「…かれこれ一週間近くか」
わたしはベットの中で身動ぎをする。
エミヤは着替えだけ用意したら、日課となった朝食作りに向かった。
私は、後もう少しだけ、このまどろみの中にいることにしよう
――――――――――――――――――――――――――――――――
仲が悪いの、伝統ですから
エミヤがわたしの使い魔として召喚されて一週間近くが過ぎようとしている。
最初の二日間は兎にも角にも密度が濃かった。
アレだけで三日も四日も過ごしたような気分になった程だ。
それだけ。
この『ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール』の日常に大きな変換期が訪れたと言う事だろう。
わたしの何時もの日課も変わった。
食事は、わたしの使い魔がわたしの為に食事を作る。うん。ここは優越感を覚えても良いところだろう。
何せ、今までとは違った食事であり、かつ、美味な食事なのだ。
あれは一種の衝撃だった。
それから、日中の授業はともかくとして、夜は【正式外典】を読む毎日だ。
これは基本的な【虚無】の知識と魔法そのものの運用法を中心に記してある。
具体的な魔法の呪文は正典とされる始祖の祈祷書のほうに記載されているのだそうだ。
ただし、あくまでそれは【始祖ブリミル】が書き残したものとの事。
真に虚無の継承者と成る者は、きっかけさえあれば、始祖の祈祷書が無くとも【虚無】の形式の魔法を扱えるようになるらしい。
他にもこの本には、重要事が沢山書かれていた。
曰く、虚無とは【万物に干渉する始まりと終わりの粒】。
魔力を持ってすれば、その性質上あらゆるものに干渉する力らしい。
ただし、その万能さゆえに四大元素のように合成相乗させる事は出来ない単一で完成された【究極の一】。
うん。奥が深い。
後はこれに対して、術者のイメージとセンス。内包する魔力量が全てを決める。
これはメイジ一般の共通事であり、イメージとセンス次第で、成し得る魔法の幅が決まると言っても過言では無いだろう。
尤も、学院長に【この書の力の使用は基本的に禁止】と止められている以上、これを試すわけにもいかないのだけれど。
しかし、夜と言えば、あの女。キュルケ・フォン・ツェルプストーだ。
アイツは…人の使い魔をなんだと思っているのだろうか。
あ、なんか、思い出したら、胸がムカムカして来た。
●○●○●
時間は、先日の夜にまで遡る。
英霊に分類されるエミヤは基本的に睡眠を摂る様な事は無い。
深夜と言う刻限において、平時の彼が行う行動は基本的にそう多くは無い。
パターン1・屋根の上で夜景を眺めつつ、無駄に周囲の警戒。
パターン2・廊下で来るはずも無いルイズに対する不埒者への警戒。
パターン3・厨房にて明日の朝食の為の仕込み。
パターン4・部屋で英霊となった身の上では意味の無い魔術鍛錬を兼ねた瞑想。
パターン5・図書館から、ルイズの名前で借り受けた本の数々の読破。
パターン6・常在戦場の心構えを忘れぬ為、武術鍛錬。具体的には弓を使った精神修練。
以上の六つを基本として組み立てているらしい。。
もちろん、これは彼が此方に召喚された数日間で観測されたものであるが。
そして先日の彼は、パターン2。
廊下における警戒待機である。
ルイズは、意味が無いからやめろと言ったのだが、やる事も無いのでこうしているのが実状とも言える。
事の起こりは単純な事であった。
「…む?」
浅く眼を閉じながら、廊下に意識を張り巡らせていたエミヤを興味深げに見つめる影。
キュルケ・フォン・ツェルプストーの使い魔・火竜山脈を根城とする
火蜥蜴の『フレイム』である。
フレイムは、その凶悪な姿と違って性質は穏和だ。
主とも違う辺りがなんとも言えぬ所だ。
『…キュルゥ』
その目は何をするでもなく、ただエミヤを見る。
そして、のそのそと近づいて、無造作にその足元に近寄る。
ここで一つある情報を提示しよう。
使い魔と使い魔はその『使い魔』と言う分類において一種の共感を得る事が出来る。
言葉の通じない全くの異種生命であったとしてもだ。
互いに明確な敵意が無い場合に限り、この共感は発生する。
これは、伝承の時代の頃からの名残で、かつては戦場においてメイジを守る為に互いが協力し合う為に運用されていた。
エミヤは、召喚された当初は、幻想種に類すると判断したフレイムに敵意を放っていたが。
今では、その共通の存在のあり方である『使い魔』として受け入れていた。
相手が明確な害意を持たない限り、此方からは仕掛けない。
主の命無しに、力を交し合うことは無いだろう。
「…何か用か?」
『キュルゥ』
「いや、そうは言うが。私は君の主人に用は無い。そう言った場合は、そちらから来るのが普通だろう?」
『キュルゥ…』
「…何? 連れて来ないと食事抜きとかそう言った罰を受ける? む、いや、しかしだな…」
『…キュルゥ…』
「…ッ…そんなつぶらな瞳で見るんじゃない…っ…仕方ない。私が行かない事でお前が不利益を被るのも後味が悪い。直接出向いて即時に辞去させてもらう。それで良いな?」
傍から見れば、異様な光景とも言えただろう。
赤い外套の騎士と
火蜥蜴は、交わす言葉も違うのに会話をしていたのだから。
●○●○●
「…でだ。呼び出された訳だが…何か、私に用でもあるのかね?キュルケ・フォン・ツェルプストー」
招かれた部屋はキュルケの部屋だった。
それは当然だろう。案内をしてきたのが、その使い魔であったのだから。
部屋の中は単純な造りである。
学生と言う身分もあるのだろうが、あまり着飾った調度品は見受けられない。
ルイズの部屋とは対照的な佇まいであった。
