「…チェックメイトだ」
私は勝利宣言をする。
これ以上の抵抗は無意味。
突きつけた陰剣莫耶は最後通牒。
殺意も無く。
闘志も無く。
唯、これからの選択をこの刃の先にある者に託した。
――――――――――――――――――――――――――――――――
紋章の意味
その光景の一部始終は、離れた場所の学院長室からも観察されていた。
【遠見の鏡】と呼ばれる魔法具の効能である。
「…圧倒的じゃな」
オスマン老はそうとしか言えなかった。
あの赤い騎士の成した現象を再現するには、属性特化タイプのメイジが集団でなくては出来まい。
それどころか、離れた場所に在る筈のこの場所からでも魔力行使が強い形で感知できたのだ。
その魔力が一段と高まったのが、弓と剣を構え赤の騎士が何かしらを呟いた瞬間だった。
赤の騎士の手に握られていた弓。そして剣と思しき物。
あのような破壊力を生み出す弓も剣もオスマン老は知らない。
そも、この世界において弓矢や剣などと言った物はメイジに対抗する為に平民達が作り上げたものだ。
だが、あれほどの威力があるものなどは存在しないはず。
そう、弓より放たれ、大地を抉り砕く剣などという法外なものが存在してる筈が無い。
「君の所見を聞こうか?コルベール君」
「…ギーシュは単一系統技能者 『ドット』メイジであり、未熟ながらも魔法戦闘は優秀な部類です」
「ふむ」
「ですが、明らかに相手はそれ以上です。その成したる術も。私はあれほどの存在をいまだかつて存じておりません」
オスマン老は頷く。
そして二人は同じ結論を出す。
「「……ガンダールヴ」」
オスマン老の目は、より深刻さを増す。
コルベールもまた面持ちを改める。
「…では、学院長? どうなさいますか? 王室に報告いたしますか?」
「…不要じゃ」
「何故ですか? 彼が本当に【ガンダールヴ】であるならば…」
「だからじゃよ」
オスマン老は重々しく口述する。
「君も古文書や禁書を読み漁る身だ。件の【ガンダールヴ】については解かっているな?」
「…始祖ブリミルが使役したる最強の使い魔。姿形についての伝承は無く、語り継がれる一文にはこうあります。その存在は主人の呪文詠唱時間を守る為にこそ在ると」
「そう。始祖ブリミルは強大なる魔法を使った。それゆえに詠唱時間は大きな隙となる。強大であればあるほど詠唱時間は延びる。詠唱に移ったメイジは基本的に無力じゃ。その身を守らせるが為、始祖ブリミルが用いたのが【ガンダールヴ】じゃ」
コルベールが頷き、その後を繋げる。
「伝承の通りであるならば、その力は一騎当千、メイジであろうとも敵対したのであらば、その前からの生存は許されなかったと」
「そう。伝承にあるのはその通りじゃ。…だが、君も見ての通り、ミス・ヴァリエールの使い魔は…」
「…ええ。あれは上位精霊と同格か、それ以上の魔力を持っていました」
「然るにじゃ。伝承の使い魔の証を持つ人間形態の上位存在と伝説の虚無の系統者やも知れぬ少女。これは秘匿せねばなるまい」
オスマン老の目は、重さを灯したままだ。
「王室の体質は今も昔も変わらん。メイジである事よりも貴族である事が本位となった者達に、それほどの存在を受け渡せば戦の発端になるのは明白じゃ。何しろ、切り札二枚が確定するのじゃからな」
オスマン老は座していた椅子より立ち上がると窓に向かう。
窓から見える空には先ほどの一件の影響か、砂塵がいまだに残留している。
そして振り向き、決定事項を告げる。
「この事は他言無用じゃ。折を見て、件の少女を招聘し、直接この件を説明しよう」
「…了解しました」
この話題はこれで終わりだと言わんばかりに、オスマン老は再び背を向ける。
それを見て取ったコルベールもまた、一度頭を下げると音も無く部屋を辞した。
オスマン老は誰も近くに居ない事を確認すると自らの執務机の中よりある一つの書物を取り出した。
そして呟く。
「…始祖の祈祷書、その外典の一。我が手にこれがある意味は、この為やも知れんな」
●○●○●
「…チェックメイトだ」
エミヤがギーシュに短剣を突きつけ、そう宣言した。
砂塵が視界を埋め尽くし、それが治まった時、わたしの、いや、この決闘を観戦していた者達が見たのがその光景だった。
あの砂塵を見事に隠れ蓑にまでしたのだ。
つまり、あれはあくまで布石に過ぎないという事なんだろう。
本命は、あの両の手に握られている黒白二対の短剣。
あの凄まじい魔力を放っていた弓と剣は、気がついてみれば、彼の手元にもどこにも無かった。
でも、今もその手にある短刀もまた明らかに魔力を帯びている事が分かる。
本来、魔力感知や魔法具の鑑定などは【ディテクト・マジック】の魔法によって調べるものだ。
でも、エミヤが手にしていた武器は、それをせずとも分かってしまう。
それほどまでの物品なのだ。
それほどのアーティファクトを所有できるのは、王室関係者かスクウェア級メイジの中の一握りだろう。
でも、でも、それでも疑問がたくさんでてくるのだ。
あんな法外な武器をいったいどこから取り出したのか?
