<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

ゼロ魔SS投稿掲示板


[広告]


No.27313の一覧
[0] 【チラシの裏より】 ぜろろ (ゼロの使い魔×PS2ソフトどろろ)[たまご](2011/04/29 23:31)
[1] 第二話 地獄堂[たまご](2011/04/20 14:53)
[2] 第三話 地獄堂と百鬼丸[たまご](2011/04/20 14:54)
[3] 第四話 談話一[たまご](2011/04/20 14:55)
[4] 第五話 談話 二[たまご](2011/04/20 15:03)
[5] 第六話 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール[たまご](2011/04/20 15:21)
[6] 第七話 遊び[たまご](2011/04/21 01:04)
[7] 第八話 部屋[たまご](2011/04/21 01:17)
[8] 第九話 会談[たまご](2011/04/22 23:10)
[9] 第十話 決闘[たまご](2011/04/25 20:40)
[10] 第十一話 露見[たまご](2011/04/25 20:54)
[11] 第十二話 困惑[たまご](2011/04/28 23:03)
[12] 第十三話 気配[たまご](2011/04/29 19:34)
[13] 第十四話 わらうつき[たまご](2011/04/29 19:29)
[14] 第十五話 悲鳴[たまご](2011/04/29 19:36)
[15] 第十六話 棘[たまご](2011/04/29 19:54)
[16] 第十七話 捜索[たまご](2011/04/29 20:02)
[17] 第十八話 魔神戦[たまご](2011/04/29 20:17)
[18] 第十九話 ようこそ、ここへ[たまご](2011/04/29 20:43)
[19] 第二十話 幕間 その一  ~人知れぬ涙~[たまご](2011/04/29 21:58)
[20] 第二十一話 幕間その二 喧嘩上等[たまご](2011/04/29 21:57)
[21] 第二十二話 幕間その三 因果[たまご](2011/04/29 23:02)
[22] 第二十三話 妖刀[たまご](2011/05/14 04:44)
[23] 第二十四話 日常[たまご](2011/05/06 18:53)
[24] 第二十五話 デルフリンガー[たまご](2016/06/29 00:38)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[27313] 第十八話 魔神戦
Name: たまご◆9e78f565 ID:598d56d5 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/29 20:17



百鬼丸は苦戦していた。
魔神の力もあるのだろうが、一流のメイジというのは、いざ相手にしてみればこれほど手強いものかと。そしてシエスタを守りながら戦うには、分が悪すぎた。

モット伯の姿、そしてそこに魔神の存在を認め、駆け出した百鬼丸に対し、モット伯はあろうことか、魔法でもってシエスタを放り投げてきたのだ。
受け止めるしかない。

シエスタを抱きとめると同時に、彼女に負担をかけまいと、出来るだけ勢いを殺すため、飛び退ったのだがこれがどうやら幸いであった。 先程まで百鬼丸がいた地点は、地下から汲み上がってきたのか、巨大な水の塊に叩き潰されていた。無論、魔法によるものである。

抱きかかえたシエスタは衰弱している様子で、涙をぼろぼろと流しながら百鬼丸にか細い腕で必死にしがみついてくる。余程怖かったのであろう。 落ち着かせてやりたいところではあるが、それを許すならばやはり相手は魔神でなく、またシエスタとてこのような目にあうわけも無い。

すかさず先程と同様に、今度は二つに分かれた水が百鬼丸を襲う。 水は刀で切る事は出来ず、それを防ぐ道具を彼は持たない。 また、百鬼丸の接近を恐れているのだろう、近づく事を許さぬモット伯の攻撃に対し、飛び道具である仕込み武器を使うしかないのだが、シエスタを抱えたままでは十分に動けず、隙を突くことすら難しかった。

今は逃げ続けることしか出来ない。

「くそっ、しっかり捕まってろっ」

執拗に追いかけてくる水の塊は、床を打ち、壁を打ち、天井を打ち、部屋中にその猛威を振るう。制限された空間の中でその量を減らす事の無い水は、新たに地下から汲み上げる必要すらなく、止む気配どころか、ただその激しさを増すばかり。

