「さて、ヴァリエール嬢。唐突ですまんが、その本を読めるかの?」
わたしはその言葉に促がされるままに。
古びた本を手に取る。
この本の持つ意味は解らない。
ただ、この本が『理解できる』
そんな気がした。
――――――――――――――――――――――――――――――――
虚無の継承者
正式外典。
それは始祖の祈祷書の陰とされる。
王家に伝わり、血筋とアーティファクトによって封印される正典。
その対になる書である。
コレは、来るべき者が王家に縁らぬ者である可能性を予見した始祖ブリミルの使い魔の一人が記したとされる。
現在までソレであるとされたにも拘らず解読できた者が居ない理由。
それは至極簡単な事柄に由来する。
誰一人としてその書に記された文字を文字として理解する事が出来ない。
読める人物が六千年もの長きの間、誰一人として現われなかった。
それは当然の事だとも言える。
この書は正典の陰。
正典と同じく封印されていなければ、要らぬ者までもがその知識を得てしまう。
故にこの書に施された封印は、血筋でもなく、アーティファクトでも無いモノ。
即ち、純粋なる『虚無の継承者』である。
○●○●○
わたしはその古書を手に取り逡巡する。
学院長はコレがわたしに読めるかと。そう問い質した。
わたしは自慢じゃないが、魔道書とかの類は良く読むほうだ。
何しろ、まともに魔法が使えないものだから、その解決方法を探る為にとにかく読み漁ったのだ。
それが役にたったかと言えば、知識としては会得できるだけで、肝心な解決方法には至らなかった。
だから、それを読み始めるまでは軽い気持ちだったのだ。
また、大して変わる事の無いモノだろうと。
●○●○●
一ページ目を読み出したルイズの眼が、一瞬見開くと食い入るようにその本を読み出す。
まるで吸い込まれるかのようにだ。
…精神に対する干渉か?
否。ラインには何も影響は無い。
魔術的、いや、魔法的な干渉が介在している様子は見受けられない。
となると…原因を知っていそうな者を問い質してみるに限るか。
「老体。マスターに何を仕掛けた?」
「…剣呑じゃのぉ…ワシは何もしとらんよ。ただ、あの本は、『読める人間』しか読めんだけじゃ」
「…それぐらいは私でも察しがついている…だが、私が知りたいのは。『何故、ルイズがそれを読める』のかだ」
「…ふむ。おまえさんのほうにその辺りの知識は用意されとらんのかの?…伝説の使い魔なのじゃから、其れ位の事は出来るのでなかろうかの?」
私は嘆息してその疑問に答える。
「知識やその他の引継ぎが可能であるなら、苦労はしていないのだがな…残念ながらその手の情報は引き落とされてはいない」
「…今、ヴァリエール嬢の読んでいる書物の名は【始祖の祈祷書・外典】。通称、いや、此方が一般的な名称なのじゃが【正式外典】と呼ぶ物じゃ」
老体の眼はルイズに注がれている。
その目は眩しい者を見るかのようだ。
「…その本の封印は単純なものじゃ。誰もがそれは理解できた。が。それ故に誰も読む事が出来なかった…そう。【虚無】を使えるメイジしか読めぬ仕掛けだったのじゃよ」
○●○●○
最初の一ページ目に書かれた言葉は苦も無く理解できる共通の言葉だった。
其処に記される言葉は、単純なものだった。
【是より先は読めぬ者には読めぬ。手に取り知を欲さんとする者よ。汝が虚無【ゼロ】で有らん事を】
読めぬ者には読めない。
その一文と虚無の文字がわたしを揺さ振った。
エミヤが言っていた言葉でもある。
わたしが四大元素の魔法を使えないのは、虚無に接触する事に特化しているかもしれないからだと。
絵空事が俄然現実味を帯びてきた。
その試金石がこの本だろう。
この文から察するに、虚無を扱える者でなくては読む事が出来ない。
そういった施しが為されているのだろう。
だから、もし。この先を読む事が出来たのならば。
それはわたしが伝説の系統の使い手である証明の一つになる。
だから、一瞬のみだった。それを知ろうとする事に対しての逡巡は。
