「あなたは、我々『神族』の手違いにより死にました」
目が覚めた瞬間、そんなことを言われた。
どこまでも真っ白な光景の続く、明らかに非現実的な空間。
そこで神を名乗る人物に、『あなたは死にました』と告げられる。
まるで、ネットで多数書かれている、とあるジャンルの物語みたいな状況。
おいおい確かに転生チートとかの小説は大好物のひとつだが夢に見るなんて――と思っていたのだが。
「元の世界に生き返らせることは天界側の事情で不可能ですが……規則により、あなたが望む形で別の世界へ転生することができます。あと、私は神ではなく天使です」
だが、目の前の……童話に出てくる天使みたいな格好をした少女が事務的に伝えてくる言葉は終わらない。
夢なら適当なところで覚めるだろうと思っていたのだが、むしろ説明が進むにつれ意識がはっきりとしてくる。
「なのであなたが希望する条件を教えていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「……いや、これ夢なんじゃ?」
「残念ながら現実です」
天使(仮)な少女が、何かの儀式のような手順で手を振ると、俺の手元に高級そうな綺麗な紙の束が現れる。
その書類の束には、俺の死因やら、『神族』とやらの誰がどうミスしたせいで俺が死んだのか――といったことが簡潔にまとめられていた。暴走したトラックに押し潰されて即死。そんなところまで、ネットに溢れる転生チート系の物語のテンプレだった。
「……まじ、で?」
「冗談でわざわざ書類を用意できるほど、我々は暇ではありません」
「ってか、人を殺しといて何その態度? もうちょい誠意ってものが――」
「私が殺したわけではありません。そして私の業務はこういった事態に被害者への説明等の対応……ぶっちゃけ、ミスした馬鹿共の尻拭いです。被害者からの罵倒、侮辱は当たり前。妙に能力のある方にはこちらが殺されかける。そんな業務を押し付けられて幾数年。
毎回気に病んでいては、こちらがもたないのです。同族のせいでこのようなことになってしまい本当に申し訳ない、とは思いますが」
本当に腹立たしそうに愚痴をこぼしてから、「申し訳ありません」と頭を下げる天使(眼鏡)。
なんというか、天国も色々とややこしいことがあるらしい。
「それで、転生時の希望はございますか? このまま安らかに眠りたいと希望されるのであれば、通常の死亡時同様の手続きも可能ですが」
「い、いや、ちょっと待ってくれ。まじで、元の世界には戻れないけど、希望したことは叶えてくれるんだよな?」
「こちらに可能な範囲であれば。ただ、転生時の作業は別の担当が行うので、明確にまとめないと面倒なことになると思います」
そう言われて、考える。
元の世界には身寄りはいない(両親は昔に離婚して別々に暮らしてるし、兄弟はいない。親戚との付き合いもない。恋人いない暦=年齢)。
別に夢もない。バイトで稼いだ金で1人暮らしして、好きなアニメやらゲームやらのサブカルチャーを買い漁り、インターネットで遊んでばっかりだった。
どうせもう戻れないなら、無理に「生き返らせろおらー!」と文句を言うよりも、自分の好みにあった来世を考える方がよさそうだ。
というわけで自分でも驚く程あっさりと、この状況を受け入れてる自分がいた。
死んだらもっと戸惑うもんだと思ってたが……いやまあ、まだこれが現実だって実感できてないだけかもしれないが。
とりあえず、もっとファンタジーな世界で生きてみたいかな。魔法とか使って、異世界を冒険とかやっぱ憧れる。
そこまで考えて頭に浮かんだのは、自分の好きなライトノベル作品のひとつ――『ゼロの使い魔』の世界だった。
剣と魔法もある。美少女いっぱい夢いっぱいな世界。
好きなキャラも多い。それに、よく読んだ二次創作作品のように、原作知識を生かして立ち回るのも面白そうだ。
「ゼロの使い魔……検索結果、出ました。このハルケギニアという世界で合っていますか?」
「え、俺何も言ってないのになんで……」
「人間の思考を読み取るぐらい簡単です。これでも天使ですから。
今の調子で希望の内容を頭に浮かべていただければ、こちらでまとめさせていただきます」
少し自慢げに眼鏡をくい、と指で押し上げて整える天使。
勝手に頭の中を覗き見られてるのはなんか気分悪いけど、とにかく俺の希望は可能な範囲という制限有りとはいえ、叶えてくれる方針らしい。
……ほんとにいいの? いいんだよな?
だったら俺、自重しないよ? 全力で望んじゃうよ?
普通なら、死んではい終わりだったはずが、来世限定とはいえ、願いを叶え放題。
こんなチャンス、自重するなんて損ってもんだろ!
