トリスタニアはマザリーニ枢機卿邸。
最近まで豊かな緑に包まれていた中規模の屋敷は、今ではすっかり落ち葉の侵食を受けてしまっている。
その中庭で、軽装の少女が汗を流しながら一生懸命に走っていた。彼女は白い髪を風に揺らし、冬だというのに玉のような汗を飛ばしている。
それは、彼女がもう長い間走り続けていることを示していた。
少女の名はオルタンス・ディ・マンチーニ。トリステイン王国の宰相マザリーニ枢機卿の姪に当たる人物だ。
そんな白髪の少女のそばでは、諸刃の剣の柄に手を乗せた短い金髪の女性が眉を吊り上げ、何やら激を飛ばしているではないか。
彼女はアニエス。放浪の果てにトリスタニアを訪れ、成り行きでマンチーニ家の護衛として雇われた人物である。
「どうした! まだ走り始めたばかりじゃないか! 強くなりたいのなら、まずは基礎体力を付けなければ話にならないんだぞ!」
「は、はい!」
大声で怒鳴りつけられても、少女は嫌な顔一つせずに指示に従っている。
それはそうだ。なにせ、アニエスに鍛練をつけてくれるようにお願いしたのは、他ならぬオルタンス自身なのだから。
本来ならば一介の平民に過ぎないアニエスが、貴族にであるオルタンスにこのような口を利いているのはオルタンスの希望である。
これから戦いの術を教えてもらう―――いわば、師匠とも呼べる存在が弟子に敬語など使っていたら、それはもうまったくお話にならないのである。
そんな様子を、オルタンスの姉であるオリンピアはどうにも不満げな様子にで見つめている。
貴族の子女が平民に教えを乞い、実際にハードな鍛練が行われている現状は大いに不満なのだ。
アニエス個人は第一印象からしてそれなりに気に入っているのだけれども、やはりハルケギニアの平均的な貴族として育った彼女は納得出来ない部分があるのである。
隣では母のジェローラマが優雅に紅茶の注がれたカップに口を付け、ただ黙って事の成り行きを見つめている。
彼女はこの件に口出しするつもりはないらしい。
一方で兄のポールは鍛練に難色を示していたが、伯父であるマザリーニの計らいで王軍の士官として入隊してしまったので、もう当分の間は帰って来れないのだった。南無。
―――マザリーニ邸の敷地を一時間ほど走り込んだ頃だろうか。ついに、アニエスが地面に差し込んでいた剣を抜き放った。
そして息を荒げるオルタンスに向かって、彼女は言い放つ。
「今日はここまでだ。あとはゆっくり休むといい」
「は……はい……」
アニエスの言葉をきっかけに、オルタンスは思いきり地面に倒れ込んだ。
そこへオリンピアが近寄って水を飲ませてやる。最初の分を一気に飲み干してしまったので、妹思いの姉は大急ぎで追加の水を汲んできてあげるのだ。
へたり込んだオルタンスを見つめていたアニエスの元へ、ジェローラマが近づく。そして問いかけた。
「あまり本気でやっているようには見えないけど、どうしてかしら?」
「最初はこんなものでいいのです。だんだんと運動量を増やしていかないと、かえって体に悪影響が出てしまいますから」
その言葉に、ジェローラマは静かに頷いた。彼女もそれはわかってたのだ。
二人の女性の眼前では、また水を一気に飲み込んだオルタンスが姉の手を借りてなんとか立ち上がっていた。
それから毎日、アニエスによるオルタンスへの指導は続くのである。
*
数ヵ月後。始祖の降臨際を間近に控えた、とある日のこと。
その日、オルタンスは例によってアンリエッタに呼び出されていた。
この町に来てから、もう何回目になるのだろうか。ずいぶんと気に入られたようだ。光栄なことであるとは思うのだが……。
今日はアンリエッタの幼友達であるルイズ・フランソワーズが父と共にこの城を訪れるという。
言うまでもなく彼女は『物語』の主人公だ。喪われた系統である『虚無』を己の系統魔法とし、いずれこの世界を巻き込んだ冒険譚の主役となるべき人物。
