季節の変わり目というのは、よく体調を崩す人がいる。夏に向かうこの時期は朝礼の時などでも風邪をひいた人の話が出て、そのフォローについて指示が出ることが多くなる。寝る時にも体を冷やさないようにするようにとか何とか。
そういう時、私はいつもメイド長からフォロー要員として勘定されているように思う。
自慢じゃないけど、私は風邪を引かない。生来体が丈夫なためなのか、鼻風邪もひかないくらいだ。慢心するなといつもお母さんに言われているので無茶をしたりはしないけど、私が風邪を引かないのはお母さんの影響もあると思う。
小っちゃい頃、風邪をひいて寝込んでいたらお母さんが薬だと言って何だかよく判らないスープを持って来てくれたことがあった。良く言えば不思議な、正直に言えば不気味な色と臭いを発する液体で、受け取った途端にこれは飲んじゃいけないものなんじゃないかと子供心に思った記憶がある。でも、お母さんが脇でじっと見ていたので適当に捨てちゃうこともできなくて、意を決してそれを飲んだ。後のことは良く覚えてない。お父さんが言うには、自分が飲んだ時は泡を吹いて3日寝込んだとかなんとか。以来、風邪を引くとあれを飲まされるということを体が覚えているのか、常日頃から意識しなくても体が全力で健康を維持しようと必死になっているような気すらする。おじいちゃんはそんな私をいつも『無事是名馬』と褒めてくれたけど、孫を馬に例えるというのはどうだろう。
そんなフォローのお仕事として離れの掃除を終えて母屋に帰る途中、母屋の脇にある大きな木の根元で小さな人影が奮闘している様子が見えて私は足を止めた。
ルイズお嬢様が、自分の背丈よりもだいぶ高い位置にある枝に手を伸ばし、一生懸命そこに掴まるべく飛び跳ねていた。トライするうちに何回か転んでしまったようで、お召し物には少々泥がついていた。
「どうされたのですか、ルイズお嬢様」
声をかけるとビクッと震え、慌てて振り返るルイズお嬢様。そこにいたのが私だったことに安堵したのか、深いため息をついた。
「驚かさないでよ」
「申し訳ありません。ですが、木登りはそのお召し物ではおやめになられたほうがよいと思いますが」
「違うわよ」
「ですが……」
否定するルイズお嬢様だが、今の作業が木登り以外の何に見えるかと言われれば私は他に思いつけない。
「違わないけど、違うの!」
私の戸惑った視線に気づいたのか、ルイズお嬢様が声を荒げるが、言っていることは支離滅裂だった。とは言え、相手が貴族様で、しかも雇用主のお嬢様が黒だと言われれば白でも黒になるというのが私たち使用人の鉄則だ。
「申し訳ありません。木登りではないのですね?」
「そうよ」
腰に手を当ててぷんぷんと怒るルイズお嬢様だが、何と言うか、そういう仕草も愛くるしいと言うか、笑いを堪えるのが大変だった。そんなルイズお嬢様が、不意に手を叩かれた。
「そうだわ。ナミ、ちょっと私を背負いなさい」
「おんぶですか?」
「いいから」
「は、はい」
言われるがままにルイズお嬢様を背負う、というより私によじ登ってきた。いつになくアグレッシブなルイズお嬢様だ。
「このまま飛びなさい。あそこの枝まで」
私の背中に陣取ったルイズお嬢様が指差す先は、木の中ほどの大きな枝だった。建物の高さで言えば2階くらいだろうか。
「あの、ルイズお嬢様、今のお召し物では……」
「いいから早く!」
「か、かしこまりました」
こうまで言われては仕方がない。私は杖を手にレビテーションを唱えた。ふわりを浮き上がると、飛ぶことに慣れていないルイズお嬢様の腕が私の首を絞めに来る、というか、かなりいいところに入ってるんですけど、ぐええ。
幸いにも意識が飛ぶ前に枝に降り立ち、ルイズお嬢様を幹に掴まらせることに成功した。うう、スカートだよ、私。ルイズお嬢様もだけど。どうか誰も来ませんように。
下履き御披露の心配はともかく、ルイズお嬢様のご命令とは言え、こんな危ないことをさせているのはやっぱりまずい。メイド長に見られたら大目玉だろう。
「ちいねえさま……」
