「…な?! 何が一体?」
フーケの目に映ったのは、自らの従僕たるゴーレムの惨状。
咄嗟に脳裏に過ぎったのは、例の中庭の一件。
あの小娘の使い魔が、なにかしらを仕出かしたのだろうか?
いや、だからと言って、姿も見えなくなったそれが何をしたと言うのだろうか。
理解の及ばぬ事の連続。
だが、彼女の不幸は。
この瞬間に身を晒してしまった事に他ならない。
鷹の目は、遥かに離れて藪を越え、その姿を捉えていた。
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呼ばれ慣れた名は弓兵
時間は僅かに遡る。
エミヤは頭に思い描いた想定の元に、その場を即時に離脱した。
木々の上を飛び渡りながら、
お荷物 二つをその両の手に引っさげて。
宝物庫のある区域は、学院の中でも奥まった所である。
その周囲を木々に囲まれ、一番近い教員棟からもかなりの距離がある。
ゆえに滅多な事では生徒たちは近寄らない。
人目に付かないのは、単に遠い事と樹木等の障害が多く視界が悪いがゆえの事だ。
ルイズとキュルケは気が昂ぶりすぎて、その辺を一切合財無視して突き進んでいった。
往々にして、人間、テンションの高い時には気がつけないものである。
「ちょッ…! いい加減に降ろしなさいよ!」
猫持ちにされた彼の主が抗議の声をあげる。
柳が受ける風のように、その声を黙殺する従者。
その目は、ある一点を後ろ目で捉えたままだ。
「…ふむ、まぁ、これだけ離れれば問題無しか」
ある程度の距離を稼いだ事を確認すると、エミヤは跳び渡っていた木々の上から木の葉が地に舞い落ちるように軽やかに地面に降りた。
それと同時に両手のお荷物から手を離す。
「イタッ!」
「つぅ…何するのよ!」
当然のように突然吊り上げられた状態から、手を放されれば、後は重力に従うだけ。
受身も取れずに尻餅をつく二人の少女。
当然のように文句が口から出る。
「ハテ? 降ろしてくれと言われたから降ろしたまでの事だが?」
「いきなりやられたら受身も取れないでしょうが!」
「それは私だけの責任でもないだろう。地に足の着く高さで手を放したのだから、後は君らの運動神経の問題だと思うが?」
抗議の声もどこ吹く風。
エミヤは軽口を叩きながらも、その視線はある一点から動いてはいない。
それに気が付かない彼の主は、抗議の声を挙げ続ける。
キュルケは、自分が口を挟む余地がなさそうだと見て取ると二人を興味深そうに眺めはじめた。
「っ! アンタ、使い魔でしょう?! 少しは主人を敬いなさいよ!」
「ふむ。では一つ聞くが。あの状況、他にどのような選択肢があったかね? マイ・マスター」
「え?」
やれやれと言わんばかりに肩を竦める従者は、自らの言に回答をするかのように言葉を繋げた。
「現状、この身を律するのは、君の使い魔であると言う事だ。そして、この世界の使い魔の責務の一つは主の身を護る事があったと思うが? よもや、忘れてはいまいな」
「…それが如何したって言うのよ。そんなのは使い魔として当然でしょ」
「では、それを踏まえて上で、私の先の状況での判断に間違いがあると思うかね?」
ルイズが考えるように黙り込む。
そして、従者の言わんとする事に気が付いて顔をしまったとばかりに顰める。
エミヤは目の端にそれを捉えて、顔に苦笑を刻む。
「つまりはそう言う事だ。あの場でゴーレムを殲滅するのは容易いが、それ以前に君ら二人の身の安全を確保しただけの事だ」
「それは解かったわ。でも、戻らないと」
従者の主の身を案じての行為だったと告げる言葉に、主自身が戻れと否定を促がす。
エミヤの表情が訝しげなものになる。
「…それは別に構わないが。理由を教えてもらえないか?」
「あのゴーレムが何か解からないけど、宝物庫への襲撃なら、それを何とかしないといけないでしょう?」
ルイズは自らの従者を見据えてそう諭す。
あの場に居合わせたのなら、それを如何にかするべきだったのだと。
赤の従者はその主の物言いを受けても尚、平然。
そして、何事でもないかのように言い放った。
「さて、別にこの場で居ても、それぐらいなら如何にでも出来るのだがね?」
ルイズはその従者の言に、表情を訝しげに歪めた。
そして、即座にその言葉に反意を示した。
「何言ってるの! これだけ木が生い茂っていて良く見えない上に、どれだけ離れたと思ってるのよ!」
彼女にとっては、最早、この位置からでは打つ手が無いと思われた。
自らが虚無の使い手であったとしても視認出来ない標的に有効な手段など思いつかない。
無論、これは『今』の彼女の事なのだが。
エミヤはその鷹のような眼差しを更に一際鋭くする。
見据える先は先ほどから揺るがぬ一点。
そして、揺るがぬ断定の一言で主の言を切り捨てた。
「クッ――― このたわけ。この身を君らと同じ尺度で測るな。この場を以って尚、宝物庫の位置は存分に私の射程内だ」
瞬間、世界の空気が動いた。
●○●○●
さぁ、これよりは余分な思索は不要。
想定の元に組み立てた事柄を実行に移すのみ。
遠方の標的の捕捉。
障害遮蔽物による標的捕捉の難度…通常状態ではやや難有り。
魔術により視覚視認能力の向上を図る。
「―――
同調 開始」
眼球に強化の魔術を叩き込む。
所有スキル・千里眼:Cを強化……成功。
標的捕捉に対するマイナス修正をクリア。