百鬼丸はシエスタを抱えたまま、飛び跳ね、転がり、魔神の砕いた岩に隠れ、不様ながらにもこれをかわし続けた。

ジュール・ド・モット伯爵の二つ名は『波濤』。本来は防御や治癒に長けているその属性に珍しく、攻撃を得意とする強力な水のメイジである。
百鬼丸もその事は聞いていたのだが、それにしても刀で切る事の出来ぬ水は実に厄介で、しかも想像以上の威力を持ち、魔神に体を奪われ、恐らくであるが、力の増大しているであろうモット伯は難敵としか言いようが無い。

手強い。せめてシエスタの安全さえ確保できれば。
そうは思うものの、シエスタを抱えた状態では逃げ切ることさえも難しい。

早く来てくれと、爆発を聞きつけたに違いないコルベールたちの到着を待ち望むも、それまで守りの一手に入るしかないと、襲いくる水の軌道をひたすらに見極め続けた。


水はやがて三つに分かれ、四つに分かれ、それでも家具や飛び散った石畳を巧みに使い、辛くも免れ続ける百鬼丸に、魔神も痺れを切らしたか、今度は拳大ほどの大きさに、しかしその数を無数にして、百鬼丸の周囲を取り囲む。

「畜生めっ」

これから起こるであろう事態を予想して、百鬼丸は悪態を付くが、しかしそれでどうこうなるわけでもない。 すかさず近くの、天井から落ちた岩盤と、己の体を使ってシエスタを挟み、庇い込むと、手近に転がる石を幾つか懐に詰め込む。
周囲を取り囲む無数の水をかわす事は、シエスタを守りながらでは到底不可能である。

しかし何の抵抗無く打ちひしがれる事などできようものかと、ありとあらゆる手段を考え、これを迎撃する構えだ。

執念の塊によって己の義肢は動いていると信じる百鬼丸は、諦めると言う言葉なぞ僅かばかりも頭に浮かばない。 一斉に飛び掛かる水球の軌道に石を放り投げ、勢いの付いた幾つかは、それにぶつかり、飛び散るが、それでも無数に存在する内の僅かを減らしたに過ぎない。

左手に石を、右手には、峰を使わんと返した刀を握り締め、未だ数え切れぬほどの襲い来る水球の僅かな距離差を見切り、声を張り上げ叩き落し始めた。
少し遠いものには再び石を放り、懐から新たに出しては近いものを防ぎ、無くなれば鞘さえ使い、両手を必死に振り回す。

しかしそんな奮闘むなしく、直ぐに限界が訪れた。 叩き落し損ねた一つが強かに足を打つ。

一度体勢を崩せば、あとは打たれ続けるしかなかった。

腕を打たれ、顔を打たれ、脾腹を打たれ、刀は何時の間にか取り落としている。

最早今は耐えるのみかと、しかし必ず打ち倒すという決意は揺るぐことなく、確かに残った意識の中で、シエスタを両手に抱え込み、これを背中で受け始める。
絶え間ない振動と衝撃。

ぐぅっ、と獣の唸るような声を上げた。

「ヒャッキマルさんっ」

自分をなんとしても守ろうと、苦しげな声を上げながらも、それでも抱きとめる力を緩めることなく打たれ続ける百鬼丸を、シエスタはどうすることも出来なかった。
こんな時でさえ、命の危機に自ら曝されている時でさえ、彼はそれでも守ろうとしてくれる。 出会って僅か数日の己を、その逞しい体と、優しい心で、傷つけまいと覆ってくれる。

死ぬのは自分だけで良かったのに。

「もうやめてっ、お願いっ、逃げてっ。もういいからっ放してっ」

そう叫び、逞しい腕を引き剥がそうとするが、その行為は、彼の受け続ける振動の激しさをシエスタの体に更に伝えるだけで、何が何でもと、僅かばかりも手を放そうとはしてくれない。

血が出ないように、それでも痛みで放せと、紺の布切れが撒きけられた百鬼丸の腕に噛み付いた。 だが返事は何も無く、ただ、燃え上りつつも優しく、自分と同じ黒い瞳がこちらを向いただけ。

「どうして……」

百鬼丸にとっては、何故かと言う質問などどうでもよかった。
伝える言葉は持つが、それはきっとこの行為の後ろから追いかけてくるものなのだと、窮地に置かれた今になって思う。
故に問いに対する答えなど、有っても無くても同じだった。


