「…ミス・ロングビルじゃ」
そして告げられた名は。
ルイズにとっても、エミヤにとっても接点の無い人物の名だった。
それを幸いとするかどうかは定かではない。
名を知るという事は。
そこから因果が紡がれる事でもあるのだから。
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贋作者
「そのフーケと思しき容疑者だが……何故、そうだと思うのだ?」
「まぁ、それは壁に耳ありという奴でな。そこに至る経緯は、査問の場で言う事になるじゃろう」
オスマンの顔は苦虫を噛み潰したような表情を刻む。
それもその筈だ。
最有力の容疑者に当てはまるのが自らがその傍らに置いた職務を代行する役割すら与えた秘書であるのだから。
だが、逆に頷くしかないほどに、怪しむべき札が揃いすぎているのだ。
そして、それは状況証拠や推測にしか過ぎない。
故に。直接問い質す以外にそれを確たるものとする事は出来ない。
オスマンの胸に侘しさが募り、それが呟きとなり洩れ出でる。
「……
やはり、尻を触った程度を脅しに使って秘書職の斡旋を願うのではなぁ…イイ身体しとったのに残念じゃ」
エミヤの目が一瞬、そう一瞬、見開かれる。
そう、それは聴いてはいけない事を聞き知ってしまった咎人の如く。
オスマンの呟きこそは聞こえなかったものの、ルイズは使い魔の微妙な表情の変化には気がついた。
「どうしたの? なんか気にかかることでもあったの?」
「いや、なんでもない。何でも無かった事にしておいてくれ……」
「……まぁ、良いけど。で、学院長、如何なさるのですか? やはり、呼び出して犯行の有無を?」
「それじゃがな。呼び立てる事は出来よう。このタイミングで呼び出しに応じん事の不利益は、犯行を行った本人が理解しとるじゃろうし」
そう応えるオスマンの顔はやはり険しい皺が刻まれている。
幾度かの思考実験を頭で重ねたのか、少しの間を挟んで次を続ける。
「じゃが、それでは【破壊の杖】の所在を聞き出すにまではいたらんよ。おいそれと自分が犯行を行ったと認める筈も無いしの」
それに同意するかのように後を繋げて発言をするエミヤ。
だが、彼の頭の中にはある一つの策謀が展開されていた。
「犯行を否定されたらそれまでの上に、現状は最も怪しいと言う事だけでしかないからな。完全な物的証拠や遺留品があればいいのだろうが……いや、逆の発想で行ってみるというのも一つの手だな…」
「ん? 何か良い方法でも思い浮かんだの?」
「ああ。一つ策を打ってみようと思う。オスマン老。一つ訊ねるのだが……」
○●○●○
「フム。召集した者は全員揃ったようじゃな」
オスマンはその場に集まった面々を見遣り、重い空気を纏ったままに口を開く。
あの後、エミヤと幾許かの打ち合わせや企み事を申し合わせた彼は、教師等の学園関係者、特定レベルに達している学生メイジを召集した。
件の人物のみではなく、他の人間を呼ぶことにも充分な意味があるからだ。
何より、オスマンが行うのは糾弾ではなく確認。
もしもの可能性を踏まえるのならば、怪しい人間は全て呼ばねばならない。
この学院に集う力あるメイジ、その全てを。
「それで、学院長。急な召集ということは、何か問題でも……?」
皆を代表するかのようにコルベールが発言する。
その視線は若干ながらも、赤い外套を着込んだ騎士を見遣るようでもある。
否。ここに集まった面々の幾名かの視線は、その騎士とその主に向けられている。
雪風と称された少女もまた同じだ。
彼女にしてみれば、この二人がまた何かをしでかしたのだろうか? という面持ちですらある。
幾許かの間をおいた後、オスマンがその問いに対して応えた。
「うむ。隠す様な事でも無いし、起きた事実から公表しようと思う。この学園に賊が侵入した」
「「「「「「「「「賊!?」」」」」」」」
その言葉に多数の反応を見せるメイジたち。
それもその筈だ。
この学院には、数多くのメイジが居る。
その中には、戦闘に特化したものも居れば、探査・捜索系に富んだメイジも居るのだ。
教師クラスは言うに及ばず、その才能を秘めた者も数多い。
その上で、侵入する賊 となれば、如何なる存在なのか。
「諸君らも学院から離れる事が少ないとはいえ、噂ぐらいは聞いておろう。昨今、トリスタニアを騒がす怪盗の事を」
「……【土くれ】」
オスマンが告げるよりも早く、雪風の名を持つ少女、タバサがそれに答えた。
満足そうに首肯するオスマン。
二の句を遮られた事等、気にもせず先を進める。
「うむ。そのとおりじゃ。シャル……もとい、タバサ嬢。【土くれ】のフーケ。それが賊の名じゃ」
言うが早いが、その言葉を起動の鍵としたのか。
姿見の鏡が輝くと、宝物庫の惨状とその内部の刻印を映し示す。
それを見て、コルベールが顔を青くする。
「……なんじゃ、コルベール君。何か、気に掛かる点でもあったのかね?」
「い、いえっ! 何でもありませんっ!
