夢を見た気がする。
けど、夢の中身は――いや、あれは、夢じゃない。
だんだんと目が覚めていくにつれて、今までの記憶が頭に浮かんできた。
フーケの操る巨大なゴーレムとの戦闘。ルイズ達を庇って受けてしまった重い一撃。
そして、自分の中で何かが弾けた、と感じた瞬間……それからのことは、夢を見ている時のようにおぼろげだった。
けど、フーケのゴーレムと思いっきり戦ったことは、なんとなくだけど覚えている。
自分ではない誰かが、身体を代わりに動かしていたような感覚。
その未知の感覚に満たされていたあの時は、何故私に宿っているのか分からない凄まじい力を、まるで手足を使うようにたやすく、私の中から引き出していた。
(例のイメージと頭痛のこと以外にも、また謎が増えた。
自分のことのはずなのに、何一つ分からないなんて……)
ベットのシーツをぎゅうっと握り締めて、私自身に対する恐怖と不安に、必死で耐える。
そうやってしばらくじっとしていると、カーテンの向こう側から「失礼します」と声をかけられた。
そこで私は、初めて意識して今の周囲の様子を見渡した。
どうやら医務室のベットに寝かされていたようだ。
身体にはいくつか包帯が巻かれている箇所もあり、治療してもらってからしばらく時間が過ぎているのかもしれない。
この前の決闘騒ぎの時といい、この短期間に2回も担ぎ込まれるなんて思わなかった。
「その声は、シエスタ? 起きてるよ」
「あ……リースさん!」
私が声の主に声を掛けると、シエスタが待ちきれないとばかりに勢いよくカーテンを開いて、素早く近づいてきた。
「よかった、よかったです! ひどい大怪我を負ったとお聞きして、私、わたし……うう、ぐすっ」
「ご、ごめん。心配かけたみたいで」
涙ぐんでいるシエスタを見て、申し訳ない気持ちになる。
「ミス・ヴァリエールやサイトさん達も心配しておられました。
今、顔を洗いに行かれてますので、そろそろお戻りになられるかと……」
「リース、目覚めたのか!」
サイトの声が聞こえて、医務室のドアが勢いよく開かれる。
うるさく駆け込んできたサイトに、医務を担当している先生(女性)が一瞬で接近して、目にも留まらぬ早業でサイトの顔面を鷲掴みにした。
いわゆるアイアンクローである。
「医務室では、お静かに。なぁおい、理解したか?」
「う、うっす、すいませんした。だからあの、痛い、ちょ、ミシミシって音がっ」
「ったく、この馬鹿は……申し訳ございません、先生。
この馬鹿使い魔は私が後でよく躾けておきますので、どうかお許しいただけませんか?」
「……まあ、いいでしょう。気持ちも分からなくはないですしね」
礼儀正しく頭を下げたルイズの謝罪に溜飲が下がったのか、先生はサイトの拘束を解いた。
かなり痛かったのだろうか。サイトは頭を抱えて「ぐぬおおお」と唸っている。
「な、何者なんだこの先生。いつ掴まれたのか全然分からなかったぞ……」
「余計なことは言わずに黙ってなさい。この馬鹿」
小声でそんなことを呟きながら、2人は私に歩み寄ってきた。
眠ったままで応対するのは失礼かな、と思って身を起こす。思ってたよりすんなりと身体を動かせた。
「も、もう起きて大丈夫なの? 無理しちゃだめよ、リース」
「心配かけてごめん。もう平気だよ。むしろ身体が軽いぐらい」
よっ、はっ、なんて言いながら身体を動かしてみる。
丁寧に治療してもらえたのだろうか。戦闘前より身体がすっきりしている気がした。
「その様子なら大丈夫のようね。一応、もうしばらく安静にしていれば、フリッグの舞踏会にも出られるかもね」
「舞踏会? あれ、ええっと……」
記憶から、フリッグの舞踏会が開催される日にちを思い出して、先生に尋ねる。
「も、もしかして私……だいぶ寝てました?」
「帰ってきてからずっと、ね。まあ、体力を回復するためには寝てるのが一番よ」
だからせめて夜までは寝てなさい、と先生にベットに寝かしつけられる。
その時、くぅ~と私のお腹が鳴った。恥ずかしくて、シーツで顔を覆い隠す。
「恥ずかしがることないわ。生きてれば誰だって空腹になるんだから。