何故、そんな武器をもてるのか?
そもそも、メイジの利用する魔法具は、ああいった武器の形状をする事はほとんど無い。
剣は言うに及ばず、弓など以ての外。
剣は、貴族にとっては装飾品以外の価値が無いのだ。
メイジでもある貴族にとっては剣よりもロッドが重要なのだから。
弓もまた、狩猟を生業とするか趣味として嗜む者しか持つことは稀だ。
戦闘弓と言って軍隊で使用するものもあるにはあるのだが。
だが、あの剣も弓もそんな言葉では説明できない。
感知するまでも無く、圧倒的な魔力を放つアーティファクト。
…正直、わかんない事だらけだ。
これは今夜も問い詰めねばなるまい。
いや、善は急げだ。
今夜と言わず今からでも遅くは無い。
わたしは、人ごみを掻き分け、自らの使い魔の元に走り出した。
●○●○●
ギーシュはそれを甘受するしかなかった。
いや、甘受などではない。
甘んじて受け入れるどころではなく、いっそ、清々しいまでの敗北感だった。
自身の最大魔法たる人形躁術は、全く通用せず。
一撃を持って決着させると言った攻撃は、この身には当たる事も無く。
これほどまでの差を見せ付けられたのは、生まれて初めての事だった。
もし、あの一撃がこの身に直接、放たれていたのならば自分はこの世の住人ではなくなっていただろう。
あんな武器があるなんて予想もしていなかった。
弓より放たれ大地を抉る剣。あの時、感じたのは暴悪なまでに密集した魔力の塊であるということだけ。
今も首元に突きつけられた短剣。これもまた魔力の塊だ。金属でありながらもメイジに匹敵する魔力を佩びる物。
既にそれは、恐怖を大きく通り越してしまっている。
もはや、笑うしかない。そんな心境だ。
「あ、ははははっはは…」
エミヤはそれを見ると眉根を顰めた。
彼の心境を一言で表すならこうだ。
即ち、―――――――― やりすぎたか…?
●○●○●
ギーシュが突きつけた莫耶の先で笑い出す。
それも唐突にだ。
…精神に衝撃を与えすぎたか?
恐慌状態になって錯乱して無いだけマシとするべきだろうか…?
この程度で腑抜けられても、正直、困るのだが。
先の偽螺旋剣。あれには殺気と言う明確な衝動を付与させていない。
手にした武装に敵対の意思、必滅の意思、必殺の決意。
それらの感情や意思を振るう一撃に込める。
そうした攻撃こそが本来のものだ。
偽螺旋剣は、そもそも螺旋の形状をしているものの、あのような使い方をするものではない。
だがしかし、予想以上に使える事が判明したな。
視界を頼りに戦う存在なら良い目くらましになるな。
直接、叩き込んだり、壊れた幻想による開放など使用すれば、周囲に大きな被害がでるが故の妥協策としての選択。
フム。この世界における攻撃手段のバリエーションとして登録しておこう。
連続投影による多段攻撃に織り交ぜれば良い牽制になるだろう。
いや、だがまて。良く考えろ。エミヤシロウ。
偽螺旋剣は……大地に向けて放ったとして、それを砂塵に変えるほどの威力を保持していたか?
