ここは不思議溢れるファンタジーの物語。
当たり前のごとく、奇跡の起こる場所。
強い思いと人の願いが、現実へと変わる場所。
求める心が世界を紡ぎ、伸びた発条を巻き戻す。
捩子を巻くのは、読者の思い。
物語を見て、感動した心。
幸せな終わりを見たいという願い。
それが力となり、世界は再び繰り返す。
何度も――何度も――繰り返す。
決して幸せの訪れない物語を――。
……おや?
これはこれは……。
これまたずいぶんと珍しいお客さんだ。
いや、珍しいと言う表現は適切ではないな。
実際、君と私が会うのは、これが初めてだろう。
違うかな?
少なくとも俺はそう自負しているのだが……。
……………………。
………………。
…………。
……。
そうだろうそうだろう。
というより、君たちはそもそも俺が誰なのか、全く分からないんだろうね。
そりゃそうだ。
もし分かったら俺が驚く。
…………。
ん?
俺の名前か?
俺の名前は……そうだな、もう話してもいいだろう。
もう、君たちはここまでたどり着いているのだから。
ここでこうして、俺と話すことが出来るのだから。
それはつまり、君たちがここまでの物語をたどってきたことの証明。
ここでこうして君たちと話せるようになること。
それが俺の目的であると言う事だって出来るのだから。
さて、大仰な前置きをしたが、そろそろ言うことにしよう。
俺の名前は“刈羽英太”。
君たちがここまで視点を追ってきたであろう主人公と同一人物だ。
…………。
なるほど、レイラ君ね。
それがその世界の俺……と。
問題の彼がようやく自身の多様性と、フェリスに気づいた。
それが俺がこうして話すことが出来る条件だったわけだが……。
さて、そろそろ読者の皆さんも気づいている頃だろう。
この世界の形に。
この世界の彩りに。
この世界の可能性に。
鍵を握る、未だ登場していない存在に。
だから、ここではっきりと君たちには伝えておくことにしよう。
この世界は、たった一人の少女を救うための物語だ。
永遠の悲劇。
不幸から逃げるために、幸せを求めることを止めた少女。
絶対に避けたい結末の為、あらゆる幸福を捨て、悲劇の世界に逃避した彼女。
そんな彼女を救うため、俺はいる。
……意味が分からないかな?
大丈夫。
すぐに意味は分かる。
ここまでこれたんだ。
ゴールは後少しだ。
今までの謎が一本の線で繋がるのは後少し。
何故、才人が俺になっているのか。
何故、この世界はバッドエンドを前提に動いているのか。
何故、レイラ君とやらは、スイッチの入る様な音がする度に、そのキャラが変わるのか。
何故、レイラ君とやらは、死んだ瞬間の記憶を一部失っているのか。
これらの謎を解決する線が見えてくる。
いや、もう見えている人がいるかもしれない。
これらの謎に共通する、たった一つの解が見つかる時。
それがこの物語の終わりだ。
君たちに俺の声が届くと言うことは、すなわち、終わりも近いと言うこと。
後少しで物語は終わりを告げる。
――さて、ではそろそろ俺がここでこうして話している理由を話すべきかな?
しかし……どうしたものだろう?