あと数年のうちに、ルイズは虚無の使い魔『ガンダールヴ』を召喚することになる。
果たして、そのときに自分の居場所はあるのだろうか。ただ外野として物語を傍観するのか。それとも積極的に関わるのか。あるいは……。
オルタンスがアンリエッタの話に耳を傾けながらそんなことを考えていた。
目の前に現れた少女の風貌に、オルタンスは思わず息を飲んでしまっていた。
背筋を伸ばし、凛とした表情で立つ端整な顔立ちの少女はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
伸ばし始めたふわふわのストロベリー・ブロンドをはまるで絹のようなしなやかさ。大きな鳶色の瞳はくりくりと動き、彼女の視線の先にいるオルタンスをしげしげと観察している。
服装はゆったりとした、彼女の肌と同じく白いワンピースだ。
シンプルなデザインながらどこか上品さを醸し出している。いや、それは身に付けている人物のものなのかもしれない。
いずれにせよ、ルイズという人物は王女であるアンリエッタにも劣らぬ美少女なのであった。
そんなルイズは目の前にいる白髪の少女の様子を最初こそ怪訝な様子で見つめていたが、すぐに笑顔になった。
「初めましてお目にかかります。わたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズですわ」
「オルタンスです。こちらこそよろしくお願いします」
ひょこりとお互いに挨拶を交わし、オルタンスはアンリエッタの向かい側の席に腰かける。
ソファーに挟まれたテーブルには、色とりどりのお茶菓子が並んでいる。どれも王宮お抱えの職人が端正込めて作り上げたものだった。
皆でそのお菓子うちの一つ、スコーンをつまみながら談笑に興じる。
やはりというか、ルイズはトリステインの大貴族ラ・ヴァリエール公爵家の三女だった。
第一印象はそれほど悪くない。
初対面の相手に緊張こそしているのがわかるのだけれども、オルタンスもなるべく丁寧に話をしている為か。彼女の体の固さも徐々に和らいでいるようだ。
そして、そんな軽い自己紹介だとか近況の報告などをしているうちに、話題はオルタンスへと移っていった。
「そういえば、オルタンスはロマリアの出身でしたよね。わたくしもかつて訪問したことがありますが、あの見事な建築物の数々には本当に心奪われましたわ」
「確かにわたしはロマリア生まれです。とは言いましても、恐らく殿下がお目にかけていない下町の方ですけど……」
「下町?」
どうにも歯切れの悪いオルタンスの言葉に、ルイズが疑問を浮かべながら問いかける。
それに対し。オルタンスは少し考えてから口を開いた。
「はい。ルイズさん。ロマリアが城壁に囲まれた都市国家であることはお二方もご存じでしょう? その南西……川を越えた先の一角が“トラステヴェレ”です。わたしはずっとその地区で育ったのですよ」
「まあ。わたくしは川を越えませんでしたわ」
「それはそうでしょうね。あの地区は大した宗教施設もありませんし……、治安だけはそれなりにいいのですけれど」
少しだけ懐かしそうに、静かな口調でオルタンスは言う。
なんだかんだあって彼女がロマリアを出てもう二ヶ月近くになるのだ。生まれ育った町の様子を思い出しているのかもしれない。
そして思い起こされるのは、光の国という単語。
ハルケギニアの各国家が、ブリミル教の総本山であり、ハルケギニアの宗教的権威を集約させている彼の国を例える時に用いる言葉だ。
もっとも、それは実際にロマリアで生まれ育ったオルタンスからしてみれば、滑稽なものとしか受け止めることはできないが……。
アンリエッタが『光の国』の真実を知るようになるのは、もう少しだけ先の事なのだろう。
「そうなの。ずっとラ・ヴァリエールの領地にばかりいたから、そういうお話を聞けてためになるわ」