岩塊となり吹き上がる事もなく大地を抉る。これならば想定の結果の一つにもある。
だが、今回の結果は岩塊ですらなく砂塵。砂塵を吹き上げるほどの高速回転を伴っていた。
恐らく、鍵の一つは…この左手の紋章。
これはいったいなんだ?
単なる使い魔としての契印だと思っていたのだが…
偽螺旋剣を投影した際の違和感。あれは何だったのだろうか。
干将莫耶を手にしている今も尚、その違和感は続いている。
光を放つ左手の紋章はこの干将莫耶の特性をも理解し、その最適な使用方法を提示する。
それどころか、能動的に我が身の魔術回路に同調し、戦闘状態に移行させる節もある。
大地に向けての偽螺旋剣投射による目晦ましは、紋章からの情報の一つを無意識に参照していなかったか?
だが、ここには欠けた情報がある。
これが投影品であるという特性を理解しきっていない。
壊れた幻想が可能である事は紋章からの情報からも参照できた。
だが、それだけ。それを使用した手段を提示しては来ない。
つまり、この英霊エミヤの知識とは別物。
私の知識を基にしたのであれば投影品であることを最大の利点とする。
連続投影や壊れた幻想は、投影品ゆえに実現可能かつ有効な手段。
この左手の紋章からの情報はそれが欠けていた。
だが、それ以上に考えなければならないのはこの世界における投影の力。
偽螺旋剣があれ程の威力である理由は…いや、我が心象世界よりの宝具。全てに共通するかもしれない。
この世界には…『原典』が存在していないのではないのか?
武器は在ろう。だが、我が心象世界の剣群と同じ宝具は?
世界からの情報が無い以上、断定は出来ないが…
同じ宝具が、この世界に無いのならば、我が心象世界より投影された宝具。
贋物しか存在していなければ、それが世界にとっての唯一となる。
原典が無ければ贋物をそれとして断定するのは私のみだ。
だが、それは世界に零れ落ちた瞬間に世界に認められる。
オリジナルが無い以上は、贋物でありながらも、それが唯一であると。
私の創る贋物が、この世界にとってのオリジナル。
故に世界からの強化補正が起こり得たのやも知れぬ。
…これは迂闊に宝具は投影できんな。
真偽は別にしても、私の想定以上に強力な可能性がある。
慎重に使い所を見極めねばなるまい。
「…ヤ!…ちょ…ちょっと!! エミヤ!?」
「…む? ルイズか」
思索に籠もる私の背に声がかけられる。
ルイズだ。
即座に投影を破棄する。
事、ここに至っては最早、武器を構える必要もあるまい。
「?…エミヤ、武器は? ついさっきまで、短剣持っていたのに…?」
ルイズが怪訝そうに眉を顰める。
まぁ、それも当然か。この世界の魔法論でも私の投影の特性など理解できまい。
彼女の目にはいつの間にか武器が消えたようにしか見えないだろう。
「何。ただの手品だ。深くは気にするな」
私は茶化して答える。
マスターとはいえ、私の魔術の本意たる固有結界『無限の剣製』については今のところ、説明する気はない。
それに伴う投影もだ。
何せ、理解出来ない時はどう説明しても理解できないのだし。
この世界における魔法は、術者のイメージが大きくそれに関わる。
この基本は、私の投影にも通じるものがある。
だから、こう誤魔化す事にした。
「答えるとするならば、君達の魔法で言う【錬金】とでもしておこう。私の特技だ」
「…錬金の魔法?」
何故、そこでさらにいぶかしげな表情をする。マスターよ。
「…怪しい。だって、あんなもの錬金で作れるメイジなんていないもの」
「私にはそれが出来る。それだけの事さ」
私はそれ以上答えるつもりはないと暗にその意を匂わせる。
と、そんな会話をしている私達の背後で気配が立ち上る。
…ギーシュか?
