「細かい話は後でするし、後で聞く。…とにかくだ。ここは部屋に戻るぞ」
三十六計、逃げるにしかず。
この状況は非常に良くない。
直感など無くとも、経験則で判ろうものだ。
ルイズとキュルケ。この二人の相性は致命的に悪い。
僅かな言の葉のやり取りに相手に対する感情が見え隠れする。
正直に言えば、記憶とも記録とも言い難い生前の残香に、似たような場面を見た事に由来するのだが。
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家系に伝わるエトセトラ
エミヤは、その主をネコ持ちに持ち上げると即座にキュルケの部屋を辞した。
部屋の主のキュルケが止める暇も無く。
その後、彼女の部屋から、幾人かの男の悲鳴が、断続的に聞こえたらしいのだが、それはまた別の話。
○●○●○
「…御主人様に対して、この扱いはあんまりだと思うの」
「ならば訊くが。先の状況で、君が大人しく引き下がる可能性は?」
「…先ず有り得ないわね」
部屋に辿り着いた主従は、向かい立つ形で言葉を交わす。
赤い従者は、その主の答えを聞くと短く嘆息した。
「まぁ、そんな予感は薄々とはしていたんだが。君、あのキュルケと言う少女と絶望的に仲が悪いだろう?」
「…そうね。エミヤの言うとおりよ。私、あの子は嫌い」
「理由を聞いても構わんかね? それによっては、私も彼女を始めとした周囲の人間に対する接し方を改めなくてはならないのだが」
ルイズの表情がやや苦々しげなものになる。
あまり彼女にとっては、話したくない事なのだろうか。
それを見て取ったエミヤは、区切りを置くように言を翻した。
「そうだな。君が話しやすいように、先ずは私があの部屋にいた事情を説明しておくか」
「…それは気になるところよね」
「その目はなんだ。マスター。君がジト目で見なければならない様な艶やかな出来事は無かったから、安心したまえ」
「じゃあ、何で、エミヤがキュルケの部屋にいて、キュルケが半裸でにじり寄っていたのよ?」
む~っ。と言わんばかりに顔を膨れさせるルイズ。
呆れたような口調でエミヤはそれに応える。
「私があの部屋に居たのは、使い魔を通して呼ばれたからだ。彼女自身が誘いを掛けていたのならば、断っていたさ。そもそも、行かなければ、その言伝を頼まれた使い魔が、罰を受けるらしくてな。流石にそれは寝覚めが悪いから、使い魔の顔を立てたまでの事だ」
「…なんか、不思議な事を聞いた気がするんだけど…エミヤ。あの火蜥蜴と会話が出来るの?」
「これがまた、実に不思議な事でな。恐らくは、使い魔契約の恩寵だとは思うが。細かい内容は難しいが、主語と感情を共感し読み取るくらいの事は出来る」
それだけ言うとエミヤは意識を切り替える。
こちらも問い質す必要がある。とばかりに。
「で。あの少女が私に半裸で迫っていた理由だが。…あの時の台詞の断片から察するに、君とあの少女の関係も関わってくると思うが」
打って変わって、顔を顰めるルイズ。
彼女にも、思う所があるようだ。
「…因縁があるのよ。あいつの家とは」
吐き捨てるように言う。
その言葉には実に情感が溢れていた。
「因縁とは、穏やかじゃない表現だな。…説明できる類のものかね?」
「一言には言えないわね。何せ、隣国ゲルマニアとの境界にあるヴァリエール家にとって、領地を隣接させるツェルプストーの家は。父祖伝来よりの領土争いの相手だもの」
それを聞くと、エミヤは何とも微妙な表情をした。
「…父祖伝来で、君らの仲まで悪いと。…余程の因縁だな。具体的には、正しく、殺し殺されと言ったところか」
「男の系統はね。…女の系統は…」
そこで言葉を区切るルイズ。
その面持ちは、怒りと言うべきだろう。
憤激に彩られた口調でその後を続ける。
「…寝盗られているのよ。好きになった男とか、恋仲だった相手とか、婚約者とかを」
エミヤの顔は更に微妙なものになる。
「…それはまた、随分と業が深い間柄だな。…それが歴代脈々と続いてると。そういう事でいいのかね?」
「そう。…だから、私は、キュルケが嫌いなの。家がツェルプストーなのも、そうだけど、個人的な部分でも気に喰わないし」
「まぁ、マスターがそういった立場であるのならば、使い魔たる私も、彼女に対する付き合い方は、今後、多少考慮はするが…」
その従者は、あからさまに嘆息をした。
やれやれ。と言葉にせずとも空気がそれを物語っていた。
それを半目で見咎めるその主。
「…なによ。言いたい事でもあるの?」
「いや、まぁ…その負の連鎖を君らの代で終わりにしよう。とか、そういった方向には考えられないのかと。正直な本音を少し」
「…無理ね。多分、恐らく、きっと」
そう、力強くルイズは断言したのであった。
○●○●○
そんな微妙なところで、わたしはまどろみの中から、目を覚ました。
「ふむ。漸く起きたようだな」
そして、枕元に立つ、わたしの使い魔の姿があった。
…というか、何時からそこにいたのだろうか。
「…一つ、質問いい?」
「む、起き抜けに唐突だな」
「…何時から、そこに立っていたのよ…?」
その問いにエミヤは思案顔になる。
何と言うか、答えて良いのか。どうやらと言う顔だ。
「ふむ。では素直に答えるとしよう。五分ほど前からだな。…いや、正直、寝顔が面白かったんでな。そのまま見物させて貰っただけの事だ」
その言葉にわたしは、顔を朱に染めるのを自覚した。
…コ、コイツ。絶対趣味悪い!!
