とある秋晴れの日、誰かが言った──
『今日は魔法日和だ』と。
それにレイは、内心でこう返した──
『寝言は寝て言え』
なんて事実は無い、とある秋晴れの日、
レイとルイズの双子は庭に並んで立っていた。
「さて、今日から貴方達に魔法を教えます」
二人の前に立つカリーヌが厳粛に述べる。
どうやら二人の教師役をカリーヌがやるようで、暗に厳しくなるだろうと思われた。
が、レイにはそれは望む所であるし、ルイズとて、レイの課す訓練についてきている実績があるので、問題は無いだろう。
問題があるとすれば……
「頑張って、ルイズ、レイちゃん」
庭をのぞむテラスから、見学するカトレア──折りを見てレイが癒しをかけているが、まだ全快には程遠い。レイが癒しが苦手なせいであるが、かと言ってルイズに霊力修行を施すのも憚られた。彼女の霊力量、特性であれば病気の克服など軽いものであるのだが──が声をかけた。
余談だが、カトレアはレイを『ちゃん付け』で呼ぶ。
そう呼ぶとレイは、微妙に、親しい者しか解らない程微妙に照れ臭そうにするから──との事だが、ただそう呼びたいのが本当の理由だろう。
ちなみにルイズは『ちゃん付け』されないが、彼女に不満は一切無いようだ。
閑話休題
「まず杖を持ちなさい」
カリーヌの言に従い、二人は杖を手に持った。
魔法と言う未知の技術には興味はあるが、二刀を扱うレイにとって、使う際には片手が常に杖で塞がるのが問題である。
(代用は出来ないものか……)
指輪や腕輪などといった、身に着ける品が希望なのだが……
今考える事とは言えないので、首を左右に振り、考えるのを止める。
「……レイ、前に出なさい」
そうしているとカリーヌに促されたので、従って前に出る。
「貴方にはまず、コモンマジックの初歩《浮遊》を行って貰います。初めての行いです。失敗しようと構いませんから、落ち着いておやりなさい」
魔法の目標物となる石──重さは、レイの体重を基準した物と思われる──を指し示しながら、軽く笑みを浮かべ そう口にするカリーヌであったが、内心レイならば失敗は有り得ないだろうと考えていた。
魔法は精神力で使う物で、その点レイの精神力はかなりの物。
自分のレイと同い年当時と比べても、数段、下手すれば数倍上と思わせる。
そんなレイであるから、彼の失敗を想像する事が出来ないのだ。
「はい」
ハキハキと返事したレイが、魔法を詠唱しだす。
目を瞑り詠唱する様にたどたどしいものは無く、ちゃんと課された予習をなしていた事を感じさせる。
集中力もしっかりしていて、彼の集中力を乱すのは至難の業だろうと思わせた。
(……剣術のおかげでしょうか)
二年前から彼ら双子が傾倒している剣術。
貴族の、メイジの子が剣術などに執着するのは良いとは言えないが、剣術の賜物故のこの集中力であるならば、そう悪いものでも無いとも言える。
「《浮遊》」
しっかりとで有りながら、ポツリと呟かれたレイの言葉に伴い、目標物の石は呆気ない程に宙に浮いた。
(有り得んだろこれは……)
この結果にレイは内心でこう零し、溜め息をついた。
才能は無く無いと考えていたが、この結果は慮外である。
これは少々不味く無いだろうかとカリーヌに目を向けるが、カリーヌに驚いた様子は無い。
どころか、この結果を予想していたかのように頷いているだけ。
どういう事だろうかと思いもするが、この場で問い詰める事など出来る筈も無く、ソッと息を吐いて魔法を解き、石を地面に降ろした。
「問題は無いようですね。予習もちゃんとしていたようですし、良い結果でしたよ。ですがこの結果に満足せず、精進を続けなさい」
結果は結果として誉め、然れども注意を忘れないカリーヌ。
基本に忠実な教師振りは評価出来るものであり、レイとしても満足のゆくものであった。
「下がって良いですよレイ。続いて、ルイズ 前に出なさい」
