「…ふむ。つまり、私に挑戦したいと言う事か? 小僧」
私は振り返る。
ギーシュが私に対して行ったのはこの世界における敵対宣言。
こんな瑣末事にかかわりあいたくは無いのだが。
無視を決め込んでも良いが恐らくは何の解決にもなるまい。
さて、どうしたものか。
――――――――――――――――――――――――――――――――
本気と全力の違い
辺りは雑然としている。
ギーシュは敵意に満ちながらも自信を持った瞳で私を見据える。
…ほぅ。良い目だ。自身の力に自負があればこそできる目だ。
「…へぇ。これの意味が解ったのか。ならば話は早い。…ヴェストリの広場だ。この貴族の食卓をお前のような訳の解らない者の血で汚す訳にもいかないからな」
ギーシュはそう言うと身を翻し歩き去っていく。
その周囲にいた何人かの友人達とともに。
そのうちの二人がこの場に残った。
恐らくは監視役だろう。
悪くは無い手段だ。逃亡阻止の為の常套手と言えよう。
逃げる必要も必然性も全く無いが。
「…私が決闘を申し込まれる必然が見当たらないが……シエスタ? どうしたのかね?」
シエスタの顔色は蒼白だ。
先程までは健康的な色つやだったのだが。
「あ…あ…え、エミヤさん…? こ、殺されちゃいます!」
「…む?それは聞き捨てならないな。誰が?」
「貴族を本気で怒らせたりなんかしたら!」
「あぁ。私の事か? まぁ…心配は不要だ。どんな形であれ戦うとなればな」
「…え?」
「この身には、ただの一度も敗走は無い」
顔色を蒼くしたシエスタに向けて、そう断言する。
この身は英霊。
世界が違えども、身に刻まれたものはなんら変わりが無い。
「まぁ、我が身を案じてくれるのならば君も見届ければ良い」
「き、貴族ですよ? メイジですよ? 勝てる訳が…っ!」
「…それがどうしたというのかね? 人である事に違いは無い」
シエスタは何か見てはいけないモノを見るような目で私を注視する。
恐らくはこの世界は、貴族が特権階級であり、尚、魔法という力を有するが為に力の無い一般階級は面と向かって
刃向うような事は無いのだろう。
身分などと言うものは飾りでしかないというのに。
「…ちょっと、エミヤ?」
「む。ルイズ」
シエスタと話していた私の背に聞き慣れた声が掛けられる。
ルイズがこちらまで来ていた。
そういえば、厨房に行くと伝えて、そのままだったか。
「…なんで、ギーシュと決闘する事になっているのよ?」
「何故もあるまい。あのギーシュとか言う小僧が勝手に吹っかけてきた因縁だ」
ルイズは目に見えて大きな嘆息をする。
「…ねぇ…やめる気は無い?あなたの身体能力が凄いのとかはわかっているけど…」
「む。それは問題発言だ。私が身体能力が高いだけだとでも?」
「だって、人間以上だって言っても…メイジ以上とは限らないでしょ?」
む、そんな認識を持っているのか? 我がマスターよ。
「…君は昨日の話しを全く理解していないようだな」
「…だって、メイジが強いのは事実よ。ギーシュって、あれでも魔法戦闘の成績上位者だもの」
「はぁ…仕方が無い。尚の事、退けなくなったな」
私はルイズとシエスタに背を向ける。
「…よく見ておけ。ルイズ。君が召喚した存在が如何なる者であるか。今一度、君の前に示そう。それから、シエスタ。メイジであろうが貴族であろうが敵わない者には敵わない。その事実を君に教えよう」
そして、監視役として残っていた者に声を掛ける。
「…そこの小僧。ヴェストリの広場まではどう行く?」
「…こっちだ」
●○●○●
私が案内されるままに辿り着いたのは学園の敷地内の二つの塔『風』と『火』の間にある中庭だった。
立地条件は悪し。西側にある為か季節柄、日中においても日差しが多くない。
それでもこの場には多くの生徒達が集まっていた。
享楽がよほど少ないのだろうか?