ひたすらに無抵抗な百鬼丸に満足したのであろうか、背中を打つ衝撃が止んだが、しかしこれは彼の安息を意味するものでなく、次の攻撃を仕掛ける合図に過ぎ無いということを、霞み始めた意識の中でも百鬼丸は正確に理解していた。

次なる魔神の、おそらく強力であろうその一撃を迎え撃つべく、膝を突きながらも立ち上がろうとするが、打たれ続けたせいかゆらゆらと、地面が彼を誘惑するかのごとく体を引く。

倒れろ、そうすれば楽になる。

このごつごつとした石の塊たちはそう甘く囁き続けているのだろうが、残念ながら石の声など自分は聞くことは出来ない。


倒れるものか。


立てるか、立てぬかと言う事ではない。
人の形をした体中に、隙間すらなく詰まりに詰まり、人より硬い偽の皮膚を今にも突き破らんと、溢れんばかりに蠢く物。
それらが今こそ、我が存在を証明せんと叫んでいるのだ。
この身は決して人でなく、この体は血でも肉でもない。
この身は執念により生きている。
執念は死なない。故に己は死なぬのだ。



巨大な水の塊が横から襲いくる気配を察知した百鬼丸は、シエスタを入り口に向かって突き飛ばした。

吹き飛ばされる百鬼丸。


勢いで一度宙に浮き、そのまま地面を滑ると、壁に衝突し、鈍い音を立てて停止した。力なく横たわる百鬼丸の体と、彼のすぐ横にみじめに転がっている人の足、その意味を理解したシエスタは叫ぶ。

「嫌っ、ヒャッキマルさんっ、ヒャッキマルさんっ」

そんな悲痛な叫びを上げるシエスタを一瞥すると、魔神は薄笑いを浮かべながら百鬼丸の方へ悠然と歩み寄るが、シエスタが叫び上げる毎にその笑みは増し、その足取りは彼女の悲鳴を更に引き出すことに意味を見出しているようであった。

突如、魔神の頭の真横で爆発が起こった。





コルベールが駆けつけた時には既に手遅れであったのか。憔悴した顔で悲鳴を上げ続けるシエスタと、その視線の先。水浸しで、体を丸めるように力なく、そしてその片足を失った百鬼丸。 もう少し早く辿りつけていれば、と悔やむ。

勢いを落としていた炎を掻い潜り屋敷に侵入する骸骨を振り切って来た二人は、百鬼丸の合図に対して、合流が遅れてしまった。いざという時のためにと、出来るだけ使わずにしていた武器も、幾つか消費してしまった。


衝撃を直に受け、痛み故にか蹲る魔神の姿は、ルイズの手によるものであった。

コルベールがいざ掛からんとした、それよりも早く動いた彼女は、躊躇うことなく杖を掲げ、魔法を使う。普段狙いは甘いが、幸いにしてモット伯の頭付近で爆発を起こし、ルイズの攻撃はその効果を発揮したのだった。

「ヒャッキマルっ、大丈夫っ?」
「まだですっ」

苦しむモット伯に安堵したのであろうか、矢も盾もたまらず百鬼丸の元に駆け寄ろうとするルイズを、しかしコルベールは制止した。
僅かに燻る黒い煙を上げたまま、モット伯は立ち上がりコルベールたちへ体を向ける。

その顔の、左半分の皮膚は焼け爛れ、目玉は瞼を失いむき出しになっていたが、しかし血は一滴たりとも流れていない。
モット伯爵は既に死んでいるのだ。目の前にいるのは、その死骸に取り付いた、そう、あれが魔神。

シエスタはその醜い姿を目の当りにして再び悲鳴を上げるが、気丈にもルイズは魔神に正面を向いていた。だが僅かに体は震えている。無理も無い。
そしてまた、百鬼丸の安否が気にかかるのであろう、ちらちらと横目で動かぬ彼の姿を視界に入れようとしているのだった。

コルベールが前に出た。

「シエスタさんを守ってください」
「でも、あたしだって」
「ミス・ヴァリエール、言う事を聞きなさい」
「でも、ヒャッキマルが」
「もちろんです。彼を助けねばなりません。ですから今は言う事を聞いてください。約束したはずです」
「っ……わかりました」

落ち着き払ったかのような自分の声は、その言葉遣いに反して、これまで聞かせたことが無いほどに、ルイズにはさぞ威圧的であった事であろう。 しかしそれだけ危機的状況にある。

