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No.30156の一覧
[0] 公爵家の片隅で 【完結・オリ主】[FTR](2014/09/29 11:33)
[1] 第1話[FTR](2014/05/18 23:55)
[2] 第2話[FTR](2014/05/23 09:21)
[3] 第3話[FTR](2011/10/16 16:22)
[4] 第4話[FTR](2011/10/16 16:14)
[5] 第5話[FTR](2011/10/16 16:13)
[6] ―幕間―[FTR](2011/10/16 02:49)
[7] 第6話[FTR](2011/12/08 00:45)
[8] 第7話[FTR](2014/05/19 08:37)
[9] 第8話[FTR](2011/12/12 21:53)
[10] 第9話[FTR](2012/03/04 19:38)
[11] 第10話[FTR](2012/08/06 22:05)
[12] ―幕間―[FTR](2014/05/23 09:28)
[13] 第11話[FTR](2012/08/07 00:38)
[14] 第12話【前編】[FTR](2014/09/29 11:29)
[15] 第12話【中編】[FTR](2014/05/22 15:11)
[16] 第12話【後編】[FTR](2014/05/22 15:12)
[17] 最終話[FTR](2014/07/03 12:38)
[18] あとがき[FTR](2014/06/19 12:49)
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[30156] ―幕間―
Name: FTR◆9882bbac ID:94786b88 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/05/23 09:28
 夏が過ぎ、ラドの月になるとヴァリエール地方は一気に過ごしやすくなる。
 ソフィーは本を読むのにはもってこいの季節だと言っているけど、私としてはそろそろ市場に出回り始める今年採れた作物と、それを使った美味しい御飯の方が興味があったりする。園丁のミスタ・ドラクロワにお茶を届けに行くと思わぬおやつがもらえたりするから嬉しい季節だ。
 
 そんな秋のある日のこと。

 ヴァリエールのお城は、要塞という機能の他にお屋敷としての機能も併せ持つ。要するに貴族様の居住空間でもあるわけなので、その造りは社会的な立場相応に豪勢なものになる。機能最優先であるべき城塞の機能に対し無駄の極致ともいえる装飾だけど、その双方を生かすことは建築家の腕の見せ所でもあるのだそうだ。高名な建築家には多くの弟子が付き大きな門派を形成していると聞くけど、至るところで小競り合いが起こることが日常のハルケギニアでは城郭建築の需要は常にあるので、その社会的な地位は高いものなのだそうだ。
 
 そんなヴァリエールのお城の母屋のはずれには、ちょっとした図書館が存在する。ちょっとしたと言うのはだいぶ謙虚な表現で、実際にはその規模と蔵書はかなりのものだ。別にヴァリエール家の方々が読書家という訳ではなく、蔵書と言うのは貴族にとっては家格を計る材料にもなるそうなので、必然的に造られる図書館も家格に沿った規模のものになるというわけだ。実際、王立図書館に至っては国の格を計る物差しになったりもするくらいだし、その量はもちろん、希少本を所蔵しているかどうかも小さくないポイントだ。
 そんなわけで本と言うのはかなりの資産的な価値をもつ財産であり、お掃除するこっちも結構神経を使って丁寧に事を進めなければならない。心身ともに疲れる作業なだけに掃除するこっちとしては狭い方がありがたいと言えばありがたいけど、公爵家ともなればこれくらいの規模の図書館はあって然るべきなのだろうとも思う。

 大きな書架が並ぶ図書館に入ると、中は薄暗く、結構埃っぽい空気が漂っている。雰囲気としてはお化けくらいは出てきそうな重々しい空間だ。明り取りの小さめの窓から差し込む光の中に広がる書架の列は、どこか迷宮のような雰囲気を醸し出している。図書館と言うものが、その性質上あまりお日様の光を入れられない静謐な空間なだけに、余計にこんなおどろおどろしい雰囲気になるのだろう。
 そんな図書館の書架の谷間に入り込み、本に積もった埃を上の段から順に落としていく。こういう埃は湿気をため込んで本自体に悪影響を与えることがあるので、それを丁寧に落としていくのは重要な作業だ。使う道具は主にハタキだけど、本を傷めないように毛バタキも使って丁寧に作業を進めていく。普通は脚立を使って進めていく作業だけど、私たちブローチ組は脚立を使わずレビテーションの魔法があるから脚立いらずで作業を進められるからよく図書館の清掃に回される。
 
