ヴァリエール公爵には悩みがあった。
その悩みとは、いやに気位が高く 少々傲慢の気のある長女エレオノールの嫁ぎ先……では無く、
理由は分からないが、最近快方に向かっているが予断の無い次女カトレアの体調……でも無く、
今年四歳になる双子の兄妹、レイとルイズのある学び事である……
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その日もヴァリエール公爵は悩み、妻たるカリーヌ・テジレに相談を投げかけた。
「ルイズに、剣を辞めさせるべきでは無いか?」
ヴァリエール公爵の三女たる双子の妹ルイズ。
愛らしい容姿とピンクブロンドの髪を持つ、将来が楽しみな女の子なのだが……
庭に目を向ける公爵。
そこにはルイズがいて、活発に動き回っていた。
片刃の少々短い剣のような物を手にして──
「それはそうなのですが……あの子にレイの真似をするなと言えますか?」
溜め息混じりに言うカリーヌ。
公爵は少し考えた。
ルイズは兄のレイに大変懐いている。
その懐きようは、父たる自分を蔑ろにしているように思われ、嫉妬しそうになった事は一度や二度では無い。
そのルイズにレイの真似をするなと言う……
考えずとも泣き叫んで拒否されるのは目に見えている。
ルイズを止めるのは無理、ならば……
「なら レイに剣を辞めさせれば……」
公爵の嫡男にして双子の兄レイ。
彼は非常に優れていて、頭脳明晰にして礼儀正しく、自分譲りの金の髪と、彼だけに許されたかのような一筋のピンクブロンドの髪を持つ、年不相応な少々年嵩の子供の体格の、公爵自慢の息子であった。
だがレイは少々『変わった』子供であった。
「あなた……あなたは私に約束を破れと……そう言いたいのですか?」
瞬間、カリーヌから冷気が感じられ、竦んでしまう。
レイが変わっている証とも言える最たるもの──それがこの約束である。
三歳を数えたその日、レイはカリーヌと約束を交わした。
『成すべき事は成す。代わりに剣を振るう許可を出す』と。
約束から一年程経ったが、約束は破られず守られている。
その結果の自慢出来る程の息子なのだが……
「そ、そそそ、そう言う訳じゃない!だ、だだ、だからそう怒らんでくれ」
青ざめ、必死に言う公爵。
「……そうですか」
カリーヌはフゥと息を吐き続けた。
「そう言う訳で、ルイズを止める事は諦めるしかありません。なるようにしかなりませんわ」
あの親にしてこの子あり、蛙の子は蛙と言うが、この場合あの兄にしてあの妹ありと言えば適切だろうか、ルイズもレイと同じく成すべき事を成し、こちらも贔屓目抜きに自慢出来る程に育っている。
そして…
「良いではありませんか。見た限り真剣の様ですし……」
それは公爵も考えた事だ。
中途半端にやっているのでは無く、些か心配になる程に真剣にとりくんでいる。
それは良い。
それは良いのだが……
「しかしな、剣ばかりで他のものに目を向ける素振りも見せないのが心配でな……」
「……それは……確かに……」
カリーヌも思う。
一心不乱に騎士を目指していた自分が言える事では無いが、他の事に目を向ける事も確かに必要な事である。
何故ならそれは、自らを豊かにしてくれるから。
「ですが……どうやって……」
「……それは……」
悩み沈黙する二人。
何だかんだ言って仲の良い夫婦である。
「おぉ、これはどうだ?」
こうしてヴァリエール夫妻の一日は、何やら画策して時間が過ぎていった……
side レイ
煌びやかな装飾品だらけの廊下が目に入る。
場違いだなと思いソッと溜め息を吐いた。
トりスタニアの王城、今俺はそこにいた。
振り返る事数日前、朝から嫌に上機嫌な父上に告げられた。
色々と小難しい事を並べられたが、簡単に言えば『陛下に挨拶を賜りに行く』言う事であった。
俺としては剣の鍛錬──剣は一応手に入った。 尤も質は刀の概念の無いこの世界の事情を考慮した上で、無いよりマシのレベルであったが──の時間を潰されるのが不満だった。
ルイズも最近剣を振るう事に慣れてきていたので、尚更だったのだが……
これは言うなれば強制イベントだろう。
即ち、アンリエッタ王女との出会い。
俺と言う異分子がいるがルイズには必要な過程と思われたので異論を挟まず、トりスタニア来訪と相成った。
廊下を暫く進んだ先の待合室で待たされ、不安そうなルイズを撫でて宥めていると呼び出され、謁見の間へ。
父上に続き俺とルイズが中に進む。
まず廊下の例にもれず『うつけ殿』に比べると装飾過多な室内が目に入った。
そして近衛兵と思われる騎士達が目に入り、真正面、玉座に三人の人影が見受けられたら。
正面立派な玉座に座る壮年の男性がトりステイン王ヘンリー陛下だろうか。
マリアンヌ王妃、そして件のアンリエッタ王女と思われる姿もあった。
一定の距離に来ると父上が徐に恭しく片膝を付いた。
「おお、これはラ・ヴァリエール公爵。健勝そうだな」
鷹揚な陛下の言葉に父上も──
「陛下こそ、御健勝の御様子、何より」
と厳かに返す。
家では母上に尻に敷かれていようと、その威厳溢れる様に──腐っても公爵家当主──と、失礼な事を考えたのは秘密である。
俺がそんな事を考えているとはいざ知らず、父上と陛下の話は進む。
「時に公爵、本日は一体どのような要件で参内かな?」
「要件と言う程でもありませぬが……次代ラ・ヴァリエール公爵、並びに我が三女の顔見せに」
「ほう……噂の嫡男か……」
そろそろかと居住まいを正す。……って、噂?
「レイ」
……ま、事の真偽は後に回す事にし、父上の声に応えた。
「はい父上」
side out
周囲の視線を集める中、その子供は颯爽と父たるラ・ヴァリエール公爵の前に出た。
数えで四つと聞いていたが、一見すると七つ程に思われた。
父譲りの金糸の如き金髪に前髪の一部に母譲りの桃髪が一筋流れている。
幼くも端正な美貌の面は毅然と凛々しい表情を浮かべていて、『幼子の初謁見』と言うより『騎士の拝謁』を注視する全ての者に思わせた。
淀み無く、父ラ・ヴァリエール公爵に遜色無い恭しさで片膝を附き頭を垂れ……
「お初に御目にかかり、恐悦至極に御座います。陛下、王妃様並びに王女殿下……私はラ・ヴァリエール公爵嫡男、レイ・ フォルス・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。以後お見知り置きを」
と厳かに述べた……