――――― 標的の捕捉に成功。
本目標・宝物庫への襲撃を行なったゴーレムを確認。
副目標・それを操るメイジの姿は現状では確認できず。
宝物庫壁面に内部侵入可能な損傷を確認。
状況から推測。
副目標は恐らくその内部に侵入し、目的を達成する為に物色を行なっているものと思われる。
「…エミヤ?」
ルイズが私に声を掛ける。
「なんだね? 目的の捕捉が終わったから次の段階に移りたいのだが」
「さっきの言葉、どう言う意味?…ここからでも宝物庫が射程内だって…」
「そのままの意味だ。最初に君に名を告げた時にも言ったと思うが?」
「……?」
言葉を交わしながらも思考は一つに専心する。
自己の内界に潜り、弓と矢をこの世界に引き出す用意をする。
心象世界【無限の剣製】より、武装を選択。
今回の目的を鑑みた上で必要な武装を算出。
「私の呼ばれ慣れた名は、
弓兵だと」
かつて在りし日の姿を形容するかの如くの洋弓。
番える鏃の名は【
偽・螺旋剣】
心象世界より、一息で武装を取り出す。
手に宿る紋章が光を放ちだす。
武器を握る事での自発発動確認。
あらゆる武器を扱いこなす紋章の異能。
されど、現状の武器に対しては不要。
この弓も矢も慣れ親しんだ我が身、英霊・エミヤの武装。
鏃を弓に番える。
鏃に込める魔力と共に引き絞る。
そして、魔弾に言霊を込める。
「―――――
I am the bone of my sword. 」
●○●○●
茂る木々の中、その弓兵の為した行為を目撃したのは二人だけだった。
ルイズとキュルケ。
この二人の少女は、改めてこの目の前に立つ存在の恐ろしさを実感させられた。
それは僅かに時間にしてみれば、一秒にも満たない時間の出来事だった。
だが、目撃した当人たちにしてみれば、その光景が一瞬のものであるかどうかなど二の次だ。
呼ばれ慣れた名が弓兵。アーチャーであるとその騎士は言った。
先の中庭での一件でも、同じ弓と鏃を番えたその赤い騎士の真価はここにおいて明かされたのだろうか。
「―――――
偽・螺旋剣」
呟く言葉は確かに世界に響いた。
真なる名を解き放つ。真名解放。
『硬き稲妻の剣』とも称された剣。カラドボルグ。
捻じれたこの剣の名もまたカラドボルグ。
英霊エミヤが正しき形のカラドボルグの骨子を捻じ曲げ作り挙げた同一にして歪なる剣。
その形状は剣などという形容に当て嵌まらない。
斬る等と言う概念はこの螺旋の剣にはありえない。
正しく捻じれ狂った剣。
その捻じれた稲妻が弓より放たれた。
瞬間が永遠に引き伸ばされるかのような感覚。
少なくとも、それを見ている二人の少女はそう感じた。
語られぬ別の物語で、この弓兵は四キロ弱離れた目標を一秒弱に満たぬ時間で射抜いた事がある。
それはこの弓兵が基本で為す事が出来る技巧だ。
そう。この世界において英霊エミヤがその主との契約で得た紋章の異能など無くとも。
この錬鉄の英霊に十全なる戦闘手段が存在していると言う証明に他ならない。
世界が啼く。
大気が捻じり裂かれる。
空気が捻じられ切裂かれる際に放つ轟音は世界の泣き声とも言えるだろう。
少なくとも自然に発生し得る現象の中で、弓より放たれる鏃が大気を捻じり裂くなどという事は無い。
だが、今、この世界はソレを知った。弓より放つ魔弾が空気を裂くと言う事を。
ゆえに世界は悲鳴を、いや、歓声を挙げている。
螺旋の形状の剣は、放たれると同時に高速の回転を伴った。
抉られる空気は真空を生み出す。
その剣は纏う魔力の余波を雷光に変えるかの如くに帯電し。
標的を射ぬかんが為に疾走する。
その標的との間にあるあらゆるものを捻じり裂き、貫き砕き、薙ぎ倒して。
時間などは計測するまでもない。
そして、正しく魔弾が宝物庫の前に鎮座するゴーレムすら抉らんとするその刹那。
その魔弾の射手がもう一つの引鉄を弾いた。
「―――――
壊れた幻想 」
魔弾が内より弾けた。
それは容赦無く他愛無くゴーレムの上半身を消し飛ばした。
それのみならず空気がその余波で振動する。
爆音が響いた。
時間にすれば一秒にも数えられぬ時間。
その時間の中で起きた出来事だった。
●○●○●
そして時間は戻る。
フーケは目を疑った。
ゴーレムを容易に粉砕された事もそうだが、何よりも彼女の目を惹いたのは、その背後の燦々たる情景だ。
頭の脳裏に過ぎったのは、あの中庭の一件。
だが、しかし。
姿も見えないこの距離で。
一体何をしたと言うのだろうか。
そう。
彼女の目からは何も見えないのだ。
あくまで視認可能範囲でなくては魔法による物体透化なども効果が無い。
遠隔視は風の属性に卓越した者の領域。
攻撃魔法はよほど特殊な例を除き、目視による視認可能が効果範囲の基本だ。
つまり、一般的なメイジでは、スクウェアクラスと言えど、姿すら見えない場所から攻撃を加えるなどと言う事は、ほぼ有りえない。
だが。フーケは知らない。
そう、知らない。
ゼロのルイズの使い魔が如何なる存在で。
どれ程の能力を秘めた存在であるのかを。
遠く離れたこの位置を。
その鷹の如き眼が逃さずに捉えていた。
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後書きらしきもの
サイト登場の番外編を現在構想中。
構想だけで書ける見込みは全くありませんが。
ネタは考えている時が一番楽しいと思う今日この頃でした。