「ええ、わたしたちはトリステイン国外の事となるとほとんどわかりませんからね」
「わたしもこの国のことはほとんど知りませんでした。殿下にいろいろとお教えいただいて感謝しています」
メイドの入れてくれたお茶に舌包みを打ちながら。三人はしばらく話し込むのであった。
お昼を取った後、三人は王城の庭園に足を運んだ。
今現在は冬真っ只中ではあるが、王族や客人が快適に過ごすことが出きるよう魔法がかけられているので快適だ。
真っ白な床に置かれた真っ白なテーブルセット。やはり白い椅子に腰かける白亜の髪の少女。
アンリエッタはテーブルに置かれた白百合の造花を眺めていたが、今度は目の前で腰かける少女をに視線を移す。
ルイズと談笑に興じているオルタンスの髪は本当に真っ白な色をしている。
ただ、それは年老いた人間のそれとは明確に違うのだ。確かな艶やかさを持っていて、触るとさらさらとした触り心地の良さが指に伝わって来るのである。
彼女は自分がなんだかいけない趣向を持ち始めていることに気がつき始めている。
だからといって、それをすぎに改めることなど出来はしないのだけれど。
……そんな視線を受けているとは露知らず。オルタンスはルイズと姉談義に興じていた。
「わたしのオリンピア姉さま、いつも優しいのだけど、時々怖くなるの」
「時々怖くなる?」
「ええ。決して高圧的だとか、暴力を振るうだとか、いやな言葉を向けてくるとか、そういうのじゃないの。ただ、時々本当にわたしを見る目が怖くって……」
「そ、そう。大変ね」
ふぅ、とため息をつくオルタンス。一方のルイズはきょとんとしながら言葉を返すだけだ。
姉がいないのでそういう話に入ることが出来ないアンリエッタは、さっきからオルタンスを黙って見つめるばかり。
やがてルイズが用を足すためにその場を離れると。
不意にアンリエッタが席を離れて近寄ってくる。それと同時にオルタンスの肩へ栗毛が被さってきた。
小さな、しかし端整な作りの顔が間近に迫ってきて、オルタンスは思わずドキッとしてしまう。
「酷いですわ。さっきからルイズにばかり構って……」
「で、殿下?」
「もう。わたくしのことは名前で呼んでくださいまし。お友だちでしょう?」
「う、うん。わかったわ。あ、アンリエッタ」
第三者がいなくなった途端、なんだか怪しげな光景が繰り広げられ出した。
誰も見ていない――アンリエッタが人払いをしたのだ――のを良いことに、王女はきゃっきゃと隣に腰かける少女へしなだれかかる。
お菓子を食べさせたり食べさせてもらったりとやりたい放題だ。
もちろん人払いをしたからといって完全に人がいなくなる訳もなく、侍女がこっそりとそんな様子を眺めていたりするのだ。
そして。
このとき少女たちの姿を見つめる一人の男性がいることに、アンリエッタもオルタンスも気がつくことはなかった。
―――夜である。この日は、ラ・ヴァリエール家を初めとする貴族たちを交えた舞踏会が催されることとなっていた。
着付け室でオルタンスが侍女に半ば無理矢理着替えさせられ、それが終わったとき。
唐突に扉が開いて、そこから二人の少女が現れた。
トリステイン王家の紋章である白い百合を思わせる、白く清楚さを感じさせるドレス。王族らしく頭には小さなティアラを乗せている。なにを隠そう、この国の王女アンリエッタだ。
そしてもう一人。
髪の色に近い薄桃色のドレスを着飾っているのはルイズだ。ドレスはきらびやかなものながら、隣に立つアンリエッタに勝るとも劣らない端整な容姿をより引き立たせるようにあくまでも添え物に徹している。
そんな二人の美姫を見て、オルタンスはただ唖然とするばかりだ。
やはり彼女たちの美しさは群を抜いている。
自分が路傍の石ころだとするならば、あの二人はまさに光輝く宝石そのもの。あまりにも格が違いすぎる、とオルタンスは思うわけである。
それは、あくまでも主観的な評価ではあったが。
