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No.27313の一覧
[0] 【チラシの裏より】 ぜろろ (ゼロの使い魔×PS2ソフトどろろ)[たまご](2011/04/29 23:31)
[1] 第二話 地獄堂[たまご](2011/04/20 14:53)
[2] 第三話 地獄堂と百鬼丸[たまご](2011/04/20 14:54)
[3] 第四話 談話一[たまご](2011/04/20 14:55)
[4] 第五話 談話 二[たまご](2011/04/20 15:03)
[5] 第六話 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール[たまご](2011/04/20 15:21)
[6] 第七話 遊び[たまご](2011/04/21 01:04)
[7] 第八話 部屋[たまご](2011/04/21 01:17)
[8] 第九話 会談[たまご](2011/04/22 23:10)
[9] 第十話 決闘[たまご](2011/04/25 20:40)
[10] 第十一話 露見[たまご](2011/04/25 20:54)
[11] 第十二話 困惑[たまご](2011/04/28 23:03)
[12] 第十三話 気配[たまご](2011/04/29 19:34)
[13] 第十四話 わらうつき[たまご](2011/04/29 19:29)
[14] 第十五話 悲鳴[たまご](2011/04/29 19:36)
[15] 第十六話 棘[たまご](2011/04/29 19:54)
[16] 第十七話 捜索[たまご](2011/04/29 20:02)
[17] 第十八話 魔神戦[たまご](2011/04/29 20:17)
[18] 第十九話 ようこそ、ここへ[たまご](2011/04/29 20:43)
[19] 第二十話 幕間 その一  ~人知れぬ涙~[たまご](2011/04/29 21:58)
[20] 第二十一話 幕間その二 喧嘩上等[たまご](2011/04/29 21:57)
[21] 第二十二話 幕間その三 因果[たまご](2011/04/29 23:02)
[22] 第二十三話 妖刀[たまご](2011/05/14 04:44)
[23] 第二十四話 日常[たまご](2011/05/06 18:53)
[24] 第二十五話 デルフリンガー[たまご](2016/06/29 00:38)
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[27313] 第十三話 気配
Name: たまご◆9e78f565 ID:598d56d5 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/29 19:34


