サイトに促されて、私は女子寮へ帰ってきた。
帰り道で、ルイズになんて言って謝ればいいんだろうとずっと悩んでいたけれど、いくら考えても考えは纏まらない。
気の利いた言葉なんて何一つ思い浮かばないし、ルイズに責められたら何と返せばいいのか分からない。
だけど、延々と悩んでいるうちにも、私達はルイズの待つ部屋の前に辿り着いた。
ルイズとサイトが普段寝泊りしている、学生寮の一室。ここでルイズは待っていてくれているらしい。
「……心の準備、いいか?」
「ちょ、ちょっとだけ待って」
サイトの呼びかけに返事して、私は一度深呼吸をする。
胸の鼓動は全然落ち着いてくれないけど、いつまでもこうしているわけにはいかないと覚悟を決める。
視線と頷きでサイトに意を示すと、彼も頷き返した後、扉をノックした。
しばらく間を空けて「入っていいわよ」というルイズの声が扉越しに聞こえる。
がちゃり。サイトが扉を開いて、私に後へ続くよう促す。
不安を掻き消せないまま、私も入室した。
窓辺からは双子月の灯りが射し込んでいる。
その月明かりに照らされながら、ルイズはベットに腰掛けていた。
彼女の桃色がかったブロンズヘアーが、月光を浴びてきらきらと輝いている。
いつも自信満々で勝気な意思を宿している鳶色の瞳は、今はどことなく不安そうに伏せられていた。
その落ち込んだ様子が自分のせいなのだと思うと、もう頭に描いていた会話の流れなんて、吹き飛んでしまう。
「――ごめんなさい!」
代わりに口から飛び出したのは、謝罪の言葉だ。
何の飾りもない、ただ謝るだけの言葉。それと同時に頭を下げる。
「ごめんなさい、リース!」
私が叫ぶと同時、ルイズもまた謝罪の言葉を口にしていた。
頭を下げた自分には見えないが、ルイズも頭を下げているのだろう、と思う。
だけどルイズは悪くない、私が謝られることなんてない。
必死に私を守ろうとしてくれたルイズに、私が一方的にひどいことをしたのだから。
「ル、ルイズは悪くないよ。私は、ルイズのことを考えずにひどいことを……」
「私の方こそ、リースにひどいことをしたわ。リースが苦しんでいること、分かっていたはずなのに……」
次第にお互いに顔を上げて「私の方が悪かった」「いえ私の方が悪かったわ」なんて、何を比べ合っているのか本人にも分からない言い合いになっていた。
そんな中、サイトは黙って部屋を出て行った。二人きりでしっかり話し合え、ということだろうか。
サイトが退室した後も、私とルイズはお互いに謝り合っていた。
〇
「……ねえ、リース」
お互いに謝り疲れた私とルイズは、ベットに二人並んで寝転がっていた。
顔を向かい合わせて身体を休ませながら、私はルイズの言葉に「……うん、何?」と応える。
「私、虚無の力に目覚めた時……最初は、本当は怖かったの。
だって、ずっとゼロなんて馬鹿にされてきたのよ? いきなり私が伝説の系統の担い手だなんて、すぐには信じられなかった。
もっと普通の力で良かった。ただ普通に魔法を使えて、皆に認められたい……ゼロなんて言われたくない。それが私のずっと願い続けてきた本当の思い。
けど、始祖の祈祷書に浮かぶ呪文を唱えたら本当に、虚無の魔法が使えて、とっても大きくて怖い戦艦も倒せて……そんなことができる力を持ってしまったことが、すごく怖かった。
それでも、この力があれば、やっと私にもリースを守れるんだって、嬉しさも確かにあったの。
リースだけじゃない。大切な家族も、学園の皆も……サイトや、タバサにシエスタ。あとはギーシュに……癪だけど、キュルケのことも。
アルビオンでワルドに裏切られた時みたいに、自分の無力に泣いていることしかできないなんてこと、もうないんだって。
そう思えば、恐怖は抑え込めたの。何もできないまま何もかも失うことに比べたら、ずっと良いと思えたから。
……だからさっき、リースに虚無のことを話す時、自分が怖がってることなんて見せないようにって無理にはしゃいでたわ。
普通ではないことに悩んできたリースのこと、ちょっとは分かっていたつもりだったのに……そのリースの気持ちを考えられないまま。
だから、ごめんなさい。あんなこと言って……私、無神経だったわ」
長々と続いたその言葉には、ルイズの気持ちがたくさん込められていた。
ルイズも、怖かったんだ。それでも……私や、皆のことを思って、その恐怖を飲み込んで前に進もうとしていた。
