【第一歩:覇王降臨】
「げほっ、げほっ……!」
今やお約束となっている爆発、例によってゼロのルイズの失敗魔法。
だが、今回は奇跡的に上手くいったのか彼女も何らかの使い魔を召喚したらしい。
爆発と共にもうもうと煙が上がる中、その場にいた誰もが固唾を飲んで現れた影を見つめていた。
「お、おい! あれってオーク鬼じゃないか?」
「え、人間でしょ……?」
「馬鹿言え、このハルケギニアのどこに2メイルを越すような身長の人間がいるんだよ」
「やっぱり失敗だ! ゼロのルイズがオーク鬼を召喚したぞ!!」
影は人の形をしており、生徒は口々にはやし立てる。
舞っていた煙は風が即座に流し、召喚された使い魔がその姿を現した。
「こ、これが私の……使い魔?」
「む? ……ほほぉ? 中々どうして、面白い事になったもんだのう」
戸惑うルイズの目の前には、一人の巨人が周囲を見渡して楽しげな笑みを浮かべていた。
ルイズが心より求め訴えた、神聖で美しく強力な使い魔……。
確かに神聖な雰囲気はある。
どちらかといえば威風と言う感じだが、この世の人間とはワンランク上の圧倒的な存在感だ。
美しい……? そう言えなくもない。
そして強力か否かと問われれば、即答で是であろう。
その迫力は息苦しさすら感じさせる圧迫感を大気を通して伝えている。
(っていうか、ホントに2メイル以上あるじゃない!)
でかい……無骨にして強靭、威風堂々たる強壮な巨漢。
問答無用にでかい男がそこに在った。
「人間だ、ルイズが平民を……」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ! あれ、本当に平民かい?」
「ギーシュ? いや、だって杖持って無いし……」
「しかし……えっと、何て言ったらいいのか、平民らしくないって言うか……」
「う~ん、確かにそうよねぇ。でもメイジには見えないし……タバサはどう思う?」
「……分からない」
強烈な威圧感を前に、生徒達は野次を飛ばすのも躊躇われた。
広場は召喚された人物が何者なのかと次第にザワめきを大きくしていく。
「ふむ……」
巨人はそんな生徒らを苦笑を浮かべて見渡した。
そして、
「静まれい! 王の御前であるッ!!」
「ひっ……!?」
魔法学院の隅々まで響き渡るような凄まじい声量にて一喝した。
揺らめいていた蝋燭の灯火が吹き消されるが如く、辺りは一瞬にして静まり返る。
「……で、娘。お前が余を召喚者で相違ないな?」
「そ、そう! わ、わわ私、ルル、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールがサモンサーヴァントで……」
「ぃよしっ、礼を言うぞ娘! わっはっはっは! いやぁ、これはありがたい! 再び肉体を得て地を踏む日が来ようとはな!!」
「貴方……一体?」
「おう、余の名前が知りたいと? よかろう、心して刻み込むが良い。我が名は征服王イスカンダル! マケドニア王国の国王にして、この世全てを征する覇者である!!」
イスカンダルは豪放磊落に言い放った。
この世界でマケドニア王国と言っても通じないとは分かっていたが、そんな些細事に意味はない。
この身はマケドニアに端を発し、ついには大王と呼ばれるまでに至った覇王なのだ。
であれば、異界の地であろうと名乗りを上げるにその始まりを告げるは道理であろう。
「……ど、どうしよう?」
皆がそのド派手な立ち振る舞いに唖然としていたが、最も途方に暮れていたのは彼の者を召喚した本人だろう。
ルイズを含む生徒達がサモンサーヴァントで人間が召喚された事に驚く中、イスカンダルは戸惑いすら見せず満足気に豪快な大笑を放っている。
もう、何から何までスケールが違うのだと、ルイズは巨人を見上げながら実感した。
その後、この豪胆な巨人の前で召喚のやり直しを求めるのも危険な気がした為、ルイズはそのままコントラクトサーヴァントを行った。
当のイスカンダルは「おお、異界の地で早速の歓待か。うむうむ、やはり余のカリスマは伊達ではないな!」と何か妙な方向に勘違いしてくれたので滞りなくそれは完了となる。
「むぅ? 何やら右手がチクリとしたが……これは?」
「使い魔のルーンを刻んだのよ」
「なるほど、余をこの世界に繋ぎ止める楔のようなものか。ふむ、よく見ればこれはこれで中々に格好いい。気に入ったぞ、娘。褒めてつかわそう」
常人ならいざ知らず、征服王にとってはルーンを刻む痛みなど蚊に刺された事と大差ないらしい。
逆にそれを見てはしゃいでいるあたり、もう色々とぶっ飛んでいる。
「娘じゃない、私はルイズよ! 今年で十六なんだから!」
「なんと……あんまり小っこいからようやく十歳かそこらかと思ったぞ? まぁ、そうさな。元は悪くないようだし、今後の成長如何ではそれなりに色気も身につくであろうよ」
「こ、こここの……この馬鹿ぁ~~~っ!」
失礼極まりないイスカンダルの言に、ルイズは目に涙を溜めてポカポカと分厚すぎる巨人の体を叩きつけた。
まるで大木に拳を打ち付けているような感触で、むしろルイズの手の方が痛い思いをしたのは言うまでもない。
「……さて、未知だらけの異界はどれだけ余を楽しませてくれるのかのう?」
誰にともなくイスカンダルは愉快げに呟く。