「諸君!!決闘だ!!」
ギーシュが造花の薔薇…いや、あれは魔術具か。
それを掲げあげて宣誓するかの如くの大声をあげた。
いや…本気の決闘ならばこの時点で百回は殺せている予測が出来ているのだが。
「…正直な所、やる気が全く無いのだが…」
「なんだと?」
「だが、あまり軽く見られるのにも、辟易してきたな。マスターですら疑っているし」
「…フン、当然だろう?お前のような奴がメイジたる貴族に敵うわけが無いんだからな」
…やれやれ。知らぬが仏とは良く出来た諺だな。
さて、ならばどうしたものか。
この小僧に差を理解させたうえで、尚、周囲に説得力のある終局を導かねば。
「一撃だ。私からの攻撃は一発。それで決着しなければ負けで構わん」
「僕を馬鹿にしているのか…?いや、ひいてはメイジそのものに対する侮辱だ…っ!」
「…はぁ。良いか? 小僧。これは正当な評価と分析の上のハンデだ。これでも大幅に譲歩してやっているんだがな?」
ギーシュの顔色が朱に染まる。
存外に激昂し易い性格のようだ。
いや、違うな。恐らくは貴族でありメイジである事に対しての自負が強いのだろう。
…この世界の貴族にはこの傾向が強いな。
ルイズにしてもそうだった。
「…良いだろう。その身にメイジたるこの僕の…『青銅』のギーシュの名を刻み込んでやる!」
ギーシュがその手にした造花の薔薇を振り下ろした。
その魔術具と思しき薔薇は一枚の花弁を剥離させる。
そしてそれが徐々に人型に形成されていく。
解析開始……解析結果。
錬金の魔法による物質構成…青銅製の人形か。
それが底な筈があるまい。
その先を打破してこそ、証明できるものがある。
「ああ、待て待て。やるなら最初から全力で来い。こちらは一撃しか攻撃せんのだ。初撃で呆気無く吹き飛ばされた後で、実は余力を残してましたなどと言うくだらん言い訳をされてはたまらんからな」
●○●○●
場所は変わって学院長室である。
二人の魔法使いが深刻な面持ちで向かい合っていた。
「…以上です。学院長」
コルベールは自らの見解と昨日の出来事を差し向かったオスマン老に告げた。
二人の間の空気は緊迫している。
それほどまでの出来事なのだ。
ただ紋章が表れただけならばオスマン老もここまで深刻にはなるまい。
その紋章を与えられた存在が、この学院の教師をして人以上と認知する事が問題に拍車を掛けているのだ。
「ガンダールヴか…訊くが。本当にその存在は人間でないのかね?」
「間違いありません。あの魔力の奔流を眼前で見れば納得できます。あれはスクウェア級でも出し得ぬものです」
「…人外に宿る最強の使い魔の証か」
「学院長。何故、その紋章が現れたのでしょう?」
「…時に聞くが。ミスタ・コルベール?」
「何でしょう?」
オスマン老は言葉を切り、件の件に置いて秘するべきある一つの事柄を口にする。
「…火のエキスパートたる君ならば、解る様に爆発という現象は火が引き起こす場合は、まず火が発生し結果として爆発が起きるものじゃ」
「ええ。それがどうしたのでしょうか?」
「ならば、ミス・ヴァリエールの引き起こす『失敗』を君は再現できるかね?」
「…あれをですか?」
「そう。…出来まい。ワシですらあれは出来んのだよ。そも失敗などという形ではな」
オスマン老の眼光が厳しさを増す。
「わかるかね?火の粒に干渉しない光を生じる爆発。これは四大属性では再現不可能じゃ」
「…まさか…虚無?」
「…あくまで、これはその可能性があるという事じゃ。だが……」
コルベールは息を呑む。
学院長の言わんとする事を察しれぬほど腑抜けた覚えは無い。
「だが、もし、仮にその使い手であったとするならば…その使い魔にあの紋章が現れるのは必然かもしれん」
オスマン老は小さく嘆息する。
沈黙が部屋を支配しようとしていた矢先。
部屋の扉をノックする音が響く。
「…誰かね?」
「私です。オールド・オスマン」
「ミス・ロングビルか。口頭で済む用件かね?」
「はい。ヴェストリの広場で生徒達が決闘をしているようです。教員達で止めようとしましたが生徒達に阻まれ止められない模様です」
オスマン老はこめかみを軽く押さえた。
頭痛の種がまた飛び込んできたのだ。
「…騒動の発端は? 誰が中心じゃ?」
「一人はギーシュ・ド・グラモンです」
「…グラモンのバカ息子か…事の発端は女性関係かのぉ…要らん所の血が濃いな…で、相手は?」
一瞬、躊躇うかのような間があった。
そして、その後に告げられた言葉は室内の二人を驚愕させるに足るものだった。
「…それがメイジではなく…ミス・ヴァリエールの召喚した使い魔だそうです」