ルイズお嬢様のつぶやきにその視線を追うと、そこはカトレアお嬢様の寝室だった。建物の窓の中に、大きなベッドがあるのが見えた。レース越しに見えるのは、そこに伏すカトレアお嬢様。確か、今は体調を崩されていたはずだ。体が弱いので、季節の変わり目はいつも寝込むことが多いと聞き及んでいる。そんなカトレアお嬢様を見ながら、ルイズお嬢様が悲しそうな顔をされておられる。なるほど、カトレアお嬢様の様子を見たかったけど、部屋に入るなと言われてしまっていたのだろう。
そのまま数分。
涙を滲ませながら鼻をすすっているルイズお嬢様に声をかけた。
「そろそろ降りられたほうがよいと思いますよ。奥方様に見つかると……」
「……うん」
木から降りた後、とぼとぼという感じで母屋に歩くルイズお嬢様の後ろにつきながら私も歩く。
小さなルイズお嬢様の肩が、泣けてくるほど落ちていた。
「ねえ、ナミ」
「はい、お嬢様」
「ちいねえさま、どうすればよくなるのかしら」
「申し訳ありません。わたくしには何とも……」
「でも、ナミも水のメイジでしょ?」
「ドットにすぎませんので」
「役に立たないのね」
……おじいちゃん、おばあちゃん。子供の正直な感想ってグサっと来るもんなんだね。悪意のない毒というのが、こんなにも残酷なものだと私は初めて知ったよ。
遠い目をしている私を気にも留めず、ルイズお嬢様は私に向かって振り返った。
「ナミ」
「はい、お嬢様」
「ちいねえさまに、私でもしてあげられることはないかしら?」
「ルイズお嬢様が、ですか?」
急に言われても困りますよ、お嬢様。
「何でもいい。何かしてあげたいの」
「お気持ちは尊きことと思いますが……」
何とかごまかそうとする私の言葉が癇に障ったのか、ルイズお嬢様は眉を吊り上げて私に指を突き付けた。
「あんたも考えなさい」
「は、はい?」
「ちいねえさまが喜ぶことで私にもできることを、明日までに考えてきなさい。いいわね」
揺るがぬ気合で命令を告げるお嬢様。私は何とか答えを絞り出した。
「か、かしこまりました。考えてみます」
「また安請け合いしたものだな」
「あはは……ごめん」
ホールでシンシアとソフィーを集め、作戦会議と洒落込もうとしたら、事の次第を話した途端に二人にため息をつかれた。
「でも、カトレアお嬢様、今回はちょっとひどいみたいよ?」
「そうなの?」
「うん。だいぶ熱が高いって言ってた」
「むう」
シンシアの情報に、私は大いに困った。カトレアお嬢様の治療には、当然だけど高名な治療士が当たっている。私も治癒魔法くらいは使えるけど、きちんと教育を受けた方々とはドラゴンとトカゲの子供くらい違う。カトレアお嬢様の治療について、ルイズお嬢様に役に立たんと言われても仕方がないと今更ながら思う。
それを前提にルイズお嬢様でもできることを考えなければならない。
「どうしようか。スタンダードなところだとルイズお嬢様が枕元にいてあげる、ってパターンだけど……」
「難しいだろうな」
言ってはみたものの、これについてはソフィーのダメ出しに同意だ。大貴族ラ・ヴァリエールだけあって、お嬢様の看護体制は万全だろうし、ルイズお嬢様がいてもやることはないだろう。それに、カトレアお嬢様の性格からすれば、ルイズお嬢様が枕元にいれば、無理してでも相手をして余計に体調を崩してしまうような気がする。恐らく、ルイズお嬢様が部屋に入れないのは、そういう事情もあるんじゃないかと思う。
「何か元気が出るものを作ってあげるとか」
「ルイズお嬢様じゃ、お料理とか無理だよ」
今度はシンシアからダメが出る。
「う~ん、何かないかなあ……お手紙書くのもダメだろうし……」
頭を掻き掻き、私は唸った。
いいアイディアないかな、いいアイディア。
そんな時だった。
「何の話し合いですか?」
三人でうんうん唸っていると、不意に聞きなれた声が聞こえた。仕事を終えた麗しのミリアム女史が、自分のお茶を手に立っていた。思わぬ援軍到来に私は手を叩いた。亀の甲より年の功、ここは百戦錬磨の大先輩に意見を求めるべきだろう。そのことを面と向かって言ったら殴られたことがあったけど。
「さすがメイド長、いいところに! 部下のピンチを判ってますね」
「な、何事ですか?」
「ずいぶん安請け合いをしたものですね」
事の顛末を話すと、先ほどの話を焼き直したような突っ込みをいただいた。
