よぉ、相棒。眠れねーのか?
そんなことないって? はっ、無理なんかしなくていいぜ? 明日は大戦だ、眠れなくて当然だろ。相棒のことはなんにもかんにもお見通しだっての。
俺っちと相棒の仲じゃねーか。そうだな、だったら、ちょっと昔の話でもしてやろうか?
そりゃもう昔も昔、大昔さ。俺っちが、どんなに長生きしてるか知ってんだろ? そういうこった。
俺っちを振るった男の話だ。メイジ? メイジじゃねえ、メイジ様が剣なんざ振るはずねーだろ。平民の、傭兵の話だ。別に武器屋で二束三文でそいつに売られたわけじゃねーぞ、戦場で拾われたんだ。
あの頃はな、なんか、どこもかしこも小競り合いってのをしてやがったんだ。ブリミル直系の王家はともかく、貴族同士の足の引っ張り合いや、国境線をどうのこうのってのは、わりとよくある話だろ。
ロマリアはともかく、長子だ末子だなんざ、意味ねえと思うんだが、まあ、そんな時代の話しだ。
俺っちを拾った男は、ごく普通の平民だった。
いや、その時は平民だったんだ。傭兵なんかじゃねーほら、戦場で甲冑や剣を拾って売る、そんな汚ぇ半野盗をしていたこすっからいガキだ。身なりはボロボロ、体はガリガリ、目ばかりぎょろぎょろさせてやがったなあ。
声? もちろんかけたぜ、そうしたら傑作でな、しょんべんたれて尻もちついて、言葉も出やしねー。カクカクしながら這って逃げようとしやがる。
あー、実はな、相棒。
その頃の俺っちは、ちょっと色々嫌になってて、人を斬りすぎたってのかな、剣だから当然っちっちゃー当然なんだが……ガンダールヴもいねえ……もっとなんか、なんていうかな、もっとちゃんと手入れをする、イイ奴に振られたくなったわけだ。
敵だ! 斬る。賞金首だ! 斬る。とりあえず、斬る。全部斬る。そーんな感じだった。そんな奴らばっかりだった。
ここでこのクソガキが俺を売っぱらうとまた、このご時世だ、嫌~なヤツに使われるんだろうなーと、考えたわけだよ、当り前だろ?
だから、ガキに、売らずにもっと目立たない所に捨てるか、家にしまいこめって言ってやったんだ。その通りにしないと、てめぇのこと、あることないことしゃべりまくるぞっ! てな。
あー、やっぱつまんねーか。
え? そんなことねーって? なんでそんなガキが傭兵になったのかって? ああ、娘っ子はいないし、いいか……
相棒は、貴族ってのをどう思う? いい貴族も悪い貴族もいる、そうだな。こればっかりは今も昔も同じ。……ガキのオヤジは、その村じゃいっぱしの顔で村長もしてた。
ある時、ひでぇ飢饉が村を襲った。もちろんその村だけじゃねー、周り全部だ。オヤジは見るに見かねて、領主の貴族に直訴したんだよ、税率を下げてくれってな。
翌日には首が道に晒されたさ、反逆者としてな。
ひでー話、そうさな、まったくもってひでー話だ。
残った家族は反逆者の家族ってことで、村民全員から除けものだ。自分も反逆者の仲間で処刑されちゃかなわねーからな。
貴族様の格別のご厚情ってやつで、ちっせえ畑は残ったんだが、母子二人では食っていけねー。母親は色を売って、日銭を稼ぎ、ガキは戦場あさりでなんとか食いつないでたんだが、客から病気をうつされて母親がおっ死んじまった。
その頃はガキもそこそこに大きくなっててよ、畑を売って墓ぁ作って、とうとう村を出やがった。俺っちから見たら遅いくらいだったな。
俺っちもバカやったもんだ。
ガキに頼まれてヤットウの振り方を教えちまったんだ。……そのまま、戦場あさりの時知り合った傭兵団に入っちまった。いつか貴族に復讐するって、な。
目だけギラギラ光らせて、人を寄せ付けねー、手負いの獣みたいになっちまった。
俺っちには話をするんだが、それだってアイツが憎いコイツが憎い、死ね、殺す、呪ってやる、そんなことばっかりだった。ひと月もしねーうちに、誰も話しかけようともしねー殺人狂サマの出来上がりだ。
実際、俺っち他人の前では黙ってたからよ、剣にしゃべりかける狂人って噂されてたな。
そんなアホウに、たった一人だけ普通に話しかけてくるバカがいたんだ。そら、おでれーた、だ。そのバカは、団に同行してる水メイジだった。
娘っ子には遠く及ばねーが、ほどほどの顔をした若い娘でな、もちろん団で大人気だ、ちょっとしたケガでも見てもらいたがる野郎どものムサ苦しい集団、相棒にも見せてやりたいぜ。
もちろん貴族じゃねえ、どっかの貴族が使用人に手をつけて産ませて捨てたとかなんとか言っているのを俺っちもあいつも聞いた。
その娘っ子だけだった、あいつに声をかけ続けたのは。
だがな、あいつの貴族嫌いは筋金入りでな、どんな大怪我をしようとガンとして魔法治療を受けようとはしなかった。魔法はそのまま貴族の特権だったからな……そんなもの受けるわけにはいかなかったんだろうさ。
ある日のことだ。
あいつがとうとう、もうだめだっつー感じの怪我をした。傷自体は急所を外してたんだが、友軍に見つかるまでに血を流しすぎたんだ。これで死ねる、母さんの所に行ける、貴族を一人も殺せなかったけど、母さんは、父さんは、許してくれるだろうか、なんてことを言いやがる。
え? 俺っちが何て答えたかって?
