水兵服とへっぽこ竜
「お待たせっ!」
くるりんぱっと彼女の主観で華麗に一回転してから、シルフィードは言った。
ここは、学院近くの裏山で、いつものように使い魔達がそれぞれに仲良く集っている。そしてこれまたいつものように、仲のいい使い魔であるフレイム、ヴェルダンデ、ロビンがぐだぐだと時間を潰していた。
空は抜けるように青く、ゆるやかに風が吹く、爽やかないい天気だった。
ただ、ロビンはやはり体が乾燥するのが嫌なのか、きっちり日陰に入り、さらに昨日の雨でじめついた地面にぺったりと腹をおしつけている。
ヴェルダンデはその隣で上半身を土中から出し、まったりしていた。
サラマンダーであるフレイムだけが、のびのびと太陽の光を受けて体を伸ばしている。
そんなこんなのゆったり伸びやかな昼下がりに、シルフィードが林の向こうから駆けてきて(飛んできたのではない、ヒトガタだった)彼らの前で意味不明な一回転をかましてくれたのだ。
「…………」
沈黙以外に応える何ものもないのは、当たり前である。
なのに竜は【解せぬ】という表情になって固まった。
「え? どうしてなのね? あ、え、えーと……あ、そうかっ! オ待タセッ!」
今度は、何かを思い出したらしく、小さく頷きつつセリフを棒読み、再びくるりんぱをかまして、最後に指を立てた。
「…………」
あれだけ嫌がっていた人間の服を身につけ、品評会出場者のごとき堂々とした姿で、高速回転。
ただ人間服は上っ面だけであり、あの人間使い魔が見たら鼻血を吹きそうなスカート下が広がっている。
だがヒトではないカエル、モグラ、サラマンダーに特に意見はない。
潔い下半身すっぽんっぽんぶりと上半身たゆんたゆんぶりは、本人のドヤァの表情もあいまって、性的というよりも、野生発見伝である。
恥じらい? 何ソレ美味しいの? だ。
「シルフィ……熱でもあるの?」
「そうだよ、あれだけ服嫌だって言ってたじゃないか」
「ついに怪しい拾い食いがたたって、頭やられたのか、へっぽこ」
「お、おかしいのねっ! 絶対おかしいのね! みんなは、これ知ってるはずなのね!」
「あ、そうか。視界共有するとギーシュさま困るからやめてくれる?」
少し前の出来ごとであるが、この服装が男達の間で大ブームになったことがあるのだ。もちろんヴェルダンデのご主人もその例に漏れない。とても幸せそうに、けしからんと言いつつ脳髄を直撃されていたのだ。
ロビンにもそう悪い記憶はない、これを着て教室に行った時のモンモランシーさまはとてもとても機嫌がよかったのだから。可憐で清楚ですばらしくよく似合っていたとカエルは思う。ちょっぴりだけ、それをプレゼントしたヴェルダンデのご主人を見直した……時もありました。
「お、おかしいのね、ロビンのご主人さまだってすっごい注目されてたのね。だから、これお姉さまに着てもらえばいいはずなのね。きっと絶対似合うのね!」
足りない言葉から推定すると、この服をどこをどうやって手に入れたかは、わからないが、シルフィードは主であるタバサに着てもらおうと思ったらしい。
クラスメート達にかわいーかわいーきれーすてきーにあうーさいこーと賞賛されるマイご主人、それはもう使い魔として鼻高々であろう。
色々と足りてないが。
「あなたのご主人が着たら、ぶかぶかにならない?」
「それはそれでって聞いたのね! それはそれで!」
どこから何を聞いたのか、もはや誰も突っ込まない。
「うん、おまえがへっぽこなことだけは、わかった」
「またへっぽこ言うのね! フレイムひどいのねっ! シルフィはシルフィなのね!!」
深く深く頷くサラマンダーに、今は人型となった竜はだしだしと地団太を踏んだ。そのたびにひらりひらりと短い水兵服の裾がひるがえるが、やはり彼らに特に感想はない。
「ま、まあ多分シルフィのご主人はそんなの着ないと思うよ、うん」
「わたしもそう思うわ」
「どっから取って来たかしらねえけど、返しておけよへっぽこ」
「うう……でもこれ、フレイムのご主人から貰ったのね! お姉さまが」
ごっと音をたててサラマンダーは地面に頭を突っ込んだ。
あらゆる意味で予想外だったらしい。
「なのに、クロゼットの奥にしまいこんでしまったのね、もったいないのね!」
シルフィードによると、ゲルマニアで量産して世界的ブームにしようそうしよう、そのままがっぽがっぽと儲けようという、実にキュルケらしい考えがあり、試作品を、絶対に似合うから! ぶっかぶかもそれはそれで! それはそれで! と渡した……らしい。
確かに、フレイムもご主人さまがここのところ何事か活き活きニコニコと連絡を取ったり書類をかいたりしているのは知っていた、だがこういうことだったとは。
頭から瞬時に乾いた土をぱらぱら落としながら、彼は立ちあがった。
やるならやらねば。
「さすがキュルケさまだ。これは間違いなくお前のご主人に似合うぞ、青いの」
「手のひら返したー」
「はっはっは焼くぞモグラ」
シルフィードはやっぱりドヤァ顔で、うんうんと腕を組んで頷いている。
「だからお姉さまに着て欲しいのね」
「よしわかった協力する」
「今日のフレイムは話がわかるのね!」
「何を言うんだ青いの、俺はいつでも話のわかるオスだぜ?」
前足と手を打ち付ける。
かつて二匹がここまで意見を合わせ協力することがあっただろうか、否、ない。
「いや、こういうのはご主人さま達の気持がね? 大事なんじゃないかなぁって……え? え? どうしようロビン」
「くっ、モンモランシーさまにライバル……ライバルだわ……メイドは場所が違うからどうでもいいとして、アレを皆が着るようなことになったら、モンモランシーさまの魅力再発見が! ……来なさいヴェルンダンデ、あの二匹の計画を妨害するわよっ!」
「ロビンっ?!」
片方はさらに林の中に、もう片方は学院の方へ、二つに分かれ、それぞれに場所を変えていく使い魔達だった。
特殊水兵服は各国でブームになったとか、ならないとか。特殊性癖に目覚めたものがいたとか、いなかったとか。
終