「ん?」

 姉さんかぶりの恰好でパタパタとハタキ作業を進めていると、本の隙間からやや離れたところにある書架の前で、シンシアが彫像のように固まっている様子が見えた。
 その手には、何だかよく判らない紙の束。それを手に、微動だにしないシンシア。何やら雰囲気が妙だ。気になった私はそのまますいすいと宙に浮いたままシンシアに近寄ってみた。

「どうしたの?」

 声をかけるなり、シンシアが雷に打たれたように飛び上がった。

「な、何でもないわ!」

 すごい速さで振り返ったシンシアの顔は夕日を浴びたように真っ赤だった。熱でもあるのだろうか。

「何でもないって雰囲気じゃないけど?」

「本当に何でもないのよ!」

 慌てたせいで余計に血行が良くなったのか、耳から首まで真っ赤になって声を荒げるシンシア。非常にレアな表情だ。そうなると、余計に彼女が後ろ手に隠している紙束がぐっと気になってくる。

「それ、何?」

 回り込もうとする私を阻止するように、シンシアが体の向きを変える。

「気にしちゃダメ」

「何で?」

「何でも!」

 慌てるシンシアだけど、私に神経を集中していただけに背後から迫りくる第三者に気付かなかったようだ。

「ほほう、妙なものを持っているな」

 音もなく背後を取ったソフィーの唐突な言葉に、シンシアは声なき悲鳴を上げた。慌てて反応しようとするシンシアだけど、ソフィーの方が一手早い。
 対応する隙も与えず、掏摸のような手つきで紙束をシンシアから取り上げてしまった。

「だ、ダメだってば!」

 ぎゃーぎゃー騒ぎながら食い下がるシンシアを片手で制しながら、検分するような目つきで紙面に目を走らせるソフィー。数秒の時間が流れ、ソフィーの表情が徐々に険しいものに変わっていく。怖い顔と言うのではなく、何だかすごく反応に困るものを見てしまったような複雑な感じだ。そこに至ってシンシアが暴れるのをやめ、この世の終わりのような顔をして床に崩れ落ちた。

「始祖よ、お許しください。敬虔であったはずの貴方の娘は、穢れを知ってしまいました」

 開いた瞳孔でぶつぶつと呟くシンシア。

「シンシア、お前、仕事中に何を読んでいるんだ」

 ため息をついたソフィーが、いろいろと感情が混ざりこんだ視線をシンシアに向ける。

「ちょっと、何が起こっているのよ!」

 半ば置いてきぼりになった私に向かって、ソフィーが件の紙束を差し出してくる。読めと言うことらしい。受け取って、私も紙面に目を落とした。

「何なに……『バタフライ伯爵夫人の恋人』?」

 それは数十枚に及ぶ原稿で、要所要所に修正の痕跡もある手書きの小説だった。紙面には綺麗で丁寧な文字が並んでおり、読む分には非常に読みやすかった。でも問題は、その描写されている内容にあった。端的に言うと、どうやらこれは恋愛小説であるらしい。それも、かなり刺激が強い作風。平たく言えば、えっちな小説だ。
 登場人物は二人。
 ある貴婦人と年下のとある青年貴族の禁断の恋愛と言うやつで、睦言を重ねながら、まあ、閨の中でそういうことをいたしているシーンがよく言えば丁寧に、あけすけに言えば妙にねちっこく描写されていた。誰だか知らないけど、何ちゅう生々しいものを書いているんだろう、これ書いた人。

「ふ~ん、シンシアでもこういうの興味あるんだねぇ」

 この子は結構こういう方面は苦手で、仲間内の話しでもそっち方面に話が流れそうになると露骨に嫌がる子だっただけに、こういうものを手に取っているところを見られて困っているシンシアと言うのはなんか新鮮だ。
 嫌味でもなんでもない素直な感想を述べる私に、ソフィーが意外そうな顔をした。