だが、けして貧租では無い。
置かれた各種調度品は華美でないだけであって、作りも由来もしっかりとした高級品である。
彼女とてゲルマニアの新興傭兵貴族の家の出とは言え、飾るべき見栄は保持していると言う事だろう。
「…フルネームで呼ばなくてもいいじゃない。キュルケで良いわ」
「さてな。君と私のマスターの仲が余り良くない様に見受けたからな。…君と必要以上に会話をすると、マスターに何か言われかねん」
エミヤは招かれた部屋の壁に寄りかかる。
ここが敵地でないからこその態度とも言えよう。
キュルケはベットに腰掛けて、エミヤを上目遣いで見やる。その目は何処となく熱を帯びたもののように。
「…あら、つれないのね。…私はあの中庭の一件から貴方を見ていたのに」
エミヤが訝しげな表情を浮かべる。
キュルケはそれを見やると口元に薄く笑みを浮かべて歩み寄る。
…その歩く最中に衣服の胸元のボタンを外しながら。
その様は、少女の実年齢に似合わぬほどに、妖艶だった。
が。
「…何がしたいのかね? 君は」
エミヤはそれを冷ややかな目で見つめて、平然と告げる。
キュルケの歩みが凍りついたように停まる。
「…な、何って、こんな時間に女が男を誘ったのよ? わからないの?」
「ああ、わからん。と言うか、解りたくないと言うのが実情だな」
「…どういう意味よ」
「別に。…君がそういった行為をしなければならない体質や欠損を抱えているであるのなら、頷けるのだがね…みたところ、そういった特殊な体質でもなさそうだが」
エミヤの眼は冷たい眼。鉄のような眼差しをしていた。
●○●○●
ルイズは意識を元に戻す。
本の中に没頭していたのだ。
ふと、感じてみれば、廊下に立っている筈のエミヤの気配が感じられない。
魔力の辿り方は、正式外典を読んでから、理解できるようになった。
今のルイズは属性に拠らない
基礎魔法なら扱える。
魔力を辿り使い魔の探知を行うのも、この基礎魔法に分類される。
「…おかしい…廊下にいると思ったんだけど」
彼女は意識をさらに魔力のラインに接触させる。
彼の使い魔の左手の紋章とのラインは明確にして強固なもの。
それを辿れば、その居場所は容易に知れようものだ。
そして、その居場所がわかると。
端整だった顔が歪められる。
「……どーして?」
それだけ、呟くと彼女は立ち上がった。
ゆらりと儚げな幽鬼のように。
●○●○●
エミヤとキュルケの立ち位置は変わっていない。
エミヤは諭す様に言葉を告げる。
「…そう。君が魔力の補給などの為に人と身体を重ねねばならない特質者であるなら。その行為も容認できるが」
「……」
「違うのだろう? ならば、やめておけ。容易に身体を許すようでは、自分の価値を下げるだけだ。…何より、私は君に興味はない。それから、君と私の間にはラインがない。意味も無い行為だ」
彼は相手に二の句を告げさせない。
そのまま振り返る。もう用はないとばかりに。
そして、部屋から出ようとした矢先に。
廊下側から勢い良くドアが開かれた。
扉を開けて外に出ようとした矢先の事だった。
●○●○●
開かれたドアに顔面を強打するエミヤ。
「…っ…何か「ツェルプストー!!!!」…ルイズ?」
ドアを開け放ったのは、彼の主だった。
その形相は怒りに歪んでる。
自分の使い魔を一瞥すると、キュルケに向かい立つ。
よもや、彼女の目はキュルケしか捉えて居ない。
「…人の使い魔、部屋に連れ込んで何しようって言うのよ」
「…別に。貴女も忘れたわけじゃないと思うけど? ツェルプストーの女の生き様は」
「だからよ。…わたしのエミヤをどーする気というか、何かしたんじゃないでしょうね?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべながら相対するキュルケ。
何をしていなくとも。ルイズと相対した彼女は、こんな顔をする。
場合によりきりではあるが、ルイズと彼女は互いを認めようとはしない。
嫌いと言うわけではないのだが。
「…さぁ?それは貴女のご想像にお任せするわ…けど」
「…なによ」
「ツェルプストーの女の恋は、身を焦がすほどの情熱的で。何より、その恋の炎は相手を焼き尽くすまで治まらないから」
「…どういう意味よ」
「簡単よ。貴女の使い魔もいずれ私のものにするってことよ。…因縁通りにね」
二人の睨みあいは正しく視殺戦だろう。
そのにらみ合いの緊張感を壊すように。
「……戻るぞ。ルイズ。私を呼び戻しに来たんだろう?」
やれやれと言いたげな風体の赤い騎士が,自らのマスターの首根っこをネコを持ち上げるように掴んでいた。
「…なっ!? ちょ、ちょっと? エミヤ?」
「細かい話は後でするし、後で聞く。…とにかくだ。ここは部屋に戻るぞ」
有無を言わさぬまま、その状態で踵を返し、部屋を出ていく。
後には、その展開に見事において行かれた半裸に成りかけの少女が残された。
(……エミヤって言ったのよね…確か。…私のモーション受けて、あんな反応するなんて…もしかして…不能なのかしら?)
等と、考えていたのはここだけの話ではあるが。
――――――――――――――――――――――――――――――――
後書きもどき。
時間軸を正しく追って居ないので良くわからない最新話です。
ルイズとキュルケの仲の詳細は次回ですね。
ついでに言うとまだ回想シーンです。
次回も回想シーンからは始まるのでご注意。
ちょっと、展開が速くなります。
抜け落ちた重要イベントはアナザーでゆっくりと公開します。
本編とは違い補足的な部分が多いので。
でわ、次回更新で。
エミヤの活躍は次々回の予定。