あてがわれた部屋の中で百鬼丸は、剣を抱え込んだまま、部屋の中央にどっかりと胡坐をかき、目を瞑ったまま動かない。
備えられた椅子もベッドも、それが何のために存在するかを知りながらも、彼の国にはどちらも無かったためか、こうしていたほうが落ち着く。陽は既に高く上り、真上から彼の居る魔法学院を照らしている。
おそらく決まった刻限に正確に持ってこられたのであろう、食事の時間以外は、こうして一人、精巧に作られた置物のように、まんじりともせず目を瞑っていた。
もっとも体の殆どが作り物である為、もし誰かが動かない彼を『精巧に作られた人形』と評しても、無理は無い。自嘲する。
こうしている事に特に意味はない。他にやることがないだけだ。
今日は王宮から勅使が来るため、日が暮れるまでは部屋から出ないで欲しい。
供に朝食をとろうと訪れたコルベールに、そう告げられたため、こうして部屋に篭っているのだ。先日の決闘騒ぎでの謹慎処分、と言う意味もあった。
百鬼丸としては、魔神を探す旅の算段でも早々につけたい所ではあるが、昨日騒ぎを起こしたばかりである。文句は言えない。それどころか、もし何かしら因縁でもつけられようものなら、容易く買い叩く己の性分はよく知っている。特に人を人と思わぬ輩は許せない。その自身の気性を昨日再確認したばかりだった。王宮からの使いともなるとさぞかし気位の高い貴族が来るのであろう。コルベールの判断は正しい、とは百鬼丸自身も内心思った。
不服は無い。それに部屋から出るのも多少億劫だった。
理由は二つ。
昨日のルイズとの不和。彼女との距離を測りかねている自分がいることを、百鬼丸は自覚している。
身分に分け隔てなく明るく振舞い、暴力からシエスタを守ろうとした、高潔な精神を持った少女。
魔法を使えぬ百鬼丸を悪し様に扱おうとした、いけ好かない貴族。
どちらが本当の彼女なのであろうか。
彼女の言葉に怒りはしているものの、彼女を嫌いきる事ができない。再び会ったのならどのように接してしまうか、態度を決めかねていた。
そしてキュルケとかいう赤毛の女。
あれは百鬼丸にとっては、理解ができなかった。彼女に対する感情を百鬼丸はうまく表現できない。が、決して良い感情でないのは確かだ。
恐ろしい。彼は認めないであろうが、理解できない現象を己に引き起こした少女を百鬼丸は恐れた。もっとも、その言葉で表現することを彼は決して認めないであろうが。
ともかくそういった思案もあり、コルベールの言を了承した。
しかし部屋から出ずにできる事は、と考えたとき何も無い。
仕込み武器の手入れはつい先日、丁度召還される前日に行っているし、使ってもいない。念を入れて機能するかどうか、よもや部屋の中で確認する訳にもいかない。
抱え込んでいる刀にしても傷はおろか、くもりひとつ無い。召還直後の魔神との戦いで酷使はしたものの、手入れはすでに済ませていた。
では、と剣の修練をしようにも、ここは来賓用の部屋。
すでに高価なマジックアイテムを一つ叩き切っている負い目もあり、気が引けた。
ともかくそういった消極的な選択で、こうして胡坐をかいて考え事をしている訳である。
そして昼食。
朝はコルベールと供に食事を運んできたシエスタであったが、今回は一人きり。どこか落ち着きが無い。朝食時、ちらちらと百鬼丸を窺う視線が気になり、何度か顔を向けたが、その度に何故か視線をそらされたのが印象に残っていた。
食事を始める前に尋ねよう、そう声をかけようとした百鬼丸だったが、先に口を開いたのはシエスタの方だった。俯いていたシエスタに百鬼丸が顔を向けたのとほぼ同時、唐突に顔を上げ、何か決意をしたといわんばかりに、
「あの、昨日は、助けていただいてありがとうございますっ」
「あ、あぁ」
意表を突かれたとともに、その勢いにたじろいだ。
「あ、あ、朝に、改めてちゃんとお伝えしようと思っていたのですが、その」
昨晩、厨房へ招待された折に一度礼は言われたのだが、何分祭り上げられたかのような空気の中、さまざまな人間に声を掛けられ、ほとんどまともに会話をしていない。改めて、というのはそういうことであろう。
また、朝は朝でコルベールに気を使っていたらしい。割り込むわけにはいかないと考えたのだ。何にせよ律儀なことである。
「いや、構わない。それに昨日も言ったが礼には及ばない。感謝するなら……ルイズにするんだな」
まだルイズという人間をどう捉えるべきか答えは出ていない。
「そんなっ、もちろんヴァリエール様にもお礼は申し上げますがっ、ミスタ・ヒャッキマルにもっ」
「ああ、分かったから。そんなに畏まらないでくれよ。大した事じゃねぇ」
トリステインにおいて、平民が貴族に立ち向かうという事は極めて危険な行為だ。
しかし百鬼丸は本当に大した事ではない、と考えていた。いけ好かない偉そうな子供を少し捻っただけである。
意趣返しに多数の貴族に囲まれ私刑を受ける、という発想はあまり無かった。というより今まで、彼が一対多数で報復を受けることは何度もあったのだが、その度に叩き伏せてきた己の腕には、それなりに自信がある。つまり相手がメイジである、という発想が完全に無かったのだ。当然これまで以上の危険を含んでいるのだが、まだそれに気づいていない。どこか抜けている。
だが、本当に大した事で無い様子の百鬼丸にシエスタは感謝と共に尊敬の念を向ける。
「ミスタ・ヒャッキマル……」
「それと、そのミスタ、っていうのはやめてくれねぇか?どうにも慣れねぇ」
「でも、ミスタ・ヒャッキマルは学院の来賓ですし」
「おれは、ここじゃ平民だ。呼び捨てで構わねぇ。頼む、変な感じなんだよ」
恩人に頼むとまで言われては仕方が無い。
「では、ヒャッキマルさん、でいいですか?」