「…起こしにきたのなら、普通に起こしなさいよ…女の子の寝顔見続けるなんて…趣味悪いわよ!」
「それは心外な言葉だな。…今日は休日なのだろう? ゆっくり寝かせておこうと思った、この使い魔の心遣いを無駄にするのかね? 君は」
「そ~ゆー問題じゃないッ!」
「では、どういった問題かね? ああ、それとも、何か? 君の寝顔は見苦しいから見ないで欲しいとか、そう言った乙女の切なる懇願かな?」
嗚呼…解かった。コイツ。このやり取り楽しんでる。
それだけは、なんとなく解かった。
だって、ニヤニヤと笑いながら、ご主人様にこんな事する使い魔なんて居る筈無いもの。
「まぁ、それはさて置くとしてもだ。起きたのなら、食堂に来ること。朝食には丁度良い頃合いだからな」
何事もなかったように、それを告げるとエミヤは背を向けて部屋を出て行こうとする。
「それから、着替えは机の上に用意してある。気持ちが落ち着いて人前に平気に出てこれるようになってから来るがいい」
それだけ言って、エミヤは部屋を去っていった。
…というか、この顔が紅潮してるのは全てあの使い魔の所為なんだけど…
ええい! アイツがわたしの気持ちを自分で揺るがしたと自覚してる辺りが、尚更性質悪い!
●○●○●
「…で、ナニよ。この光景は…」
食堂にやってきたルイズは、自分の定位置に見慣れた人間を幾人か見受けた。
キュルケ、タバサ、ギーシュ。後、メイド。
タバサは、黙々と無言でサラダを食べている。それしか食事は無いとばかりに。
キュルケは、それを見ている。時折、料理を運ぶエミヤに熱を込めた目線を投げかけながら。
ギーシュは、繁々と何かの剣を眺めている。眉根を訝しげに顰めながら。
メイドはエミヤを手伝っている。他の仕事も併用しつつ。
ルイズは、頭に幾許かの頭痛を感じながらも、着席した。
何しろ、席に着かない事には食事は始められないのだし。
「あら。遅いご起床ね?」
「五月蝿いわよ。…こっちは起き抜けの夢が最悪だったの。只でさえ、気分悪いんだから話しかけないでくれない?」
先ずは牽制の一撃の応酬。
ルイズとキュルケの何時もの日課とも言える。
この二人のコレは、既に定例のものとも言えるだろう。
だから、他の面子は気にする事無く、自分の事をしているのだ。
「…待て待て。朝から、そう剣呑な雰囲気を振りまくな。食事の時間くらいは落ち着いていられないのかね。君らは」
呆れたように仲裁に入るエミヤ。
コレも既に予定調和だ。
これでこの二人が止まった試しも無いのだが。
「…ところで先生。やはり、この剣は、いくら見ても唯の剣にしか見えないのですが」
「それが唯の剣に見えている間は、次のステップには進めんぞ。ギーシュ。モノを鍛ち成すという事は、然るにその内包されたものを全て写し取る事に同意だ。ディテクトマジックを物質の解析の方向に強く働かせてみろ。次回までの課題だ」
その遣り取りを食事を中座して眺めるタバサ。
物珍しいのだろうか。不思議そうな目線を投掛ける。
その目線に気がついたエミヤが、問い掛ける。
「…何かね?」
「…その剣はギーシュの魔法にどう関わるの?」
「簡単な事だと思うがね。この小僧の魔法特性は【錬金】、つまり、物質変換や物質練成に近いものがある。そういった技巧を再現するに必要なのは、想定イメージを強く持つ事だ。然るに、物品の構成を知識でしっかり理解できるようにする。そうすれば、想定イメージに綻びは少なくなるからな。…まぁ、もっとも青銅しか鍛ち成せない内は,あまり意味を持たないが、長期的な視野で見れば役に立つだろうよ」
ギーシュは、あの敗北以来、エミヤに日参して頼み込んだ。
夜討ち朝駆け上等の他人の迷惑顧みずで、である。
即ち、指導を仰ぐ事を。
エミヤが根負けした形でもあるのだろう。
自ら、指導の為の時間を採る様な真似はしないが、ギーシュに一定の課題を与え自主的な成長を促がす形でそれに応える事にしたのだ。