「何か、いいアイディアありませんか?」
「カトレアお嬢様のお加減はあまり良くないのです。妙な考えはおやめなさい」
「でも、ルイズお嬢様のお気持ちも汲んであげて欲しいです」
「それは判りますが……今回は特にお加減が良くないのです。お食事もほとんど手を付けられないくらいで」
「カトレアお嬢様、お食事、召し上がっていないのですか?」
「軽いものを少しだけ。フルーツは多少お召し上がりになられていますが」
フルーツ。その言葉に、私の中の神様が指を鳴らした。
「リンゴを?」
私の提案に、3人が一斉に疑問の声を上げた。
「はい。ルイズお嬢様ご自身がリンゴを摺りリンゴにして、カトレアお嬢様に差し上げるというのでどうかと。達成感もあるし、それならカトレアお嬢様も困らないんじゃないかと思います」
「オレンジとかでもいいのではないのか?」
ソフィーも疑問を投げてくるが、私は首を振った。
「それじゃ簡単すぎてルイズお嬢様が達成感を味わえないよ。カトレアお嬢様の役に立ったという手ごたえが欲しいんだと思うし」
「ルイズお嬢様手ずからですか……」
メイド長は渋い顔をした。
「段取りについては私たちでご指導しますから」
「わ、私たちもか?」
私のネタ振りにソフィーが驚いた顔をする。ここまで来たら一蓮托生だよ。
「乗りかかった船よ。協力してよ」
「やれやれ」
そんな私たちをよそにしばらくミリアム女史は考え込み、そして渋い声で言った。
「治療士にリンゴを差し上げてもいいか伺って来ます。やるならその後になさい。いいですね」
「はい!」
「と、言うわけなのですが、いかがでしょう。カトレアお嬢様は、きっとお喜びになると思いますが」
お許しが出た後にすぐにルイズお嬢様のお部屋を訪ね、リンゴ大作戦のあらましをお伝えした。後は当人のやる気次第だ。
私の提案を聞き終わり、しばらく考えこんでルイズお嬢様は顔をお上げになった。
「やるわ。リンゴをちいねえさまに差し上げるのよね」
「はい。きっとお喜びになると思います」
「でも、そのプランじゃダメよ」
ルイズお嬢様は腰に手を当てて言った。
「摺ったリンゴじゃ美味しくないわ。リンゴをきちんと切ってちいねえさまに差し上げるべきだと思うの」
いきなり変わった方向性に、私は慌てざるを得なかった。
「お言葉ですが、ルイズお嬢様、刃物を扱うことは難しいことです」
「だったらあんたがしっかり私に教えなさい」
か、勘弁してください。そんな私の心情をよそに、ルイズお嬢様の視線に揺らぎはない。
「ダメですよ、お怪我をされたらどうされますか」
「あんたが治しなさい。水のメイジなんだからできるでしょ?」
「こ、困ります」
これはまずい。ルイズお嬢様が刃物を使ったら、まず間違いなく手を切るだろう。そうなったら大事だ。下手したら私はこのお屋敷を追い出されてしまう。
私なりに精一杯の抵抗はした。
しかし、妙に今日のルイズお嬢様は押しが強かった。
恐らく、カトレアお嬢様の枕元で静々とリンゴを剥く乙女な自分の姿をイメージしたんだろう。
もともと芯の強い方だとは思っていたけど、こうと決めたら頑として譲らない頑固なところは誰に似たのだろう。
すったもんだのあげく、メイド長からヴァネッサ女史、果ては奥方様にまで話が飛んだ。
それぞれの前で歳に似合わぬ熱弁をふるい、その結果ルイズお嬢様は全員の首を縦に振らせてのけた。
御年6歳でこの行動力。末恐ろしいお嬢様だと思う。
「それじゃ、始めるわ」
「かしこまりました」
私が合図すると、部屋の外に控えていたソフィーとシンシアがワゴンを押して入ってきた。
その上に、山になったリンゴとナイフと塩水を入れた容器。
料理を習う際、最初にやることは何をおいても剥き物だと思う。刃物を扱う基本が詰まった一連の作業は、単純なだけに奥が深い。
「まず手本をお見せします。ソフィー」
「では、僭越ながら」
ソフィーが果物ナイフとリンゴを手に取る。
その途端、しゅばばっと鋭い音がして、数秒でソフィーの手の中に綺麗に剥かれたリンゴが出現した。一枚物に剥かれた皮は薄布のように宙を舞い、シンシアが構えたボールにしゅるると落ちる。
「お目汚しでございますが」