「だったら、遠慮なく行くぞ……ついてこれるか!」
「いいから早くしてください。休日出勤させられて眠たいんです」
思わずテンション上がってきた俺を、天使が冷ややかな……というか眠そうな目で見ている。
……えー。もうちょい優しくしてくれてもいいじゃん。お客様は神様じゃね?
「神様は私達の上司です。いいから、早く考えてください」
さらに視線が冷たくなった。
これ以上機嫌を損ねる前に、さっさとした方が良さそうだ……。
そして考えること……どれぐらい時間が過ぎたのだろうか。いや、そもそも時間という概念があるのかどうか。
俺の頭の中を覗いた天使に「これで全て、合っていますか」と俺の来世への願望をリストアップした紙を渡される。
○ゼロの使い魔の世界へ。ルイズ達と同じ学年で、トリステイン学院に通いたい。
○せっかくメイジになるのなら、魔法の才能はめちゃくちゃ高くしてほしい。
虚無を除く全属性がスクウェアクラスとかそれぐらい。
○どうせ生まれ変わるなら、今度は女の子として生きてみたい。
男と恋をしたいわけじゃなくて、むしろ百合とかしたいんだ。
あ、もちろんなりたいのは美少女な。ここ重要。
○ハルケギニアの魔法って、同時に使えないとか色々制限あるよね。
そういう制限を無視して使いたい。
他人には真似できない同時詠唱とか、オリジナル魔法作ったりもしたい。
○漫画みたいにピンチに覚醒とか、そんな素敵スキルもほしい。
普段も強いけどピンチにはもっと強いとか最高じゃね?
他にも細かい要望はいくつかあるが、書いてある主な内容はこんな感じだ。
我ながら欲張ったもんだと思う。
「……欲張りな男は嫌われますよ。ぺっ」
「おいィ? 天使がツバ吐くとかいいのか? 許されるの? ねえ?」
「どうでもいいですよ。それより、この条件でいいんですね?」
「あ、ああ。大丈夫だ、問題ない」
「一番いい来世を頼む、と……はいはい満足ですか? ではさっさと進んでください」
ネタを適当にあしらわれてちょっと寂しい俺の前に、光輝く扉が現れる。
これを潜れば、生まれ変わるための工程へ進める……らしい。
「……うっし、行くか。サンキューな、天使様! 休日出勤お疲れ様!」
俺の我が侭に付き合ってくれた天使にそう一声かけて、俺は扉を潜った。
……ま、まじであの条件で転生できるの? 駄目もとでかなり無茶苦茶言ったぞ?
けど文句とか言われなかったし……うおおおお! テンション上がってきたー!
扉を潜り抜けた先には、さっきとは違う少女がいた。やはり天使の格好をしている。
先程の天使……名前聞き忘れたな。眼鏡天使でいいか。
眼鏡天使が優等生系少女なら、今度の少女は元気系というか。
「こんにちは、そしてもうすぐさようなら! 転生担当リーフちゃんでーす!」
いえーい! なんて言いながらにこにこと笑顔を浮かべる天使、リーフ。
どうやら天使も、みんな性格とかは違うらしい。
「……んで、俺はどうすればいいの?」
「えっとねー、この転生装置の中に入ってくれたら操作はこっちでするから、そしたら希望通りの内容で転生できるよ!」
リーフがその転生装置と思しき物体の傍に移動して「じゃーん!」と手を大きく広げた。
……見た目は普通より少し巨大なだけの洗濯機に見えるんだが、これが? まじで?
「他のがよかった? いまこれ以外に動かせるの、おまる型とかの不人気シリーズだけなんだけど」
「これでいいっす。というかこれでお願いします」
あと、その不人気シリーズデザインしたやつ反省してくれ頼むから。殺されておまるに放り込まれるとか嫌過ぎる。
「ほんじゃま、未練がなければ入ってくださいなー!」
「……ん」
言われて、ちょっとだけ生前のことを思い浮かべる。
別にむちゃくちゃ悲惨な人生だったわけじゃない。
だけど、贅沢な文句かもしれないが、完璧に充実してたともいえない日々だったと思う。
自分の努力次第で変えられたこともあったかもしれないけど、全てはもう終わってしまった人生。
しいていうなら、漫画やラノベの続きが見れないことに心残りはある。
けれど……これから本物のファンタジーな世界に行けるんだ。
だから、来世への期待の方が強かった。
「OK、じゃあよろしく」
「あいあいさー! 一名様ごあんなーい!」
巨大洗濯機の中へ入る。蓋が閉められる。
しばらくして、ごうんと大きな音を立てて装置内部が動き始めた。
ぐるぐる、洗濯物みたいに回される……乗り心地最悪過ぎる!
けど、これを耐え切った際には、希望に溢れた来世が――!