ページを捲ったわたしの目に映ったのは、理解できることが理解できない文字。
始めて見る文字形態であるにも拘らず、それが文として成立し、意味ある物だと解かってしまう異常。
つまり、これが【読めぬ者には読めない】という事なのだろう。
それを文として意味あるものと知覚できなければ、それは文章として成立しないのだから。
わたしはその内容に引き寄せられていく。
そこには知りえない事実と真実が眠っていたのだから。
●○●○●
「…なるほどの。結構。ヴァリエール嬢がその本を読めると言う事実が解れば、充分じゃ」
老体はそんな事言うと私に向き直る。
「…ふむ。自己紹介がまだじゃったな。ワシはこの学院の長を務める者。オスマンと言う者じゃ。【ガンダールヴ】殿の名は何と申される?」
「…さて、あまり名を告げるような真似はしたくないのだがね? 私にとって名をメイジに告げるのは非常に大きな意味を持つのでな」
そう。私は常々言うが対魔力が低い。
故に真名を名乗る事はリスクが高い。
名前を持って働きかける行動呪縛系の魔術には生前幾度も悩まされたものだ。
うむ。やはり英雄になど成るものではないな。
世に名前を知られた所為でどれ程苦労した事か。
「…簡単には名は明かせぬと言う事かね? ならば、その名乗るというリスクの天秤に吊り合うようにワシもメイジとしての名を賭けよう。誓って、その名に呪を紡ぐ様な真似はせぬと」
「…其処までして私の名を知りたいのかね? やれやれ…エミヤだ。彼女の使い魔としてはそう名乗る事にしている」
「ウム。では、エミヤ殿と呼ばせてもらおう。…ヴァリエール嬢がなかなか戻って来んのでな。エミヤ殿のほうに申し送りをしておこうと思う」
なかなか戻って来ないとは、良い得て妙だが芯を得た言だな。
事実、ルイズは正式外典を食い入るように魅入っている。
仕方が無い。…少々手荒いが現実復帰させるとするか。
「ああ…それは構わんが…少し待って貰えないか?」
私は、ルイズの後ろに廻り込む。元より背後に控えてはいたが位置取りを改める。
そして。
「…何をする気かね?」
「何。大した事ではないさ。―― 生前から、このような時にはこうして対応してるだけだ」
●○●○●
我が手には一振りのハリセン。
正直に言えば、これも投影宝具の一つなのだが、細かい事は割愛させてもらう。
というか、これを心象世界に登録した経緯をよく覚えていないのだ。
ハリセン状態の他にも、刃の形にも展開できる剣…確か,ハマノツルギと言ったか?
何せ、投影は出来るのだが、重装の際に担い手の成長経験が読み込み出来ないのだ。何故か。
恐らくは、別の世界に何らかの形で現出した時に記憶したのだろう。
それが後なのか先なのかは解からないが。
まぁ、蛇足だ。
肝要なるはこの剣がハリセンという形状をしている。これが最も重要な事柄なのだから。
―――――――― そう。ツッコムと言う概念において、この形状に勝るものなど在り得ない。
「てぃ!」
勢いよくそのハリセンをルイズの頭に叩き込む。
スパァン!と見事な音が室内に響く。ウム。会心の振りであった。
そして、ツッコミを終えたそのハリセンは用を為した事で霧散化する。
「ーーーッ!? いったぁ…」
「正気に戻ったかね? マスター。物事に没頭するのは構わんが限度がある。程々にな」
「エ、エ、エ、エ、エ、エミヤ!? ご、ご、ご主人様に向かって何てことすんのよ!」
「何も可にもあるまい。マスターが本に捕り込まれていたから、それを正気に立ち戻したまでだが?」
「だからって、そんなモノで頭を叩く事は無いでしょーが! 普通に呼びかければ良いじゃないの!!」
ああ。親愛なる我がマスターよ。
周りの話し声さえ放逐して平然と本を読み続けていたのは君なのだが。
マスターが周りの状況を鑑みれる状態であったなら、こんな事はしていないのだがね。
「私のコレは人に合わせてのものだ。今回は偶々、突っ込みがいのあるマスターと契約したものでな」
「突っ込みがいがあるってどーゆー意味よ!!」
何を言うかと思えば…気がついていないのかね?
