「…なるほど…の」
オスマンは、その報告を聞くと表情を曇らせた。
この学園の宝物庫には、それと言った価値のある物はない。
価値があるものとは、その利用方法を含めて言うものだ。
そう、あの宝物庫に飾られたもので、それ程の価値のある物は少ない。
あの『破壊の杖』も、その利用方法が解らないからこそ死蔵されたものだ。
被害報告を聞いて、それが賊の盗みあげたものと知り。
オスマンはその脳裏にかつてを回顧したのだった。
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『破壊の杖』
被害報告は、どちらかと言えば副次被害の方が多かったと言うべきだろう。
宝物庫から、消えた物品はただ一点のみ。
その物品の名こそを『破壊の杖』
オールド・オスマンが数十年前に手に入れたとされる曰く付きの品。
オスマンはそれを『破壊の杖』と名づけ、自らの治める魔法学園の宝物庫に封じた。
その真実を。その眼に収めたのはオスマンのみである。
その名称の由来は、オスマンの知るどのような杖とも違っていたことにあるのだろう。
メイジとして名を馳せたその彼ですら知りえぬ『それ』は、立ち向かったワイヴァーンの顔を一撃の爆炎で吹き飛ばしたのだ。
可能、不可能で論ずるのならば、それはオスマンにも充分に可能な領域ではある。
だが。
その行為を一切の詠唱なし、完全無詠唱で行えるかといえば、否。
オスマンの知る限り、魔法は呪文詠唱を行う事で、世界に満ちる数多の『粒』に干渉するものだ。
呟く程度の言葉でも詠唱は必要となるもの。
『
鍵開け』のような基礎魔法であっても変わらない大前提だ。
故に。
オスマンは、あれを魔法ではなく杖の持つ力だと認識した。
敵に差し向かい肩に背負い持ち、呪文を必要とせずに爆炎を放つ杖。
その二振りのうちの一つが盗み出されたものだった。
もう一振りを盗み出されなかったことが幸いだとオスマンは心の中で安堵した。
残された一振りは、その主と供に眠っているのだから。
○●○●○
「…それで、何が盗まれた物かは把握できたのか?」
私は、ルイズと一応の当事者でもあるキュルケを連れて、あの後、即座にオスマン老のところに向かった。
賊をあそこで屠りさって置けば苦労は無かったのだが、生かしておけとの命を受けた以上は、射抜くことも出来ず。
結果、相手を取り逃がす事になった。
状況を鑑みてみれば、恐らくは内部に大きな係わりを持つ者だと思われる。
先ず、その場所を知っている者であるという事。
学園の敷地内を知っていなければ、あの位置に宝物庫があると言う事は解かるまい。
内部情報、建築物の立地を知る事が出来、かつ、宝物庫に納められた物品を知る事が出来る者でなければならない。
「ふむ、一品のみじゃな」
「一品? 賊の狙いは、それのみだった。と言う事か?」
「じゃろうな。……ワシが所有する、つまりはこの学園の宝物庫に納められた逸品、かつ、人の噂やかつての喧伝を踏まえた上で目ぼしい物といったら一つしかないのじゃよ」
オスマン老は逡巡を交えた溜め息の後、その名を告げた。
「破壊の杖」
「ずいぶん大それた名だな。それほどのマジックアイテムなのか?」
「さてのぉ…その名をつけたのは、若いころのワシじゃし。今の価値観で見直せば、違う名になるかも知れん。が、それでも、その杖の名は【破壊の杖】じゃ」
そう言うオスマン老の目には、遠い何かを思い浮かべる色が浮かんだ。
つまりは、そう名づけるに至る何かがあったという事だ。
しかし、今は、それはさほど重要な事柄ではない。
「しかし、アレを盗むとは、土くれのフーケもよくわからん趣向をしとるのぉ……」
「待て。オールドオスマン。……聞き慣れない固有名詞が出たが。下手人が解かってると言う事か?」
「現場、宝物庫内部に足を踏み入れたのならば、よく解かろうもんじゃ。噂に違わぬ。と言う奴でな」
やれやれと言わんばかりに溜め息を吐いたオスマン老は、懐から小さなロッドを取り出す。
それを手首の返しのみで振るう。
「『映せ。遠見の鏡』」
それは詠唱。
ある一つのマジックアイテムの始動を促す言葉だった。
姿見であった筈の鏡に、通常映らざる風景が映し出される。
「ふむ、遠隔視を可能とした魔道具か。察するに、この場に居ても学園内であるのなら……」
「さよう。我が目の届かざるところは無い。と言う所じゃな……これがどういうことを意味するか解かるかね?」
眼光鋭く、オスマン老の目は此方を見据える。
その目が既に語っている。
お前ら、何をしでかした? というか下手人じゃろうが。 と。
「ワシャ、君ら二人に、申し含めといたと思ったんじゃがなぁ?」
言うまでも無い。ルイズと私に向けての言葉だ。
巻き込まれた形となるキュルケの顔には、不可解の表情が刻まれている。
「ま、その件については後じゃ。内部に問題の箇所があってな。見るが良い」
「なるほど。こう言う事か」
一見は百聞に勝る。
その鏡に映しだす光景に答えがあった。
鏡が映すのは宝物庫の内部。
「【破壊の杖、確かに頂戴いたしました。土くれのフーケ】…犯行を行ったことを刻んでいったんですか?」