……アレを破る方法を知る人間となると……」
「まぁ、よい。君もなんか知っとるようじゃからな。後で事情は聞かせてもらうぞい。だが、安心するが良い。幸いにして被害は無かったからの」
その答えに安堵する溜め息を洩らすものもいれば、訝しげな表情を浮かべるものもいる。
被害は無かった。
その言葉には矛盾がある。
そう、土くれのフーケが現場に名を残した時は、確実に犯行が成功した証に他ならない。
「……犯人こそは取り逃がしたが、第一目撃者でもあるヴァリエール嬢の使い魔が、犯人が逃走し、一時の身を隠す場所としたであろう小屋を発見し、その内部より【破壊の杖】を取り戻してきたのじゃ」
その言葉の証明として、オスマンは自らの座る執務机の影より【破壊の杖】を取り出す。
そう、確かにそれは【破壊の杖】。
故に。これを見て表情を一瞬、激変した者が居た。
「ふむ。如何したかね? ミス・ロングビル。顔色が悪いようじゃが」
「い、え……な、何でもありません。確かに【破壊の杖】ですね。学院長が若かりし頃に手に入れたと言う」
「うむ。無事に取り返す事が出来て幸いじゃ。……じゃが、フーケはこれの保管場所が何故解かったのじゃろうなぁ? 盗むにはこれの保管場所を知っておらねばならんが、ワシが持っているとの世に知られていても、宝物庫の中にあると知るには学院の関係者ぐらいで無ければ難しいんじゃがの」
「い、いえ? 世の中には、外のお客さまで宝物庫を見られた方もいらっしゃいます。人の口に戸は立てられぬモノですから、そこから洩れてしまったのでは?」
「……そう言う可能性もあるかも知れんのぉ。ところで、ロングビル君や。ワシは、君から宝物庫内部の閲覧許可申請は受け取らんのじゃが。何故、君はこれを見て『
確かに』と同意できたのかの? その言い分ではどこかで見たことがなければならんのじゃが?」
「……っ!? それは……」
流石に周りの人間も二人の空気が明らかに変わった事を感じ取る。
オスマンの目が一際険しく、ロングビルを射抜いた後。
「よいじゃろ。人目のあるのでは言えん類の事情もある。後でじっくりと話を聞かせてもらうとするかの」
「……はい」
「……とにもかくにもじゃ。【破壊の杖】を取り戻したとは言え、土くれのフーケの足取りは不明じゃ。各々はもしもに備えておく様に。以上じゃ」
○●○●○
退出していくメイジたちをそのまま止めもせずに見送る。
そう、怪しげな反応を見せた二名も止めはしない。
部屋に残るのは、私とルイズとオスマン老の三名となった。
騒々しさが消え、静けさが戻る。
オスマンが溜め息を吐いた後、【破壊の杖】を放り投げる。
それが床に落ちた瞬間、まるで幻であったかのように粉となり消える。
―――――― そう。この【破壊の杖】は形のみを似せて投影した
複製。
無論のこと、外見のみであり、形のみの空虚なガラクタ。
だが、形が真であれば、目で見る者はこれに騙される。
「さて、こんな所かの。にしても、ワシですら、あれが錬金による贋物と知らねば騙されるやも知れんの」
「うまくいって何よりと言った所だな。案の定、伏せた札の通りと言う事だが……マスター。後は私たちの仕事だぞ? 解かっているな」
私はマスターに成さねばならん事を確認する。
ルイズは一瞬、間の抜けた声を出し、返答する。
「へ……? なんでよ? 後は学院長が、直接話をつけるんじゃないの?」
「たわけ。あのミス・ロングビルが件の襲撃犯であり、土くれのフーケならば、君があの宝物庫に【魔法】を当てた後にどんな効果があったか理解してると言う事だ」
「まぁ、ワシが君らの申告した状況から察するに、ヴァリエール嬢の【虚無の魔法】が、ワシの宝物庫に仕掛けていた魔法障壁等の一切を【ゼロ】の状態にしたのじゃろうな。つまるところじゃ……」
ルイズの顔がオスマン老の言わんとすることに思い当たり、ハッとしたものに変わる。
「……私が【虚無の系統者】であることに辿りつかれてしまう?」
「そう言うことだ。この場で取り押さえても良かったが、追い詰められた獣は何をするかわからんからな。あえて逃がし、その後に追撃する。包囲陣形に、わざと抜け穴を作るというのは、背水の覚悟を背負わせぬ為のものだ。もしもの場合の被害は少ない方が良い」
「でも、前回みたいに魔法で逃げられたらそれまでじゃないの?」
その疑問は尤もな話だ。
だが、大きな問題ではない。
オスマン老がその疑問を埋めるかのように答える。
「その辺に問題は無い。ミス・ロングビルである以上は、魔法は使えん、使わんよ。今の状況、完全に人目が消えるまでは彼女は魔法は使えん。呼んだ全てのメイジたちの目線から、逃れきった上で孤りにならねば、公開の上で最有力容疑者に仕立てた現状ではおいそれとは使えんよ」
そう言うとオスマンは手鏡をルイズに渡す。
見るからに魔道具のようではあるのだが……
「これは【遠見の手鏡】と言うてな? ある程度の距離なら、これで遠隔視できる。ミス・ロングビルがフーケであるのなら、今は必死に逃亡の算段を整えとるじゃろう。学院長としてこの学園に在籍する【
虚無のルイズ】に命ずる。己が秘匿するべき事を秘する為に為すべき事を成すのじゃ」
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後書きらしきもの。
どうやら、妙な勘違いをされそうなので変更(謎
とにかく書かねば、力量は落ちるものと痛感。
終盤あたりでグダつくのは仕様です。
次回から、第一部の山場です。
それでは次回で。
爺キャラは有能であるべきだと思うマイポリシー。
例え、それが原作から逸脱しても、それが美しいと思ったから(何
指摘を受け微妙な修正。