シエスタ、あなた厨房で病人食を用意してきて。ミス・ヴァリエールと馬鹿は退出してくれるかしら。着替えとか色々あるから」
「あ、あの、私達も何か手伝いを……」
「もう心配しなくても平気ですよ。あなた達も疲れているでしょうし、しっかり休みなさい。
……くれぐれも、これ以上医務室に運び込まれてくるような事態にならないように、ね?」
ばきばき、と拳の骨を鳴らして念入りに言い聞かせる先生に、サイト達は背筋を伸ばして『は、はい!』と返答していた。
――この先生怒らせると怖い。
逆らわないようにしようと私は心の中で決めた。
○
夜まで大人しく休息していると、本当に元気が湧いてきた。
医務室の先生にお礼を言って退出して、フリッグの舞踏会に参加するための準備に取り掛かる。
自室に戻ると、ブリスが擦り寄ってきた。
「ブリス、君にも心配かけたね。ごめんね」
「にゃう」
喉を撫でてあげると、嬉しそうに喜んでいた。
甘えてくるブリスと少し遊んだ後、あらかじめ用意していたドレスなどをクローゼットから取り出して、身支度を始めた。
着飾ることにあまり慣れていないので心配だったが、なんとか形になったと思う。
鏡を見て、自分の姿を確認する。
青と白を基調とした、明るい印象のドレス。あまり派手なものではないが、私は店で一目見て気に入ったデザインだった。
そこに少しアクセントを加えるためのネックレス。イヤリングは痛そうなので止めておいた。
「どうかな、ブリス。似合う?」
「にゃー」
ブリスに私のドレス姿をお披露目する。
普段は中々着る機会のないドレスに、少し気分が盛り上がってくる。
その場で軽くステップ。そしてくるっとターン。
じーっと私を見てくれているブリスに微笑みかけながら、本に書かれた物語に出てくるような台詞を言ってみる。
「うふふ……素敵な子猫ちゃん。いっしょに踊ってくださいませんか?」
「あなた、ほんとに猫大好きよね」
後ろからかけられた声に、びくっとなる。
恐る恐る振り返ると、背後でドアの外からルイズとサイトが私の方を見て、にやにやとしていた。
「ふ、2人とも、ノックは……」
「したけど反応なかったわよ。聞こえないぐらい夢中だったみたいね、子猫ちゃん」
「ちなみに鍵もかかってなかったぜ。迂闊だったな、子猫ちゃん」
「……あ、あがー」
恥ずかしくて、奇声を上げながら顔を両手で隠して、サイト達に背中を向けた。
2人で私のことを笑っていたルイズ達だったが、しばらくすると「からかうのはこれぐらいにして」と呟いた。
かと思うと、先程までとは打って変わり、真剣な様子で話し始める。
「リース。フーケとの時は……本当に、ごめんなさい。私のせいであんな目に合わせてしまって」
「い、いや。ルイズのせいじゃない。あれは私が勝手にやったことだよ」
「勝手にやったことだとしても、リースが庇ってくれたから、俺達は今、こうしていられる。
だから……リースには本当に、すっごく感謝してるんだ。ありがとう、そして、ごめん」
2人が、感謝と謝罪の気持ちを言葉に込めて伝えてくれる。
私はそれを聞いて、嬉しいけれど……複雑な気持ちもあった。
サイト達を庇えたのは、私に宿る強大な力があるからだ。
私がずっと嫌っている、化け物みたいな力があったから、普通では太刀打ちできないような強い相手と正面から戦えた。
……そこまで考えて、私は違和感を覚えた。
(私は、フーケとの戦いであの力をみんなに見せてしまったはずだ。
なのになんで、2人は態度を変えずにいてくれるんだろう)
気になったので、尋ねてみることにした。
少し質問するだけなのに、すごく怖かった。
拒絶されたらどうしよう、とか。そんな不安な想像が頭にどんどん浮かんでくる。
けど、後回しにすればするほど、聞き辛くなってしまう。
だから、とても怖いことだけど、意を決して二人に話しかけた。
「あ、あの。2人は、何とも思わないの? 私、あの戦闘で、その……普通じゃなかったと思うんだけど」
「へ? いやまあ、魔法ってすげーとは思ったかな」
「……不思議には思ったわよ。あんなすごい力を持ってるなんて、びっくりしたわ。