勝算がある訳ではない。温存しながら戦い続けた精神力も既に底を尽き掛けているおり、まして、相手は自分とは相性の悪い水の使い手。 さらに周囲の状況を鑑みるに、水源が近くにある上、その魔法を行使するのは、痛みすら感じぬのか、常人をよりも殺す手間が掛かりそうな死人である。

今確実にコルベールに出来る事といえば、百鬼丸には申し訳ないが、彼を見捨て、シエスタとルイズを逃す事くらいであった。
しかし足掻くこと無く彼を見捨てるという選択を出来るほど、コルベールは非情ではないし、賢くも無い。
最悪に近い状況で、それでも己を奮い立たせるかのように、コルベールは高々と名乗りを挙げた。

「『炎蛇コルベール』、いざ、お相手致しましょうぞ」

その名乗りに応えるつもりすらないのであろう、魔神は巨大な水の塊を作り出すも、コルベールはそれに対抗すべく、呪文を唱え杖を振る。

杖から放たれた高密度の、しかし小さな火球。
相対する魔神の作り出した水の大きさと比べると一見ひ弱にも見えることであろう。

「ミスタ・コルベールっ?」
「しかと見ておきなさい。これが『炎蛇』の業です」

焦りを見せるルイズの声に、死ぬやも知れぬと言う不安を隠し、今は自信を見せる。 巨大な水の塊と、小さな火の玉がぶつかりあった。

いや、小さな火球は周囲の水を蒸発させながら、貫かんばかりの勢いで水の中を突き進み、そして水の中心で突如としてその密度を解き放つ。
急激に蒸発した大量の水は、それを遥かに超える大きさの気体となって膨らみ、周囲を押し広げた。
熱を与える事で、僅かな水でさえ膨大な空気となることをコルベールは知っている。

爆音を上げ、辺りは水飛沫に包まれた。

「凄い……」

呟くルイズの声を耳にして、今日彼女が何度同じ言葉を呟いたのか考えると、場にそぐわぬながらも、幾分愉快にである。
だが、一度防いだだけで、未だ戦いの最中。
攻撃を退けられた魔神の対応は、コルベールが知る由も無いが、百鬼丸の時と同じである。
すなわち水を二つに分けただけ。

ならばと二つの火玉を作り上げ、先と同じくこれをぶつけた。水の塊が半分の大きさならば、それと同様に与える熱も少量で済む。

僅かにたじろぐ魔神を、しかし油断は出来ぬと、二つの火球を放つと同時に始た詠唱は既に終わり、再び杖を振るうコルベール。 いくらそれが人の形をしようとも、人に仇為す存在にかける情を、コルベールは一切持ち合わせない。

未だ忌まわしきこの業は容赦なく燃え上り、確かな毒牙を持った蛇を形作る。
しかし蛇でありながらもうねることなく魔神に向かい直進すると、その体に巻きつき、本来モット伯のものである豪奢な着衣ごと、魔神を燃やし始めた。

『炎蛇』

コルベールはその由縁を見せ付けたのだった。
ルイズもシエスタも、普段のコルベールからは想像も出来ぬ程の苛烈な戦いぶりに、目を見開き、驚きと共に眺めていた。

勝てる。


そうコルベールが確信したのも無理は無い。
一度獲物を絡め取った炎の蛇は、敵を飲み込むまで、その鱗と牙を燃やし続けるのだ。 しかし魔神の取った行動は、驚くべきものであった。 己の体に巻きつく炎を意に介さず、ぶくぶくと皮膚を膨らませながらも、百鬼丸を打ち倒したように、無数の小さな水球を作り始めたのだ。
醜い。

「なんとっ」

メイジは二つの魔法を同時に行使する事は出来ない。
このままでは魔神に止めをさす前に皆殺しにされる。 相打ちするつもりなどは無く、何より後ろには二人の少女がいるのだと、今行使している魔法を解き、守りに徹する他ない。

コルベールの判断は早かった。

流し続ける力を止め、蛇の余熱をもって幾つか水球を潰すと、すかさず詠唱を始める。水が打ち出されるのとほぼ同時に、己の手前に炎の壁を生み出すことに成功した。拳大ほどの大きさしかない水球は、コルベールのもとにたどり着く前に、全て炎によって蒸気と化し、あるいは自らの起こしたそれに飛び散る。辛くも魔神の猛攻を防いだ。