ルイズがその目に留まった文字を読み上げた。
それはいわゆる犯行声明というものだ。自身がこれを行ったとする示威行為。
「いわゆる強迫観念行動という奴だろうな。自己顕示を行う事で自らがいるということを喧伝したいのだろうよ。犯行を示す証拠をわざわざ刻むのでは盗人としては三流以下だな」
「じゃが、土くれのフーケは一貫してこれを犯行現場に犯行声明としてきざんどる。ワシらには理解できん思惑があるのだろうて」
○●○●○
オスマンはこの件について、説教を行うつもりではあった。
だが、好ましくない状況と言うものは確かに存在している。
キュルケ・フォン・ツェルプストー。
彼女が居るのでは、おそらくは宝物庫外壁破壊の主犯とおぼしき騎士にも、その主についても踏み込んだことを言う事が出来ない。
それでいて、彼女はこの件の重要参考人の一人。
この場から外す事もできない。
オスマンはとりあえずは当面の目的を片付けることにした。
「……とにかくじゃ。君らがあの現場を目撃したには違いない。改めて問うが、襲撃してきたゴーレムを操るメイジは確かに見たのじゃな?」
「私たちの目には全く見えませんでしたが……私の使い魔の言を信じるのであれば…って、本当に見たのよね? エミヤ?」
「それは間違いなく。遠距離の標的捕捉と把握は弓を扱い力と為す者の基本だ。壊れた壁の内部から飛び出し、土中に消失するまでしっかりと確認したが」
オスマンの目が咎める様にエミヤを見据える。
「……確認まで出来ていたのなら打つ手はあったんじゃないのかのぉ?」
「いや、マスターが殺すな と厳命したのでな。処分してよかったのなら後腐れなく瞬時に屠っておいたのだが」
オスマンの表情も浮かない。
それもそうだろう。
この【破壊の杖】が盗まれた事が問題ではない。いや、問題ではあるのだが、他に比べたらという事においてだ。
そう、オスマンが問題視するのは【土くれのフーケ】の犯行であるということ。
その罪状から、フーケは王国政府からも捕縛の令が出るほどだ。
後ろめたいことがあるわけではないが、オスマンは王国に属するメイジ、貴族メイジがさほど好きではない。
然るに、彼らが関与する余地をなるべくであるのなら減らしたいのがオスマンの本音だ。
「面倒じゃのぉ……」
「何、そうは言うが犯人の絞込みは簡単だろう? 内部の者の犯行以外に考えられんのだからな」
「……どういうこと? 犯人が内部の者って……」
少女たち二人の視線がやや怯えを窺わせるかのようなものとなる。
その視線を受ける赤い外套の騎士は何事でも無いように続きを述べる。
「この学園の宝物庫は外部の者に簡単にわかる位置でもあるまい。何も下調べも無しに外部から侵入してピンポイントと言う訳にはいかんだろう。前もって何らかの形でこの学園の建築物の立地の詳細を手に入れることが出来る立場となると学園の関係者が一番の容疑者候補となろう」
「…確かに理に適うのぉ。外部には宝物庫の正確な所在などは公開しとらん……ふむ、そうなると確かに絞れてくるのぉ」
「加えて言うのならば、高レベルの術者から該当者を絞るよりは。逆に表向きは能力が低いもの、もしくは魔法が使えない者の方が濃厚だな」
「何故、そう思うのかね? ゴーレムを自在に操るのならば、術者としては優れた存在じゃ。それを何故、逆としてみる」
「自己顕示欲が強くとも、秘すべき時は秘すべきものだろう。内部情報を集めるのであればなおのことだ。自らの名を示すのは盗みに成功した時だけ。と考えるのが妥当なのだがね」
オスマンの顔が思案顔になる。
幾人かの候補に絞り込む事が出来る。
彼の脳にはこの学園に籍を置く者、そのほぼ全ての経歴が叩き込まれている。
そうして彼の脳裏には一つの解が導き出されていた。
「……心当たりはある。キュルケ・フォン・ツェルプストー、ルイズ・フランソワーズ・ヴァリエール。両名は以降の会話を聞くのであれば、これを絶対に秘する様に。約束出来ないのであれば、退出したまえ」
「「…ハイ?」」
「私はいいのかね?」
「……言うまでもなかろう。君には、ヴァリエール嬢の使い魔としての責務を果たしてもらおう。ワシが造ったあの宝物庫の壁を壊すのには、どうしても【それ】が関わってそうじゃからな。敢えて言うのならば、フーケが【それ】を見たということならば…と言う事じゃよ」
オスマンの眼が陰鬱な色を帯びて瞬かれた。
そうして、その口から最も疑うべき濃厚な容疑者の名が告げられた。
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後書きらしきもの
私は生きてます。
駄作の駄文で超スランプ。
それでも後もう少しで第一部が終わるので血を吐きながら頑張ろうと思います
いや、いろんなところで私を呼ぶ声がありました(汗
生きてます。但し、他が死にましたが(ぇ
てか、一度PCがぶっ壊れてそのときにSSデータがぶっ飛びまして。
やる気などその他諸々が壊滅的になりました。
それでも、それでもまだ見捨てられてないのなら、もう少し頑張ってみようと思う次第です。
では、次回更新でお会いしましょう。