呆けていた状態から復帰したのだろうか。
すると、唐突にその口を開く。
そこより出た言葉は、私の予測にも上らぬ想定外のものだった。
「…弟子にしてくださいっ!!」
●○●○●
…はぁ?
突如として起き上がったギーシュは、わたしの思いもつかない事を口にした。
…エミヤに向けてだ。
当然、エミヤも驚いたような顔をしている。
目を見開き、訊いてはならぬ事を訊いたかのような顔をしている。
…あ、エミヤって結構、表情豊かなんだ。
最初のときは、硬い感じとかしたけど…こういった感じが彼の地なのかな?
「…マテ。何故、急にそんな言葉が出てくる? 私は先ほどお前を殺す直前まで追い詰めたんだぞ?」
エミヤがいわゆる冷や汗と思しきものを浮べながらそんな事を問う。
うん。面白いから事の成り行きを見てみよう。
「…先ほどの会話を聞きました。あの砂塵を引き起こした物は【錬金】によって作られたものだと。このギーシュ・ド・グラモン…あれほど物を錬金できるメイジなど一人として知りません!! グラモン家は歴代よりの血脈のものとして土の属性をその身に宿します」
ギーシュの言葉は止まらない。
まぁ…頷けない事もないかな?
土の属性を持つ者にとって、あれ程の魔力を放つ物を【錬金】で造ったみたいな事を聞かされては堪らないだろう。
「然るにっ! 【錬金】の魔法こそは基本であり、かつ秘奥に近いもの。この身の二つ名である『青銅』も、僕が錬金にて青銅を造る事が得意だったが為のものです。ですがっ!そんな価値観などは先のあれで露と消えました。いわんや、あれが錬金で造られたとあれば、尚の事……僕は…僕は、その領域まで上ってみたいっ!!」
うわぁ…ギーシュの目が爛々と光を放っている…
あ、そっか。きっと『子供が憧れる英雄』を見る気分なのね。
エミヤの顔が目に見えて引き攣っている。
頬の辺りがピクピクと痙攣気味なのがミソ。
「…ああ…言わんとする事は解からんでもないが…」
「でわっ!?」
ギーシュの顔は喜色満面。
反対にエミヤの顔は青い。
そしてエミヤは面持ちを正すと重そうに口を開いた。
「…私に誰かを教えるなどと言う事は出来ん」
「何故ですか?! あれほどの錬金を成せるのであれば…っ」
「私に出来るのは、作る事。あれは私以外の者では、同じ手順であっても作れない」
エミヤはギーシュに背を向ける。
そしてゆっくりと歩き出す。それでも語る言葉は止まらない。
その語りかける言葉には、わたしにも重さが感じられた。
「それでも。それでも、その領域まで辿り着きたいというのならば」
●○●○●
「作る事だ。自分で出来る事で、その領域にたどり着く方法を」
私らしくも無い。
こんな事を誰かに諭すなど。
誰かに教授出来るほどの人間ではなかったと言うのに。
自身の持つ価値観を捨て去るほどの衝撃を私の投影から受けたと言う。
ならば、これ以上、追いすがられてもその答えを与えてやる事など出来ない。
「お前は『青銅』と二つ名を名乗リ、それを示す青銅の人形を作った。ならば、お前は作る者なのだろう」
そう。ギーシュが私に正対した時に選んだ手法。
それは自らの身で戦うのではなく青銅のゴーレムを作リ戦わせることだった。
「ならば、青銅を持って作ればいい。その領域に届き得る『青銅』を。勝てる青銅を」
我ながら、言っていて笑える。
偽螺旋剣に届く青銅を作れば良いとは、よく言えたものだ。
それは不可能だ。青銅ではあの領域まで上ることなど到底不可能。
だが、それが勝てない道理はどこにもない。
そう。それのみで届かなければ、勝てる状況を作ればいい。
それだけの事に過ぎない。
言うは簡単。行うは難し。
それを貫く事で届かない筈の領域に上れる。
「私と同じものは作れない。ならば、お前の作れる物で成せばいい。それだけだ」
話は終わりだ。
私にこれ以上言える事など無い。
私の投影と同じものを作れるとするならば、それは衛宮士郎以外にはいない。
●○●○●
ギーシュは、その自らに向けられた言葉に震撼した。
勝てる青銅を作れ。その言葉の意味は深い。
自らに与えられた能力を、最大限に生かしていない事を痛感させられる言葉だ。
自分は青銅を錬金する事が得意だ。
ならば、その青銅を使って何が出来た?