『あ、あれ? なんかおかしいような……』
少しくぐもった感じで、リーフの声が聞こえる。
何が? と呟く暇もなく――装置が突然、今までの揺れが比べ物にならないぐらいに振動し始めた。
「ちょ、まっ、なんぞこれー!!」
『あわわ、すっ、すっごい煙吹いてる! ありえないぐらい発光してるー!』
リーフの戸惑っている声が聞こえるが、俺はもう戸惑うとかそんな次元ではない。
「お、おい! 大丈夫なのかこれ!? ちゃんと生まれ変わ――」
俺の叫びが届いたのかどうか、知ることはできなかった。
一段と激しい衝撃と振動。そして閃光。
視界を埋め尽くす光に飲み込まれるように、俺の意識は、遠のいていった。
○
「……ど、どうなっちゃったんだろう」
リーフは、暴走が終わった転送装置の中に先程の男がいないことを確認すると、別の装置を呼び出した。
少しレトロな雰囲気のテレビ。それは彼女の愛用する装置のひとつで、転生した魂の様子を映像として確認することができるものだ
。
スイッチを入れてチャンネル合わせのつまみを調整する。
しばらく操作していると、画面上の砂嵐が止み、鮮明な映像が浮かんでくる。
画面の中心にいるのは、生まれたばかりの人間の子供。どうやら女の子のようだ。
テレビのボタンをいくつか押すと、その幼児についての詳細が表示される。
やはり、転生そのものはなんとか成功したらしい。魔法の才能やら特殊能力なども、色々と誤差はあるようだが、ほぼあの男の希望通りに付加されていた。
ただ……肝心の、男の意識や人格は、検出されなかった。
記憶喪失とかそんなレベルではなく、魂そのものが消失しているとしか思えない有様だ。
「ど、どうなってるの……? わたし、失敗しちゃった?」
「作業ログを確認したけど、あなた自身には問題なかったわ」
「あ……ミルフィ先輩!」
背後から掛けられた声にリーフが振り返ると、そこには先輩天使であるミルフィがいた。
今も解析を続けているのか、ミルフィの周囲にはたくさんの半透明な枠が浮かび、天界の言語で様々な情報が次々と綴られている。
「上層部が修理費出し渋ったせいで機材が故障して起きた、典型的な転生事故ね。あなたが気にすることはないわ」
「け、けど……あの人の魂、完全に消えちゃったんじゃ……」
「そうね。どうやら『彼』の魂は粉々になった後、この子……“リース・ド・リロワーズ”という少女の魂の素材として吸収されたようね。
『彼』の魂の欠片が“リース”に何か影響を与えるとしても微々たるものでしょうし、問題はないでしょう」
テレビの映像の中で、リース・ド・リロワーズと名付けられた少女は母親の腕の中で産声を上げている。
当然ながら、少女には先程の転生者の面影はない――そこに付加された能力以外は。
「事故の影響で、魂の改変内容に多少の誤差はあるみたいだけれど……むしろ予定より強くなってる部分もあるみたいだし、別にいいんじゃない?」
「い、いいんですか……?」
「こちらの目的は達成してるし、過去のケースでも“その転生者の存在が天界に害を成さない限りは問題なし”と書かれているわね」
神族が、人間の魂を転生させる目的はいくつかあるが、今回の場合は『怨念を残さないようにするため』だ。
手違いにより殺された人間は大抵の場合、神を恨む。
そういった魂は消える間際にも怨念を生み出してしまう。それは天界にとって色々と不都合だった。
なので、怨念が生まれる可能性を減らすために、事故死させてしまった人間の望みを叶えて、別の世界に送り出す。
それが何百年か前に天界で決まった、規則のひとつだった。
「……上司から連絡がきたわ。『記憶消えたってんなら、俺達的にはむしろ好都合じゃね? 問題なし』だって」
「て、天界はこんな調子で大丈夫なんでしょうか……」
上司の軽い反応に、リーフは自分達の故郷の未来が心配になった。
その疑問にはミルフィも概ね同意するが、天使が憂いたところで天界の在り方を決めるのは上層部――多数存在する神様達である。
天の使いっぱしりである自分達があれこれ考えても、仕方が無いことだ。
もしそれでも神々の在り方を良しとせず、根本から変えようというのなら……存在を消滅させられるか、穏便に済んでも堕天使として地獄に落とされるのを覚悟の上で反逆することになるだろう。
ミルフィは現状に不満はあれど、神々に歯向かう程の覚悟も動機もない。
「ま、今回のことが問題となるのかは……それこそ、神のみぞ知るってやつなんでしょうね」
呟きながら、ミルフィはちらりとテレビの映像を見る。