●○●○●
私の言葉に、さらに顔色を赤く染めていくギーシュ。
あからさまな挑発は事実を含んだ時に最高の効果を発揮する。
相手がこちらを軽く見ていることは既にして明白。
恐らくは余力を残し余裕を持って勝利しようと思っていたのだろう。
だが、それでは意味が無い。
相手に対して敗北を与えるには幾つかの選択肢がある。
その中の一つが自らの全力を容易に打破される事にある。
これでも心が折れぬものは当然にして存在する。
聖杯戦争でのサーヴァント達はこの良い例だ。
だが、本当の生死をかける戦いの意味を知らぬ小僧相手には、過分な決着を与えてやる事が出来よう。
「フン。ルイズには悪いが…折角の使い魔も一日で消える事になったな!!」
ギーシュは憤怒の形相のまま、再度、薔薇を振るう。
六枚の花弁が舞い散り、それらもまた青銅製の人形となる。
…しかし、良い趣味だな。全員、女性形態とは。
「…僕の最大の魔法行使…【セブンス・ゴーレム=ロンド・ワルキューレ】だ。お前が悪いんだぞ? 僕をここまで怒らせたんだからな」
戦乙女の円舞曲か。ネーミングセンスは安直ではあるが悪くは無いな。
七体のゴーレムが周囲に展開する。
円形陣によって中央の敵対象を殲滅する構えか。
悪くは無い手法だ。
七体の指揮を担うギーシュが自らに絶対の自信を持ってその執行を宣言する。
再び掲げられ振り下ろされた薔薇に従うが如く、七体のゴーレムが動きを見せる。
さぁ、ここよりは余計な思索は不要。
自らに課した枷に従い、一撃によって終着させる事にしよう。
●○●○●
その戦いは周囲の観戦者達にすら容易に分かるものだった。
既にして決着していると。
自信を持って繰り出した七体のゴーレムによる同時・時間差・連続、さまざまな手法を織り交ぜた筈のギーシュの攻撃はわずかに身を逸らす程度のエミヤの動きでほとんどが回避されているのだ。
エミヤには磨き抜かれた心眼があった。
自らに攻撃しやすい隙をわざと生じさせ其処に攻撃を殺到させる。
戦闘行動において深い戦術眼を持たない人間でなくては、そう仕向けられている事に、なかなか気が付かない。
エミヤは自らが回避しやすい状況を自ら生み出しているに過ぎない。
ギーシュに僅かなりとも実戦経験があり正しい形での指揮知識があれば結果は変わっていたかもしれない。
だが、要因はそれだけではない。
エミヤの身体からは紅い魔力が放出されていた。
その放出された魔力が障壁となる形で当たった攻撃をほぼ無力化しているのだ。
当たらない攻撃、効果の無い攻撃では決着はつかない。
だが、エミヤは今にして尚、一撃たりとも放っていない。
●○●○●
「…ウソ」
わたしは目の前の光景が俄かに信じられなかった。
ギーシュの繰り出したのは確かに彼の二つ名の象徴たる青銅の戦闘人形 『ワルキューレ』。
そのゴーレムによる同時攻撃は学院内でも屈指のもの。
それをわたしの使い魔は苦無く回避をしてみせているのだ。
あれは身体能力のみでは説明がつかない。
あらゆる方向から来る攻撃を瞬時に見極める動体視力も優れていなくてはならない。
そして、エミヤの身体からは赤い霞のような魔力が立ち昇っている。
いや、あれは吹き上がるという表現の方が正しいのかもしれない。
当たる軌道の攻撃は、それに阻まれる形で威力をほとんど殺されているのだ。
攻撃を完全に見切る目と攻撃を防ぎきる魔力障壁。
これ程に戦闘に特化しているとは思っていなかった。
人間以上なんてものじゃない。
スクウェア級のメイジでも彼に真っ当に立ち向かえる人なんて居るのだろうか…?
周囲の人達はは信じられないものを見るかのようにそれを見ている。
わたしだって信じられないのだし。
唐突にエミヤが口を開く。そして宣言。
「…さて、死にたくなければ全力で防御に集中しろ。従わずに死んでも責任は取れん」
その手にはいつの間にか黒塗りの弓と捻じれた妙な剣が握られていた。
…弓に剣?
あれ? 弓って矢を放つものじゃ…?
●○●○●
違和感。
使い慣れたはずの弓と偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)。
左手の紋章がそれを心象世界より握り取った瞬間に光を放つ。
強烈なまでの一体感が身体を貫く。
マナが濃密なゆえの余波だろうか?
この偽螺旋剣は、完全投影した訳でないと言うのに。
偽・螺旋剣のような基本骨子を改変させたが為に、成長経験等が私に属する宝具。
これを使用するが為に、この世界における能力の上昇による加算が発生したのだろうか?