七体のゴーレムによる半自動化された戦闘。
あれが自らの持てる全てだったのか?
いや、否。
青銅を錬金するならば、様々な手法があったはずだ。
ゴーレムを作るだけではなくてだ。
青銅は金属。その基本を忘れていたのだ。
僅かな欠片であってもその質量は十分なものがある。
その使い方を忘れていたのだ。
何たることか。
自らの血脈たるグラモンの名が泣こう。
土の属性を色濃く伝えるこの身が抱えなければならぬ基本を、今にして思い出した。
ならば、ならばこそ。
あの赤い騎士は、尚の事、仰ぐに相応しい。
同じものは作れずとも、勝てるものを見出せば良い。
貴族たるこの身には思いもつかぬものだ。
貴族たる者は、背を向けない。
背を向けぬ為に、勝たねばならぬのならば。
勝てる手段を作り出せば良い。
ギーシュは決めていた。
歩き去っていく赤の騎士の後姿を見ながら。
あの赤い外套の騎士の正体が、何であろうとも。
錬金の魔法などは関係なく、その教えを受ける事を。
●○●○●
わたしは歩き去るエミヤの背中を見ていた。
彼がギーシュに語りかけた言葉に、私も聞き入ってしまったのだ。
「…ルイズ。あの御方は何者なんだ?」
ギーシュが振り向きもせずに、わたしに問いかける。
あの御方?
…エミヤの事を言ってるのかしら?
「…わたしの使い魔よ。それがどうしたの?」
「…高位幻獣以上だ。あの力は」
「そうかもね」
彼の事を話していいものか。正直言って、迷う。
なんと言っても私ですらまだ理解出来ない事が多いのだ。
「…英霊って知ってる?」
「…エイレイ?」
「彼は、その分類の中の一つで守護者って言うらしいの」
ギーシュの顔が疑問を浮べる。
「わかんないでしょ?…わたしも正直、よくわかんないし」
わたしはエミヤの後を追う事にした。
というか…あの男は、使い魔のくせにわたしの傍に控えるという事を知らないのかしら?
爆風から身を挺してわたしを守ったりとか、幻獣を見て過剰に反応したりとかするくせに。
「…深くは気にするなって言っていたわ。あまりに知り過ぎると理性を壊しかねないんだって」
わたしはギーシュに向けてそれだけを伝えると小走りでエミヤの後を追った。
●○●○●
私はこの衆人環視の場から早く立ち去りたかった。
この世界において魔法というものが一般的であって助かったとしか言いようが無いからな。
今回の出来事は。
魔法が一般的であるが故に、私の成した事も誤魔化しが効くというものだ。
これを私が本来の世界でやろうものなら、大変な騒ぎになるだろう。
……後で地表面を修復しておく必要があるか。
「…エミヤ!!」
ルイズが私の後を小走りで追ってきた。
そして横に並び立つ。その顔は、不服の色合いが強い。
半目で私を睨みあげながら、その口からは文句が飛び出す。
「何で、私をおいて行っちゃうのよ」
「む。それはすまなかった。早く、あの場から去りたかったものでな」
「…どうして? エミヤは決闘の末に勝利したのよ? 勝者は誇り高く勝ち名乗りを上げても良いくらいなのに」
「あれは決闘などではない」
私は身長の関係からルイズを横目で見おろす形で見る。
彼女の表情はころころ変わる。感情の起伏が豊かなのだろうな。
先ほどの不服の面持ちは、今度は疑問に変わっている。
…目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ。
良い。マスター。君の内に浮かんだであろう疑問に答えてやろう。
「互いの実力差が均衡しているならば、そういっても良いがな」
「…メイジが、貴族が誇りを胸に挑んだ戦いなのよ?それが決闘では無いと言うの?」
ルイズの顔が今度は怒りに歪む。
やれやれ。貴族である事に過大なまでの誇りがあるようだな。
悪いとは言わんが…それがいつか足元をすくう事にも繋がりかねんのに。