君の一挙一動、反応がそれであると言う事に。
「そのままの意味だが? ―――― ああ。誇っていいぞ。ルイズ。君は実に、からかい甲斐がある」
「あ、あ、貴方ねぇ!?使い魔の癖に、ご主人様に対する礼儀とかそーゆーのは持ってないの!?」
「何を言う。主人と認めるからこそ遠慮なく突っ込みをいれたまでの事だ。どうとも思わない者にこのような事をする筈も無いだろう」
それこそが真実。
僅かな時間しか過ごしては居ないが、彼女の人なりは理解できた。
メイジという魔法を扱う存在が、どう言った信念の上に成り立つ者かは知らぬが。
少なくともルイズが、『良い人』なのは間違い無い。
「…ああ、すまんが…夫婦漫才はその辺にして貰えんかの?」
そんなやり取りを見かねたのか、横合いより声が掛けられる。
少々ばかり、羽目を外しすぎたか。
…気持ちを切り替えよう。少なくとも、ルイズを正気には立ち戻したのだから。
●○●○●
ルイズは真っ赤になりながらその言葉に反駁する。
それもそうだろう。
見咎められるはずの行為をこのように揶揄されるなど露とも思わなかったのだから。
「がっががががががっがが、学院長!? めめめめ夫婦漫才ってどーゆー意味ですかぁ!?」
「いや…のぉ。君らの掛け合いを見ていて的確に評する言葉がそれしかなかったんじゃが?」
オスマンは飄々とした風体を崩しては無い。
むしろ、そのやり取りを見て、逆に安心したといった風情すら感じられる。
「さて、ヴァリエール嬢が話を少しでも聴ける状態の内に申し送りをしておくかの」
しかしながら、彼の纏う空気に遊びは無い。
それは目つきや、切り替わった物腰にも感じさせるものだ。
それは先ほどまでに醸成された空気を一瞬で切り替えた。
「…ヴァリエール嬢が正式外典を読む事が出来た…これに相違無いの?」
その問いにルイズは首肯する事で答える。
「うむ。ならば、これで確定じゃ…つまり、ヴァリエール嬢。君は伝説の再来となる。……虚無の継承者じゃ」
「!?」
ルイズの顔が驚愕に染まる。
そうかも知れないと思う事とそうであるとする事実。
そして、それを肯定する言。
その三つがそろったのだ。
「その書は虚無の系統を使える者にしか読めぬ。それだけの封印しか施されてなかった。…が、それゆえに今日まで読むものはいなかった。…ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール。君は六千年の長きの封を破った事になるのじゃ」
老人は、淡々と事実を語り、言葉を紡ぐ。
「…今日より、君は正しくして【虚無(ゼロ)のルイズ】となる。…以後はメイジとして自らの業に研鑽を積む事」
「…でも、わたしは…四大元素の基本や、基礎魔法も…」
「何。気にする事はあるまい。メイジとして自らの方向性が見えたのじゃ。ならば後はそれに進むがよかろう」
●○●○●
私は思案気な表情を浮かべるマスターに声を掛ける。
「ルイズ。先ずはそれとして受けとめてみる事だ。結果は事を為した後でしか見えぬものだ。何もやらずして、何も知らずしてそれを拒否するのも面白くは無いだろう?」
「…エミヤ?」
「何。君が如何なるメイジであっても、私が君の使い魔である事には変わらんのだ。ならば、君が宿す力が何だろうと大差は無い」
そう。彼女が伝説の系統の使い手であろうとも、そんな事は瑣末事だ。
私は、彼女に召喚されたのだ。事実はここに。
真実が虚無の魔法の使い手の使い魔としての召喚だとしても。
私はルイズと言う少女に召喚された事実こそを重んじる。
顔に皮肉気な笑みを浮かべルイズの背を押す。
私は彼女の使い魔を務めるのだ。
ならばこそ、主の不安を取り除き、その道を切り開く手伝いをするのも役務と言えよう。
「…では、ヴァリエール嬢。正式外典は君に進呈しよう。読めぬ者の元に有るよりは使える者に渡すべきじゃろう」
「え!? で、でもこれは貴重な古書では…」
「うむ。貴重じゃな。何せ、まともに意味のある始祖の祈祷書の外典なんぞ、現存する書物でワシが知るのはそれだけじゃし」