そんな遣り取りとは別にしてルイズとキュルケの遣り取りは徐々にヒートアップしていく。
「…あら?まぁ、体つきの方が貧相だから、頭の方も貧相になっているのね。それで朝の覚醒も遅いと。哀れよねぇ…」
「そんな事は関係ないでしょう? そもそも、俗説として言うのなら、胸の大きい女の方が、頭はバカだって聞くけど? 実際、キュルケの場合、魔法は使えるけど、一般教養の成績はあんまり良くない事を実証してるじゃない」
空間が軋む。比喩ではなく、本当に『ギシイィ』とか音を立てそうなぐらいに。
二人が椅子に手をかける。
「言うじゃない。魔法云々で言うのなら、【ゼロ】のルイズにそんな事を言われる筋合いは無いと思うけど? まったく魔法を使えない人間には、その比較は許されないんじゃない?」
「言ってなさい。キュルケにわたしの魔法特性なんて理解出来る筈無いんだし。真実を見せつけられて落胆でもしたいのかしら?」
「あら。面白い事、言うじゃない。…誰が落胆するの? 貴女?」
二人の空気は更に歪む。
既に一触即発は超えている。
そう、触れて爆発するのではなく、後は切っ掛けが与えられた瞬間に事は動くのだろう。
周りの人間は既に退避している。
そう、ここに残されたのは離脱のタイミングを見失った数人。
ギーシュは没頭している為に、その周囲変化に気がついていない。ある意味正解の選択。
タバサは知らない間にその場を離れている。機を見るに敏。
「エミヤさん。止めなくてよろしいんですか?」
冷や汗をかきながら、シエスタがお盆を胸に抱え小刻みに震えつつ、隣に立ったエミヤに聞く。
エミヤもまた苦味しばった顔でそれに応じる。
「無理…だな。単純に制圧するのは簡単だが。それでは後に尾を引く。それとあの手合いの間に入るのはタイミングが重要だ。ああなる前なら、まだ手の打ちようはあったんだが」
ガタッ と椅子を蹴飛ばし立ち上がる二人。
そのタイミングは、ほぼ同時。
ここまでくると、実は逆に仲が良いんじゃないかと思えるほどにピッタリだった。
「…うふふふふうふふうう…いい、いいじゃない、ああああ、貴女に教えて上げるわ…わたしの魔法特性の真実を」
「あら? 自分で自覚したいのかしら? 自分が無能だって事を」
決定的な開幕だった。
同時に立ち上がった二人は、踵を返すように食堂を出て行く。
それこそ、周りの人間の止める間も無く。
「…まぁ、被害が回りに及ばないだけ良しとしておけ。この後がどうなるかは解からんが」
エミヤは、シエスタにそれだけ言うと歩き出す。
その足取りは重たいが。
「? どこに行かれるんですか?」
「面倒だがな。区切りの良い所だから、マスターを止めてくる」
やる気なさげに言うとエミヤもまた食堂から姿を消した。
そして、食堂は安堵の空気に包まれた。
事が起きたのが休日たる虚無の曜日であったのが災いしたのだろう。
本来ならば、教員達がコレを止めていたのだろうから。
―――尤も、居た所でコレを煙を立たせる事無く終息させるなぞは至難の業だったのだろうが。
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後書きらしきもの。
微妙なタイミングで斬り。
短いですよ。
只、これ以上は展開からすると詰め込みすぎなんで。
更新のタイミングは、年明けと言う。
しかし、私の仕事には、年末年始がありえない仕事なので、こう言った事に生活の起伏が無かったり。
次回から、第一部の山場の始まりです。
虚無の使い手を守る者。その真価の一端が語られれば良いな。
と言ったところで。
次回はそのまま本編の更新です。
まぁ、ゼロの最強の使い魔以外のネタが止まらないんで某所で一作何かしらの連載を始めるかもしれません。更新速度に影響はないですよ。只でさえ不定期ですから