ちなみに。今日オルタンスにあてがわれた服装は、女性らしいドレスである。
アンリエッタとデザインの近い真っ白な装いである。髪も肌も真っ白なオルタンスがそれを身に付けていると、それはまるで雪原を舞う妖精を思わせる風貌となる。
彼女は自分で思っているよりもずっと美しい顔立ちをしている。男装が似合うのは単に年齢的なものがあるのだろう。
「よくお似合いですわ、オルタンス」
「……そうですか?」
「わたしもよく似合ってると思う。思わず一瞬見とれちゃったわ」
「そう言ってもらえると嬉しいな。ありがとう」
はにかみながら、オルタンスは二人の少女に礼を告げる。
実際問題、彼女の容姿はルイズやアンリエッタにまったくひけを取らないほどに可憐で美しいものだ。
そして。
美女を巡っての男たちの争いは、いつの時代だろうと関係なく発生するのである。
舞踏会は王城のダンスホールで行われる。既に会場は、マントの下に様々な思惑をもって集まった貴族たちでごった返していた。
そんな紳士たちをして騒然とさせる存在が現れたのは、トリステイン王の訓辞が述べられた直後のことであった。
入り口の大きな扉が開けられ、三人の少女が姿を見せる。
一人は言うまでもない。この国の王女であるアンリエッタだ。そして、その少し後ろについているのはルイズ。トリステイン有数の大貴族の子女である。
だけども、このとき紳士たちの注目を浴びたのはその二人ではなかった。
二美姫の影に隠れるようにして歩いてくる、まったく見たことのない少女を見て囁きあっているのだ。
「あの白い髪の少女は?」
「マンチーニ家……最近ロマリアから移住してきた男爵家のご令嬢だそうだ」
「男爵? 男爵の娘がなぜ王女殿下や公爵家令嬢と共に?」
「なんでも、マザリーニ枢機卿の姪らしい。その縁で一緒にいるのではないか?」
「ほう。宰相の親族とな。……どうだヴィリエ。あの娘は?」
ひそひそと話す身なりのいい――この場にいるのはいずれも名門の貴族ばかりだが――紳士が隣で気難しい顔をしながら立ち尽くす少年に声をかける。
だがしかし、肝心のヴィリエという少年はただ三人の少女たちを見つめながら石のように硬直するだけだった。
「オルタンス? どうしましたの?」
周囲から浴びせられる不躾な視線を背に受けていると、唐突にアンリエッタが後ろを振り向いてきた。
彼女は自分に向けられる視線をまったくプレッシャーには感じていないらしい。堂々とした振る舞いで時おり手を振りかえすなどしている。
さすがは王族といったところだろうか。
生まれ持った素質の違いだろうし、なにより今まで育ってきた環境が違うのだ。
片や、生まれたときから常に他人の視線を受けて淑やかさを身に付けて育った少女。
片や、一時期はロマリアの悪童たちをして『白い悪魔』と恐れられたお転婆少女。
社交などはもっぱら姉であるオリンピアが引き受けていたので、オルタンスはこういう行事がまったく得意ではない。
とはいえ、自分の為にアンリエッタに無用な心配をかけるのもあまり好ましくない。
「な、なんでもありません。参りましょう」
「ええ。そうね」
周囲の貴族からのねめまわすような視線を受けつつ。オルタンスは歩いていく。
少し歩いた後、三人は会場を訪れているだろうそれぞれの家族を捜すために別行動を取ることにした。
もっとも、アンリエッタには侍従がついているし、ルイズの母親は彼女と同じ桃色の頭髪をしているので見分けがつきやすいのである。
一方で、ありふれた金髪ばかりのマンチーニ一家を探すのは一苦労だ。オルタンスはとりあえず適当に歩いてみる。
すると……。
前方のテーブルに小さな少女がたった一人で腰かけているではないか。
長い金髪を二つくくりにしたその少女は、なにやらつまらなさそうに項垂れるという有り様だ。
幼いながらも品の良い端整な顔立ちをしていのが一目でわかるというのに、そのふて腐れた表情がすべてを台無しにしてしまっている。