満足したのか微笑んで頷き、さて、と気を取り直して百鬼丸は食事に取り掛かる。
食事が終わり、シエスタが名残惜しそうに退室する。その姿はどこか、朝とは違う意味で印象的だった。再び百鬼丸は同じように座り込む。

今までよりは幾分気分が良かった。





夕食が運ばれてきたようだ。部屋に近づく気配がある。陽はどうやら完全に落ちたらしい。
剣を抱え、身じろぎひとつせず座り込み続ける百鬼丸の姿は、誰に犯されることも無い、厳かなものとも見える。
だが、部屋に置かれた調度品と照らし合わせると、それはそれで実に奇妙で異質なものだった。
立ち上がり、部屋を叩く音に答えると、食事を載せたワゴンが運び込まれる。
朝と同様にコルベールもいる。夕食も付き合ってくれるらしい。
が、朝とは違う事が一つ、給仕は見知らぬ女中だった。

「シエスタじゃないのか?」
「ええ、それなんですが」
「何かあったのか?」
「今日王宮から使いが来ると言うのは覚えてらっしゃいますか?」

もちろん忘れるはずが無い。そのおかげで一日中部屋に篭っていたのだから。
会話に取り残された使用人の少女は口を挟まない。僅かにではあるが、居心地が悪そうだ。

「彼女ですが、その勅使の方からのご要望で、そちらに。本日をもってここでのお勤めは終わりなのですよ。急な話ではありますが、ええ、たいそう気に入られたようで。当然お給金の方もこちらよりも頂けるそうで、シエスタさんも喜んでいましたぞ?」
「どの国でも変わらないもんなんだな」

捲し立てるようなコルベールに鼻白む。物のように買われただけだろう、と言外に。

「いえいえ、相手は伯爵ですし、勅使を勤めるほどの家柄の方でもあります。そう悪い話でも」

その言葉を聞けば尚更である。
言葉を遮り、百鬼丸が立ち上がった。
刀を左手に携えたままだ。その気配にコルベールは不穏なものを感じざるを得ない。

「どちらにっ?」
「シエスタに、それとオスマンの爺さんだ」

部屋を早足で立ち去る百鬼丸とそれを追いかけるコルベール。
使用人は訳が分からず置き去りにさている。

「しかしですね、彼女は納得して」
「そうせざるを得ないだけだろう?」
「それは、」

盲人と思えぬ程に力強いその歩みは止まらない。
コルベールが嘘をついている、と百鬼丸には分かった。いや、分かっていた。
シエスタは恐らく喜んでなどいない。
だが、本人に直接確かめたい。

「シエスタが納得してるならおれを止める理由はないだろ?」
「それは、そうですが」
「ならいいじゃねぇか」
「ええ、いえ、そうなんですが、彼女は既にモット伯と共に、もうここにはおりません」

立ち止まるとぶつかりそうになり、慌ててコルベールも立ち止まった。
どうやら、モット、と言う名前の貴族らしい。だが相手はどうでもいい。
再び歩み始める。

「ですから彼女は」
「オスマンの爺さんのとこだ」
「どうしようというのですか?」
「売ったんだろ?」
「いえ、決してっ、モット伯から何かしらを受け取ったというわけではっ」
「金を貰ってないだけじゃねぇか」
それ見たことかと、言葉に詰まったコルベールを無視して塔の中央へ向かう。
しばし互いに無言である。
コルベールに再び声を掛けられた。

「オールド・オスマンに掛け合ってどうしようというのですか?」
「止められないのか聞くだけだ」
「なぜです?」
「物じゃないんだ。気に入らない」
「それは分かりますが」