頭の中に最適な使用方法が再現されていく。
偽・螺旋剣は弓での射撃や刺突において威力を発揮する剣だ。
それは基本骨子を改変させた私自身が良く知る事実。
だが、違和感はここにもあった。
左手の紋章からその情報がリークされてくるのだ。
この紋章はこちらの世界に来てルイズと契約した際に浮き上がったもの筈。
情報が不足している。
この紋章についてはもっと詳しく調べねばなるまい。
だが、今はこの決闘もどきに完全な形での勝利での決着をもたらす事が肝要。
故に紡ぐ言葉も成すべき事も決まっている……っ!
ゴーレムが殺到する。だが、遅い。
その僅かな差が勝敗を分ける大きな差となる。
『―――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う)』
そう。この言葉こそがこの場における闘争の終着を告げる鐘となる。
●○●○●
ギーシュは震えが止まらなかった。
自らの最大の攻撃は意味を成さず、その一撃を持って終わりにすると宣言した相手の攻撃がどれ程に尋常ならざるか。
あれは暴悪なまでの魔力の集合体だ。それだけしかギーシュには解からなかった。
あの弓と剣だけで、スクウェア級のメイジに匹敵している。いや、おそらくはそれ以上。
相対して脅威を感じる事が出来る。
この感覚を持つ意味では彼は幸運だったのだろう。
惜しむべきは戦闘状態に入る前にそれを自覚出来なかった事だ。
だが、それも仕方無いことだろう。
明確な脅威を感じたのは相手が捻じれた剣を弓につがえ引き絞った瞬間からなのだから。
それまでは単に攻撃がかわされ続けるが為の焦りが中心だった。
今は恐怖や驚愕といった感情がこの身を支配していた。
だが、彼にも自負はある。
自らは貴族でありメイジであると。
その矜持にしたがって無様な敗北はさらせない。
「…僕は負けない!誇りあるグラモン家の名に賭けても!!誇りあるトリステイン貴族として!」
だから、彼は対峙する事を選ぶ。
その結果が敗北であったとしても。
恐怖がその身を苛んだとしても。
●○●○●
「…僕は負けない!誇りあるグラモン家の名に賭けても!!誇りあるトリステイン貴族として!」
…なるほど。
これを前にしても尚、その志を掲げうるか。
少しばかり評価を変えてやる必要があるな。
形ばかりではなく、信念として貴族である事を掲げている。
だから、本来の形ではなく違う形で偽・螺旋剣を解き放つことにする。
『―――――― 偽・螺旋剣(カラド・ボルグ)』
放たれる剣の指し示すのは地面。
地に向けての直射。大地との接地。
激しい衝突音。大地を抉り砕き、響く砕石音。
粉塵が巻き上がる。抉られ砕かれた地表は砂塵と化す。
本来ならば『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』による爆破で終局とするが…
『―――――― 投影破棄(トレース・カット)』
大地を抉り砕きながらも威力が衰えぬ偽螺旋剣。
刀身が見えなくなり地表面に柄が見えるのみとなる。
その時点で投影を強制的に霧散化させる。
霧散化する投影は痕跡すら残さずに世界から消える。
まだ砂塵が視界を埋め尽くしている。
この状況では普通の人間は動けないものだ。
だが、この身は違う。この程度はまだ悪条件には入らない。
だから、最後の一手を打つ為の行動を起こす。
●○●○●
砂塵がこの場に居る全ての者の視界を埋め尽くしていた。
この状況下では何が起こっているかさえも定かではない。
誰もがこの砂塵が収まるのを待つのみの筈だった。
そう一人を除いて。
砂塵が収まりその中心となった場所には赤い騎士の姿は無かった。
ゴーレムも指揮者たるギーシュの視界が奪われると同時に動きを止めていた事が災いしたのだろう。
その姿は僅かに離れていたギーシュの目前にあった。
赤の外套の騎士は、その両の手に黒と白の短刀を携え、ギーシュの首元に突きつけていた。
そして、この戦闘の終結を告げる厳正なる一言を宣言した。
「…チェックメイトだ」
――――――――――――――――――――――――
後書き
躍動感が全然無い…(汗)
ちょっと、今回は読みづらいかもしれないですね。
ころころ場面が変わっていますから。
つーか、戦闘描写がほんとにダメですねぇ…
修行せねば。
エミヤには10の内の2くらいの力を出してもらいました。
圧倒的な力で捻じ伏せる必要があったけど殺しちゃうわけにもいかなかったんで。
全開の偽・螺旋剣を使用するには、もう一つキーワードを組み込む必要があるのです。
だって、『同調開始』はしてないですから。
後は無意識にセーブが掛かっている状況です。
ルイズの命令も無い事ですし。
では、グダグダ加減を引きずりながら、次回の執筆に入ります。