今日この時、覇王の第一歩が始まった事を誰もが知る由もなかった。
サモンサーヴァントを終了し、皆が解散した後。
ルイズはイスカンダルを連れて部屋に戻り、互いの情報を交換し合っていた。
初っ端から聞いた事のない国名を告げたイスカンダルに、ルイズは自国についてや魔法学院についての概要を簡単に説明する。
「……で、こんな感じなんだけど。イスカンダル?」
「安心せい、大体の事は把握した。しかし……ふぅむ、どうにもこの世界の知識は余の中にまるで入ってきておらんようだな」
「? どういう事?」
「余が異世界の英雄である事は説明したであろう? 死後、英霊となって座についておったが、そこをお前に引っ張ってこられたのだ。余が存在していた世界であれば過去・現在・未来どんな時代であろうと召喚の際に一般的な情報が入ってくるものなのだが……」
「その情報が、入ってきてないっていうの?」
「然り。やはり異世界というのがそれを捻じ曲げておるのだろうな」
ルイズがマケドニア王国を知らなかったように、イスカンダルもまたトリステイン王国など聞いた事もないという認識だった。
魔法と魔術についても同様で、自分の知っているそれとは何から何まで異なっているらしい。
言語が通じるのは会話をしている時点で明らかだが、文字や文法についての知識も入っていないので簡単な単語すら読めない状態だ。
加えて地理、歴史、風俗、国際情勢、そんな常識的な事も全く分からない。
「言葉は通じてるけど……はぁ、前途多難ね」
「多難? 何を言う、言葉が通じるだけで十分……いや、むしろこれは良し、だ」
「……なんでそうなるのよ?」
「余の世界はなぁ、既に地の果てまで暴かれていて未知というものを探す方が苦労する程になっておるのだ。まぁそれは余の死後二千年以上も先の話だが、その未来に関する情報は座に届いておってな。広き世界を征服するのも心躍るが、どうせなら新たな発見と出会う方が楽しかろう?」
満面の笑みを浮べるイスカンダルの表情は、厳つい中に少年のような純粋さを覗かせていた。
さも愉快げに、まるで新しい玩具を与えられた幼子のように。
対するルイズはそのあまりに馬鹿馬鹿しい一言に蒼然となる。
「せ、征服ですって!?」
「おうとも。イスカンダルたる余は征服王であるが故。というかもう忘れたのか? しかと心に刻み込めと言ったはずだが……」
「征服だなんて、そんな……。ああ、こんな不敬は初めてだわ。姫さまが聞いたらどんなにお嘆きなるか……」
「細かい事でうじうじするでない。ただでさえ小っこい体であるというのに、この上気まで小さいのではどうしようもないぞ」
「う、うううるさいっ! 征服なんて、そんなの許さないんだから!!」
その激昂は当然と言えば当然だ。
名門公爵家の生まれである彼女は次期女王となるアンリエッタ姫をお助けするのが至上の使命。
それを、事もあろうか使い魔が謀反を企んでいるとアッサリ洩らしたのだ。
顔を真っ赤にさせて睨みつけるルイズだったが、しかしイスカンダルはあくまで冷静そのもので返答する。
「まぁまぁ落ち着け、娘。何も今すぐ何かやらかそうとは言っておらんだろう。余は今しばらく動く気はない」
「……へ?」
「だから、人の話を聞いておらんのかお前は。余が知識の無さを“良し”としたのは新たな知識を得る楽しみが増えたからだ。ここは学び舎なのだろう? 丁度良い、当分はここでこの世界を学ぶ事にする」
「で、でも! 結局、最終的には……」
「であれば、お前が余を説得してみせればよい。まぁそう簡単に引き下がるつもりはないがな」
「じゃあダメじゃない!」
「ほう、試す前に可能性を捨てると? そんな薄弱な意志では他に事変が起きても助けにはならんだろうよ。真に忠義を貫く気があるのなら、説得の一つや二つ達成するのに何を躊躇うのだ?」
「う……」
完全に論破され、ルイズは押し黙る他ない。
その豪快な言行によって粗暴に見えるかもしれないが、イスカンダルは頭脳明晰である事も有名な大王なのだ。
「わかったわよ! ふん、説得くらい簡単なもんよ。絶対にトリステイン王国に手出しはさせないんだから!!」
「ぬっふっふ、その意気や良し、だ。……と、そういえば肝心な事を聞き忘れておったな」
「え、肝心な事?」
「うむ。使い魔として余は召喚された訳だが……具体的に何をすればよいのだ? 特に何かを争って殺し合うという感じではないし」
「……はぁ。それじゃその辺も含めて説明してあげるわ。感謝しなさいよね」
頭痛を覚えながら、ルイズは大きく溜め息をついた。
子供のようだ、と思えば次の瞬間には大人な対応をされ、召喚初日だというのに力関係が何かおかしくなっている。
これに不安を覚えない方がどうかしているだろう。
(何で……こうなるのよ……)
それはかつて、ルイズと同じように彼を召喚した少年と同じ苦悩だった。
もしその少年と話す機会があれば、涙を飲んで苦労話に花が咲いた事だろう。
しかしここはハルケギニア、彼らの世界とは異なる大地。
覇王は如何なる場所、如何なる時代においても覇王であり、彼と歩みを共にする者はすべからく苦難の道を進む事となるが運命だ。
「はぁ……」
今後の不安を思い描き、ルイズはもう一度深く溜め息をつくのだった。