正直、実際に見た私でも『あれは何かの見間違いじゃないか』なんて思っちゃうもの」
魔法に詳しくないサイトはともかく、ルイズは真剣な表情で語る。
あれは確かに普通ではなかったと思う、と。
そう、ルイズは話した後で。
「――けど、関係ないわ。リースは私のクラスメイトで、友達で、命の恩人。
それは、あなたの力がどうだろうと、変わらないわよ」
はっきりと。迷いのない声で、そう言ってくれた。
サイトもそれに続く。迷う必要なんてないと言うかのようにまっすぐ私を見て、言う。
「俺もそうだぜ。魔法とか詳しくないから、あれが普通じゃないのかどうか分かんねえけどさ。
もしリースが普通とは違ってたとしても、俺はリースの友達だ」
それが。
2人の「そんなの当たり前だろ?」と言わんばかりの迷いのなさが。
普通ではない私を受け入れてくれたということが、とても嬉しくて。
「……ぁ」
涙が零れた。
嬉しくて、嬉しいって気持ちが抑えきれなくて。
涙が、止まらない。
「リ、リース、どうしたの?」
「や、やっぱりまだ、どこか痛むのか? 先生、呼んでこようか?」
「違う……違うんだよ」
私が苦しんでいると誤解しているらしい2人に、涙をハンカチで拭きながら、答える。
「嬉しくて、嬉しくて……すごく、嬉しいんだよ」
ただ、どんな私でも受け入れてくれる友達がいること。
それがこんなに幸せなことなんだ、と。私は、生まれて初めて知った。
2人は、私が泣き止むまで、傍にいてくれた。
それがまた嬉しくて、2人が準備のために部屋を出て行った後、1人でまた泣いた。
○
いつにもまして豪華な御馳走の数々と、上品で優雅な音楽。
それらに囲まれて踊る、たくさんの貴族の子供達。
私は、ダンスに誘われることもないので、タバサといっしょに御馳走を食べていた。
「……す、すごい食べるね」
「まだいける。メイドさん、これ10人前、おかわり」
「は、はいただいま!」
目の前でどんどん、空になった皿が積み上げられて山になっていく。
タバサの小さな身体のどこにそんな量が収められるのか分からないが、苦しむ様子もなく、タバサは多くの料理を平らげていった。
「もう、あなた達は……せっかくの舞踏会なんだから、もっと殿方との交流を楽しみなさいな」
キュルケが、呆れたような顔で私達2人を見ていた。
彼女の後ろには、何人もの男達が並び、「次は俺だ!」「いいや僕だね!」などと言い争っている。
「あなたは、楽しみすぎ」
「そ、その……私は、あまりそういうのは」
「せっかく綺麗なのに、もったいないわねえ。まあいいわ、私はもう一踊りしてくるわね」
そう言って、キュルケは男達を引き連れて去っていった。
積極的にアプローチをかけるキュルケや、男達からすごい勢いで誘われているルイズ達は、舞踏会の中心で輝いている。
綺麗な薔薇の花のようだった。その美しさにつられて、男達は引き寄せられている。蜜を求める蝶のように。
「私は、隅っこの方でそっと咲けたらそれでいいや……その方が落ち着く」
「料理も味わえる」
タバサが同意するように呟いて、そのまま次の料理を食べ始める。
実際、賑やかなパーティの様子を見ているだけでも、けっこう楽しいものだ。
人付き合いの苦手な私としては、知り合いと世間話でもしながら飲み食いしている方が、リラックスして過ごせるので好きだった。
しばらく食べ続けていたタバサだったが、さすがに限界がきたのか「ごちそうさま」と言って食事を止めた。
「さすがにもうお腹いっぱい?」
「まだ腹八分目。けど、あなたに聞きたいことがある」
「そうだよね、あんなに食べてたらさすがに……なん、だって?」
「質問、いい?」
タバサのお腹の底なしっぷりに驚愕していると、彼女はじっとこちらを見つめて、真剣な表情で返答を求めてきた。
「う、うん。答えられることなら、いいけど」
「……あなたは、何者?」
その言葉に、また、身体が震えた。
サイト達に受け入れられて、とても嬉しかった。
けど……それは裏を返せば、自分が普通ではないと他人に知られることを、それだけ怖がっている、ということなのだろう。
「あの戦いの時、通常ではありえない魔法行使を次々と行えていた。