ふむ……やはりここは、俺がどういう存在か、そこから話していくべきなのだろうか。
俺は、ゼロの使い魔が始まる前。
そのストーリー内に関わらない程前の世界のとある貴族として転生した刈羽英太だ。
では何故そんな時代に転生したのか。
理由は簡単だ。
たまたまそうなった。
それだけである。
俺が転生する可能性。
様々な形で、俺が主人公の形を取る物語。
そのうちの一つがそこにあった。
作者が広げる無限の可能性の枝葉。
そのうちの一つ。
そして、そんな“ゼロの使い魔のストーリーが絡まない場所”に存在できた俺だからこそ、“目覚める”事が出来、また“ごん”――ああ、君たちで言うところの“フェリス”に会うことが出来た。
作者によって改変される世界観。
だからこそ、その“作者による改変の起こらない場所”での裏工作が必要だったわけだ。
そして、俺はそのためにここにいる。
九尾の狐――それはすなわち吸火の狐であり、同時に旧日の狐である――時空を越える存在の一つであるところの彼女に全てを託してここで待つ。
物語の隙間。
ここで、彼の来るのを、待ち続ける。
俺は所詮、そんな存在さ。
さて、ではそろそろ俺がここで長々とこんなことを話している理由を語るとしよう。
これは何とも言いにくいことではあるのだが……まあ、一言で言ってしまえば、それはこれが物語であるからだ。
これが物語である以上、この作品にはどうしてもつきまとう視点が一つある。
この話について言うならば、この話は間違いなくレイラ君の視点で話が進んでいるのだろう。
……ああ、別に反応はしなくても良い。
一人称視点の作品でなかったところで、俺の言いたいことに問題はない。
作品である以上、どうしてもつきまとう視点。
それは、いわゆる君たち――読者の視点だ。
もっとも、これは読者ごとに思うことも異なるから、ある意味千差万別の視点であると言えるだろう。
しかし、作者という奴は、そこに干渉しようとする。
読者の思考の方向性を操作する。
そんな、まるで催眠術のような、はたまた魔法のようなことをやってのけるわけだ。
たとえば奇術師、詐欺師なんかは、この方法を多用する。
マジシャンなんかはこの技法のことを“ミスディレクション”……とか呼んだりするが、まあ、その辺のことはどうでも良いだろう。
とにかく、この読者の視点――それが僕がここで話している理由だ。
作者によって操作された読者の視点。
――そう。
そろそろ気づいた人はいるだろうか?
これは早い話、主観性と客観性の話だ。
おそらく、いち読者たる君たちは、間違いなく客観的にこの物語を見ていることだろう。
それくらいは想像がつく。
というより、どう頑張っても主観的に見ることは出来ない。
視点が一つ上である以上、それは不可能な話だ。
では、ここまで話した上で、もう一度彼の――レイラ君の覚えていた死ぬ瞬間の出来事――そして、忘れていた出来事を思い出してみてくれ。
…………。
何か見えてきたんじゃないのかな?
それがこの世界の真の姿。
レイラ君の姿だ。
この世界の奇妙なズレと違和感のの正体だ。
もし、序盤で“いかにもテンプレな主人公だ”そう思った君。
その考えは間違っていない。
もし、序盤で“人間味がなくてイラッとする”そう思った君。
その通りだと俺は思う。
さて、では君たちは何故そうなったのかを考えてはみただろうか?
“文章力がないから”その答えは間違ってはいないだろう。
しかし、それ以上に……もっと根本的な部分で違いがあるのだとしたら。
彼は、なるべくしてテンプレな主人公になったのだとしたら?
彼は、なるべくして人間味を失ったのだとしたら?
――おそらく、今までの概念がきれいにひっくり返るだろう。
さて、もしもまだ――僕の言っていることが理解できない君。
恥じることはない。
それが普通だ。
そうでなければ、この物語は楽しめない。
そんな君は、もう少し先まで読んでくれ。
そこに答えはしっかりとある。
必ずあるはずだ。
だからそれまで――この物語の結末まで。
一人で良いから、読み進めてくれる人がいると嬉しい。
…………おや?
――どうやら、ここまでらしい。
今の君たちに僕が語れるのはここまで。
もう少し先に君たちが……そしてレイラ君が進んだ時。
その時に続きは語るとしよう。
それまで、僕は待ち続ける。
物語の狭間。
この場所で君を待ち続ける。
では、再会できることを祈って。
さようなら……。
「なぁ……俺、死ぬのかな?」
その呟きは、実にひっそりと。
騒乱の最中に消えてゆく。
「あぁ、君はここで死ぬだろうね」
答える声もまた小さく。
彼らの間の会話はそれで十分だと言わんばかりに答えた。
「そっか……俺……死んじゃうのか……」
派手な轟音が遠くで響き、騒ぎの明かりがここまで届くとは。
いやはや……これはまたなんともまあ。
あいつら暴れてるなぁ。
あんまり暴れて、せっかくの学院を壊すなよ?