ならば止めるなと目で示し、百鬼丸は再び歩き始めた。
百鬼丸の言い分もコルベールには分かる。シエスタは人間であり、物ではない。だが平民なのだ。この青年にそう伝えたところで更に気を悪くする事はわかっているので口には出さない。しかし、今回の件はコルベールにとっても不服だが、ハルケギニアにおいては別段珍しいことではない。出来る限り勅使の、ひいては王宮からの印象を悪くするわけにはいかない、とオスマンは考えたのであろうか。それはコルベールにも分からない。そして彼は魔法学院の一教師にすぎず、学院長がそう決めたのならそれに従うべき立場にあるし、シエスタを保護するべき立場にいるわけでもない。コルベールが口を出す問題ではない。一人の人間として考えたとき百鬼丸の行動は、コルベールにとっては好ましい行為だが、世間的に見れば単なる横紙破りに過ぎないのだ。

それにシエスタの立場もある。彼女には養うべき家族が居ることをコルベールは知っていた。

「彼女の、シエスタさんの家族はどうなります?」

やっと百鬼丸が足を止め、部屋を出てから初めてコルベールと目を合わせた。

「彼女は養うべき家族がおります。彼女が貴族の、それも伯爵から不興を買えば、彼女は、彼女の家族はどうなりますか」

百鬼丸もそこまで考えていなかった。
困っている人間が居れば助けろ、とは父、寿海の言葉である。それは寿海の道徳教育であると共に、魔神を探す足がかりでもあるのだ。人の悲しみ、憎しみを糧とする魔神たち。人々の理不尽な悲しみのあるところに魔神は居る。故に寿海の言葉は大きく百鬼丸に根付いている。これまでも同じようなことを何度もしてきた。
だが、今回ばかりは相手が大きい、ということに今更ながら百鬼丸も気づく。

そこらのごろつきどもとの諍いとは訳が違うのだ。それほどに地位と権力というものは、それを持たずに立ち向かうものにとっては大きな障害となることを百鬼丸も理解した。

しばし睨み合う。
先に目を逸らしたのは百鬼丸。
いや、目を逸らしたのではない。再び歩み始めたのだ。先程と同様に迷いは無い。
再び慌てて後を追う。

「ですから、どうしようというのですか?」
「なおさらオスマンの爺さんに話をつけたいだけだ」

手荒な真似はしないだろう。いや、オスマンの返答によってはそれすら辞さないかもしれない。学院の教師としても、百鬼丸の知人としても、シエスタの知人としても、案外短気なこの青年の行動を、コルベールは止められずとも放って置くわけには行かなかった。
嘆息して、わかりました、と後ろについて行くしか、今はない。





中央の塔。最上部分。
階段を一つ上る度、学院長室に近づいていく毎に、ふと百鬼丸が異様な気配を放ち始める。
その表情は次第に険しくなっていくのだが、後ろを追うコルベールには、百鬼丸の表情は読み取れない。ただ、刺々しくなる空気を感じた。
先程までの、シエスタの扱いに対した際の怒りとは違う気がした。ちりちりと、首筋の後ろから感じるような危険な空気。まるで、これは。
ノックもなしに、大きな音を立て、荒々しく扉を開ける百鬼丸に、コルベールの思考は遮られた。

「ちょっと、ヒャッキマルさん?」
「オスマンの爺さんっ」
「おお、ヒャッキマル君? 何じゃ、ノックぐらいするもんじゃ」
「ヒャッキマルッ?」

学院長質に居たのはオスマンと、何故かルイズであった。
しかし百鬼丸はルイズもコルベールも無視してオスマンにだけ話しかける。
ルイズとどう接すればよいか、という疑問は今の百鬼丸の頭の中には無い。
まるでその部屋にオスマンと自分しか居ないかのように振舞う百鬼丸。その様子は、横暴を通り越して、最早殺気立っている。