瀕死の重傷も、私が応急処置をするより前から、かなり回復していた。
あなたが、ただのトライアングルメイジとは思えない」
彼女の、私を探ろうとする視線は怖かった。
できれば今すぐにでも逃げ出して、自分の部屋にでも篭りたくなる。
……けど、学院で共に過ごす以上、彼女がその気になれば何度でも探られることになるだろう。
なら、この機会に、話せることは話してしまおう――サイト達のおかげで芽生えた勇気を振り絞って、質問に答えることにした。
タバサの了承を得て、周囲の人にばれないように“サイレント”の魔法を唱える。これで私達の声は周りには聞こえなくなった。
それを確認して、私は喋り始める。
「私にも、何故自分にこんな力があるのか、分からないんだ。
フーケとの戦闘では、自分が自分ではなくなったような感覚だったし……正直、自分のことなのに、怖い。
子供の頃から、普通じゃないぐらい強い力を持っていて……父親には化け物と言われたよ」
タバサの身体がぴくり、と反応したように思えたが、私は話を続ける。
止まってしまったら、もう話せなくなってしまいそうだったから。
「化け物と言われてからはできるだけ、力を隠して生きてきた。ずっと、みんなを騙してる。
だから……このことは他のみんなには、できるだけ内緒にしてほしい」
「……分かった。他言はしない。約束する」
タバサは肯定の頷きをして、しばらく目を伏せた後、私の顔をまっすぐに見つめて、言った。
「辛いこと聞いて、ごめんなさい」
「……いや、いいんだ。気にしないで」
「ありがとう。じゃあ、また」
そう言って、タバサは席を立った。
お先に。そう一言呟いて、青髪の少女は会場の出口へ向かっていった。
「メイドさん。さっきのやつ、5人前。部屋に持ち帰りたい」
「は、はい……ご用意致しますので、しばらくお待ちを」
……ま、まだ食べるんだ。
○
舞踏会の喧騒に疲れてきたので、夜風に当たろうとバルコニーに出た。
夜空には満天の星空と、双子の満月が輝いている。
会場の熱気と、少し呑んだワインで火照った身体を、冷たい風が心地よく撫でていく。
と、バルコニーには先客がいた。サイトとルイズだ。
2人は私に気付かないぐらい夢中で、手を取り合ってダンスを踊っていた。
慣れていないサイトを、ルイズがリードしているようだ。
音楽も何もないダンス会場。だけど、さっき男達に誘われて踊っていた時より、ルイズは嬉しそうだった。
私がいると邪魔かな、と思ったが……ちょっと、悪戯心が芽生えた。
ここ最近、私が何かに夢中になってると背後から現れてからかってくる2人。
一度ぐらい、反撃してみてもよいのではないでしょうか。
(目標を確認。ミッションスタート……!)
できるだけ気配を消して、2人の傍に置かれたテーブルの椅子に座る。
そこまで近づいても気付かれないことに「私、存在感ないのだろうか」とちょっぴり複雑な気持ちになった。
「おでれえた、おでれえた! 主と踊る使い魔なんて、初めて見たぜ!
……ん? おお、嬢ちゃん。あんたも来たのかい」
隣の椅子に立てかけられたデルフリンガーが、楽しそうに声を出していた。
「2人を驚かせたいから、声は静かにお願いできるかな?」
「あいよ。へへ、嬢ちゃんもそういうことするんだな」
「普段はやらないよ。今回は相手が、その……友達だからね。
2人が気付くまで、いっしょにたっぷり鑑賞していようか」
「おうよ。中々見れるもんじゃねえからな、しっかり見とこうぜ」
テーブルに置かれたワインを少しもらって、夜空の下で踊る2人を見る。
不慣れなサイトのたどたどしいステップをカバーしようとして、ルイズのステップもちょっとおかしくなっている。
だけど、星と月の灯りに照らされながら踊る2人の姿は、とても輝いていた。
2人がとても楽しそうにしているから、だろうか。
ダンスの技術とか音楽とか、そんなのなくっても、それは見ごたえのあるダンスだと思った。
「ずっと、見ていたいね」
「そうだなぁ。こりゃあ飽きねえや」
デルフリンガーといっしょに、2人を見守る。
こんな穏やかな時間が、いつまでも続きますようにと、星空に願いながら。