よく見れば……、その少女のそばでは一人の紳士が、どこぞのご夫人と談笑しているではないか。
その紳士が身に付けているマントに記された刺繍。それはトリステインの属国の一つであるクルデンホルフ大公国の紋章だった。
「あれがクルデンホルフのベアトリスかぁ……。初めてみた」
ロマリア生まれのオルタンスは、クルデンホルフにはほとんど関わったこともない。
『物語』の中では、たしか虚無の担い手でハーフエルフのティファニアが、魔法学院の生徒たちと馴染むようになるというイベントのかませ役でしかなかった気がする。
酷い言いようかもしれないが、世の中そんなものだ。
そんな訳でちょっと観察していると……。
ぎろりとベアトリスの大きな瞳がオルタンスを捉えた。そして形の良い唇の端を歪めた。席を立ち、白髪の少女へ歩み寄っていく。
「なんですか、あなた? 先ほどからじろじろと。高貴な身分であるわたしの威光に圧倒されでもしましたの?」
「い、いえ。そういうわけではないです」
もっと高貴な身分のアンリエッタに比べたらどうということはない。
さて。予想していない訳ではなかったが、このベアトリスという少女はかなり高圧的な性格の少女のようだ。
いったいどうしたものか。なにやら憂さ晴らしの標的にされてしまったようだ。相手が相手なので迂闊な行動は取れないし……。
そうやってオルタンスが困った様子で立ち尽くしていると。
彼女の耳に聞きなれた声が届く。
「オルタンス! やっと見つけたよ。で、どうしたのさ。こんなところで」
「ポール兄さま」
現れたのは兄のポールだった。現在、彼は王軍の将校として働いている。顔を見るのも久しぶりだ。
すっかりベアトリスのことなど頭から吹き飛んだオルタンスはポールへと駆け寄る。
「そのドレスはどうしたんだい?」
「アン……王女殿下が用意して下さったの。どうかな?」
「うん、よく似合ってるよ。まるで絵本の中からそのまま妖精が飛び出してきたみたいだ」
そう誉めてやりつつ、ポールはオルタンスの頭を撫でてやる。
ごつごつとした手の感触がするのだけれど、実のところオルタンスはこれが嫌いなわけではない。頭を撫でられるのは、どちらかと言えば好きだった。
ただ、なんとなくそれを認めるのは恥ずかしいのである。
すると。そんな様子をじっと見つめていたベアトリスの額に、いきなり青筋が走った。
彼女は今にも噴火でも起こしそうな気配を放ち出したではないか。
……と思いきや。急にしょんぼりとし出し、脇目も振らずにその場から去っていってしまったのだ。
もう訳がわからない兄妹はただ唖然とその背中を見送る。
「あの子は昔、兄に懐いていてね。きみたちの仲むつましい様子を見て思うところがあったんだろう。……と。余計なお世話だったな。娘が失礼したね。それでは」
いつの間にか背後に先ほどの紳士――恐らくはクルデンホルフ大公だろう――が立っていて、そんなことだけ告げて去っていってしまった。
本物の大貴族に声をかけられたわけではあるのだが、オルタンスはいまいちその実感が湧かない。
兄と共に、ただその背中を見送るだけであった。
ポールと共にオリンピアやジェローラマと合流し、オルタンスたちはとりあえず食事にありつくことにした。
白いクロスの敷かれたテーブルの上に置かれた、軽食の数々は本当に美味しそうで思わず喉が鳴りそうになるほど。
「わあ。美味しそう!」
子供のように、とは言っても実際に子供なのだが。オルタンスは目を輝かせながら料理を口にしていく。
食事を取りつつ、舞踏会の様子を眺める。
すると、どこぞのご夫人とポールが踊っているのが見えた。それはそうだろう。舞踏会なのだから。
オリンピアも度々誘いを受けていたが、それを笑顔でやんわりと交わす術はまさに見事であるとしか言いようがない。
実質的に初参加となる舞踏会。オルタンスは、深夜まで大いにそれを楽しむこととなるのであった。