「モット伯ってのはどこだっ」
「何じゃ君もその話か」

君も、と言うのはルイズもか。

「いいから答えろっ」
「いいかね、ヒャッキマル君。シエスタ君は、彼女自ら……」
「違うっ、モット伯ってのはどこにいるかって聞いてんだっ」

ふう、とオスマンはため息を吐くと、そばに立てかけてあった、焼け焦げたような赤黒い彼の身の丈ほどある杖を一振りする。
すると部屋の入り口付近に置かれた、口の大きな花瓶がひとりでに浮きあがり、百鬼丸の後方目掛けて勢いよく飛ぶ。
鋭く、甲高い音が部屋中に響いた。目にも留まらぬ速さで百鬼丸が切り捨てたのだ。
だが、それと同時にばしゃりと水の音。そして空中で綺麗に二つに割れた花瓶が、百鬼丸に向かった勢いを無くし、ぴたりと静止したと思うと、元の位置に、元の形にゆっくりと戻る。再び中央から縦に二つに別れ、無様に机の上に転がった。

「お見事。じゃがわしの勝ちじゃの?」
「……何のつもりだ」
「少しは頭が冷えたかね?」

前髪から垂れる水滴を鬱陶しそうに掻きあげる百鬼丸に向かって、オスマンがからかうように笑いかける。

「……少しは」
「そうかそうか」

そう言うと豪快に笑い出した。
コルベールには冷や汗しか流れない。だが、さすがオールド・オスマンといわざるを得ない。百鬼丸を軽くあしらう姿はやはり、年の功というと無礼だろうが、三百歳とも噂されるだけのことはある。その豪胆さに呆れる事もしばしばだが、今は感心していた。
顔を逸らしてルイズの様子を見るが一連の流れに目を白黒させている。無理も無い。

「それで、違う、というのはどういうことじゃ?」

未だに頭を、支給されたシャツの袖で拭う百鬼丸に、オスマンは、今度は真剣な声色でたずねた。百鬼丸は先程までの剣幕は何処へやら、とぼけた様に返す。

「ん?ああ、この部屋に入ったときに妖気を感じたんだ」
「ヨウキ?」
「ああ、妖気だ。妖怪の気配だよ。魔神だと思う。残り香、というか」

妖怪。その言葉を思い出すコルベール。初めて百鬼丸と話したときに出た言葉である。人に危害を加える幽霊、精霊の類、確かそう聞かされた。その残り香がするとは穏やかでない。

最も百鬼丸に嗅覚は無いため残り香、というのは例えでしかないのだが、コルベールも部屋に居るほかの二人もそんなことは知る由も無い。

「魔神?」

今度はルイズが。

「ヒャッキマルさん」
「構わんよ、コルベール君。どうせ何時か言うつもりでおった。それにどうやら無関係で済ませるつもりも無いじゃろ」

もちろん、と言わんばかりにルイズは強く頷く。
ルイズも、シエスタの事情を知り、掛け合うためにここに来たのである。

「部屋に近づくにつれて妖気の残り香みたいなもんが強くなってきてな。部屋に入って確信した。ここには妖怪が居たんだよ」

それが先程の百鬼丸の剣幕の正体であったことをコルベールは理解した。そう、部屋に入る直前に百鬼丸から流れ出た気配、あれは殺気に違いなかったのだ。

「モット伯ってのはどこか様子が変じゃなかったか?」
「実はの、わしも少し引っかかっておったのじゃよ。虚ろというか、生気が無いというか」
「モット伯ってやつに会いたい」
「そうじゃな、馬を貸そう」

そう言うと、コルベールの方を向く。

「コルベール君。案内してやってくれたまえ。それと確証はないが、もしもの時は頼めるかね?」

うっ、とコルベールは言葉を詰まらせた。戦う、人を殺す、破壊。すべては過去に犯した罪であり、避けてきたもの。しかし百鬼丸を一人で行かせるわけにも行かない。オスマンの表情からは期待も失望も見えない。試されているわけでもない。

「いや、一人で十分だ。巻き込むわけにはいかねぇ」

事情があることを察したのか、気遣うような百鬼丸の提案。臆病と思われても構わない。
いや違う。本当に臆病なのだから、そう思われない方が辛い。
いや、それも違う。外聞が悪いから戦うのか。
そうだった。選択をするのは常に罪を背負った己だ。今までも、そしてこれからも。