わかんねー。
って、答えてやった。ああ、こいつ死ぬんだなって、思った。まだ体は死んでねーってのがわかったけどよ、心が死んでたんだ、あいつは、あの時。
そうしたら、すげーことが起こったんだよ。
あのメイジの娘っ子が、思いっきりあいつをひっぱたいたんだ。
今にも死にそうな怪我人をだぞ? 思わず俺っち、笑っちまった。やるな、娘っ子ってな。それ聞いて娘も笑ったさ。驚く前にな、笑った奴は初めてだ。あいつのポカーンとしたマヌケ面が、さらに笑えたね。
豪快で爽快ってのは、あのことを言うんだと、デルフさまつくづく思ったぜ。
それから黙って魔法をかけてた。おかげであいつは、命を拾ったってわけだ。
それで二人はどうなったかって? あー、あまり変わり映えしなかったな。挨拶を無視してたのが、軽くうなずくくらいにはなったっていうのか。
ここは、二人がくっつく展開だろっ?! って、そうそううまくいくもんかよ、物語じゃねーんだからよ。
その前に娘っ子は死んじまったからな。
ああ、悪ぃ悪ぃ、相棒に縁起悪いところまで話ししちまったな。もう、寝ろ。え? 気になって眠れねー?
楽しい話じゃないぜ、相棒。
だったら端からそんな話しすんな? そりゃその通りだけどよ、どうしても思い出しちまうんだよな、こういう夜は。
……傭兵団は武を売るもんだが、それをより高く買わせるために色々手を回してた。あっちの団よりも、こちらを、そして他の傭兵団より高く高く、な。女も使う。水メイジってのは、自分で自分を癒せるから【少々の無理はきく】ってな。
怒らなくてもいーぜ、もう昔昔のことだ。優しいな、相棒。
あいつは変態貴族の慰み者になってた娘を連れて逃げた。
いや、逃げようとした、か。どんなド腐れ男だろうと貴族は貴族、メイジはメイジ、火魔法の直撃で娘は死んだ。あいつは俺っちが助けた。だが、川に落ちて離れ離れになっちまった。
また会えたかって? 会えたぜ。
俺っちが川の底に沈んで、いったい何年がたったんだか、あいつは別人みたいになってた。
真っ白い髪で、病気も持ってたのかえらく痩せて、初めて会った時みてーにガリガリだ。しかも、以前からは考えられねーくらいの静かな声で、あの後のことを昔みたいにしゃべった。
殺されたあの娘は、確かに妾腹だったが、本妻の子が全て亡くなったんで父親の親族が探してた。しかもその父親ってのが位の高い貴族だった。
笑えるだろ。
娘を殺したその変態貴族はもちろん取りつぶしさ。
汚ねーことに、あいつに罪をおっかぶせようとしてたらしいけど失敗してたそうだ。
ふた親を殺したのも貴族。惚れた娘を殺したのも貴族、だがその惚れた娘も貴族。貴族を憎むんなら、娘っ子も憎まなきゃならねー。
どうしたらいんだデルフって、イイ年こいてそんなこともわからねーのかと。そんなことを尋ねるために、俺っちをずっと探してたのかと。
もう、バカじゃねーのかと。
……今は、タルブ村っていうんだな、あの土地は。
開墾した奴の名前なんざ、どこにも残ってねーか。しょうがねーな、たくさんの中の一人だからな。
まあ、俺っちの中にあるたくさんの「物語」の一つってこった。人間、捨てたもんじゃねーよ、なんてな。
……相棒、もう寝てんじゃねーか。
終