とある町の話である。
仏師がいた。美しい妻を娶り、娘を一人、息子を一人授かった。
妻は美しいと評判であった。妻に似た子供たちも自然、美しく育った。
仏師は幸せであった。
ただひとつ悩みがあった。
画竜点睛、という言葉がある。画の竜に命を宿した、という故事が元である。
自分の作る物は美しいが、所詮像でしかない。命など宿ったことはない。
足りない。何かが、何が足りない。
ある時、戦が起こった。が仏師にとって問題であったのは、戦の起こる前のこと。
戦が始まろうとしていた頃。
仏師の妻と子供たちが殺され、家に火をかけられた。妻と娘は犯され、嬲り殺しにされたらしい。
らしい、というのは、仏師は出かけていた。そのため、事は町へ帰って、初めて聞いたからだ。
仏師の友人達だった。竹馬の友と呼んでもよいくらい、気心も知れていた。妻を娶ったときも、子を授かったときも、みな我が事の様に喜んでくれた。
いずれも既に逐電している。
戦を前に自棄になり、好き放題して逃げ出したのであろうか。
仏師は独り、何も語らず、何も食わず、虚空を見つめ、自宅の焼け跡の上で座り続けた。動かぬ、朽ちた彫刻のようだった。
一月経ち、仏師は思い立ったように山へ向かい、大きな何かを一心不乱に彫り始めた。五間ほどある、仏、ではない。禍々しい。
寝物語に聞いた鬼、巷で語られた人を食う蛇、国を幾つも潰した狐。思い出せる限りの妖怪の類を、彫り続けた。もはや仏師も、人ではないほどに、禍々しい。
しかし、仏師は同時に興奮していた。
今にも動き出さんとする我が作を見よ。
喜びと憎悪、感動と空虚、自分でも訳の分からぬ思考のままに彫り続けた。
足りなかったのはこれだ。
生きているぞ!!命が宿るぞ!!呪うぞ、殺すぞ!!
月日が流れた。仏師、髪も髭も伸び、皮膚は灰のように白く、皹だらけに割れ、ノミが壊れても石を拾い、石が無くなれば爪を立て、彫り続けた。血走った目だけが生きている証のように光を受け、ぎょろりとのぞいている。死肉を僅かに残した骸骨が、眼窩を怪しく光らせ、呻き、喜び、歓喜と憎悪に転げ回っているようであった。
数年経ち、四十八体目を彫り終ところで
「ひぃっ」と獣のような、耳を突く叫び声を上げ、体中から血を噴き出し、力尽きた。血は四十八全ての像に降り注いだ。その途端、黒い霧のようなものが、像に流れ込んだように見えた。産声を上げたかのように幽かにだが、確かに像が動いた。
見ていたものがある。この気違いを、怖いもの見たさに、偶然この日木の影から除いていた。恐ろしくなって砕けた腰で、何度も転びながら町へと駆け下り、青い顔で事の顛末を話したが、誰も信じない。
ならば、とその場所へ連れて行っても仏師の死体はない、血の跡も。あるのは四十八体の不気味な像と、何年も同じものを着古したような、ぼろぼろの着物のみ。仏師の纏っていたものだ、と見ていたものは言う。
誰も信じた訳ではなかったが、そこにあった像は確かに不気味であった。いや、なにやら怖気まで感じる。捨てようとしても、びくともせず、燃やそうと火をつけても、なぜか焦げすらしない。
人々は不思議に思ったが、所詮人里はなれた森の中に、少し不気味な彫像があるだけで、何を困ろうものか、と恐れる心を誤魔化し、捨て置いた。
それからというもの、不吉な事が続いた。まず、仏師の最後を見たものが、突然死んだ。理由はわからない。家の押入れの中で、何かから隠れるように、隅に顔をうずめていた。それからは、七日に一人必ず死んだ。老若男女問わず、あるものは突然に病をこじらせ、あるいは屋根から落ち。
極めつけは、家の中で、なぜか首のない姿となって布団の上に横たわっていたものまである。数日経ち、像のある辺りにカラスが集まっているようだ。勇敢なものが、何事かと調べに行くと、一体の像の足元に、朽ち果てた、誰かの頭が転がっていた。
いよいよ恐ろしくなり、高名な僧を呼び、見せた。
「お堂を建て鎮めよ。」という。
その通りにした。像は押せども引けども動かなかったため、円陣に並んだそれらを囲む形でお堂を建てた。
お堂が完成に近づくにつれ、次第に怖気が無くなり、七日たっても、十日たっても、誰も死なぬようになった。人々は安堵した。が、完成したその日の夕方、僧は雷に打たれ、死んでしまった。空は晴れていた。
人々はそこを「地獄堂」と呼んだ。