小さな画面に映る少女、リース・ド・リロワーズの物語は、あっという間に魔法学院の生徒生活、進級試験編まで時間が進んだようだった。
○
私の名前は、リース・ド・リロワーズ。
下級貴族の家に生まれた、普通の少女である――外見的には。
幼い頃から、私はどこかおかしかった。
物の覚えは早く、魔法の才能は凄まじく、周囲の人が言うには見た目も美しい、らしい(その辺りはお世辞もあるだろうから何とも言えないけど、自分では自信がない)。
初めはまだよかった。両親は私が数々の魔法を唱える度に、嬉しそうに「この娘は天才だ!」とはしゃいでいたことを、今でも覚えている。
私も両親が喜ぶのが嬉しくて、頑張って練習した。
魔法を使うことは楽しくて好きだったこともあり、遊ぶように、だけど真剣に練習に取り組んだ。
それが余計に悪かったのだろうか。
子供ではありえないような、高難易度の魔法を習得して扱えるようになると、両親の顔にはだんだんと恐怖の色が浮かぶようになった。自分が使いやすいように魔法を改造したり、自己流の魔法を作った頃には、もはや笑顔は消えていた。
普通、メイジはどんなに優れていても、扱える魔法には限界がある。
最高のレベルであるスクウェアメイジ。その域になってようやく使える、スクウェアスペル。
メイジは基本的に、得意な属性というものがある。得意な属性の魔法は習得しやすく、消費する精神力も少なくて済む。
スクウェアメイジでもその法則に変わりはない。
どんなにメイジとしてのクラスが高くなっても、得意な属性以外で上級スペルを扱うことは困難であり、スクウェアスペルとなれば得意属性以外での行使は不可能だとされている。
けど、私はそれができてしまった。それもまだ10歳にも満たない子供の頃に。
メイジとしての能力が高いのは素晴らしいことだと褒められて育った。だから頑張った。
だが、強すぎる力に、人は恐怖する。それを実感させられた。
両親が2人きりでこっそりと話し合っていた場で「あの子は化け物ではないのか」と父親が呟いていたのを偶然聞いてしまってから、私は力を周囲に誤魔化して生きる努力をしてきた。
いつの間にか趣味になっていた魔法の改造や自己流の魔法の開発はこっそり続けていたけど、その成果を他人に見せる気はない。
必要がなければ一生、家族にも秘密にするつもりだ。
また父親に怖がられたり、母親に心配をかけたりしたくない。
成長して入学したトリステイン魔法学院でも、それは変わらない。
私は、風のトライアングルメイジということになっている。
風属性には戦闘に便利な魔法が多く、様々な状況への対応力もあるため、それをメインに扱う属性にすることにしたのだ。
他の属性を疎かにするつもりはないが、例えば戦闘向きではない水属性が得意と周囲に伝えていたら、加減の効かない戦闘に陥った場合に他属性の上級スペルを扱うのが難しくなる。自分が嘘をついていたことがばれてしまうからだ。
別に嘘そのものは、ばれたならそれでもいい。
だが、自分に生まれつき備わった異常な才能を知られて、また“化け物”なんて言われたら――。
「リース・ド・リロワーズ。貴女の番ですよ」
「……は、はいっ!」
コルベール先生に名前を呼ばれて、慌てて返事をする。
今日は進級試験を兼ねた、使い魔召喚の儀式が執り行われている。
周囲には既に召喚を終えて、自分の契約した使い魔とコミュニケーションをしながら儀式が終わるのを待っている生徒達がたくさんいた。
(集中しなくちゃ。どんな存在が使い魔として出てくるのか分からないんだから)
使い魔は、呼び出したメイジの実力に見合った存在が呼ばれるという。
火属性が得意なら、火山にいるような生物。水属性なら湖の生物など。
だったら、全属性が得意な……実の父親に化け物と呼ばれるようなメイジは、何を呼び出すというのか。
(……呼び出すのも化け物なら、呼び出されるのも化け物なのかな。
もしそうなったら、嘘がばれようとなんだろうと、周囲への被害だけは出さないようにしなくちゃ)
すぐに戦闘を行えるように覚悟を決めながら、私は呪文を唱え始める。
詠唱が終わる瞬間が、待ち遠しいような恐ろしいような――そんな迷いとは裏腹に、そんなに長くないスペルはすぐに半分以上唱え終わってしまった。
後は、締め括りの言葉で、己の運命を世界に問いかけるだけである。
深呼吸して、一度だけ目を閉じる。
まだ迷いはあるが、無理矢理それを振り切って、最後の言葉を叫んだ。
「我の運命に従いし、“使い魔”を召還せよ!」
呪文の終わりと共に、目の前に溢れ出でる光。その中に浮かぶ、召喚のゲート。
光の鏡から、ゆっくりと姿を現したのは――。