しかしこの戦いの決着は既に着いている事をコルベールは認めていた。

「ミス・ヴァリエール」
「え、は、はい」

呆然と、目の前の激戦を眺める事しか出来なかったルイズは、その突然の呼びかけに素っ頓狂な返事を挙げる。

「逃げなさい」
「そんな、ミスタ・コルベール、勝てそうじゃないですかっ」

コルベールの優勢にしか見えなかったであろうルイズは、当然反論するが、しかしそれに応える言葉は最悪のものだ。忌々しいが、これが限界である。

「私の魔法もこれで打ち止めです。底を尽きました」
「そんなっ」
「この壁もいつまで持つか。ですから私がこらえている間に逃げなさい」
「出来ませんっ」
「オールド・オスマンとの約束でしょう?」
「ミスタ・コルベールとヒャッキマルを見捨てて逃げるだなんて」
「シエスタさんも殺されます」

問答の時間すら惜しく、次第に言葉が少なくなっていくのを自覚する。

「早く、」

時折体を打つ、炎で小さくなった指先ほどの水球は、痛みこそ無いものの、その障害である炎が弱まっている証拠に他ならない。

「私には……、できません」
「ミス・ヴァリエールっ」
「シエスタは、逃げて」

余りの状況についてこれていないであろうシエスタを振り仰ぎ、ルイズはシエスタだけでも逃げるように促した。

「ミス・ヴァリエールは?」
「あたしは貴族よ。最後まで戦う」

懸念したとおりだ。何のための約束だと叫びたくなったコルベールだが、叫んだところで伝わらない。シエスタを見ればルイズの顔を見詰めたまま、ぼろぼろになった指先をルイズの顔に、瞳に向けて伸ばそうとしていた。まるで宝石か何かを求めるように。

「ミス・ヴァリエール、お願いです、言う事を聞きなさいっ。シエスタさんを……」
「私も、逃げません」
「シエスタ?」

一人で逃げる切れるとも思わず、また、一人だけ逃げようとも、シエスタは思わなかった。ルイズはともかく、自分のそれは完全に無駄死にだと分かっている。無力な彼女は化け物を傷つける事すらきっと出来ない。
それでもそうすることで、少しでもルイズに、そして諦めずに自分を守り続け、助けようとしてくれた彼に近づける気がしたのだ。
自己陶酔と笑うなら笑えばよい。自分もルイズも、そして彼の魂も、誇り高く、何者にも汚される事なく散っていく。
泥にまみれたこの醜い場所で、しかしその醜いものは微塵も触れる事さえ出来ず、自分達の命は最後に美しく燃え上がるのだ。
不思議そうに己を見つめたままのルイズは、意を汲んでくれたのか、力強く頷いた。

「なんという」

気力だけで炎を支えているコルベールは最早、決して比喩でなく、眩暈すら覚えている。なんと強情な娘達だろうか。そのあり方を否定はしないが、少しは自分と百鬼丸の犠牲も報われてほしい。彼女達の気高さに僅かの感銘を受けながらも、死を待つ事しか出来ない己の無力さが恨めく、しかしせめて二人には逃げ延びてほしいという思いが、力一杯喉を鳴らす。

「逃げなさいっ、ヒャッキマルさんの死を無駄にするのですかっ」
「無駄なんかじゃありませんっ」
「そうよ、無駄なんて、ないんだからっ」

強情な、それ以上に勇敢で美しく気高く、しかしながら今は決して見たくないものであった。

せめて、とコルベールは力なく呟く。

それと共に轟音が、部屋中に鳴り響いた。
最早これまでと、膝をつき崩れ落ちる。痛みも何も感じなかった。
死とは、かくも落ち着いたものであるのか。そしてコルベールはこれから死に行くであろう二人の少女へ思いを馳せたのだった。





「はて?」
死力を尽くして作り上げた炎の壁は、ぱちぱちと音を立て、今は焚き火のように、弱弱しくも、しかし未だ燻っており、いつまでも耳につくその音にふと気付き顔を上げた。