「畏まりました。『炎蛇』コルベール、微力ながら」
「すまぬ、言い訳がましいが、あまり公にしたくない」

わかっている。魔神と関わる人間は、今の時点では出来るだけ少ないほうがいい。

「しかし、頼んでおいてなんじゃが、よいのか?」
「贖罪にすらなりますまい。救いだけの戦いもまだきっとあると、そう信じたいのです」
「ありがたい。が、お主もまだまだ若いようではないか」
「若くはありません。ですから今まで迷い続けてきたのですよ。これからも迷い続けます。それが私の罪です」

だからこそ、人外の暴挙から人を守る事を放棄してはならないはずだ。

「あ、あたしも行きますっ、シエスタが危ないんでしょうっ?」

置いて行かれるものかとルイズも宣言する。もとよりシエスタのためにこの場に訪れた彼女だ。魔神、妖怪という言葉は理解はできなかっただろう。だが、考えていた以上にシエスタが今危険に晒されている、という状況はおぼろげながら理解したはずだ。

「いいんじゃないかね?」
「しかし」
「但し、じゃ」

長い眉に隠され、皺に覆われた顔から真剣な眼差しをオスマンはルイズに向けた。

「勝手な行動はしてはならなん。コルベール君の指示に必ず従うこと。

無論、逃げろと言われたら逃げる。約束できるかね?」
コルベールは、言い出したら聞かないルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエールという生徒の性格を痛いほど理解している。
オスマンも恐らく、自分ほどではないがこの生徒の性分を聞き及び、ある程度の想像はしているのだろう。学院長からこう釘を刺されてでもしないと、緊急時どういった行動に出るのか、想像に難くない。

「……わかりました」

逃げろと言われたら、逃げろ。
この言葉こそが最も重要であることをコルベールは理解し、オスマンもそれを汲み取ったのであろう。
両者の最大の妥協点だ。
百鬼丸は口を挟まない。

では、と一礼して部屋を出るコルベール。

あとに続こうとした百鬼丸とルイズをオスマンは呼び止めた。

「二人とも、シエスタ君を助けようとしたその気概は大いに認める」

嘘ではない。それ程知った相手でないシエスタを助けようと、貴族に立ち向かう百鬼丸。
シエスタの為を思ってこそ学院長相手に談判にまで来たルイズ。

どちらもオスマンにとっては好ましいものに思える。純粋に他人のために力を尽くせると言うのは素晴らしい事だ。
しかし、と言葉を続けた。

「仮にじゃ、仮に、モット伯が何者にも操られていない、正常であったとしたら、シエスタ君はどうする? 彼女は自分からモット伯に仕えるとわしに言ってきた。無論、脅されてないとは言い切れんがの。無理に彼女を連れて帰ったのならば、彼女は、彼女の家族はどうするつもりじゃ?」



馬で駆けて行く三人を学院長室の窓から眺めながらオスマンは語る。

「若いとは、それだけで素晴らしい。無鉄砲でありながらも妥協を許さず、同時にそれによって生まれる苦難もある。しかし立ち向かい続ける。何時かはそれだけでは乗り越えられぬ大きな壁があることに気付いていない」
「ええ、そうですわね。オールド・オスマン」
「いや、気付いていながらも、気付かない振りをしているかもしれん。わしは忘れてしもうた。しかしそれでも、若い、ということはそれだけで、素晴らしいものじゃ」
「オールド・オスマン?」

オスマンの使い魔、二十日鼠のモートソグニルが、ちゅうちゅうと、同意するかのように哀愁を込めて、鳴く。

「そんな素晴らしさに、わしが感化され、失ったそれを再び求めたとしても、仕方のない、そしてまた同じく素晴らしい事だと思わんか、ミス・ロングビル?」
「いえ、全く」

モートソグニルの尻尾を掴み、逆さに吊るしながら背後に立つロングビル。
その顔を伺う事もなく、オスマンは窓の外を眺めるのであった。
振り向かない事。それも若さだ。

これから降りかかるであろう災厄に立ち向かうもの達に、始祖ヴリミルの加護のあらん事をオスマンは、真摯に願う。


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