「お前も結構そういうの平気なんだな」

「別に大騒ぎするほどのものじゃないでしょ?」

「見かけによらず、中々に豪胆だな」

「ねえ、どうして二人ともそんなに冷静なの?」

 たまらずシンシアが疑問を呈するが、ソフィーの返答は至って冷静だ。

「性行為なんてものは、真っ当に生きていればいずれ誰でも体験することだろう。大騒ぎする方がおかしいと私は思うぞ?」

 ソフィーの意見に私も同意して頷いた。
 いかんせん、メイドの社会は女社会。男性がいない場所では結構あけすけな話題が飛び交うだけに、私でも最低限の知識くらいはある。
 それに、おじいちゃんの蔵書の中には幾ばくかのえっちな本があったから、年相応にはそういうことも知っている。あのころはあまり字も読めなかったし、そこで描かれている事も何の事か判らなかったけど、それを持ち出して読んでいたら、それを見たおばあちゃんが大慌てで私からそれを取り上げ、それから数日間おじいちゃんがほっぺたを腫らしていたのも覚えている。そんな訳で、古来こういう話は大衆に受けがいいことは知識として知っていた。
 そういう点に関してちょっとだけ私たちとずれているシンシアは、納得いかないという面持ちだった。

「それはそうだけど、そういう秘め事と言うのは大っぴらに言わないからこそ秘め事なのであって……」

「その意見にも一理を認めるが、秘め事と言う割には、何だかんだで人にはこういう大っぴらになった文芸作品を好む性癖があると思うぞ。需要があるからこそ、こういうものの供給もあるというということだろう」

 私が戻した原稿に今一度内容に目を走らせるソフィーだけど、その視線は冷静なものだ。

「だが、内容はともかく、文章は丁寧だな。かなり学のある人物が書いたもののようだ」

「そうなの?」

 私の問いにソフィーが頷いた。

「ああ、表現や使われている言葉に、かなりの奥行きを感じる。恐らく、相応に文章を書き慣れた人物なのだろう」

「誰だろう?」

 ヴァリエール家にお仕えする者は、基本的に読み書き計算ができる人であるのが条件だ。でも、それだけで文章を練ることは難しいだろう。恐らく、それなりに多くの書物に触れてこそ、こういうものは書けるのだと思う。加えて、ここまで緻密にこういうことを書けるあたりはそれなりに人生経験がある人に違いないだろう。
 想像を巡らす私をよそに、ソフィーが読み取れる情報を並べていく。

「字は恐らく女性の字。丁寧に書いているところから見ると、かなり几帳面な人のようだな」

「でも、それだとメイドは皆対象になるよ?」

 シンシアの主張ももっともだと思う。几帳面じゃなければメイドは務まらない。

「それもそうだな。それにしても、だ」

 やや考え込みながら、ソフィーは深くため息をついた。

「何でこのようなものがここにあるのだ?」

 持っていた紙の束に厳しい視線を向けながらシンシアに訊くソフィー。

「本の間に挟まってたのよ」

 これが事故であることとして己が身の潔白を主張したいのか、シンシアが必死に弁解する。でも。

「どの本?」

 私の問いに、シンシアの表情が今度は真っ青になった。何のことやら判らないけど、自分の失言に気づいたような感じだ。

「これか?」

 書架に並んだ本の列から、一つだけはみ出している本を目ざとく見つけてソフィーが手に取る。

「だ、ダメ、本当にそれだけは許して!」

 今度こそ必死にソフィーにすがるシンシア。見たことのない形相だけど、やっぱりソフィーの方が力が強い。有無を言わさずシンシアを制して本の表紙に目を落とすと、表題を見るや、今度は中身を見ることもなく今度はソフィーも耳まで真っ赤になった。何を理解したのか、鋭い視線をシンシアに向けるソフィー。

「シ、シンシア、お前という奴は!」

「ごめんなさいごめんなさい、お願い許して、気の迷いだったの!」

 何が起こっているのか判らないけど、貴族同士でしか判り合えないやり取りのようだとおぼろげながらに見当がついた。

「あの~、お二人さん。私ひとりが置いてきぼりと言うのは寂しいんですけど」

 私の言葉に、ぴたりと動きを止める二人。やや思案した後で、ソフィーが意を決したように言った。

「仕方がない、ここはナミにもシンシアの所業について理解しておいてもらうべきだろう」

 そんなソフィーの言葉に顔色をさらに青くするシンシア。

「か、勘弁してよ!」

「いや、真の友とは隠し事をしないものだ。ここは潔く観念しろ」

「そんな~」

 見ていて非常に面白い寸劇なのだが、尚も縋り付くシンシアを押さえつけてソフィーが私に件の本を差し出してきた。
 タイトルは『風と樹の歌』とある。
 はて、パッと見はごく普通の本のようなのだが。

