船へと向かうためその場を後にした。