思わず苦笑が浮かぶ程度には、やっぱりこの世界にも思い入れがあるらしい。
なるほど、考えてみれば当然の話だ。
記憶にある時間の量だけでも、半分近くはこっちの記憶なんだ。
そりゃあこっちの事も思い出深くなるだろう。
「あいつら――無事に対処できたのかなぁ……」
ぼそっと漏れた心配事。
まあ、そりゃなんとかなるのが当然だろう。
何しろ、俺無しですら原作で彼女たちは既にこの事態を乗り越えているのだ。
だからこれは完全に杞憂なはずなのだが――。
死に際だからだろうか。
ちょっとした思いがボロボロ零れてしまうな。
一方、それに答える彼女の声も、実に冷静な物だ。
「今までだと、間違いなく彼女たちは対処できているね」
倒れている俺にひざまくらをしながらの彼女のつぶやき。
遠くで輝く爆炎が、美しい彼女のブロンドをキラリと照らす。
それにしても……そうか……。
なるほど……。
「今まで……ね……」
「……ようやく気付いたのかい?」
「ああ……本当に今更ながら――だけどな」
ゆっくりと目を閉じる。
感じるのは、冷たい地面と優しく頭をなでる温かい彼女の手。
見えるのは、真っ暗な闇とそこを超えてきた月の光。
響くのは、爆音と地面を撫でる風の音。
思うのは、ただ一つ。
――どうか。
「――どうか……この物語にハッピーエンドを――」
頬を伝う熱い雫。
無念の思いは頬を滴り地面を濡らす。
「そう……やっぱり君のその思いは変わらないんだね……」
実に悲哀に満ちた彼女の声。
そして――再び捩子は巻かれた。
「なぁ、ごん。面白いと思わないか?」
紅茶を片手に彼は語る。
今日も今日とて意味のない会話を。
「この世の定義は、すべからく逆説的であるという事を、果たしてどれだけの人々が理解しているのだろう」
ボクは今日も今日とて彼の頭の上でまったり過ごす。
なんだかんだでここは実に居心地がいい。
「熱いから火傷した。大抵の人間はそう考える。熱くなければ火傷はしなかったのだから、それはある意味当然の考えだ」
紅茶に映る彼の顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
それはまるで、いたずらを披露する子供の様な笑み。
「しかし、本来それらは逆なんだよ。熱いから火傷したのではなく、火傷したからそれは熱い。これが正しい評価だ」
ゆっくりと傾くカップ。
ちびりと、ほんの数滴程度の紅茶を口に含んで彼は続ける。
「だけど、何故か人はこの捉え方をすることが難しい。実にシンプルかつ分かりやすいはずのこの考え方が、常識と言う概念に凝り固まった人類にはどうにも馴染めないらしい。それはまるで、地球が平らであるという夢を見続けた古代人の如く、凝固し積み重なった常識と言う名の参考書の中からしか答えを見出そうとしない」
彼の言葉は実に辛辣だった。
しかし、彼は別に誰かを責めたりするような気はまるでないのだろう。
「なら、冷たいものに触れた時の火傷はどう説明するんだい?」
だからこそ、ボクは当然の疑問を口にする。
その言葉に、彼は一層楽しそうに口角を引き上げる。
「そう、それも一緒さ。冷たいから火傷したのではなく、火傷したから冷たい。これが本来の最も正しい解釈なんだ」
「しかし、それでは先ほどの論述と矛盾することになるよ。火傷したという現象から、熱いか冷たいか、これを導き出すことが出来ない。一方、熱いか冷たいかということからは、火傷するという現象が導き出せる。違うかい?」
「流石はごん。そのとおりだ! やはり君は頭が回る」
そう言って彼はカップをソーサーに戻してカラカラと笑う。
実に楽しげな彼は、こういった言葉遊びのようなものをしているとき程、綺麗な笑顔を浮かべるのだから不思議なものだ。