「これ、何?」

「一部の貴婦人の間では、非常に人気がある本だ」

 ほほう、貴族様御用達の本か。どれどれ。
 喚くシンシアには悪いけど、私は項をめくった。
 そこに書かれているものは、先ほどの手書きの紙束とそう大差がない内容だった。
 寄宿生の学校の寮を舞台に、ルームメイトの二人が登場人物。夜の一室で交わされる言葉は扇情的で、ねちっこくて。二人のぎらついた視線や熱い吐息が感じられるような細かい描写。 
 だが、その描かれている人物たちにはいささか問題があった。丁寧な描写が織り成す文章を読み進めるうちに、私の中の違和感が経験したことがないくらい暴れ出した。私が知る範囲において、そういうことをするのはありえないと言うか、あってはならないと言うか……。理解が進むうちに加速度的に膨らんでいく違和感と得体が知れないモヤモヤした気色悪い感覚に、口の中が乾いていくのを感じた。というか、ベッドの中で何やってんの、この人たち……。

「あ、あの、ソフィー……も、もしかして、こ、この二人って……」

 もつれる舌を必死に動かしてソフィーに訊いた。訊きたくなかったのに、何故か私は訊いてしまった。悲しいかな、人は知りたがる生き物なのだ。
 その問いに対する返答は、思いのほかシンプルだった。

「うむ。男性同士だ」

 あっさり断言して頷くソフィーの言葉が、私の耳に柔らかく突き刺さる。それはもう、気色悪いほど柔らかく。

「えーっ!!」

 悲鳴を上げかけた私のリアクションを予想していた私の口をソフィーが押さえつける。

「気持ちは判るが、落ち着け」

 落ち着けと言われてもこれは無理だろう。それくらい私は狼狽していた。狼狽ついでに、全身にぶつぶつと鳥肌が立っていた。
 まだ青年になりかけの美少年同士の愛情の交換と、その果てにある物理的な交流。そんなものがこの本のテーマだった。
 私だって同性愛のことくらいは知っているけど、いくらなんでもこれはありえないだろう。

「だって、男の人同士で、って……えー!?」

「ナミ、貴族の社会ではな、こういうことはそう珍しい事ではないのだ。歴史を見ても、高貴な身分の方々にとって男色と言うのは意外と古い文化らしいからな。時には女色より高貴な嗜みとした場合もあったらしい」

 訳知り顔のソフィーが、生徒に言って聞かせる先生のような口調で言った。この子、意外に耳年増なのだろうか。

「そ、そういうのがあることくらいは知ってたけど、で、でもさ、男の人同士じゃ、その、できないんじゃないの、こういうことって……」

 男性同士の愛情の交換なんて、見つめ合ったり手をつないだり、ちゅーをするくらいがせいぜいだと思っていた。そもそも、男性同士でそういうことをしたくても体の造りがそうなっていないはずだ。
 でも、そんな私の意見をソフィーは真っ向から木端微塵に打ち砕いた。

「可能だ」

「ど、どうやって?」

 訊きたくないはずなのに、またも訊いてしまった自分が憎い。

「それはな……」

 それから懇切丁寧に語ってくれたソフィーの説明は、正直記憶から抹消したい。生涯でも屈指の『聞くんじゃなかった話』の一つであることに間違いない。
 とつとつと雄蕊と雄蕊の秘め事のあらましを紡ぐソフィー。それを震えながら聞く私の隣では、シンシアが何も聞くまいと必死に耳を抑えている。今更そんなことしたって遅いよ、シンシア。
 聞き終わる頃には、私の顔からは血の気が失せていた。だって、ありえないでしょ、そんなこと……ねえ。

「に、にわかには信じられないよぅ、そんなの」

 瞳孔が開いた目をソフィーに向けたまま、口をパクパクさせることしかできない私に向かってソフィーはなおも言葉を続けた。
 
「世の中と言うのは本当にいろんな人間がいるのだ。むしろ、人類の歴史においては文明の発展と言うのはこういう性的な文化の発展と同義のものとも言えなくもないと私は思うぞ」

 私は開いた口がふさがらなかった。世の中は広い。広すぎる、というか、それをここまで冷静に説明できる子が、同い年の女の子にいることが驚きだった。
 そんなソフィーに、ひとつだけ気になったことを訊いてみた。

