本能というものは……いや、この場合本能とはちょっと違うような気がするが……どうしようもないものなのだなぁ、と、ヴェルダンデは泣きたい気持ちで思った。
熱くて暑くて、モグラの少ない汗腺から汗が流れるように出てくる。なんだかもう、気が遠くなりそうなんだけれど。
学院裏の裏山の、ぽっかり開けた場所でフレイムの上に圧し掛かるように抑え込んでいる自分。きっかけはささいなことなんだが、その結果は重篤なものを引き起こすものっ……て、こんな言い回しでいいのかな。
己の体が燃えていないのは、フレイムにほんの少しばかり使い魔としての理性が残っている証拠だと信じたい。
じりじりじりと、フレイムが首だけこっちを向く。
「離せモグラ」
「嫌だよ」
じりじりじりと抜けだそうとするのを、さらに全体重をかけて抑え込む。
尻尾熱い、尻尾熱い、尻尾熱いから!
それよりもフレイムの目がイっちゃってるのが怖い。
「先っぽ! 先っぽだけ! ほんの先っぽを燃やすだけだっ!!」
「だからダメだって!」
「ほんの少しだけだ、アレを、ほんの少しだけ焼かせろっ!」
「落ち着こうフレイムッ!」
「落ち着けない! あのぬめっとしたところが我慢できねえ!」
「ロビーン! 早く逃げてー!!」
そう、原因はロビン。ここ最近フレイムはロビンに変にご執心みたいで、見ると燃やしたくて燃やしたくてたまらなくなるらしい。ぬめっとした所が、我慢できないらしいんだけど。もちろんロビンの方も自分を守るために、ここずっとご主人にべったりだったんだけどさ、たまたまって怖いよね。
なんとか首を巡らせると、まだら模様の小さなカエルの姿はもうなかった。安心した。そのまま自身は、押しのけられてしまったが、ご主人のところへ逃げ込んだならもう大丈夫だろう。
「なんで燃やさせてくれねえんだよ、モグラ!」
本気の本気で言ってるからたちが悪い。一応使い魔は同僚という意識もあるみたいだけど。
「なんで燃やそうなんてするんだよ、フレイム!」
「そこがぬめっとしてるからだ!」
すごい説得力だ。
「……ああ、うん……ぼくもそれはわかるよ、宝石とか見ると我慢できないしね……でもロビンは燃やしちゃだめだよ」
「足の先くらいならいいと思うんだがなあ」
「フレイムの基準がわからないよ」
ヴェルダンデは露骨にため息をついてみたが、サラマンダーは何の痛痒も感じなかったらしい。しきりと首をひねりながら、頭の中で素敵に効率のいいカエルの丸焼きをシミュレーション中のようだ。ああ、ギーシュさま、ぼくは使い魔としてものすごく頑張っていると思います。
本来なら、こんなこと自分の仕事ではない。だが、ロビンはギーシュさまが大切にしている人の使い魔、ロビンがこんがり焼かれたらそのご主人が悲しむ、そしてもちろん、その姿を見てギーシュさまも悲しむだろう。
フレイムはエサもたっぷり貰っているはずなのに、どうしてまた昔に戻ったみたいなことを言い出すんだろう。
とりあえずフレイムの頭から、ロビン丸焼き図を追い払わないと。
「そ、そういえば最近シルフィを見ないね」
「青いのなら任務だとか言ってたな」
【へっぽこ竜】から【青いの】に呼称が変わったのは、さて、いつだっただろう。
「空が飛べるって大変だけど、いいねえ。飛ぶってどんな感じかな? ぼくはちょっと……かなり……ものすごく嫌だけど。ああ、フレイムは乗せてもらったことがあるんだっけ? どうだった?」
「……悪くはない」
「ふぅん……」
ヴェルダンデとしては、この地面から離れるなどと想像がつかないことだった。足元や周りに土が、石が、根っこがないなんて、あり得ない。恐ろしすぎる。ギーシュさまのご命令ならやってはみるが、その場で恐怖のあまりひっくり返って死ぬんじゃないかという予感すらする。
想像だけで頭が真っ白だ。自分からなんて、体が震える。
空を自在に駆け巡るシルフィードをいいなと羨むのは、ご主人の役に立っているというただ一点においてのみだ。
生き方が違う、能力が違う、生物としてよって立つものが違う。それはそれで、これはこれ。使い魔になっても、克服できないもの、変えられないものは多いと思うんだ。
いや、でも、普通のサラマンダーは飛ばない、よなあ。
「フレイムは勇気があるなあ」
「?」
「落ちるとか思わなかったのかい?」
「青いのは、そんな下手くそじゃないだろう」
「なんだろう、今ぼくは、ものすごい敗北感を感じてみたよ」
「というわけだからよ、あのカエル燃やしてもいいよな」
「どんな、【というわけ】なんだよ! ダメだって」
「足の先っ! そのまた先だけでいいからっ!!」
「うわー、シルフィ早く帰ってきてくれー」
「ちょっと待て、なんでそこで青いのが出てくるんだ」
「いや、なんとなく」
「わかった。今日はモグラの丸焼きにしよう」
もう必死にもぐったから、フレイムがその後も何か言っていたようだけど聞いてない。
終