「は、はい!」
緊張でどもりながらも、元気いっぱいに答えるルイズに微笑ましさを感じながらも、レイは……
(……ついにこの時が来たか)
と考えていた。
確かにレイ自身 、ここが『ゼロの使い魔の世界』だろうと『仮定』した。
だが『仮定』は『仮定』でしかなく、
『もしかしたら』ルイズは系統魔法が使えるかもしれない──
『もしかしたら』虚無は伝説のまま あの様な争いは起こらないかもしれない──
『もしかしたら』 『もしかしたら』 『もしかしたら』……
そんな『If』の物語。
そうであれば、ルイズに剣を教えていた事は、少々無駄になるかもしれないが……
それならそれで、構いはしない。
この世界で、自分のような剣に傾倒するメイジなんて異端は 、一人で充分である。
『剣も扱えるメイジ』と言う 軍人向けとは言え、一般的と言える存在であって構わないのだ。
『虚無』として有る事で起こる、様々な試練が彼女を成長させる事は充分承知しているが、それはそれ。
そもそも 人間生きていくだけでも苦難からは逃れられ無いのだ。
故に『虚無』で無かろうと、彼女の成長はいずれは望めるものである。
そう思っていたからこそ、ルイズに課す鍛錬は遠慮気味で、霊力の手解きも施さなかった。
そして何であろうと、レイにとってルイズは『護るべき存在』であり『大切な妹』に変わりはしないのだ。
だが運命は残酷なもので──レイの切なる願いは、嘲笑うかのように裏切られるのであった。
「《浮遊》」
レイと同じく ポツリと呟かれたルイズの言葉に伴わない、レイとは、いや、このハルゲギニアに存在するメイジの誰とも違う結果が具現化した。
石のあった場所に発生した光と爆発音。
基はコモン=マジックでありがら その衝撃は凄まじく、レイをして『気を抜いていたら、気を失ってところ』と言わしめる程のものであった。
『If』は『If』でしかなく、ルイズの魔法の結果はやはり『爆発』でしかなかった……
「………………」
茫然と、自らの魔法の結果を見つめていたルイズは、その結果の異常さに息をのんだ。
「…………失敗……ですか……?」
魔法は『正常』に発動しなかったのだから『失敗』であるのだが、前例の無い『失敗』である為 カリーヌにも判断がつかず、どちらともとれる微妙な物言いとなっていた。
「──っ!」
だがルイズには『失敗』と言う言葉しか耳に入らず、今度こそとばかりに杖を振り上げた。
結果は言わずもがな『爆発』であったが、ルイズは諦めず何度も杖を降った……
何度も何度も何度も何度も……
幾十回振られようと、結果は変わらなかった。
変えようの無い無情な結果に杖を取り落としたルイズは、ダッとその場から走り去った……
「っ、ルイズ!」
「……母上」
咄嗟に追いかけようとするカリーヌに、レイが冷静に待ったをかけた。
「何ですか!?」
こんな状況の中でも冷静なレイに苛立ちを感じ、苛立ち混じりに言ってレイを見たカリーヌだが──目に映ったレイの顔に、ハッと息をのんだ。
レイの顔は決意に彩られ、その目には 言いようも無い光が宿っていた。
「私に……いや、俺に任せて下さい」
片時もこちらの目を離さないレイの眼差しに、『任せても良いだろう』とも思えるが……
「……ですが」
「大丈夫ですよ」
不意にレイは表情を和らげ、微笑みをこぼした。
「………………」
「俺はルイズの兄、ルイズに最も近く、最も遠い存在です。故に俺の声はルイズに届き得る……そう 思えませんか?」
双子であるからこそ、結果の違いに含むものが有り得はしないかとも考えはするが、
自信の現れともとれる、柔らかな表情を浮かべるレイに安堵を覚え、カリーヌはふぅと息をついた。
「分かりましたレイ……貴方に任せます」
「はい!」
レイが珍しく語気を強めて言い 走り去る様を、カリーヌは心配そうに、それでいて心強そうに見送った……