「当たり前の事を言っただけで褒められても、素直に喜べないな」
一方、ボクは不満げに口を尖らす。
理由は簡単だ。
「だけど、君の今の発言自体に矛盾がある事――そこに気づいているかい?」
彼が出す言葉遊びが、この程度で終わらないことくらい、僕は嫌になるぐらい把握しているからだ。
「矛盾? 僕はおかしなことを言ったかい?」
「ああ、君の先ほどの理論中には、実に面白い矛盾があった」
「――聞こうじゃないか」
「君は先ほど『熱いか冷たいかということからは、火傷するという現象が導き出せる』と言ったが、果たして――」
ゆっくりとカップを口元に持っていく彼。
コクリ、と小さな溜飲の音と共に彼の喉をレモンティーが流れていく。
「君はどうやってその“熱いか冷たいか”という事を知ったんだい?」
……一瞬の沈黙。
「……なるほど」
ボクのつぶやきを聞いた彼は、やっぱり楽しそう。
「うん。この一言でなるほどと言えるごんはやっぱりすごいと思うよ」
「いや、考えてみれば確かにそうだ。実に明快だ」
確かに、当たり前の事だ。
熱いから火傷をする。
確かにその通りだろう。
しかし、それにはその物質が間違いなく熱いものであり、触れたら火傷するという確固たる証拠が必要だ。
では、その確実たる証拠とは何か。
それは、実際に触れた後の火傷を除いて他ならない。
「今回の問題となってくるのは視点だ」
彼はティースプーンで紅茶を混ぜながら言う。
「この世のあらゆる事象は人間――いや、正確には観測者が居て初めて成り立つ。向こうの世界では、これをコペンハーゲン解釈などと言うわけだが――そんな難しい名前は今は置いておこう。大事なのは、万物は観測して初めて存在が確立されるという事」
香りを楽しんでいるのか、彼はふたたびほんの少しだけの紅茶を口に含み、会話を続ける。
「例えば燃えている木は十中八九熱いと推察できる。しかし、本当に熱いかどうかは実際に触れてみるまで分からない。いや、そもそも燃えているという現象さえ、実際に目で見て確かめるまでは保障されない。燃えているという情報を聞いていたとしても、実際に見るまでは分からない――つまりは、この世界は全て観測者を中心として成り立っているわけだ。」
「なるほど、確かに木が燃えていると聞いたところで、その情報が虚言である可能性だって大いにあるというわけだね」
「そういう事だ。そしてそれを突き詰めた思考実験が、いわゆる“シュレディンガーの猫”となるわけだが――そこまで説明していると、いくら時間があっても足りない。今回言いたかったことは二つ。」
指を二本立てて数を示した。
「一つ。世界は観測者を中心として成り立っているという事。そしてもう一つ」
一本曲げて、今回の本題。
「一番肝心なのは、これが逆説的であり、根本から違うという事。それに気づく事が一番大事だってことさ」
ゆっくりと飲み下す紅茶の最後の一口。
ソーサーに置かれるカップを目で追いながら僕は呟く。
「逆説的――ねぇ」
「だからこそ……もしもハッピーエンドに物足りない――観測者が一人でも“幸せ”で無い世界だってんなら、俺は願い下げだ。そんな世界観――俺が壊してやるよ」
これにて本日のお茶会は終了。
巻かれる螺子すらなかった世界の話だ。
彼は言った。
この世界は、ハッピーエンドに向かって動いている――と。
私は言った。
でも、私の周りには不幸がいっぱいあるよ――と。
それに彼は答える。
それはあるべくして存在する不幸だ。
だけど安心していい。
君の物語りは必ず最後にハッピーエンドが待っている――と。
断言した彼の言い方。
その言い方に疑問を持ち、私は問う。
何故そう言い切れるの――と。
それに彼は自信を持って答えた。
君が俺の物語りの登場人物だからさ。