それはきっと、並々ならぬ決意がなければ、できないことだったと思う。
私なんて、覚悟を決めたつもりでも、ずっとうじうじと悩んでばかりなのだから。
「ルイズは、強いね」
私は自然と、手を伸ばしてルイズの頭を撫でていた。
その小さな身体に、彼女はどれほどの不安を抱えていたことだろう。
誰よりも努力して、それでも認めてもらえなくて。それでも頑張り続けて。
ようやく辿り着いた魔法は、伝説と呼ばれる虚無の系統だった。
普通とはかけ離れた絶大な力。それは確かに、大切なものを守ることのできる奇跡みたいな力。
――その担い手が普通に生きたいと願っていても、そうはさせてくれない規格外な力。
無邪気に、嬉しそうに語っているように見えていたけど、ルイズはあの時、どれほど不安だったのだろう。
不安を吹き飛ばすようにはしゃいでいないと、伝説の重みに潰れてしまいそうなくらい、心細かったのではないだろうか。
誰かに……自惚れでなければ、あの時の私に「大丈夫だよ」って支えてほしくて、打ち明けてくれたのではないだろうか。
そんな彼女を傷つけるような言葉を浴びせたのだと思うと、自分がとてもひどいことをしたのだと改めて実感する。
「私は、ずっと……子供の頃から、普通じゃなくって。
幼い頃に魔法の練習で、両親に良いところを見せたいって思って……やりすぎてしまって、すごく怖がられた。
それからずっと、ずっと……自分の普通じゃない力を隠さなくちゃいけないって、周りに怯えて生きてきた。
ルイズみたいに、誰かを守るためにこの力を……なんて思えるようになったのは、本当につい最近のことで。
友達を、ルイズやサイト、他の皆を守りたいって思うようになってからなんだ」
今でも頭に思い浮かぶのは、両親のひどく怯えた様子。
そして二人きりで話し合っていた両親の、言い合う姿。
あの子は化け物なのではないか、と話す父。そんなひどいことを言わないで、と私を庇って心配してくれた母。
それでも、二人とも恐怖に震えていたことは、一度気がついてしまえば幼子であった当時の自分にもはっきりと分かってしまった。
二人の話合いをこっそりと覗いてしまってからの私は、恐怖されることに怯えてばかりで。
この力を誰かのために使おう、なんてまったく思えなかった。
自分のことばかり、考えていた。
「友達を守りたい。そう言いながら、私はずっと自分を守ることばかり考えていた。
皆に怯えられたらどうしよう。化け物なんて言われたらどうしよう。そうやって、ルイズ達にも怯えていた。
ルイズみたいに、友達のためにって恐怖を抑え込むことができなかったんだ。
だから……さっきの私は、伝説を背負ってでも前に進むルイズのことが、羨ましかった。
結局、私はルイズに嫉妬して、あんなひどいことを言って……ごめんなさい、ルイズ」
「そんなのお互い様よ、ね」
気付けば、今度はルイズが私の頭を撫でていた。
彼女の瞳は、まるで子供を慈しむように優しく細められている。
「嫉妬なんて、私はしょっちゅうよ? なにせゼロだもの、周りの全員嫉妬の対象よ。色々ひどいこと言っちゃうことだってあるわ。
サイトとは喧嘩は毎日のようにしてるし、クラスメイトとの言い合いだって多い。
正直に言えば、リースにだってよく嫉妬してるんだから。リースみたいに色々な魔法が使えたらいいのに、なんてよく考えてた。
……だけど、あなたが自分の力にとても怯えていること、分かっているつもりで全然分かっていなかったわ。
そんなあなたに、替われるものなら替わりたい、なんて言ったら……怒られて当然よ」
「け、けど。私はそれだけじゃなくて、叩いちゃったし……」
ぺちん、と。ルイズの手が私の頬を張る。
それは私が彼女にしたのとは全然違う、軽いもので。全然力が入っていない、そっと触れるようなビンタ。
だけど、ルイズは。
「これでそれもおあいこ。……だからもう、仲直りでいいわよね?」
そう言って、微笑んでくれて。
彼女の笑顔には、恨みや怒りなんて微塵もなくて。
まるで魔法みたいに、私の心を救ってくれた。
「――ルイズ。私、これからもたくさん間違えてしまうかもしれないけど。
どうかこれからも、私と友達でいてください」
「あったりまえよ。リースこそ、ずっと私の友達でいなさいよね」
双子月に見守られながら、私達は誓い合う。願い合う。
これからも、この絆がずっと繋がっていますように、と。