「あの、あんまり訊きたくないけど……お、女の人同士でも、こういうことできるの?」

 さも当然と言うようにソフィーは頷いた。

「無論、可能だ。その場合はこんな形をした道具を使ってな……」

「そんなことまで解説するな、馬鹿者!」

 たまらずシンシアが雄たけびを上げた。









 事の次第をまとめると、シンシアが掃除をしていたエリアに、たまたま噂に聞くちょっとアレな本が収めてあった。それを見つけたシンシアは、好奇心に逆らえずにこそっと手に取ったところ中からこの紙束が零れ落ちて来て、何かと思ってそれを見たらあまりに過激な内容だったので目が釘付けになってしまったという事らしい。
 何というか、神様と言うのは純朴な女の子相手にずいぶん意地悪なことをするんだなあ、と私は思う。

「で、これ、どうする?」

 問題の紙束と本を手に、私は二人に問題提起した。

「シンシアが自室に持っていくと言うのなら知らない振りしてあげるけど?」

「ナミ、もう勘弁して」

 魂まで疲弊したような顔でシンシアが呟いた。ちょっといじめすぎただろうか。そんなシンシアをよそに、ソフィーが私から本を受け取った。

「とりあえず、こっちは書棚に戻しておくべきだろう。これでも立派に文学作品として認知されているものだから、蔵書にあってもおかしいものではない」

「これが~?」

「遺憾ながらな。芸術なんてものは、声が大きい者が『これが芸術なんだ』と叫べばそれが芸術になってしまうものだ」

 神をも恐れぬソフィーの暴論について、何となく納得できてしまう部分もないでもない。

「問題は原稿の方だが……こっちもあったところに戻しておいてやろう。こんな場所に隠しているところを見ると、書いている当人もあまり公にしたくないものだと思う。少なくとも、私が密かにこのようなものを書いていることが周知となったら、多分その場で自決するぞ」

「私も同感」

「私だってそうだよ」

 ソフィーに同調するシンシアを見て、私も頷いた。


 妙な珍事件になってしまった件の本の間に原稿を挟み、あった場所に戻す。それにしても、こんないかがわしい本が芸術と言うあたり、凡人の私にはやはり芸術と言うのは高尚過ぎて理解できない世界だ。
 そんなことをしていた時、図書館のドアが開く音が聞こえた。
 私を含めた全員が息をのみ、大慌てで杖を振ってそれぞれの担当の書架に飛んだ。ちょっとサボりすぎた罪悪感がのしかかってきて、ハタキを振るう手が必要以上に早いピッチでパタパタと動いてしまう。
 手はそんな感じに大忙しだけど、耳はたった一つの音源、つまり足音に集中。誰が入って来たのかは書架の陰になって判らないけど、足音は1人分。その足音は真っ直ぐに問題の書架に向かうと、何やら本を取り出すような音と聞き覚えのある声が聞こえた。

「ああ、やはりここにありました」

「あなたにしては迂闊でしたね」

 足音は1人なのに、声は2人分聞こえた。
 その声を聞いた瞬間、思わず悲鳴をあげそうになってしまった。
 自分の表情が雪崩を起こしていることが、自分でも判る。
 ま、まさか中のまさかだよ、こんなの。

「詰めの執筆に神経を傾け過ぎてしまったようで、ちょっと疲れていたようです」

「だいぶ頑張って修正したようですね。出来栄えの手応えは?」

「それなりに。毛色は違いますが、この本もかなり参考になりましたから」

「いいでしょう。読ませてもらいます。問題がなければ王都の印刷工房に話を持って行きましょう。とは言え、文章と言うものも立派な芸術。貴方も芸術家の妻になるのですから、少し厳しく評価しますからね」

「よろしくご指導のほどを」

 そう言って、声の主たちは何事もなく図書館から出て行った。




 気まずい沈黙が満ちた図書館で、私たち三人は複雑な表情で向き合った。
 壁の大時計の振り子の音だけが響く、静謐な空間。
 ややあって、ソフィーが口を開いた。

「どうだろう。今日のことは何も見なかったことにする、というのは?」

「賛成」

「わ、私も」



 この時に見たあの作品が、10年後に国中で大人気のシリーズになるとは、私たち三人は夢にも思わなかった。



 お墓まで持っていく秘密が一つ増えた、秋の日の出来事。



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