ロビンさんとヴェルダンデくん
「わたし、怒ってるの」
小さな声で、しかしはっきりとロビンはそう言った。
「今、ものすごく、怒ってるの」
どうやって、何を言ったものだろう。
ビクビクと震えながらヴェルダンデは小さなカエルに向き直った。どうしよう、小さいはずなのに、ロビンが今ものすごく怖い。外から見れば、大きなモグラが小さなカエルに、怯えつつにじりよる様は可愛いとさえ言えるものだったが、当人たちは真剣だ。
学院の裏庭に呼び出されたヴェルダンデは、特に警戒もせずホイホイ着いてきてしまった自分自身に、ちょっと悲しくなった。
それはもちろん、ギーシュさまが大切に思っている存在の使い魔だからなんだけどさ、そうなんだけどさ。
「ヒドいと思わないっ?!」
少しだけの沈黙の後、ギッと、いうか、ギョロリとロビンの目が動いた。
モグラにはないその特徴的な動きに、ちょっとビビる。
幸いヴェルダンデが少し引いたことにロビンは気付かなかったらしく、そのまま滔々とせきを切ったように話し始めた。
怒りの文句と、さらに文句と、とことん文句と、それでも静まらない憤りの心をどうすればいいのか文句。所々入る、客観的事実に比較的近い何かから推察するに、桃色髪のメイジが突然現れたロビンを見て、驚きのあまりひっくりかえった。というところだろう。
鳥肌立てて。
気持ち悪いとか気味悪いとか。
カエルは全世界から消えていいとか(これは多分ロビンの思い込み)。
「わたしはわたしなのよ? わたしがわたしであるということを否定されたのよ? 許せる?! ねえ、これって許せるのッ?!」
その桃色髪メイジの激烈な反応は、ロビンのカエルとしてのプライドをいたく傷つけたらしい。ぬめっとしたしっとり肌とか、透明感あふれるなめらか水かきとかを、カエルとして、それなりに美しいと思ってるはずだから、余計に。
「これはもう、わたしのご主人さまを侮辱したも同じことだわ!」
キラキラした目をさかんに瞬きさせつつロビンは言った。
それはちょっと違うんじゃないかなあと小声で言ってみたけれど、睨まれた。そして続けてぴょこりと後ろ足で立ち上がり、「だからわたし考えたの」ときた。
これは困った、ギーシュさま逃げ場がありませんごめんなさい。普段ギーシュさまが、女の子ってさあ……女の子ってさあ……と時折呟かれている、その気持ちが今ならわかるような気がします。
メスってさあ……
「あの桃色髪の寝台に潜り込んで、朝、至近距離で、お早うを言ってさしあげるのよ」
「……」
挨拶は、円滑な交流の始まり、そうだね、ロビン、その通りだね、何か違うような気がするけど絶対君の言う通りなんだと思うよ、ロビン。身体的危険はないし、とてもいい考えだと思うよ、ロビン。
「え、でも、どうやって部屋まで入るつもりなんだい? 君の手じゃ扉を開けられないだろう?」
「近くで待っていて、扉が開かれた隙に入ろうかとも思ったんだけど、そこまで行くのも目立つし、疲れるのよね」
「ぼくは行かないよ! 行けないよ! 女子寮にぼくが居たらギーシュ様が色々大変だよ! ロビンのご主人様も大変だよ!」
「チッ!」
うん……な、何も聞こえなかった。
「でも、シルフィじゃ窓をぶち割って、わたしを部屋に放りこむくらいするわよ、変な曲解で」
「するね……」
「しかも曲解したままイイ笑顔で」
「そうだねイイ笑顔だろうね……」
「フレイムじゃ燃やされちゃうじゃない!」
「間違いなく、こんがり丸焼きカエル路線だね……」
その後もアレもコレもと理由をあげるロビンをヴェルダンデはなんとか遮って、一つの案を提示してみた。
後日、ロビンの計画は遂行され、桃色髪は絶叫と共に起床、直後そのまま失神した。服のポケットにモグラの手によってこっそりカエルを入れられた人間使い魔は、相応の罰を受けた。その怒りのほとんどが、カエルを使ったいたずらに対する怒りではなく、どうしてモンモランシーの使い魔をあんたがっ!! というものであったのだが……
もちろんヴェルダンデは、こっそり人間使い魔の傍に宝石の原石を置いておいた。
メスってさあ……
終