何事でも無い様に諳んじる老体。
だが、その言葉は事実であるが故に重い。
一級品とも言える神秘を内包した書。
それは永の時を経て携えるべき主の手に。
「じゃがの? それがワシの手元にあった意味は。きっと。今日この日の為じゃろうて。――― 誇るがよかろう。自らが虚無の使い手であると。だが、努々驕る無かれじゃ」
「では…ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの名において、この正式外典を承ります。学院長」
「うむ。結構。…じゃが、無用な問題を引き起こさん為にも、しばらくはその書にある力は使わんようにな。ただでさえ、使い魔の方が派手にやらかしたんじゃ。主共々,吊るし上げと言う惨めな結果は避けてもらいたいのじゃよ」
ク…飄々としているようで押さえるべきところを押さえてきたか。
私もルイズもその言葉には反駁できない。
何せ、あれはする必要も無い本当にただの余分。
「さて。長くなったの…ワシからはそれだけじゃ。メイジたる者。力の置き場所は誤らぬように。以上じゃ」
●○●○●
バタンと学院長室の扉が閉まる。
わたしは溜め息を一閃する。
「…はぁ…」
「…いきなりなんだね? 君の根差す力が解ったのだから、もう少し明るい顔をしたらどうだ」
「…現実感無い。いきなり、わたしが虚無の使い手だって事になっても…」
エミヤはそれに困ったように眉根を顰める。
「…何よ。言いたい事があるなら言いなさいよ」
「別に。ただ、前も言ったと思うがね? それが知るべきものなら、パズルをやるように当然に修まるものだと」
「…そうだけど…だって、伝説の系統よ? その使い手も失伝し、御伽噺ですら、その力の詳細を語ってはいないのに…」
わたしの中には不安が渦巻く。
まともに魔法を使えるようにはなりたかった。
でも、…伝説の系統を扱うとは思ってもいなかった。
「なら、これから知ると良い」
「え?」
「私にも似たような経験がある。自分の根差す力の本質が解らなかった時期がな。…その力の鍵は既に君の元にある。なら、後は鍛錬と研鑽あるのみだ。ああ、もちろん、これは君がメイジとして生きるという前提だが。無論、その道を選ばない選択もあるだろう。…全ては君次第だ。マイ・マスター。君がどのような決断をしても私が使い魔である事実は変わらない。それは忘れないで欲しい」
エミヤはそんな事を言う。
わたしがどうあっても、エミヤは変わらずに使い魔であるとそんな事を伝えてくれた。
なら、その主であるわたしのするべきは決まった。
この使い魔に相応しい主になる。
この未知なる使い魔をも従えるに相応しいメイジになろう。
「…ん…って、どこに行くのよ? エミヤ」
エミヤは唐突に歩き出す。
歩き出す使い魔において行かれまいとその背に声をかける。
その問いに呆れた様な答えが返って来る。
「君な。大切な事を忘れているぞ」
「…何よ? 何か他に重大事でもあった?」
「…決まっているだろう。知的作業を行うにも、肉体労働をするにも欠かせぬ人間としての基本だ」
エミヤの目は真っ直ぐにわたしを見る。
そして、その口から出た言葉は、わたしの予測を斜め上に超えていた。
「即ち―――――――― 食事だ」
いや、訳解らないんだけど?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書きらしきもの
「ルイズ・覚醒第一段階」です。
正しくして【ゼロのルイズ】となる為の一歩。
途中で某魔法先生からのアーティファクト投影してますけど
深く気にしないように。
ただのネタですから。
この程度のネタも許せない人は、わたしのこれからの作品は読めなくなるので悪しからず。
え? 釣具投影出来るんだから、普通にハリセン投影すれば良い?
ま、それはそれということで。
次回はアナザーの方で料理編?
本編は本編で進行する予定なので悪しからず。
料理編があまりにもギャグに傾きすぎるので。
では、次回の更新にて。