いわゆるドヤ顔のソフィーに美しすぎる剥きリンゴを差し出されて、ルイズお嬢様が目を白黒させている。
「な、何、今の!?」
「馬鹿、最初からそんなのできる訳ないでしょ!」
「す、すまん」
私に怒られて、珍しくソフィーは狼狽した。
メイドの特殊技能の一つ『実務万能』。キッチンスタッフでなくても、このお城のメイドは皆これくらいのことはできる。ここ、ヴァリエールのお城はツェルプストー家と接する最前線だ。戦争になったら役割分担なんて言ってられないだけに、ある程度担当範囲外のスキルも教え込まれる。ジャンやアランは大砲だって撃てちゃうのだ。そんな実務の一つが料理だけど、凛々しい外見と裏腹に、ソフィーは料理が得意だ。その腕はキッチンからスカウトが来るほどだけど、初めて刃物を扱うルイズお嬢様にいきなりこのレベルの作業を見せちゃダメだと思う。
「で、では、今度はもっとゆるりと」
そう言いながら、次のリンゴはゆっくりと丁寧に剥き始めた。自分のペースじゃないからちょっとやりにくそうだ。さくさくと剥かれたリンゴを綺麗に8等分。今度は完璧だ。
「御覧のような手筈で」
「判ったわ。ナイフをよこしなさい」
そう言って、ルイズお嬢様は生まれて初めて果物ナイフを手に取られた。
果物の皮むきの場合、基本的に刃物ではなく果物を動かして皮を剥く。逆に、慣れていない人ほど刃物を動かしがちだ。
「そうではなく、もっとナイフは動かさぬよう」
「判ってるわよ」
最初はよくても、すぐに薪割りのように刃物が動いてしまうルイズお嬢様の手つきは、見ているほうがハラハラだ。本来、公爵家の御令嬢ともなればいわゆる『完璧な淑女』で、間違ってもこのような作業をしたりはしない。しかも、まだ6歳のルイズお嬢様だ。力が弱く手も小さいのに加え、すべてにおいて初めてづくしなだけに手つきが危ないのはしょうがないことだとは思う。
そんな矢先に、来るべきものが来た。
「痛っ!」
あっさりとお約束のイベントをこなされるルイズお嬢様。想定の範囲ではある。
「切られましたね。傷を見せてください」
涙ぐんでいるルイズお嬢様の手を取り、治癒魔法をかける。傷はすぐに塞がるが、ルイズお嬢様の意気が落ち込んでいるのは判る。
「いかがいたしますか? まだ続けられますか?」
「……やるわよ」
それから7つのリンゴを剥かれたルイズお嬢様。その間に手を切ること9回。7個目のリンゴでようやく血を付けずにリンゴを剥き終わったんだけど……。
「……」
気まずい雰囲気が部屋に満ちていた。
剥き終わったリンゴは、やけにスマートだった。その隣には、妙に分厚いリンゴの皮。強く握ったせいで、ところどころにルイズお嬢様の手形までついている。
「今度はきちんと最後まで剥けましたね。だいぶお慣れになって来られたと思います」
「全然ダメじゃないの」
「そのようなことはありませんよ」
「いい加減なこと言わないでよ!」
声を荒げ、手本であるソフィーのリンゴを指差す。
「リンゴっていうのはこういうものでしょ。こんなのじゃ、ちいねえさまがおいしいと言ってくれるわけないじゃない」
「ですから、綺麗に剥くには練習をされないと」
私の言葉も聞かず、ソフィーを指差す。
「無理よ。この子連れてちいねえさまのところに行ったほうがいいじゃない」
「それではお嬢様の真心が伝わりません」
「こんな不格好なリンゴよりましよ」
自信喪失というか、すっかりやる気が目減りしてしまっている。
「せっかくちいねえさまに喜んでもらえると思ったのに……」
目にジワーっと涙を浮かべるルイズお嬢様。何だかすごく悪いことをしてしまったような気がしてしまう。
「擂りリンゴに切り替えましょうか?」
フォローしようとしたら、ルイズお嬢様は首を振られた。
「いいわ、もう。あんたたちで剥いたリンゴを届けてあげて」
そう言って、私にナイフを差し出すルイズお嬢様。どうやら本格的にしょげてしまったようだ。
せっかくコツが掴めてきたところなのになあ。
でも、頑張って欲しいと言ってもルイズお嬢様の手のひらには、リンゴとナイフは大きすぎるのも確かだ。もう少し小さいリンゴなら、ルイズお嬢様でもうまく剥けるような気がするんだけど。
……小さいリンゴ?