まぁ…他人の事であれ、貴族として共通しているだけで、怒りを表現できる君は好ましいがな。
「言っただろう? それは実力伯仲した者同士ならばの事だ。私とあの小僧では比肩するまでもない差がある」
そう。それは既にして明白な事。
「然るにだ。あの小僧が決闘の心算であっても、私にとっては路傍の石に躓いたのと同じだ」
この身は英霊だ。
対峙し脅威を感じぬ相手には、臆する必要もない。
まぁ、路傍の石に躓いたと喩えたにしては、やりすぎた気もしないでもないが。
「…じゃあ、あれはあなたにとってお遊び感覚だったとでも言う気?」
「それこそ、まさか。闘いにおいて遊び心を持ち出せるような性格はしてなくてな」
そう。あれは遊びなどではない。
いかに実力の差があったとしても、そこに遊び心を持ち出すような者は二流以下だ。
そんな事をすれば油断死をするに決まっている。……あの英雄王のように。
「私はな。どんな敵が相手でも常に本気だ。全力か、そうでないか。余裕が有るか、無いかの差だ」
「じゃあ、さっきの闘いは全力を出したからギーシュは手も足もでなかったのね?」
む。マスターよ。それは問題発言だ。
あれで全力などと思われては流石に心外だ。
「…言っておくが。私があの場で全力戦闘なぞしたら、周囲一帯から生命反応が消え失せるぞ」
「……ほんと?」
「虚言を言ってどうする。そもそも、偽螺旋剣を使ってあの程度ですんだのが幸いと思ってもらいたいのだがな」
「…カラドボルグ?…あの捻じり曲がった剣の事?」
「ああ。あれは本来なら、もっと破壊力を生む方法がある。それをせずともあれだけの威力だ」
ルイズの顔が引き攣る。
まぁ、仕方なかろう。あれの更に上があると言われてはな。
「まぁ、つまりはそう言う事だ。全力戦闘なぞすれば、公開殺戮ショーだ。観客諸共のな」
「…本気で戦ったって言ったわよね? どうして? 実力の差があれば本気でなくとも楽に勝てる筈でしょう?」
「本気で戦う必要があったから。殺さぬ闘いで下手に実力伯仲な闘いを演じては、勝った所で相手は易々と敗北を認めまい。故に本気を出し、歴然たる差を理解させただけの事だ」
そう。相手を殺さずに屈服させるには、勝てない事を認識させねばならない。
実力の差があるのであれば尚の事だ。
それでも、挑むというのであれば、その時こそ命を賭けての闘いとなる。
「それにだ。あまりにも苦戦を演じた場合、あの小僧に向けられる敗北後の中傷にもかかわるだろうよ。あの程度に貴族が負けたみたいな感じでな」
「…そっか。ギーシュの事も考えていたのね」
「負けても仕方が無いと言う状況を印象付ける必要があったからな。それに…」
「それに?」
ああ、忘れないうちに言っておこうか。
そもそも、君のあの言葉が無ければこうまでしようとも思わなかったのだし。
「言っただろう? 君が召喚した存在が如何なる者であるかを見せるとな」
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
こんなもんですかね。
エミヤに違和感でてなければ幸いです。
エミヤは誇りを抱いている人の事、嫌いではないですよ。
誇り? そんなものは犬にでも食わせてしまえって感じですし。
でも、誇り高かったアルトリアの事は好きなのさ。
エミヤは自分の力は教えられないけど、方向性を指し示すって感じを出させてみました。
しかし、勝てる青銅を作れば良いなんて言わせてどうするんだろうか…(汗)
今後、ギーシュが思わぬ活躍するかもしれません(爆)
というか、させるのですが。
ギーシュファンの方、ご期待ください(謎)
枷の一つは『投影した宝具が強力すぎるから滅多に使えない』
まぁ、これは心理的なものですから、ある条件が重なると、さくっと無視できますが。
では。グダグダしながらも次回の執筆にはいろうかと。