先程まで彼らを殺そうとしていた水の球は全て消え失せ、いや、地面に落ちたのであろうか、あたり一面水浸しになっている。何故か。

「はて?」

再びそう呟き、相手を見るも、モット伯の皮をかぶった魔神の姿はどういった訳か、下半身と体半分、そして左腕を残し、それ以外の部分は全て吹き飛んだかのように存在しない。

果たして自分の目がおかしくなったのか、或いは頭がおかしくなったのか、魔神の残骸の隣に立つのは一体誰だったか。

「コルベールさん」
「はい?」
「勝手に殺すなよ」
「はあ」

目に映っているのは間違いなく百鬼丸なのだが、どういったわけか、生きていると言う事は、つまり死んでなかったと理解するも、恐らく魔神の攻撃によって失われたであろうはずの足は、二本、確かに有る。

「ヒャッキマルさんっ」
「ヒャッキマルっ」

ルイズとシエスタの声が被る。
どうぞ、とでも言わんばかりに、シエスタはルイズに目線だけで、続きを促した。 染み付いた使用人としての優秀さは、死地を掻い潜っても容易く剥がれ落ちるものではないらしい。

「あんた、足は?」
「足?」

百鬼丸は足をぺたぺたと触る。右足、今度は左足。

「足がどうかしたのか?」
「さっき、その、千切れてなかった?」
「ああ、いや、その、あれは、外れただけ、なんだ」
「外れた?」

意味が分からなかった。
と、何かに気付いたかのように、それまでルイズに向けていた顔を、モット伯の死体に向ける百鬼丸。その雰囲気は、寸前までの暢気なものでは無い。

「まだ生きてたか」

一体何が生きていると言うのだろう。
百鬼丸は無言のまま魔神の残骸に向かい、その正面に立つ。 何かが起こるというのだろうが、しかし何が起こるというのか。焼け爛れ、体半分を失った消し炭のような肉の塊が生きていると、そういうのか。

僅かにそれがうごめくと、めりめりと気分を悪くする音を立てながら、醜い死体がさらに醜く歪み、モット伯の体に入りきらないほどの大きさのものが、ずるりと這い出すように姿を現わした。

後頭部の膨れた巨大な頭を持ち、老人のように皺んだ顔。土色の肌に骨の浮き出た貧相な体尽きと細長い手足。しかし案外大きく、身の丈二メイルほどはありそうで、大柄であったモット伯の体よりも、大きい。

丈は腿を覆うほどまでしかない襤褸切れを身に纏うそれは、人のようで明らかに人ではなく、それこそがモット伯爵に取り付いた魔神そのものであった。
体全て抜け出したかと思うと、外見に似合わずやはり大きいだけあって重いのであろう、どすんと太い音を上げ横たわり、必死に百鬼丸から逃がれようと、虚空に向かって力無く手を伸ばす。かすかに震える指先にはひび割れた爪、そして腕すらも貧相で殆ど骨と皮しかない。

力を使い尽くし、弱りきったその態は、外見も手伝い、哀れですらあるが、しかし憐憫など一切湧くはずがなかった。無造作にずかずかと近づく百鬼丸。

「よくもやってくれたな」

そう言うと百鬼丸は、逃げようと足掻く魔神の背を思い切り左の足で踏みつけ、今は存在しているが、先程失ったはずの右足の膝を折り曲げ、魔神の大きな頭に密着させた。

コルベールは、そしておそらく、驚き首をかしげる二人の少女も同様であろう。何をするのだろうと考えたが、次の瞬間、その答えと、自分達が助かった理由を知る。


轟音。

魔神の頭が、文字通り吹き飛んだ。

部屋中に未だに残り、頭蓋をかすかに揺らし続ける残響と、百鬼丸の右膝の部分からもうもうと立ち上る煙を見て、コルベールはそれがなんであるか正確に理解した。 その常識外れ、いや、ここまできて常識なぞというのは既に儚いのだが、間違いないであろう事実。

小型の大砲を、百鬼丸は自身の右脚に仕込んでいたのだ。彼以外の三人は、目を白黒させて百鬼丸の姿を見つめる。

「ざまぁみろっ」

目を白黒させている三人を尻目に、霧散する魔神に向けてであろう、虚空に向かい右拳を掲げ、ぴょこんと跳ねあがり、百鬼丸は高々と、しかしどこか間の抜けた勝鬨を挙げるのだった


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.022907018661499