そんなことを考えていたとき、ひとつアイディアが浮かんだ。
そうだ、あの手があったぞ。
「ルイズお嬢様、では、こういうのはいかがでしょう」
私はナイフを手に作業を始めた。
普通に剥いたのではルイズお嬢様のやる気を盛り立てることはできないと思うから、ここはひと工夫だ。
まずは皮を剥かずにリンゴをくし型切りに切り分けた。何が起こるかのかとルイズお嬢様が私の手元に熱視線だ。皮剥きがうまくいかないのなら、それを逆手に取っちゃおう。おじいちゃんがたまに作ってくれたあれならば、リンゴを切り分けた状態から作業を始められる。切り分けた小さなリンゴなら、手の小さなルイズお嬢様でも扱いやすいと思うし、何よりこれなら皮を全部剥かなくても大丈夫だし。
切り分けたリンゴにこうしてああしてほいほい……と。
よし、完成。
さくさくと手を加えたリンゴを皿に並べるや、ルイズお嬢様は大声を上げられた。居合わせたソフィーとシンシアも目を丸くしている。
私のリンゴを見るルイズお嬢様の顔が、花のように輝いていた。
「これよ! これを覚えるわ! ナミ、やり方を教えなさい!!」
翌日。ルイズお嬢様が作戦決行している間、私たちはホールで待った。
ルイズお嬢様がカトレアお嬢様のお見舞いにお部屋に入られて、かれこれ30分。結果はそろそろ出ているだろう。
「うまくいったかなあ」
「大切なのは、形よりお気持ちだ。大丈夫だろう」
「心配なものは心配だよ。ルイズお嬢様、プレッシャーに弱そうな気がするし」
私のつぶやきに対するソフィーとシンシアのリアクションが両極端だった。こういうところで性格って出るなあ。でも、内容はあべこべでも、ルイズお嬢様を応援する気持ちは同じだということは判っている。
あの後、山と積んであったリンゴをすべて剥いてしまうまでルイズお嬢様の練習は続き、私は傷の手当てのための魔法の使い過ぎで気絶しそうになった。
さんざん犠牲になったリンゴの山の始末として、今日のおやつはアップルパイだ。ちなみに私は大好きだ。
程なく、ミリアム女史が何やらクロッシュの乗ったお皿を持ってホールに入ってきた。それを見て一斉に立ち上がる私たち。
「いかがでしたか、ルイズお嬢様は?」
私の質問に、ミリアム女史は笑って答えてくれた。
「すごくお上手でしたよ」
メイド長のその言葉に、私たちは大きく安堵のため息をついた。
「カトレアお嬢様、たいそうお喜びでした。ルイズお嬢様も、奥様からお褒めの言葉をいただいていました。良い仕事をしましたね、あなた達」
う~ん、こういう言葉をもらうと報われる気がするなあ。こういうのがあるから使用人稼業をやっていられるんだよね。
にやける私に、ミリアム女史が手にしたお皿を差し出してきた。
「そんなあなたたちに、ルイズお嬢様からご褒美です」
クロッシュを取ると、そこに切られたリンゴが並んでいた。
一目見て判る、ルイズお嬢様の作品だった。思わず、私たちは笑った。
「何だか、食べちゃうのがもったいないですね」
お皿に乗った、ちょっとだけ格好悪いウサギさんリンゴが5つ、6つ。